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第八十話 「勇者披歴」

 幾度となく周回を重ねた。

 何度も何度も敗れ、傷つき、死に。

 それでも何度もやり直した。

 悲しい別れにも辛い戦いにも何度も耐えて挑んだ。


 だが結果は変わらない。

 負け続け、幾度となく世界は滅び。

 ボクの愛した人々は、無残に砕け散った。


 でも、シェリーが居てくれた。

 彼女は変わらずボクに笑みを向けてくれる。

 辛い時も、悲しい時も。

 彼女がいてくれた。

 こんなことを言うと、シルビアに怒られるかもしれない。

 それでも言おう。

 彼女がいたから、ボクは頑張れた。


 一度だけ。

 本当に一度だけ魔が射して諦めたことがある。

 もう数えるのも嫌になったある周回でのこと。

 その周回ではシルビアに会うことも、戦うことも何もしなかった。


 ボクは勇者にならず、シェリーと共に歩むことにした。

 彼女に尽くし、彼女を愛し、彼女と子を成した。

 神様にも子供ができるのかと感心したのを少しだけ覚えてる。

 ディーヌ孤児院の近くの小さな村に家を買った。

 なんてことない普通の木こりの暮らし。

 日に日に大きくなっていく彼女のお腹を撫で、名前を考える幸せな時間。


「ねぇエル。男の子だったら剣の師匠を探しましょうか。女の子だったら魔術の先生を。大きくなったらエルみたいに誰かを助けることの出来る子に育ってほしいわ」

「……そうだね。シェリー」


 親であれば当然願う子供の将来の幸せ。

 来ないのはわかっている。

 この子が生まれても、3歳になるころには世界が滅ぶ。

 それでも願わずにはいられない。

 そんな暖かい想いを込めて、彼女と寄り添う日々。


 しかし、それすらも許されなかった。

 何もしなければ何もしないだけ教皇たちは手を進める。

 その周回はボクにとって最悪の周回だった。


 魔法歴997年。

 もうすぐ第一子が生まれるというタイミング。

 村にベルガーとアリアーの連合軍がなだれ込んできた。

 首都ロッズの衛兵たちをはじめとした反逆軍がベルガー側につき、いつかの侵略戦争の続きが勃発した。

 戦争がはじまり、王都アレスティナへの道中の村を襲っていたのだ。


 ドラゴンロッド家の領主が資金不足で領地をベルガーの王族に譲渡した。

 その時の領主の名前はアレックス。

 実業家の息子で、親の七光りで領主になった無能の男だ。


 ボクとシェリーは離れ離れになった。

 血色の魔物(ハーベスタ)に囲まれ身動きが取れなくなった隙に、お腹の大きな彼女は捕虜として連合軍に連れ去られた。


 なんとか窮地を脱しボクは彼女の行方を追った。

 彼女を見つけたのはそれから2か月後。

 占領された王都アレスティナの地下牢獄だ。


 ……彼女は、遺体で発見された。


「……そん……な……」


 牢獄で。冷たい石畳の上で彼女は息絶えていた。

 嬲られ、慰み者にされた彼女はまるで雑巾のようにそこに放置され蠅がたかっていた。


 そしてその脇には。

 腹から引きずり出されたボク達の子供の骸が放置されていた。

 へその緒も付いたまま。


「うわあああああああああああああああ!!!!!!!!」


 そうして、ボクはその場で自らの心臓抉り出して死んだ。


 小さな幸せを踏みにじられた世界の話。


 ---


