第七十八話 「涙に宴を花に誓いを(後編)」
すっかり日が暮れる宴の祭祀場。
大鍋の料理も酒もまだまだたんまりとある中。
大きな笑い声がドッと起きる。
「いいぞー!族長ー!!」「うははははは!!」「酒だー酒を族長に持ってってやれー!」
神事もそこそこに、酒の入ったオージェイルは突然腕相撲大会を始めた。
力自慢の獣人族たちは我も我もと族長に挑みかかるが、ことごとく体ごと投げ飛ばされている。
「ぬははははは!!まだまだ族長の座は譲らんぞ!!あと1000年は負けぬ!!」
「フジー!お前行けー!!族長の腕をへし折ってやれー!」
「え!?いえ、僕は、え、遠慮しておきますぅー!」
ピューと逃げて行くフジ。
その代わりにエルディンが立ち上がろうとするのを俺が止める。
「駄目?」
「ショベルカーは座ってろよ」
「ひどいなぁ。ボクは親交を深めようとしてるだけですー」
……こいつも酒が入ってしまっている。
子供用にと用意された果実水があるのだが、どうやらそれにも酒が入っているらしい。
エルディンも珍しく顔が少し赤い。
「「「おぉおおおお!!!」」」
歓声が上がる。
見れば、ジルフリーデが族長の前に立っていた。
酒を煽り、空になった壺を観衆に向けて放り投げる。
「族長ぉ。一献、お頼み申し上げますぅ」
若干呂律が怪しい彼女。
目が座っているし、足元がおぼつかない。
「大丈夫かな、ジルさん」
「大丈夫大丈夫。彼女はここで最強の女戦士だから」
「でも病み上がりだろ?」
「彼女には関係ないみたい」
ガっと組み合った二人はピタリと動きを止めた。
腕の筋肉が盛り上がり、良い勝負をしていた。
「ね?」
「えぇぇ……」
「姉上ぇええ!!やっちまえええええ!!」
アルフリードもすっかり出来上がっていた。
そこで酒を煽りながら横になってしまっている。
だが。
「ぬああ!!」
「ふははははは!!ジル!いい勝負であった!!」
流石にジルフリーデも単純な腕力だけだは族長に勝てなかったらしい。
派手に体ごと捻られて尻もちをついた。
「はぁあ!!???族長てめぇ!!!俺が相手だぁあああ!!!」
「アルフリードか!姉の仇討だな?良いだろう!かかってくるが良い!」
ワッとアルフリードが飛び出してすぐさま樽に構えた。
ガチの鬨の声があがり、一気に会場がヒートアップする。
見ごたえはある。
だが俺はあぐらをかいた膝に頬杖をついていた。
会場を見回しても彼女の姿が無いのだ。
薄暗い宴の会場でも、あの赤髪を見逃すはずがない。
「……気になるかい?シエナのこと」
「別にー?ただ、料理が冷めるなって思っただけだ」
「心配しなくてもいいよ。ホラ来た」
そちらを見やる。
ルビーをはじめとした数名の獣人族の女性に囲まれている
だれもがだいぶ着付けに苦労したようで、疲れが見えた。
俺と左右反転させたような衣装。
炎の意匠が入ったソレを、髪をまとめたシエナが着ていた。
振袖のように風にはためく飾り帯が彼女を飾り立てる。
化粧っけはないが、逆にそれが剣士の彼女らしい。
似合っている。
とても似合っている。
彼女の勇ましさというか、凛々しさというか。
そういうカッコいい成分が前面に押し出されている。
いい仕事してますねぇ。
……ん?
なんで彼女も衣装を?
