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閑話 「勇者尋問」

 《エルディン視点》


「……」

「ヒヒヒ。ヒヒヒヒヒヒヒ……」


 ケーシーの家の納屋。

 中身丸ごと外に投げ出して作った小さな取り調べ室。


 小さな窓が一つしかないその部屋に椅子に括りつけられたケーシー。

 傷の治療など無く、騒乱の時のままでそこの拘留されている。

 ユリウスの温情で獣人族の里はわずかに変わった。

 ザルバの船を待つ間にボクは尋問を行うことにした。

 レオスグローブ家の衛兵に外を見張らせ、誰も居れるなと指示してある。


 そこの納屋の日の届かない暗がりに明滅する小さな火があった。

 彼が息をすうと、その光は明るさを増し彼の顔をほのかに照らす。


 壁に背を預け、腕を組む銀髪の青年。

 彼の名はエルディン・リバーテール。

 《銀の勇者》と呼ばれる彼はまだ少年っぽさが残る外見の青年である。


(……見た目は、ね)


 紫煙を燻らせた彼はただジッとケーシーを睨みつけている。

 細く長く煙を吐く。

 煙はケーシーまで届き、彼の周囲にどんよりと漂った。


「……もう一回、最初から聞く。何度でも聞くよ。ケーシー」


 タバコの灰を落とした先。

 すでに何本もの吸い殻が彼の足元にはある。


「《微笑》は今、どこで、誰と。何を企んでいる」


 普段は明瞭に聞こえる彼の声は、今は低く、脅しをかけるように凄んだ口調である。

 ギロリと睨んだ彼の青色瞳が鋭くケーシーを射抜いている。


 だがケーシーは答えない。

 ただ不気味に引き笑いを続けるばかりだ。

 眼の焦点が合わず、口の端からよだれを垂れ流し続ける彼。


「……彼らはどこから連れてきた。あれも《微笑》の被害者たちだろう?」


 彼ら。

 とは、ケーシーの連れていた私兵の事である。

 3人のうち2人は駆け付けたときにはすでに死亡していた。

 残ったもう1人。

 人族の子はボクを見るや否や落ちていた剣で自身の喉を掻き斬って死んだ。

 治療魔術をすぐに使えば間に合った命であったが、魔術が使えない聖域を逆手に取られた恰好だ。


「壊れたフリをしても無駄だ。ユリウスならともかく、ボクはお前に温情はかけない。ボクの眼を欺けると思うなよ?《微笑》」

「……ヒヒヒ。壊れたフリなど。ヒヒ。しておりませんよ。()()()()()()()()

「へぇ。話す気になったかい」

「ヒヒヒヒヒ」


 ボクの魔眼の前に演技は通じない。

 フジの魔眼ほどどこまでも見抜けるわけでは無いが、近いものが複合魔眼の中に含まれている。

 少なからず彼はいま、いたって平常だ。

 ただ、モヤのような物が彼を覆っている。

 何度も見たことのある魅了魔術の残滓だ。


「彼女のおかげで私は今まで生きてこれた。家族を守り、養い。良い生活を送らせて来た。その恩に報いることの何がわるいのでしょうか?」

「それはお前の勝手だろう。ボクが知りたいのはあの不細工がどこに居るのかって事だ」

「ここにおりますとも。私の頭の中にねぇ」

「……そうか」


 彼の後ろに回る。

 そのままズルリと腕を彼の首に回し、その灰色の耳の隣で囁く。


「それじゃあ、その頭の中から出てきてもらおうかな」


 自分の手の骨を鳴らす。

 両手の手の平を彼の頭のこめかみ辺りあてがって、少しずつ力を入れる。


「あ、あぁあ……あがああああ……!!」

「ほら。早く出ておいでよ」


 勇者の肉体は頑強だ。

 それでいて剛力。

 瓦礫の撤去などはお手の物だ。

 であれば当然、木っ端な人類の頭蓋骨をゆっくりと()()()()()など造作もない。


「わ、私を殺しても彼女は何とも思わない!手を汚すだけですよ!」

「構わないよ。ボクの手はとっくに血塗れだ」


 ミシリと彼の頭骨が音を立てれば、彼は悲鳴を上げる。


「良く知っているよケーシー。聖域の外で魅了魔術にかかり、フジの母親が死んだその日に君が《微笑》に頭を垂れたことを。君が一番あいつに近いところに居る。さぁ、早く《微笑》の居場所を吐いてくれ。まだ死にたくはないだろう?」


