第六十六話 「大魔霊緊急会合」
グレート・エリザベス号の補給は予定よりも早く終わった。
港で積み込み作業の依頼を受けた人たちが大勢いたらしい。
ということで、同じく予定よりも早く迎えに来た人物が居た。
疲れ切ってぐっすりと眠っていた俺たちを起こしに来たのはアルフリードだった。
ノックも無く、勢いよく開け放たれた扉。
「起きろ雑魚共!」などと怒鳴り声がするものだから。
反射的に飛び起きて武器を手に取った師弟コンビが寝ぼけ眼のままボコボコにしてしまった。
俺たちは旅人。
夜襲なんかも数回受けている。
そういう時は大体状況など考えずにただ目の前の敵を撃滅する。
知ってか知らずか、アルフリードはそのタブーに触れてしまった。
俺もすかさず雷轟の射手を撃ったし、イーレは訓練通りベットの下に身を潜めた。
唯一エルディンだけが冷静で、彼がいなければもっと宿の被害が大きかっただろう。
宿は廊下にかけて大荒れで、結局こちらの掃除の方が手間取ったくらいだ。
そんなこともあったが、ひとまず船は無事に港を離れた。
港の魔術師たちをはじめ、ザビー皇国からの避難民たちに手を振られながら船は出発した。
荷物満載。
甲板の上まで物資が溢れた船。
他にもいろんな貢ぎ物が積まれている。
「救国の英雄の助けに使って下さい」「息子を救ってくれたお礼です」「あんたたちの旅の役に立ててくれ」
などと短くメッセージが書かれた紙が挟まれた品々。
ザルバのあずかり知らぬところで勝手に積み込まれてしまったのだと言う。
「がああああああああ!!!」
「……」
「ああああああああ!!!」
ナック島を出航したての船の上で模擬剣同士が打ち合う音が激しく鳴っている。
手合わせしているのはシエナとロレスの2人だ。
相変わらず涼しい顔で剣を受けるロレスに対してシエナはもうこれでもかというほどに顔が真っ赤だ。
酔い止めを飲んだ彼女は船の上でも絶好調だが、何やら鬱憤が溜まっている様子。
息つく暇もないほどの連撃でロレスに襲い掛かっている。
……まぁ、ロレスは汗1つかかずにそれをさばいているわけだが。
「アルフリード。手を出すでないぞ?」
「あぁ!?そりゃ酷だろ!」
樽の上で胡坐をかいたアルフリードがソワソワと尻尾を揺らしていた。
朝の一件で痣だらけの傷だらけ。
回復魔法無しの手当てなので包帯でグルグルだ。
まぁ、良いお灸になっただろう。
それをザルバがたしなめながら水夫たちに指示を出していた。
船は風を受けてゆっくりと進み、まもなくナック島の中央を突っ切って外洋へ出る。
ここから数日また船旅をして、その次の島へ向かうのだ。
その途中で王都ディティシオンへと立ち寄り、そこからは小舟を乗り継いだりして聖域へと向かうのだ。
そんな船の甲板の反対側。
英雄への貢ぎ物を俺とエルディンはひとつひとつ検品していた。
予定の無い荷物だ。
食料であれば毒の有無。
装備であれば点検が必要だというのが勇者の意見であった。
「英雄って、なんか思ってたのと違うな」
「そういうもんさ。ボクも覚えがあるけど誰しもが善良な市民じゃない。駆け出しのヒーローを利用してやろうって考えの奴らもわんさといる。常に謙虚に、そして冷静に居るべきさ」
「ウッス。勉強になります。先輩」
街での騒動は彼には話していた。
まさか英雄と呼ばれながら追いかけまわされることになるとは思ってもみなかった。
英雄の実感。
確かに湧きましたとも。
今後ともひっそりと、しがない魔道士で居たいものだ。
「……ところでユリウス。シエナと昨日なにかあった?」
「このローブを見てわからないか?」
ゴソゴソと荷物を漁っては何があるのかを紙にメモをする。
そんな途中で俺はローブを翻しながらドヤった。
良いでしょう?このローブ。
赤い差し色が入った新しいローブだ。
