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第七十六話 「聖域の夏休み」

 魔法で作った雨雲は島に残り雷でなく雨を呼んだ。

 それも3日間。

 一切止まずにシトシトと降り続いた。


 聖域に放たれた火は消し止められ、神樹は無傷。

 龍によって数名の被害者が出たが勇者曰く、幸運。なのだという。


 聖域では魔法が使えない。

 そのため、治療魔術も同様に使えない。

 だが、彼らには神樹の加護がある。

 神樹の麓。うろの中には傷を癒す秘湯があるらしい。

 今もジルフリーデをはじめとした傷ついた戦士はそこで傷を癒しているのだという。


 まぁ、俺にはそれは関係ない。

 この通りピンピンしている。

 仲間と合流し、数発殴られたが無事に生きている。

 めでたしめでたし。


 ……とはいかなかった。


「「……」」


 族長の家。

 その大広間。

 雨を忍んで獣人族の皆がそこに集った。


 俺たち勇者一行は全員そこの上座に座らせて、俺に至っては族長が据わるべき椅子に座っている。


 腕を組み、獣人族たちを睨みつける赤と紫の師弟コンビ。

 とりあえず無関係なイーレをこちら側に引っ張って来たエルディン。

 そして状況にただただ呆然とする俺。


 仕方がないだろう。

 疲労困憊のまま俺は丸3日眠りこけていた。

 そして目覚めた俺に対して里の獣人族全員が平伏してしまっているのだから。


「この度は、ユリウス様への非礼と無礼。何卒!何卒お目こぼしを!!」

「「申し訳ありませんでした!!ユリウス様!!」」

「えーっと……」


 族長も額を地面に擦り付けて一切顔を上げない。

 フジも、そしてルビーも。

 屋敷の広間に納まらない他の獣人族たちも、雨の中でそうしていた。


「……あの、ひとまず俺は大丈夫ですので。ぜんぜん──」

「良くない!!!」


 言葉を遮ったのはシエナだ。

 ものすごく怒っている。

 今までにないほどに怒りをあらわにした彼女。

 剣を抜いていないのが不思議なくらいだ。


「自分が何されたかわかってんでしょ!!」

「いやまぁ、そうなんだけどね」


 ごめんと言われたらいいよで返してしまう。

 悲しき典型的な良い人系日本人なのだ。俺は。


「痛めつけられたんでしょ!」

「はい」

「ご飯投げつけられたんでしょ!」

「はい」

「虫を焚きつけられたんでしょ!」

「はい」

「素っ裸で牢にぶち込まれたんでしょ!!」

「はい」

「処刑寸前まで追い詰められてんでしょ!?こいつらは皆殺しよ!!!」

「待って待って待って!!」


 ダンと机に拳を叩きつけて彼女は吠えた。

 ロレスもそのやり取りを見ていたが、

「やるのか?いつでも手を貸すぞ」

 と言わんげな表情で族長を見下している。


「エル。何とか言ってやってくれよ」

「んー。ボクもシエナに同意見かな」


 おいおい。

 イーレが泣きだしそうだぞ。

 ちょっとは考えてやれよ。


「もう済んだことですし、そんなに怒らなくても……」

「あんたが怒らないから代わりに怒ってんの!!!!」


 シエナの怒号が左耳から右耳へと突き抜ける。

 止めて、鼓膜破れちゃう……。

 耳鳴りが……。


 襟首を彼女に掴まれた。

 ギロリと赤い瞳がこちらを睨みつける。

 あまりにも吊り上がったその眼から思わず視線をそらした。


「あんたのそれは優しいんじゃなてく甘いのよ。甘さは人を駄目にする!このままじゃこいつらは過ちを過ちと認めないままもう一度同じことをやらかすわ!!あんただってそうよ!!付け込まれて痛めつけられてまたひどい目に合う!それが嫌だったらきちっと怒りなさいよ!!!自分の身は自分で守れ!!!!」


 一息に彼女は言い切った。


「シエ…ナ……」

「……あんたが生きてなきゃ、助けに行ったって意味無いじゃない。ちゃんと怒って、生き延びなさいよ。怒鳴って、喚いて。言わなきゃ伝わらないって教えてくれたのはあんたじゃない」


