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第六十五話 「ナック島観光(後編)」

「……装備の取り換えですか?」

「むぐ」


 口いっぱいに料理を頬張りながらシエナは返事する。


 街の出店の一角。

 遊覧飛行後、フードコートの様な広場でだいぶ遅めの昼食を取っていた。

 野菜いっぱいのとろみのあるスープ丼。

 平たく、パリパリに焼き固められたおせんべい風パエリアが中に入っている。

 洋風のおこげあんかけといった感じのそれは安く、そして腹持ちが良い。

 山盛りサービスで六角銭2枚。

 格安である。

 ちなみにシエナは串焼き肉もトッピングした。

 相変わらず豪快な食べっぷりが見ていて清々しい。


「街を歩く間だけでも私が魔術師。あんたが剣士のフリをすればいいのよ。そうすれば誰も私たちだって気づかないわ」

「なるほど」


 現に彼女は今三角帽子を被っている。

 そもそもは彼女への日差し避けのつもりで貸したのだ。

 傾きかけた日差しは初夏であることもあって強烈に肌を焼く。

 砂漠を渡っていた時と同様のスキンケアは欠かせない。


 理由はさておき、それ以降英雄だのなんだのと声をかけられることがピタリとやんだ。

 先ほどまで人に追っかけられて大変だったのに今はこうして一息付けている。


「そうですね、良い案です」

「でしょ?」

「その恰好も似合ってます」

「本当!?」


 ガタンと身を乗り出して彼女は嬉しそうに目を輝かせた。

 そして俺の杖を取るとくるりと一周回って見せる。

 ローブとスカートが風に翻る。

 うん、魔女っ娘シエちゃん。

 そもそもドラゴンロッド家は魔術師の家系だ。

 血筋的には彼女はあの姿が本職ともいえる。

 あまりの可愛さに思わずローアングラーになってしまいそうになるのは堪えた。


 俺は紳士なのだ。

 そう簡単にスカートの中身を覗いたりはしない。

 だがしたくないとは思わない。

 そういうものだろう?


「じゃあ、はい!あんたはこっちね!」


 ホイと放られたそれは彼女の剣だ。

 魔法剣夕刻の星(ヴェスパーライト)

 ある領主のへそくり全額突っ込んで完成させたシエナの守護剣だ。


「今日一日、私は魔術師であんたは護衛の剣士!これで買い物なんて楽勝よ。楽勝!」

「いつもと役割が逆ですね」

「たまには悪くないわ!しっかり付いてきなさい!ユリウス!」


 あぁ、やっぱり前に出たがるのは変わらないんですね。

 えぇえぇ。

 しっかりお供させてもらいますとも。


「それはともかく、ご飯最後まで食べてからにしましょうね」

「わ、わかってるわよ……」


 ---


 ということで役割を交換することになった俺たち。

 魔術師シエナ・ゼルジア・ドラゴンロッド。

 剣士ユリウス・エバーラウンズ。


 彼女は嬉し気に軽やかな足取りで街を歩く。

 鼻歌も時折聞こえるほどに上機嫌だ。


(……意外と剣帯って窮屈だな)


 体に合わせた調整をしていないというのもあるが、それにしても腰回りに違和感がある。

 剣はほどほどに重量もあるのだ。

 これを肌身離さず持っているのだから、改めて彼女たちの足腰は丈夫だ。

 多少鍛えているだけの魔道士には少々荷が勝ちすぎているが。


(悪い気はしないなぁ)