軽くて、丈夫。しかもその辺のナイフなんかじゃ刃も通さない防刃性。
そのうえに炎に強いのだというじゃないか。
今の俺に持ってこいの装備をヒラヒラと見せびらかした。
「いやそうじゃなくて。彼女の機嫌を損ねることをしたかって聞いてるのさ」
え、なんかあっさりと話を変えられた。
まぁいいけども。
エルディンに言われて思いを巡らせたが特に無かったと思う。
「眠ってしまうまでは上機嫌だったと思うけど……」
「あぁ、そういう事ね」
彼はため息を吐いた。
その向こうではロレスの「このヘタレ」という罵声を浴びてシエナが「うるさい!!」と返している。
『あー。あー。ハロハロユリウス?聞こえてますか?』
「ハロハロエル。何だよ急に?」
『あぁ、やっぱり通じてるのか』
そんな光景を見ていたら彼が何語かわからない言葉を話した。
今までは名前を呼ばれている事すら気付けなかった難解なそれが不思議と理解できている。
『エル、そろそろ話しておかないと後が怖いよ?』
『そうですよエル様。私たちの使命にも影響がでます』
「わかってるって」
エルディンの腰の魔法剣から声がする。
と思ったらその剣からピョコンと飛び出すように女の子が二人出てきた。
緑の髪と青の髪の双子みたいなそっくりの女の子二人。
シンプルなワンピースを着たその子たちは目の錯覚かほのかに光って見える。
「えーっと。シルビアちゃん?」
『はぁい、バカグラッド。その件はどうも』
ギロリと睨みながらいつかのようにバカグラッドと呼ばれる。
『……本当に私たちの姿が見えてますのね。言葉も通じている』
そう言いながらもう片方。
青色の髪の子がシゲシゲとこちらを観察してくる。
「シルビアは知ってるよね?そちらはジアビス・サーフェ。水の大魔霊だ」
「こんにちは。ジアビスちゃん」
握手を求めて手を差し出したが、彼女は逆に手を引っ込めて数歩下がった。
怯えたような、何か汚いものを見るようなそういう目で俺の手を見つめる。
……傷ついてなんかない。
『ご、ごめんなさいユリウス。でもバーン・グラッドはちょっと……』
「い、いや、気にしないで。突然握手なんてそりゃ失礼だよね?あはは……」
ギクシャクしたやり取り。
あの緊縛ドMマンは昔何かやらかしたのだろうか。
可憐な少女にこんなに嫌われている。
そう言えば、シルビアにも怒られたのだった。
……縛られたままの方が良かったんじゃないかな。
『ユリウス』
「はい?」
『これは君が思ってるよりも深刻なことだよ』
いつになく真剣な顔でエルディンがこちらを見ている。
腕を組み、そのまま片腕を顎に添えるようにして彼は日本語で続ける。
『この2人の姿を魔眼無しで見ることが出来て、古い精霊語を君が理解している。君はなんともなく思っているかもしれないけれども、君の体に変化が起こり始めている』
『どういうことだよ』
『少し言葉が大げさに聞こえるかもしれない。どうか冷静に聞いてほしい。深呼吸して?』
彼に言われた通り、一息ついた。
『はい先輩』
『うん。端的に伝えるよ。可能性の話だけども。この状況を適切に説明できる答えは1つしかボクは知らない。ユリウス』
そこで一度エルディンは言葉を切った。
本当にわずかな時間。
おそらく、彼はその言葉を俺に伝えるのを迷ったのだろう。
『……君の肉体が、大炎魔霊に置き換わっている』
---
甲板から離れ、少し前までアルフリードが入っていた独房に来た。
ここであれば、不穏な会話を聞かれることもない。
「……」
その移動の間にも俺は自身の体を調べていた。
特に変わったような事は無い。
ユリウス少年の体は正常だ。
胸の傷も残っているし、背丈も変わらない。
徐々に大人の風格を見せる息子もいつも通りだ。
「ユリウス、君は今までに何回強化魔法を使った?」