 ゆっくりと手に入れる力を増していく。

 しだいにケーシーの息が荒れ、声が漏れるようになる。


「……チッ」


 そこで締め上げるのを止めた。


 腕を一振りしてから先ほどまでいた壁の定位置に戻る。

 懐からタバコを取り出し、もう一本火をつける。

 魔法があれば便利なのだけど場所に限らずボクは使えない。


 短くなったタバコから火を継いで、煙を噴き出す。


 あぁ、上手く行かない。

 だが良い所までは来ている。

 《魔葬》がこちら側に居るというのはかなりの収穫だ。

 そして行方が分かっているテオドールはいまベルガー大陸の王都。

 迂闊に手は出せない。

 であれば、是が非でも《微笑》の居場所を突き止め、早々に亡き者にしたい。

 他にもやることはたくさんあるんだ。


「……ヒ、ヒヒヒ。焦っていますね?《銀の勇者》。その日まであと6年ほどでしたか?貴方の悔しがる顔が眼に浮かぶようです」


 よだれと鼻水を垂らしたケーシーがボクを嘲り笑う。


「逃られませんよ。世界は生まれ変わる。新しい神を迎え、星は原盤へと還るのです。私が人族では無いのが実に残念だ」

「……それも《微笑》から知り得たのか。やはり君は相当気に入られていたんだね」

「ヒヒヒ。あのお方は誰しもから愛されて誰しもに微笑みかけるのです」


 楽し気に椅子ごと体を揺らすケーシー。

 不気味に笑う彼はただただ壊れたおもちゃのよう。


「そうか、愛されてるね。フジも一緒に魅了してもらえばよかったのにな」

「……なんと?」


 それは小さな綻びだ。

 見逃さない。


「聞こえなかったかい?フジも《微笑》に魅了魔術をかけてもらえばよかったんだ。今からでも遅くないよ?ルビーもそうだ。家族仲良く彼女に仕えればきっと幸せになれたと思うよ?」


 そう言った途端に彼の顔から笑みが消えた。

 落胆。いや、恐怖か。


「あ、もしかしたらもう魅了されてるかもね?だったら怖いなぁ。そうだ!あの2人にも来てもらおう!……同じように頭を絞らないといけないかも」


 わざと笑ってケーシーに目線を向けた。

 彼の表情が明らかに動揺している。


「ま、待て!!やめろ!!家族には手を出すな!!」

「えー?でも《微笑》の情報は欲しいし。あぁルビーだったらチョロく吐いてくれそうだな。女の子だし苛めがいがあるよ。体つきも悪くないしボクの好みだ。楽しめると思う」


 喜劇師のように両手を広げて言って見せた。

 柄じゃないのはボクもわかってる。

 けど仕方ない。

 余裕がないのはお互い様だ。


「それにフジも。もうお前の息子じゃないんだろ?だったらどうでもいいじゃないか。あの細い身体。きっと戦士には不向きだろうね。惜しいなぁ。でも良かったじゃないか。ボク、()()()()()()得意だよ?」


 フゥーと煙を吹きかける。

 怪訝そうに彼は表情をゆがめた。


 ……効いている。


「別にお前がどうなろうともボクの知ったことじゃない。お前の家族も、獣人族の里も。何度も消滅してるんだ。今更偶然残ったからって執着してやる義理も無い」


 一歩詰め寄る。


「でもボクには、手段を選んでいられるだけの時間がない。どんな手を使ってでもボクはお前達の野望を叩き潰す」


 また一歩、彼に詰め寄る。


「だからお前の家族だって、必要なら手にかける。ボクの使命はそういう事だって厭わない。お行儀がいい勇者なんてどこにも居ない。勝手に家の中を漁って、壺を割って、金を奪っていく奴らばかりだ。昔からそうだろう?必死なんだよ。ボク()は」