「何よユリウス。その恰好」
「シエナこそ。なんです?」
「大炎魔霊の衣装、だっけ?イーレに着ろって言われたのよ。小物が多くて何度も着なおす羽目になったけど……あんたは?」
「勇者の衣装だそうです。俺もイーレに……」
「ふーん。似合うじゃない」
彼女は俺の隣に座り込むと、会話もそこそこに肉に食らいつき始めた。
「意外とイケるわね」
「衣装が汚れますよ?」
「大炎魔霊がそんな細かい事気にすると思う?」
「あー……多分、しないですね」
「でしょ?」
口の端に食べかすをつけた彼女が笑う。
龍に風穴を開けるほどの実力がある剣士も、屈託なく笑う少女だ。
いつもの癖で、彼女の頬を拭おうとする。
「子供じゃないわ。自分でやる」
と、俺の手からハンカチを奪い取ってゴシゴシとふき取ってしまった。
おおう……。
俺の細やかな充足の時間が……。
「そう、イーレもシエナも。今日はちょっと大人の女の子」
そんな声と共に彼女がやってくる。
イーレだ。
彼女も着飾っている。
ベールを纏った踊り子のような衣装。
沢山の装飾品を身にまとった純白の巫女だ。
顔やお腹に顔料を含ませた泥で模様を描いた彼女。
どこか神秘的な彼女の立ち振る舞いに、エルディンも「おぉ」と声を漏らした。
「巫女と、勇者と、大魔霊。揃った。父上、用意良い」
「うむ!……ぬおあ!!!」
「うおおおおお!?」
まるで今までが時間稼ぎでしたーと言わんばかりにアルフリードが瞬殺された。
地面を転がり、姉と同じように尻もちをつく
「よぉし!!皆の者ぉ!!始めるぞぉ!!!」
族長の号令がかかれば、獣人族たちは一斉に立ち上がる。
松明の火を掲げ、焚火を囲むように輪になって皆が声を上げる。
その中心、焚火の近くまでイーレにシエナと共に手を引かれて進み出た。
「巫女は祈り、勇者と大魔霊は舞う。それは、人と精霊が手を取って戦った時代。神々の望んだ人と自然の形」
イーレが語る。
こちらに向き直り、手には枯れた木の枝を握っていた。
「舞に形は要らない。魂が、大地を揺るがす戦士の息吹。だから戦うものは皆わかる」
太鼓が打ち鳴らされ、笛が鳴り響く。
「──ウォ!!ウー!!」
「「ウォ!!!!」」
イーレの号令の元、皆が地面を踏みしめる。
一瞬、大地が揺れる。
「……これだけ。できる?」
「簡単じゃない。これならユリウスもできるわね」
「えぇ、まぁ……」
舞と聞いていたから、もっとこう。
ああいうダンスかと思った。
ちょっと身構えすぎてしまった。
「続ける。ウォ!!ウー!!」
「「「ウォ!!!」」
「うぉ!」
「うおー!」
太鼓に合わせ、足を踏み鳴らし。叫ぶ。
そのタイミングまでの間はみな各々に楽し気に体を揺らす。
アルフリードも、ジルフリーデも同じように。
……若干千鳥足気味だ。
「エル!!エルも!!」
「はいはい」
ピョンと人垣を越えてエルディンも舞の輪に加わった。
「お待たせ。勇者ですよ」
「踊れんのか?」
「君が言うかい?」
「ウォ!!ウー!!
「「「ウォ!!!」」」
次第に楽しくなってくる。
シンプルで、わかりやすく。
それでいて一体感がある。
嫌いでは無かった。
「……物足りないわね……」
彼女がそう言い始めるまでは。
「ねぇ?ユリウス?」
「はい?」
「やっぱりダンスはこうよ!!!」
「ちょっとぉ!?」
シエナに手を取られた。
まるで振り回されるように、クルクルと舞う。
あの日見せた彼女のステップは色あせていない。
彼女の誕生会の、男役のダンス。
ズンと踏み込まれ、遠心力のままからだを伸ばし、両手を広げる。
「ウォ!!ウー!!」
「「「ウォ!!!」」」
不思議と振り付けのキメの部分に咆哮が重なる。
「おお、なんか今年の舞は新しいな」「あれ素敵じゃない!」
周りからダンスを賞賛する声が聞こえ始めた。
徐々にペアダンスへと輪が変わっていく。
「アルフリード!!私たちも負けていられないぞ!」
「おうさ!姉上!!」
「イーレ様。よろしければお手を」
「エル!ちゃんとリードしてね?」
「ユリウス!!あんた鍛錬が足りてないわ!!」
「お嬢様無茶ぶりが過ぎませんかね!?」
さながら、インド映画のような集団での舞。