 ゆっくりと手を離し、そのまま彼女は脱力するように椅子に腰を下ろした。


「嫌よ、私。助けに行った先にあんたの首が転がってるの。間に合わなかったって。自分を許せなくなる。だからお願いユリウス。ちゃんとしてよ……怖いのよ」


 俯いた彼女の肩が小さく震えている。

 その肩にロレスがポンと優しく手を置いた。


「わかったよシエナ。ありがとう。ごめんね」

「……ふん」


 ぷいとそっぽを向かれてしまった。

 でも、ちゃんと伝わった。

 彼女の言う通りだ。


 改めて獣人族たちに向き直る。


 族長のオージェイル。

 彼の威厳は現在無い。

 体こそごつくて大きいが、あの偉そうな口ぶりも成りを潜めている。

 その姪と甥のルビーとフジ。

 彼らと同じように大勢の耳と尻尾のある民がそこに平伏していた。

 皆一様に、うっすらと脂汗が額ににじんでいる。

 特にルビーなどは顕著だ。

 もうそこで失禁してしまうのではないかと思うほどに震えている。


 まぁ、そうだよね。

 一番やらかしたのはおそらくルビーだ。

 うん。

 君の顔と名前はよーく覚えてるとも。


 なお、ケーシーは現在隔離中だ。

 レオスグローブ家の衛兵の監視の元、別室で椅子に括りつけられている。


「……では。この件はきちっと報復させてもらいます」


 その一言で全員が体をビクリと震わせた。


「な、なんなりとお申し付けください。追放者の烙印も、隷属の腕切りもこの身を持ってお受けいたします……!」


 族長の言う追放者の烙印というのは、アルフリードの肩に入れられた刺青の事だ。

 アレは2度と里に帰らない。帰らせないという別離の証。

 掟に背き、里を追われ、家族とも神樹とも永遠の別れを告げた刻印。

 そのため現在もアルフリードは里の外。

 港近くの集落で待機している。

 大好きな姉にさよならも告げずに帰るつもりらしい。


 また隷属の腕切りは古い魔族たちへの迫害の名称だ。

 腕。あるいは足を切り落とし、抵抗しない。降伏する。と示すものだ。

 本来はベルガー大陸の侵略戦争で始まった悪しき習慣である。

 現在ベルガー大陸においては奴隷という制度そのものが禁忌となったため廃れているが、無くなったわけでは無い。

 なんというか、任侠じみた使い方をされることもあるのだとか。


 ……欠損フェチは俺には無いんだけどね。


 ちらりとエルディンを見る。

 好きにしなよ。と小さく笑いかけてくれた。


 シエナはと言えば言うだけ言ってスッキリしたのか、再びそこでふんぞり返っている。

 ロレスは変わらない。

 ただ静かに立っているだけだ。


「イーレ」


 先に彼女へ呼びかけておく。


「もしかしたら、やりすぎてしまうかもしれない。その時は君が止めてくれ」

「わかった。でもイーレはユーリ信じてる」


 信じている。

 そう言いながらも、口が若干への字に歪んでいる。

 今にも泣き出してしまいそうな彼女。

 耳も尻尾もシュンと垂れ下がり、指先がその尻尾を不安げに持っている。


「……ではまず。村全体に関わることに報復します。顔を上げてください」


 静まり切ったその会場に雨の音。

 そして俺の声が良く響いた。


「まず、掟を追加します。とても厳しい掟を。破ったものには厳罰を与えます。心して聞くように」


 スゥと息を吸い込んだ。


「1つ。罪人に対して私怨で暴力を振るってはならない。2つ。罪人であっても衣食住、最低限文化的な生活を送る権利を奪ってはならない。3つ。ご飯を投げない。あとスープも投げない。食べ物は大切に扱うこと!……この3つの項目の追加を命じます」