 魔法歴975年。

 アリアー大陸北西の街。ディーヌ。


 その年、ディーヌ孤児院ではある不思議な子供が連れ込まれた。

 莫大な金と、一通の手紙が添えられたその子は銀色の髪と蒼い瞳の男の子。


 捨てられた憐れな幼子は、すぐに孤児院のシスターに迎え入れられた。


 手紙には短く、その子の名まえが書かれていた。

 エルディン・リバーテール。

 後に《銀の勇者》と呼ばれる少年である。


 失敗。


 ---


 魔法歴975年。

 アリアー大陸北西の街。ディーヌ。


 その年、ディーヌ孤児院ではある不思議な子供が連れ込まれた。

 莫大な金と、一通の手紙が添えられたその子は銀色の髪と蒼い瞳の男の子。


 捨てられた憐れな幼子は、すぐに孤児院のシスターに迎え入れられた。


 手紙には短く、その子の名まえが書かれていた。

 エルディン・リバーテール。

 後に《銀の勇者》と呼ばれる少年である。


 失敗。


 ---


 魔法歴975年。

 アリアー大陸北西の街。ディーヌ。


 その年、ディーヌ孤児院ではある不思議な子供が連れ込まれた。

 莫大な金と、一通の手紙が添えられたその子は銀色の髪と蒼い瞳の男の子。


 捨てられた憐れな幼子は、すぐに孤児院のシスターに迎え入れられた。


 手紙には短く、その子の名まえが書かれていた。

 エルディン・リバーテール。

 後に《銀の勇者》と呼ばれる少年である。


 失敗。

 失敗。

 失敗。

 失敗。

 失敗。


 《魔葬》に貫かれて死んだ。

 《微笑》のたくらみに翻弄されて間に合わず消し飛んだ。

 《隠し剣》の不意打ちでシェリーを失った。

 仮面の男を取り逃がし、軍勢に押しつぶされて息絶えた。


 ボクの旅路は失敗に満ちていた。

 そしていつしかボクは狂った。

 何故こんなことをしてるのだろうとか。

 どうしてこんなことになったのだろうとか。

 いろいろ考えることがあったはずなのに。

 それでも周回を続けた。

 ただただ、パターン化して敵の動きを抑えながら秘かに手を進める。

 そういう周回を始めたころには、シェリーが関わらなくなるように立ち回った。


 戦いではなく、生活の知恵を。

 共にではなく、一人立ちを。


 彼女に率先して知識を与え、ボクについてこないようにした。


「エルは優しいね。何でもできるし、かっこいいし!ほら見て!教えてもらったお裁縫もちゃんと覚えたよ!」

「……うん。シェリーは良い子だね。君には幸せになってほしいな」

「?」


 小首をかしげる彼女。

 理解なんかされなくても良い。

 君が生きて居なければボクが世界を救ったって意味がない。

 生前のボクが恋焦がれた彼女に瓜二つのシェリー。

 せめて彼女だけは、何が何でも助けたかった。


 以降、ボクの周回における初めの5年のルーティーンは彼女への教育となった。


(……お別れだ、シェリー)


 幾度となく彼女に別れを告げた。

 眠った彼女の額にキスをして、ただ一人。世界を歩いた。


 どこに何があるのか。

 何が役に立つのか。

 神託に記されたことを検証することを始めた。

 世界中の人間関係や遺跡の調査を繰り返す日々。

 しかし、あるとされた遺跡に聖剣はなく。

 滅んだ首都跡地に秘宝はなく。

 伝説の魔術書も、魔力の無いこの体には無意味だった。


 神を恨んだ。何が全能神だって?