 俺も少しだけ頬がにやける。

 俺だって男だ。

 当然剣士というのにも憧れている。

 アバン……!とか。

 エクス……!とか。

 嫌いな男の子はそうそういないだろう。


 炎の剣を象った魔法を作っても良いかもしれない。

 出来ればめちゃくちゃ派手な奴を。


「あ、シエナ!ここです!」


 そんな事を思いながら思わず通り過ぎそうになった店を見つけた。

 耳長の女性が描かれた看板。

 創業百年、薬師スゥツゥの店だ。

 ザビー皇国で見たバンテスの店と違って広く、佇まいも立派だ。

 木でできた建物に小洒落た窓があり、青色の綺麗なカーテンがかかっている。

 そこから見える店内は薬用の素材が溢れんばかりに並べられていた。

 その入口の扉を開いて、少しだけ待った。


「あらご親切に」

「いえ、足元に気を付けて」


 中から出てきた妊婦さんとすれ違う様にして、会釈しながら店内に入る。


 窓から見た通り、多様な種類の薬草や干物が大量に飾られた店内。

 天井からもドライフラワーのようなものがつられている。

 机の上のガラスの容器は色鮮やかな液体で満たされていて、わずかに光っているようにも見える。


「いらっしゃい。まぁ、可愛い魔女さんだわ」


 そんな声で出迎えてくれたのは耳長の女性だった。

 金の髪を編み上げて短くまとめたその姿はまさに本の中でみたエルフそのものだった。


「剣士さんまで。冒険者さんかしら?」

「そんなところです。酔い止めはありますか?ここの薬は街一番だと聞いてきたのですが」

「お世辞が上手ね。どこまで行くの?それに合わせて作ってあげる」

「えーっと、聖域。ヤルムン島まで行きます。できれば往復でもらえると」

「結構な長旅ねぇ。わかったわ。そこでかけて待っててくれる?」


 そう言う彼女、スゥツゥは店の受付台から調合用の道具を取り出して薬の調合を始めた。

 シエナはというと、注文をしている間もキョロキョロといろんなものを見ていた。

 液体に漬けられた蜥蜴とか。

 干からびた魔物の腕とか。

 ここにはそういった彼女の興味をそそる物がたくさんあった。


「ユリウス、あれなに?」

「あれはレステーの葉を乾燥させたものです。虫刺されに効く薬になります」

「あれトゲトゲしたやつは?」

針蛇(ヘッジバイパー)の針ですね。真ん中に細い穴が開いてるので薬を体に直接打ち込みたいときに使います」

「意外に詳しいのね、剣士さん」

「……えぇ、薬師の師匠がよく教えてくれたもので」


 スゥツゥの誉め言葉に少しだけたじろいだ。

 俺の薬師の師匠はテオドールだ。

 実際に薬品の調合が出来るわけでは無いが、それでも教えてもらったことはよく覚えている。

 彼は教え方も上手だった。

 本当に良い兄弟子だった。


 まぁ、知識に良いも悪いもない。

 ようは使い方だ。

 そこははっきりと言っておく。

 軽蔑こそしてはいるし、許すなどできないが俺は彼を認めている。

 認めているからこそ、憎いのだ。


「あっちのペラペラのは?」

「えーっと……」


 しかし、わからない物も当然ある。

 彼の講義を受けた期間は実質半年。

 しかも剣術の指導もこみこみでだ。

 俺の勉強不足でもあるが、薬師の道は遠く長い。

 この世に存在するものすべてを益と考える薬師の基礎は膨大な知識量にある。