「……それだけ、ですか……?」


 族長がキョトンとした顔でこちらを見ている。


「不服ですか?でしたら。4つ。罪人の言うことにも耳を傾け、一考する。これも追加しましょう」

「そ、そうではなく、あまりにも子供っぽいといいますか、なんといいますか」

「はぁ!?こちとら13歳のティーンエイジャーだぞ!?子供っぽくって何が悪いんだよ!!」


 ダンと机をたたいて黙らせた。

 これくらいでいいのだ。

 特に3つ目が大事だ。

 食べ物を粗末にするなんて言語道断だ。


「コホン。続いて、その厳しい罰についてですが……ルビー?」

「ヒッ!」

「君は一番最初に俺に非礼を働きました。ですので一番最初に厳罰の対象になってもらいます。どうぞ前へ」


 何をされるのか、不安なままに彼女は震えながら前へ進む。

 フジも祈るような顔でそれを見つめている。


「シエナ」

「何よ」

「手を貸してください」

「……」


 2人してルビーの前に立った。


「刮目せよ!」


 そして大衆に向けて右手を掲げる


燃え盛る神の手(ゴッドハンド)!!!!」


 炸裂音が響き、小さな爆発が俺の右腕の先で起こった。

 クラッカーほどの音がパンッと小さく鳴る。

 その場にいた全員が驚愕し、腰を抜かしたり、逃げ出そうとするものまでいた。


「……と、俺が手を下せばこのようにセドリックを退けた魔法が発動してしまうのです」


 まぁ、今のはシエナの魔力を掠め取って作った炸裂なわけだけども。


「ですので、人道的に考えて代理を立てました。ルビーお尻をこちらに向けてください」

「え、えぇぇ……」

「そうそう、もっと突き出すように。ではシエナお願いします」

「フン」


 怪訝な顔で彼女は鼻をならしたあと、組んでいた腕を解いた。

 そして右腕を振り上げる。

 お仕置きと言えば古今東西、昔からこれと決まっている。

 お尻ぺんぺんの刑だ。

 シエナのそれは折り紙付きだ。

 俺も幾度となく貰っている。

 しかもとんでもなく痛いのだ。

 ルビーには申し訳ないが、ここは1つ見せしめになってもらおう。


 ──ビチィ!!!

 風を切る鞭のような音。

 そして響かずに沁み込むような見事な張り手が炸裂した。

 シエナは特に力んだ様子も無く腕を振ろ降ろしたというのに、鋭く痛みだけを伴う一撃が見舞われた。


「いやああああああああ!!!!お尻が!!あたしのお尻ぃいいいいあああああ!!!」


 真っ赤な手形が右側の太ももに張り付いたルビーがのたうち回る。

 その場にいた獣人族たちは顔を真っ青にして、自らのお尻をソッと隠した。


 俺も思わず自分の尻を隠す。

 痛い。

 これは痛い。

 下手をしたら手繰る雷轟の射手(タッチトリガー)よりも痛かったかもしれない。


「こ、これに懲りたら罪人への無用な罵声と暴力は止めるように。ルビーには今後それを監視する役職を与えます。身をもって知った痛みです。2度と同じことがないように努めてください」

「は、はひ。ユリウス様ッ!寛大なお心に感謝いたします……!」


 おや?

 何やら若干恍惚としている……?

 もしかしてドSでドMだったのだろうか……。


「シエナ。ありがとうございます」

「何よこれ、普段の半分も力を入れてないのに」


 え。

 何それ。

 じゃあ俺ってもっとひどい力で殴られてたの?

 こーわ!

 慣れって怖い!


「えー。以降の厳罰については里で一番の戦士が行うこと。でも何度も叩いちゃいけません。お尻片方に1回。両方で2回までです。いいですね?」


 シエナを椅子に戻し、俺は壇上からフジの元へと向かう。


「続いて、フジ。君はケーシーの所の長男だ。彼の分の罪も一緒に清算してもらう」

「はい、ユリウス……様。父上を止めることが出来なかったのは僕の責任です。どのような責め苦もお受けいたします」

「うん。でもフジは俺に施しをくれた。濡れたタオル。冷たい水。黒パン。その時点で帳消し。その上に俺の身代わりを買って出てくれた。俺からは何か罰を与えることはしない。むしろ御礼を言わなきゃいけない」


 彼の前にしゃがみ込んだ。

 騎士礼節の最敬礼。

 彼に、勇敢な小さな賢者に俺は深々と頭を下げた。


「ありがとう。フジ。君のおかげで救われた。だから、今度こそ無かったことにしてほしい。君も俺も対等の関係で居よう。どうだろうか?」

「それでは罰にならないです」

「いいんだよ。そういう事にしておいて」

「……ありがとうございます……!ユリウス様!」

「あ、様だけ禁止で」


 ニコリと微笑めば、彼は一瞬笑顔になりまた頭を下げた。


「フジには引き続き族長の眼の役割を。それに追加して姉君の補佐をお願いしたい。よろしくお願いします」

「は、はい!ユリウス!」

「んで、次は」


 族長のオージェイルだ。

 正座したままの彼は、どんな罰でも受けると豪語していた。


 それなりの罰を与えるのかって?

