第七十五話 「弔いに炎と閃光を」
《エルディン視点》
──俺が囮になる。アイツを聖域の外まで引っ張り出して、ケリを着ける
彼の立案した作戦はあまりにも荒唐無稽だった。
あの巨躯を。魂蝕龍をどうやって誘導するのか。
全くできるはずのない無駄な作戦だと思った。
だが、龍は応えた。
魔獣核は宿主の魂に根付き、それを栄養素にして芽吹くものだ。
ゆえに一度芽吹けば、宿主は魂を壊して自我を失う。
しかしあの龍は。
セドリックは答えた。
知能までも無いはずだった。
呼びかけに答えるはずがない。
前もその前も。
少なくともフジの呼びかけにケーシーは答えず、自らの息子を手にかけた。
いままでこの神気に満ちた聖域から奴は動かなかった。
ただただ破壊の限りを尽くし、神樹を燃やし尽くし。
獣人族を1人残らず殺しつくした。
そして次の夜明けを前にして、自らの体を燃やし尽くして息絶えた。
だが今回は違う。
呼びかけに答え、ユリウスを追った。
恨みでも憎しみでも。
どんな理由であっても奴は個人に執着し移動を開始した。
中身も違う。
セドリックだ。
ベルガー大陸の首都で飲んだくれて居た彼が、まさかここまでユリウスに執着するほどの恨みを抱くとは思ってもみなかった。
彼は無気力な男だ。
翼竜を狩ること以外はその辺のチンピラにすら劣る彼が今は魔獣核の中心に居る。
あまりにも今までと事態が変わりすぎている。
額の血を拭い、燃えてしまったローブを脱ぎ捨てる。
火の手が上がる森を残った彼らが必死に消火活動を行っている。
『どうします?エル様。まだ避難が完了していません』
「ここからはアルフリードに任せる。彼は粗暴だけど仮にも近衛の副団長だ。ボクはユリウスの作戦に乗る。もしも彼が本当にそんなことが出来るのならば今回を全て棒に振ってしまってもいい」
ジアビスにそう答えた。
神樹には火の手は及んでいない。
不幸中の幸いだ。
そして腰のそれに手を添える。
今のボクの最大火力はこれだ。
これを本気で放てば、聖域など消し炭なってしまう。
龍を殺しても、殺さなくても。
この島は彼が居なければ消える運命だったと言っても良い。
「順調とは程遠いけど、たくさん収穫があった。次回はもっと早くたどり着けるさ」
『『……』』
こうなってしまってはもうボク達に勝ち目など無い。
すでにベルガーの王政が動き始めていると聞く。
しかしユリウスはあの龍を倒すつもりでいる。
出来るはずがないとは思うし、彼にも伝えた。
だが、魔術師は確かに強力だ。
大いなる存在に対しての切り札である大魔術がある。
それをロレスとユリウスの二人が撃てばあるいは……。
「……彼の作戦を信じよう。必ずボクの所にパスを出してくれる。そこから先は、ボクの勝負だ」
指笛を鳴らし、森に真っすぐに開いてしまった穴を見据える。
すぐに飛んできた岩琉鳥の背中に飛び乗る。
目指すのは西の海岸。
もうもうと積乱雲の上がる先だ。
もし救えるのなら。
誰が命を救たって、良いんだ。
ならボクは勇者じゃなくていい。
魔道士と剣士。
親友どうしであれば良い。
2人で、世界を救って見せれば良いんだ。
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《ユリウス視点》
「エル。ちゃんと来てくれるだろうな。へそ曲げてないと良いが」
海岸にたどり着いた。
アイツが俺を見失わないように少しだけ待つことにした。
浜辺に足を着ける。
作戦の立案中は偉くボロクソにエルディンに扱き下ろされた。
無謀だ。
意味がない。
出来やしない。
あぁもう!
勝手にしろ!!
半ば強引に作戦を進めることにした。
それでもエルディンならば俺に力を貸してくれる。
……と思う。
なにせ、彼の提案に真っ向から反対したのは今回が始めてだ。
見捨てられても仕方ないほどに自分でも馬鹿げていると思う。
確かに先に避難というのは大事だ。
逃げるが勝ち。
生きててなんぼ。
だが、相手が動くのであればそれは変わる。
怪獣映画でもあるじゃないか。
人のいない山間部に誘導したり。
海のど真ん中で戦ったり。
そういうところに光の巨人は現れるものだ。
──ァァァアアアアアアアアァァァァ!!!!!