 彼の真ん前に立った。

 逆光の中の彼は、ひどく怯え、狼狽えている。


「……吐けよ。そうしたらエルディンの名に懸けて家族に手は出さないと誓ってやる。言うだけでいい。《微笑》の居場所を。誰もお前を裏切り者だなんて言わない。家族と一緒に、元通りの生活を送らせてやる」

「元、通り……」


 彼が顔を上げた。

 疲れ切り、やつれた頬に一筋光るものが落ちた。


「そうだ」


 ケーシーは深く息を吐いた。

 彼の中で天秤が揺れている。

 《微笑》か、家族か。


 彼に自我を残したのが裏目に出たな《微笑》。

 臆病で、用心深い彼だ。

 神樹を倒すために操る分には便利だったのだろう。

 だからこそボクは彼の家族を想う気持ちを信じた。

 操られ、神樹を切り倒そうと画策したケーシー。

 でもその根底には、家族との暮らしがあったはずだ。

 口先だけとはいえ家族を利用したのは心苦しい。

 だが、戻って来てくれ。

 まだ何とか間に合う。


「が、ガブリエラ様は……私たちの暮らしを……私たちの未来を……」


 喘ぎ苦しみながら彼は言葉を口にする。


「私の幸せを……ッ!」

「……捻じ曲げたのは、彼女だ」


 呻き、苦しみ始めるケーシー。

 息が荒れ、今にも椅子から倒れてしまいそうなほどに体を捩る。


「ケーシー。ボクの眼を見ろ」


 魔眼を起動する。

 神気の満ちた黄金の瞳。

 雷鳴と意思を司る神の眼。

 導くが、手を差し伸べない。

 道を照らすが、運びはしない。

 人の子には自らを律し、立ち上がる力があるのだと知らしめる神の眼差し。

 それをケーシーへと向けた。


「思い出せ。お前が求めた幸せは、そんなものじゃなかっただろ」

「……ガブリエラ様は……ガブリエラ……は……!!」


 彼の眼が大きく見開かれた。


「──ウフフ。危ない危ない」


 ギョロリと白目をむいた彼の口からそんな言葉が漏れた。

 彼の声ではない。


 魔眼を解除して飛びのく。

 あいつに縁を辿られるのはまずい。


()()では初めましてね?《銀の勇者》。お父上はお元気かしら?」

「君かガブリエラ。会えて嬉しいよ」


 タバコを地面に落とし、グシャリと踏みつけた。

 燻らせた煙がそこで途絶える。


「ウフフフフ。私の居場所を嗅ぎまわっているようね?そんなに私が恋しい?」

「あぁ、今すぐにでも抱きしめて絞め殺してやりたい気分さ」

「まぁ怖い。でも残念。もうその里に用はないの。神樹の伐採も失敗に終わってしまった。駄目な子よねぇケーシーは」


 周りの気配を探る。

 神気の満ちたこの島であれば感じ取れるかと思ったが、難しい。

 ……この島には居ないか。


「次はだれを誑かすつもりだ?いい加減諦めろよ。誰もお前を好きになったりはしない」

「あら傷つくわ。お返しにあの可愛いお眼々の2人を殺そうかしら」

「やれるならやってみろ。ここは聖域だ。味方を増やすなんてできないだろ。神気の中で魔術は使えない。だから外で魅了したケーシーとセドリックを此処へ送り込んだ。違うか?」

