第七十四話 「相応しい行い」
森が震える。
島に轟く。
龍の咆哮。
空へと掲げられた龍の顎からそれが絶え間なく響く。
皆耳をふさぎ、それでも聞こえてくる叫びに顔をゆがめた。
あまりにも悍ましく、魂すらも震えあがる滅びの声。
ミイラ取りが木乃伊に。
《竜殺し》が龍に。
セドリックはあのよくわからない鎧に飲み込まれ、龍になった。
字面だけでは伝わらない奇怪な現象。
だが確かにそれは目前に姿を現し、いままさに産まれた。
赤黒く、半ば腐り落ちた皮膚。
鱗らしきものはほとんどなく、筋組織が露出している。
やせ細り、筋張った手足。
ズルリと伸びた長い5本指には鋭い爪。
角はあれど眼は無い頭に、並び立つ鋭い牙。
4枚の翼は腐った体液に濡れ、細い尾が鞭のようになびく。
魂蝕龍。
勇者の口からは、その巨大な敵の名がかたられた。
「……て……」
ツゥと一筋、冷や汗が顎を伝う頃にやっとその声が出た。
「「撤退!!!」」
隣にいたエルディンと共に叫ぶ。
「撤退だ!!!森まで後退!!!急いで!!!!」
衛兵も、獣人族の戦士たちも。
アルフリードやロレスまでもがすぐ様に身を返して森へ走った。
「シエナ!はやく!」
「わかってる!!」
彼女を迎えに走り、殿を務めながらも全力で茂みの中に逃げ込んだ。
植物に身を隠しながら、ギュウギュウ詰めで奴を監視する。
あっという間に神樹の催事場には龍を残すのみとなった。
「……私にも見せて」
「シエナ?ちょっと?あっだめっ!」
「へ、変な声出さないでよ!」
ひそひそ声のみが森に溶けていく。
エルディンの真面目にやれよという視線が痛い。
仕方ないじゃないか。
こっちはいまノーパン。
ちょっと敏感ソーセージなのだから。
獰猛な外見のその龍はいまはまだ寝起きなのか、動きが鈍い。
ユラユラと体を揺らし、近くの柵に体をぶつけては苛立たし気にそれを破壊している。
「……なによあれ。今なら倒せるんじゃない?」
「いいや、シエナ。あれを倒すのは簡単じゃない。ザルバ並の凄腕が3人は居ないと駄目だ」
「ロレスは?私の師匠は強いわよ?」
クルリと振り向く。
腕を組み、木の陰に背を預けた彼女はこちらに目線を投げる。
「関係ない。魔物が牙を向けるなら殺すだけだ」
「……1人は確保……かな?」
エルディンの言葉になぜかシエナが自慢気に鼻を鳴らした。
「それでもまだ足りない。ボクを数に入れたとしてもあと1人。《剣豪》級の腕前の剣士が必要だ。そうじゃないとあの分厚い魔獣核を打ち抜けない」
「確かに、心臓打ち抜くにしてもアレはなぁ……」
──アアアアアアアアアア!ユリウスゥウウウウウウウ!!
突然の絶叫。
当然あの龍からだ。
もたげられた首の奥が赤く光り、その巨大な口から炎が吹き上がる。
地面を溶かすほどの超高音の炎が森に放たれる。
「……いやいや、俺をみるなって」
森の中に隠れた全員の視線を受けてしまった。
ご指名とはいえ、あれには答えられない。
相手はセドリックとはいえども龍。
明らかにその戦闘能力はこけおどしでは無い。
戦うにしても、勝ち目がない。
魔法の使えない俺はここではただのお荷物だ。
「……剣士が3人居ればいいのか?」
声にしたのはアルフリードだった。
「《絶剣》では、あの龍を斬れない。そう言いたいのか?《銀の》」
「……悪くはない。でも、ギリギリだ」
一度アルフリードに視線を合わせた後に、彼は噛み締めるように言った。
この危機的状況にエルディンは忖度などしない。
冷静に、そして確実に戦力を分析し、積み上げて打破する線を探っている。
「ギリギリなんだ。君は確かに強い。でも君もシエナも壊撃を主軸に戦う剣士だ。この聖域ではそれが使えない。現に変成前のセドリックを仕留め損ねてしまった」
「「うぐっ……」」
「責めてるつもりはない。ただ、ボクの記憶では魂蝕龍になるのはセドリックじゃなかった。ケーシーだったんだ」
……セドリックじゃなかった?