だが、今回は光の巨人は来ない。
空飛ぶ亀も、火を噴く恐竜も助けてくれない。
この世界において。
龍を倒すのはいつだって人間だ。
再び星雲の憧憬を起動する。
それと同時に、樹々を突き破って魂蝕龍が飛び出してくる。
瓦礫を避けて、白波を越えて海へ出る。
もうここからはノンストップだ。
第二段階に移る。
すでにロレスが魔術を使っている。
大きな雲がゆっくりと立ち昇っている。
流石は《魔葬》。天候操作もお手の物だ。
杖を構え、雷轟の射手を叩き込む。
特に魔力を練っていない通常弾だ。
皮膚を貫くことすらできず、ビシビシと音をたてて弾かれた。
「こっちだ!!かかってこいこの唐変木!!デカいだけで何にも取り得の無い負け犬め!!」
呼応するように魂蝕龍が吠えた。
よかった。
やっすい挑発が通じることに少しだけ安堵を覚えた。
咆哮と共に翼が広がる。
風を掴むそのひょろ長い翼が、あの巨躯を持ち上げた。
「おっけー。あんよが上手だ」
飛ぶのは想定内。
翼があるのだ。
飛ばないと思うのであればそれは無能な参謀役の人だ。
俺はそうは思わない。
生き物の形をしているのだから、それ相応の機能がある。
だからこそ海の上なんて場所を選んだのだ。
すでに結構長い時間を飛んでいる。
魔法もバカスカ打っているのに、まだまだ動ける。
なんというか、体が喜んでいるのだ。
魔力を使える。
魔法が使えるという状況にはしゃいで、普段以上の力が出せている。
そんな気がする。
まぁ、今は都合がよい。
吹きすさぶ風を捉えてこちらへ迫る魂蝕龍に杖を向ける。
「穿つ!!」
座標指定した降り注ぐ氷の貫通弾頭。
炸裂音と共に一斉に魂蝕龍に襲い掛かる。
あの巨体だ。
海に落ちればそれこそ飛び上がるのは困難。
だから。ここで叩き落とす。
お前には水底が似合いだ。
足を止め。
空中で滞空しながら穿つ雷轟の射手を打ち込み続ける。
肉を裂き、翼の膜を貫く氷の槍が何本も突き刺さる。
だが魂蝕龍は止まらない。
止まるはずがない。
知っている。
あいつは、セドリックはそういう奴だ。
やつはそのまま俺に食らいつくように顎を広げた。
水面すれすれを滑空するそれが、俺の胴体を捉える。
そこに俺は居ないのだが。
パシャアとそのユリウスは霧散した。
炎と水の魔法で練られた虚像のスクリーン。
陽炎だ。
本当の俺はもう少し東に居る。
(見てるだけでも背筋が凍るけど、な!!!)
魂蝕龍の背中にホローポイント弾頭を打ち込む。
翼を根元から抉ればそれだけで勝負がつく。
そのはずだった。
──ユゥリウゥスゥ!!!グゥオオアアアアアアア!!!
