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第七十二話 「積み上げてきた物」

 振り上げられた斧の音。

 さよならだ。とセドリックの声が小さく聞こえた。


 じっとりと汗が浮かぶ拳を握る。

 したくも無いのに刃物が落ちる先の神経に意識が行く。

 カタカタと震える。

 目をきつく、瞼の中の暗闇がチカチカと光るほどに瞑った。


 しかしいつまでたっても、刃は降って来ない。

 セドリックめ、じらして楽しんでいるな。

 こんな時まで嫌なことをする。


 だが徐々に周りのザワザワ音が大きくなってくる。

 何かがあったのか。


「族長!何をお考えなのです!?あの者はあなたの娘を手にかけたのですよ!?」

「黙って居ろケーシー」


 そんな声が耳に届いた。


「斧を降ろせ、セドリック」

「ふざけるな!ここまで来て邪魔するんじゃねぇ!!」


 ジルフリーデの声がすぐ近くで聞こえる。

 セドリックの苛立たしい声も。


「ユリウス・エバーラウンズ。顔を上げよ」


 族長の声がそう告げる。

 眼を開き、その眩しい景色をもう一度目にする。

 影はわずかに反対側に傾いた。

 正午は過ぎている。


 椅子から立ち上がった族長と眼が合った。

 そしてそのすぐ隣に、フジが居る。

 ケーシーではなく彼だ。


「……見事であった」


 そう言って族長はただ一人。

 賞賛の拍手を俺に送る。

 馬鹿にしているわけでも、笑っているわけでもない。

 ただじっと俺に目線を向けてだ。


「ジルフリーデ。枷を壊せ」

「御意」


 ヒュンと刀が振られた。

 いつの間に抜き身になったかわからない白刃が一振りされ。

 あれだけ強固だった首枷がガランと音をたてて落ちた。


 焦った。

 まさかの不意打ちで首を落とされたのだと思って、自分の首を摩った。

 覚悟していたのに腰が抜けてへたり込む。

 場合によっては失禁ものの衝撃だぞこれ。

 ……正直、少しチビッた。


「どういうことですか族長!?説明してください!!」

「いちいちうるさい奴だなケーシー」


 それには同意見だ。

 俺だってそれなりの覚悟をしてここに来た。

 死ぬ前のお祈りも。

 仲間への遺言だって考えたんだ。


 ドカリと族長が椅子に座り込む。


「気が変わったのよ。執行猶予というやつだ。あれを奴に与えてやっても良いと思ったまでの事」


 頬杖を突いた族長がにやりと笑う。


「このオージェイル。数多の罪人を断じてきた。だが、身代わりの為に命を差し出した男は初めてだ。()()()では無いか?ん?」


 その言葉を聞いてケーシーの顔色が変わった。

 怒りで血管が浮かびながらも、真っ青に脂汗をかいている。


「ユリウス。面白い男よ。我が娘イーディルンは無事とは、嘘偽りあるまいな」

「あ、ありません!!!!神に誓って!!!」


 即答した。

 そもそも、俺はここにきて一度も嘘をついていない。

 そして執行猶予。

 覚悟完了とはいえ、死ななくていいに越したことは無い。

 フジが助かり、俺も助かるのであれば言うこと無しだ。

 あとはイーディルンの到着まで耐えれば良い。

 虫責めは嫌だが。


「では、猶予だ。しばしこやつの口車にのってみようと思うのだ。言う通りであれば我らは今までの無礼を生涯を持ってしてでも詫びねばならぬが、娘の無事と比べれば安いものよ。なぁ?ケーシー」

