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閑話 「この日のために」

魔獣によるイングリットの村襲撃の前日譚

 《ルカ視点》


「休めと言われてもなぁ……」


 漁港ケルダ。

 今日のルカは少しだけ退屈していた。

 冒険者を辞め、母になった彼女。

 夫モーリスは本日急に仕事が休みとなった。

 故に息子のルドルスと家で過ごしている。


 家事を任せっぱなしで申し訳ない。今日はルドルスを見ているから好きに過ごしてみないかい?


 と気を使われた彼女。

 確かに最近ルカは家事にてんてこ舞いだった。

 炊事、洗濯、掃除。ルドルスの世話に近所の奥方連中との世間話。

 だが逆にその挑むべき課題があったからこそ気を張って居られた節がある。

 しかも彼女はと言えば、やることが無いとギルドの依頼を受けてしまう性質の魔族。

 久しぶりに剣を思う存分振ろうにも、アリアー大陸の魔物は弱い。

 まるで虐めでもしているような気分になってしまい、あまり乗り気にならない。


 かと言ってモーリスの申し出を無碍にするのも気が引けた。

 そんな彼女は今日。

 港の船大工が行き来する工場の隅でぼんやりと空を見上げていた。

 日陰から青い空をぼーっと見上げる何もない時間。


(まぁ、こういうのも嫌いじゃないけども)


