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第六十四話 「ナック島観光(前編)」

 《ロレス視点》


「ねぇ、変じゃない?変じゃないわよね!?」

「黙っていろ。手元が狂う」


 椅子に座ったシエナに化粧をする。

 落ち着きなく動き回るものだからそれ相応に時間がかかる。

 化粧台でもあればもう少し手早いかもしれないが、今は手持ちしかない。

 ベットに腰かけてその整った顔にうっすらと紅をさす。


「はやく!」

「お前が長風呂するからだ」

「だ、だって……」

「本当に手間のかかる」


 すでに服も着させた。

 たしかにフリルの目立つ服だが、こいつには似合っている。

 くどく無い。

 その上でローブを上から着ることを前提に用意されている。

 シエナの母親はなかなかいい目利きをしたようだ。

 ……メイドのセンスだったか?まぁどうでもいい。


 シエナのローブは既に水洗いと乾燥を終わらせておいた。

 いつかユリウスがやっていた炎で温めた風を送る魔法。

 あれは便利だ。

 この分厚いローブがものの数分で乾くのだから。

 今は真っ白になった毛皮で壁にかかっている。

 コイツの事だ。用意してあれば着ていくだろう。


「……これ、剣士には見えないわよね」

「なんだ。鎧が無ければ剣士を名乗れないのか?」

「そういうんじゃないわよ。ただ威厳というか、迫力というか……とにかくそういうのが足りないの!」

「おかしなことを言う」


 アレキサンドルスを始め、彼ら剣士は自らの剣に絶対の信頼を置き戦う。

 よって防具に気を遣うものは少ない。動きの邪魔になることが多いからだ。

 装いなど、所詮は身分を表す記号。こけおどしに過ぎない。

 戦いの神髄はもっと別の所にある。

 今まで私の下で何を学んだのだか……。


(……まぁ、理解はするがな)


 こいつもガサツだが女だ。

 惚れた男の前で着飾りたいという気持ちは私も理解できる。


「後ろを向け。髪を結う」

「わかった」


 深紅の髪。

 ドラゴンロッド家の特徴を色濃く受け継いだシエナの髪。

 普段は手入れを怠っている髪を今日は香油を使って櫛で念入りに梳いた。

 撫でればするりと解ける髪が艶を返している。


 前髪と右側は髪留めで留めた。

 左側に流して、暴れるところは編み込んで固定する。

 癖っけの強いシエナの髪は本人によく似て言うことを聞かない。


「……おい」


 肩が小刻みに震えている。

 後ろを向いたままシエナは小さく笑っていた。


「なんだかお母様にやってもらってるみたいで、懐かしくて」

「妙な事を……」


 素足のままの足をプラプラと機嫌よさげに揺らしながら言う。


「ねぇロレス。私、あんたに面倒見てもらえてよかった」

「何だ急に」

「ちゃんと言っておこうと思って。もうすぐ旅が終わるし。そしたらあんたどっか行っちゃうでしょ?」


 ピタと手が止まってしまった。

 すこしだけ間をおいて、再び手を動かす。


「本当はミラージゥの街あたりで姿をくらまそうとしてたんじゃないの?」

「……」

「図星ね」


 シエナの言う通りだ。

 砂漠で翼竜を倒したシエナ達を見届けた後。

 すぐにこのパーティを抜けるつもりだった。

 だが、ずるずるとこんなところまで旅を共にしてしまった。

 誰とも関わらずに終えるつもりだった私が、今はここに居心地の良さすら感じている。


「だから、練習がてら伝えておくわ」


 椅子から立ち上がったシエナがくるりと振り返る。

 柔らかなスカートが風をはらんでふわりと広がる。


「ありがとう。ロレス。私の我儘に付き合ってくれて。あんたじゃなきゃ私は強くもなれなかったし、ユリウスを見つける事も出来なかった。これでもちゃんと感謝してるの。良い師匠に出会えたって」