「な、なりませぬ。なりませぬ!!あの魔術師は大罪人です!!手配書もある!セドリック殿の証言もある!殺すべきです!!」


 肌身離さずあの手配書をケーシーは身に着けていた。

 懐からそれを出し、族長に突き付ける。


「ふむ」


 確かに、と呟いたあとに族長。オージェイルはこちらに再び目線を向ける。

 少し白濁しているその鋭い眼光は、わずかに笑っているように見えた。


「フジ」

「はい」

「読み書きは出来るな?」

「はい。叔父上」


 フジは返事をするや否や、ケーシーの手から手配書を奪い取った。


「お借りします。父上」

「な!?やめなさい!!」


 ケーシーの制止を振り切って、椅子に座ったオージェイルの膝の上に逃げ込む。

 どうやら族長の膝の上は第2の聖域らしい。


「最近どうにも目が悪くてな。読み上げてくれ。フジ。皆にも聞こえるように」

「はい。叔父上」


 すっぽりと納まったフジは声高にその紙切れを読み上げ始める。


「罪人。ユリウス・ヴォイジャー。魔術師。賞金額。首に王貨5枚。生け捕りで王貨10枚──」


 少々たどたどしい口調ながら、フジは順調に手配書を読み上げていく。

 ありもしないでっち上げの犯罪歴。

 まぁ、首都の近くで魔法をぶっ放したのは本当だ。

 だが、人攫いなどはやっていない。

 現にその罪状にも人攫いの文字は無かった。


「──以上です。叔父上」

「うむ」


 辺りがざわつき始める。

「話が違う」「人攫いって話じゃ?」「あいつの家名違わないか?」


「ケーシー。この集落で読み書きを教えることが出来るのはお前くらいの者よ。フジは何か間違って読んでおるかな?」

「……」


 汗をダラダラとかきながら、ケーシーが数歩下がる。

 風向きが変わった。

 向かい風が、追い風に。

 俺の背中を押すように吹き始める。


「さて、罪人よ」


 その言葉で、やっと立ち上がる。

 やぐらの上から見下ろせば、民衆全員がこちらを見上げていた。

 表情は様々だ。

 困惑した者に、いまだに険悪な表情を浮かべた者。

 中にはケーシーと同じように真っ青な顔をして目を背ける者もいた。


「今一度名乗ってくれ」

「何度でも名乗りましょう。俺の名はユリウス・エバーラウンズです」

「手配書と名前が違うな?」

「そのようですね」


 まぁ、そっちが偽名なわけだが。


「魔術師と聞いたが?」

「いいえ。魔道士です」

「違うのか?」

「別物です」

「我らが盟友。ザビー皇国皇帝、スヴェトラバより《魔道士》ユリウスをよろしく頼むと聞いている。貴様か?」

「皇帝陛下には格別な寵愛を賜っております」

「《剣将》ザルバ殿とも交流があると聞いた。真か?」

「ここまでの船旅を護衛して頂いています。イーディルン嬢も一緒に目をかけてもらっていますので。世界で一番安全な船旅かと」

「……最後に、もう1つ尋ねよう」


 族長の顔つきが変わる。

 本当にわずかにだが、眼が潤んでいる。


「我が娘。イーディルンは、生きているのか」


 それは、立場をかなぐり捨てた父親の、我が子を案ずる声であった。

 俺としては「えー。前にもいったじゃーん」という気持ちにならなくもない。

 だがこういうところでそれは無粋だ。

 獣人族は不器用な性格のものが多いのだろう。

 実直で、堅物で。

 一度こうだと思い込んだら中々考えを改められない頭の固い連中の集まりだ。

 だからこそ、今ならば牢の前で聞く言葉よりも響くはずだ。


「生きてます。腕1本。耳1つ欠けることなく、この島に向かっています」


 あの時のような必死さでなく。

 快活に、そして簡潔に伝えた。

 それはどうやらすんなりと受け入れられたらしい。

 まったく。

 もっと早くに話を聞いてくれればよかったのに。


「そうか」


 オージェイルが初めて安堵の表情を浮かべた。

 椅子に深く体重を預け、息を吐く。

 手のひらで額を、目元ごと覆ってクククと笑うのだ。

 だがこらえきれずに頬を一筋雫がつたっていた。


「……いけません族長。や、やつは賊です。耳を傾けてはなりません……」


 おっと。

 ここにも頭が固い奴が1人。

 いや、後に引けない男が1人。


 ケーシーだ。


「あやつは嘘をついています!!手配書こそが真実です!!偽名など、いくらでも名乗れる!ましてやエバーラウンズなどと英雄の銘を語るのです!!偽物です!!嘘つきなのです!!」

「いいえ父上。ユリウスは嘘をついていません。父上が嘘つきです」


 彼の言葉を真正面から撃ち落としたのは外でもない彼の息子。フジであった。


「ふ、フジ!!貴様!誰に向かって──」

「父上にです。……叔父上。失礼します」

「うむ」


 ヒョイとオージェイルの膝から降りた。

 そして今までの何も見ていないような目線が、ケーシーにしっかりと向けられる。

 フジは、自身の父親をしっかりと見据えた。


「父上、僕は知っています。母上が亡くなって、姉上と僕を育てることに苦心したこと。生まれたばかりの僕を見捨てずに育ててくれたこと。僕たちの将来を想って、今のように必死になっていること。全部知っているのです。だから何も言わず。あなたの望む通りの良い子で居ることを選んできました」