 膝の上には鱗鶏(リザッキー)が先ほどから居座って寝息を立てている。

 魔物の一種であるこの鱗鶏(リザッキー)は一応人を襲う。

 だが弱い。

 これ数十匹に群がられたらそれは恐怖だろうが、それでもまだ弱い。

 弱い上に、なんなら人に懐く。

 撫でれば心地よさそうに目を細めるし、餌を与えれば喜んで食べ、挙句足元を着いて回る。

 肉も食えて卵も食える。羽は装飾品になり骨は肥料になる。

 捨てるところの一切ないこの魔物は長い歴史の上で人類の友である。

 ついでに雛は可愛い。


 そんな鱗鶏(リザッキー)を下の腕で撫でながら、上の腕を頭の後ろに組んであくびをする。


 余談だが。

 四つ腕の魔族は自身の腕を上の腕と下の腕と呼ぶ。

 右上の腕でナイフを持ち、左下の腕でフォークを持つ。

 と言った要領である。


「うおー久しぶりの陸地だよー」「お疲れー。飯にしようぜ飯ー」「かー!カミさんに会いてぇ!!」


 そんなのどかな昼下がり。

 港に一隻の船が寄港した。

 ベルガー大陸辺りまでを行ったり来たりする漁船だ。

 国港同士を結ぶ正式ルートも決して国の所有物では無い。

 衛兵の眼を気にしないのであれば、堂々と一般の船も通ることが出来る。

 この漁船もそういうルートを通って1月ぶりにここに戻ってきた船。

 降りてくる水夫たちはどいつもモーリスの職場で時々見る顔だ。


「……んん?」


 その中に見慣れない人物が居た。

 随分と荒い息をして、ヨロヨロと陸地を歩く女。

 全身黒づくめで白塗りの細い杖を突いた修道女だ。

 重そうなカバンを持つ彼女はやたらと足取りが危なっかしく、息も絶え絶えと言った感じ。


「……うぅッ!!!」


 そして派手に胃の中身をそこでぶちまけた。

 船酔いか。まぁ、港ではよくある光景だ。

 その横を水夫たちはまるで何も無いものとして通り過ぎて行く。

 中にはその突き出された尻を鼻を伸ばしてみる者もいたが、誰も手を貸してやろうという奴はいない。


 尚もゲホゲホとその場で蹲る修道女をみて、流石にルカの良心も助けてやれと騒ぎ始めた。

 鱗鶏(リザッキー)を膝の上から降ろして彼女の元へと向かう。


「おい。大丈夫か?」


 そう声をかけて背中を摩る。


「……あ、ありがとうございます。親切なお方……」


 そう言って吐瀉物にまみれた顔を上げた修道女。

 声からして若いその女はその印象通りの年齢に見える。

 ただ、修道女は黒い布で両目を覆っていた。


 オロオロと手を彷徨わせて、自身のカバンを探す修道女。

 その女は目が見えないようであった。


「お前。全盲なのに1人旅か?」

「えぇ。そうですが……?」


 カバンを手繰り寄せ、杖を手繰り寄せ。

 そして懐からハンカチを取り出し口を拭おうとするも、風でそれを落としてしまう。


「あぁ!えっと……」


 ハンカチを探して再びオロオロと手を彷徨わせる修道女。

 探している端からカバンが倒れ、杖が転がり「あぁ!」と小さく声を上げる。

 1人旅をしている割には、まるでなっていない。

 女一人でこの体たらくであれば、魔物どころか街のゴロツキの良いカモだ。


 ルカは深くため息を吐き、ハンカチを拾って彼女に手にそっと触れさせる。


「ほら。ここだ」

「面目ありません。親切な……ん?ほかにどなたかいらっしゃいます?」

「私一人だ。私は四つ腕だからな」

「あぁ。どおりで。右手に2つ触れたものですから不思議に思ってしまいまし……むぐ」


 ついでに顔を拭く。

 小奇麗な顔つきをしているのにゲロまみれというのはいただけない。


「……綺麗になったぞ。せめて付き人くらい付けたらどうなんだ?」

「生憎と今は私が付き人ですので。尊いお方に仕えているのです」


 そういって修道女は笑う。


「申し遅れました。私、ユナスと言います」

「ルカだ。どこまで行く?馬車が出るとこまでなら案内するが?」

「ありがたいお申し出。ではルカ様?イングリットの村なる場所はどうやって行けばよろしいでしょうか?」

「イングリット?それならこの街の街道を西に。馬で1日そこら行ったところだ」

「西に馬で1日……。なんとかなりそうです。ありがとうございます」


 立ち上がったユナス。

 その時ルカはガシャリという不思議な音を耳にした。

 重い金属が擦れるような聞いたことのある音。


「ルカ様にお会いできたこの日に感謝いたします。どうぞあなたに尊き方の御加護がありますことを」


 指を組んでユナスはそう言った後に「それでは」と足早にその場を後にする。


「お、おい……」


 特に止めることも出来ず、杖を突いて歩いて行くユナスを見送ったルカ。