「数えてるわけないだろう。実験も含めてかなりの回数を使ってるよ」
「……まずいなぁ」
上着を脱ぎ、上半身裸になった俺の前でエルディンは言う。
まるで診察所のようになったそこでシルビアとジアビスはフヨフヨと漂いながら俺を見ている。
金色の眼が、訝しむようにこちらに向けられる。
『うえぇ……』
『シルビア駄目だよ。ユリウスが可哀そう』
『でもさジアビス。これはきっついよ?焦げ臭いし』
『確かに……』
俺、焦げ臭いのか。
二の腕辺りを嗅いでみるが、特に変な臭いはしない。
「あぁ、気にしないで。君の魔力の波長は炎に近いんだ。だから彼女たちは焦げ臭いっていうのさ」
「なんか複雑……。で、これから何するの?」
「ちょっと君の体を見せてもらう。結構ジロジロみるから許してね?」
「高いよ?」
「何回も助けてやったろ?チャラだよチャラ」
そう言いながら彼は俺の正面に座った。
いつも青色の彼の眼が、今は金色に見える。
「その眼どうした?」
「魔眼を使ってる。ボクの魔眼は"複合魔眼"。もらったスキルの1つだ」
「……何が見える?」
「……いろいろさ」
ジッと、彼は俺の顔を覗き込む。
そして指で頬を摩ったり、そのまま手相を見るように右手を観察したり。
立ち上がってクルリと後ろに回り込んで背中を見たり。
「……」
「先生?なにか悪い事あります?」
「黙ってて」
「あ、はい」
再び彼は俺の正面に回ってきた。
エルディンの後ろを同じようなポーズで大魔霊の2人がついて回る。
「……おっけ。少しだけわかった」
正面にもう一度座り込んだエルディンは、頭を抱えた。
「ユリウス。炎の魔法を使ってみてくれ。ライターくらいの火で良い」
「ん」
シュボッっと指先に火を出してみる。
いつもと同じ、ユラユラと揺れるだけの小さな火だ。
『……アイツだわ』
『えぇ、思い出しただけで身震いします』
シルビアとジアビスはエルディンの後ろに隠れるようにしてこちらを睨んだ。
「……それは君の意思で制御しているよね?」
「当然だろ。大きくも小さくも出来る」
「頭の中で声とか聞こえてない?」
「いいや?」
「そうか」
そこでエルディンはようやく一息ついた。
彼の吐息で炎が揺れて、そのまま消えてしまう。
「ひとまず、ボクが思っている最悪の事態は免れたみたいだ」
「どんな事態だよ」
「君が君でなくなっているかもって思ったのさ。異世界人ユリウスの人格が大炎魔霊に上書きされてるんじゃないかって思ってた」
「そんな事あるのか!?」
『あるね』
『アイツならやります』
ウンウンと彼女たちが頷く。
「大炎魔霊は君が思っているよりも狡猾で残忍だ。隙があれば君の肉体を乗っ取って復活を目論むだろう」
「……結構良い奴だって言ってたんだけど」
「本人が俺悪人でーすっていうわけないだろ」
……それは確かに。
『どうするエル?今なら簡単に殺せるけど』
『海の上です。死体は私に任せてもらえば完璧に処分します』
物騒なことを言い始めた2人。
まぁ、不安の芽は早めに摘み取っておくのが定石だ。
とは言えども簡単にはいかないぞ。
抵抗するとも。
魔法で。
「冗談でもそれは許さない。勝手に手出ししたら剣を叩き折るからね」
やんわりとした口調ではあったが、それは脅しでないのは十分伝わったらしい。
シルビアとジアビスがヒッと小さく声を上げた。
「バーン・グラッドは味方じゃないのか?勇者に強力して邪龍をやっつけたんだろ?」
「そうだね、闘龍期の戦いはそれで幕引きだ。だけど彼自身は決して良い奴なんかじゃない。彼は炎そのものだ。一見暖かくて便利だけど、その実放っておけば山1つ簡単に消し炭にしてしまう危険な奴だ。シルビアたちも何度も痛い目にあってきてる」
「それで嫌われてるのか」