「だから、いまの魂蝕龍がどれほど強いかがわからない。だからギリギリ。全滅するか、刺し違えるか。そういう状況なんだ」
エルディンが周囲を見渡す。
戦力を確認しているのだ。
レオスグローブ家の衛兵が10名。
族長派の獣人族の戦士が6名。
ほぼ無傷ではあるが、無名の戦力だ。
龍にダメージを与えるほどは期待できない。
俺もその中に入る。
そして、ジルフリーデ。
ジルフリーデは両腕骨折の重傷だ。
アルフリードに手当てを受けて、何とかそこに立っている。
ここからが戦力になる者たち。
《絶剣》アルフリード。
《赤角》シエナ。
《魔葬》ロレス。
《銀の勇者》エルディン。
たったの4名。
しかも半数は女子供。
とてもじゃないが、討伐隊として名乗りを上げるには荷が勝ちすぎている。
「……ボク等に残された現実的な手段は1つしか残されていない」
苦し気に彼は語る。
「島の住人全員で避難をする。ボク達はその時間稼ぎだ。すこしでも多くの人命を残すしか──」
「ま、待て!」
ジルフリーデがエルディンの言葉を遮った。
「貴様の言うそれは獣人族にこの聖域を、神樹を見捨てろと言っているのと同義だ!そんな事受け入れられない!!」
アルフリードに支えられた彼女が続ける。
「あの神樹は我々の神だ。ディトーン様そのものだ!我らを見守り、我らが守護すべき尊いお方なのだ!それを放置して逃げろというのか!」
「そうだ。逃げるべきだ。そうしなければ獣人族という1つの種族が滅んでしまう」
「そんな事出来るわけないだろう!」
「じゃあ勝てるのか!?アレは腐っても龍だ!伝説の赤邪龍の再現体なんだ!ちょっとやそっとで勝てる相手じゃない!剣や槍の攻撃で打ち取れるほど龍はやわじゃないのは知ってるだろ!!」
龍はこの世界の生き物を越えたところに位置する存在だ。
もっとも神に近いその力は人智の及ばぬところにある。
荒れ狂う嵐であり。
燃え盛る炎。
そういう自然災害の化身。
形にこそ意味があり、姿に力が宿る。
どんな姿であれ、龍であるならば人類が束になっても勝てない。
人を超え、英雄と呼ばれる存在が結束して初めて打倒できる存在だ。
それをジルフリーデも理解していた。
──怯むなぁ!!神樹を守れぇ!!
その声に皆が振り向いた。
神樹の麓に数名の獣人族が残っている。
剣を振りかざし、震えながらも魂蝕龍に突撃していく。
獣人族は誰しもが身軽だ。
強靭な肉体を持つ戦士。
その中でも神樹の守護を任された彼らは指折りの実力者。
魔物相手であれば心強い。
しかし相手は龍だ。
凄惨な現場を目撃することとなる。
尾の一振りを受けた戦士の体が千切れ飛んだ。
内蔵をまき散らし、後続の戦士たちがそれに足を止めてしまう。
龍の手に掴まれた戦士が悲鳴を上げる。
長い爪がゆっくりと食い込んでいき、グシュリと潰された。
それでもその隙にと龍の首に剣を突き立てた戦士がいた。
だが、噴き出した体液が体にかかった瞬間に体が発火して地面にのたうち回る。
勇敢な雄たけびが、次第に悲鳴の群れへと変わる。
しかし彼らはそれでも逃げない。
恐怖に堪えて、歯を食いしばりながら彼らは牙をむく。
「……もういいよな《銀の》。勝てる勝てねぇの話じゃねぇんだ」
アルフリードが茂みを抜ける。
刀を手に、彼はエルディンの制止を聞かない。
「アル!!貴様は追放者だ!神樹に近づくことは許さん!!」
「うるせぇ!!神樹なんざどうだっていい!!」
ジルフリーデの言葉も彼を止めることは出来ない。
抜き放った刃。
彼と同じ漆黒を湛えた刃が炎に反射して光が揺らめく。