魔力が渦巻いた。
撃ちだした強化弾頭が空中で砂塵に還る。
俺でも解体に数分はかかるその高密度弾頭を、龍の身でありながら奴はレジストした。
魔法を使い始めている。
相変わらず魔法を弾くのは上手な男だ。
ゴウと加速して距離を取る。
ここは海の上。
遮蔽物などない。
こちらも戦いやすいが、それは相手も同じ。
その巨大な体で縦横無尽に飛び回る。
波に当たるかどうかギリギリの低空飛行を続け、穿つ雷轟の射手を打ち込み続ける。
多少なりとも速度が落ち、核がどこにあるのかのヒントにでもなればいい。
右に左にと小回りを利かせて飛び回る。
龍の飛行方法は所詮は風に乗った飛行。
風向きに左右され、その旋回にも限界がある。
機動力なら、星雲の憧憬に分がある。
炸裂音と、着弾音。
夥しい量の血を噴き出しながらも、魂蝕龍の勢いは止まらない。
怒り狂い、俺を殺さんと襲い掛かってくる。
「──うわ!??」
突如波が俺を襲った。
風で弾いてなんとか落ちずには済んだ。
魂蝕龍だ。
アイツが通り抜け様に尾を使って波を起こした。
俺の星雲の憧憬が水に弱いのを見抜いている。
偶然ではないはずだ。
畳みかけるように灼熱のブレスが海面を撫でる。
流石にこれまでは弾けない。
海水を操り、巨大な波を作り出してそこに隠れる。
するとそこに魂蝕龍が飛び掛かってくる。
波と炎の向こう側振り上げられた巨大な腕がこちらを狙う。
「拡散せし貫通弾頭!!」
特大の炸裂音と共に、面制圧の氷の槍を撃ちだす。
波を貫いてちょうど手首の所から先を弾き飛ばす。
振り落とされた腕。
短くなった分、直撃こそしなかった。
だが、あいつの血液は燃え上がる猛毒だ。
それが降りかかる。
「クソ!!!」
ローブを翻し、血の雨をやり過ごしながら距離を開ける。
このローブは所謂難燃素材。
火に強いがゆえに何とか難を逃れた。
まずい。
思ったよりも距離を詰められている。
「──ッ!!!」
しなる鞭のような尻尾の一撃。
威力は知っている。
喰らえば、即死だ。
腕をクロスさせ、その先に盾を何重にも張り巡らせる。
砂、岩、氷、水、氷、岩、砂。
大量の魔力を使って作った即席の複合盾。
だがそれすらもあの強大な力はいとも容易く打ち抜いた。
盾が砕け、衝撃で吹き飛ぶ。
受けた左腕から嫌な音が聞こえてくる。
それと共に激痛。
燃え盛るような痛み。
海面を水きりに投げられた石ころのように跳ねながらも、何とか熱輪の推力を維持する。
海に落ちることだけは回避した。
「アガッ……くそ!」
腕をやられた。
死ななかっただけは安いが、まずい。
骨が砕け、皮膚が削げた腕はあらぬ方向へ折れ曲がり血が滴っている。
回復魔法を使いたいが、その余裕もない。
先ほどの盾の精製にかなり魔力を使った。
飛び続けるためにもこれ以上の被弾は何が何でも無しだ。
──グァアアアアアァァァァアァア!!!
勝ち誇ったような。
やっと一発食らわせてやったぞ!魔道士め!
というような咆哮が聞こえる。
やつはそのままに腕を伸ばし掴みかかってくる。
もげたはずの右手首は既に再生され、こちらへと迫る。
「煙る!!」
大量に白煙を上げる視界妨害ようの発煙弾頭。
それを何発も同時炸裂させて姿をくらませる。
その間に上空へと出た。
広範囲に散布された白煙の中で奴はまだ俺を探している。
空を睨む。
雲は程よくに育った。
予定通りにロレスが風と熱を操っている。
ゴロゴロと不穏な音を立てたそれが立ち込め、辺りを暗く覆っている。
戦闘しながらも海面の温度を上げ続けただけの事はある。
浜辺には彼が控えているのが確認できた。
あとは、あいつの核を探すだけだが……
ズキリと腕が痛んだ。
一瞬気がそちらに向けられると同時。
白煙を突き破って魂蝕龍が飛び上がった。
伸びた爪が、鋭い牙が、炎が。
三方向から俺を捉えんとその矛先を向ける。
しまった……!!
一瞬の隙を突かれた。
逃げられない。
スローモーションのように。
いつかの黒衣の野犬の時が如く。
ゆっくりと景色が流れる。
辺りが龍の陰に入り、暗くなる。
大きく開かれた顎の向こう。
チロチロと揺れる死の炎が見えた。
「がぁあああああああああああああああああああ!!!!!!!!」
視界の隅で赤い閃光が突撃する。
魔力全開のまま、空から燃え上がる槍が降ってくる。
こんなところに、海のど真ん中に彼女が来るなんて出来るはずがない。
だが彼女は来た。
俺を助けに。
その手に燃え上がる魔法を携えて。
赤い魔法剣が強い輝きを放ち、その槍を突き立てる。
「龍落せしは我が炎!!」
レジストを物ともしないその炎の槍は彼女の固有魔法。
ただの炎矢から生じたはずのその魔法は戦いの中で研ぎ澄まされた。
ついには龍の背中に風穴を開ける。
爆発的な威力のその槍は、肉を焼き、芯を穿ち、そのまま胸までを貫いた。
──ギャアアアアアアアアアアア!!!!!
