第六十八話 「象牙色の遺産」
「エル!アルフリード!!」
回避など到底間に合わない。
あの魔力の波は壊撃。
大蟹、剣踊陸蟹はあろうことか全方位に向けてそれを放った。
まともに喰らえば、体はミンチだ。
彼らは大振りですでに攻撃態勢にある。
今から防御も間に合わない。
足場として作った石柱から飛び上がった2人に翼は無い。
空中での方向転換など不可能だ。
だが彼らに壊撃の波は届かなかった。
「恨むなよ!!」
替わりに炸裂音を響かせながら、出来うる限りに脆くした石の塊が襲い掛かる。
雷轟の射手を味方に向けて撃つのはこれが初めての事だ。
出力調整に若干の不安こそあったが、俺はとっさにそれを放った。
空中でそれにぶつかったエルディンとアルフリード。
真横に吹き飛ぶ形で彼らはなんとか必殺の一撃を回避した。
辺りの足場は粉々に砕け、地面がごっそりと抉れている。
「てめぇ!!孫!こら!!!何しやがる!!!」
頭から血を流したアルフリードが茂みから拳を振りかぶりながら怒鳴る。
良かった。軽傷だ。
エルディンも眼を回してはいるが、そこの樹の枝に引っかかっている。
目立った怪我はない。
引き際だ。
「アルフリード!!いったん引け!!体制を立て直す!!」
「は!?俺に命令すんな!」
「はやく!!!!」
反抗期の彼を叱りつけた。
再び動き出した剣踊陸蟹にここぞとばかりに弾頭を打ち込む。
煙る雷轟の射手。
高圧圧縮した水蒸気が周りにまき散らされる。
まだ足りない。もっとだ!!
『シルビア!!ジアビス!!エルを起こせ!!』
『言われなくてもやってるっての!』
『エル様!エル様!』
大魔霊2人による蹴りやらビンタやらが《銀の勇者》に強か叩き込まれている。
その間にも大蟹が爪を振り上げる。
「瞬間凍結!!」
いつぞや氷室で使った水の上級魔術を再現する。
そのために辺りの湿度を一気に上げたのだ。
急激に冷やされた空気中の水分は結露して大蟹の甲殻の隙間まで入り込み、凍てつく。
──キュイイイイ……
悲鳴ともとれるそんな音が剣踊陸蟹から聞こえた。
徐々に動きが鈍くなり、ミシミシと氷が膜を張っていく。
ほどなくして剣踊陸蟹は完全に動きを止めた。
「やっ──」
「わああああああああ!!!!」
アルフリードのやったか!?を大声でかき消した。
「さっきから何なんだよてめぇ!」
「それはフラグっていうんです!死亡確認せず気を抜くのは三流以下です!」
まるで納得のいかないという態度の彼を無視してエルディンを樹から降ろす。
「エル。生きてるか?」
「……助かったよ。でも、すっごく痛い」
どうやら当たり所が悪かったらしい。
脇腹を抑えたまま彼は呻く。
エルディンに肩を貸しつつ、回復魔法を患部にかける。
「歩けるか?」
「何とか」
「世話の焼ける奴!」
アルフリードも反対側からエルディンに手を貸す。
口が悪いわりに、こういうところは協力的だ。
腐っても護衛ということか。
《絶剣》。
すこし見直したぞ。
「今のアイツは仮死状態のはず。ひとまず時間は稼いだから、今のうちに体勢を……」
──ビシリッ
硬質な何かが大きくひび割れるような音が聞こえた。
そう、分厚い氷に大きく亀裂が入るような音だ。
おいおい。
お前は甲殻類なんだろう?
