第六十七話 「投げられた石」
旨い物を食わせてもらう。
それはエルディンが俺を臨死体験させる際に約束した報酬だ。
彼の使った魔眼は"吸精魔眼"。
悪名高くも絶滅してしまった幻の魔物。
淫靡卑鬼の持つとされる魔眼だそうだ。
この世界でのサキュバスは目を合わせるだけで魔力を吸い取っていくのだという。
しかし残念ながらこの世には居ない。
淫靡卑鬼は魔栄期の折りに猛威を振るいすぎた結果、人類から総攻撃を受けて消滅した。
名前の示すとおり、淫靡でエッチな見た目の魔物だったらしい。
……話がそれた。
とにもかくにも、今その魔眼の持主ことエルディンは釣りの真っ最中だ。
どこから取りだしたのか、サングラスに麦わら帽子。
更には木製のクーラーボックスまで。
当然釣り竿も持ってきていた。
カーボンや樹脂製ではないようだが、材質は不明。
リールも無ければグリップもない。
所謂、延べ竿と呼ばれるシンプルな竿だった。
穏やかな海。
波も低く、風がソヨソヨと吹く。
日差しも雲に程よく隠れて、過ごしやすい陽気となっている。
水平線の彼方まで広がる青い世界に時折同じ方向を向いた船がチラチラと見える。
『大魔霊の会合に参加した気分はどうだい?』
『どうもこうもあるかよ。話についていけなかったぜ』
『まぁ、彼らはボクたちと共有している時間が段違いだ。数千年前の出来事をまるで今朝の事のように話すのさ。理解できなくて当然さ。いやぁ、それにしても安心したよ』
エルディンと日本語で話す。
『君が君でいてくれて本当に良かった。危うく首を刎ねなきゃいけないところだったよ』
『冗談でも怒るって言ってくれた優しいエルはどこにいったんですかねぇ』
はははと笑って彼は竿を振った。
何やら見たことないような生餌が付いたそれがポチャリと水面に落ちる。
『シルビアたちから伝言聞いたか?』
『いいや?』
『バーン・グラッドから勇者宛てにだ。"邪龍は俺が必ず殺す"だってさ』
『……へぇ……』
サングラス越しに彼の眼がスッと細くなるのが見えた。
『……それは頼もしいな!少なくとも君の内側に居る彼はボクの味方ということか!』
エルディンはいつもの調子に戻る。
若干演技じみたその笑顔であったが、何も言わないでおく。
彼が隠しているということは、すなわち知らない方が良い事だ。
『ボクが知る限りこの世に1人しかいないはずの炎の大魔霊がもう1人いて、しかもその魂が人間の内側に封じ込められている。どんな経緯でどんなカラクリを使ったのか知らないけど。改めて考えればあり得ない事だよ』
『そうなのか』
『そりゃあそうだよ。イレギュラー中のイレギュラーだ。ただ君の場合は肉体の構造は人間だけど、魔力の質が少しだけ違うだけみたいだ』
『それは俺が大炎魔霊に近づいているからか?』
『そうとは言えない。君は平凡な人族の男の子。ユリウス・エバーラウンズだよ。肉体面も精神面もね。魔力の質もほとんど誤差だ。ただ炎と抜群に相性が良いってくらいのことだよ』
なんだ。
いっそ、チートスキルくらいになってほしかったものだ。
まぁ、そもそもそういう大それた何かが自分の中にいるっていうのもあまりピンと来てない。
我が内に眠りし暗黒の炎よ!!