 ケーシーはたじろぎ、眼を白黒させた。

 息子があんなにもしっかりと父親を見つめているのを初めて見たのだろう。

 ルビーもそこでフジがはきはきと喋っているのを目を真ん丸にしてみている。


「でも見えてしまうんです。僕の眼は隠されたものを暴く目です。父上がしてきたことの裏側がすべて見えてしまう……。だからなるべくあなたを見ないようにしていた。偽りでも優しい父上を見ていたかったから」

「な、何をいうんだフジ。私はいつだって。お前たちの事だけを考えて──」

「では父上。答えてください。あのセドリックという恐ろしい男のことを。裏に控えさせている黒装束の事を」


 おとなしい口調のフジの言葉が、少しずつ熱を帯び始める。

 一歩フジが踏み出せば、一歩ケーシーが下がった。


「父上の後ろに居るその女は誰ですか?族長に成り代わって、何をなさるおつもりですか?」


 フジの左眼が燃えるように輝く。

 それは嘘を見抜く目。残酷に真実だけを映す魔眼。

 だからこそフジは、優しい嘘を見るために俯いた。

 しかし今は、彼は父親から眼をそむけない。

 本当の意味で、ケーシーを父親として愛するがゆえに。


 ケーシーはどれひとつとして答えることが出来なかった。

 ただただ脂汗をかき、口をパクパクとさせている。


「何故、イーディルン様が居られる聖域の鍵を開けてしまったのですか?」


 ジロリとオージェイルがケーシーを睨む。

 それにたいしてケーシーは身を震わせはじめる。

 そしてそのケーシーに、フジは最後の質問を突き付けた。


「……どうして、あの雨の日に崖の上に居られたのですか?」


 それが止めとなった。


 雨の日、崖の上。

 このキーワードで浮かぶことはたった一つの事象しかない。

 即座にオージェイルが立ち上がり、俺もケーシーに視線をやった。


 その日は、オージェイルの妻。すなわちイーディルンの母親が死んだ日だ。


「ケーシー」


 凄むように、地を這うように低い声でオージェイルが名前を呼ぶ。


「お前には何度も助けられた、兄弟として。良き宿敵として。信頼しておる。敬愛しておる。知恵者のお前を頼ることも多々あった。だが、今の問いだけは答えてくれねばならぬ……!」