 それを理解しきるのは人族の身では不可能とまで言われている。


「それは雪点大蛙(ホワイトフロッグ)の頬袋よ。水を含ませると冷たくなるの。この辺りじゃちょっと珍しいかもね」

「へぇー……」


 ふむふむと、シエナはそれらを眺めていく。

 その後は俺の代わりにスゥツゥがシエナの質問に答えた。

 俺も勉強になるので店の隅のソファーに腰かけてその会話に耳を傾ける。


 そこにかけてある角は粉にして飲めば眠気を抑える薬になる。

 その酒に漬けてある蜥蜴は強力な消毒液。蜥蜴の身は煮出せば整腸剤になる。

 消毒液と天井からつるされている赤い葉っぱを揉み合わせれば切り傷が早く治る。

 などなど。

 魔術の無い時代からずっとあるという歴史ある薬師の生業が羅列されていく。


 手際よく薬を調合し、出来た液剤を土魔法で作った小瓶に入れるスゥツゥ。

 それを脇からシエナは珍し気に眺めている。

 彼女も好奇心旺盛だ。

 シエナの学びの原動力ともいえる。


「粉薬じゃないのね」

「えぇ、船の上だと粉だったら飲み辛いでしょ?ちょっとしたこだわりよ」

「ふーん……ん?」


 そんなシエナの眼にどうやら棚に飾られた小瓶が目に留まったようだ。

 ガラス細工で装飾されたその小瓶には値札が2つ貼られている。

 ひとつはディティス通貨。丸銭40枚。

 そしてベルガー通貨。王貨10枚。

 薬としては明らかに高価だ。

 となると、お酒だろうか。

 時折ビンテージ物の酒はああいった値段が付く。

 米どころディティスであるならば、もしかしたら清酒かもしれない。

 俺も興味津々だ。


「あぁ、あれが気になるの?」


 スゥツゥの問いに俺たちは揃って頷いた。


「惚れ薬よ」

「「ほ!?」」


 思わず俺も声を上げてしまいシエナに睨まれる。

 そんなに睨まなくても良いじゃないか。

 というか、シエナだって興味津々だったじゃないか。

 このムッツリお嬢様……。


 そんな俺たちをスゥツゥは笑いながら横目で見ていた。

 なるほど、どうやら担がれたらしい。


「冗談よ。でも大人向けの薬だから、貴方にはちょっと早いかもね?」


 となるとあれは媚薬の類か。

 夜の男女の営みを盛り上げる裏技的エッセンス。

 そういえば似たような瓶が実家の台所の隅に置いてあった気がする。

 ……サーシャめ、デニスに一服盛ったな?


「大人よ!」


 子ども扱いされたのが気に入らなかったのか、シエナは声を上げた。

 彼女は現在14歳。

 この世界では成人という括りはあまりない。

 種族や血筋によって年齢や歳の取り方がまちまちだからだ。

 だからこそ見た目で判断されるわけだが、彼女はそれでいてもまだ少女だ。


「そう?キスはもう済ませたのかしら?」

「……」

「大事にとっておきなさいね?きっと薬なんかよりもずっと強力だと思うから」

「……わかった」


 乙女な会話が繰り広げられている。

 確かにシエナのキスならば、そこら辺の男子はイチコロだろう。

 俺ならご飯3杯は固いな。うん。


「薬、出来たわ。朝に1瓶飲めばいいけど、どうしても気持ち悪くなった時はもう1瓶飲んでね。できれば冷やして保存出来ればいいんだけど、貴方氷の魔術はできる?」

「やってみる」

「じゃあ、ヤルムンまでの薬代。八角銭6枚ね」

「わかったわ。ユリウス!」


 ……え?俺持ちなの?この流れで?


