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第七十七話 「涙に宴を花に誓いを(前編)」

 楽しい事ばかりをしているわけにもいかない。

 というのは、どの世界でもある程度は共通である。

 やりたい事と、やらなければならない事を天秤にかけながら生きて行くのが人間なのだと誰かが言っていた気がする。


 獣人族の里が落ち着いて数日。

 セドリックの一件で少なからず出た犠牲者は、すでに親しい者たちの間で葬儀が行われた。

 ケーシーは旅に出たらしい。

 追放者の烙印を押され、今はベルガー大陸へと向かったのだとフジは言う。


「……事実には、向き合わなくちゃなりませんから」


 小さく零した彼の顔は、少しだけ成長したように見えた。

 きっと彼はいろいろ知っているのだろう。

 だが聞かない。

 彼が話さないことは、無理に聞いてはいけない事だ。

 大きな覚悟あってのことだろう。


 なお、彼はケーシーのしでかした事について洗いざらい族長に話した。

 イーレの母。エイールに何があったのか。

 聞けば、ケーシーは《微笑》のガブリエラという魔術師に操られていたらしい。

 その名前はセドリックが魔獣核に飲み込まれる時に叫んでいた名前だ。

 エルディンの言う要注意人物の中にもあった。

 魅了魔術を使う派手なドレスを着た女性だとか。

 その魔術師は本当はイーレを狙ったのだという。

 嵐の日、悪の魔術師の手から身を挺してエイールはイーレを守り、命を落とした。

 以降、イーレをオージェイルが神樹のうろに大事にしまってしまったものだから鍵を壊して逃がしたのだとか。


 ……父親って言う物は、どうして娘を大事に思うと閉じ込めてしまいがちなのだろうか……。


 それを告げられたオージェイルは、怒るでもなくただしっかりとフジを見つめ。

「よくぞ教えてくれた」と震える声でフジを称えた。

 オージェイルもフジも、事実と向き合ったことで前に進めるようになった。

 イーレもフジを受け入れた。

 怒ったり、泣いたりせず。

 ただ雨が全部悪いとだけ小さく呟いた

 陰謀に振り回された彼らはようやく一つの結末へと至ったわけだ。


 そして俺もやっとの事で事実と向き合う覚悟が出来た。


 小脇に鮮やかな緑色のパオを挟み、渓流を歩く。


「足元に気を付けてくださいね。シエナ」

「この程度、なんとも無いわ」

「シエナの靴は踵が高いので」

「フン」


 ゴツゴツした岩の道を彼女はもろともせずに進んでいく。

 その後ろに俺。

 そしてフジが続いた。


 向かうのは、川辺の洞窟だ。


「あの人を見つけたのは、今から2年ほど前です。ユリウスさ……ユリウスに縁がある方ですね?」

「あぁ。多分そうだと思う。どんな人だった?」

「髪を編み込んだ、耳長族の男性でした。見つけたときにはすでに……」


 あぁ。やはり。

 クアトゥさんで間違いないだろう。


 崖の割れ目。

 俺が逃げ込んだ洞窟だ。

 いろんなものが散乱しているが、気にしないでほしい。

 ちょっと夢見が悪かったのだ。


「……フジが弔ってくれたのか?」

「僕と姉上です。夕飯になる魚を採りに来た際に偶然。ユリウスを魔眼で見た時に同じ顔を見たのでもしやと思って」

「まさかそれを見越して荷物を置いておいたの?」

「いいえ。旅人の骸は土に還し、いつか来る遺族のために荷物は出来る限りそのままにしておく。そういう仕来りなんです」


 ……2年間。誰も訪ねてこなかったのか……


「……ひどく疲れたようにあの人は眠っていました。あと、胸に大きな傷が。それが致命傷になったようです」

「それはどんな?」

「魔物の爪痕だと思います」

「……魔物か」


 ミラージゥの街であったクアトゥ商会の女店主。

 彼女の話によれば、彼女らを襲ったのは赤黒い継ぎはぎの魔物。


 血色の魔獣(ハーベスタ)だ。


「……彼の家族に代わって、礼を。ありがとう。フジ」

「いいえ、ユリウス。縁のお導きです。僕は外に居るので何かあればお呼びします」

「わかった」


 フジが洞窟を後にする。

 シエナは入口辺りで壁に背中を預けた。

 まるっきりロレスと同じポーズで外を睨んでいる。


 彼女は俺の護衛だ。

 今回の一件でシエナは俺を1人きりにするのをひどく嫌がるようになった。

 シエナか、エルディンか、ロレス。

 誰かと必ずともに行動せよとのお達しだ。

 なお、寝泊まりはエルディンと同じ部屋にさせられている。

 しかも同じ寝床だ。

 眠っている間に連れ去れられないようにとご丁寧に縄でエルディンにつながれる始末。

 流石にちょっぴり寝不足だ。

 どちらかが寝返りを打つたびに縄が張るのだから、眼も覚める。


 一度あくびをかみ殺してから、洞窟の奥。

 積み上げられた石を見やる。

 クアトゥの墓。

 一房切り取られた彼の髪の毛がわずかに風に揺れる。


 持ってきておいた酒を供え、しゃがみ込んで手を合わせる。


「……クアトゥさん。お久しぶりです。こんなところで、こんな形で会うことになるなんて。無念です……」


 目を閉じ、彼の死を想う。


「ねぇ」

「はい」

「その人、どんな人だったの」


 ぶっきらぼうなシエナの言葉。

 彼女なりにいろいろかける言葉を考えたのだろう。


「クアトゥさんは、俺の小さい頃世話になった人です。シエナと会う前。コガクゥの村で修行中に俺の世話を焼いてくれた人でした。クアトゥ商会の会長です」


 クアトゥは俺がこっちの世界に来て初めて見た耳長族だった。