 向き直ったシエナのがこちらをまっすぐに見つめた。

 芯のある紅い瞳。

 見慣れたその眼が私を見ている。


「私、あんたの事結構好きよ」


 短く、彼女の口から発せられた言葉。

 ……私にはもったいない言葉だ。


「その言葉は本命にとっておけ」

「そ、それは別の話よ。いまは師匠のあんたにちゃんとお礼を言う時間なんだから!」


 私相手に頬を染めているようでは先が思いやられる。

 柄にもないことをするからだ。

 ……まぁそれは私も同じか。

 互いにユリウスに絆されてしまったのだから仕方がない。


「じゃあ、行ってくるわ」

「あぁ」

「もう少しは居るんでしょ?」

「あぁ」

「勝手にどっか行かないでよ?」

「あぁ」


 ブーツに足を突っ込みながらシエナは言う。

 その問いに短く私は答え続けた。

 ローブを羽織った彼女は、やはり剣士の装いとは違う。


「おい」


 浮足立ってそのまま出て行こうとするシエナを呼びとめる。

 そして彼女の愛剣。夕刻の星(ヴェスパーライト)を剣帯ごと放った。


「剣を忘れる剣士があるか」

「ちょ、ちょっと気が抜けてただけよ!」

「……転ぶなよ」

「子ども扱いしないで!!行ってきます!!」


 バァンと開け放たれ、同じようにバァンと勢いよく閉められた扉。

 それをやれやれとため息を吐きながら見送りベットに横になる。


(……もう少し、もう少しだけもってくれ)