 ---


「ユリウス!今度はここ!」


 ビッと彼女の指さす先。

 まるでお屋敷かと思うような大きな建物があった。

 というより工房だろうか。

 煙突からもうもうと煙が上がり、向こう側からは金属を打ち鳴らす音。

 そして男たちの勇ましい声が聞こえる、

 しかしながら看板もあるし、店先にはトルソーが飾ってある。

 一応はお店のようだ。


 周囲と比べれば明らかに頑丈な石造りのその店。

 正面には見事な石細工が飾られている。

 おそらくは岩窟族の店だ。

 うねる炎。そして唸る上腕二頭筋。

 筋肉ムキムキの横幅のある魔族の男が金槌を振り上げる石像。

 今にも動き出しそうな躍動感のあるそれは名工ディガードの像だという。

 そこから視線をもう少し上にあげると店の名前が扉の上に掘り込まれている。

 魔族の言葉で書かれたそれ。

 "魔法歴280年開業 ディガード工房 ナック支店"。


「武器屋ですか?」

「武器だけじゃないわ!鎧も盾も一級品が揃うディガードの店よ!」


 隣でその像を見上げるシエナが目を輝かせて興奮気に話す。

 あまりにもキラキラすぎてシイタケになってそうだ。


「ディガードって?」

「あんた知らないの!?剣士なら名前くらいは……。魔道士だったわね」

「ご理解いただけたようで」


 申し訳なく小さく笑うと、彼女はハンと一息ついて腕を組んだ。


「名工ディガード。岩窟族で最も優れた鍛冶師よ。世界中を渡り歩いて各地の戦場で剣を打った彼は《鉄神》って古い二つ名が付いてるわ。ディティスに行くって聞いてから一度は見てみたいと思ってたのよ」


 そう言っているうちにも正面入り口を冒険者が数名出入りしている。

 ある者はウキウキした顔で新調したての胸当てを纏う。

 ある者は「あんなに高いなんて……」と落胆した顔で出ていく。


 まぁ、名の轟く名工の店なのだ。

 高いのは当然だろう。


「行くわよ!」

「えぇ。お供いたします」


 2人して扉を潜れば、広い店内にはズラリと武具が並んでいた。

 高い天井にも鎧を着た人形が吊るされるようにディスプレイされている。

 滑車仕掛けはこの店でも使われているらしい。


 ちらりと入り口近くの看板が目に入った。

 人族と魔族の文字でこの店の歴史を長ったらしく説明したものだ。

 委細は省くが、ディカードという鍛冶師はどうやら魔剣が有名らしい。

 魔石を金属に溶かし込んで作られた武器は魔力に応じてその性質を変化させるのだとか。


 体験用の魔剣が鎖に巻かれてぶら下がっている。

 刃も付いていないチャチなおもちゃのような剣だ。


「どれどれ?」


 試しにと手に取って魔力を通す。

 僅かな魔力でその刀身が目まぐるしく色を変える。

 魔力の籠め具合で赤でも青でも。

 まるでサイリウムのように光らせることも出来た。


 なるほど。魔剣ね。


 説明によれば同じ技術を用いた盾や鎧などもあるらしい。

 特製も作者や魔石の性質で変わるのだとか。


「ユリウス!」

「はいはい今行きます」


 もう待ちきれないとシエナが急かす。

 シエナの隣には三眼の魔族が居た。

 執事服を着たその女性はこの店のスタッフだ。


 手に取って魔力を流すだけで効果の現れる武具を扱う店だ。

 防犯面においてもそれ相応に厳重なようである。


「いらっしゃいませ、本日はどういった……おや?」


 そのスタッフは一礼して俺を迎えてくれた後になにやらじっくりとこちらを見てくる。

 額の眼が見開かれている。圧がすごい。


「……これはこれは、そういう事でしたか。《魔道士》ユリウス様」


 バレた!