 まさか。

 俺はそんなことはしない。

 俺はユリウス・エバーラウンズ。

 騎士の家の者。

 処刑人の家の生まれでは無いのだ。

 拷問も鞭打ちも専門外である。


「族長オージェイル。獣人族の長。獣人族の不祥事の責任はすべてあなたにある。そうですね?」

「……無論です」

「結構。でしたら、俺への拷問の報復として幾つかの条件を飲んでもらいます。もちろん無条件で」

「……覚悟はできております」


 ---


 《数日後》


「……おい、本当に入っていいのかよ族長」

「あぁ。そういう決まりになったのだ」


 アルフリードは聖域の里ディトニスへと招かれた。

 荷物片手に、正面からの里帰り。

 まさに数十年ぶりの事であった。


「"たとえ追放者でも家族との面会を望む者には機会を与えること"。ユリウス様がそうするべきだと我らに悟らせてくれたのだ」

「へぇ……でもよ。虫の責め苦をアイツ受けたんだろ?良く許したよな」

「あぁ。心の広い人族だ。いっそ、娘の婿に向かえてしまおうかと考えている」

「止めとけって。人族は寿命が短い。イーディルンが悲しむぞ」


 そう言いながら歩くアルフリードの眼に止まったものがあった。

 牢屋である。

 樹に吊された牢屋に数名の職人がよじ登って網を括りつけている。

 牢屋の檻よりも目の細かい網だ。


「あれ、何してんだ?族長」

「虫よけの網だ。虫の責め苦は禁忌となったのでな」


 そりゃそうか。

 とアルフリードは思った。

 夜な夜な罪人の悲鳴が里中に響くのも薄気味悪いと幼い頃から思っていたのである。


「……で、肝心のユリウスは?」

「あぁ、彼らであれば──」


 ---


 《ユリウス視点》


 青い空。

 白い砂浜。

 程よく降り注ぐ太陽。


 季節は夏。

 場所は島国。

 海は透き通り、魔物は聖域を嫌ってそんなに出ない。


 澄みわたるコバルトブルーの世界に、ようやっと。

 ようやっとたどり着いた。

 俺の約束の地!!


「いきますよ?いきますよ?エル?」

「せーの」

「「海だああああああああああああああああああ!!!!」」


 ヒャッホー!!!

 海です海です!

 海でございます!!


 そう!

 海と言えば!水着!!


 何と獣人族たちの服は防水性!

 最初から濡れてもOKな代物!

 つまりは水着!!!


 このシンプルな半ズボンも水に濡れても透けない伸びない流されない。

 完璧なスイムウェアとなっているのだ。

 ……ちなみに、お尻の所に小さく尻尾を通す穴が開いております。


 お待たせしました男性諸氏。

 水着回でございます!


 さぁ!!!紹介してまいりましょう!!!

 真夏の装いを見に包んだうら若き乙女たちの入場です!!!


 エントリーナンバー1

 イーディルン。

 ご存じイーレ。

 年齢にして9歳。

 まだ幼さ残るその振る舞いとは対照的に、体は既に大人の兆しが見え隠れ。

 褐色の健康的なお肌が水に濡れ艶やかに光を返しております。

 水着の露出はすこーし控えめ。

 キャミソールタイプの水着にホットパンツとサンダルという組み合わせ。

 それでも肩、腰、おへそ。そして膝小僧。

 健康的で元気な彼女の魅力が前面に押し出されたコーディネート。

 チャーミングなお耳と尻尾が揺れております!

 んー!100点。


 エントリーナンバー2

 ロレス。

 この中ではおそらくもっともお姉さん。

 元気に入場したイーレの足元を心配する彼女はなんと攻め攻めのビキニスタイル!

 曰く、これしかサイズが無いと言われてしまったほどのダイナマイトボディ!

 俺が何度も頭を下げてこの場に来てもらいました、感謝してどうぞ。

 普段からフル装備に隠されたその素肌はしかし健康的で尚且つ絹のよう。

 鍛えられたその肉体は決してゴツゴツなどでは無くしっとりと滑らか。

 そして素晴らしい曲線のマリアージュ!