龍が悲鳴を上げた。
動きが止まった牙を抜け出し、首の上を掠めるように彼女の元へと飛ぶ。
「シエナアアアアアアア!!!!!」
風のように彼女を攫った。
翼を抜け、背中を蹴り一気に空へと上がる。
遠くに逃げて行く岩琉鳥が見えた。
まさか、アレの背から飛び降りたのか。
カタカタと小さく震えながらも、彼女は俺に向かってしたやったりと言いたげな笑みを向けた。
「……なんて無茶を!!」
「ユリウスには言われたくないわ!!!」
「飛べもしないのに!!死ぬ気ですか!!」
「でも2人ならあいつに勝てる!!!」
強く言い放つシエナ。
思わず言い負けてしまう。
「あんたは腕をやられた。でも私はやれる!あのセドリックの脳天にもう一発お見舞いしてやるわ!!」
再び彼女の手に炎の槍が握られる。
確かに、こうなってしまってはそうするのが最善だ。
「あいつに因縁があるのはあんただけじゃない。私だって頭に来てるんだから!!噛みついてでも殺してやる!!」
魂蝕龍を睨む赤い瞳。
龍は海面で高度を保ち、もがいていた。
炎の槍が効いている。
傷の治りも幾分か遅い気がする。
「……あった!核だ!!」
穿たれた風穴の中心。
鈍く、黒く光る何かが見えた。
炎に焼かれた翼の根元に見えたそれは。
まるで隠されるかのように肉に埋もれて行く。
俺の用意した秘策ももうあと一息。
それにそれをぶつけるにも、隙が要る。
もう一瞬。
それこそ行動停止に追い込むくらいの隙が要る。
氷の魔法はもう使えない。
あの巨体を縛る付けるだけの術はない。
「……シエナに賭けます」
「当然よ!!勝ち確定の勝負をそこで見てるといいわ!!!」
あとは俺は星雲の憧憬の維持に全力を注ぐ。
体が疲労を感じ始めた。
魔力枯渇まであまり余裕がない。
「行きます!!」
「えぇ!!」
彼女を抱えて風に乗る。
すでに左手は使えないし右腕には杖がある。
彼女の体を支えることはそれほどできない。
だが、それでも華麗に飛んで見せる。
俺はユリウス・エバーラウンズ。
好きな女の子のカッコいい所を最善席で見届ける男だ。
横から大きく、波に隠れて回り込むように魂蝕龍の周囲を飛ぶ。
波と共に風が荒れてきた。
熱輪の制御もあまり長くはもたない。
決めるならば、もうたらたらしていられない。
勝負は、一瞬だ。
魂蝕龍が吠える。
その巨躯がうねる、こちらへと向かう。
《魔道士》そして《赤角》。
彼の人生において、おそらくもっとも彼を苛立たせた存在だ。
だがそれは俺たちにとっても同じこと。
「……終わらせるわ。セドリック」
彼女もあの龍の事をそう見ていた。
そうであるならばこれは仇討でも、ましてや復讐でもない。
弔いだ。
──グゥオオアアアアアアアァァァアアアアアアアアァァァァ!!!!