 思わずシエナに目配せをして身構える。


「ご心配なく。この店ではそういったお客様への対応もマニュアルにございます。騒ぎなど起こさせませんのでどうぞゆるりとご覧になって行ってください」


 ニコリと彼女は笑う。

 それもそうか。

 名工ディガードの武器を求めるのは何も一般客だけではない。

 英雄や勇者なんかもここに来るのだ。

 扱いは慣れているということらしい。

 ……まぁ、俺も一般ピーポーなんですが。


「それで今日は何をお探しでしょうか?」

「防具よ!」


 応えたのはシエナだった。


「軽くて、丈夫で。剣撃に強いものが良いわ。でも鎧は駄目。身動きの邪魔にならない奴が良い」

「かしこまりました。ではこちらへご案内いたします」


 スタッフの後ろについて行こうとした時だ。


「あんたは別」

「え!?」


 ガーンだな。

 似合う似合わないの会話で「君は何を着ても可愛いよ」っていうチャンスだと思ったのに。

 そうか、別か。

 着替え中にうっかり覗いてしまって「キャー!エッチ!痴漢!変態!」ってビンタされる展開も無いのか。

 寂しい……。


「ユリウス様には別の者をお付けいたしますので。少々お待ちください」


 そう言って遠ざかって行く2人の背中を見送った。


「お待たせいたしました!!」


 そして見事なサイドチェストを決める筋肉隆々の獣人族のスタッフが付いてくれた。

 ……せめて女性にしてほしかった……。


「……では、盾を見せてもらえますか?」

「お安い御用です!!」


 ムキーンと筋肉が返事をしてくれる。

 少し肩を落としながら彼について行くことにした。


 しばらく店を行った先。店内の工房にほど近いところに盾のコーナーがあった。

 凄まじい熱気を放っているはずの炉からは不思議と熱を感じない。

 おそらくは風の魔法で空気の流れを遮断しているのだろう。


「こちらが盾の棚にございます!!」

「あ、どうも」


 もはや突っ込む気力を削がれてしまったので半分放置した。

 何なら工房の熱気より彼のほうが暑苦しい。


 気を取り直して、棚に陳列された盾を見る。

 大小さまざま。形もバラバラの盾がずらりと並ぶ。

 材質も色も同じものが一つもないそれらをふーんと流すように見ていく。


 何故盾など見ているのか。というと、最近防御の重要性が身に染みてきたからだ。

 テオドールにしろアルフリードにしろ。

 剣士も魔術師もレジストなんかの魔術対策をちゃんと持っている。

 ある時は無力化し、ある時は剣で切り落とし。


 だが俺はレジスト一本しか持ち合わせていない。

 となれば、被弾も増えると言う物。

 回復に魔力を取られていては攻撃に転じることが出来ずじり貧だ。

 防御は最大の攻撃。

 守って勝つ。

 エバーラウンズ家は盾を紋章に頂く家系だ。

 おそらくは相性がいいはず。


(……まぁ、高いよな)


 値段は言わずもがなだ。

 各国の通貨の値札が掲げられている。

 分かりやすいアリアー通貨の値札だと金貨30枚とか普通にある。

 名工の作品はどれも高価だ。

 あくまでも見ているだけ。


 しかし、同じような形でも値段が倍ほど違うものもある。


「これは何故こんなに値段が違うのですか?」

「使用した魔石の量や発現した効果によって値段が変わるのです。こちらは赤の魔石を使って赤熱する効果を得ました。一方こちらは同じ赤の魔石を使って炎矢(ファイアアロー)を詠唱無しに撃つことが出来ます。それで値段が変わるのですね」

「なるほど」


 思いのほか知的な説明に耳を傾ける。

 確かに剣なら赤熱するのは攻撃手段になる。

 だが盾ならば自身が熱い思いをする場面が多いだろう。

 汎用性や有用性で値段が変わるようだ。


「ちなみに値段は誰が決めるんです?」

「ディガード様の弟子たちです。ディガード様の弟子のそのまた弟子たちが武具を作っているのがこの店なのです」


 脈々と受け継がれているということか。

 魔法歴280年創業ということは少なくともディガードは700年以上前に居た人物だ。

 いかに寿命が長い魔族と言えど流石にもう亡くなられているだろう。


「他にはどのような効果が?」

「こちらの盾は魔力を込めるほどに大きく、そして重くなります。こちらは"涼風の盾"です。当たりの熱を吸収して涼しく過ごしやすい空間を作ります。……あぁ、そちらは"雷鳴の盾"ですね。大きな音が鳴ります」