「どうだっていいんだ!!だがアイツを倒さねぇといけねぇ!!姉上を痛めつけたあいつだけは俺が必ず殺す!!俺のたった一人の家族をボロクソにした報いを受けさせる!!文句は言わせねぇ!!!」
彼の怒りが森に響いた。
ジルフリーデはそれ以上言葉を紡げず、代わりに後ろに控えていた戦士たちがアルフリードに続く。
「どっちにしても戦うんだ。避難と時間稼ぎは並行でもいいでしょう?」
1人の戦士がそう言いながらエルディンの脇を抜けて行く。
1人、また1人と彼らは剣を取る。
「俺たちにも家族が居る。守りたいのは神樹様だけじゃない。妻と子を頼みます」
「名誉のために。そしてディトーン様のために!」
「ジルフリーデ様。お慕い申しておりました。どうか無事に皆を連れて──」
「てめぇ!!姉上を口説くなら龍を倒してからにしやがれ!!」
ぎゃあぎゃあと、騒ぎ立てながら彼らは茂みから抜け出た。
誰も残らず。
誰も泣き言を言わず。
家族のために。仲間のために。
目の前で荒れ狂う脅威に向かって。
「「我ら獣人族の誇りのために──!!」」
勇ましく掲げられた太腕が、武器を掴む。
今まさに鬨の声があげられると言った時だ。
「待って!!!」
俺は彼らを引き止めた。
---
「ユーリ。あった」
「ありがとうイーレ」
少し後退した先。
森の入口でイーレから帽子とローブを受け取る。
本人にはひどい仕打ちをして来る獣人族であったが、荷物への扱いは丁重であった。
ぴしっと畳まれたローブは洗濯すらしてくれたようでいい香りがしている。
「動かない!」
「いでででで」
ちなみに今はシエナが背中に傷薬を塗ってくれている。
決戦を前に、少しでも体を整えておきたかった。
すでに作戦は始まっていた。
森の奥では龍の咆哮が時折聞こえている。
この場にエルディンもアルフリードも居ない。
煌々と炎の光が漏れる神樹の祭祀場で彼らは残った獣人族の救助に当たっている。
「……フジから聞いた。獣人族、ユーリに悪いことした。ごめんなさい」
「イーレが謝ることじゃないよ。仲間のために本気で怒れるいい人たちばかりじゃないか」
まぁ、内心としては森を焼き払ってやるとか。
そのたわわなお胸をニギニギしてやるとか邪念が無いわけでは無い。
イーレに罪は無いし、彼女の故郷の人々だ。
今だけは笑顔を繕っておく。
でもバッタだけは絶対絶滅させる。
見敵必殺。
見敵必殺だ。
「でも、あんたがこんなことする必要ないじゃない。アイツらのことなんて放っておけばいいのに」
「……そうだね。俺もそうすれば良かったと思ってる」
包帯を巻き、体を行ったり来たりするシエナの腕にドキドキしながら答えた。
不器用な彼女の手当てだ。
包帯はゴワゴワするし、巻きもキツイが俺にとっては特効薬である。
「でも、神様の為じゃなくて家族の為って聞いたらさ。居てもたってもいられなくて」
アルフリードも姉であるジルフリーデのために刀を抜いた。
他の獣人族も、家族を守るために彼に続こうとした。
神様や自分の立場のためでなくだ。
フジもそうだった。
小さい身体に目一杯勇気を奮い立たせて唯一人の父親を助けようと躍起になっていた。
俺はそういうのに弱い。
自分の家族に向き合えなかったという負い目もあるにしても。
「あっそ!」
ベシンと背中を叩かれた。
包帯の巻き終わりを告げるものであるが、痛い。
小さく悲鳴を上げてしまう。
「……あんたを心配する人の気持ちはどうなるのよ」
「え!?」
バッと振り向く。
意外な言葉が彼女の口から洩れたのだ。
もしかしたら顔が真っ赤かもしれない。
貴重なそのご尊顔を見逃してなるものか!