「……あいつ、何で修道着の下に甲冑なんか着てんだ……?」


 杖を突きながら人混みに消えて行くユナスの足元。

 大地をしっかりと踏みしめる彼女の足には堅牢そうな黒鉄の脚甲が鈍く光っていた。


 ---


 《イリスフィア視点》


「ねぇイリス?流石に買いすぎじゃない?」

「いいの!必要になるんだから!!」


 夏の夕暮れ時。

 日が伸びたとは言えど、それでもこの村の一日はあっという間に過ぎる。

 月に一度の商人の寄り合いなどあれば、なおさら楽しく過ぎてしまう。


 ちなみに今日の収穫は、ディティス列島帯に居る大きな蟹の殻。

 鋼芋虫(メタルビートル)の繭玉。

 そして赤い魔石の屑粉。

 殻は背中に背負って、他は既に腰のポーチに収めた。

 これらは魔術学院の研究課題ということにしてママに買ってもらっている。


 それの他には、両腕一杯の食材を抱えてママと家に向かって歩く。


「パパも頑張って村を守ってるんだもの。お腹いっぱい食べてもらわなくちゃね」

「んー……それは私の役目なんだけどなぁ」


 父はデニス。母はサーシャ。

 兄にユリウスを持つ私。

 名前はイリス。

 イリスフィア・エバーラウンズ。


 パパと同じ色の髪にママと同じ翡翠色の眼。

 もうすぐ10歳になる私は、その日を今か今かと待ちわびていた。


「それにもうすぐユーリ兄ぃが帰ってくるんだもん」

「イリス……」


 ママはそう言ってちょっと困った顔をする。

 けれど私は気にしない。

 何度も小さい頃から夢に見たことなのだから。


 私と同じ色の長い髪を後ろで束ねた男の子。

 パパと同じ眼の色をした、三角帽子とローブを纏った魔術師。

 それが私の兄。ユリウス・エバーラウンズ。

 ……あ、魔道士だった。いけないいけない。


 私は兄の顔を見たことは無い。

 物心着く前に兄は家を出て魔術の修行に出た。

 でも顔を知らないわけでは無い。

 パパにもお爺様にもない不思議な面影のある顔立ち。

 結構かっこいいなと思って見ているけども、その15歳前後の顔しか知らない。


「だから、お料理沢山作って待っておこうと思うの!それに魔術の勉強も教えてもらわなくちゃ!」

「……そうね、ユリウスが帰ってきたらママもうんとご馳走作るわ!」

「いっぱい作らないとね。シエナ姉ぇにエルも来るんだから!」

「イリス?誰?その人たち?」

「ユーリ兄ぃの友達だよ?一緒に帰ってくるんだって言ったじゃん」

「あぁ、赤髪の剣士と銀髪の冒険者のことね」

「そう!昨日も夢で見たの!名前もわかったから会うのが楽しみ!」


 ママには何度か夢の話をした。

 パパは心配性だから、話すとお顔が怖くなる。

 けれどママは「あらーそうなのー」って聞いてくれるから良い。

 時々聞き流されてしまうけれども……。


「イリスは不思議ね。なんだか本当に未来のことがわかるみたい」

「みたいじゃなくて、わかるんだってー。もう……」


 ついでに信じてもくれない。

 でも良い。

 それでも聞いてくれるだけ嬉しいことだ。


「それで?アンジーさんのお返事は来たの?」

「今日届くよ。ルドーさんが大荷物抱えて家に届けてくれると思う」

「夢のお告げ?」

「そう!」


 などと会話をしながら家に着く。

 パパは居ない。

 お仕事中だ。

 最近魔物がさらに強くなってきた。

 今まで出なかったような魔物も度々出るようになったとパパは口にする。

 村の警護団は総出で村の警備や演習を行うことになった。

 少し前に首都ロッズから衛兵も何人かそれに合流した。

 今までにないくらいの重々しい雰囲気に村の人たちも戸惑いが隠せない。


「ただいまー。さて、早いところ食材を片付けてお茶にしましょうか?……あら?」

「ほら来た」


 家の柵の入口の所。

 大きな木箱を抱えたルドーが扉を開けなくて立ち往生している。


「イリス。開けてさしあげて?」

「はいママ」


 荷物を置いて小走りで向かえば、いつのもしゃがれ声でルドーさんは明るく話す。


「おお、イリスちゃん。わるいなぁ」

「いえいえ。ルドーさんもお疲れ様です。演習はどうでした?」

「厳しいのなんの。おかげでこの歳になって親父……村長にこっ酷く叱られたよ」

「それはお気の毒……どうぞ?これからお茶にするんです」

「あぁそれじゃあ一杯貰おうかな。ひゃあ~。重かったぁ」


 家の入口付近にルドーはドスンと木箱を置いた。

 針金で留められた伝票には"イリスへ"と短くかかれ、紅いキスマークがコッテリとついている。


(うわぁ。アンジーさん。相変わらず色っぽい……)