 ギロリと、額に血管が浮かび上がったオージェイルの眼光がケーシーを貫いた。


「答えよケーシー!!!貴様、我が妻に!エイールに何をした!!!!」


 森を揺るがすほどの叫び。

 積もり積もった彼の妻に対する無念が、悲しみが。

 ケーシーを何よりも強く締め上げた。


 しばしの沈黙。

 小さく唸り、何か上手くやり過ごす言葉を探すケーシー。


「父上……。今なら間に合います。どうか、どうかその女と手を切って下さい。その人からは良くない匂いがする。縁を持ってはいけない者です!正気に戻って下さい!」


 フジの声。

 今更ごめんなさいではすまない。

 それでも父親に戻ってきてほしいと彼は懇願する。

 だが。


「……こ、殺せぇ!!!!セドリィィック!!!!」


 追い詰められたケーシーが腰の剣を抜き放ちながら叫ぶ。

 途端に俺の上に影が落ちた。

 振り返るのも間に合わない。

 セドリックが斧を振り落とす。


「─ッ!?」


 ドカと脇腹を思い切り蹴られた。

 後ろ蹴りを入れて俺をセドリックの斧から逃がしたのはジルフリーデだった。


「子供に手をあげるか!!」

「あぁ!!あげるとも!!!」


 重い斧を細い刀で受け止めた彼女。

 獣人族は人族よりも身体能力が高い。

 近接戦闘ではジルフリーデにアドバンテージがある。

 ハズだった。


「グッ……」

「おらおら。早く逃げないと斬っちまうぞ?人外の姉ちゃんよぉ」


 ジルフリーデが片膝を突いた。

 セドリックの右腕に恐ろしいほどの膂力がついている。

 斧が重いだけとは考えづらい。

 しかしセドリックは右腕しか使っていないのだ。

 獣人族のジルフリーデが圧倒されるようなこの現象に説明がつかない。


 刀ごと押し切ってしまうのではないかと思うほど。

 ギリギリゴリゴリと嫌な音をたてて斧がジルフリーデに迫る。


穿つ(パイル)……!!」


 咄嗟に構えた右腕。

 だが、魔力を通せど魔法は出ない。

 俺の生命線である雷轟の射手(トリガー)は打てない。


「ヒヒヒヒ!ひゃははははは!!!やっぱり戦場はたまんねぇなぁ!!!」


 ドカと蹴り飛ばされたジルフリーデ。

 彼女を受け止めるように体を滑り込ませたが、なにぶん疲れ果てた体だ。


 そのまま一緒にやぐらの階段を転げ落ちる。


「痛たた……ジルフリーデさん。無事ですか?」

「いや、右肩をやられた。あのセドリック。化け物か……」


 一応は生きているジルフリーデ。

 腕をだらりと垂らしながら起き上がる。


 その間にもすでに場は騒然となっていた。


 族長一派とケーシー一派が武力衝突を起こしたのだ。

 男どもが雄たけびをあげ、剣や槍を振り回し。女子供は悲鳴をあげて逃げ惑う。

 その真ん中では中心人物の2人が取っ組み合いの喧嘩をしている。

 だがやはり族長優勢。

 ケーシーの剣は使っているというのに、目の見えない族長相手に苦戦していた。

 それだけオージェイルが強いのだ。


 ──ウォオオオオオォォォォ……


 嫌な遠吠えが響き渡る。

 柵を飛び越えて、俺を追っていた野犬小隊が場に割り込んでくる。

 すでに轡を外された野犬の鋭い牙が族長を守る獣人族の戦士たちに襲い掛かる。

 神樹の前の広場は大乱戦状態となった。


「殺せぇ!!!オージェイルを殺した者には褒美をやるぞぉ!!」


 ケーシーが錯乱したままに剣を振りかぶる。


「お止め下さい父上!!」


 そこに割って入ったのがフジだった。

 足にしがみつくようにして必死で自らの父親の凶行を止める。


「父上?父上だと!?私が育ててやった恩を忘れ、私を裏切った貴様がそう呼ぶのか!!!」


 ケーシーがフジを蹴り飛ばした。

 軽い身体のフジが地面を転がる。


 まずい……!!


 体を起こしてケーシーに向かってに駆け出す。

 あのセリフの後にやることなど相場が決まっている。


「お前など、息子では無い!!死ねぇ!!!」

「うおおおおお!!!」


 ガムシャラに剣を振るケーシーに躍りかかった。

 劣勢とはいえ、こいつも獣人族の戦士だ。

 俺なんかの体当たりでどうこうできるような華奢な体じゃない。

 わかってても体が動いた。

 フジは俺の命の恩人なのだ。


「逃げろ!!フジ!!!」


 時間を稼ぐ。

 フジがそうしてくれたように。

 例え魔法が使えなくても、目的はまだ変わっていない。

 彼の無事を確保することが、今ここで俺に課せられた重要な事だ。


「ハッ!人族の分際で何を──」

「ヌゥアアアアア!!!!」


 次にケーシーに躍りかかったのはオージェイルであった。

 彼の太い腕から放たれた拳がケーシーの顔面をぶち抜いた。

 地面をバウンドしながらすっ飛んでいく。


「フジを連れて逃げろ!」

「あのバカ(セドリック)達は俺を狙ってます!!族長こそ退避を──」


 などと言い合っている所に上から木くずが降ってきた。

 やぐらが俺たちの頭上にある。

 根元から折れたその建造物が軽々と宙を舞っていた。


「なっ──!」


 何じゃとて!!