 このスキルを与えた能無しの神は頭だけじゃなく性格も最悪だった。

 出鱈目な知識に振り回される旅にはほとほと嫌気がさした。


 だが収穫もあった。

 シルビアとジアビス。

 彼女らの助力を得て、何とか神様1人分の戦力を維持して戦った。

 軍勢を押しとどめられるようになり。

 魔獣を叩きのめし、二つ名持ち程度の冒険者であれば圧倒できるようになった。

 お調子者のシルビアとしっかり者のジアビス。

 周回のたびに探し出す必要があるものの、神気を高めてくれる大事な仲間となった。

 最初は驚いたものだ。

 首都ロッズの雑貨屋で埃をかぶっている剣が突然。


『あぁもうヤダああああ!!!誰でもいいから話が通じる人きてよぉおおおお!!!』


 などと喚き散らすのだから。

 大魔霊である彼女は自らの依り代としてある旅人の剣を選び、そして捨てられた。

 曰く、呪詛を吐く呪いの剣として。

 銅貨1枚で売りに出されているとんでもない掘り出し物としての出会いがそれだった。


 そうしてもう1人。

 ディーヌ孤児院に居た彼。

 調査団団長のシトリー。

 彼は不思議な人物だった。

 どれだけ長く生きているのか不明な耳長族の男性。

 彼はどういう原理なのかボクがやり直し続けていることを認識していた。

 そして、自らボクに助力したいと声をかけた。

 魔法歴978年。ボクがまだ3歳の見た目でいるころだ。


「戦いは不向きだ。だが諜報は得意だ。私は常に誰かであり、誰でもない。君に名乗るこの名前も偽名だ」

「……そんなあなたを信頼しろと?」

「いいや?だが、良いように使ってくれればいい。私もこの行先の無い世界に嫌気がさしていたところだ。私は君の影となり、見えない手となる。探し物を手伝う位なら出来ると思うよ?」

「……」

「ではこうしよう。私が勝手に君の裏手に回り続けよう。勝手に手紙を送り、世界に何が起こっているのかを伝える。君は行先など告げなくても良い。私はどこにでもいるからね」


 そしてある周回からボクの陰として彼は世界中を廻ってくれるようになった。

 彼には何度も助けられている。

 居ると居ないとでは世界に対する情報量に大きな差が出るのだ。

 おかげでベルガー大陸での敵の動きも幾分かわかりやすくなった。


「もし、私と同じような者を求めるならばアリアーの王都アレスティナへ行くと良い。そこのギルドマスターは長寿でね。魔栄期の勇者のことを良く知っている人物だ」


 シトリーの言葉に、ボクは半信半疑で従った。

 魔栄期は今から2000年近く前の事。

 いかに長寿といえども、生命が生きて居られる年数では無い。


 だが、たしかにギルドマスターは存在しボクに助力してくれる存在となった。

 そして彼の口から語られたのはヴィーレムの絵画について。

 ギルドがひそかに隠匿し、守ってきた瞬間移動の技術。

 それの提供と、金銭やその時に必要な人材を確保してくれるとのことだった。


「何故ギルドがボクに助力を?」

「……なぁに、私はその昔勇者に助けられてね。その約束を果たすためにギルドを立ち上げた。逆なんだよエル君。ギルドが助力するんじゃない。助力することがギルドの存在意義なのだよ。ようやく勇者に会えたこと光栄に思う」