 ビーズで編み上げた異国風の特徴的な髪形は今でもすぐに目に浮かぶ。

 クアトゥ商会の会長で、気さくで家族思いの良い人だった。

 思い出せば短い間ではあったがクアトゥ商会には世話になった。

 当時、読み書き計算しか出来なかった俺を店番として雇ってくれた彼。

 魔物の素材について教わったり、金になる薬を教えてくれたりと商人としての経験を俺に語ってくれたこともあった。

 曰く、彼は耳長族の中でもモテる方だったのだという。

 シュッと横に伸びた耳は形が良く、ククゥもあぁなりたいとよく言っていた。

 耳長族は耳が長いほうが美形なのだという認識だそうだ。


 そんなことをシエナにも語る。

 彼女はしばらく耳を傾けた後。


「……ククゥ?」


 と俺に問うた。


「彼の娘です。俺が魔道士になるきっかけをくれた女の子でした。クアトゥさんと一緒のキャラバンでテルス大陸に旅をしていたのですが……」


 聞けば、クアトゥ商会は瓦解寸前だった。

 クアトゥさんが戦える人物だったかどうかは不明だが。

 少なくとも護衛無しに彼の家族が生き残る可能性は、低い。

 ククゥは魔法と魔術が使えるが、戦えるほど達者では無かっただろう。

 弟のクゥシェは生まれたばかり。

 その母親も腕が立つようには見えなかった。

 どちらかといえば、普通の村人という立ち振る舞い。

 テルス大陸は極寒の大陸で魔物も強い。

 それを加味すれば……。


「……」

「……ごめんなさい。変な事聞いた」

「うん」

「生きてるわよ。多分」

「……うん」


 うん。と、返事をしながらも。

 俯いた顔の鼻の頭から涙が落ちる。

 語っている間に膝を抱えた俺はそのまま腕で顔を覆った。


 生きていてほしいとは思う。

 彼らは俺の魔道士としての最初の一歩を支えてくれた人たちだ。

 それを想えば自然と涙がこぼれた。

 大事な大事な思い出の人々と、もう会えないかもしれない。

 どれだけ信じようとしても、俺はこの世界の厳しさを知りすぎていた。


「……すみません、ちょっと。時間を……」


 何とか泣き止もうと涙をぬぐう。

 それでも泣き顔はすぐには治らない。

 そう思ってシエナに声をかけた。


 だが、返事の代わりにトスンと背中が揺れた。

 暖かく、少しだけ重い感覚。

 振り返れば、彼女も俺と同じように膝を抱えてその背中を俺に預けていた。


「……」

「……」


 彼女は何も言わない。

 ただそこで、小さくため息を吐いているだけだ。

 仕方ないわねぇと。


「……ありがとうございます」


 小さくお礼を言えば、そこからはもう言葉を発することが出来なかった。


 あぁ。

 ちょっと色々ありすぎたんだ。

 でも、悲しいものは悲しい。

 だから少しの間だけ泣こう。

 ほんの数分だ。

 シエナも許してくれる。


「うっ……うぅ……ッ!」


 どうして優しい人っていうのは、こんなにも簡単に居なくなってしまうんだろうか。

 肩を震わせながら、喪に服した。


「……いやぁ、泣くとスッキリするもんですねぇ」


 しばらくして、渓流を里に向けて歩く。

 フジが先導し俺の横をシエナが無言で歩いていた。


 夏の空と強い日差しが降り注ぐディティスの森。

 川を吹くひんやりとした風がその熱気を冷まし心地よい。


 俺はというとすっかり泣き腫らした顔をしていた。

 眼は真っ赤だし、腫れぼったい。

 なんども涙をぬぐったから袖もすこししっとりとしている。


「足元、気を付けさいよ。あんたすぐ転ぶから」

「ははは……面目ない……」


 シエナに言われた端から岩に躓いてバランスを崩した。


「ちょ!言わんこっちゃない!!」

「面目ない……」


 行きは俺が彼女に気を使っていたというのに。


「すみません。もっと良い道があればよかったのですが」

「いいんだフジ。滝に落っこちるよりは全然余裕だから」

「落ちたんですか!?」

「落ちたの!?」

「えへへ。ハリウッド映画級の大スタントでしたぁ」


 俺ってばおっちょこちょい。

 テヘペロ?

 くらいのつもりで言ったつもりだったが、シエナ達はそうでもなかった。

 彼女がギロリとフジを睨み、フジはそれに大きく体を震わせた。


「フジは悪くないですからね!?俺が勝手に落ちただけだから!!」

「わかってるわよ!!!」


 ギャンと吠えられてしまう。


「し、シエナ様!どうか怒りをお納めください!すべては僕の──」

「様付け禁止!!」

「はいぃ!!」


 叱りつけるように振り上げられたシエナの右手。

 それに対してフジは頭でなくお尻を隠した。

 ルビーの見せしめは相当に効果があったと見える。

 ……ちょっと悪いことをしたな。


「あぁ、居た。ユリウス殿!シエナ殿!」


 岩場を飛び跳ねながらこちらに来る獣人族が居た。

 ジルフリーデだ。

 鎧を外した彼女が身軽にこちらへと駆け寄ってくる。


「探したぞ。貴殿らはいつ出立だったか」

「明日ですが……どうかしましたか?」

「時間はあるな……」


 フムフムとジルフリーデは何やら顎に手を添える。


「何よ」

「シエナ」

「な、何よ……」


 獣人族に当たりがキツいシエナ。

 理由は知っている。

 だが、誰にも彼にもそういう態度をとってはいけないと何度か注意はしてある。

 すこしだけ語気を強めて彼女を嗜めた。


「いや、もし貴殿が良ければなのだが。族長の誘いを受けてはもらえないだろうか」


 揃って首をかしげる。

 族長が?