冷やしたらきっちり仮死状態になっておいてくれないと困るんだが……。
3人でゆっくりと振り返る。
すでに氷の束縛から解かれた鋏がカチカチと音をたてている。
「「「走れ!!!」」」
その声と共に瞬間凍結は完全に砕けた。
体の自由を取り戻した大蟹は、身震いをした後に追撃を開始する。
爪を突き立てた大地がごっそりと抉れる。
やはりあの大蟹は壊撃を意識的に使っている。
それも、とんでもない出力で。
「壊撃を使う魔物なんて聞いたことないぞ!どうすんだアレ!!」
「このまま野放しにしてたら浜辺のキャンプ地に被害が出る!ボク達でなんとかしよう!」
アルフリードとエルディンがそう言い合う。
いや、冷静になれよ君ら。
《絶剣》と《銀の勇者》が油断していたとはいえ壊撃をもろに食らいそうになるような蟹って何よ。
走りながら後ろを見る。
樹々を薙ぎ倒しながらこちらに迫る剣踊陸蟹。
どうにもその甲殻に突き刺さった剣が気になる。
「おらぁ!!!」
走り抜け様にアルフリードが大木を薙ぎ払う。
倒れ込んでくるその丸太目掛けて剣踊陸蟹は爪を奮い、やはり粉々に砕いた。
(……やっぱりだ、壊撃を放つ瞬間に刺さってる剣が光ってる)
「どうしたユリウス」
「仕掛けがあるはずだ」
杖に魔力を送る。
「拡散せし雷轟の射手!」
細かく、ばらまくように矢じりを一斉に放った。
剣踊陸蟹の体のいたるところに当たるように打ち出したが、一発も直撃しない。
爪の先はもちろん。足の一本一本まで全て着弾する前に弾頭が砕ける。
あの砕け方と魔力の波。間違いなく壊撃だ。
体中どこからでも壊撃を打てるのか。
触ることも出来ないじゃないか。
まぁ触る気などは最初からないが。
「あいつ!魔術を警戒してやがる!蟹の癖に!」
「そうやって油断するから壊撃を食らいそうになったんでしょうに」
「あんだと!?」
「相手は魔物です!たかが蟹だなんて油断するようでは《絶剣》の名が泣くと言っているのです!」
「じゃあてめぇは勝てるってのか!?あぁ!?」
「そのために観察と考察をしてるんです!黙って走れってんですよ!!」
「あー、君達、ボクを挟んで喧嘩しないでね」
魔物を甘く見てはいけない。
野犬ですら、衛兵たちを出し抜いて貴族令嬢を追い詰めることもあるのだ。
楽勝な魔物など、この世に存在しない。
「うわ!!ストップ!ストーップ!!」
エルディンの悲鳴で急ブレーキをかける。
砂埃の収まった先は崖になっていた。
すぐ下には湖……いや、沼か。
どっちにしても小さな水辺がある。
濁った水をたたえたそれはこの島の中央に位置する場所だ。
「行き止まりか!?」
後ろにはもう剣踊陸蟹が迫っている。
樹々を蹴散らしながら迫るそれにアルフリードは刀を向ける。
「俺が食い止める!お前らは──」
「いいえ、アルフリード。まだ下がれます!エル!」
「え?飛ぶの?マジで?」
嫌な顔を隠さずにエルディンはアルフリードのベルト辺りをむんずと掴んだ。
そのまま一緒に重心を崖側に向ける。
「ば、バカ!!何考えて!?うおああああああああ!!!」
アルフリードの悲鳴を聞きながら杖に魔力を送る。
出力最大。
姿勢制御省略。
混合気供給開始。
熱輪が瞬き、3人分の体重を支え始める。
星雲の憧憬起動。
「しっかりつかまって!!」
甲高い音をたてながら魔道士は空を滑る。
当然これだけの重量を持ち上げるだけの推力は無い。
ゆっくりと降下していき、沼の中心まで進む。
「お、落ち!落ちちち!!!」
「うううう!!!下は見ない!下は見ない!!」
高いところ苦手組にがんじがらめにしがみ付かれながら魔法を操る。
水面すれすれまで降下し、足が着水する寸前で湖を凍らせる。
ストンと氷の上に着地して2人を降ろした。