「こっち見るな!」
ズボッと三角帽子を顔に押し当てられた。
おおう。
見えないじゃないの……。
「あんたの家族の事を言ってんの!あんな龍の正面に体をさらすのよ!?馬鹿げてる!エルディンもやめろって言ってたじゃない!」
「でも、全部を完璧にこなすたった一つの冴えたやり方です。やってみる価値はあります」
そのまま帽子を被った。
立ち上がり、緑のパオに袖を通す。
すでに下着もブーツも身に着けた。
ローブを羽織り、杖を手にする。
マジカルユリウスの出来上がりだ。
「……勝手にしろって見放されただけの癖に。無茶ばかり。あんたアリアーに帰る気あんの?」
「ありますよ!俺だって家族を待たせてます。ドミトル様にもリュミドラ様にも御礼を申し上げなくては死ぬに死にきれない!」
きっとシエナの旅を支援してくれたのはあの2人だ。
そうでなければあんなにも早く俺に追いつくことは出来なかっただろう。
シエナとロレス。
この2人を俺の元へと送り届けてくれなければ俺はシルバの街で死んでいた。
いろんな人の厚意が今の俺を支えている。
だからこそ。それを無為には出来ない。
俺はユリウス・エバーラウンズ。
英雄でも、勇者でもないただの人間だ。
「……俺は、胸を張って生きて居たいだけです。だから、それに相応しい行いをします。シエナがそうしてくれたように」
「……バカよ。どうしようもないバカ。私の気も知らないで死にに行くのね」
「いいえ。生きて帰ります。故郷まで、シエナと一緒に帰りますよ。絶対」
絶対。
もういちど口に出した。
約束でも、フラグでもない。
そういう結末を迎えるのだという確固たる覚悟だ。
「ユリウス」
ロレスが声をかける。
用意ができたらしい。
「行ってきます。シエナ。終わったら海で遊びましょう」
「呑気なこと言ってる場合じゃないでしょ!……まぁ、考えておいてあげる」
はい!言質頂きました!!
「約束ですからね!」
そう言って駆けだす。
ロレスの元には1羽の岩琉鳥が待っていた。
どの固体よりも一回りは大きく、眼つきも鋭い。
龍の気迫をもろともせずにそこに居る。
勇敢なのか、鈍いのかはわからないがこの子で空を飛ぶのだ。
戦に供えた専用の鎧と鞍を装備させている。
「鎧の装着に手間取った。数十年前の代物だが、岩窟族の手製だそうだ」
「メーカー保証付きですね。安心です」
岩琉鳥の首筋を撫でる。
鳥というよりはやはり毛皮のある翼竜だ。
人懐っこいらしく、そのまま額を俺の腹に押し当ててくる。
もっとなでろと催促しているかのよう。
ウリウリ。
頼むぜ先生。
音で怯んだりしないでね。
「作戦通りにやります。ロレスさんとシエナは海岸で待機を。いざというときに別の岩琉鳥で助けに来てください」
「あぁ」
「《魔葬》の魔術。頼りにしています」
「……あぁ」
なにか言いたそうなロレスであったが、眼を細めるばかりの彼女。
「……ロレスさんも心配してくれますか?」
「いや、好んで無茶をする奴だと呆れている」
おおう。
ではその眼は蔑みの眼ですか?
ちょっとぞくっとした。
俺もドMに目覚めてしまいそうだ。
「お前を痛めつけた奴らばかりだ。私なら島ごと燃やしている」
「俺も想像まではしましたけど、実行するのは気が引けますので……」
「甘い奴だ。……誰に似たのやら」
「……?」
「なんでもない。見送りが来たぞ」
その言葉に振り替える。
イーレとフジ。
シエナ。
族長までもがそこに居た。
「……武運を。《魔道士》殿。責めは戦いのあとに」
「えぇ。族長も早く避難を。フジ。助けてくれてありがとう。恩は返すよ」
「死なないで」
「当然だとも」
そう言って鞍に足をかけた。
いざ、戦いの空へ
「ふっ!!」
足が上がらない。
「よっ!!」
鞍が高すぎる。
「んんんん!!!!──ぬあ!!」
無理に登ろうとして足を滑らせて尻もちをついた。
周りの「えぇぇ……」という落胆の声が聞こえてくるようだった。
「ユーリ。馬乗れない。岩琉鳥も無理」
「そ、そんな馬鹿な……」
「バカはお前だ」
こんな!!