とか、そういう感じでもない。
至って普通のユリウスだ。
『あぁそれと、君は星の巡りに名を連ねてしまっている。らしいよ?』
当たりの無い竿を脇に置いて、彼は背伸びをする。
『星の巡り……。時々お前が口にするよな』
『そうさ。巡りとはすなわち運命の予定表。この先の未来に何が起こるのかを星。つまりはこの世界そのものはあらかじめ知っているんだ。その名簿に君の名前がある。らしい』
『宇宙船地球号的な?』
『ん~。惜しいかも。それは世界全体だね。普通の人は乗客席に名前がある。けど君の名前があるのはそこじゃない。運転席さ』
エルディンは船の手すりに座り、海側に足を投げ出すようにして続ける。
『例えば偉大な発明家だったり。例えば最強の剣士だったり。あるいは、本当に偶然何も持たない者だったり。この世界の命運を握る人々の名前がそこに記されている。ボクの名前もあるらしいよ。実際には見たことないけど』
『俺が世界を変える力があるってことか』
『そうじゃない。力の有無じゃないよ。バタフライエフェクトって聞いたことある?』
『蝶の羽ばたきが地球の裏で嵐になるってアレだな?』
『そう。その蝶だって星の巡りに名前が載る。意図としなくてもね。そういう感じさ。まぁ本当にちょっとしたことでコロコロ変わるからほとんど意味を持っていないけどね』
一度竿を引き上げて、彼はもう一度海へと仕掛けを投げる。
『ボク達はこの大海原に投げられた石ころみたいなものだ。でもその一投で海が本当にわずかに変わる。波の向きが変わってどこか遠いところにたどり着くこともあれば、ギリギリで耐えていた海が溢れて大陸を沈めてしまう。なんてことだってある。星の巡りとは、人と世界。石ころと海の関係性で大事なところだけまとめた物なのさ。誰でもそこに名前が載って、誰でも世界を変えられる。変化の幅はあるけどね』
特別じゃないよ。
彼はそう付け加えて、グッと竿を引いた。
外れだったらしい。針だけが海面から勢いよく出てきた。
「あぁ!……今結構大きかったんだけどなぁ」
そう言いながら再び生餌をつけなおす。
虫が苦手な俺からすればちょっと引いてしまう。
「幹食甲虫の幼虫だ。食べる?」
「遠慮しとく」
即答。
というか食えるのかそれ……。
ごめん被りたい。
『ボクも。この海に投げ込まれた石ころだ。このバカでかい海を何とかしろってやけっぱちに投げ込まれた小さな石ころに過ぎない。……何が勇者だよ……』
ヒュン。ぽちゃん。
水面に本当にわずかな波紋を残して、ゆっくりと針が沈んでいく。
一瞬、エルディンの気配が変わった。
張りつめて、弾けるような《銀の勇者》じゃない。
背中を丸めた、ただの少年に見えた。
「……駄目だなぁ。今日は駄目だ」
彼はそう言いながらもう一度背伸びをする。
「なんだか、いろんな弱音を君に打ち明けちゃいそうだ。君が頼りになりすぎるせいだぞ?」
「いやいや、俺なーんにもしてませんがな」
「君がそう思っているだけさ。ユリウスが知らないところでこの世界はちょっとずつ変わってきているよ。……あ、やっば。そういえばこの後荒れるんだった」
ゴソゴソと、いそいそと釣り道具を片付けながら彼は言う。
「ま、君もボクも、誰かと同じじゃないってだけの事さ。人間だもの。たまたま妙な縁に導かれて、たまたま妙なところまで来てるに過ぎない。あまり深く考えない方が良いよ」
「縁ってのもよく聞くな」
「それについてはイーレ様に聞いた方がいいかな。彼女の専売特許だ。きっと懇切丁寧に教えてくれる」
「そういうものか?」
「そういうものさ。それよりも準備しといた方が良いよ。これから海が大荒れになるはずだ」
「……この快晴で?」
空を見上げる。
雨雲の気配など微塵もない。
「あぁ、ボクの天気予報は結構あたるよ?西の空から雨雲が一気に流れ込んでくるから、荷物だけでも部屋に避難させておいた方が良い」
「まるで見てきたみたいに言うなぁ」
「似たようなものさ」
フフンと彼は笑った。
それから数分後。
「メインマストを畳め!!」「荷物は後回しで良い!」「波が高いぞ!落ちるなよ!!!」
水夫たちの怒号が響く船。
エルディンの言った通り、海は大時化となった。
「エルゥウウ!!!!」
「イーレ様危ない!!」
大きく左右に揺れ、さらには数十メートルはあろうかという高い波を何度も乗り越える。
甲板で揉みくちゃにながらイーレとエルディンが船内に避難していく。
「ユリウス!ボクたちは船の中に居るから治まったら入ってきなよ!」
横殴りの雨に叩きつける風。
それらを受けながら涼しい顔をして船の手すりから身を乗り出している人影が二人いる。
1人は俺。
もう1人はシエナ。
まるでお洒落なバーのカウンターで飲むカップルのよう。
互いにちらりと眼が合えば、彼女が笑みを返す。