 ふくらみ、細り、そしてもう一度広がる豊かな黄金比。

 陽光に照らされた印影のコントラストたるやまさに芸術!

 水色のローブを羽織っての登場はもはやフェチズムの領域!

 この夏、もっともホットな女は彼女で決まりだ。

 んー!!100点


 エントリーナンバー……おや?

 おーっと!ここでエルディン選手。

 何を思ったか茂みに駆け込んだぁ!


「変身!」


 そして眩しい光。

 これはまさか。

 まさかー!?

 来ましたー!!


 エントリーナンバー3

 エルディーヌ!

 我らが性癖破壊神が今ベールを脱ぎました!

 ボーイッシュなパンツスタイルの水着!

 そしてその控えめな胸を隠すためのシャツを羽織った状態で登場です。

 白色のシャツの内側に黒いスポーツタイプの水着を着こんで海へと走っていきます。

 濡れ透けです!濡れ透けでございます!

 なんとサービス精神が旺盛な勇者なのでしょうか!

 だが男だ!

 このユリウス。彼が男であるということを今日ほど悔やんだことはありません。

 男なので得点無し!!


「ひどくないか!?ボクこれ結構決めてきたよ!?」

「お前は男で居たいのか女で居たいのかどっちか決めろよ」

「どっちもパーフェクトな自分で居たいのさ」

「言ってろ」


 さぁ。

 まもなく。

 まもなくではないでしょうか。

 個人的には最強の彼女がまだ姿を現しておりません。

 まだでしょうか。

 まだでしょうか!?


 もう待ちきれなくて迎えに行こうとしている自分が居る。

 いやガッついてはいけない。

 あくまでも紳士的に。

 俺は紳士なのだ。

 もしかしたら恥じらい故に躊躇っているのかもしれない。

 そこがまた可愛らしいが……

 焦らされるのも辛い!


 ──サクッ


 砂浜を踏む軽い音。

 来ました!

 赤髪の乙女!


「シ──」

「おう、孫。来たぜ」

「アルフリードかよ!」


 お前かーい。とベタに右手をペシリと出してしまった。

 いけないいけない。

 そういう関西的なノリはちょっとイメージに関わる。


「なんだよ、悪いか?」

「いえ、その。ちょっと……何でもないです」


 これで彼まで水着だったらどうしようかと思った。

 多分、ぴちぴちのブーメランパンツ。


「一言、礼を言っておこうと思ってな。ありがとうな、孫。おかげで姉上に心置きなく会える」

「あんな啖呵切っておいて、その気になれば全員切り伏せて会いに来れたんじゃないですか」

「そうすると姉上が怒るんだ。一度も勝ったことが無くてなぁ。姉上には敵わん」


 なんか、力の序列がバグるけども。

 まぁいいか。

 家族が再会できることに助力がかなったなら何よりだ。


「それと、ザルバの船が波止場の村までもう来てる。3日ほどで出発できるぞ」

「本当ですか!?」

「あぁ。それが本件だ。たしかに伝えたぞ……ところで、孫。あいつ、何してるんだ?」

「あいつ?」


 アルフリードが指さす先。

 茂みの中にヒョコヒョコと揺れる赤髪があった。

 ちらりとこちらを見やった彼女は顔を真っ赤にしてまた茂みに隠れた。


 おーっとここでついに登場か!?