 赤面しながらその伝票を見つめた。

 大人の魅力を全面に押し出した彼女の出で立ち。

 すこし下品だとママは怒るけど、あれはあれで格好いい。

 私もいつかはあれくらいに女らしくなれればいいなと思う。

 せめて半分くらいでも。


「お疲れ様。ルドーさん。どうぞ?よく冷えてます」

「あぁ、こりゃあどうも」


 手ぬぐいで汗を拭きながらルドーは一息でそのお茶を飲み干した。


「……しかし、来春からイリスちゃんも魔術学院か。こりゃ、息子に良いライバルが出来たな」

「あら?オルコ君もクロムに?」

「えぇ。何かと最近物騒でしょ。うちは村の警護があるから、せめて落ち着くまではと思って。あそこなら戦争でもない限り安泰っすからねぇ」

「そうねぇ。避難できるならそうした方が良いけども……魔獣、でしたっけ?強いんでしょ?」

「えぇまぁ。でもそれ用に俺たちも訓練を積んでますんで。とくにデニスの奴はもう、今日も誰よりも真剣に取り組んでましたよ。"サーシャとイリスは私が守る!"だそうですよ?」

「まぁあの人ったら……」


 赤面するママ。

 もう結婚して20年になる我が家の両親はまだ熱々だ。

 元冒険者の人々は何かと結婚がはやく、15とか16で子供を作ることが多いらしい。

 それでもうちのパパはかなり我慢したと聞いた。

 ちゃんとした職に就いてからじゃないと子供を安全に2人で育てることが出来ない。

 というのがパパ、デニスの意見だった。


(まぁ、ママはもっと早くに子供が欲しかったって言ってたけど)


 そう思いながら届いた木箱の釘を魔法で焼き切る。

 厳重に梱包された木箱。

 重量のほとんどがこの箱そのものの重さだ。

 やっとの思いでそれを開ければ、中には魔術学院での必需品がたくさん入っていた。


 学院のローブに、コート。

 研究用の白衣とその予備。

 魔法鉱石のサンプルが数種類に、スクロール。

 ブーツに、グローブ。

 それから……


(うわ……際どい……)


 アンジーさんチョイスの勝負下着。

 もうほとんど布が付いてない紐の輪っかみたいなそれ。


(これはまぁソッと無かったことにさせてもらって……)


 更にその奥。

 石の嵌っていない杖。

 アンジーさんにお願いしてコガクゥの村から送ってもらった代物。

 肘ほどの長さしかないその短い杖は取り回しと魔力の伝達速度に優れている。

 大きな杖ほど変換効率は良くはないが、これから起こるそれに対しては十分に対応できるはずだ。


(……これでよし。あとは……)