「「がああああああああああああああああああ!!!!!」」
龍の気迫に負けてなるかと、二人で吠えた。
炸裂推進から一気に速度を上げ、魂蝕龍の懐に潜り込む。
強靭な肉体をフルに使って龍は俺たちを叩き落としにかかる。
それらの攻撃を掻い潜る。
巻き上げられた飛沫。
砕けた波と、切り裂かれる風。
吐き出された炎が往くてと視界をふさぎ、真っ赤に染め上げる。
だが、俺たちは落ちたりなどしない。
龍の腹を潜り、尾を避けてその背中に到達する。
それを待っていたと言わんばかりに、龍は体を入れ替え仰向けになった。
背面飛行のままに広範囲に火炎をバラまく。
切り札を切る。
出番だ。
炎をねじ伏せてくれ。
「星を焼く大炎魔霊!!!」
紅蓮の炎が吹き上がる。
たちまちに龍の炎が押し返され、その空間の魔力を掌握した。
爆炎の向こう。
無防備に開けられた顎を覗き込むような位置。
そこ目掛けて、シエナが飛翔する。
「終わりよ!!!!セドリック!!!!」
研ぎ澄まされた炎の大槍。
彼女の家の名を冠する殲滅槍。
実に3度。
あの男の体を貫くことになる。
「龍落せしは我が炎!!!!」
最大火力の槍が宣言通りに龍の脳天を捉えた。
赤く、激しく燃え盛るその槍が突き刺さると同時にはじけ飛ぶ。
龍は首の先を消し飛ばされ、一瞬沈黙した。
そのまま海に落ち体半分ほどを海に浸した。
好機だ。
魔力を振り絞る。
強化魔法の影響で操作が難しくなった星雲の憧憬を吹かした。
シエナを拾い上げ、そのままもう一度上へと上がる。
「しっかりつかまって!!耳をふさいで!!」
一発、炎の魔法を打ち上げる。
彼への花火だ。
用意はできた。
魔力を回す。
渦巻く炎は、やがてジリジリと形を変えて尖っていった。
向けられたのは積乱雲の中心。
周辺の風向きを操ってじっくりと育て上げられたその中心に、小さな風を生じさせた。
それは互いにすり合うような小さな小さな火種。
だが、伝番に伝番を重ねてその光は雲の中で急激に力を増していく。
神の落とす光。
遠方からの轟き。
大いなる金床に打ち付けるその一撃。
俺が考えうる自然界最強のエネルギー。
雷轟の射手の語源と言っても良いそれを魔力で生み出す。
ズルリと体を起き上がらせた魂蝕龍。
頭の再生を待たずして、振り落とすは執行の雷槌。
ながく、大陸を跨いだ俺の旅。
それに幾度となく立ちはだかった敵への手向け。
どうか、派手に打ち鳴らそう。
世界を白く埋め尽くす閃光が瞬いた。
視界を焼き、耳を劈く雷轟。
暗く厚い雲の内側から放たれた光は魔力を伝い、まっすぐに魂蝕龍を穿つ。
──ガシャアアアアアアッ!!!!!!
爆音という言葉では収まらない衝撃波。
目で追うことなど出来ない強烈な光の津波。
雷鳴が俺たちのすぐそばを通り過ぎ、魂蝕龍に直撃した。
体の半分を砕き、心臓の部分にある黒く艶のある核が剥き出しになっている。
落雷の衝撃で制御を失った星雲の憧憬を必死に立て直しながら叫ぶ。
「エルディン!!!頼んだぞ!!!!!」
出力に任せて加速してそこから離脱する。
きっとドでかい花火が上がるはず。
巻き込まれるのだけは勘弁だ。
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《エルディン視点》
海岸から彼の危なっかしい戦いを見ていた。
今にも駆け出してしまいそうになったのを何度堪えたことか。
そして今、花火が上がる。
ユリウスからの合図だ。
であればもう終わるのだろう。
この一撃、外せない。
「精霊回路接続。疑似神格炉心点火」
神気を纏う。
神の持つオリジナルの力の波。
「……神気燃焼開始」
炉心の燃焼段階を引き上げる。
半神のボクの身ではこの出力を使いこなすことは出来なかった。
使えば肉体はともかく、どの武器も神気に当てられて光の粒に帰ってしまう。
それはシルビアたちも同じこと。
だが今ならば全力で撃つことが出来る。
彼が、ユリウスが引き合わせてくれた聖剣が手元にある。
その上で彼は海の上を選んでくれた。
ここであれば地形が丸ごと消し飛んでも被害はない。
『神気、安定稼働を確認。聖剣への転換開始』
『抜剣状態へ移行。充填率、順調に推移……本気で撃つつもり?』