何かを祈り。何かを悼む。
皆一様に胸に思いを秘めながら、大地を踏みしめ声を上げる。
「「ウォ!!ウー!!!」」
「「ウォ!!!」」
神へと捧げる舞が、戦士たちの声が、夜の森へと響き渡った。
---
「ひ、ひどい目にあった……」
ふらふらと、祭りの会場から抜け出した俺はこっそり神樹の麓に逃げてきた。
楽しかったと言えば楽しかった。
だが、代わる代わる振り回されながら踊り続けるのはキツイ。
綺麗どころのお姉様たちに手を取られ体を揺らすこと自体は好きだった。
だが、シエナの見せた女性がリードするダンスは獣人族たちには目新しかったらしく。
最終的には、俺をどれほど派手に振り回せるかの競技へと変わった。
優勝者はシエナ。
があああああああ!!といつのも叫びを上げながらフルスイングされてしまった。
戦士たちは彼女の声に拍手を送り、獣人族たちからの尊敬を彼女は勝ち取った。
《赤角》。おそるべし……。
そんなシエナは着付けの間に食べられなかった食事をワシワシと平らげていた。
ジルフリーデと仲良さげに剣技について語り合うシエナは完全に打ち解けたようだった。
未だに冷めやらぬ祭りの熱気もそこそこに、神樹を見上げる。
大きな樹だ。
樹齢何年だろうか。
もし闘龍期の時代からあるのならば、4000年近く前からずっとここにあることとなる。
……といっても、確か神様が眠る樹だったか。
そう考えれば樹齢なんて無意味か。
「……ん?」
その樹の中腹ほど。
ほっそりした枝が生えていた。
若々しく、そして小さなつぼみをつけた枝。
先端にはちょこんと薄いピンク色の花をつけていた。
五枚の花弁に、切れ目の入ったその形。
「あれ……桜か?」
暗いし、遠目では良くわからない。
でもそうあったらちょっと素敵じゃなかろうか。
世界を見守る神の樹が桜だなんて。
「ユーリ居た」
ヒョコヒョコっとイーレが傍に来てくれた。
ベールを取り去った彼女。
三角の尖った耳が機嫌よさげに揺れている。
「イーレ。お祭りの方はいいのかい?」
「良い。あとは好きに騒ぐよう言ってきた」
「丸投げかぁ」
「皆まだまだ眠らない。たぶん明日お寝坊さん」
「だろうねぇ」
横に立った彼女が上を見上げる。
同じように小さな花を見つめた。
「……聖域、帰ってきた。イーレの旅は、ここでおしまい」
寂しそうにイーレは呟いた。
「狭い世界だと思ってた。掟で縛られて、人族とも関わっちゃいけないって言われてた。でも掟は変わる。父上も少し頭柔らかくなった。ユーリのおかげ。ちょっと世界広がった」
「俺はきっかけに過ぎないよ。変わったのは族長たちが自分たちで決めたことだろ?」
「違う。ユーリが変えた。すごいこと」
「そうかな?」
「そう。ユーリはすごい。イーレは良く知ってる。いっつも感謝してるよ?」
「本当?」
「嘘。時々忘れる。それくらいユーリは当たり前に助けてくれる。神様みたい」
「神様はないかなぁ。俺はしがない魔道士ですので」
「うん。ずっとそうで居てほしい」
そう言うと彼女は俺に寄り添った。
スッと腕を絡め、尻尾を俺の脚に添わせる。
「……イーレ。我儘言いそうになる」
「えっと……」
いかん。
ドギマギしてしまう。
彼女はまだ9歳。
だが、その体はシエナとほぼ同じくらいには育っている。
すでに俺よりも身長が高いイーレはそのまま俺の肩にコツリと頭を置く。
「言っていい?」
上目遣いで彼女が俺に目線を送る。
「……俺に出来ることでしたら」
「わかった。じゃあ、踊って?」
「え。ここで?」
「うん、シエナの踊り。振り回さないから」
そう言いながら彼女はゆっくりと俺の手を取る。
体を寄せ、恐る恐る彼女の腰に手を回す。
歩幅を合わせ、音楽もなく。
ただただ揺れるように踊る。
「……ありがとう。ユーリ。イーレは正しい巡りに帰った。縁の行方を"星眼"で見つめることが出来る。きっといつかエルにもユーリにも役に立つ」
「うん」
「父上にも会えた。里のみんなも、笑って迎えてくれた。イーレは幸せ」
「うん、そうだね」
「……だから、ちょっと寂しい……聞くだけ聞いてもいい?」
「いいよ。何?」
「ユーリ。好きな人居る?」
「……」
少しだけ返事に迷った。