 強い眠気に目を閉じた。

 終わりは近い。

 長い間生きてしまった私の終わり。

 せめて1人で迎えたい。

 大事な仲間に、屍などをさらしたくないのだから。


 だがそれ以上に、あの2人を故郷まで送ってやりたい。

 シエナ。そしてユリウス。

 私を私として慕ってくれているあの2人に、私が最後にしてやれることだから。


 ---


 《ユリウス視点》


「じゃあ、ボク達は行くけど本当に大丈夫?」

「あぁ、大丈夫」


 とりあえずは平静を取り戻した。

 ヒッヒッフーの呼吸はすべてを解決する。

 ……なんか違うな。

 やっぱまだちょっとだめかもしれない。


「街は1人で回るよ。面白いものあったら仕入れといて」

「わかった。何かトラブルあったら魔法を空に撃ってくれ。ボクとイーレがすぐ駆けつける」

「お願いします」


 イーレを肩車したエルディーヌ。

 少し行ったところで彼らは駆け足で露店通りを目指した。


 彼らを見送って、周囲を眺める。

 賑やかで大きな街ではあるが、作りは質素で飾り気がない。

 だが、石の彫刻や凝った装飾の石柱がところどころに鎮座している。

 岩窟族の技術力を見せつけてくれるそれはどれも雄々しく繊細だ。


 場所は街の広場。

 真ん中にディトーンの石像が立っているこの広場は、部分的に石畳で舗装されている。

 ここのディトーンの像は以前イーレが言っていた通りに耳と尻尾がある。

 あと、胸毛がすごい。

 ライオンのたてがみみたいな胸毛がもっさりと生えている。


 基本的に街の作りは木材が材料になっている。

 造船技術をそのまま流用したような建物が並び、屋根は藁を敷き詰めた屋根だ。

 自然豊かなディティスらしいと言えばらしい。


 今いるここはちょうど街の入口に当たる。

 山側からの入口なのでそれほど人もいない。

 岩窟族の集団が重そうな荷車を数人がかりで押していたり。

 あとは、鱗の民か。

 蜥蜴頭の魔族たちが何やら杖を掲げて名乗り合っている。

 有名人の遠い親戚である!みたいなスタンスはあの一族共通のものらしい。


 そんな光景を端っこに乱雑に置いてある木箱に座って眺めた。

 ロレスの言う通り、帽子と杖とローブ。

 フル装備のマジカルユリウスの心は今日は曇り空だ。


「……あ」


 ぼんやりとして居たらビュンと風が吹き、帽子を飛ばされた。

 伸ばした手などもう届かぬ距離に一吹きで運ばれてしまった。


「よっ!」


 それをジャンプしてキャッチする女性が居た。

 ふわりと風に舞い、同じように軽やかに地を蹴った彼女。


 青い空と正反対の鮮やかな赤い髪が躍る。

 眼を奪われた。

 暖かな日差しを一身に受けたその姿が意識に焼き付く。


 髪留めで左右非対称に留められた髪形。

 左側にサイドアップのように流された後ろ髪は風に揺れる。

 右側は髪留めでかき上げられてうっすらと化粧された綺麗な顔が良く見える。

 真っ白の毛皮のローブを翻しながら、彼女は再び地に足を着ける。

 かかとの高いブーツがカツンと音をたてる。


 髪を払いながらこちらに向き直る彼女。

 剣士になってからはあまり着ることの無いスカート姿。

 白いブラウスをレザーのコルセットベルトで引き締めている。

 すこし落ち着いたワインレッドの色を基調としたドレススカート。

 レースのフリルが揺れるそれは、おそらくシェリーのセンスだ。

 相変わらず服の事に関しては天才的に趣味が良い。

 少女らしさと淑女らしさが同居する女性の腰には見慣れた魔法剣が剣帯に納まっている。

 赤い革に金色の装飾が入った魔法剣夕刻の星(ヴェスパーライト)