 なんとも。

 なんとも微妙な効果が立て続けに……。

 だが、魔石を使った武具ならば詠唱などに頼らなくても魔術が使える。

 もしかしたら再起(リブート)の魔術を付与した武具もあるかもしれないな。

 ……まぁ、高いのだろうけども。


「ユリウス様」


 後ろから声をかけられた。

 先ほどの三眼の彼女だ。


「シエナ様がお呼びでございます。どうぞこちらへ」

「わかりました。筋肉さんありがとうございました」

「おお!なんたる名誉!今後私は《筋肉》と名乗っても!?」

「お、お好きに……」


 獣人族の彼に一応会釈をして今度はシエナの元へと向かう。

 すでに彼女は買い物を済ませたのか、紙袋をひとつ抱えていた。


「ではユリウス様。こちらを」


 後ろからスタッフにそれをあてがわれた。

 白色の薄手のローブだ。

 一見すれば脱色した麻のような粗雑さのあるローブ。

 しかし肌触りは良いし軽い。


「これは?」

魔晶刻蝶(エレメントフライ)の繭玉から編んだローブでございます。魔石と同等の成分を含んでおりますのでとても頑丈で炎にも強い素材を使用しております」


 そう言いながら手の長さや足の長さを紐で測って何やら書き込む彼女。

 そしてローブその白色のローブを抱えて一歩下がる。


「それでは仕立てて参りますので少々お待ちください」

「仕立てる?」

「はい。あなた様にピッタリのサイズに仕立て直します」

「……俺の?」

「はい。ユリウス様のローブでございます。シエナ様からすでにお代は頂いております」


 シエナが?

 俺のローブを?

 こんな高級店で?