目を伏せ、しばし考えを巡らせる。
「……えぇ。居ます」
そう答えた。
「……そっか。ユーリの好き。イーレも欲しかった」
「イーレの事も好きですよ?」
「それはちょっと違う好き。でもイーレはそれで良い」
スッと体を離した彼女。
照れ笑いを浮かべ、そのまま数歩下がる。
「ユーリ。あの花はね。ディトーン様が嬉しい気持ちの時に咲く。だからきっとディトーン様もユーリに感謝してる。助けてくれてありがとうって言いたいんだと思う。この里のみんなも、ユーリに感謝してる。だけど、ちゃんと言葉にして伝えたいから。イーレも言う」
その月明かりに照らされた彼女は騎士礼節の最敬礼でその場に膝まづいた。
いつか彼女に見せたそれを、彼女はしっかりと覚えてくれていたのだ。
「《魔道士》ユリウス・エバーラウンズ。あなたのその寛大な心と気高い魂に一族を代表して、お礼申し上げる……助けてくれてありがとう!イーレ、ユーリの事絶対忘れない!」
「……あぁ。またいつか会いに来るよ。イーレ」
「うん!!待ってる!!」
白い小さな花は、美しく可憐に咲いた。
冷たい雨に打たれ、必死で逃げ惑った先。
言葉も伝わらぬ異邦人に命を託し、彼女は世界を見て歩いた。
とんだ回り道だ。
だが、それが今の彼女を形作っている。
思い出として。知識として。憧れとして。決意として。
「獣人族のイーディルン!ユーリの味方で居続けることをここに誓う!大いなる神の樹に!聖域の皆に懸けて!」
彼女の旅が終わりをつげ、彼女の暮らしが始まりを告げた。
---
《ロレス視点》
騒がしい宴の喧騒を避け、ひっそりと森で酒をあおる。
すでに宴は下火になりどこかのバカが「姉上えええ」などと叫んでいる。
やかましい事この上ない。
「……ほぅ」
だがこの酒は良い。
思わず声が出るほどにその酒は口に合った。
火酒とは違う、香り立つほのかな甘みのある酒。
長く生きていれば、良い物に巡り合うものだ。
サクリ
足音に振り返る。
「……イーレか」
「うん……」
耳をペタンと伏せ、尻尾を指で弄りながら彼女は来た。
力無く傍までくると、そのまま私の膝に顔を埋めた。
「……」
「……ユーリに、言えなかった。好きだって。一緒に居てって言えなかったぁ……ッ」
メソメソと。
彼女は泣き始める。
「……泣くな」
「うううう……無理ぃ……」
仕方なくイーレの頭を撫でる。
次第に泣き声が大きくなってくる。
「ユーリと私の間の縁。とっても小さい……ッ!あんなに綺麗じゃないよぉ……!」
「……」
難儀なものだ。
星眼といったか。
人と人との間の縁が見えるという。
それはすなわち繋がりの大きさも見えるということ。
イーレとユリウスの間に、恋仲にまで発展するほどの縁がないのだと言う。
「お前の事を嫌っているわけではない。あいつはそういう奴だ」
「……見えなければ良かった……のに……グス……」
鼻を鳴らしながら彼女は顔を上げる。
ため息を吐きながら彼女の涙をぬぐった。
「見えようが見えまいが、好きならば伝え、唇でも奪えばいい」
「……でも……」
「私に縁の光とやらは見えん。シエナにも。ユリウスにもだ」
「ううう……。わかってるけど……」
「魔眼に頼るな。見えてしまうものばかりに気を取られては、そいつの顔すら見えなくなるぞ」
「……ロレス、恋愛の達人」
「……」
ひとまずは彼女を座らせた。
「……あ……」
「……」
そして彼女の目線が後ろに行く。
そこにはまとめられた荷物が置いてある。
私の荷物だ。
「……もう、行くの?」
「あぁ。行く」
遅すぎたくらいだ。
「エルディンには伝えた。シエナにもそれとなく話してある」
「……ユーリは?」
「あいつは良い。話せば私が鈍ってしまう」
それに、あいつも知りたくないだろう。
《魔葬》という女が、どういう女であったのかなどと。
「……本来私とあいつは交わらぬ時の流れにある。"時無くし"でなければ、ユリウスに会うなど叶いもしなかった」
「……ロレスの縁。ずっとユリウスと一緒にある。一緒にいるのが正しい」
「それは縁の決めることではない。私が決めることだ」
「……ユーリも喜ぶ」
「……ためにならん」
立ち上がり、槍に荷物を括りつける。