 それを身に纏う人物はこの世にたった一人しかいない。


「シエナ……」


 その人である。

 見間違えるはずもない。

 だが見違えてはいる。

 彼女の誕生日パーティの時も着飾ったシエナを見たが、その時よりもはるかに綺麗だ。

 ただあの時はおしとやかさを全面に出した佇まいだった。

 今は帽子を片手にツカツカとこちらに歩み寄ってくる。

 振舞いそのものは剣士のシエナだ。


「ほら!」


 彼女は俺の真ん前に立つと、ボスンと帽子を俺の頭に押し付けた。

 ちょっと深めに被らされてしまったそれを手で押し上げて彼女に再び目を向ける。


「大事な帽子なんでしょ?しっかり被ってなさいよ」

「……」

「……何よ」


 少しだけ頬を赤らめた彼女がスッと目を背ける。

 逸らされた視線すらも綺麗だ。


「変?」

「まさか」


 即否定した。

 そこははっきりと言っておかなければならない。


「でも何も言ってくれないじゃない」

「えーっと……」


 僅かに唇を尖らせたシエナ。

 流石にそう言われると言葉が詰まった。

 こういう時、俺の語彙力は死滅的だ。


「その……綺麗です。よく似合ってます」

「……それだけ?」


 おーっと。

 こっちとしては結構頑張って絞り出したんですがねぇ。

 眼を向けているだけでも高鳴るヘタレハートを押さえつけるの必死なんですよ?お嬢様。


 顔を若干背けながらも、彼女はちらちらと期待のまなざしをこちらに向けている。

 ええい。

 ままよ。


 俺はパッと彼女の手を取って立ち上がった。


「綺麗です!シエナ。いつものシエナも素敵だけど、今日の君はうんと綺麗だ!」


 いつも俺からそらしてしまう視線を彼女の赤い瞳に合わせ続ける。

 きっと、彼女も気合を入れてくれたのだろう。

 ただの街散歩だというのもわかっているはず。

 だからこそ、着飾ってくれた彼女には最大の賛辞を贈らねばならない。

 すでに顔が真っ赤っかになっていてもかっこつけて行くしかないのだ。


「あ、あと……その……えっと……」


 しかし、それ以上は言葉が続かなかった。

 もっと、美しいだとか。まるで女神だとか言いたかったが。

 俺も彼女もただただ口をパクパクさせるだけとなってしまった。

 どうやら互いに限界を迎えてしまったらしい。


「きょ、今日はこれで許してあげる!」


 バッと手を払いのけて、彼女は腕を組みそっぽを向いた。

 だがそれが照れ隠しだということぐらいは俺も十分に理解している。

 背けた顔が耳まで赤い。


「……ところで、なんでそんな服を?」


 ちょっとホッとしたところで素朴な疑問をぶつけてみた。


「こ、これは気分転換!あんた最近、眼を離したら落ち込んだ顔しているし……」


 そこまで言ってシエナはハッと自身の口を覆った。


「それって俺の為──」

「か!勘違いしないで!パーティの雰囲気を考えての事よ!別にあんたの為なんかじゃ……何よ!」

「いいえ?」


 俺はニヤニヤが抑えられなくなって頬を手で覆っていた。

 典型的なツンデレセリフがシエナの口から飛び出したこと。

 そして本当に彼女が俺を想って着飾ってくれたこと。

 そのダブルパンチな喜びで表情筋が限界を迎えていた。


「もういい!さっさと行くわよ!!」


 まるで威嚇する子犬のように彼女は唸ったあとにずかずかと街へと向かった。

 ……ちょっとだけ待ってみる。


「ユリウス!はやく!!」

「今行きまーす」


 お気に入りのやりとり。

 足取り軽く、彼女の一歩後ろを歩いた。


 ---


「……で、結局向かうのはギルドなわけ?」

「両替しないと今後買い物できませんからね」


 この港街ではそうでもないが、今後ディティス列島帯を進めばベルガー通貨は使えなくなる。

 早めにディティス通貨に変えておいて損はない。

 それにベルガー通貨の方がディティス通貨より価値が高い。

 より多くの軍資金を得ることが出来る。

 為替の勉強はもっと本格的にやるべきだ。うん。


 ということでギルドの酒場。

 通りに面したこの店は天井が低く、床はそのまま地面になっている。

 サラサラの砂が敷き詰められたその店は、床にゲロっても土魔法で簡単に掃除できてしまう。

 調度品も少なく、暴れられて壊されても被害は少ない。

 酒呑みの多い水夫を相手にするのに最適化した作りになっていた。


 スイングドアを開け、シエナを通してから締める。

 そうしないと彼女は扉を蹴り開けるのだから頂けない。

 スカートの中身が見えたらどうするのか。


「ありがと。ユリウス」

「いいえ?シエナ」


 やんごとなき貴族なやり取り。

 店内の客もなんだアイツらと一斉に視線を俺たちに向ける。

 まぁ、それ自体は慣れっこだ。

 今更ビビることも無い。


 昼飯時もとうに過ぎて客はまばらだ。

 丸テーブルに酔いつぶれた水夫が数名と、奥に女魔術師の集団。

 こちらを睨む冒険者が数名、どれも人族だ。ベルガーからの流れ者だろう。

 カウンターには坊主頭の男が涼しい顔で火酒をあおっている。


「いらっしゃい。今日はどういった御用で?」

「両替を。あとおすすめの薬屋など教えてもらえれば」

「はいはい。両替はちょっと時間を貰うよ。あと薬屋だったら波止場の近くにスゥツゥって耳長族の店がある。酔い止めなら間違いなくそこさね」


 恰幅の良い受付女性が陽気に答えてくれる。

 これは良い情報をゲットだ。

 財布を預け、店を見渡す。

 案の定シエナは依頼掲示板の前で腕を組んでいた。

 彼女は根っからの剣士だ。

 元々冒険者や英雄に強い憧れがあっただけに、何かと討伐系の依頼を受けたがる。

 まぁ彼女ほどの腕前ならば少々の魔物は朝飯前だろう。

 ただし卑人(ゴブリン)系は駄目だ。

 とっても良くないビジョンがありありと浮かぶ。


「シエナ」

「見てるだけよ」


 ジッと鋭い目線で依頼を読み漁る彼女の横顔にちょっと見とれていた時だ。


「おいおいお嬢ちゃん。お嬢ちゃんに討伐依頼ははやいんじゃないのぁい?」


 酒臭い男が千鳥足でこちらに向かってくる。

 ギロリと睨みつけるシエナの前に俺が立ちふさがる。

 シエナはけんかっ早い。

 そして強い。

 怪我人が出てしまう前に穏便に済ませたい。


「おろ、弟君と仲良く冒険者ごっこかぁ」

「ははは、そんなところです。見てるだけですからお気になさらず」

「お兄さんがおすすめを教えてやるよぉ!なぁちっさいのぉ!!」


 グシャリと帽子の上から頭を押さえつけられ、そのままグリグリと押さえつけられる。


(このっ……!)

(抑えて!)


 剣に手をやったシエナ。

 その右腕を俺が上から掴んで抑え込む。

 穏便に!

 俺は穏便に事を済ませてシエナと街を歩きたいんだ!