「ママぁ?私ちょっとお部屋で勉強してくるから」

「あら、相変わらず熱心ねぇ。誰に似たんだか」

「デニスでしょうねぇ。アイツ、冒険者やめてからは本ばっかり読んでたっすからねぇ」


 タタタッと階段を上がる。

 2階の部屋は3部屋。

 ひとつはユーリ兄ぃの部屋。

 ひとつはパパとママの愛の巣。

 そしてもう1つは私の部屋。


 荷物を抱えてそこに滑り込み、扉を閉める。

 うち開きのドアの下に杭を入れて中から鍵をかけた。


 学院のローブを日に掲げる。

 裏地の刺繍にキラキラと反射するそれが浮かび上がる。

 魔女の魔術術式。

 アンジーさんにお願いして作ってもらった防護用魔術式が組み込まれている。

 魔力を込めれば1度だけ大魔術級の破壊を前にしても形を残すことが出来る私の鎧。


 それに袖を通す。

 姿鏡に映った自分を見れば、どこからどう見ても可憐な少女だ。

 とてもじゃないが、頼りがいがあるとか、たくましいとかという言葉には程遠い。


 でも、ついにこの日が来た。

 来てしまった。

 昨晩の夢で見た怖い景色。


 赤黒い色の継ぎはぎの獅子たちが、村を襲う夢。

 柵も、畑も、私の家も全部炎で包まれた。

 怖くて、暖炉に逃げ込んだ私とママ。

 息を殺し、今にも飛び出しそうになりながら炎の熱に耐えた。

 そしてギリギリのところでパパが助けに飛び込んでくる。

 でも魔獣はその後ろからあっさりとパパを食い殺した。

 ママも叫びながら一緒に食べられた。

 暖炉に1人残った私。

 泣くことも、声を上げることも出来ずそのまま魔獣に見つかって殺される。


 そんな夢。


 星の巡りが変わった今。

 ユーリ兄ぃの顔が見える夢よりもそっちの方を多く見るようになった。

 つまり、私たちは死ぬという結末が用意されているということ。


「そうはさせないよ。そのために準備してきたんだから」


 誰だか知らないけど、余計なことをしようとしている人がいる。

 パパは強い。ママも強い。

 けれどたとえ2人であっても魔獣の群れに勝つことも、逃げることも出来ない。

 なら、私が少しでも機会を作らないといけない。


 誰よりも早く敵の襲来を察知して。

 誰よりも早く逃げ道を確保する。


 家族を守って村の皆を避難させる。

 そのための道具をアンジーさんと一緒になって用意してきた。

 それがなんとか間に合った。


 鋼芋虫(メタルビートル)の繭玉。

 鉱石を食べる虫のとても貴重な繭。

 それには魔石も含まれているため、この糸は魔力の伝達率がけた外れに良い。

 でも魔術の杖に使うには強度がなく、鎧やローブの類にも使えない。

 故に安い。けれど沢山は手に入らない。

 だからちょっとずつ。街まで買い付けに出る商人さんになんどもお願いして仕入れてもらった。


(あとはこれで何とか……)