作戦の第一段階にこんな罠が隠されていたと!?
いやいやいやいや。
いやいやいやいやいや!!
「……あぁもう!仕方ないわねぇ!!!」
ちょっと嬉しそうな声。
シエナが鞍に足をかける。
トンと軽やかに体は持ち上がり、そのまま手綱を握る。
「ん」
「え?」
「はやく!」
手を差し伸べられたそれが一瞬わからなかった。
乗れと?
後ろに?
手を取り鞍に足をかければグンと引き上げられた。
そのまま彼女の後ろに納まる。
視界一杯に彼女の赤い髪が映る。
そしてもう一度岩琉鳥が揺れた。
今度は俺の後ろにその人が腰を掛ける。
ロレスであった。
鞍は狭い。
すり鉢状のそれにお尻が三つ。
ピタリと密着してしまう。
それも前後から。
下半身だけではない。
ロレスが鞍の前方にある取っ手に手を回す。
当然前へと倒れ掛かり、上も下も前も後ろもピッタリと引っ付くことになる。
漢字で書くと嫐。
「なんであんたも乗ってるのよ」
「今更作戦も何もない。お前に任せておいてはユリウスが振り落とされかねん」
「あ、あ、あ、あ、あの!!ちょっと!!いろいろと心の整理がぁ!!」
言い争う2人。
だが双方に降りる気配がない。
予想外の破廉恥展開に息子が爆発しそうになっている。
駄目だ。絶対に阻止しなくては。
前に居るのはシエナだ。
なんか固いのがあるとかって気づかれてみろ。
えらいことになるのは目に見えている。
でも嬉しい!
最高のサンドイッチだ!
前はシエナの背中とうなじ。
後ろはロレスの胸と吐息。
もうどうにでもな~れ!
楽園はここにあった。
ここが俺の聖域。
神様ありがとう!!
岩琉鳥最高!!!
「時間がない。シエナ。飛ばせ」
「行くわよ!!」
ピシィとシエナが手綱を鳴らす。
翼を広げた岩琉鳥は3人分の重量をものともせずに体を空へと運んだ。
風を切り裂くその翼が、燃え上がる森へと突っ込んでいく。
「と、飛んでる……!」
自分で飛べるのはまぁ慣れている。
だが、乗り物として飛ぶ何かに跨るのは初めてだ。
足が地面に着かない浮遊感と運ばれている感じ。
思わずおぉと感嘆の声が漏れてしまう。
眼下ではレオスグローブ家の衛兵たちが撤退していく。
傷を負った獣人族の戦士たちを庇いつつ、東側の海岸線に向けて走っていく。
作戦通りだ。
エルディン達は上手くやっている。
「ほら!ここ掴む!」
「え?どこです?」
「ここ!!」
シエナにガッと左手を掴まれた。
そのまま手は彼女に誘導されて腰のバックルを掴まされる。
「あんたは杖があるんだから、しっかり持ってないと落ちるわよ」
「は、はひ!」
そんなやり取りを後ろでロレスがわずかにクスリと笑って見守る中。
龍の姿が見えてきた。
和やかな雰囲気はそこで終わりをつげ、気が張り詰めていく。
すでに森は火の海だ。
エルディンとアルフリードの抵抗によって何とか神樹までは火の手が上がっていない。
だが、二人とも負傷している。
アルフリードは左手が動いていないし、エルディンは額から血を流している。
ブレスを食らったのか、麻のローブは燃え尽きていた。
「エル!!」
「ユリウス!!……とシエナ!?ロレスまで!?」
「訳ありよ!!」
「訳ありだ」
グンと旋回しながら彼らの先を目指す。
ボーボーと火を噴く巨躯が火事の明かりに照らされた龍。
それの鼻っ面をかすめるように飛ぶ。
たぶん反応があるはずだ。
この格好の俺であれば。
アイツの脳裏に焼き付いているであろう怨敵の姿であれば。
──ゴルルルルルル
今までただただ緩やかに動くばかりだった魂蝕龍。
それが明らかにこちらを向いた。
ゆっくりと首をもたげ、眼の無い顔のままに岩琉鳥を。
俺を見ている。
「セドリック!!!!!」
高らかに叫ぶ。
きっと、聞こえている。
大陸を越えて俺を殺しに来たアイツの事だ。
あんな姿になっても、きっとわかるはず。
「来てやったぞセドリック!!!《魔道士》ユリウスはここに居るぞ!!