「……あの、ひとつ我儘を聞いてもらえますか?」

「なんなりと」


 その言葉に俺は今着ているローブを彼女に預け、ある注文を付けた。


「……なるほど。そういう事でしたらかしこまりました。大急ぎで仕上げ直します!」

「よろしくお願いします」


 ---


「ありがとうございました」


 三眼の彼女がお見送りをしてくれる中、俺とシエナは店を出た。


 当然、俺は上機嫌だった。

 まさにルンルン気分。

 自然と笑みが零れてくる。


 傾いた日が照らす街の通りを大手を振ってスキップで進む。


「……あんた、それでよかったの?」

「何がです?」

「ほとんど見た目が変わってないじゃない」

「だから良いんですよ」


 新調されたローブ。

 毛皮では無いので更に軽く、尚且つ改造済みだ。

 内側には元のローブを仕立て直した内張を内蔵して保温性を向上。

 更に外観もなるべく変えないようにした。

 白とグレーの2トーンをベースに赤の差し色が映えるローブとなっている。


「別に前のローブそっくりにする必要あった?」

「シエナの色ですから」


 肩口に着いた赤色のエポレットを見る。

 魔晶刻蝶(エレメントフライ)のローブにも以前のローブからデザインを移植した。

 他にも袖口なんかにも綺麗に仕立て直されたそれがある。

 長旅でも発色の変わらないこれは俺のトレードマークだ。

 杖と帽子こそシエナに預けているが、マジカルユリウス完全復活である。


「ありがとうございますシエナ。とっても嬉しいです」

「い、いつまでもボロを着てるのが気になっただけよ!勘違いしないで!」

「それでも嬉しいんです。大事にします」


 そもそも、先ほどまで着ていたボロのローブもシエナが俺の誕生日にくれたものだ。

 贈り物というものを生前はあまりもらえなかった。

 しかもそれがシエナからのプレゼントであるならばたとえ雑巾サイズになってでも身に着けているつもりだった。


「……恥ずかしいからあんまり跳ね回らないでよ」

「喜びを表現しているまでのことです」


 まぁ、あまり騒いでもいけないのでほどほどにしよう。

 でも嬉しいのは本心だ。

 また彼女に貰ってしまった。

 俺はシエナに貰ってばかりだ。


「……あ」

「何よ」

「ちょっとそこで待っててください」


 それを見つけて思わず駆け寄った。

 移動式の屋台に見慣れた紋章と小さな瓶。


「すみませーん。ソーダ2つ下さーい」


 本家本元。ドラゴンロッド印のソーダだ。

 アリアー大陸の流通はここまで届いていたのか。

 懐かしくて思わず購入してしまった。


 氷が浮かぶ桶の中に入れられたソーダを店主がささっと手ぬぐいで水滴を払う。


「はい、ソーダ2つ。六角銭20枚ね」


 ちょっと割高だが、まぁしょうがない。

 輸入品というのは産地から離れたら離れるだけ高くなるものだ。


 それを受け取ってシエナの元へ走る。

 その間にも魔法でキンキンに冷やしておく。

 霜が降りるほどに冷やされたソーダほど美味いものは無いと思っている。

 シエナの好物でもある。


「どうぞ」

「気が利くじゃない」


 キュポンと音をたてて栓が抜かれ、シエナはそれを喉を鳴らして飲む。

 細い喉に口に端からすこし滴ったソーダが流れていくのをちょっとドギマギしながら見てしまった。


「ぷはぁ!!やっぱ美味しいわね!なんか久しぶりに飲んだ気がするわ!」

「実際久しぶりですからね」


 俺も栓を開けてひと口飲む。

 炭酸は少々弱いが、ほのかな甘みと香りが心地よい。

 飲料水として見るのであればただの無糖炭酸よりもこちらの方が俺は好みだ。

 あぁ、やはりハンバーガーを作らなければならないな。


「細やかながら、ローブのお礼です。こんどまた何かお返しします」

「……いいわよ、別に。きりが無くなるもの」

「でも」

「私があんたにそれを着させたかっただけ!それでいいじゃない」


 そう言って彼女は残ったソーダを飲み干した。


「これで十分よ。さ、宿に戻るわよ。あんまり遅くなるとロレスがうるさいし」

「うるさいんですか?」

「うるさいのよ。あいつ」


 意外だった。

 ロレスは昔から好きにやらせるタイプだったと思っていた。


 ……そうか、彼女もシエナと旅をして少し変わったのか。

 そう思えば思わず頬が緩んだ。

 シエナはロレスを慕い、ロレスはシエナを守る。

 まるで姉妹のようで、少し羨ましかった。


「ほら、行くわよ」

「えぇ。急ぎましょう」


 ロレスにはちょっと怒られてみたい。

 どんな怒り方をするのだろうか。

 やはりとりあえず一発殴る系だろうか。

 正座させられるのは固そうだ。


 宿に向かってしばらく歩いた。

 ゆっくりと街は夜に向かっていき、すでにちらほらと街灯りが点き始めている。


 ソーダを口にしながら、眺める街並みは明るかった。

 観光街でもあるこの国港ディースベルは夜のお店もいくつかあった。