 皺皺の手で杖を握りしめて彼は答えた。

 以降彼の。ギルドの支援によりボクのたびは更に迅速なものとなった。


 徐々に。

 周回を重ねる度にボクは前進した。

 大きな綱を編むために、細い藁の繊維を一本一本撚るように。


 だが、世界の滅びは幾度も訪れ。

 そのたびに生まれ直す。

 心はすり減り、同時に手段を選ばなくなるようになった。


 ある時は教皇を暗殺しようと王城に忍び込み、仮面の男と《魔葬》に返り討ちにされた。

 ある時は水の都の水路に毒を放ち、教皇の力をそぐために住人を皆殺しにした。

 未来を見る力のあるという獣人族を探す旅に出て、変わり果てた姿の星眼の持主に出会った。

 首都ロッズを守るため領主の娘に会いに行くも、既に心が壊れた少女に背を向けたこともあった。

 ベルガーの王政を取り戻そうと足掻く王女に助力をするも、家臣に裏切られて寝首をかかれたりも。


 とにかくいろんな事を試した。

 何度も繰り返しているうちにこの世界の出来事には規則性があることを理解した。

 物語は、本来勇者がこの世にあらわれなかったことを前提に進む。

 そして自然と滅びる。

 何かしてもしなくても誰かが悲しみ、何かで滅ぶ。

 シトリーの言っていた。先の無い世界だ。


 シトリーのように世界のループに気が付いている存在が敵側に居ることも知った。

 それが《微笑》。

 彼女が教皇側についている限り、ボクの手の内は知られてしまう。

 ボクの第一目標はその女に的を絞った。

 しかし、彼女は神出鬼没だった。

 仮面の男と同様。

 ボクが死ぬ直前まで姿を現さない存在。

 尻尾を掴むことすら出来なかった。

 常に《魔葬》と共に行動す彼女はそもそも対峙しても難敵であった。

 悔しいけど《魔葬》には一度たりとも正面から戦って勝てなかった。


 それが前回の周回での出来事。

 ボクの旅は、そういう繰り返しの日々。

 勝てない日々に打ちのめされて、なおも戦う。

 そういう旅だった。


 ……ある人物が現れるまでは。


 舞台は魔法歴984年。

 コガクゥの村。


 首都ロッズを経由してベルガー大陸へ旅立つ前にその村のギルドに立ち寄った。

 ギルドの受付嬢のジーナさんに会いに来たのだ。

 彼女は良い人だ。

 彼女と肉体関係を持つ周回もあったくらいには彼女に世話になった。

 まぁ、どの周回でも彼女はボクの事など覚えて居はいなかったが。

 それでも凶刃に倒れてしまうことだけは回避してあげたかった。

 彼女は次の日の晩に酒に酔った冒険者の投げたナイフが刺さり死んでしまう。

 そういう結末が用意されていた。


 そしていつものパターンであれば、そこである人物に正面から鉢合わせる。

 人狼族の男。

 コートを着たその男が扉がなんだとイチャモンをつけ、それを彼女がたしなめる。

 いつものパターン。

 何度も見たお決まりの景色。

 それが繰り返されるはずだった。


 しかしその日は彼はカウンターに座っていた。

 珍しいこともある物だと思いながらぼそりと呟く。


「……続けてくれ」


 静まり返った店内を進み、せめて食事にありつこうとしたとき彼とすれ違った。


「ん?」


 思わず見てしまう。

 金髪に、紫色の瞳の少年。

 見慣れない顔だった。

 服も整っていて、平民よりは身なりが良い。

 この辺りにこんな子供がいたっけか?


「えっと……」


 ジロジロと彼を観察していると、自信なさげに彼は目を逸らした。

 何かに怯えるような、そんな気弱な彼に少しだけ申し訳なく思った。

 今のボクはきっとひどい顔をしている。

 何度も戦っているうちに魂に疲労がこびりついた。

 そういう疲れ切り、この世を恨む顔をしているはずだ。


「いえ、何も……」


 そのときはそれほど気に留めずに彼の横を通り過ぎた。

 そしてカウンターに座り込んで、ただ一言。


「いつもの」


 ボクがこの村に立ち寄るたびに頼んでいたものだ。

 鱗鶏(リザッキー)のグリルと泡酒。肉は良く焼いたものを頼む。

 当然のごとく、ジーナは覚えていなかったが。


 注文を済ませたボクはその場に突っ伏した。

 他の客の目など、今更気にすることも無い。


「……何で覚えてないんだよ……他に居ないのか。ボクを知ってる人は……」


 シトリーのこともあって、誰かにこの苦しみをわかってほしかった。

 当時としてはボクも限界でね。

 そこで料理を待つ間に眠ってしまった。


 しばらくして料理も冷めきった頃に目が覚めた。

 硬くなった肉を胃に流し込んで、温くなった泡酒で蓋をする。


 そうしてひとまず宿で休もうと席を立った時にその依頼が眼に止まった。

 この村では難易度の高いB+ランクの依頼。


 概要:魔法修得の手伝い募集

 詳細:魔術教本の中身を見せてくれる人、もしくは魔法を教えてくれる人を探しています。

 報酬:魔術教本を見せてくれれば銀貨1枚

 魔法を使えるようにしてくれれば銀貨3枚

 期限:2日


(……魔法の習得?)