「ご名答。でもまだ手札は残ってるもの。ねぇ?」


 鼻にかかった、頭にくる笑い声。

 この声は本当に、何度もボクを嘲笑った。


「今お前はどこだ?答えてくれないか。すぐにでもボク自ら会いに行くよ」

「言うわけが無いじゃない。私にはまだまだ役目があるのよ。テオの坊やも教皇様もね」


 教皇の名が出たか。

 いよいよ本格的にベルティアナの血筋が動くわけだ。

 ベルガーという巨大な国が動き出そうとしている。


「……テオドールと、教皇に伝えろ。勝つのは全能神オルディンだ」

「えぇいいわ。伝言お預かりしました。じゃあ私からも一言。精々足掻け、老害。よ。じゃあね《銀の勇者》。またお会いしましょう?」


 スッと、あの女の気配が消えた。

 激しく咳込みながらケーシーが意識を取り戻す。


「あ、あぁぁぁ……ガブリエラ様……私の中からどうか、居なくならないで」


 虚空を見つめるケーシーの眼から、光が消えて行く。

 ドロリと目や耳から血が零れ落ちる。


「ガブリエラ様……あぁ……」


 目を伏せた。

 あの女。《微笑》ガブリエラと関わった彼らは遅かれ早かれこうなる。

 絶望の表情を浮かべ、内側から喰い荒らされた体に気づかずに。


「……エルディン様」


 しかし彼はボクの名を呼んだ。

 すぐに顔を上げる。


 陽光の中、血を流しながらも静かに笑う彼が居た。


「どうか。子供たちを──」


 そしてガクンと。

 糸の切れた操り人形は、その役目を終えた。

 ただ最後に、自身の本当の願いを口にして。


「……本当に……」


 ギリリと奥歯が鳴る。

 握りしめた拳。

 爪が食い込んで皮膚が裂けた。

 パタパタと血が床に落ちる。


「本当に。ろくでもない世界だ……そうだろう。父上(オルディン)……」


 救えない命だって山ほどある。

 何度も悲しい別れを味わった。

 何度も悲惨な死を見てきた。

 でも、慣れない。

 心が人のままだから、慣れたりできない。


「……冥界の神、死と赦しの父。デウスよ、今ここに汝へ祈る」


 指を組み、膝を突く。

 せめて祈りだけはしてあげなくちゃならない。

 彼は最後に父親ケーシーへと戻った。

 苦しかっただろう。

 辛かっただろう。

 誰もそれを理解してあげられないかもしれない。


「これより、汝の御胸に我ら小さき子の魂を送りましょう。どうか広き心のままに、彼へ安らかな眠りと安らぎを与えたまえ」


 だからせめて、ボクが祈る。

 ボクだけは、彼らの無念を連れて行く。


「名をケーシー。獣人族のケーシー。彼の死が、魔に喰われぬよう守りたまえ。残された我らの悲しみを赦したまえ」


 何度でも。

 何度でも。


 ---


 ケーシーの葬儀は月の昇る夜にひっそりと執り行われた。

 この里で、亡くなった獣人族は皆埋葬される。

 魔力でなく神気の満ちたこの場所で死人が魔物になることは無い。


 族長、イーレ様、ルビー、そしてフジ。

 彼の親族だけが彼の死を知った。

 隠し持っていた毒で自らの命を絶ったと伝えた。

 族長の話だと、彼は今後追放者として扱われるらしい。


 里の掟を破り、動乱を起こしたケーシーは責任を取って追放者に身を堕とした。

 そして族長に我が子を託して旅に出た。


 という筋書きだそうだ。


 族長の意見ではない。

 これはフジのたっての希望だ。


「今の里は追放者でも望めば家族と会うことが出来ます。だから、父上が望めばきっと会えるとおもうんです」


 里の他の獣人族も何名かはケーシーを罪人と扱うべきだと声を上げていた。

 だが父親のすべてを知った上でフジはケーシーを罪人として扱うことを拒んだ。


 フジはまだ幸せだ。

 彼はケーシーの腹の内をしり、受け入れてそこに立っている。

 だがルビーは何も知らない。

 ただ声を殺して大粒の涙を流して泣くばかりだ。

 冷たくなってしまった父親の骸の前で膝を折り、花を握りしめて泣いている。


「何でぇ……何でですか父上ぇ……どうしてぇぇ……」


 掠れるような彼女の声が、小さく祭祀場の空気に溶けて行く。


 そんな声を微かに耳にしながら、ボクは風に吹かれていた。

 ユリウス達と遊んだ浜辺。