見上げれば、崖の上で剣踊陸蟹が爪を振り上げている。
まるで怒り狂っているようにも見えるそれ。
獲物に逃げられてか、はたまた……。
ちらりと足元を見る。
「……ユリウス」
先に気が付いたのはエルディンであった。
流石は魔物食研究第一人者。
そういうところは目ざとい。
「うん。やらかしたかも」
氷の内側に魔物が見える。
まだ小さな魔物。
土鍋と同じくらいのサイズの小さな蟹が沢山氷漬けになっていた。
もう一度崖の上を見上げる。
「……産卵期、だっけ」
「うん。産卵期だ」
ということはあれは、親蟹であったのだろう。
ここはその産卵場であって彼、もしくは彼女の巣。
つまり氷漬けになっているのは、子蟹ということとなる。
剣踊陸蟹が飛び上がった。
あの巨躯のままに湖の氷を砕きながら着地する。
飛沫が舞い上がり、その中から勇ましく爪を振り上げてこちらに対峙する。
生かして返さないというその生物としての怒りが眼に現れているようだ。
「どうするユリウス!」
剣士が2人、先に構えた。
おそらくこいつは地の果てまでも追いかけてくるだろう。
キャンプまで引き返してロレス達に手伝ってもらうのも良いかもしれない。
だが、それまでにこちらがやられる可能性だってある。
それに水夫や資材に被害が出ないとも限らない。
ここで倒す。
「エル。囮を任せます。出来る限り掻きまわしてください」
「……策があるんだね」
「仮説と実証は魔道の常だ。試さないとわからない」
そう返すと、彼はにやりと笑った。
「そうこなくっちゃ!」
シルビアとジアビス。
二本の魔法剣を抜き放ち、交差するように構える。
「アルフリード」
「あぁ!?」
「あれの殻、斬れるか?」
「……斬れるかだと!?」
彼が牙を剥く。
俺にではなく、剣踊陸蟹に殺気を向けながら。
すらりと刀を抜き、八相構えに掲げる。
「誰に言ってやがる!!《絶剣》の冴え、しかと見やがれ!!」
「止めは任せました。壊撃は俺が何とかします!」
杖を横一文字に構え、左手を添える。
いつものスタイルのまま、魔力を練る。
まずは考える。
何故剣踊陸蟹が壊撃を使えるかだ。
「行くよ!シルビア!ジアビス!」
『はいな!』
『はい!』
エルディンが走り込む。
冷気を巻き上げながら風のように加速した彼はそのまま剣踊陸蟹の攻撃を誘う。
付かず離れず。
舞うように挑発を繰り返す。
時折、風の魔術や水の魔術が打ち出される。
大魔霊も手を貸してくれているようだ。
爪の一撃は氷の大地を砕く。
真ん丸に穿たれるその穴はどう見ても壊撃の跡。
であれば、あの蟹は魔力を打ち出していることとなる。
魔術を使う魔物は珍しくない。
しかし、あのタイプの魔物は精々Bランク。
魔術など使ってこないはずだ。
ということは、魔物そのものが異常をきたしているわけではない。
グンと杖を振り下ろす。
炸裂音を響かせながら氷の弾頭が打ち出される。
見切った!
と言わんばかりに剣踊陸蟹は爪で空中のソレを砕く。
……やはり、壊撃のタイミングで甲殻に刺さっている剣が光っている。
ということはあの剣が壊撃の正体ということになる。
だが、どれも錆びている。
とても魔法剣のようには見えない。
壊撃も魔力。
あれだけの出力でボカスカ打てるものではない。
魔物といえども生物。魔力切れがあるはずだ。
もっと壊撃を撃たせるか。
「アルフリード、耳をふさいで」
言い終わるか言い終わらないかくらいで雷轟の射手を発射する。
相手の直上に設置できる銃口は精々3つ。
だが手元であれば、制御できる銃口はさらに増える。
杖の周りに6発分の風の銃身を作り出して弾頭を打ち込む。
絶え間なく。等間隔で。
──キュアアアアア!!!