 グリグリと撚ってやれば、今まで集めたそれと足して村半周ほどの長さになる。

 そして赤い魔石の屑粉。


 ここまで小さく純度の低い魔石は価値がほとんどなく、装飾品くらいにしかならない。

 仮に魔力を通しても、相性の良い魔法に化けるだけ。


「これを……うわっ!」


 実際に魔力を通せば、パン!と音を立てて消滅した。


「──イリスー?何かあったのー?」


 階下からママが声をかけてくる。


「虫が居たの!叩いたからもう大丈夫ー!……あー、びっくりした……」


 黒く焦げてしまった床を手で擦る。

 一息ついて、荷物の中から魔法鉱石のサンプルを取り出す。

 実際に入っている鉱石にはそれほど価値はない。

 ただの教材。

 でもその入れ物には価値がある。


 薄い金属でできた小さな筒。

 それが大体5つほど。


 少ないけども、まずまずだと思う。

 本当はもっと欲しかったけど、手に入った魔石の屑粉の量からしたらちょうどいいくらい。


 筒の中に屑粉を均等に入れ、ベットの下からすり鉢を出す。

 薬学の教材についてきた入門用のすり鉢。

 そこに買ってきた大蟹の殻を入れて乱暴に砕いていく。

 大きな破片はそのままにして小さく砕けた破片をゴリゴリとすり潰す。


「──イリスー?今度は何ー?」

「ま、また虫が出たの!おっきい奴!今やっつけてるから邪魔しないで!ママ虫嫌いでしょ!?」

「また虫ー!?今度虫よけの薬煙玉買ってきましょうね」

「うんー!そうするー!!……痛っ。もー……」


 魔物の殻は固く、そして鋭い破片になった。

 触ろうとしてうっかり指を切ってしまう。


 でもこれでとりあえず出来た。

 また同じように小筒に詰めて、薄皮で蓋をしてきつく縛る。


 5発。

 うち1発は試射しないといけないから実際に使えるのは4発。


「やっぱりもっと買っておけばよかった……ママのケチ……」


 そしてその小筒を荷物の中にあった短杖の魔石をはめる部分にはめ込む。

 ピッタリとはまり込んだそれは少々振った程度では落ちたりしない。


「よし……」


 出来上がったそれらを抱えた。

 部屋を飛び出して階段を下りる。

 そっと脇に荷物を一度下して、後ろ手を組んで小首をかしげながらママの前に出てみた。


「どうママ?御自慢の娘ですよ?魔術学院のローブ。似合ってるでしょう?」

「気が早いわねぇ。でも似合ってるわ。デニスがみたら肖像画を描こう!なんて言いだすかも」

「でしょう?それでねママ。私ちょっと外へ繰り出して、この晴れ姿を披露して来ようと思うの!」

「えー。でももうすぐ日が暮れるわよ?」

「すぐに帰るからぁ。ちょっとだけ!ね?」

「はいはい。夕飯までにはちゃんと帰ってくるのよ?」

「はーい!」


 いつもの何気ないやり取り。

 でも今の私は大きな使命を帯びている。


 ごめんねママ。

 ちょっとだけウソを吐きます。


 ママが眼を離した隙にサッと荷物を抱えあげて家を出た。


「げっ!!」

「ん?どうしたイリスちゃん。なんか沢山持ってっけど」


 ルドーさんだ。

 忘れてた。

 最近パパが彼に村の見回りを強化してくれって頼み込んだんだった。


「お、おほほほ。ごきげんようルドーさん?」

「お、おう。ごきげんよう」

「このローブ。似合ってる?魔術学院の……」

「見りゃわかるよ。今日の荷物に入ってたんだろ?」

「そう!そうなの!だからちょっと村の皆に自慢して回ろうと思って!」

「……そんな大荷物抱えて、もう日が暮れるってのに?」


 しゃがれ声の彼が何やらいぶかしんでこっちを見ている。


「ぱ、パパにも見せたくて!せっかく袖を通したんだもの!私パパの所行ってくる!!」


 別にやましいことをしているつもりわないけども。

 外に出歩いたら危ないと止められて全部駄目になるのは避けたい。

 さらに今持っている物は言うなれば危険物。

 見た目は魔術の教材一式。

 一見でバレることは無いと思うけども変な目で見られるのも嫌だ。


「イリスちゃん!」


 強い口調で呼び止められた。

 ドキリと心臓が跳ねて、肩が大きく揺れる。


「……デニスはそっちじゃねぇぞ?あっちだ」

「あ、そう?ありがとう!ルドーさん!」


 彼に飛び切りの笑顔を向けて、手を振って走った。


 パパに見せたい気持ちもあるけど、それよりもこっちの方が優先。

 ごめんねパパ。

 許してね。


 ---


 日が傾くまでには何とか村をクルリと回った。

 糸もギリギリ家まで届くかという所でなんとか足りている。


 あとは、私の武器を試し撃ちするだけなのだけども。


(ここしかないよねぇ……)


 村のはずれ。

 元は村長の管理する大きな植林地。

 いまは、ユーリ兄ぃの開けた大穴が暗く影を落としている。


 聞いた話だと、私の兄。

 ユリウス・エバーラウンズは魔法もまともに使えない子供だったのだとか。

 4歳になるまでの間。

 魔法を使うために苦心した兄はここに通って、自己流の修行を繰り返した。

 そしてある日。原初の日を迎えた兄はここで魔術を使った。

 初級魔法。炎矢(ファイアアロー)

 私ですら使える初歩の魔術で兄はこの大穴を作った。

 たった一発で。


 今では自分で作り上げた魔法を引っ提げて各地を巡って人助けをしている。

 誰が呼んだか、兄の二つ名には《鳴動》と呼ばれるものもあった。

 その由縁たるはユーリ兄ぃの作った大きな音が鳴る魔法。

 兄の作りだした強力な魔法は彼の代名詞でもある。

 火の魔法を圧縮して土の魔法を撃ちだすその魔法は詠唱が必要ない。

 しかし誰もそれを再現できない。

 私も聞きかじった原理を再現しようとして見たこともあったけど。

 そもそも2つの魔法を同時に操ることが難しい。

 兄の凄さを思い知らされた私は別の手段を用いることにした。


 これはその簡易再現版。

 魔石を燃やし、その弾ける力を利用して固い魔物の殻を飛ばす魔道具。

 詠唱もなく、すぐに連射出来て尚且つ消費魔力が少ない。

 私に今すぐ必要なそれを用意するにはこの方法が最善手だった。


「このくらいかな」


 モコモコと土魔法で的を作る。

 ある程度硬めに作った岩の塊。

 これくらいを吹き飛ばすほどの威力がなければそもそも役には立たない。


 数歩下がって小筒をはめ込んだ杖を的に向ける。

 狙いを定めて、杖に魔力を回す。


 シュパッ──ズバァン!!!