 そこに座り込んで片膝を抱いている。

 真っ暗闇を月だけが照らしていた。

 さざ波の音が、徐々にルビーの声をかき消していく。


 ひどいもんだよ。自殺だって?笑っちゃうね。

 でも、本当の事はフジにしか伝えられなかった。


 《微笑》の危険性は伝えるのが難しい。

 魅了魔術は所詮惚れ薬の延長というのがこの世界の認識だ。

 仮にも《微笑》に操られて殺されたなどと言おうものなら、敵討ちに飛び出しかねない。

 獣人族はそういう情に深いところがある。

 黙っておいていた方が良い。


 今後この里にはボクの手の者を常駐させることにしよう。

 仮に《微笑》がもう一度現れたとしても対応できる。

 せっかく救った獣人族の里。

 未だこの世界に残る数少ない神気の聖域。

 残しておくべきだ。

 そして、ガブリエラの目的。

 神樹の伐採だったという。

 やはりここはあいつ等の計画のキーポイントだったと思って間違いない。


 進んでいる。

 まるで匍匐前進のように、ゆっくりと一掴みずつ。


「……エルディン様」

「フジか。もういいのかい?」


 サクサクと砂を踏みしめながら彼が来た。


「ひとまずは。姉上はイーディルン様が見て下さってます」

「あぁ、彼女ならそうするだろうね」

「えぇ。……その、お隣、よろしいでしょうか?」

「うん。どうぞ?」


 恐る恐る。ちょこんと彼が隣に腰かけた。

 膝を抱え、ただまっすぐ海の向こうを見つめる。


「……父上は」


 そしてポツリと口を開いた。


「父上は、元々冒険者でした。この里では数少ない外の世界を知る人です。僕たち里の者は皆外の世界にあこがれを持ちます。大きな街。綺麗な景色。色とりどりの装飾品に美味しい食事……でも、父上が見た外の世界は、こことそんなに変わらない物でした」

「……三国紛争地帯だね」

「冷戦前のその地域では、特に魔法が重視されていたと聞きます。父上はそんな周囲の眼に押しつぶされて失望して里に帰ってきたのだそうです」

「君の眼がそういうのかい?」

「いいえ。父上が語ってくれたことです。ある日酔っぱらって、涙ながらに僕だけに語ってくれました……父上が零した唯一の弱音です」

「……そっか」


 風が吹く。

 足元まで寄せた波がわずかにブーツを掠めながら砂を連れ去っていく。


「……もっと、聞いてあげられたらよかったなと。思うんです」


 次第にフジの声が涙声になる。

 肩が大きく揺れ、何度も目元を拭う。


「僕には、僕には見えていたはずなのに。父上の隠していたことが全部見えていたのに、何も父上を助けることが出来なかった。父上の行ったことが怖くて。もし誰かにバレてしまえば父上が責められると……そ、……グス……それで……」


 彼の背中をゆっくりと摩る。

 呼吸が苦しそうな彼は、今にも大声で泣き出してしまいそうだ。


「いいよ。ゆっくりで」

「……責められるべきは僕なんです……!見て見ぬふりをして、結局関わることを怖がってしまった。族長にも、イーディルン様にも顔向けができない。エイール様の事だって、もっと早くにお伝えすべきでした。そうすれば、こんなことには……うぅぅ……!!」


 こらえきれずにポタポタと涙が落ちて行く。

 砂に落ちた雫は、無かったことのように消えてしまう。


「……エイールさんを殺したのは、ケーシーさんじゃない。《微笑》のガブリエラという魔女だ。そいつがケーシーさんを操ってたんだ」

「わかってます……ッ!わかってはいるのですが……」


 彼の頭をクシャクシャと撫でる

 優しく撫でるのはユリウスの役目だ。


「フジ。ボクに魔眼を使ってごらん」

「……え?」

「言葉では語れない。けれど君なら読み取れるはずだ。ボクだけが知っている君達の記憶」


 フジは素直に魔眼を使った。

 彼の魔眼はボクの事も見抜くことが出来る。

 案の定、真っ青な顔になりその場で崩れそうになる。


「エ、エルディン様……あなたは……」

「皆には内緒ね?」


 シーッと指を立てれば、彼は何度も頷いた。


「君には隠してもしょうがないし、伝えなくちゃいけない。君のお父上は確かに邪悪な魔女の誘いに一度は屈した。けど、最後はちゃんと自分を取り戻して、ボクに君たちを託した。この意味が分かるよね」