「そもそも大魔霊同士で友好的なのはこの2人だけだ。大土魔霊は孤独を好むし、大炎魔霊は喧嘩好きの暴れ者。その上ボクが出会った大炎魔霊は大炎魔龍になり果てていた。言葉も通じない厄介な敵だったよ」
となると、今現状厄介なのは俺か。
大炎魔霊バーン・グラッドを内に宿している。
となればエルディンから見れば見知った顔の歩く爆弾ということになる。
もし彼らの言う通り、乗っ取られでもしたら災難だ。
「何とかして君の内側の彼と接触出来ればいいんだけど……何か彼と話す手段はないかな?」
「と言われもなぁ」
「声は聴いたんだろ?どんな状況だった?」
「大体は魔力が切れかけて、死にかけの絶体絶命な場面で話してたかなぁ」
あの暗い空間でぼんやりとしか覚えていないが、大体そんな感じだった。
「……試してみるか。ユリウス。ボクの実験に付き合ってくれるかい?」
そう言いながら彼は独房の扉を閉めた。
「……拒否権は……ないか」
何となく察した。
この分だと逃げ切れる見込みはない。
まぁ、エルディンのやることだ。
本当に死ぬことは無いだろう。
「あぁ、本当に死んでしまうことはないよ。多分ね」
「心の声を読んでまで不安を煽るのやめて」
ため息1つついて、彼を見据えた。
「……信じてるぞ。親友」
「あぁ、任せてくれユリウス」
彼はニコリと微笑んだ後に右手をこちらに向けた。
「……精霊陣起動、疑似神核炉心点火」
詠唱の後、エルディンの周りで何かが渦巻く。
魔力とも思える力の波がゆっくりと立ち昇っている。
「これから魔眼で君の魔力を奪う。魔力枯渇ギリギリまで攻めるから覚悟してくれ」
「お、おう」
「そのあとは大魔霊が君の意識に干渉する。うまく行けば、シルビアかジアビスのどちらかがバーン・グラッドに接触するはずだ」
「失敗したら?」
『するわけないでしょ?大風魔霊を舐めないでほしいものだわ!』
ちょっと嫌がりながらもシルビアとジアビスが俺の手を取る。
「……ごめんね2人とも」
『はん!バカグラッドを殴りに行くんだからこのくらい我慢よ』
『ユリウスもごめんね。私たちあなたの事は嫌いじゃないから許してね』
指先で摘ままれるようにして大魔霊に手を委ねる。
「……エル、起きたら何か旨いもの食わせてくれよ」
「あぁ。シエナに頼んでおくよ」
エルディンの眼が見開かれた。
まるで血のように暗い蛇の眼がそこにあった。
眼が合った瞬間にドクンと心臓が跳ね、体が凍り付くような冷たさが血管を走り抜ける。
「あ……あぁ!!」
死という感覚を本能で理解した。
急激に体の魔力と体力が抜け落ちていく。
グラリと体が揺れた。
──忘れるな!君はユリウス・エバーラウンズだ!
かすれていく意識の向こう。
エルディンの声だけが遥か遠くから響いた。
---
「……成功ね」
暗い場所で目を覚ました。
いや、眼は覚めていないのか。
何も見えない。
ただ、誰かの声が聞こえて、その誰かに手を引かれている。
どっちだろう。
シルビアか?ジアビスか?
「両方です。運のいい人」
「星の巡りに名を連ねている人間は伊達じゃないってことね。はぁ。補欠合格のくせに」
真っ暗で自分の手も見えないが、二人分の声が俺の手を引いて何処かへとゆっくりと進んでいる。
「手、離したら死ぬと思ってくださいね。これからかなり深い所へ降りていきます」
深い所?
「あんたの縁の根源よ。ま、言ったところで理解できないでしょうけど」
縁の根源……?
「生き物は皆、縁を辿ります。眼に見えないそれは星の巡りによって導かれる」
「でも時々いるのよね。あんたみたいに他人の生き方変えちゃうくらい根が深い奴が」
ぼんやりとした頭でその言葉を聞いている。
しばらく手を引かれて進んだ先に小さな炎が見えた。
風が吹けば消えてしまうような、ちっぽけな炎。
これが大炎魔霊か?