 小筒の中の魔石が魔力で発火し、それが炸裂した。

 雷が落ちるような轟音と、紅い稲光。

 手がしびれるような反動に襲われながら杖が手からこぼれ落ちる。


「きゃあ!!」


 悲鳴をあげて尻もちをついた。

 思っていたよりもはるかに大きな音が鳴ってしまった。

 耳鳴りがキーンとしばらく続き、頭がくらくらする。


 兄はこれよりも強力な魔法で戦っているらしい。

 お耳がちょっと心配になる。


「痛ぁ……。でも」


 顔を上げた先。

 的はごっそりと半分ほどえぐれていた。

 あまり遠くまでは狙えないけれど、近づかれたときの自衛用には十分な威力がある。


 これなら何とかなる。

 そう確信できた。


 ──今の音はなんだ!?

 ──森の方だ!!


「うわぁしまったぁ!退散退散!」


 すぐに的を土くれに返して森を抜けて走る。

 警護団に要らぬ心配をかけてしまったけれども、何とか家までは誰にも会わずに帰れた。

 帰れたけども……


「イーリースー……!!」


 ママはお怒りだった。

 夕飯に遅れてこっ酷く叱られた私はママの拳骨を頂戴した。

 女の子でもタンコブを作って涙ながらに夕飯を食べることだってあります。


「もう!今日はパパは夜どおしで警護なんだからね!!」

「わかってるよぅ……ママも寂しいよね。イリスの胸で泣く?」


 スッと手を広げてみた。

 また怒られるかなとも思ったけども、ママは口をとがらせながら私の所に来た。

 すぐに目に涙が溜まり、私の胸に飛び込んでくる。


「ママも寂しいよぉぉ。デニスぅー。ユリウスぅー。帰ってきてぇぇ」

「もー。これじゃどっちが子供だかわかんないね」

「うえぇぇぇぇん」


 ママの髪を撫でながら私も寂しさが胸に募る。

 パパもここ数日、警護団として詰め所から帰ってきていない。

 それにユーリ兄ぃだって私が生まれてすぐに家を出てからまだ帰っていない。


 この家族はまだ、本当の意味での家族団欒を過ごしたことが無い。


 ママもいつもパパのお尻を叩いて明るく振舞ってはいるけど、今日みたいに泣くこともある。

 本当はママが一番寂しがり屋さんなんだよね。


「大丈夫だよママ。皆すぐに帰ってくるから。ね?」

「ううぅぅぅ……イリスぅ……」


 メソメソと泣くママをしばらく抱きしめる。

 本当はユーリ兄ぃの仕事のはずだけど。

 仕方ないよね。

 奔放な兄を持つと妹は苦労するんですよ。


 ---


 その日の晩。

 お風呂でしっかり汗を洗い流し、お気に入りの香油を髪に塗った。

 良い香りに心を落ち着かせながら、私は学院のローブを着て眠っていた。


 両手の小指にはほのかに光を放つ糸が結んである。

 村の警護の枠よりも少しだけ内側に張り巡らせた第二の監視網。

 糸には常に私の魔力を通した。

 その糸がもしも切れたら、どちらかの糸から帰ってくるはずの魔力も途絶える。

 それはすなわち、敵が現れたということ。


 うつらうつらとした眠りの中で、私は夢を見る。

 くらい森の夢。

 誰かが歌を歌う夢。


 ──おいで。おいで。夜はすぐそこ。底もすぐそこ真っ暗闇さ。


 何も無い森の薄暗がりにゆっくりと空気が淀み、にじみ出るように赤黒い影が姿を現す。


 ──おいで。おいで。餌はすぐそこ。量はたっぷり質はとっくり。


 無数の牙が並ぶ口が暗闇に月の光を返す。パタパタと落ちた雫が地面で煙を上げる。


 ──お逃げよお逃げ。逃げれるものなら。あたいは追うのも狩るのも大好きさ。


 音もなく忍び寄る魔物の影。無数のそれはすでに村の灯りを捉えている。


 ──さぁさぁ宴。世は帳。今今頂くその命。っとくらぁ!