 何の用だろうか。


「今宵、どうか杯を交わしてほしい。神樹に花が実ったのだ」


 ---


 神樹の祭祀場。

 本来この場所は処刑台でも、ましてや戦場でもない。

 神なる大樹に祈りを捧げ、時に死者を想い、時に聖誕を祝う場である。


 そんな場所は、いま急ピッチで支度が行われている最中だった。

 大きな声と、トンカチが木に釘を立てつける音。

 子供がすぐそばを走り去っていき、それをその母親が会釈をしながら追いかけて行く。


 やぐらが立て直され、そこから紐を伝ってきらきらと光を返す石が飾られている。

 中央には巨大な釜。

 獣人族の男たちが川から取ってきた水と泥にまみれながらそれを組み立てる。

 大の男が10人そこら入り込んでもまだ余裕のあるほどの大きさだ。


「本当にあんな大きな釜を使うんですね」

「イーレ嘘つかない。ちゃんとある言った」


 腰に手を当ててイーレは胸を張る。

 彼女はすでに族長の補佐としての仕事を身に着けるため動いていた。

 本来、神樹のうろの中で大事に巫女として育てられるはずの彼女は、それを嫌がった。

 そのかわりにいち早く巫女として、族長の娘として仕事を覚えることを選んだのだ。


「その服。似合ってますねイーレ」

「うん。でもまだちょっと大きい」

「すぐになじみますよ」


 彼女が来ているのは伝統的な獣人族の装束だ。

 子供用のではなく、大人用。

 その上からいつもの明るい緑色のローブを羽織っている。

 聞けばそれは、彼女の亡き母。エイールさんの手製なのだという。

 イーレが大人になった時のために用意していたものだとか。

 少しせっかちな彼女はそれをもう袖を通してしまったのだ。


「イーディルン様。食材をお持ちしました」

「ん。釜の近く。ルビーに渡す」

「イーディルン様ー。族長はどちらですー?」

「知らない。たぶん家。ルビーに聞くといい」


 他の獣人族からいろいろ尋ねられ、堂々とそれに返している。

 まぁ、その先でルビーがそれらをまとめ直しているわけだが。


(しかし、この会場はまるで……)


 まるでお祭り騒ぎだ。

 里の獣人族が総出で料理を作ったり、飾り付けをしたり。

 どこにあったのか、弦楽器や太鼓なんてものも出てきた。


「獣人族の考え方。死は命の巡りの1つ。だから誰かが死んだり生まれると、みんなでご飯を食べる。みんなで神に歌と踊りを捧げる」

「だからイーレの教えてくれた料理はいつも量が多かったんですね」

「みんなで食べる料理、格別。嬉しいも悲しいもみんなで分け合う。……すこしだけ元気になる」


 わずかに彼女の耳が下がった。


「里のみんな、ユーリに悪いことした。イーレにはわからなかった。どうして誰も話しを聞いてあげないんだろうって。ユーリは言葉をしらないイーレの話ずっと聞いてくれた。みんな聞くの拒んだ。だから、イーレは怒ってる。すごく怒ってるし、すこし悲しい」