やはり壊撃で防ぐか。
その度に背中の剣がちかちかと光っている。
「オラ!!」
最後に1発。
対レジスト用の圧縮弾頭をお見舞いした。
壊撃で砕くにもそれなりの魔力が要る。
何か変化が……
「……あった!」
苔むした背中のど真ん中。
一瞬だけ強く光った何かがその苔に埋もれている。
「ユリウス!まだか!!」
「もうちょい!!」
目標は搾れた。
やはりあの背中になにか秘密がある。
「え!?ユリウス!!そっちに行った!!」
エルディンの陽動を無視して剣踊陸蟹がこちらに迫る。
まぁこれだけちょっかいを出せばそうなるわな。
「アルフリード!」
横に立つ彼に声をかける
「俺を投げてください!出来る限り高く!!」
「……お前が考えてることがさっぱりわからねぇ……だが」
ローブの背中の所を片手で掴まれて、足がぷらりと宙に浮く。
獣人族の戦士は身体能力が高いのは知っていた。
だが俺もいい加減中学生だ。
それなりに体重もあるはずなのにまるで子猫のようにつまみ上げられてしまった。
……あ、やっぱり優しくしてほしいなぁ……。
「任せたぞ!!孫!!!」
グンと景色が流れた。
星雲の憧憬とくらべものにならない遠心力と加速感。
瞬く間に剣踊陸蟹を追い越してその背中の真上に来た。
空中で身をひねり、星雲の憧憬の炸裂推進で急降下する。
「ユリウス!無茶だ!!」
エルディンの声。
無茶では無い。
とても怖いが、無茶では無い。
この先に勝機がある。
身がすくむほどの魔力の波がこちらに向かう。
壊撃。
剣士の必殺魔法。
喰らえば内部からひき肉のようにズダズダに破壊される一撃。
だが、シエナとの修業で。
テオドールとの戦いで対応策が無いわけではない。
真正面からこちらに来るのであれば、むしろ好都合。
「必殺──」
杖の先端に魔力を集中させる。
放たれる壊撃も、もとをただせば魔力。
この魔道士ユリウスに操作できない道理はない。
「壊撃返し!!!」
バチンと稲光が杖先からほとばしる。
一点集中で干渉した魔力の流れが反転し、壊撃がそのまま大蟹へと跳ね返る。
衝撃と共に周りの氷の大地が抉れ、甲殻に突き刺さった剣が砕ける。
しかし、流石の大蟹か。甲殻までは粉砕するに至らずヒビにとどまった。
背中を覆った苔は散り散りに消し飛び、その奥に象牙色の小さな短剣が見えた。
蟹の背中とほぼ一体化したそれ。
壊撃の時に発せられた魔力と同じ波長を感じた。
あれが核だ。
剣踊陸蟹の背に着地すると同時に杖の石突を突き立てる。
ヒビの入った甲殻がボロりと外れた。
短剣ごとそれを抱えて甲羅から転がり落ちる。
硬く冷たい氷の地面に背中から落ちてしまって、一瞬動きが取れなくなる。
──キュイイイイ!!!
よほど壊撃返しが効いたのだろう。
呻き声と共に、俺目掛けて爪が振り落とされる。
「クソ!!!」
歯を食いしばり、咄嗟に雷轟の射手で迎撃する。
爪に弾頭がぶち当たり、軌道がそれた。
すぐ脇に落ちたその一撃で氷が飛沫を上げて割れた。
壊撃が使えていない……!