 奇妙だと思った。

 この世界では大概の者が魔法を使うことが出来る。

 確かに時折、魔力を持たぬ者が生まれることもあるというのは知っていた。

 だがそれとは少し違う印象を受けた。

 もっと必死で。

 それでいて何か縋る様な。

 そういう、前向きな意志がその依頼から感じ取れた。


「……あの」

「はいはーい。あら?依頼の受領?」

「はい。この依頼なんですけども」

「あー。それね。もう何人か受けてるから、ちょっと時間がかかるわ。明日の晩に来て頂戴?依頼主にはこっちから声をかけておくから」

「お願いします」


 そうしてその日は宿で眠ることにした。

 翌日にはギルドに出向いても依頼はキャンセルされたとのことだった。

 まぁ、ジーナさんの命を助けることは出来たからそれはそれで別に良かった。

 あまり気にせずにそのままベルガー大陸へと旅立った。


 それがボクが感じた初めての変化。

 本当に見逃してしまうほどに小さなそれ。

 徐々に世界を変える蝶の羽ばたきの始まり。


 更に数年が経過した。


 旅を続け、ボクはベルガー大陸へと渡った。

 前回前々回とベルガー王政の動きを牽制し、教皇や《微笑》の動きに規則性が無いかを何周もかけて探っていた。

 結果として、彼らの動きは各周回でまちまちであった。

 やはり一筋縄ではいかない。今回も彼らの動きを掴み切れない。

 三国紛争地帯までは足を延ばし、赤き都シルバを経由してゴルド氏と顔を合わせるルート。

 何度も通ったルートだ。会話1つ。小さな出来事まで頭に入っていた。

 旅を続けるついでにギルドからの救援要請をこなし、気が付けば《銀の勇者》なんて名前が耳に届くようになった。

 そこまでは、うん。いつものパターン。


 だが旅の途中の酒場で妙な噂を耳にした。

 場所はディッテの村。

 後に彼と合流する場所。


 それは噂というよりも演劇。

 赤い髪の貴族令嬢と若い魔術師の忠義に満ちた冒険譚。


『ガオー!!巨大な翼竜が貴族令嬢にその牙を向ける!!"お嬢様!危ない!!"勇猛な魔術師ユリウスはあの英雄《剣豪》の血を引く男!彼の咄嗟の機転によって令嬢は翼竜の牙から逃れるも、魔術師は深い深い傷を受けてしまう──』


(……)


 魔族の男が身振り手振りを交えて客に物語を聞かせている。

 吟遊詩人の好きそうなその演目には、幾つか気になることがあった。

 まずアリアー大陸に翼竜は居ないこと。

 アリアーの令嬢であるシエナは幽閉されているはずということ。

 そしてユリウスという名前。


 その名前はシトリーからの報告書にあった少年の名前だった。


 ベルガー大陸に渡った直後に知らされたイングリットの村の存在。

 本来無くなっているはずの村が存続し、その村の少年が魔術事故に巻き込まれたという趣旨のもの。

 眉唾物だと思い、ろくに検証もしなかった。

 だが、何かがおかしい。

 ボクの知らない誰かが、ボクの知らない所で何かをしでかしている。


『ねぇエル』

「なんだいシルビア」

『こんなこと言うのもなんだけどさ。ユリウスだっけ?なんかきな臭いよ』

「うん。そうだね」


 ……調べてみるか。


 ボクはその時初めてシトリーに手紙を書いた。

 内容はイングリットの村の調査とユリウス・エバーラウンズという少年の追跡。


 彼は首都の調査団の中に紛れ込んでいることはわかっていた。


(……まさか、シトリーはこの事を読んでいた……?)


 一瞬の疑惑もすぐに頭から拭い去った。

 どうでもいい。

 利用できるものは利用してやればいい。


(……ボクはこのまま国港ベルテールへ向かう。返事はそこで受け取りますっと……)


『じゃあ、ダイアナさんこれを速達でお願いします』

『はい!エルディンさん!任せてください!』


 仕事が覚えられないと泣いていた受付嬢のダイアナに手紙を渡して席を立つ。

 魔族の言葉が標準のこの村で、人族の言葉で書かれたマニュアルを渡すのは嫌がらせ以外の何者でもない。

 すり減らしたこの心でも、そういう事に対して憤りを感じるだけの感受性は残っていた。


「さて、シルビア。このままベルテールに向かうよ」

『えぇー。良いの?またギルドの爺さんに無茶ぶり食らうんじゃない?』

「いい時間つぶしさ。"雄々しき一本角(モノセロス)号"のチケットは彼から手に入れるのが一番早い。テルス大陸でジアビスと合流しなくちゃいけないし、どっちにしても同じだ」