 継ぎはぎだらけの魔獣の尾が、ピンと張った糸に触れる。


「来た!!」


 糸から伝わる魔力が途絶えた。

 パッと目を覚ます。

 心臓が飛び跳ねるように、体を飛び起こして窓を開け放つ。

 用意しておいたのは拡声のスクロール。

 ただ声を大きくするだけの使いどころのない魔法陣の書かれた紙を筒のようにして魔力を通す。


「──ゥゥウォオオオオオオオオオオォォォォォ……ッ!!」


 良く響く魔物の声真似。

 黒衣の野犬(ダークハウンド)が獲物を見つけた時の遠吠えそっくりに吠えてみせた。

 遠くの山にまで届いたその遠吠えは、なんども反響して村人たちを叩き起こした。


 ──ゴォアアアアアアアアア!!!!


 森の至る所から咆哮が立ち昇る。

 10……20……いや、もっと多い。


 通りからワッと輝照石と松明の灯りが村を照らし始める。

 警護団たちも防衛線を越えて侵入されたことに気づいた。

 防御陣形のまま彼らが村へと引き返してくる。


「ママ!!ママ起きて!!!」


 荷物を抱えながら大声で呼びかけた。

 装填積みの炸裂の杖。

 学院のローブ。

 大蟹の盾。

 それらをすぐに装備して扉を開け放てば、同じようにフル装備のママが私を迎えた。

 軽鎧に鉢金と籠手。両脇に携えた短刀が2振り。

 引っ張り出してきた現役時代の冒険者装備を身にまとったママだ。


 思わずポカンとしてしまった。

 なぁんだ。

 身構えてたのはイリスだけじゃなかったのか。


「敵!?」

「もうすぐそこに来てる!」

「警護団と合流するわ!」

「駄目!もう間に入られてる!皆で裏の森へ!」

「……わかった。逸れないでねイリス!」

「はいママ!」


 手を繋ぎ、階段を駆け下りる。

 玄関を開け放したまま通りに出れば、すでに村民たちの避難が始まっていた。


「荷物は置いていけ!若い者は年寄りにも手を貸してやってくれ!」

「村長!灯りがたりない!どうする!」

「デニスが言うとったろぉ!休ませている畑に火を放て!時間が稼げるし、藁が敷いてあるだけじゃ!誰も泣かんわい!」


 あっという間に火で照らされた村に、黒い影が群れを成して駆けてくる。

 夢で見た赤黒い継ぎはぎの魔獣。


 血色の魔獣(ハーベスタ)……!


 気付いた村人たちの声が悲鳴へと変わる。

 畑の炎を突き破ってこちらに到達したうちの1匹が、すでに村民に牙を剥いている。


「に、逃げるわよイリス!」

「うん!!」


 踵を返してママと2人、必死で森へと走る。


 ワラワラと群がる魔獣たちは一斉に襲い掛かってくる。

 それを警護団たちが決死の突撃で打ち倒す。

 しかし、数が多い。

 1人。また1人と武装した警護団が魔獣の餌食になる。


「デニス……無事でいて……」


 ママが祈るようにそう口にする。


 村人たちにも被害を出しながらも、私たちはなんとか不意打ちだけは回避した。

 これが私にできる精いっぱい。

 ごめん。ユーリ兄ぃ。


 でも、任せておいて。

 家族は私が守るよ。

 だってユーリ兄ぃの妹だもん。

 だからお願い。

 早く帰ってきて。


 ポーチに忍ばせておいたユーリ兄ぃへの暗号を道に残しつつ。

 炎と悲鳴の満ちる闇の中をひたすら走った。

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