そこまではいい。
だが、剣踊陸蟹の真正面。
起き上がれもしていないところに鋭い爪が迫る。
「おう、孫。やるじゃねぇか」
もう一撃振り下ろされるその刹那。
彼が立ちふさがった。
硬質な剣撃の音が響く。
浅く反りのある刀の背で彼は大蟹の一撃を受け止めた。
アルフリードだ。
「待たせたな蟹野郎。我が《絶剣》!味わうがいい!!」
踏み込みと同時の一押しであの大蟹の巨躯を弾き飛ばした。
グンと体を低く、地を這うのではないかというほどに低く屈めたアルフリードは。
その瞬間に残像を残した。
「──絶剣」
陽光に照らされた彼の宵闇のように暗い毛並みが一筋だけ光を返す。
刀に込められた魔力、闘気と言っても良い。
その剣士としての気迫が、剣筋が、青白い軌跡を残しながら縦に空を断つ。
「龍搔──!!」
最下段から振り上げられた刀はその最中で一瞬だけブレた。
残ったのは氷の大地に鋭く刻まれた扇状に広がる5本の剣撃の跡。
そして、見事に輪切りにされた剣踊陸蟹であった。
ヒュンと刀は一振りされた。
流れるような洗練された所作のままにクルリと刃が返される。
そしてゆっくりと。
見せつけるかのようにゆっくりと鞘へと身を滑らせ、パチンと納まった。
地響きをたてながら切り身にされた大蟹は地に伏した。
ドロリと青黒い血がゆっくりと流れ出し、絶命したことを告げる。
「ふぅぅぅぅぅぅ……」
アルフリードが細く。そして長く息を吐く。
まるで最大稼働後の機械が放熱するかのよう。
俺はその姿から眼を離すことが出来なかった。
たった1振り。
あんなに鋭く、そして派手で尚且つカッコいい技。
そう、技だ。
明確に名のある剣技を目の当たりにしたのは初めてだった。
完全に《絶剣》に魅せられてしまった。
「なんだ?腰が抜けちまったか?」
鞘に収まった刀を肩に担ぎながら彼はにやりと笑い、振り返る。
一仕事終えてスッキリしたのか、アルフリードはとても爽やかな好青年の笑顔を浮かべていた。
「……剣士も、悪くないかもしれませんね」
「だろぉ?今からでも《剣豪》に稽古をつけてもらえって。そしたら俺がぶった斬ってやるよ」
「それは遠慮しておきます」
彼に手を引っ張られてようやっと起き上がった。
「ま、お前の戦いも悪くなかった。魔術師にしとくのは惜しいぜ」
「魔道士です」
「お前なぁ……」
喧嘩では無い。
互いに小さく笑みを浮かべた。
俺はアルフリードを剣士として。
アルフリードは俺を魔道士として。
それなりに認め合ったからこその握手だ。
まずは生存をたたえ合おう。
「あー。仲良くなった所悪いんだけども。2人とも?またこのパターンなのかな?」
エルディンの声が水を差した。
なにやら後ろでガチャガチャと固い音と、ガキンと金属音が響いている。
「数が結構多いからさ!うおっ!?あ!待って!この!!」
声の方に目線を投げる。
剣踊陸蟹がわらわらと。
先ほどのサイズではないにしても結構な数の魔物がエルディンに襲い掛かっている。
「ユーリーウースー!!手を貸してってば!!君はいっつもそうなのか!?」
「はいはいすぐ行きますとも。……2回戦です。バテてませんか?」
「ハッ!獣人族の胆力を見くびるな。あんなもの準備運動よ」
バキバキと、指を鳴らすアルフリードは不敵に牙を剥く。
「行くぞ《魔道士》!!」
「えぇ!《絶剣》!」
剣を抜き、杖を掲げ。
大量の甲殻類の調理にかかる。
刀を抜き放ったアルフリードは助走をつけて飛び上がる。
その後ろで雷轟の射手の爆炎が煌めく。
魔法と剣撃。
まるで舞うようなそれらは、しばし森を彩る。
杖を、腕を。魔力を。
滾るその力を存分に振るう。
炸裂音。爆炎。血飛沫。
星雲の憧憬による加速と穿つ雷轟の射手の座標攻撃。
機動力と必中の一撃は《絶剣》の剣技にも引けを取らない。
炸裂推進の慣性をそのままに氷の上をスライドしてエルディンと背中を合わせる。
「エル!持ってて!!」
「うわっと……え!?嘘!?なんで!?」
魔物退治の最中、エルディンに戦利品を投げた。
大蟹の背中から出土した象牙色の短剣。
作りこそ、装飾の凝った名品に見えるが、所詮は古びた短剣。
多少の価値はあるかもしれないが今はお荷物だ。
「《魔道士》!遅いぞ!」
アルフリードが1匹。また1匹と剣踊陸蟹を切り伏せていく。
しかしやたらと数が多い。
ボスをやられて群れそのものが怒り狂っているように思える。
というより、調子よく叩いていたつもりだったが完全に囲まれている。
……これは逃走を選択すべきなのでは?