 イーレはそう言って俺に向き直った。


「イーレ、ユーリに元気分けたい。一番つらかったのはユーリ。だからお祭り開くことにした」

「……俺の為?」

「ユーリの為」


 ジッと俺を見るイーレ。

 翡翠石のようなその瞳は、なんというか。一生懸命だ。

 彼女なりに考え、彼女なりに俺を励まそうとしている。

 わずかにへの字に結ばれた口が、真正面に向けられた可愛い耳が。

 俺の返事を待っている。


「……ありがとう。イーレ。お誘いをお受けします」

「そう言うと思ったよ」

「エルの真似?」

「そう。エルは良く言う。全部お見通し」


 嬉しそうに笑いながら、彼女は言う。


「……そういえば、他のみんなは?」

「エルとロレスは狩りをしてる。大きな角の獣採ってくるって朝から出かけた」

「アルフリードは?」

「さっきジルフリーデとどっか行った」

「シエナは?」

「内緒」

「えー」

「ふっふっふー」


 意味ありげにニヤつく彼女


 内緒。

 内緒と来たか。

 まぁ悪いようにはされないだろう。

 もししようものならば、被害者の悲鳴が里中に響くはずだ。

 ……シエナのガチの暴力は並ではない。


「悪いようにはしない」

「それ悪い奴の台詞じゃん……」


 ちょっと不安だ。


 そんなところに族長のオージェイルが来た。

 神々しいテルテル坊主みたいな服を身て、何やら杖も携えている。

 なんというか、ベタな神様っぽい格好だ。


「ユリウス殿。急ぎの所申し訳ない」

「いえ、もう一晩は厄介になるつもりでしたし。……ところで、何です?その恰好」

「神事である故、それを相応の出で立ちをするのが仕来りなのでな」


 いつもの恰好の方がそれっぽいと口にするのは野暮か。


「すでに貴殿の衣装も準備できている。はやく着替えると良い」

「衣装?」

「おーい。誰かユリウス殿の着替えを手伝ってやりなさい」


 オージェイルがそう声を張り上げれば、周囲に居た獣人族が数名駆け寄ってきた。

 まさにシュバババババといった勢いで。

 しかも女性ばかり。


「ユリウス様。私めがお世話いたします」「いいえいいえ!この私が!」「私!私が着替え手伝う!!」


 ワラワラとあっという間に囲まれてしまった。


 なんというか、獣人族の装束はたとえ大人用でも露出が多い。

 あと、大概胸が大きい女性ばかりだ。

 目のやり場に困ってしまう。

 すごーく困ってしまう。


「あ、あの、服くらいは自分で──むぐぅ」

「遠慮なさらず!!」


 たわわな胸に顔を押し付けられてしまった。

 不可抗力だ。

 というか腕も足も引っ張られている。

 ちょっと人気が過ぎる。


「ユリウス殿が望むのなら、好きな娘を連れて行きなさい。寝床にでも着いてくだろう。なぁ?」

「ぷあ!!さ、流石にそれは!!」


 いやぁ参った。

 こんなに女性に囲まれてしまうなんて。

 はっはっは。

 うわっはっはっはっはっは。

 あー……

 でもちょっと怖い。

 何がとは言わないがちょっと怖い。

 饅頭こわい赤髪こわい。


「駄目。ユーリの着替えはフジが手伝う」


 冷たい目線でイーレが一言。


「「「え?」」」


 皆が戸惑う。


「俺も、それでいいです!」

「「「え!?」」」

「ユリウス殿……男色であられたか」


 また妙な誤解を……


 ---


「ふふ、それはまた」

「笑いごとじゃないぞフジ」

「い、いえ。また族長も、失礼な事をするものだなと思った次第でして……」


 結局フジに着替えを手伝ってもらう。

 場所はフジの家だ。

 周りの家に比べれば豪華な家である。