「なわけないでしょ。もっと別の奴よ」
「今は用がありません。眠っているみたいですしソッとしておきましょう」
そうか。
用はないのか。
じゃあ、そっとしておいてあげよう。
うん。
さらに進んだ先。
ぼんやりと辺りを照らす炎があった。
それは人の形をとっていて、先ほどの炎よりも薄気味悪い揺れ方をしていた。
まるで意思があるような。
触れれば魂まで焦がされてしまうような。
静かで激しい炎。
「……よう。珍しい顔ぶれだ。こんなところで会えるなんてな」
……バーン・グラッド
「お前も元気そうだな。死にかけ。というか殺されかけか。ひどい事するなぁおい」
元気なのかどうかはわからないが。
お前も変わりがないな。
相変わらず卑屈そうだ。
「バカグラッド。わざわざ来てやったわ」
「……」
「おぉ、シルビアか。そっちはジアビス・サーフェ。ちっちゃくなっててわからなかったぜ。ハハハ。……で、俺のシマに何の用だ」
「ジアビス。コイツをお願い」
「えぇ」
スッと片腕の感覚が消えた。
声が遠のいて、炎の前に風が現れる。
緑色に渦巻く光る風が、炎の陰と対峙している。
「バカグラッド。あんた何したの?前の時は人格も無かったじゃない」
「前?なんのことだ?」
「あぁそうか。面倒くさい。どこまで知ってるのあんたは」
「さぁ?体の外側の事はソイツからしか聞いていない。だがまぁ、俺がもう1人いるってことは知ってるぜ」
「何を企んでる」
「おいおい、こっちも被害者だぜ?こんな暗くてどうしようもない奴に閉じ込められて何回殺されたと思ってやがる」
バーン・グラッドの声にわずかに怒気が混ざる。
「目覚める度にボッカンボッカン吹き飛ばされる。この痛みがわかるか?」
「……何があったのよ」
「俺だってわからねぇ。ガキの体に魂だけねじ込まれて何度も何度も生まれてはすぐ死んだ。コイツが来るまではな」
そう言ってバーン・グラッドは俺のほうを指さした。
「だから俺はコイツに力を貸すことにした。ムカつくガキを上手くやり過ごしたどころか、俺の肉体まで探し当てやがった。コイツと俺とでうぃんうぃんなんだよ。文句あるか?」
「あるに決まってるじゃない!この裏切り者!もとはと言えばあんたが人類に魔法なんか与えたから人霊大戦で大勢死人が出たんでしょうが!」
今度はシルビアが語気を強めた。
「残った精霊も皆死んだ!神様たちだって見かねて外へと旅立った!周期災害だって!全部全部あんたが!」
「俺じゃねぇ」
「今更言い訳する気!?」
「俺は俺の炎を誰かにやったりしない。あの日、邪龍を体内で焼いたあの日。俺は死んだ」
「……嘘よ、だってあんたは魔栄期にも勇者の肩を持ったじゃない!」
「知らねぇよ。あの日から俺はずっとここに閉じ込められてる。何か手を出しようもねぇ」
スッと、バーン・グラッドの視線がこちらを向く。
炎の向こうで金色の瞳が光っている。
「……どれだけ無責任なのよ!!」
風と炎がぶつかった。
おそらくシルビアがバーン・グラッドを殴ったのだろう。
「あんたのせい!!全部あんたのせいよ!!エルが苦しんでるのも!!夜明けが来ないのも全部!!全部あんたが!!」
「シルビア!」
ジアビスが震える声を上げた。
「……痛ぇなぁ……たく。何があったって知るかよ」
ゴウと炎が膨れ上がる。
俺の内側に熱が灯り、ジアビスの持つ手がカタカタと震え始める。
「……1つ教えろシルビア。俺は外にも居るのか」
「そうよ!あんたと同じ色の炎がずっとずっと星を蝕んでる!!もう時間も無い!《星守り》の大炎魔霊が聞いてあきれるわ!!」
「……ジアビス」
「ヒッ!」
「お前がそんなにビビり散らかしてるのも、俺のせいか」
「わ、私はあなたに殺された!体の一片残らずに燃やされた!……覚えてないの……?」
「……そうか」
あぁ、わかってしまった。
この熱。