そう思った時だ。
背後で爆発的な力の波が突如発現した。
魔力とは違う金色の光の波。
空に向かい輝きを放つ強大な粒子の奔流。
エルディンが、あの古ぼけた短剣を高く掲げている。
輝く巨大な光の剣が形を成し、その光が辺りを同じ色に染めている。
氷の大地に亀裂が入り、周りの魔力が震えた。
来る!
「伏せて!!」
そのままエルディンは光を横に大きく薙ぐ。
彼の言葉に、俺もアルフリードも即座に地面とお友達になった。
背中の上を想像できないほどの破壊力を秘めた光の波が轟音を伴って過ぎていく。
地響きと、そして爆発音。
辺りを眩しく照らしあげた光の波が次第に消失していく。
ゆっくりと顔を上げた。
魔物の陰など無くなっていた。
あれだけ居た大蟹がことごとく消し飛び、わずかな残骸を残すだけとなっていた。
あとは、ただ焼けただれた大地と黒煙を上げる樹々。
「「勇者すげぇ……」」
大魔術を訪仏させるその傷跡をアルフリードと共に呆然と眺めた。
「……間違いない……」
震える声でエルディンがそう呟く。
未だに熱を持つようにほのかに光る短剣を彼は握りしめて言う。
「前の勇者の武器。"聖剣"だ。これ……」
興奮と、そして困惑と湛えた勇者の顔。
どうやらその小さな剣が、彼の縁の先にある物だったようだ。
---
何はともあれ。
という言葉がひとまずはピッタリな一日となった。
幸いにも怪我も大したことなく、お目当ての蟹の身も抱えて持って帰るほどには手に入った。
密林を抜けてキャンプ地まで戻るころにはすっかり日が暮れていた。
すでに組まれた木に火が入れられ、辺りを明るく照らしている。
直火で調理された豪快な料理が並べられ、望む者には酒が振舞われた。
ザルバ曰く。士気の向上には昔からコレと決まっているらしい。
誰しもが酌を交わして大いに笑い、そして焼きたての蟹の身を頬張った。
蟹がご馳走だというのはどうやらこの世界でも共通らしい。
作りこそ焼いただけのものが多いが、夕飯は豪華だ。
黒パンを始めとした料理が水で洗った大きな葉の上に所狭しと並べられている。
どこかの剣士さんが作ってくれたであろう野菜スープもこれまた美味しい。
切った。いや、斬った野菜はどれも不ぞろいで、味もシンプルな塩味。
だが、とても美味しく感じる。
おそらく最後に素敵なおまじないがかかっているのだろう。
具体的には、美味しくなーれ!ってやってくれているはずだ。
……流石に無いか。
とりあえずおかわりに行って来よう。
「それであの《魔道士》がズバッとだな!!」
大酒を食らって顔を赤くしているアルフリード。
水夫たちを相手に今日の戦いを語る。
どうやら話題の中心は俺のことらしい。
彼なりに俺に一目置いてくれているようだった。
できればちゃんと名前で呼んでもらえればうれしい。
まぁ、いいか。
女の子だったらもう一押しといったところだが。
ザルバとロレスはそこで火酒を飲み交わしている。
地図を挟んで、互いにチビチビと飲み合っているようだ。
「……そこでアレクの奴はこの海峡を船で越えにかかった。故にワシらは岩琉鳥を使って奇襲をかけたのよ!」
「それで?」
「がっはっはっは!これがあっさりと返り討ちにあってしまった。なにぶん、ワシが重いものでな!」
どうやら戦争時代の思い出話のようだ。
やけに熱心にロレスが聞いているのが珍しい。
木に背中を預け、片膝を抱えて地べたに座り込んだいつもの恰好の彼女。