 どっちにしても同じ。

 そう同じだと思っていた。

 彼が。

 ユリウス・エバーラウンズがどんな人物でも変わらない。

 どうせこの周回も大きな進歩などないまま終わるのだ。

 そう思い込んでいた。


 だが事態はシトリーの手紙で急変する。

 魔法歴988年。

 国港ベルテールでその手紙を受け取った。

 ある精製水と共に。


 泡を立てる心地よい刺激のある冷たい水。

 それに気づかずにゴクゴクと飲み干してから声を上げた。


「あ!!!!!」


 椅子を跳ね飛ばす勢いで立ち上がる。

 酒場の人々が一斉に目を向けるが、そんなことに構ってられない。

 わなわなと震えながらボトルに目を向ける


『なに?なんかあった?また毒のんじゃったの?』

「違うんだシルビア!()()()なんだよこれ!」

『さっきからそのタンサンスイってなに?』


 確信した。

 こんなものを作ろうなんて考えつく奴なんて、そんな存在1つしか思いつかない。

 ボクと同じ()()()()しかありえない。


 狂喜した。

 何かが変だと思っていた。

 狂ったのは歯車じゃない。

 逆だったんだ。

 これでやっと歯車が揃ったんだ。


『ねぇ!タンサンスイって何!ねぇってば!エル!』


 動き出す運命にボクの胸は躍った。

 そしてすぐにアリアー大陸へと引き返すことを決めた。


 ただ、ユリウス・エバーラウンズという存在に会うために。

 同じように神に導かれたであろうもう1人の勇者に。


 ---


 《ユリウス視点》


「そしてボクは君とディッテの村で出会った。……ざっとこんな感じさ。まぁ、君は神様の遣いでも勇者でもなかったけどね」

「……」


 本を重ねた上に腰かけて、その話を黙って聞いていた。

 いや、一言も声を発することが出来なかったと言っても良い。


 絶句した。

 勇者という存在を俺は軽く見すぎていた。

 いや、思いつくか?

 何度も何度もやり直す勇者がこんなに明るく、あっけらかんと居られるものか?

 シェリーとの日々などは特に悲痛だった。

 聞いていてこちらが胸を締め付けられるような思い。

 それでもエルディンは、特に表情を変えずに話した。

 まるでもう慣れましたと諦めたように。


「平気なのか……?エルは」

『平気なわけないでしょーが!!何聞いてたのさバカグラッド!』

『シルビア!ユリウスだって心配してるんだよ!』


 シルビアをジアビスがなだめる。

 そんな精霊剣をエルディンは愛おしそうに撫でた。


「……まぁ落胆したかと言えば、落胆したさ。本当はボクと同じ使命を帯びた同業者だと思ってたからね。でも実は同時にホッとしてたんだ。もしも同じ力を持つ敵だったらどうしようなんてね。君の強力な魔法を見てもしかして魔王なんじゃないかな?って疑ったこともあったさ」

「そりゃ度々首を刎ねるだなんだって言い始めるわけだ。納得したよ」

「信じてくれるのかい?」

「お前が言うこと、今まで嘘だったことなんて無いし……」


 そうだ。

 彼は俺に力を貸してくれた。

 今こうして彼の話を聞いていられるのも、彼が世界を救うことを保留にして護衛してくれたから。

 嘘か本当かなんて関係ない。


「信じるよ。あっちのネタも伝わるし、少なくとも同郷なのは確定でしょ」

「ありがとう。君が近い時代の人で助かったよ。あーなーおーかーしー。みたいに古い言葉だったらどうしようなんて思ってた」

「そんな事あるのかよ」

「わかんないさ。だってボクら一回死んでるんだよ?こうして生きているだけでも奇跡さ」

「確かに」


 ひとしきり笑う。

 確かに何が起こってもおかしくはない。

 こんな妙なことになってしまったが、飛び切りの幸運だったのだ。


「……で、だ。ユリウス」


 スッと彼の眼つきが変わる。

 真面目な話をするとき彼はいつもそうだ。

 年相応には見えない、やつれた眼つき。

 それが俺に向けられる。


「結果としてだけど。すまない。君が故郷に帰るまでこの事は伏せておくつもりだったんだ。けど君の縁が色々なことを引き寄せてしまった。たぶんここから君に良くない知らせが届く」

「え。何で?」

「言っただろ?聖域で君の責め苦はボクが貰うはずだった。そして君は魔獣核。つまりセドリックを倒してしまった。悪いことではない。けれどもそれによって《微笑》に目をつけられてしまった可能性が高い。今までの周回に存在しなかった異物。そう捉えられていると思う。だから──」


 ──アー!!アー!!お届け!お届け!!アー!!