「……ユーリ。嫌い……?」
「……」
……嫌いなものか。
黙ったままに槍を担ぎ、酒壺を手に取る。
「イーレ。私はもう死人だ。ほんのわずかな猶予があっただけに過ぎない。お前が見ているのも幻だ」
「幻、暖かくない。撫でてくれないし、涙も拭いてくれないもん」
「お前は。口が達者になったな」
「皆が教えてくれた。ロレスも。イーレは皆に育てられた。家族と同じくらい皆大切」
「……家族か」
フッと、小さく笑いが零れてしまった。
フードを被り、私はただの旅人に戻る。
シエナやユリウスに出会う前の私。
死に場所を求めてさまよう亡霊に戻る。
そのローブの裾をイーレが掴んだ。
強く非難する目で彼女は私を見ている。
「……私は家族を、守ることが出来なかった。今更誰かの傍に身を置くなど……」
「それでもいい!ユーリもシエナも!ロレスのこと大好き!イーレも好き!!」
ポロポロと彼女の眼から涙がこぼれる。
「行かないでロレス……!皆と一緒に居て!独りぼっちは駄目!!ロレスが一番良く知ってるくせに!!」
「……」
小さくため息を吐きしゃがみ込む。
彼女は何も言わずに私に抱き着いた。
それを優しく迎える。
「……すまない。お前の期待には応えられない」
「ロレスもユーリも意地悪……でもいい。イーレは大人だから良い」
そう言いながらもグリグリと頭を擦り付けてくる。
服に涙が染み、すこしだけ冷たい。
あぁ、家族か。
良い家族、仲間を持てたと残念だが思ってしまう。
エルディンは例外的に強い。
勇者と名乗るだけはある。
だが心根は優しい少年だ。
最初こそ斬りかかって来た時は返り討ちにする気で居たが、しなくて良かった。
今後もユリウスの良い友人で居れくれる。
シエナも強くなった。
泣きわめくだけの子供だった彼女が、今では一端に剣士だ。
守るものがあると、あいつはどこまでも強くなってしまう。
少々やかましいのが玉に瑕だが、それでちょうどいい。
私にはもったいないほどの良い弟子だ。
「大きくなったな。お前は」
イーレ。
不思議な子供だと思っていた。
私にやけに懐いてきたのが不思議でならなかったが。
魔眼で見たのだな。
それを知って尚、誰にも言わずに私の傍にいた。
気遣いのできる優しい子。
「どうか、健やかに。いい女になれ。シエナが嫉妬するほどのな」
ゆっくりと体を離す。
もう一度頭を撫で、手袋を外して彼女の涙をぬぐった。
「お前に託す。私では、あいつに渡せそうにない」
彼女に手紙を渡す。
ユリウスへとかかれた封筒。
「直接渡せば、言いくるめられて結局旅を共にすることになりかねん」
「そっちの方がイーレは都合がいい」
「……最後の頼みだ」
「……わかった。ちゃんと渡す。ロレスはどこを目指す?」
「あるべき場所だ。ではな」
立ち上がりもう一度荷物を担ぐ。
今度は降ろさない。
振り返らずに、足を進める。
「ロレス!!」
返事はしない。
これ以上は、無意味だ。
森の中を進む。
明かりもなく、誰も居ない道。
もうイーレの声も聞こえない。
真っ暗な道を1人で往く。
……あぁ。
ユリウス。
私と同じ色の瞳を持つ者。
ロッズの街でお前を見かけた時、これは何かの呪いかと思った。
ついに神が私への罰のために遣わせた使者ではないのかと思うほどに。
あまりにも瓜二つだった。
だが、真相は真逆であった。
何も知らぬ無垢なあいつは、いつかの彼の生き写しでありながら。
あの人の血を受け継ぐ大馬鹿者であった。
人に甘く、誰かのために血を流す。
この世界を生きるにはあまりにも弱々しい命だった。
だから、奇跡だと感じた。
私の無意味に思えた200年ほどの人生は。
このたった2年ばかしのためにあったのだと思わせられるほどに。
この旅は、楽しい旅であった。
「……」
思い出せばまた笑みが零れる。
いつぞや、シエナが告白出来なかったと嘆いていた。
気を紛らわせるために稽古に付き合い。
ヘタレだのなんだのと散々言ってきたものだ。
(……言えた物ではないな)
私もシエナの事を言えない。
結局ユリウスに言いだせずにこうして背を向けてしまった。
だがこれでいい。
あいつは優しい。
優しくて、愚かで、すぐ傷つき泣いてしまう。
