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閑話「傷跡」

 《デニス視点》


 事件の翌日。


 私は村はずれの森に来ていた。

 ユリウスと木剣を作るたびに訪れていたこの森はいま騒然となっている。

 同じ警護団の者たちがひとまず村民の立ち入りを禁止し調査が行われていた。

 私も同じように警護団の装備を身に着け、今は兵長としてここに立っている。


「デニス!」


 いつものしゃがれた声でルドーは声をかけてきた。

 今日はいつものシャツとズボンではない。

 仕事用の装備で小走りで駆け寄ってきた。


「オルコは?」

「無事だ。小便ちびっちまってたが、ケガは大したことない。そっちは?」

「魔力枯渇を起こしてしまっていた。オルコが助けてくれなかったら死んでいたかもしれない。感謝する。」

「良いってことよ。しかしなぁ…。」

「あぁ…。」


 私は今回の事件が起こった日。

 昨日の事を思い出していた。


 ---


 村長の所で金を下ろしてすぐだ。

 家を出たところで空が割れるような轟音と下から突き上げられるほどの地響きに襲われた。

「サーシャはここに居なさい!」

 妻に財布を押し付けて私と父上は走り出した。


 森へ向かって走っている途中、街道で彼らと出くわした。

 恐怖と後悔の涙で顔をぐしゃぐしゃにしているオルコだ。

 派手に転げまわったのか服はいたるところが解れていて、おでこや頬にもたくさんの擦り傷があった。

 そして彼はそんな状態でありながらある人物を引きずるようにして運んでいた。

 ユリウスである。


「オルコ!ユリウス!」


 すぐに駆け寄り、傷の具合を確かめる。

 オルコの方のケガは個所が多いものの、深くはない。

 問題はユリウスだ。

 呼吸が無く、意識がない。

 髪は真っ白に変色し、顔は血の気が無く真っ青だ。唇も渇ききっていて生気が無い。

 他にも指先の皮膚が剥がれ落ち、血と肉が滴っている。


「魔力枯渇…っ!」


 父上がまさか、と呟いた。


再起の魔術(リブート)を使います。父上は森の方を!」

「承知した。」


 アレクは風のように走り出した。

 あの巨体でありながら、盗賊を凌ぐほどの俊敏さ持っている。


 ユリウスの胸のあたりに手をかざし、すぐに詠唱を開始する。


「我らの母にして、大いなる大地の女神よ。我らが傷つき倒れし時、汝のその深き慈悲を此処に─。」


 柔らかな緑色の光がユリウスの体を駆け巡る。

 本来、骨折程度であれば再起の魔術(リブート)で瞬く間に治ってしまう。

 しかし指先のケガが塞がっていくものの、意識は戻らない。呼吸もまだ回復していない。


 再起の魔術(リブート)では足りないか。

 焦りを覚えた。

 被術者の体内にある魔力を増幅させ傷を癒すのが治療魔術の原理だ。

 しかし、被術者の体内に魔力が無くなっていれば話は別だ。

 魔力枯渇は体内の魔力を消耗しきった状態。

 ユリウスの体に増幅させる力が残っている状態でなければ魔術は意味がない。

 急がねば息子の命が無い。


「お、俺たちはただ…。」

「黙っていてくれ!」


 オルコはヒッと声を上げた。

 すまない、と心の中で思った。

 しかし今は少しでも集中しなくてはならない。


 もう一度魔力を込め直し、詠唱を行う。


「我らの母にして、月の姉君。大いなる大地の女神よ。我らが傷つき倒れし時、汝のその涙で傷を癒せ。我らが彷徨いし時、その輝きで道を示せ。癒しの光と共に汝のその深き慈悲を此処に─。」