やぁ、シエナ。こんなとこで奇遇だね。
なんだ、あんたじゃない。
青ざめた顔のまま、言葉も発する余裕もなく。
「「うっ……!」」
アップダウンに加えて激しい横揺れ。
俺もそれなりに耐性があると思っていたが、ここまで来るとだめだったらしい。
海に向かって派手にぶちまける。
さらば朝ごはんたち。
思い返すのも躊躇われるような姿になってしまっているが。
どれも美味しかったよ。
食べている間は。
「シエナ、薬は飲んだんですよねぇぇぇぇおrrrrr」
「こんな状態で効くはずがないでしょおぉぉぉぉrrrr」
それなりにソフトな表現でお送りしております。
「ゆ、ユリウス!前やったみたいに……うぶ……雲を吹っ飛ばしなさいよ!!」
「波だって高いんですよ!?」
「あんた魔道士でしょ!?」
言葉の合間合間に胃の中身を吐き出しながらの会話。
ギャグに見えるかもしれないが、コレめちゃくちゃしんどい。
しかしこのお嬢様は無茶なことを言う。
魔法とはすなわち大自然の力を借りる行為だ。
逆に言うともろに自然の影響を受けるということ。
魔術で作られた人為的な嵐ならいざ知らず。
こんな大荒れの天気の中で風を操作したところでどこまでできるか……。
しかし、その大きな障害を前にして俺は体を起こす。
頭の中の一般兵たちが「試してみる価値はありますぜ!」などと騒ぐ。
ギッと空を睨んだ。
西から流れ込んだ分厚い雨雲は嵐を抱えながら荒れに荒れている。
「帆が折れるぞ!!補強いそげ!!!」
今にもこの船に被害が及ぼうとしている。
バタバタとあわただしく船を守る水夫たち。
あまり四の五の言っていられないな。
船酔いになんかに負けない!
手すりから身を離して立ち上がる。
杖は部屋の中なので、ひとまずは自前の魔力のみで勝負だ。
操るのは風。
そして水。
嵐の向きと逆に風を起こして船を守り。
波を抑え込んで揺れを小さくする。
(集中……集中……!!)
眼をつむって感覚を研ぎ澄ませる。
低く垂れ込むような雲に魔力が届く。
荒れ狂う波に、叩きつけるような風。
瞼の向こうに膨大な自然という魔力がある。
それらに少しだけ手を振れる。
見えない手。
自身の体の内側にある魔力と自然にあふれる魔力。
二つを同調させて操ることが魔法の基礎だ。
なんてことない。
なんてことないはずだ。
「……しゅうちゅ……」
しかしヨロヨロと手すりに戻る。
感覚を研ぎ澄ませすぎた。
一瞬抑え込めていた吐き気が波の感覚と共に腹の奥から突き上げてくる。
そのまま魔力ではなく胃の中身をぶちまけた。
「つっかえないわねぇ!」
「面目ない……」
仕方ない。
大いなる自然の前に、人間は無力だ。
ごめんなさいシエナ。
船酔いには勝てなかったよ……。
結局その後、嵐がやむまで2人仲良くゲロゲロした。
---
次の日。
「「じ、地面……!!」」
倒れ込むように俺とシエナが砂浜にたどり着く。
未だに船の揺れが体に染みついて、体が内側から揺れている。
「船の被害はそれほどでもないが、船員の消耗が激しい。今日はこの島で停泊するが良いか?」
「構わないよ。うちの切り込み隊長も結構参ってるみたいだから」
「それはこちらも同様だ。全くしょうのない」
ザルバとエルディンのやり取り。
船は特に大きな被害もなく、近くの無人島へと訪れた。
グレート・エリザベス号は沖合で停泊し、乗組員は小舟でこの島へと降りた。
「うおげぇ……!!」
ちなみにそこではアルフリードも吐いている。
流石の獣人族であっても船酔いは平等に襲い掛かる物らしい。
「見なさいよユリウス。《絶剣》が吐いてるわ」
「えぇ。これで俺たち分かり合えますね。世界平和の一歩です」
眼の下にクマをためながら、2人して少し気味の悪い笑みを浮かべる。
ゲロって訪れる世界平和。
人族。耳長族。獣人族。魔族。
人類皆平等に船酔いにやられてしまえば戦争も起きないだろう。
勇者もお役御免だ。
まぁ、あまり気分の良いものではないが。
「ゴホッゴホッ……。なんだ?やるか《赤角》。陸の《絶剣》の冴えを見せてやるぜ……?」
「……良い度胸じゃない。山の《赤角》の煌めき、見るがいいわ」
地に伏せたまま彼らは張り合う。
まぁ。双方動かないあたりやはり船酔いは世界平和の一歩なのかもしれない。
こんど相手を船酔いにする魔法など研究してみるか。
意外と有用かもしれない。
すでに上陸した勇者一行。
ロレスはその四肢を思い切り伸ばして首をバキバキと鳴らしている。
そしてちらりとシエナを見ると、そのまま行ってしまう。
「……ムカつくわ」
「"情けない弟子だ"ですかね?イダダダダダダ!!!」
どこにそんな元気があったのか彼女はグルンと体を入れ替えて関節技を決めた。
所謂、十字固め。
俺としてはご褒美半分の拷問半分だ。
ああああ!!!