そんなユリウスの前でこと切れるわけにはいかない。
私はあいつの泣き顔が見たいわけでは無い。
──さて、帰るか。
月を見上げる。
エルディンの厚意ですでに小舟が西の海岸に用意してある。
それを使って国港ディーテールに渡る。
テルス大陸を経由すれば、それほどかからずにベルガー大陸へと渡れるはずだ。
今は亡き首都の骸。
ベルガー大陸中央付近。山脈の麓。砂漠の西の端。
目指すは廃都ラウンズ。
私の始まりの地にして、すべてを失った場所だ。
---
《ユリウス視点》
宴の後。
早朝から俺とエルディンは出発の準備を進めた。
酒壺を抱えて眠るアルフリードに冷や水を浴びせて起こし。
ジルフリーデに抱き枕にされているシエナを引っ張り出し。
フジやルビー。オージェイルにイーレ。
世話になった皆、1人1人に頭を下げて回った。
獣人族の女性にとって強いというのはシンプルにステータスとなるらしく。
別れ際も何人かの女性に囲まれてしまった。
「ユリウス様!いつでもお越しになって下さいね!」
「こんど魔法を教えてくださいまし!」
「何でしたら夜の手ほどきも……ね?」
「えー?良いんですかぁ?」
「ユリウス!!!!はやく!!!!」
「はいぃ!!!」
なんてやり取りも。
まぁ、波止場の村までは少し距離がある。
戦士たち数名が荷物を持ってくれて、遠足みたいな移動をすることになった。
……なったのだが……。
「……」
「……ごめん、ユーリ。ロレス。行っちゃった……」
石でできた簡素な港にはすでに水夫たちが小舟で乗り付けていた。
外洋にはグレート・エリザベス号が錨を降ろしている。
そこに彼女の。ロレスの姿は無かった。
聞けば、1人で荷物を抱えて旅に出たらしい。
行先も告げずに。
波止場でイーレがそれを手渡してくれる。
達筆な字で、ユリウスへ。
とだけ書かれた封筒だ。
それを受け取る手に、少しだけ力が籠る。
「……せめて、直接、お別れが聞きたかったですね……」
なんとなくそんな気はしていた。
彼女はもともと旅人だ。
むしろここまで一緒に戦ってくれたことに感謝が絶えない。
とは思うが、これはちょっと。
寂しさが募る。
「……怒らないで。ロレスも、別れが辛いって」
「えぇ。わかってます。長い付き合いですからね」
そうイーレには笑いかけて、そっと手紙を懐にしまった。
「ユリウス!荷物はこれで最後だ!もうすぐ出るよ」
「おっけーエル。シエナー。準備で来たって!」
「今行くわ!」
シエナはシエナで見送りに来たジルフリーデと別れを済ませていた。
互いに握手を交わし「お前の鬨の声が聞けないのは寂しい」などと戦士っぽい言葉を投げ合う。
後ろ手に手を振りながら、彼女は駆け寄ってくる。
「ん?ロレスは?」
「……彼女は、別行動です。同じ船には乗りません」
「……そう。まぁ、そんな気してたわ」
行きましょ?
と俺の肩を叩いて彼女は小船に乗り込む。
わずかに震えたその手は、彼女なりの憤りがほんのわずかに滲んでいた。
「……じゃあ、イーレ。手紙ありがとうね。元気で」
「ユーリも」
よいしょと小舟に乗り込めば、小舟に繋がれたロープが張られ本艦へと引っ張られる。
ゆっくりと船は沖へと離れて行く。
「ユリウス殿。どうか、旅の御無事を」
「達者でな、ユリウス殿。弟を頼む」
「お達者でー!」「勇者様ー!お気をつけてー!」「また来いよー!」「シエナさーーん!!!」
獣人族が口々に別れを告げる。
彼らに手を振り返す。
「……良い島だったね?」
「散々だったに決まってるでしょ?ねぇ」
「あー。どっちもかな?」
夏の日差しを受けて、ゆっくりと船は進んでいる。
風がほのかに頬を撫で、波のせせらぎが耳をくすぐる。
船の底に深く背を預けて、空を見上げる。
まぁ、旅に別れは付き物だ。
分かっている。
出会えば、さよならもある。
だからこそ一期一会なんて言葉もあるのだ。
でも、ちょっと寂しい。
「……うそ?ちょ!?ちょっと!!イーレ!?」
シエナの驚く声に体を飛び起こす。
波止場を駆ける彼女の姿が見えた。
イーレは足場の端で踏み切り、そのままひとっ飛びにこの船に飛び乗ってきた。
獣人族の身体能力は高い。
高いが、ちょっとこれは!