 装飾品も多い。

 だが、それ以上に本が多かった。

 特段難しい本じゃない。

 絵本や、読み書きの入門書のような物ばかりだ。


「えっと、これは?」

「それは足に着けるものです。長靴を履くように通してもらって」

「トレンカみたいなものか」

「とれん……?」

「独り言だよ」


 何やらごちゃごちゃと装備を付けさせられている。

 やたらと凝った装飾で、小物が多い衣装だ。

 肩当に、肘当てと籠手。

 左胸だけ保護する胸当てに、ハーネスのようなベルト。

 とび職が履くようなダボついて先の絞られたズボン。

 靴の代わりに先ほどの踵とつま先が出る足帯をつけさせられている


「なんか、勇者っぽいな」

「はい。勇者の鎧を模した衣装です」

「え」


 聞けば、この装備は闘龍期の勇者の伝説に出てくる鎧を模したものらしい。

 大いなる邪龍と戦い、ディティスを守った彼は当然この国では守護神に等しい。


「僕らの祭事では、里一番の戦士2人。龍を倒した勇者役とその相棒たる大炎魔霊役が舞を捧げます。脅威は去った。あとは再生するだけだと皆で祝うのです」

「いや、なんでそれが俺なんだよ」

「ピッタリの役ではありませんか。今のこの里にユリウス以上にその衣装が相応しい人も居ません。現に龍を倒したじゃありませんか」

「倒したのはエルなんだけど……」


 弱った。

 また踊る羽目になるのか。

 ダンスなんて出来ないぞ。俺。


「はい。出来ました。お似合いですよユリウス」

「そりゃ装備自体はカッコいいけどさぁ……」


 とっても魔物狩人っぽい装備だ。

 嫌いではない。

 むしろテンションは上がる。

 四の五の言っているが、かっこいい鎧が着れて口の端がニヤついてしまっている。


「……似合う?」

「はい!」

「……そっかぁ」


 悪い気は。

 しないよね?

 男の子だもの。


 着替え終わるころにはすでに日が暮れ始めていた。

 早々に火が焚かれ、輝照石ではなく松明が辺りを照らしている。

 中央の釜土には大きな鍋が備え付けられ、すでに湯気を漂わせていた。

 良い匂いが辺りにふわりと香っている。

 ……流石に一晩は火にかけないよね?


「お、ユリウスー」

「エル。帰ってたのか」

「うん。きっちり獲物はゲットしてきたよ。……ていうか、その服……」

「変わってくれよぉ。勇者はお前だろ?」

「良いんじゃない?勇者ユリウス!うん。響きも良い。そう思わない?フジ」

「僕にとってユリウスは勇者ですので」

「あのですねぇ……」

「また祭事の支度を手伝ってきます。何かあれば周りの者に声をかけてください。それでは」

「ちょ!」


 彼は足早に行ってしまった。

 まだ振り付けの話とか聞いてないのに……。


「行っちゃったよ……」

「ははは。彼も君にそっくりじゃないか」

「えー?何処がだよ」

「何かしてないと落ち着かない所とか」


 あぁ、そういう事か。

 フジもいろいろあったもんな。うん。


「……フジも立ち直ろうと頑張ってるのさ。見守ってあげなよ」

「そうだな。フジは偉いな」

「そうだね」


 えらいえらいと、なぜかエルディンは俺の頭を撫でる。


「……なんだよ」

「別に?……お、始まるっぽいよ」


 松明で照らされたやぐらの上にオージェイルが上がる。


 何やら古めかしい言葉使いでうんにゃらかんにゃらと言っているが。

 要約すれば。

 おぉ神よ。

 めっちゃ大変だったけど何とかなったわ。

 貴方のおかげです。

 それを感謝して今宵宴を開きます。

 旅立ったものと、これから来るものに変わりないご加護を!