俺はよく知っている。
彼は怒っている。
シルビアやジアビスにではない。
きっと自分自身に。
ゆっくりと彼の形が変わる。
ぼんやりとした炎の輪郭が、人の姿へと変わっていく。
燃え上がるような赤い髪と金色の瞳。
竜の鱗のような鎧を纏った青年がそこへ佇んだ。
「本当はなり変わってでも外に出るつもりだったが……。俺の炎は、コイツに預ける。勇者に伝えろ。"邪龍は必ず俺が殺す"とな」
「あんたはどうするの。ここで燻ってるつもり?」
「コイツ次第だ。……おい」
何だよ。
こっちは会話に置いてけぼり喰らってんだ。
ちっとは説明してほしいわ。
「うるせぇ。お前は何者だ」
……ユリウス。
ユリウス・エバーラウンズだ。
「ユリウス・エバーラウンズ。必ず俺を外に出せ。どんな手段を使っても良い。そしたら今度は俺がきっちり綺麗に終わらせてやる」
胡散臭いな。
俺を騙してなり変わろうとしてたんじゃないのか。
「最初はな。でも気が変わった。久しぶりに知り合いと話せて腹が決まったぜ」
そう言ってバーン・グラッドが膝を折った。
驚くほどに整った騎士礼節の最敬礼をそこで披露した。
「……精霊の長として。炎の化身として。我が字名に誓おう」
顔を伏せ、頭を垂れたままバーン・グラッドは続ける。
「ユリウス・エバーラウンズ。俺は暫し眠る。だが俺の力はお前と共にある。いつか、俺の預かり知らない過去の清算に役立ててほしい」
良いのか?
悪用して魔龍の方につくかもしれないぞ?
「それは無い。シルビアたちが眼をかけてるような奴だ。きっと、頭の先からつま先までお人よしだよ。お前は」
クククと彼が笑う。
「だから。待ってるぜ。本当のお前と肩を並べられる日を」
「……お別れね、さよならバカグラッド」
「おう、シルビア。ジアビスも。わざわざすまねぇな。もう悪さはしねぇよ。勇者によろしく頼む」
ぐらりと視界が滲んだ。
「ちょっとした贈り物も付けておくぜ。気張れよ相棒」
何が相棒だ緊縛ドMマンめ。
……頼りにはしてやるよ。
──フハハハ!つんでれだ!つんでれ!フハハハハ!!
遠く、大炎魔霊の声が響いた辺りで、再び意識は途絶えた。
---
視界がぼやける。
ぼんやりと、眼を開ける。
「……知らない天井ですね」
知らないわけでは無い。
というか天井ですらない。
つい先日まで寝泊まりしていた船室だ。
2段ベットの下の段に寝かされている。
『意外と早いじゃん』
「気絶慣れしてますから」
『えぇ……人族は怖いです……』
大魔霊の2人だ。
フヨフヨと浮かびながら、ベットの上の段から逆さ吊りにこちらを見ている。
「……何があったんです?」
『覚えてないの?』
「ぼんやりとしか」
『委細はエル様にもう伝えました。今は休んでください』
「……エルは?」
『あの《赤角》に追いかけまわされてる。あの人族、随分あんたを──』
『シルビア!シルビア!おしゃべりが過ぎます!』
モガモガと口をふさがれてしまったシルビア。
大変不服そうな顔をしている。
……止めに行きますか。
よいしょと立ち上がる。
思いのほか体はしっかりと動いた。
『結論から言うと、エルの見当は外れてた。あんたはちゃんとした普通の人族の男の子』
あれだけギロリと睨んできていたはずのシルビアが俺の肩に肘を置く。
特に重さなどは感じないあたりが精霊っぽい。
『あのバーン・グラッドは、私の知っている大炎魔霊ではありませんでした。でも、間違いなく大炎魔霊本人でした』
『出て来られないなら一安心よね、ジアビス』
『……そうですね。それに少しだけ優しそうに見えました』
ズボンのすそを握ってジアビスも横に来てくれる。
あれだけ怯えていた彼女だ。
これはかなりの進歩だろう。
『あいつの魂はあんたの奥底に封印されてる。でもあいつの力はあんたの体を通して一部だけこっち側に干渉できるっていうのが現状よ』