「そんなボロいローブまで着て、親も碌な稼ぎがねぇんだろうなぁ。かぁわいそうになぁ?ん~?」

「あ?」


 ビキリとこめかみに血管が浮かび上がる。

 申し訳ないが、俺の前で両親への侮辱は地雷だ。

 今度は俺が吹きあがる魔力を抑えにかかる。


 以降もあーだこーだと絡み酒な男。

 そろそろ2人そろって武器を振りかぶろうかというそんなところで。


「はぁい!そこまでよんっ」


 と声がし、酔っ払いの男の腕をひねりあげる人物が居た。

 カウンターで酒を飲んでいた坊主頭の男だ。


「お酒が入ってるのはわかってるけど、相手はよく見た方がいいわよ~?」


 だが口調がおかしい。

 体つきも顔つきも男のソレだが、口調と物腰が女性だ。

 レザーのジェケットを着こなした彼はどこぞのマイケルさんみたいなダンサースタイルだ。

 ただしそのホリの深い顔にはコッテリと化粧がされている。

 アイシャドーやチークに口紅なんかもべっとりだ。


 この世界にもオカマという存在はいるらしい。

 正直初めて見た。

 まぁ、前世でもこんなにコテコテな感じの人はアニメで見たくらいだろうか。


 そんな坊主頭の彼に捻りあげられた酔っ払い。

 腕の痛みに酔いも眼も冷めたであろうその男がこちらをみてギョッとしている。


「は、灰色の三角帽子に白銀の杖!?こ、こいつまさか!?《魔道士》ユリウスか!?」

「大当たり~。二つ名付きの英雄にそんな事してたらあなた死んでたかもよぉ?ついでにそっちの可憐なレディは《赤角》のシエナ。ベルガー大陸を震撼させた凄腕剣士よ?」


 途端に酒場がざわつき始める。


「《魔道士》だってよ」「まさかユリウス・エバーラウンズ?」「救国の英雄に会えるだなんて……!」


 青い顔をする者や、好奇のまなざしを向ける者。

 客の中には祈るように指を組むものも居た。


「おぉ……!!!やりましたよシエナ!ついに俺にも二つ名が!!」

「よ、よかったじゃない」


 シエナの手を取って小躍りする。

 二つ名は一人前の冒険者の証。

 厳密には俺は旅人だが、それでも嬉しかった。

 《魔道士》。

 悪くない。

 自称魔道士であったのが自他ともに認める二つ名へと昇華した。

 まぁ、かっこよさであればもっと、爆炎!とか雷鳴!とかのが好きだったが。

 うん《魔道士》。

 《魔道士》ユリウス。

 いいんじゃないでしょうか?


「さ、あんたはあっちに行く!この子たちの寛大な対応に感謝することね!」


 しっしっ!とその坊主頭の彼は酔っ払いを開放して追っ払う。


「ありがとうございます。助かりました」

「いいえ?今を時めく救国の英雄2人。本気で暴れられたら街ごと消えちゃうものねぇ?」


 あはははと大声で笑った彼。

 流石にそこまでの事はしないが、彼なりの冗談なのは分かった。


「よくわかってるじゃない!」


 何故か胸を張っていうシエナ。

 お嬢様?あれは物のたとえと言うものでございますよ?

 まさか本気で街を潰すおつもりで?