 エントリーナンバー……もういいか。このテンション。


 とりあえず、彼女の事が若干心配だ。

 いつもなら我先にと海に走っているはず。


「とりあえず、伝えたからな。俺は姉上の所に行ってくる」

「ジルさんによろしくです」


 ヒラヒラと手を振り、アルフリードを送りだした。

 あれでいて姉思いの良い弟なのだな。

 だいぶ見直したぞ《絶剣》。


 まぁ、それはさておき。


「シエナ?」

「ひぅ!?」


 ローブを羽織った彼女がそこでうずくまっていた。

 こちらに背中を向けた彼女がビクリと肩を震わせる。


「どうしたんです?お腹でも痛いんですか?」

「べ、べべべ、別にそういうんじゃないわ!ちょ、ちょっと、その、ああああれよ!日差し対策!!あんたが良く言ってたじゃない!!」

「確かに言ってましたけども、なにもこんなうっそうとした茂みに籠らなくても……」


 何だったら、今まさにエルディーヌがビーチパラソル代わりに大きな葉っぱの植物を地面に突き刺しているところだ。

 そちらの方が風通しも眺めも良い。


 しかし彼女は一向にその茂みから出てこない。

 どうしたものか。


 あれやこれやと考えを巡らせる。

 もしかして、体についた傷跡が気になるのだろうか。

 それは既に船酔い直しのついでに治療しておいた。

 うっすらと跡は残っているだろうが、ほとんど目立たなくなっているはず。

 もしかして、めちゃくちゃなデザインの水着を着る羽目になったとか。

 たとえばそう。スリングショットみたいな超過激な奴。

 だとしたら許せん。

 彼女は嫁入り前だぞ。

 選んだ奴はそれこそ虫責めだ。

 良い仕事をしすぎだ。


「本当に何にもないんです?」

「だ、大丈夫。けど、その……」


 再び彼女がちらりと俺を見た。


「ぴぃ!?」


 悲鳴を上げ、更に顔を赤くして手で覆てしまう。

 しかし、指の間から眼がしっかりこちらを見ている。

 このむっつりめ……。


「は、破廉恥よ!!!上ぐらい隠しなさいよ!!」

「え!?俺!?」


 隠せと言われ、とりあえず手で乳首を隠した。

 何だこの間抜けな絵面は。

 というか、アルフリードだって乳首丸出しじゃないか。

 どう違うというのか。


「別に見られても、特段恥ずかしくもなんともないんですが」

「そ、そうなの?」

「男ですので。それにそこそこ鍛えてますし。ほら」


 ペチリとお腹を叩いた。

 生前であればブヨっとした贅肉がどうしても乗ってしまっていたが今は違う。

 薄く腹筋が見えるくらいには絞られている。

 おへそだって綺麗だ。

 健康的な栄養摂取と定期的な運動の賜物である。


「……でも、ちょっと刺激が強いからタオルくらいはかけて」


 じっくりと俺の半裸を眺めた後、またプイと顔をそむけた彼女。

 パタパタっと地面に何かが落ちた。

 赤い雫だ。

 彼女の手元から落ちている。


「シエナ!?鼻血が!?」

「何でもない!!何でもないから!!」

「回復魔法を使いますから顔をこっちに!!」

「ばか!ちょっと!!!ひゃあ!?」

「うわ!!」


 おっと。

 ここで定番のラブコメ的展開。

 足がもつれてシエナを押し倒すような形になってしまった。

 言っておくが、わざとでは無い。

 正真正銘純度100%のハプニングだ。

 神に誓ってもいい。


 押し倒された彼女は顔が真っ赤だった。

 羽織ったローブの下は水着。

 ボーイレッグタイプというのだったか。

 上がビキニで下がショートパンツの水着だ。

 細身である彼女ももうすぐ15。

 もうすっかり大人のレディーな体つきになってしまっている。

 鍛えられた体を肉感的な薄い皮膚が覆い、なんとも艶めかしい。

 その若々しく瑞々しい四肢を恥ずかし気にくねらせる彼女が実にいじらしい。

 鼠径部と水着の隙間などはもう国宝級だ。

 ……ん?この右手に伝わる感覚。

 お胸ですね。

 おおお!

 お胸ですねぇ!!!

 程よく弾力があり、それでいて大きすぎず小さすぎず手にすっぽりと納まってベストフィット!

 んー!!!120点!!


「……ありがたや──」

「バカああああああああああああああああああ!!!!!!!!!」


 景色が一瞬途絶えた。

 渾身の右ストレートを顔面に食らったのだ。


 飛距離約20m。

 陸上、種目人体ぶっ飛ばし。世界記録に一歩及ばず。

 いやぁ、次回のシエナ選手の活躍に期待ですね。


 仰向けでやっと止まった俺を青空をバックにエルディーヌが覗き込んでくる。


「……君さ、もう少しデリカシーってものを身に付けなよ」

「……たまんねぇなぁ……」

「あ、これは本当に駄目な奴だ。ロレスー」


 ---


「「……」」


 エルディーヌの作ったパラソルの下。

 シエナと俺が揃って膝を抱えて海を眺めていた。

 エルディーヌとイーレが水を掛け合って戯れ、それをロレスが浜辺で仁王立ちで眺めている。

 槍も片手にしているから、あくまでも彼女は護衛のつもりらしい。

 堅物というか、真面目というか。


 彼女は未だにローブを羽織っている。

 裸エプロンならぬ水着ローブ。

 うーん。

 良いんじゃないでしょうか?