──ユ……ィゥウ………
唸り声に混じって、わずかに言葉が聞こえてくる。
「……来るぞ」
ロレスが小さくつばを飲み込む音がした。
始まる。
龍との戦いが。
──ユゥリウゥスゥオオアアアアアアアアア!!!
堰を切った。
魂蝕龍はその緩やかな動きをやめ、手足を大きく動かしてこちらに追いすがった。
「シエナ!」
「わかってる!!!」
手綱を引き、西側の海岸へ向けて全速で逃げる。
いままでの歩くような動きなどでは無い。
地面を掴み、森の樹々を薙ぎ倒しながらこちらへと猛進してくるのだ。
声が届いた。
間違いなくあいつは俺を狙っている。
流石はセドリック。
そういう意味合いでは俺の期待を裏切らない。
「急げ!追いつかれる!」
「コイツに言いなさいよ!とっくに全開なんだから!!」
魂蝕龍の動きは速かった。
あのゆったりとした動きからは想像がつかないほどに機敏だ。
時折あの巨体でありながらこちらへと飛び上がって掴み落とそうとして来る。
獰猛で、なりふり構わず殺意だけをむき出しにした動き。
それがいまこちらへと向けられている。
「シエナ、高度を上げてください。追いつけれても攻撃は届かない」
「わかったわ!」
森を遥かに見下ろしながら、後方の龍を睨む。
炎をまき散らし、巨大な体が海岸に向けて一直線に森に轍を残していく。
……あれが龍か
頭半分で冷静にその姿を見る自分が居た。
醜く、劣悪なその姿。
優雅さとは無縁で、輝く鱗などもない姿。
ただ殺意に囚われたその猛威はどこか、憐れに見えてしまった。
憐れむ必要などない。
あいつはセドリックだ。
とんでもない下衆野郎で、俺の敵。
人族以外を人外だの忌子だのと見下し、傷つける糞野郎だ。
俺もなんどもあいつに殺されかけた。
今回だってそうだ。
ケーシーと組んで獣人族たちに俺を痛めつけさせた。
当然の報い。
そうとわかっているはずなのに。
「……」
「ユリウス」
ロレスが名を呼ぶ。
「敵は敵だ。殺すか、殺されるかでしか終われない」
「……」
「だが、奴も剣士だ。戦いの中に高揚を求めた愚かな男であると聞いた。であるならば。救ってやれ。戦いに生き戦いに死ぬ。何にもとらわれず、ただ力だけがぶつかる瞬間に救いがある」
「……救いですか」
「そうだ。誰かに与えられたものではない。自らの力で掴んだものこそに充実を得る。それが剣士。武人というものだ」
再びセドリックに目線を送る。
あんな姿だ。
斧も無い。
剣も無い。
鎧も見栄も何も無い。
人ですら無い。
そんな姿になっても、彼は俺を狙っている。
もはや自我があるのかもわからないが、凄まじい執念だ。
「勝てると思いますか?」
「不安ならやめておけ。島が1つ消えるだけだ。数日後には討伐隊が組織されて国が奴を殺すだろう」
「イーレの故郷なんですがねぇ……」
「見えてきたわ!!」
顔を上げる。
森の樹々の向こうに砂浜が見え始めた。
住人たちを避難させた方向とは反対側の西の海岸。
ベルガー大陸がうっすらと見えるその水平線を捉えた。
「き、来た!!!」
杖に光が宿る。
魔力が満ちた。
ついに聖域の力場を抜け出した。
「──再起」
即座にロレスが治療魔術をかけてくれる。
傷が癒え、体に活力が湧いてくる。
「ユリウス!」
シエナが振り返る。
風に赤い髪が揺れ、彼女の赤い瞳がわずかに涙で潤んでいる。
「……死んだら許さないから……!」
「はい、行ってきます!!」
体を横向きに倒し、そのままに鞍から落ちる。
空中に投げだされた俺を彼女たちが不安げに見送る。
最後に彼女らにウィンクを飛ばす。
大丈夫。
俺は飛べるのだ。
誰よりも上手く事を運んで見せる。
パラシュートも何もない。
だが、俺にはある。
やっと帰ってきた。
俺の魔法。
夢の空飛ぶ魔法。
師匠の指し示した先を目指す、俺の翼。
「──星雲の憧憬!!」
魔力を杖に送る。
瞳と同じ色の光がその魔石から放たれた。
自身の魔力と周囲の魔力が同調し、魔法が織りなされる。
風を巻き込み、炎が形を成す。
ゴウと熱輪が音をたて、推力に変わる。
風が体を支え、炎が背中を押す。
《魔道士》ユリウス。
完全復活だ。
──ァァァアアアアアアアアァァァァ!!!!!!