 ……《赤角》には実績があるから侮れない。


「はい、お待たせ!両替できたよ!」


 騒ぎを知ってか知らずか、後ろから受付嬢が俺に両替の終わった財布を渡してくれる。


 ベルガー通貨を両替してすこーしだけ重くなった財布。

 為替レートの関係でディティス通貨が割増しで手に入ったのだ。

 逆に言うとこのお金はアリアーでは目減りしてしまう。

 もしアリアーへ資金として持ち込む場合は魔石などの物資に変えておいた方が良い。

 旅人的ワンポイントアドバイスだ。


 ちなみにこのディティス通貨は潰したベイゴマのような形をしている。

 黒い金属で作られたその貨幣は角銭と総称されていた。

 数え方的には今までと大差ないが、また一から覚えなければならない。

 ちなみに最も価値が高いのが丸銭。

 そこから、八角銭、六角銭、四角銭と価値が減っていく。

 黒パン1つが六角銭1枚か四角銭10枚。

 アリアーでは銅貨1枚で買うことが出来るので最低硬貨の価値は十分の一ということになる。


「あたしはジョゼフィーヌ。ジョズでもジョゼフでも好きに呼んで頂戴?」


 そう名乗った彼はパチンと嫌味なくウインクをする。


「本当は旅のお話を聞かせてほしかったのだけれども。せっかくのデート中に邪魔してごめんなさいね?」

「で、デートじゃないわ!ただの護衛よ!!」


 全力否定のシエナ。

 ちょっとショックだ。


 そんな思いが顔に出ていただろうか。

 シエナは一瞬俺の方を見た後に少しだけ顔を赤らめて何か言おうとした。

 だが何も思い浮かばなかったようで、代わりにグイと俺の帽子の鍔をしたに引っ張った。

 おそらく照れ隠し。


「でもあなたたちこれからが大変よ?……ほら、騒いだから嗅ぎつけて来たわ。ユリウス。シエナ。ごめんあそばせぇ?」


 ジョズはそんなことを言ってそそくさと店の奥へと下がっていった。


 小首をかしげていると、地響きが近づいて来る。

 そしてそれは直ぐに酒場へと到達した。

 バンと勢いよく開かれたスイングドアはしばらく閉じる気配が無い。

 それもそのはず。

 この狭い酒場にその場を埋め尽くすほどの大人数が突然押しかけてきたのだ。

 多種多様な外見の人々が一斉に俺を取り囲む。


「《魔道士》ユリウスはこちらか!?」

「救国の英雄が来たって本当!?」

「ユリウス殿!ユリウス殿!どうか依頼を受けてください!」

「ユリウス氏がインしたと聞いて」


 おい!最後の奴ぜったい異世界人だろ!!どこだ!!

 くそ、人が多すぎてわからねぇ!


「お願いしますユリウス様!人手が足りていないのです!皇国復興にご助力を!」

「木材の調達が難航しております!風の魔法でぱぱぁっとやっつけてくださいよ!」

「魔獣の脅威はご存じでしょう!ぜひ我が家の門番に!!」

「今なら獣人族さらってチョロく儲けられますよユリウス氏!」

「最後のぉ!!最後の奴出てこい!!」


 尚も鮨詰め状態で無理難題を押し付けられる。

 右も左もこちらに懇願する顔が並ぶ。


 英雄に憧れこそした。

 偉大な祖父のように胸を張って生きたいとも思いもした。

 だが、これは如何なものか。

 英雄と呼ばれるようにいざなってみれば、便利屋として引っ張りだこだ。

 アレキサンドルスが王国守護の騎士として囲われていた理由が分かった。

 そしてロレスが街に出れば実感が持てると言っていた理由も。


(でもこれは実感というか実害!)


「ユリウス様!わたくし独り身でして!良かったら今夜如何です?」

「娘と!娘と食事をしてくれませんか!!」

「俺たちのパーティに入ってくれ!金は払うよ!なぁ!?」

「その倍は出すぞ!《魔道士》!!」

「この子の名付け親になって下さい!」


 てんやわんやの店内。

 仕事の依頼かと思えば、よくわからないお願い事まで多岐にわたる無茶ぶり。


「ユリウス様!」

「ユリウス殿!」


 こちらに助力を願う向ける人々の群れ。

 誰しもが俺を頼ってくれることは嬉しいが、それ以上に怖かった。

 断ったらどうなる?

 もしこの中に俺への恨みを持つ人物が居たらナイフで刺されるんじゃ?


「ちょ、ちょっと待って!どうか1人ずつ!」


 何人もの視線が俺へと注がれ、皆一様に俺への助けを求めた。

 目が回って、パニックになりかけたときだ。


「こっち!!!」


 そんな声と共に俺の手が強引に引っ張られた。

 人垣を突き破りまっすぐに酒場を突っ切って走る赤髪に手を引かれて、後を俺は必死で追った。

 頼りになる俺のナイト様だ。


「シエナぁ!たす、助かりまし……っ!」

「泣かない!!」


 厨房の中を走り抜ける。

 料理人たちの驚く顔を横目にしながら、シエナは裏口の扉を蹴破る。

 裏路地に出た2人。

 シエナが手を引っ張ったまま俺を先導する。


「何なのあいつら!」

「どうやら英雄に縋りつくほど困っている人たちみたいです」

「呆れた!!甘えてるだけじゃない!!」


 事情はあるのだろうが、そこまで殺到されては助けようがない。

 せめてマンツーマンで頼みたい。

 俺とて万能ではないし体は1個だ。


 ゴミ箱を飛び越えて、その先にある大通りを目指す。


「こうなったら買い物どころじゃありません!宿に戻ります!」

「酔い止めくらいは買うわよ!!」

「俺が居れば良いって言ってくれたじゃないですか!」

「それとこれは別でしょ!?」


 小さな階段を飛び降りて息を切らせながら大通りへと飛び出す。

 明るい日差しが射す中、大きな風呂敷を広げた商人たちが座り込んでいる通り。

 どうやら露天商の通りに出たらしい。

 客引きの声がそこかしこから聞こえている。


 しめた!ここならエルディーヌ達と合流できる!