もっと!
もっと内腿の感覚を俺に!!
でも腕は優しくして!!
もげちゃう!!!
「その辺にしてあげなよ、ユリウス」
「お、俺被害者なんですけどぉ!!??」
「シエナも、それユリウス喜んでるから」
「え!!??」
ズバッっと彼女はそこから飛びのいた。
そしてゴミを見るような眼を俺に向けるのだ。
それは止めてほしい。
傷つく。
「変態」
ぼそりと彼女に言われてしまった。
ごめんなさい。
それはちょっと嬉しい。
にやける口元を抑えているところにイーレがこちらに来た。
最近めっきりと背が伸びた彼女はもう俺よりも背が高い。
服もサイズが合わなくなってしまっておへそが出ている。
ただ、そっちの方が獣人っぽくてなんだか決まっているように思えた。
というか、本来は獣人族は露出が高い装束を好むのだとか。
お洒落さんのイーレはどちらかというと変わり者らしい。
そんな彼女の眼が青い。
魔眼を使っているのだろうか。
島をキョロキョロと見渡している。
「……イーレ様?」
『エルディン。この島に来た事はあるか?』
おぉ!?
イーレの良くわからない言語も聞き取れる!
こうしてみると大魔霊の力って便利だな。
でもなんか。
イーレのその見た目からのその口調はギャップがすごい。
『何回かは、どうかされましたか?』
『かすかだが、お前との縁の色が見える』
「ねぇユリウス。イーレ達何を話してるの?」
「シッ!多分、今大事な話をしてます!」
「いやそうなんだけどさ、横でそういう事言うのやめてね」
気が散るんだからさぁ。
そう言われて俺もシエナも口を尖らせた。
なんだいなんだい。
俺たちは蚊帳のそとかい。
ふーん。
いいもーん。
ふーんだ。
『……それで、その縁はどこから?』
『島の中央だ。だが、ここは無人島のはず。おそらく人ではないだろう』
言葉に釣られてなのか、珍しくイーレが腕を組みながら話している。
ロレスを意識しているのが何となくわかってしまった。
背伸びしている感じが微笑ましい。
『では?』
『わからない。だがヴィーレムの杖の事もある。調べてみる価値はあるだろう』
その言葉にエルディンは顎に手を添える。
いつもの考え事モードだ。
「……これは冒険の匂いですね」
「ふーん。私、ロレスのテントに居るわ」
「え?冒険ですよ?」
「そんなのにはしゃぐのは子供だけよ」
そ、そんな……。
シエナだって冒険とか英雄とか大好きじゃないか……。
じゃあね。と一言そえて彼女は行ってしまった。
砂に残った足跡を見送る。
「……ユリウス」
「なんだよ」
「美味しい物食べたくない?」
この島に?美味しい物?
見渡すのは3色の島。
空と海の青。砂と雲の白。そして草木の緑。
とても隠れ家的レストランがあるとも思えない。
「……物によるとしか」
「この辺りには珍しい魔物が生息してる。剣踊陸蟹って言うんだけど」
「魔物じゃねぇか!」
「いや、本当に!本当に美味しいんだって!!」
これだから魔物食研究第一人者は!
なんでもかんでも食ってみる精神は如何なものかと思いますよ!
人の事言えないけど!