「それは、勇者てきにはどうなの?」
『エルなら大喜び。ヤッター!ユリウスは敵じゃなかった!ばんざーい。だってさ』
『エル様は何かと敵が多い人ですので。今後とも仲良くしてあげてくださいね』
そんな会話をしながら甲板に上がる。
すでに日が沈んだ夜の甲板。
月が二つ照らしたそこに、赤い髪と銀の髪が走り回っている。
「だからシエナ!ユリウスは大丈夫だって!!」
「うるさい!!またアイツに無理させたあんたが悪い!!!」
すでに青あざをいくつも作ってるエルディン。
どうやらシエナの右ストレートを数発は食らっているらしい。
『お手数ですが、ユリウス。《赤角》を止めてあげてください』
『あんたのことになると見境ないのよ。困った奴』
「2人は助けないの?」
『手を出すなと釘を打たれてんの。うちの勇者は平和主義だからさ』
なるほど。
助けに行っても良い。
だが、最後の確認がまだだ。
「……俺はまだ皆といても良いのかな」
もし、俺のうちに眠る大炎魔霊が牙を剥いたら。
そう考えれば、1人旅に切り替えた方が良い。
大事な仲間に被害が及ぶくらいなら、俺は孤独を選ぶ。
『バカグラッドも言ったでしょ。あんた次第よ』
シルビアがヒラヒラと手を振る。
『どんな選択肢も未来も、人の子が選ぶべきもの。私らみたい奴らの言葉なんかに委ねてるようじゃそれこそ内側から喰い破られちゃうって』
『自分の道を自分で決められる。それが人類に与えられた神々の奇跡だと私たちは思います。だからどうか、ユリウスの思うままに』
そこまで言った彼女たちはゆっくりと風に溶けるように光の粒に戻った。
『ほら、さっさと行く!』
最後にシルビアに尻を蹴られた。
あの幼女、意外と手を出すのが早い。
エルディンは良いパートナーに恵まれたもんだよ。まったく。
大きく息を吸い込んで、それから走り出す。
足がもつれて倒れそうになるエルディンの脇を走り抜けて、シエナにぶつかるようにして抱き止めた。
「ユリウス!?」
「シエナ!エル!戻りました!もう俺のために争うのは止めて!!」
「……そこはボクを庇ってくれるところじゃないの?」
「今まさに庇ってるジャマイカ」
尚も暴れるシエナを力いっぱい抱きしめる。
「ど、どうしたのよ!?なんか変よ!」
「こうしたいと思っただけです。ご心配おかけしました」
スッと体を離せば彼女の拳が顔面に叩き込まれる。
まぁ大振りな攻撃だ。
それを右手で受け止めて、ドウドウと彼女をなだめた。
「ユリウス、その。悪かったよ。流石にちょっとやりすぎた」
「いいさ。無事に生きてるし。ちょっとモヤモヤも晴れた」
「シエナもごめん。今度はちゃんと相談するよ」
「フン!次なんか無いわ!」
ぶっ殺す!と言わんばかりに殺気を放つ彼女を抑えながら、とりあえずは事態は幕を閉じた。
俺の中に居る大炎魔霊はとりあえず敵にはならないということ。
今後とも力を貸してくれること。
そして、俺の愛する仲間たちの障害にはならないということ。
ホッとした。
情けない話だが、ずっと不安だった。
いつか見た悪夢。
俺自身がテオドールになって、彼らに剣を向けるということはなさそうだ。
だからこそ。もっとちゃんとしなければ。
いつか、《銀の勇者》一行が世界を救うとき。
力を貸せるようになろう。
そうすればきっとシエナにも胸を張って、自信をもって告白できるだろう。
好きな子への告白は、世界を救うよりも困難だ。
俺の将来のビジョン。
立派な大人になるという目標が少しだけ具体的に固まった。
そういう日となった。
「ところでシエナ、船酔いは大丈夫なんです?」
「当然よ!」
「ねぇ、ボクは?ボクのこの痣は心配してくれないの?」
「勇者なんだから我慢しなさい」
「職業差別だよそれは!」
空の月と、白い常月。
二つの大きさの違う月が、静かに見下ろした。