 みたいな内容だ。


「そして今宵!神なる大樹が花を実らせた!ディトーン様の祝福を受け!ここに同盟の杯を交わそう!!」


 大声でオージェイルが宣言すれば、周りの獣人族もおおお!と歓声を上げた。


「同盟の杯?」

「《剣豪》と《剣将》が交わしたアレさ。忠誠……とはちょっと違うけど、あなたが困ったとき恩返しに必ず行くよって約束みたいなもんだ」

「あぁ!戦争を終わらせた時の!」

「ユーリ!エル!」


 イーレに声をかけられた。後ろにはルビーが居る。

 彼女の手にはお盆と小さな陶器のグラスが2つあった。

 エルディンがグラスを受け取り、俺もそれに倣う。


「お注ぎします」


 ルビーが壺を傾け、グラスに液体を注ぐ。

 透明な液体。

 一見しては水のようにも見えるそれに松明の明かりが反射する。

 香り高い独特なその匂い。

 正体はすぐに分かった。


「米を醸造して作った酒です。お口に合えばいいのですが」


 やっぱり。

 これは清酒だ。


「……この一杯でアリアー大陸だと金貨5枚だよ」

「マジかよ」


 ヒソヒソと耳打ちしてくるエルディン。

 超貴重品じゃないか……。

 あぁ、飲みたい!

 でもお酒は!

 お酒は二十歳になってからなんだ……!

 口惜しい!


 見上げればフジが族長のグラスに同じ酒を注いでいた。

 それを高々と掲げたオージェイルは声高に続ける。


「我ら森の民は、恩を忘れぬ!仇を忘れぬ!《銀の勇者》エルディン・リバーテール!《魔道士》ユリウス・エバーラウンズ!貴殿らの恩を一時も忘れぬ!!貴殿らの仇は我らの仇!!我らが神の加護の元!同盟の杯を持って縁を結ぼう!!」


 スッとエルディンがグラスを掲げる。

 俺もあわてて同じポーズを取った。


「オージェイルは、我が神ディトーンに誓う!!」

「エルディンは全能神オルディンに!」

「え!?あ……ユリウスは!えっと……我が祖父アレキサンドルスに!!!」


 ちょっとー!!!

 誰か事前に説明してよおおお!!!

 アレキサンドルスに誓っちゃったよ!!

 いいの!?

 神様2人に対して人間で大丈夫かな!?


 その宣誓の後、彼らは酒を一息に飲み干した。

 うぐ。俺のポリシーが……。

 かと言って零すわけにも……!!


「……お神酒はセーフ」


 ぼそりと言ったエルディン。

 間髪入れずに俺も清酒を口にした。


 なんという機転の利かせ方。

 お神酒なら仕方ない。

 勇者万歳!

 エルディン万歳!!

 めっちゃ美味しいです!