 彼の説明を遮ってけたたましい声が聞こえた。

 窓の向こう。

 バサバサと騒がしく羽ばたく黒い鳥がいる。


「来たね。今開けるよ」


 窓を開ければその鳥は独特な声とともにエルディンの腕に止まった。

 首から小さなポーチをぶら下げたその鳥はなおもやかましく騒ぎ立てる。


「アー!緊急!緊急!アー!緊急!」

「ペッポー君!?ペッポー君ジャマイカ!」

「はいはい、ストリーム。すぐ外すよ」

「え?」

「え?」


 エルディンと顔を見合わせる。


「何?ペッポー君って」

「何?ストリームって」

「その鳥の名前だけど」

「彼はストリームだよ?シトリーの飼ってる鳥だ」

「え?」

「え?」


 ストリーム。

 ストリームってお前……。

 なんだよそのカッコいい名前は。

 似合わんだろう……。


「緊急!緊急!!アー!!」


 尚も騒ぎ立てるペッポー……

 もとい、ストリームの首からポーチを外したエルディン。

 ストリームはそのまま空へと羽ばたいて去っていった。


 さらばストリーム。

 お勤めご苦労様ストリーム。

 ……いや、ストリームて……。


「シトリーには君の監視を頼んでおいたんだけど、君と合流してからはアリアー大陸の動きを探らせていた」

「なんで?」

「念の為さ。君を送り届ける間にも妙なことがあればすぐに知らせてもらう手はずになってる。ストリームは海を越えて飛ぶ渡り鳥の中でも最速だからね。ディティスまでくらいなら3日で飛べる」

「そんなに……」


 そりゃストリームだわ。


 エルディンは話している最中も一切手紙から眼を上げなかった。

 ただ苦い顔をし、舌打ちをする彼。

 徐々に表情が曇っていく。


「……すまない、ユリウス。こんなことになるはずじゃなかった」

「なんだよ」

「君が聖域に攫われている間に彼に連絡を取っていたんだ。ボクの不安が当たってしまった」


 そう言ってエルディンは俺に視線を合わせずに手紙を差し出した。

 恐る恐る、その手紙に目を通す。


「……何だよ……これ……なぁ!」


 即座にエルディンの胸倉を締め上げた。

 手紙が足元へ落ちて行く。


「そんなわけ、そんなわけあるか!!こんな出鱈目信じられるかよ!!」

「……事実なんだよ。ユリウス」


 彼は目を合わせないままそう口にした。

 それが何一つ嘘のない報告書だというのは、認めたくなかった。

 だが勇者は語る。

 事実だと。


「そんな……こんなことが……」

「君のせいじゃない。ボクのせいだ」


 ズルズルと力が抜け、その場に膝を突く。

 再び視界に映る手紙が受け入れがたい事実を克明に伝えてくる。


 ─


 調査報告書


 緊急報告


 アリアー大陸において目撃情報があった血色の魔獣(ハーベスタ)の活発化を確認。

 キース衛兵長をはじめとしたドラゴンロッド家衛兵部隊が対応に当たることとなる。

 《剣豪》はこの事態を受け、王都の守りへと釘付けにされている模様。

 彼の助力を得るのは困難と推定される。

 複数の魔獣の目撃情報があり、群れで動いていると思われる。

 現在、襲撃のあった村の被害を調査中。

 詳細は追って報告する。


 被害箇所


 アリアー大陸 南西領域


 集落テーファル。

 農園ラドニー。

 農村()()()()()()


 ─

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