だが、こころなしか前のめりに話を聞いているように見えた。
「ん!」
回りを見ながら歩く俺に器にたっぷりと盛られた野菜スープを突き付ける剣士が居た。
シエナである。
彼女もまた珍しい動きを見せていた。
設営や片付けなど、裏方の仕事を率先して手伝ったらしい。
係りの人たちがヒヤヒヤしながら見届けていたのは内緒だ。
「まだ何も言ってませんが」
「……違うの?」
「いいえ?おかわりを取りに来たのはあってます」
一瞬不安げな顔を見せた彼女にそう伝えるとすぐに明るい顔をした。
なんともわかりやすい。
「ありがとうございます。このスープ、美味しいですね」
「そ、そうね!誰だか知らないけど腕の良い料理人がいるみたいね!誰だか知らないけども!」
俺に皿を渡し、腰に手を当てて何やら誇らしげに。
しかしとぼけながら彼女は言う。
口の端がにやけているし。俺の舌を誤魔化せるつもりでいるのだろうか。
まぁ、そういう事にしておきたいのであれば彼女の望むようにしよう。
「そうですか。もし作った人がわかったら、とても美味しかった。また食べたいです。と伝えてください」
「!!わ、わかったわ!また作って……じゃなくて!必ず伝えてあげる!」
眼を輝かせて、一瞬飛び上がろうとしたシエナはなんとかそれを堪えた。
「エルディンの所にいます。シエナも落ち着いたら一緒にご飯食べましょう」
そう残して先に戻ることにした。
背後で彼女が声を殺してガッツポーズするのがわかる。
俺はそういうところもしっかりと見てしまう男なのだ。
「もう3杯目じゃないか。まだ食べるのか?」
「4杯目だよ。育ち盛りなんだ」
エルディンの隣に腰かける。
彼は手に入った聖剣とやらを丁寧に研いでいた。
手持ちの革で鞘を作り。すでに剣帯にかけられるように細工まで終わらせている。
裁縫が得意と言っていたが革細工までお手の物とは……。
「それがイーレの言ってた縁の正体か」
「あぁ。2000年前。魔栄期の勇者が手にしたとされる遺産の1つだ。いままで一度も見つけることが出来なかった……」
こんなところにあるなんてと彼は呟く。
まぁ、たった一薙ぎであれだけの数の魔物を跡形もなく消し去ったのだ。
大規模な戦いの時代である魔栄期であればマップ兵器はさぞ重宝しただろう。
「やっぱり君といると驚きの連続だ。おかげで君を送り届けたあとの指針も決まった」
「へぇ。どうするんだ?」
「旅だよ」
「今までと一緒じゃんか」
「全然違うさ。当ての無い、希望の無い旅じゃない。仲間と、聖剣と絵画。必要なものへの道筋が見えてきたんだ」
彼はそう言って空を見上げる。
雲の無い空に広がる星空はいつになく煌々と輝いている。
昼間の嵐が嘘のようだ。
「嵐でもない。船でもない。ここに導いたのはユーリの縁」
サクサクと砂の足音を立てながらイーレがこちらに来た。
沢山お肉を食べてご満悦の様子。
俺の隣にしゃがんだ彼女の顔をハンカチで拭う。
「イーレ、子供じゃない。大きくなった」
しかしそう言いながらも彼女は俺の膝の上に座り込む。
とっくに俺の背丈を抜かしている彼女だ。
流石に重いし、圧迫感がすごい。
「そこはイーレ様のお気に入りですね」
「そう。ユーリは怒らないから好き」
「いや、結構重いからどいてほしいんだけども……」
「女の子に重いっていうと失礼。ロレスが言ってた」
あぁ、そうですか。
でもね、イーレ。
俺も男の子なんですよ?