 というか冷静になってみればそうでもなければ目のやり場に困る。

 いまも抱えられた膝から足先までのラインにドギマギしてしまっている。

 視線を逆走させれば内腿に目が行く。

 うぐぐ。悩ましい。


 ちなみに俺はシャツを着せられた。

 エルディーヌの私物らしく、彼女の自作だ。

 でかでかと低気圧と日本語で書かれた謎のデザインである。


「……あの」

「何よ」

「すみませんでした……」

「……ふん」


 未だに腫れている左頬を摩る。

 今回のはすこし響いた。

 さすがに直接のタッチは紳士的では無かった。

 反省だ。

 痛いのは頬ではなく心。

 自らを律しきれなかった心が痛いのだ。


「……海、来たかったんでしょ?行かないの?」

「えっと、シエナは?」

「……私、泳げないもの」

「え?」


 意外だった。

 彼女の運動神経は抜群だ。

 それでいて泳げないというのは可愛いポイントでしかない。

 所謂ギャップ萌え。


「前に海で遊んだときわかったの。体が浮かないのよ。イーレみたいに上手に泳げないし」

「あぁ、そういう……」


 それはあれだ、力みすぎている。


「じゃあ、その、なんで海に?」

「……約束したじゃない」


 ぼそりと彼女は若干むくれた顔で言った。

 膝を抱えた腕で顔を隠しながらも、ほのかに赤い顔で俺を睨んでくる。


(覚えていてくれたんだ……)


 セドリックとの決戦前に自分を鼓舞するためにそう彼女に言っていた。

 まさか本当にそうしてくれるなんて、夢にも思わなかった。

 これはなんとしても素晴らしい夏の思い出を作らねば!!

 健全に。

 そう健全に!!


「よかったら、泳ぎ方教えましょうか?」

「……魔術?」

「普通のですよ。まぁ俺も水に浮いたり、ちょっとバタ足したりしかできないですけど」


 クロールくらいなら出来るが、言っても伝わらないだろう。

 一応泳げるというだけのことだ。

 俺は水泳選手ではない。


 すっと彼女に手を出した。


「手を握ってれば絶対溺れません。俺が保証します」

「……」


 おずおずと出された彼女の手。

 それをソッと受け入れる。


「……溺れたら承知しないからね!!」

「その時は責任をもって救命処置いたします!!」


つまりはマウストゥマウス。


「何それ?」

「溺れたらわかります」

「意味無いじゃない!!」


 立ち上がり、彼女はローブを脱ぎ捨てた。

 髪を後ろで括った彼女が、先に陽光の下に降り立った。

 あぁ真夏のエンジェル。

 君は太陽の小町さ……。


「海まで競争!!」

「あ!それはずるい!!」


 駆け出す2人。

 照らされた砂浜に足跡が思い出を綴る。


「お、やっとお出ましだよ」

「ユーリ!シエナ!遅い!」


 彼らに迎えられながら、俺たちは海へと至った。

 ティーンエイジャーらしい、戦いや恨みつらみなんかを忘れた純粋な楽しい時間。

 これがきっと青春というものなのだろう。

 心往くまで堪能しようじゃないか。

 船の出航まで3日。

 ちょっとした夏休みだ。


「……ところでシエナ。海に入る前に準備運動しないと駄目ですよ?」

「えええええ!!??」

「君、変なところで真面目だよね……」

人物紹介


オージェイル 獣人族 人族だと38歳 男性

獣人族の長。里の中では無類の強さを誇る猛者。

愛する妻を失った心的なショックで視力をほぼ失う。

直接の血縁者は長女のエフレイルと次女のイーディルン。

共に魔眼持ちという異例の血筋である。


ルビー 獣人族 人族だと21歳 女性。

ケーシーの娘。オージェイルの姪。灰色の毛並みが特徴。

至って普通の獣人族で、好きな物は日向ぼっこと水浴び。

男性に対して負けん気が強く、つい強く当たってしまう困ったちゃん。

だがそれは弟のフジを庇い続けてきた故の悪癖である。

最近鞭について興味を示すようになった。

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