 そう思い、辺りを探し始めたときだ。


「おお!?あんた《魔道士》様じゃないか!?」


 間髪入れずにこちらに目の前を歩くおじさんが気が付いた。

 2人して「げ」と声に出てしまう。


「うそ!?救国の英雄!?」

「うおおお!すげぇ!サインくれ!!」


 あれよあれよという間に人混みがこちらへと向かってくる。

 一瞬シエナと目配せをした後、すぐさま反転して裏路地へと逃げ込む。

 せっかく来た一本道を再び走る。


「いやぁ!有名人ってこんな気分だったんですね!?」

「呑気なこと言ってないで……ユリウス!前!」

「「《魔道士》様~!!!」」


 先ほどまで酒場に押しかけていた人たちだ。

 どうやら俺たちが来た道をそのまま追ってきたらしい。

 厨房の人たちの心労が思いやられる。


 急ブレーキをかけてもう一度大通りへと足を向けるが、そちらからも大勢人が追ってきている。


 せっかく英雄と呼ばれるようになったのに。

 これでは衛兵に追われていた指名手配時代と何も変わらない。


「逃げ場が無いわ!」

「いいえ!まだあります!!」


 普通の英雄であれば、まぁ人混みに埋もれてしまうだろう。

 だがシエナは忘れている。

 ここに居る魔道士がユリウス・エバーラウンズであるということを。


「失礼しますよ!」

「え?ひゃあ!!」


 腹を決めて彼女をお姫様抱っこする。

 おんぶでは無い。

 お姫様抱っこだ。

 これだけは譲らない。

 鎧を着こんでいれば少々きつかったかもしれないが、彼女はいま軽装だ。

 日々筋トレをつづけた俺に不可能は無い。

 腰を痛めてでも抱えて見せる。


 姿勢制御開始。

 熱輪出力最大。

 全魔力を上昇推進力へ。


 熱輪が現れ、ヒィィンと甲高い音が響く。

 激しい熱と風が裏路地を吹き荒れる。


「行きます!!しっかりつかまって!!」


 トンと地面を蹴った。

 星雲の憧憬(ネビュラ)が起動した瞬間にグンと空へ引っ張り上げられる。

 多くの民衆を前に、世にも珍しい空飛ぶ魔道士が飛翔する。

 炸裂音とシエナの絶叫を置き去りにして、景色は裏路地から開けた街の上へと切り替わった。


 あっという間に屋根の上を遥かに見下ろしながら、風を切って進んでいく。


 彼女は俺の言葉通りしっかりつかまってくれていた。

 首に手を回し、さらにはローブの背中側をギュッと掴んで。

 もちろん悪い気はしない。

 ただこちらにも恥ずかしいという感情もあるので、ちょっとだけ体を離してほしい。

 ちょっとだけでいいのだ。

 せめて胸の所に間隔を開けてほしい。


「シエナ、そろそろ苦しいです……」

「え!?なぁに!?」

「もう大丈夫だと言ってるんです!」

「聞こえない!」


 きっと俺の声が聞こえているのに、彼女はそういうのだ。

 楽し気な笑い声が聞こえる。

 高揚した表情で彼女は流れていく景色を眺めていることだろう。

 耳元で激しく鳴る風鳴りに会話が阻まれぬように、互いに自然と顔を寄せていた。

 せっかくなのでこのまま遊覧飛行と行こう。

 波止場の近くにあるというスゥツゥの店とやらに向かう。


 杖に魔力を込める。

 きらり光って急降下。

 ゴーと吹かして急上昇だ。


「ユリウス!もっと早く!」

「了解!」


 屋根の上すれすれを飛ぶようにして一気に加速し、空へと駆け上がる。

 2人分の歓声を残しながら、星雲の憧憬(ネビュラ)の飛行音が街に響いた。

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