「今ここに同盟はなされた!!我らはこれより一族と同義!!皆の者!!盛大に祝えぇ!!」


 族長の号令により、祭りは始まった。

 料理と酒が振舞われ、楽器の演奏も聞こえ始める。


「勇者様!どうぞこちらへ!」

「ボク?」

「俺?」

「どっちもです!!」


 里の人に手を引かれ、輪の中心に招き入れられる。

 大きな釜を囲み、それぞれの前に水で洗った大きな葉。更に木の器が並ぶ。

 地べたに座る形にはなるが、慣れっこだ。

 そこへ湯気の立つ料理が並べられていた。


 少し汁っぽいお粥のような物。

 魚を葉で包んで蒸した物。

 色とりどりの果実。

 そしてメインディッシュであろう角のある獣の丸焼き。


「あれはボクが仕留めたんだ」

「すげー。立派じゃん!」


 その奥から倍近く大きな丸焼きが出てくる。


「……あっちはロレスね」

「はははは……立派じゃん……」


 ロレスのドヤ顔が浮かぶ。


「そういえばロレスは?一緒だったんだろ?」

「騒がしいのは嫌だってさ」

「らしいと言えばらしけどさぁ……」

「おう、孫!邪魔するぜ!」


 隣にドカと座り込む男がいた。

 アルフリードだ。

 何やらすでに顔が赤い。

 と思えば、酒壺を片手に持っていた。

 口の端からこぼれるのも厭わないと言った感じで豪快に喉を鳴らす。


「っぱぁ~!やっぱり田舎の酒が一番うめぇや!孫も飲めよ。《剣豪》は酒豪だったんだぜ?」

「ちょっと信仰的な理由で飲めません。美味しかったのは事実ですが」

「はーん。人族ってな面倒だなぁ」


 ちらりと見えた視界の端でフジも酒壺を煽っていた。

 さすがにがぶ飲みでは無かったが、それでもそこそこの量を飲んでいる。

 それなりに度数がある酒だと思ったが顔色が変わらない。

 獣人族はお酒にも強いのだろうか。


「しっかし、懐かしいもの着てるなぁお前。小物が多くて着づらかったろ」

「えぇまぁ……アルフリードもこれを着た事が?」

「そりゃあまぁ。里で最強っていえば、俺か姉上くらいのもんだったからなぁ。俺が里を出て行くまでは俺専用みたいなもんだったぜ」

「なるほど……」


 目を細めて彼は語る。

 すでに周りの獣人族たちは出来上がってしまっていた。

 音楽に合わせて踊る者に、ひたすら食事を腹に詰める者。

 ある者は大号泣しながら傍らの者に慰められ。

 ある者は生まれたばかりの赤子に笑いかけている。


「……まさか、またここに戻って来られるとはなぁ」


 そう言いながら彼は酒壺を置いて胡坐をかく。

 そんのまま拳を地面につき、深々と頭を垂れた。


「《銀の勇者》、そして《魔道士》。追放者を代表して礼を申し上げる。お前らのおかげで里は守られたし、俺たちみたいな逸れ者も家族に会える。お前たちのおかげだ。ありがとう」

「アルフリードも頑張ってたじゃないか。ボク達はそれを手伝っただけ。ねぇ?ユリウス」

「そうだな。ここは1つ、みんなの勝利ということで」

「……あぁ。あぁ!そうだな!俺たちで勝ち取った勝利だ!」


 小さく目に涙を浮かべたアルフリードは酒壺を掲げた。

 エルディンも空のグラスを掲げた。

 当然俺もそれに倣う。


「家族に!!」

「仲間に!」

「今は亡き人々に」

「「「乾杯!」」」


 楽しい事ばかりではないというのはそうだ。

 だからこそ、彼らは飲み、喰い、踊る。

 辛いことを忘れるためにじゃない。

 辛いことすらも抱えて、明るく生きるために。


 宴は始まったばかり。

 俺も少しだけ浮かれよう。

 お酒も入ってしまったし、良いだろうか。


「飲め飲めぇ!器が空だぞぉ?孫ぉ」

「ノンアルで!ノンアルでお願いします!!!」


 月はまだ高い。

 これはあれだ。


 後編へ続くだ。

人物紹介


《絶剣》アルフリード 獣人族 男性 人族だと19歳

若き黒い牙。龍神剣流派"絶剣"の継承者。

戦い方も言葉使いも荒っぽい王国近衛兵第一師団副団長。

《剣豪》そして《剣将》に敗れ、聖域の守護を離れて剣の修行に浸る。

比較的酒に弱く。酔うと牙を抜かれた忠犬となる(猫なのに)。

勇者一行に一目置いており、彼らと行動を共にする。

お姉ちゃん大好き。


ジルフリーデ 獣人族 女性 人族だと22歳

アルフリードの姉。聖域の黒き盾。龍神剣流派"絶剣"の継承者。

堅物で実直な女性であり、戦士からの支持は厚い。

弟と同じ師匠を持ち、奥義までを継承した唯一の女性。

両親は早くに他界しており荒くれ者の弟を姉1人で育て、そして追放した。

彼女の刀はただの刀であるが、腕前により鋼鉄を断つほどの破壊力を持つ。

後にシエナと意気投合し妹が出来たようだと嬉しげに語る。

弟大好き。

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