 と口に出る間もなく再び突き飛ばされた。


 恐ろしいほどの勢いで地面を転がり、何とかそこを免れる。

 ゴシャアと派手な音をたてて地面に落ちたやぐらが粉々に砕けた。


「族長!!!」


 俺をそこから突き飛ばしたのは族長だった。

 砂煙の向こう、丸太に挟まって苦し気に呻く族長の顔が見えた。


「クソ!!!」


 拳を地面に叩きつける。

 何も出来ない。

 ただすっ飛ばされてボールみたいに転がるだけの魔道士だ。


「チッ。外れたか……邪魔だ雑魚共!!!」


 いまもそこで族長一派の戦士たちをセドリックが蹴散らしている。

 黒い鎧がまるで外付けの筋肉のように膨れ上がり、重たげな斧をブンブンとナイフが如く振り回す。


「ひゃははは!!ほぅら!ほぅらほぅら!!!」


 1人。戦士が斧で盾越しに真っ二つに切り伏せられた。

 1人。その隙をつい組み合った戦士が赤子のように力負けして首を折られた。

 1人。怖気づいて逃げ出したその背中を、容赦なく仲間の槍で貫かれた。


「最高だ!!最高だぜ!!あんたからもらった鎧は最高に体に馴染むぜ。ガブリエラ!!!」


 またアイツはそうやって虐殺を行っている。

 せめて俺だけを狙うならまだ良い。

 俺だけを殺すのならば、筋が通る。

 だがアイツがやっているのはただの殺しだ。

 そこに義も無ければ理もない。

 食いもしないのだから魔物以下だ。


「待たせたな。ユリウス・ヴォイジャー……おねんねの時間だぜぇ?ひゃっはっはっは!!」

「セドリック……ッ!!」

「今度は誰も助けに来ねぇ!!助けに来ても俺に勝てねぇ!!やっと部下の無念を、俺様の恨みを晴らせる時が来た!!!誰も邪魔なんか──」

「絶剣!龍掻!!」


 セドリックの背後でガキンと金属がぶつかる音が響いた。


「またてめぇか。しつこい女だな」

「……これも駄目か……」


 ジルフリーデだ。

 右腕を垂らし、さらに額からも血を流す彼女は体を引きずりながら剣技を放った。

 大蟹の強固な装甲を輪切りにするほどの絶技すら、いまのセドリックには効果が無い。

 いやセドリックの鎧にはというべきか。

 禍々しく、蠢くようなその鎧は魔物の殻でできているのが遠目でもわかった。


 刀を振り上げた彼女の腕をセドリックはそのまま掴み、上へと引き上げる。


「ぐ、あぁ!?がああああ!!!」


 ゴキリと音がした。

 勇ましく握られた拳から刀が離れ、地面に落下する。


「おぉ、痛いなぁ。痛ぇよなぁ。こんな細腕じゃあすぐ折れちまうわ。お前が悪い」


 そのまま地面に叩きつけられたジルフリーデ。

 腹を踏みつけられ、血を噴き出す。


「あぁ、こんな感じだったな。えぇ?お前との出会いはよぉ」


 ニタリと不気味な笑みを浮かべるセドリック。

 そしてゆっくりと。処刑斧の切っ先が持ち上がる。


「やめろ……やめろセドリック!!」

「ははは!他人の事気にしてるほど余裕あんのかよ!?次はお前なんだぜぇ?甘いねぇユリウスちゃんはよぉ!!」


 魔力を地面に通す。

 通りこそするが、石柱も手招く砂塵の緊縛(アースキャチ)も展開出来ない。


「止めたきゃ止めてみろって。お得意の魔法でさぁ。あ?魔法使えないんだったな!!!ふはははは」


 何度も何度も地面を叩く。

 魔力ばかりがそこに染み、何も起こらない。

 無力な子供が癇癪をおこしたときのよう。


「この……下衆が……」


 血の混じった唾をジルフリーデがセドリックに吹きかける。


「あぁあぁ。所詮は獣チクショウかよ。飽きたぜ。お前」


 斧が振り落とされる。

 セドリックはわざと狙いを外した。

 鋭く重い切先がジルフリーデの肩を抉る。


 悲痛な悲鳴が、彼女から上がる。


 クソッ!

 クソッ!

 結局何も出来ないじゃないか!!

 こうやって見ている事しか!!