「もちろん。犠牲無しで魂蝕龍を討てるんだ。出し惜しみなんかしないさ!」
聖剣を掲げる。
神気の満ちた剣は形を変える。
全く継ぎ目の無かった表面に割れ目が入り、機械的に分割されて内部機構が露出する。
巨大な落雷が魂蝕龍に向かって落ちた。
血飛沫と肉塊が飛び散り、魔獣核が剥き出しになっている。
まさか、本当にあの分厚い肉の装甲を突破するとは思っていなかった。
しかも、再生が遅く相手は半死している。とんでもない威力だ。
魔力でなく純粋な自然現象の落雷は例え龍の持つ魔力でもちょっとやそっとではレジストが出来ない。
2人がかりでの大魔術は、たった一撃で魂蝕龍へと引導を渡してしまった。
《魔葬》。そして《魔道士》。
本当に彼らが敵に回って居なくて良かった。
心の底から安堵するとともに、涙が溢れてくる。
あれだけ困難だった魂蝕龍の討伐。
それがいま、ほとんど犠牲も払わずになされようとしている。
何度も多くの犠牲を強いてきたボクにとってそれは大きな一歩だ。
世界を救うという大義名分を前に犠牲をいくつも積み上げた。
それでもなお、危機は去っていない。
ここから始まるんだ。
この一撃は、その狼煙。
アイツらへの反撃の狼煙だ。
『出力臨界。聖剣、最終形態起動』
『光子輪発現。神の怒り。発動形態へ。エル。神名認証を!』
黄金の光が形を成す。
巨大な光の剣。
大蟹たちに放ったのはそのほんのわずかな燃えカスに過ぎない。
光の輪が頭上で瞬き、立ち昇る神気が翼に見紛う。
「我が字名はエルディン!雷鳴と意思の神!救世の徒!!全能なる神、怒れるその拳の名代をここに果たす!!」
『『認証を確認。神の怒り。発動』』
ボクはユリウスほど一点集中の技を持っていない。
この長距離からあの魔獣核を的確に打ち抜くことなんてできない。
でも、その周辺一帯を消し飛ばすことは出来る。
それが魔栄期の勇者を受け継いだボクに与えられたスキル。
対大陸規模の撃滅剣技。
本来なら肉体を燃やして使うべき必殺の一撃もこの聖剣があれば打つことが出来る。
あまりにも強力すぎて封印するほどの神の力。
それを今。
今生で初めて奮おう。
「神の怒り!」
踏み込み。剣を振り落とす。
時空の歪みと共に光の剣も光輪も消失する。
そしてそれとほぼ同時に魂蝕龍の直上から光の剣が垂直に落ちる。
一瞬の爆縮。
空間そのものを押しつぶす神気の発露。
海を丸ごと切り取って焼き払うほどの強烈な熱量が打ち込まれる。
その発射反動は凄まじく、撃った砂浜の砂が融解。
蒸発してガラス化する。
濛々とキノコ雲が魂蝕龍のいた場所で立ち昇る。
爆発の衝撃で突風が島へと到達する。
樹々が揺れ、真横に倒れてしまうほどの強烈な風。
そしてようやっと空を穿つ爆音が到達した。
バシュウと足元に流れ込んだ海水が音を立てる。
沖合で起こった爆発の余波は津波になってこの島に押し寄せるだろう。
だが、それも精々5mほど。
魂蝕龍の脅威に比べれば、可愛いものだ。
『魔獣核消滅。セドリックの気配もありません。お疲れ様でした。エル様』
『ねぇ、ユリウスたち大丈夫よね?けっこうガチで撃ったけど』
「大丈夫、ちゃんと逃げてるよ」
元の形に戻った聖剣を一振りした。
未だ放熱を続けるそれは辺りの空気を揺らめかせるほどには熱い。
しばらくは空冷させないといけない。
海水に浸けるなんて以ての外だ。
これは精密機器なのだから。
「……迎えに行こう。ユリウスにいっぱい謝らなくちゃ」
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《ユリウス視点》
「おい」
聞きなれた声に起こされた。
ロレスだ。
目を開ける。
「生きているな」
「……なんとか」
あのあと、俺はとにかくその場から離れることに必死だった。
現に爆弾みたいな強烈な光が落ちたと思ったらあの衝撃波だ。
結果として、近くの島まで全速力で飛び、そのまま減速が間に合わず茂みに突っ込んだのだった。
シエナを庇って強か体をぶつけたが、幸いにも生きている。
当然、シエナも。
互いに魔力切れを起こし気を失い、髪の毛が一部白化してしまっていた。
爆発の影響で雲は吹き飛び、すこし赤みを帯びた空がそこへ広がっている。
まだ空鳴りが聞こえ、わずかに地面が震えている。