「アルフリード!君も好きだろ?剣踊陸蟹」
「居るのか!?この島に!?」
《絶剣》が喰いついた。
眼を輝かせ、口の端によだれを垂らす彼。
まるでおやつを目の前にした飼い犬のよう。
どちらかと言えば彼は猫だが。
「この島のは大きくて身も締まってる。それにこの時期は……」
「さ、産卵期じゃねぇか!」
急に魔物の、食べる方面の話題で場が盛り上がる。
たしかに魔物の肉は食えないわけではない。
調理によっては非常に優秀な食材にもなる。
だが、だがなのだ。
魔物は基本肉食。
そして人も襲って捕食する。
だから魔物と呼ばれるのだ。
そういうところ。気にならないのかしら……。
「……イーレは魔物のお肉好き?」
「お肉なら大蛙以外全部好き。大蛙臭くて嫌い」
「魔物は人を食べるわけだけど、その辺どう思うの?」
「魔物は自然の生き物。人も自然の生き物。知恵のある獣と変わらない。皆同じ命。普通の事」
「なるほど」
そういう倫理感なわけか。
自然と魔法。そして生命。
それらはこの世界で強い結びつきにある。
人類もその一部であるのならば、食い食われるの関係も当然か。
ちょっと前世の常識が邪魔をしている。
考えを改めないといけないかもしれない。
「でも蛙は嫌」
しっかりと付け足すあたり、この子は本当に蛙が嫌いらしい。
そうだね、嫌いなものは嫌いでいい。
俺も蛙の肉はあんまり好きじゃない。
うん。牛肉が食べたい。
「よぉし!わかった!」
そんな男らしいアルフリードの声が砂浜に響いた。
エルディンとアルフリードの2人はガッチリと握手を交わす。
「《銀の勇者》よ。今よりこの身、貴殿の刃であり鉾となる」
盾はないんか。
刃物ばっかりじゃないか。
「さぁ、頼もしい護衛も付いたし。断る理由はないよね?ユリウス?」
「お前は剣の腕より料理の腕が立つらしいな!期待して居るぞ!《剣豪》の孫!」
あぁ、断ることは出来ないのね。
まぁアルフリードが来てくれるなら一切の不安は……
「……後ろから斬ったりしませんよね?」
「安心しろ。後ろからは斬らん!」
……不安だ。
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島の中央を目指す3人。
大きな島ではないとはいえ、登山とそれほど変わらない。
その上に無人島故道なき道を進むこととなった。
うっそうと茂ったジャングル。
温帯に生える濃い緑色の蔦のような植物をかき分けながら進む。
先頭はエルディン。
索敵、並びに道を切り開くのが役目だ。
今日も魔法剣シルビアが冴えわたっている。
『鉈!!鉈を持ってきなさいよ!!』
「君の方が切れ味がいいんだよ。我慢して」
『そうですよシルビア。我慢して』
『ジアビスあんた覚えてなさいよ!!』
そして騒がしい。
「なぁ、エル。イーレは連れてこなくて良かったのか?」
「あぁ。場所は大体目星がついているし、今日の停泊中に終わらせなきゃいけないからね。電撃戦だ。少しでも身軽な方が良い」
エルディンが持つ地図には印がしてあった。
イーレが付けたものだ。
島の中央当たりに小さく丸がしてある。
「それに彼女。ロレスとシエナが気になってるみたいだから」
それは何となくわかった。
あのまま置いておく言い争い、もしくは喧嘩に発展してしまいそうだ。
まぁ、ほっといても良い。
喧嘩するほど仲が良いのがあの師弟だ。
だが、それでも気にしてしまうのがイーレだ。
彼女なりの気遣いだというのはわかる。
だが、あんなに小さな子にそんな気遣いをさせてしまうのが心苦しい。
まだ8歳の女の子には少々重荷だ。
出来るなら自由奔放に育ってほしい。
「……なぁ、あのイーレとかいうガキ。どこの子供だ?」
後ろを歩くアルフリードがこちらに問いかけてくる。
「獣人族の聖域?とやらに住んでる女の子です。本名はイーディルンと……」
「ちょちょちょ!!ユリウス!ストップ!!」
エルディンが慌てて口をふさぐ。
彼の視線が「またそうやって誤解を招くようなことを!」と責めているが、遅かった。
すでに単細胞が1人、思いっきり誤解してしまっている。
「イーディルン……だと……!?」
彼の握った刀がカタカタと音をたてる。