船がひっくり返る……!!
「ユーリ!忘れ物取りに来た!」
「取りに!?届けにじゃなくて!?」
大きく揺れる船。
飛沫が上がり、彼女は俺に覆いかぶさるように飛びついた。
ギュッと首に腕を回し、頬ずりをして来る。
「ロレスがね!奪えばいいって!だからほっぺは貰うね!」
そして、本当に一瞬。
チュッと小さく音がした。
彼女の唇が頬に触れ、そこからじんわりと燃えるように熱くなる。
「イーレ!!!」
「ニヒヒ。じゃあね!!」
シエナが拳を振り上げたときには、彼女は船から飛びのいてまたひとっ飛びに島に戻った。
──ユーリ!エル!シエナ!またねぇ!!愛してるぅ!!!
顔を上げれば彼女は満面の笑みで手を振り、投げキスを投げてくる。
これはこれは。
とんだいたずら猫ちゃんだ。
だが、俺もいい歳だ。
ほっぺにチューくらいで、狼狽えたりなどしないのさ。
「夏だねぇ。君。顔真っ赤だよ?」
「う、うるへー」
頬を手で触れれば、あの一瞬の甘い感覚が呼び起こされボッと顔が熱くなる。
はい、とても狼狽えてます。
帽子で顔を隠しながら、それでもイーレに皆で手を振った。
「……いつまで照れてんの!!」
「あだッ!!???」
「シエナもチューすれば?……あ!ごめん!お尻は叩かないで!!??」
「うおぉ!!暴れるなぁ!!船がひっくり返るぅ!!」
なんだかドタドタだ。
ひとしきり暴れたシエナはフン!と腕を組んで拗ねてしまった。
一息ついて、ロレスからの手紙を取り出す。
封もないただの封筒と便せん。
ぺらりと薄い紙が音を立てる。
シエナもエルディンもそれを横から覗き込んでくる。
なんだ。
皆興味津々じゃないの。
「……あいつ。こんなこと手紙に託したわけ?」
「ロレスらしいじゃないか。それにわかりやすい。だろ?ユリウス」
その言葉に俺も少し頬緩めた。
まったく。
本当に彼女らしい。
ぶっきらぼうで、いつでも冷静。
そのくせ俺たちの事をいつも気にかけてくれた最強の女槍遣い。
魔術も達者な彼女はただ、話すことだけは苦手だったらしい。
「えぇ。彼女らしいです」
スッと手紙を陽光にかざす。
「……また会いましょう。ロレスさん」
日に透ける手紙が風に揺れる。
本当に、本当に短い文章がそこに書かれていた。
射線で消された"さらば"の文字。
そしてその下に。少しだけ大きく書かれた文字を見つめる。
とても短い言葉に、彼女の思いが込められていた。
──またな。
彼女の、ロレスの残した再会の誓い。
「……さて!エル!次の目的地は?」
「王都ディティシオン。そこから先は季節風の吹き替えしに乗ってアリアー大陸に一直線だ」
夏が行く。
別れと共に。
だけどそれは、どれも再会の約束を伴った。
であればきっと会える。
またどこかで。
目指すは、アリアー大陸。
旅の終着点は、もうすぐだ。
---
第六章 完
第七章へ続く
人物紹介
《星眼》イーディルン 獣人族 女性 9歳
獣人族の族長。オージェイルの娘。姉に《両魔眼》エフレイルを持つ。
聖域を飛び出し、人攫いに会うもユリウスに救出された。
《星眼》を持つ彼女は人とどのような結びつきがあるのかを見抜くことが出来る。
故に人間関係で億劫になることがあったが、
ある女性に言われた言葉が彼女の眼を覚ますことなった。
それ故に彼女は「縁とは紡ぎ、自らの意思で繋ぐことが出来る」と後世に残している。
好きな物はお洒落と綺麗な景色。
好きな人はエルディン。シエナ。ロレス。そして両親と姉。
特別に好きな人はユリウス・エバーラウンズ。