 勝ち誇ったように笑うセドリック。

 俺の視界が涙で滲む。

 そして。


 火の粉が舞う。


 息をのんだ。

 握り込んだ拳の中で。

 俺の魔力しかないその小さな空間の中で。

 その火種が、本当に小さな火種が揺れた。

 俺の最初の魔法。

 すぐに消えてしまったそれは、故郷で垣間見た指先ほどの小さな火。


「さよならだ」


 振り上げられる斧。

 駆け出す足。

 跳ねあがった体が、よろめきながら無謀な賭けに出る。


「うわあああああああああ!!!」


 死すらも覚悟した。

 きっと斧によって俺も彼女も真っ二つになる。

 そういう未来もありありと見えた。


 だが、そんなもの望んでいない。

 そうだ。

 望んでなんかいない。

 死も、辛い人生も。

 俺が望むのは少なくともそんなものじゃない。

 もっと素敵な。

 生きたいと思えるこれからの先。

 殺されるなんてまっぴらだ。

 死んでしまうなんて冗談じゃない。


 生きたい。

 幸せに、笑って生きたい。


 だから、俺は信じた。

 この手の平の上の小さなそれを。

 俺の魔法を。


 俺の雷轟の射手(トリガー)を。


 振り落とされるその斧に飛び掛かった。

 横から奪うようにセドリックの腕にしがみ付く。


「がああああああああああ!!!」

「何!!??」


 手の平をセドリックの腕に押し当てた。

 その瞬間に撃鉄が落ちる。


 ズガァァァン


 炸裂音が轟いた。

 この数日間。あんなにも恋しかった空気を揺るがす魔法の叫び。

 閃光。そして煙幕がもうもうと上がる。

 反動で吹き飛ばされた体が背中から地面にぶつかる。


 手が痛い。

 力士とのハイタッチを繰り返したようなヒリヒリと焼け付く強烈な痛み。

 だが今だけはそれに狂喜した。

 魔法が、魔法が使える!!


 煙の中から、腕を離れた斧がすっ飛んで地面に刺さる。

 地面に倒れ込みながらも、俺はすぐに身構えた。


「ば、馬鹿な……俺の腕が!!??」


 煙を上げるセドリックの腕。

 手首より先がはじけ飛び、血が噴き出している。

 この土壇場で編み出した新しい魔法は、確実にセドリックへと痛手を与えた。


 (今だ!!)


 体を跳ね起こして走り込む。

 傷だらけの体に鞭を撃ち、裸足で地面を掴み駆ける。


 今しかない。

 こちらも反動で手が痛い。痺れるほどに強烈だ。

 だがそれがどうした。

 どうしようもない状況でやっと見出した勝機。

 怯まない、恐れない!