「……はい……」


 言葉は悪いが、今回の彼らの結末は最良のものだ。

 彼らは本来。

 族長も、そしてイーレ様も含めて悲惨な結末を辿る。

 ボクもその場何度も立ち会ったし、何度も彼らを弔った。


「ボクは勇者だ。世界を守るのが使命。でも、今はケーシーさんに勝てない。彼は父親としての使命をちゃんと果たしたからね。ボクみたいな半端者とは違う。立派な方だ」

「……父上に聞かせてあげたかったです」

「それは君が君の子供たちに伝えてあげてくれ。ケーシーという戦士は立派な男であったんだよって」

「はい。必ず伝えます。その時は僕も子供を守れるようにもっと強くありたいと思います」

「その意気だ」


 まだ涙の残る頬。

 だが彼はもう俯いていない。

 前を向いている。

 いままでの虚ろを見る目では無く、父親の背中を見ている。

 悪を成してでも守りたかった自らの子供のために苦心した心優しき彼の背中を。


「エルディン様。僕。全てを族長にお話ししようと思うんです。エイール様に何があったのか。なぜ父上がイーディルン様を聖域から外へと出したのか。話して上で改めて処罰を受けようと思います」

「そうか……。うん。そうだね。族長ならきっとわかってくれるさ」

「はい。それでやっと、皆様に少しだけ顔向けができるようになると思います。追放者になったとしても僕は後悔しません」


キッと目線を上げた彼。

うん。

良い顔になった。


「時にフジ。君、ボクのパーティに入らないか?」

「それは、ユリウス様と同じ……?」

「違う違う。ユリウスは確かに仲間だけどパーティを組んでは無いんだ。彼にはまだ、ボクの事を打ち明けられずに居てね……」


 なかなか言うのは勇気がいる。

 フジのように目と目だけで通じ合えればいいのに。


「勇者のパーティ。君の力が将来必要になる時が来る。仲間は多い方が良い。どうかな?フジ」

「……僕で良ければ、お力になります。エルディン様」

「様付け禁止だろ?シエナにお尻叩かれちゃうよ?」

「そ、それだけはご容赦を……」


 ひとしきり話た後、彼に右手を差し出す。

 彼もまた、ボクの手を握り返してくれた。


「獣人族、フジ。及ばずながら、貴方様の眼となります」

「うん!よろしく頼むよ!」


 辛い結末を見続けてきた。

 力及ばす、何度もくじけそうになった。

 けども、今はまだ前に進めている。

 ボクの良い所は諦めが悪いところだ。

 何度だってボールを奪って。

 何度だってシュートを狙って見せる。

 何度リングに弾かれたって諦めるもんか。


 そう。あきらめない。

 笛が鳴ったって、最後の最後までゴールを狙う。

 試合終了ギリギリの一投が大逆転を起こすことだってあるのだから。

 ホラ、よく言うじゃないか。


 諦めたらそこで……てさ。

人物紹介


フジ 獣人族 実年齢7歳 男性。

成長期を迎えたばかりの獣人族の少年。ケーシーの息子でオージェイルの甥。

体が細く、気が弱く、戦士には不向きだと皆口をそろえて言う。

だが里の中で数少ない文字の読み書きができる人物であり、魔族の言葉も解す。

もう1つの"星眼"を持つ選ばれた者であり、人の裏側や生い立ちといった本質を見抜く力がある。

将来の夢は父のように世界を見聞きし、いつか里に学び舎を開くこと。

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