 昼間にあったジョズという男も、もしかしたらオカマバーの店員だったのかもしれない。


 時折客引きのお姉さんがちらりとこちらを見てくるが、声はかけられなかった。

 こちらは所詮10代の子供だ。

 実入りが少ないのは目に見えているだろう。

 ちなみに金さえあれば俺の年齢でも夜の接待を受けることが出来るらしい。

 まぁ入るつもりはない。

 カモられて身ぐるみはがされて怖いお兄さんに連れていかれるのがオチだ。


「……」


 徐々にシエナは口数が少なくなってきた。

 若干眼が虚ろだ。

 もしかしたら……


「シエナ。眠いんですか?」

「……少しだけよ」


 相変わらずの電池切れかとも思ったが、そうではない。

 冷静に考えれば彼女はここ数日寝不足だ。

 激しい船酔いで体力も落ちていたはず。

 それでも彼女は俺のために街へ着いてきてくれたのだ。


 フラフラと足がおぼつかなくなってきたシエナ。

 なんどか倒れそうになって、そのたびに俺が体を支えた。


「……ふむ」


 何も言わず彼女の手を取って、そのまま背負った。


「……何よ」

「宿まで送ります。そのまま寝ててください」


 拳が飛んで来ても構うものか。

 殴られるのは痛いが、彼女を歩かせて怪我させるよりは良い。

 過保護だと笑いたければ笑え。

 祖父譲りの騎士道精神はそんなことでは揺るがない。


 そんな事を思っていたが、シエナの反応は違っていた。

 するりと腕を俺の首に回し、ローブの襟元に顔を埋めるように吐息を吐く。


「……じゃ、頼むわ。ユリウス。ありがと……」


 耳元で囁くと彼女はそのまま寝息を立て始めた。

 歩き出すまでの数秒。

 思わず固まってしまった。


「お、色男っ」「見せてくれるねぇ」「バカ!騒いだら起こしちまうだろ」「シーッシーッ」


 冒険者集団がこちらを見てはやし立てる。

 それでも気を使ってヒソヒソと言ってくれる辺りに彼らの優しさを感じた。


 これって、デートだったのでは?

 いや。やはりデートだろ。

 だって、だってだぜ?

 女の子と待ち合わせして。

 一緒にショッピングして、ご飯食べて。

 ……あ、これだけか。

 でもデートだろ。


 心の中で咳払いをして、宿に向かって再び歩みを進める。

 今日1日の事を思い出しつつ。

 ロッズの日々を思い出しつつ。


 ──シエナ。


 声を出さずに、彼女の名前を呼ぶ。

 今なら、伝えられるだろうか。

 例え眠っていても良い。

 口に出しても許されるだろうか。


 息を吸い、たった二文字の言葉を口にしようとしてみた。


「……」


 だが言えず、空気が肺の中でとどまるばかり。

 再び数秒動きを止めて悩んだあげく、俺は結局その言葉を口に出せなかった。

 出さなかった。

 替わりに自分に落胆しながらため息を吐く。


 目線だけを彼女に向ける。

 視界の端で、彼女の赤い髪が揺れている。

 見ることはできないが、穏やかな寝顔でいてくれてると嬉しい。


 彼女に想いを伝えたらどうなるのだろう。

 この甘い距離感はどう変化してしまうのだろうか。

 願わくば、このままであってほしいとも思う。

 もっと親密になりたいとも思う。

 だが、遠ざかってしまうと思えば足がすくんだ。

 別にドラゴンロッド家の令嬢だから彼女に好意を持っているわけでは無い。

 シエナという女性に俺は好意を寄せているのだ。

 家柄とか、身分とかそんなものは抜きにしてだ。

 ただ、彼女の気高さには俺自身は相応しくないと思っている。

 所詮は元指導係。

 良いところで兄弟。

 悪ければ従者だ。

 ……俺は彼女に相応しくない。


 ズルリと滑り落ちそうになる彼女の体を何度か背負いなおす。


「……ユリウス……」


 幾度となく聞いた寝言。

 その言葉を夢の中でも口にしてくれているのは誇らしい。


「ここに居ますよ。シエナ」


 ここに居る。

 それが今俺にできる最高の贅沢だ。

 どうすればこのままでいられるだろう。

 どうすれば彼女に胸を張って好きだと言えるだろう。

 答えなど出ない。

 ただただこの時間がちょっとでも長く続けばいいのにと足が重くなるばかり。


 もうすぐやってくる旅の終わりに少しだけ後ろ髪をひかれながら宿へ向けて歩いた。

 空にはいつか見た星雲が輝きだしていた。

 故郷まで、あと少しだ。

人物紹介


名工ディガード 岩窟族 故人

かつて世界中を旅し、戦場と共にあった鍛冶職人。

剣、盾、鎧。彼の作る武具は英雄を生み出すとされ、鉄を打つ神《鉄神》とたたえられた。

彼は多くの弟子を持ち、魔石を使った鍛造技術を継承させて魔術に頼らない剣士の道を示した。

一説によればディガードは魔力を持たない人物であったという。

その鍛冶の力は大魔霊より授かったものだとまことしやかにささやかれている。

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