思春期真っ盛りの男の子の上に発育の良い女の子が乗ったらどうなると思う?
俺が紳士じゃなかったら大変なことになるところですよ。
大変変態。
「もうすぐ、旅。終わる」
俺の上で彼女はそのまま膝を抱える。
「エルもユーリも、どこか行く。ちょっと寂しい」
俺はエルディンと顔を見合わせた。
彼は言葉なく、「連れてはいけない」と語る。
「イーレ様は居るべき場所に戻るんです。それはユリウスも同じ。ボクもやるべき事をやるための旅に戻る。離れ離れかもしれないけど、ちゃんと会えるさ」
「そうだね、死別じゃないよ。縁の光は途絶えてないだろ?」
その言葉にイーレは体をひねってこちらを見た。
青くほのかに光る右眼が宙を辿るように視線を投げる。
「……うん、綺麗。綺麗な3つの光。きっとずっとこの色」
「そうさ。ボクらはいつでも一緒。離れてたって何かあったらすぐに駆け付ける」
「俺たちはズッ友だョ!!」
ニカッと笑い、エルと拳を突き合わせる。
そこにイーレもおずおずと拳を突き出した。
コツりと当てられたその拳は、いつかの時の再開の約束だ。
「もうすこし旅は続くから気を引き締めて行こうねイーレ」
「わかった。イーレもずっとも。聖域から皆を見てる」
「そうだね。……それはそれとして、ズッ友って何さユリウス」
つ、伝わってない!?
馬鹿な。
最新の若者言葉ですよエルディン君!?
などと思っていた時。
ピクリと、イーレの耳が動いた。
彼女はハッと息をのむ。
「ユーリ!エル!何か──」
何か来た。
彼女がそう言おうとした瞬間。
突如暗闇から、枯れた木の枝のような物が浮かび上がった。
それは目にもとまらぬ音もなく速さでこちらに向かった。
目の前に現れたそれに、唯一反応できたのは俺だけだった。
「エル!!」
俺はイーレをエルディンに投げた。
なんとかその一撃からイーレだけは逃すことに成功した。
だが、その謎の物体は暗闇から現れた勢いのまま俺にぶつかる。
見た目よりもはるかに重いそれに成すすべなく地面に押し倒された。
「ユリウス!!!」
シエナの声が聞こえる。
すでに遅かった。
衝撃で息を詰まらせた一瞬のうちに、木の枝に絡め取られた俺の体はすごい勢いで地上から離れた。
眼に見えない天からのクレーンゲームのアームが俺を吊り上げるかのよう。
──うおわあああああああああああああ!!!!!!
風切り音に連れ去られて悲鳴が夜空に溶けていく。
一気に遠ざかる島の灯りもまた、夜闇に見えなくなっていった。
用語解説
聖剣
かつての勇者が手にしていた太古の剣。
神の力を受け止めることの出来る数少ない遺産。
その本質は光の波であり、形も大きさも力の一片でしかない。
魔栄期の勇者はそういった遺産を携えて大陸丸ごとの勢力と渡り合った。
敵対する脅威の大きさによって出力の変わる救世の切り札である。