「待たせたなセドリック!相手してやる!!追ってこい!!!」
後ろ向きに海岸へむけて飛ぶ。
出力最大。推力最大。
一切手加減はしない。
構えた杖の先。
閃光と魔力がほとばしる。
練り上げた耐レジスト用の弾頭。
鋭利な矢じりの形がそこに成された。
風の銃身に納まり、薬室圧縮された炎に光が灯る。
雷轟の射手が今火を噴く。
炸裂音と共に弾頭は空を裂いて龍の肩に穴をあけた。
一瞬体制を崩した龍であったが、すぐに傷は塞がってしまう。
なるほど。
核に届かせるためには相当の火力が必要ということか。
「だったら!!」
ようは、肉を削げばよい。
出来る限り深刻に。
抉り取る。
すぐさま弾頭の形を変えた。
鋭利な矢じりの形から、先端を削り取って丸く窪ませた形状。
ホローポイント弾頭。先孔弾とも。
実銃であれば、目標の体内に入った瞬間に弾頭が裂けて肉を切り裂きながら進む極悪な形状だ。
ズカズカとそれを浴びせるように叩き込む。
肉が削げ、抉られ血が噴き出す。
更には弾頭内に炎の魔法も仕込んでおいた。
肉の内で弾け、爆発する特殊弾頭。
普通の魔物であればオーバーキルだ。
──ギャアアアアアアアアア!!!!
効いている。
しかし即死は無い。
盛り上がった肉はそのまま傷をふさいでしまう。
まだ足りない。
今はそれでいい。
本番はこの先だ。
「うわ!?」
ゴォと音をたてて炎の弾が脇を通り過ぎた。
あいつ。
炎を吐くだけでなく撃ちだしてきている。
知能がある可能性が出てきた。
「なんの!!!」
炸裂推進で急制動をかけて急降下する。
樹を盾にしながらの引き撃ち。
海岸線まではこれで行く。
高速で宙を滑り、縫うように樹々の間を抜ける。
ガツン!ガツン!ガツン!ガツン!!
狙いすました雷轟の射手の連撃を龍はもろに食らう。
だがそれでも突撃は止まらない。
樹々を薙ぎ倒して、地面を抉って憎いであろう俺をひたすらに追う。
追いつかれたら終わりだ。
あんな猛獣の一撃。
掠めただけでも紙切れのように吹き飛んで絶命するだろう。
よくもまぁ、あんな間合いでエルディンもアルフリードも耐えたものだ。
改めて俺と彼らの実力の差は天と地ほどあると痛感する。
──ユゥリウゥスゥオオアアアアアアアアア
「あぁ、そうだ。俺はここだ。セドリック。お前にだけは負けない。絶対だ」
杖を構え、変わり果てた彼を睨む。
この状況を打破できるのは俺だけ。
超凄腕の剣士3人分の火力と、必殺のタイミング。
それらを今から作り出して、こいつに勝たなければならない。
すでに仕掛けは動き出した。
西の空に雲が浮かび始めている。
決着をつけよう。
だから、追ってこい。セドリック。