それだけ強く握られた拳は怒りで震えていた。
「族長の愛娘の名前がそうだと聞いたことがある……数年前に行方不明になったとも」
牙を剥き、賊を見る目がこちらを射抜く。
ライムグリーンのその鋭い瞳は殺気を湛えていた。
「獣人族を攫った不届き者の人族が居ると聞いたが……まさか貴様らが」
「落ち着いてアルフリード!誤解だ!」
「……貴様らがぁあああ!!!!!」
エルディンの制止も効かずに、彼は吠えた。
抜き放たれた刀はそのまま密林を切り裂き、太い樹木を一刀で切り伏せた。
彼の怒りが、義憤が噴き出す。
咆哮と共に森が揺れ、その奥から彼の怒りの化身が姿を現す。
赤い斑点のある黒い甲殻。
そして鋭く長い両爪はギラリと光るギロチンが如き刃。
超巨大な、蟹。
歴戦を思わせるその蟹の表面にはうっすら植物が生えている。
そして冒険者たちが残したであろう武器が突き刺さっていた。
きっとアルフリードの怒りは関係ない。
だが騒ぎを聞きつけて、獲物を求めてそれが来てしまった。
本日の夕食候補が茂みを弾き飛ばしなが出現したのだ。
見上げるほどに大きなその姿に全員が言葉を失った。
「……エル」
「何だい……?」
「これ。ロブスターじゃなくてクラブの方が正しいんじゃないか?」
「そんなこと言ってる場合じゃないだろ!!!」
エルディンの叫びと共に急いで回れ右をすることになった。
ズシンと音をたてて剣踊陸蟹の爪が振り落とされる。
「《銀の勇者》!貴様ハメたな!!」
「そんなことは無いよ!!……でも夕飯には良いサイズだろ?」
「ハッ!!確かに!!」
走って逃げつつ、後ろで彼らはすでに抜剣していた。
鋭い剣撃の音が響き、剣と爪がぶつかり合い火花を上げている。
本来、甲殻類の爪はペンチのように握りつぶすことを旨としている場合が多い。
捕食する獲物が固い殻を纏っていることが多いのでそれを割って食べるためだ。
だがこいつは違う。
触れただけでもスッパリと斬れてしまいそうなほどに鋭い刃と掴んだら離さない鋸状の爪。
間違いなく柔らかな。
例えば、人なんかを仕留めて食べることに特化した形状になっている。
それを振り回しながら奴は追いかけてくるのだ。
剣踊陸蟹とはよく言ったものだ。
まさにソード。まぁ、姿はどう見ても蟹だが。
「アルフリード!色々誤解を解きたいけど、今はアイツを仕留める!良いね!」
「業腹だが、やむを得ん!」
「左右から挟撃をしかける!ユリウス!援護を!」
「了解!!」
「抜かるなよ!孫!!」
左右に分かれて加速した剣士2人。
気配が遠ざかって行くのを感じながらも足を止めずに走った。
剣踊陸蟹はまっすぐにこちらを追いかけてくる。
なんだよ、俺が一番旨そうだってのか。
見る目があるじゃねぇの。
「見てろよ蟹野郎!」
踏みしめる地面に魔力を送る。
足跡が付いた場所から石柱がいくつも立ち上がる。
それだけでも進路をふさいだことにはならない。
まずはエルディンとアルフリードの活路を開く。
展開された石柱から蜘蛛の巣のように土魔法を伸ばして繋げた。
これが彼らの足場となる。
一瞬剣踊陸蟹の動きが止まったのを肩越しに見て、振り返る。
杖を構え、魔力を回す。
「穿つ!」
氷の貫通弾頭。穿つ雷轟の射手。
それを背中の甲殻目掛けてぶち込んだ。
あわよくばそれで仕留めることが出来れば御の字だったが、そうはいかなかった。
翼竜の鱗も容易く串刺しに出来る氷の槍は炸裂音の直後に粉々に砕けた。
(硬すぎる!?……いや!違う!)
わずかに周囲の魔力がビリビリと残滓に震えている。
これは……。
「ナイスユリウス!!」
「貰った!!!」
足を止めた剣踊陸蟹にエルディンとアルフリードが躍りかかる。
彼らの剣撃を受ければ並みの魔物であれば、間違いなく倒せる。
だがそれは、あの大蟹が通常の魔物であればである。
「駄目だ!下がれ!!!」
俺が叫ぶのとほぼ同時。
嫌な予感は的中した。
その魔物に刺さった数々の剣が一瞬光る。
そして、周囲の石柱は粉々に消し飛んだ。
「エル!!アルフリード!!!」
強烈な魔力の波。
剣士にのみ許されたはずのその対物破壊魔法がエルディンとアルフリードを襲った。