 頼む。間に合ってくれ。

 ありったけの魔力と祈りを込めた。


「─慈光の再起(エクスリブート)。」


 最初に緑の光がユリウスの体を駆け巡り、その光は月の色に似た黄金へと変わる。


 ユリウスが小さく息をはく。

 呼吸が戻った。

 顔色も最初と比べればかなり良くなった。


「…はぁぁぁぁぁぁ…。」


 私は腰を抜かしたようにその場にへたり込んだ。

 良かった、生きている。

 間に合った。


「…オルコ、すまなかった。正直、かなり危ないところだったんだ。助けてくれてありがとう。」

「う、うん。ごめんなさい…。」


 オルコの頭を撫でる。

 彼がここまで運んできてくれなかったら本当に息子は死んでいたかもしれない。

 危ないところだった…。


 ---


「オルコの話が本当なら、使った魔術は炎矢(ファイアアロー)。ちょっと詠唱を覚えれば誰でも使える下級術式だな。」

「なぜそれをユリウスが?」

「先月あった商人の寄り合い市場で1冊、魔術教本が流れていたんだ。それを親父がオルコの将来のためにって買い込んだ。10歳の誕生日に渡すつもりだったらしいが、運悪く見つけられちまって。オルコがそれを持ち出したってわけだ。」

「なるほど。」

「俺も試しに打ってみたが、とてもじゃないがそんな大層な魔術じゃないぜ、ありゃ。せいぜい若木を一本折れるかどうかだ。」


 それは私もよく知っている。

 炎矢(ファイアアロー)の魔術は遠距離攻撃の乏しい剣士のためにあるような魔術だ。

 牽制程度ならそれで十分だが、しっかりと鎧を着込んでいれば当たったところで大したことは無い。

 私も数回直撃を貰ったことがあるから、威力もよく知っていた。


「そんで、ユリウスは?」

「ユリウスは予定通りコガクゥの村へ父上が連れて行った。ここよりも魔力濃度が濃いあの村なら、傷も早く癒えるだろう。」


 ルドーと歩きながら話す。

 周りの者たちは瓦礫や木片の撤去を指示しておいた。

 これから事件の中心地へ向かう。


「でも奥さんはなんて?」

「信じられない!って平手打ちを貰ったよ。あの状態のまま送り出すのは、私も正直心が折れそうだった。」

「家においときゃいいじゃねぇか。」

「そうはいかないよ。三日後には首都から早馬で王国直属の調査隊がここに来る。このありさまを息子がやったなんて知れでもしたら、息子は一生私たちの所へ帰っては来れないだろう。」


 話しているうちに中心地に到着した。


「でも誰が4歳の子が()()をやったって信じるよ?」

「…そうだな、私も信じられない。」


 ゴウと風が吹き、また煙の燻る匂いを運んでくる。


 そこは森があった場所。過去形だ。

 今は違う。

 森が半分ほど、消し飛んでいた。

 地面には大穴が空き、黒く焦げた大地にはいまだに火がチラついている。

 端から端まではかなり距離があり、反対側の岸にいる警護団員が豆粒ほどに見えた。

 さらに被害は周辺の木々まで及び、巻き上がった土砂と爆風でなぎ倒されている。


 過去に一度だけ、冒険者時代に国境の戦場で目にしたことがある。

 敵軍についていた女魔術師が魔術が残した大地の傷跡。

 大魔術、顕現せし炎龍の咆哮(ドラゴン・ロア)

 神々の宿敵たる、紅き邪龍の神話の源流。

 人生のすべてを魔道に焚べたとしても、余人ではとても到達できない魔術の極み。

 それと同等の傷跡を、ユリウスが残したというのか。

 底知れぬ力を秘めた息子に、畏怖の念が胸に募っていく。


「…信じたくないものだ。」


 そう呟いて意識を仕事に向けなおす。

 幸いにも死人は居ないことが分かっていた。

 それだけが今現状の光明であった。

---首都親衛隊調査団からの手紙---


調査報告


表題: イングリットの村で起こった魔術的災害の報告。

概要: 村はずれの森にて大魔術級の魔術的爆発事象が認められた。

物的被害: 村長、デルギア・イングリット所有の管理林3分の2が消失。

人的被害: 子供2名が軽傷。(内、1名は精神的な損傷を負い近隣の村へ療養に向かう)

死者: 認められず。

災害原因: 魔力だまりの偶発的な発生と、上記子供二名の初級魔術の行使が連鎖的に結びついたと推測。人的災害であるとは断定できず。


総括: これ程大規模な魔力だまりの発生は類を見ないが、近年の魔物の活性化や魔力濃度の推移を鑑みた結果周期的大異変の予兆である疑いがある。

当面の間、数名の調査団と共に現地に残り引き続き調査を行う。

木材の不足が懸念される為、首都資源からの物資援助を送られたし。


調査団団長 シトリー・ポーンズ

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