 俺の手に戻った魔法を信じて突撃する。


 苦し紛れに振られた左の拳をのけ反って避けた。

 ジルフリーデを踏んづけているその足の膝裏に両手を押し当てる。


 魔力の炎がほとばしり、火花が上がり炸裂音が響く。


「ぐぎゃああああああ!!」

「もう一発おまけだ!!!」


 痛みにもがくセドリックの腹に手の平を押し当て、炸裂させる。

 容赦なく魔法を打ち込んで吹き飛ばす。

 今度はセドリックが地面を転がる番だ。


「何がどうなってやがる……!魔術が使えないんじゃなかったのか!!!ここは聖域だぞ!!!」


 血を噴き出しながらセドリックが狼狽える。

 自慢の鎧を避けて打ち込んだ一撃だ。

 どうだ。痛ぇだろう。


 たしかに、いまだに魔法は使えない。

 今ここで炎を出せと言われてもそれは不可能だ。

 だが、ある一定の条件下でそれが無効化されることを今さっき理解した。


「立てよセドリック!!!まだまだ俺は元気だぞ!!」

「クソガキがぁ!!!」


 立ち上がったセドリックにシエナ仕込みの踏み込みで一気に詰め寄る。

 魔道士らしからぬ超インファイトの魔法戦が繰り広げられる。


 一定の条件。それは周辺の魔力が作用しない極至近距離での事だ。

 握り込んだ拳の中は、完全に俺の魔力だけが満ちる空間。

 であれば、最初の最初。

 周りの魔力と同調することが出来なかった幼少時代と同じ条件となる。

 本来であれば、2つの魔力を同調させなければ魔法を使うことはできない。

 出来ても本当に小さな力になる。


 セドリックの懐に入り込み、肘や肩。膝を重点的に狙った。

 手の平で触れ、ピッタリと合わせた極小の空間に衝撃と爆発を伴った炎が上がる。


「なんでだ!!なんで魔術がつかえるんだ!!!」


 そこである疑問が浮かんだ。

 周辺の魔力と定義された物。

 それはいかなるものなのだろうか。

 自然の力と言われているそれは代替の無いものだろうか。

 重く、そして固い謎の力場に支配されたこの聖域という空間。

 調達できる魔力は自身の魔力だけ。

 では、もしも。

 他人の魔力を、そこに流し込むことが出来たらどうなるのだろうか。

 それは2つの魔力を同調させたことにならないだろうか。

 答えは、その魔法は俺の味方をしてくれた。


「教えたって理解できねぇよ!!!」


 まぁ、考えてみれば屁理屈みたいなもの。

 壊撃を捻じ曲げるように相手の魔力へ干渉してわずかに掠め取る分しか使えないのだ。

 消費魔力とつり合いなど取れないし、到底全力の魔法の威力とは比較にならないほどに弱い。

 その上で、相手が常に辺りにレジスト用の魔力をバラまいていられるほどに余裕ある魔力量が無ければ成り立たない。

 つまりは、この魔法を使えるのは相手がセドリックだからだということになる。


 顎に掌底を叩き込む。

 カチあげたその顔面へ今度は右手の平で思い切りビンタを叩き込む。

 ズガァンと炸裂音。

 顔の皮膚が焼き爛れながら、セドリックは吹き飛ぶ。


 だが。

 戦える。


 剣士としてでもない。

 拳闘士としてでもない。

 魔術師としてでもない。

 魔道士として、俺はいま戦っている。


 俺が信じた俺の魔法が、いま、俺をここで奮い立たせる。


「こんな、こんなことが……!!」


 セドリックにラッシュをかける。

 そんな拳がいくつも分裂して見えるようなラッシュではない。

 ふらつき、ガードが甘いところを重点的に。

 膨らんだ鎧のせいで小回りが利かないことが仇になっている彼にキツイお灸をすえる。

 彼の弱点ともとれるその緩慢さは治っていないらしい。

 教えてくれたシエナに感謝だ。


「うがああああ!!!」


 苦し紛れに腕をブンと振ったセドリック。

 それも知っている。

 彼はいざというとき、負傷した腕で不意打ちを食らわせる。

 シエナもその一撃を食らった。

 だから俺は、それは貰わない。

 学習という奴だ。


 グンと体を縮めてそれを躱した。

 不意打ちをすかされたセドリックの焦る表情がしっかりと目に入る。


「1つだけ教えてやる」


 スッと、そしてぺたりと。

 セドリックの顔に手を伸ばした。

 次に何が起こるか、彼もどうやらようやっと学習したらしい。

 まぁ、時すでに遅し。だ。


「……魔法はこうやって使うんだよ」


 ズガァアアアア!!!


 渾身の魔力を込めて、それが炸裂した。

 ゆっくりと、崩れるようにセドリックは仰向きに倒れる。

 砂煙を上げながら、受け身も取らずに彼は地に伏し。

 そのまま動かなくなった。


 俺も荒い息のままにその場にへたり込む。


 倒れたセドリック。

 そして自分の震える両手を交互に見た。


 皮が裂けて、血が滲んでボロボロになってしまった両手。

 何度も何度も魔法の反動を受けてひどく痛んでいる。


 それをギュッと握りしめた。

 パタパタと、涙がそこに落ちる。


 ──今は、どうなのさ?


「あった……。確かにあったよ。何も無いなんて言って、ごめん……」


 何も無い。

 やりたいことも。

 できることも。


 そう決めつけて、首を差し出した。

 そうするのが正しいと思った。


 しかし、いま俺はここで苦しみながら戦った。


 無力を呪い、諦めるのではなく。

 無力を知り、足掻き前へ進む。


 投げ出してしまう事よりも困難な道を生まれてはじめて。

 本気で生きたいと願って踏み出した。


 ユリウス・エバーラウンズ 13歳の夏。


 あの日教室に置き去りにした自分への答え。

 文字にも言葉にもならない思いが、紙切れの空欄にようやく満ちた。

用語解説


手繰る雷轟の射手(タッチトリガー)

もがき、抗うために手の内に生じたユリウスの魔法。

風の銃身も、土の弾頭も用いずに炸裂を相手に直接ぶつける。

何も無いと嘆きながらも、手繰り寄せた勝機。

何も無い自身の内に見出した極地用対人格闘魔法である。

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