高い波が幾度か海岸に押し寄せた。
「……セドリックは、どうなりました?」
「死んだ」
短く答えるロレス。
それに俺はそうですかと小さく返した。
開戦の時と同じようにロレスは再起の魔術を使ってくれる。
杖を用いた魔術は強化され、俺の腕の傷や体の傷はたちどころに治った。
ほとほと、治療魔法というのは素晴らしい。
瀕死でなければ医者いらずだ。
「……本当に龍を殺すとはな」
「ロレスさんのおかげです。あの積乱雲は俺1人じゃ作れませんでした」
「海の水を温めて、風で空へ送れ。言葉で言われても何のことか戸惑ったぞ」
「まぁ、魔道ですので……あ、魔道で戸惑う。なんちゃって!」
彼女は表情一つ変えずに立ち上がる。
……結構、気合が入ったダジャレだったんだけどなぁ……。
「……帰るぞ」
「あ、はい」
怒っただろうか。
まぁ、そうかもしれない。
彼女も俺を心配してくれた人物だ。
ロレスがシエナを抱え、俺がそのあとに続く。
砂浜には武装させた岩琉鳥が待っていた。
「先生。お世話になります」
「クェェ」
この鳥も随分肝が据わっている。
俺が同じ立場だったら間違いなく逃げ出していた。
うん。今後ともこの鳥さんは先生だ。
よろしくお願いします。先生。
「乗れ」
ロレスに引っ張られ、鞍へと上がる。
来た時と同じようにシエナ、俺、ロレスの順番で跨る。
シエナはぐっすりと眠っていた。
また数日間寝ていなかったに違いない。
「しっかり持ってやれ。落ちたら面倒だ」
「はい。任せてください」
眠っているのをいいことにシエナのウエストに手を回してギュッと固定した。
えぇ。
落ちたら大変ですので。
しっかりとつかまっておかないとね。
……あ、結構。
いやだいぶ細い。
それでいて、しなやか。
かなり鍛えられていますね。これは。
「……飛ぶぞ」
「は、はい!!」
後ろから責められるような視線とドスの利いた声が届く。
すみません!
悪いことしました!!
(ありがとう。シエナ。また命拾いしたよ)
彼女の背中に額を当てて、小さく呟いた。
人に支えられてかろうじて生きている。
そう思えた。
大きな恩がまた出来てしまった。
日が暮れて行く。
長かった1日がまもなく終わる。
疲れた。
緩やかに風に乗る岩琉鳥の背中で、跡地を見やる。
未だに蒸気を上げ、渦を巻く海面に龍の姿は無い。
跡形もなく消し飛んでいる。
「……終わったよセドリック。今度こそ、さよならだ」
決して良い奴では無かった。
だが、あんな風な終わり方をするべきでは無かったとは思う。
どんな人間であっても、可能であればベットで最期を迎えるべきだ。
家族に。
あるいは大事な人に看取られて。
あの世へと安らかに旅立ってほしいと思っている。
それはセドリックも例外ではない。
性格は最悪であったが、同じ人間であることに違いない。
死んだら皆仏様だ。
本人の人格はともかくとして、聖域への甚大な被害。
全ては魔獣核によるものだ。
いろいろ考えなくちゃいけないこともある。
だが、まずは一息つかせてほしい。
主に精神面。
仲間と引き離され、たった一人拷問を受け続けたユリウスはもうクタクタなのだ。
うつらうつらと、眠気に耐え切れなくなる。
それを見てロレスは俺の体をそっと自身の方へと引き倒した。
「寝て居ろ。疲れただろう」
「……はい。とっても疲れました」
風に2人の長い髪が揺れる。
赤と紫の景色がゆっくりと閉じて行く。
あぁ。
本当に疲れた。
浜辺で手を振るエルディンがちらりと見えたが、その頃には眠りについた。
数日ぶりの安眠は、頼りになる仲間に囲まれたものとなった。
……挟まれた恰好か。
人物紹介
追憶
《竜殺し》セドリック・キングソード 享年44歳 人族
元貴族であり、元王族であり、元冒険者であり、元騎士の男。
自らの生まれを良しとせず。
ただ自由を求め、傲慢に奔放に生き。死んだ。
生前、彼は翼竜の良さを酒場で語ったことがあったのだという。
酔った彼は泣きながら。自らもあんな風に自由に生きたいと口にした。
ただひたすらに残忍に、冷酷に美しく。
そう願った先の彼の末路は、鱗もなく醜い、龍の成りそこないであった。
彼に本当に必要だったものは斧でも鎧でもなく、
ただの飲み仲間だったのだろう。
魔法歴994年没。




