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第六十一話 「目覚めと迎え」

「《剣豪》アレキサンドルスの孫。貴様に決闘を申し込む!!」


 復興している最中の街中で獣人族の男が声高に叫ぶ。

 扱いの難しい刀剣、鍛え抜かれた体。重そうな鎧をもろともしないその膂力。

 どれを見ても生半可なチンピラには見えない。

 《絶剣》アルフリードと名乗る彼は間違いなく手練れだ。


 彼に恨まれたり、決闘を申し込まれるようなことをした覚えは無い。

 指名手配犯としての俺を追ってきているわけでは無いようだ。


(戦う理由は無い……よし)


 二つ名持ちの剣士がどれほど強いかは想像に易い。

 ヘタしたら建物ごと真っ二つだってありうる。

 直したての街中での戦闘は避けたい。

 ここは穏便に済ませよう。


「我が名はユリウス・エバーラウンズ!」


 通りのど真ん中で椅子から立ち上がった。

 声高に、野太く名乗りを上げる。

 同じ土俵に乗ることが対話の一歩でもある。

 ボロボロのローブを翻し、出来るだけ偉そうに振舞う。


「アルフリード!貴殿の決闘に受けるにあたり幾つか確認したい!よろしいか!?」

「良いだろう、そのくらいは許してやる」


 不敵な笑みを浮かべつつも彼は刀を降ろす気配が無い。

 正面構えのままの彼に、俺もなるべく騎士っぽく話す。


「今日は日柄が悪い!日を改めたく思うが如何か!」

「断る!」

「決闘を受けたら貴殿はどうする!?」

「斬る!」

「決闘を受けなければ俺をどうする!?」

「斬る!!」


 こりゃ駄目だ。

 ライオンを胸に付けたロボットと合体しそうなお兄ちゃんに近い彼の声。

 殺気むき出しと言うよりは、彼はおそらく戦闘狂だ。


「あいわかった!」


 話が通じないということが良く分かったのでそう返事する。

 仕方がない、俺が剣士としての実力も相応しい武器も持っていないことを証明しよう。


 スッと腰に手を回す。

 あまり使う機会は無いが、いつも腰の後ろにはナイフを装備している。

 母サーシャからもらった盗賊のナイフ。

 もう実家から持ってきた荷物はこれと体だけだ。

 それを引き抜いて彼に向ける。

 横一文字に左手を添えながら構える。


「……なんのつもりだ、てめぇ」

「生憎とこれより大きい刃物を持ち合わせていませんので……!」



 どうか見逃してほしいと続けようとした。

 しかしそれよりも早く、ビキリと彼の額に血管が浮き出る。


「ユリウス!それはまずいって!」


 エルディンの声が聞こえたときには俺も血の気が引いていた。

 今思い出した。漫画でもあったじゃないか。あれは逆だったが。

 どっちにしてもこれは、剣士に対しての挑発行動だ。


「上等だコラァ!!!!!」


 怒りに任せて彼が突撃してくる。

 鋭い踏み込みからの大上段からの一撃。

 冷静さを失ったその一振りは素人の俺でも組み合える。


 ──お嬢様の剣を受けてはなりません。


 脳裏にベンジャミンの声が思い返される。


(壊撃──ッ!)


 横っ飛びに転がるように回避する。

 いつかと同じように背後で石畳が音をたてて砕け散る。

 だが規模が桁違いに大きい。

 辺り一面の地面が大きくえぐれている。

 直したばかりの大通りの地面が無残に破壊されている。


「避けてんじゃねぇえええ!!!!」


 横薙ぎ、からの刃を返して切り上げ。

 当然ナイフなんかで受けきれる攻撃じゃない。

 星雲の憧憬(ネビュラ)、そして石柱ジャンプを駆使して何とかかわす。


「──ルァアア!!!」


 クルリと体を回した回転斬り。

 あまりに鋭く踏み込まれた一撃をかろうじてナイフの腹で止めた。

 ビリビリと手がしびれるような魔力の波。

 壊撃の魔力を周囲の被害が出ぬように上に向けて反らした。

 だがそのまま刀を振り切られ、再びギルド前のオープンテラスに吹き飛ばされる。

 何脚もの椅子や机に体をぶつけながら地面を転がる。


 すぐさまに顔を上げる。

 身をひねりながらアルフリードが刀を振りかぶり飛び込んでくる。


「クッ!」


 石柱で自分を持ち上げてすぐに迎撃態勢を取る。


拡散(フレシェット)!」

「小賢しい!!!!」


 轟音を響かせて雷轟の射手(トリガー)が火を噴く。

 それを薙いだ刀の軌道が一瞬ブレた。

 刀身そのものが分身したようにも見えるその一閃が、30発ほどの小さな矢じりを全て空中で切り落とさす。


(マジかよ!)


 炸裂推進で距離を取るが、獣人族の身体能力は人族の比ではない。

 目前に迫ったアルフリード。

 煌めく閃光が俺の首を狙う。


 咄嗟に近くにあったエルディンの剣。

 シルビアを掴んで組み合った。

 硬質な音と火花を上げながら、踏みとどまって鍔ぜり合う。


「ちょ!シルビアは返して!」

「見てないで助けろよ!」

「勝負に集中しろぉおお!!!!」


 刃を振らぬままにバシバシと壊撃を打ち込まれる。

 魔力の波で殴りつけられるような衝撃が体を貫き、足元の石畳が粉々に砕けていく。

 組み合ったままに彼は壊撃を、俺は穿つ雷轟の射手(パイルトリガー)を展開した。

 極近距離でのギリギリの攻防。

 彼の刀が氷の弾頭を砕きながら迫る。


「とどめだ!!!」


 八相構えからの渾身の突き。

 踏み込みで石畳が砕けるほどの必殺の力の乗った一撃が来る。


「そこだ!!!」


 魔法剣に魔力を回す。

 先日完成したばかりの必殺壊撃返しを繰り出す。

 迫る鋭い刃のような魔力を捉えた。


 その瞬間だ。


『いったあああああああ!!!????』


 交わる剣の間にゴウと風が吹き荒れた。

 体を持ち上げて吹き飛ばすほどの強烈な空気の塊が俺とアルフリードの双方を弾き飛ばす。


 再び椅子と机に体をぶつけながら吹き飛ばされる。


 何だ!?

 何が起こった!?

 風の魔法なんて一切使ってないぞ!?


 そう思って体を起こすと、目の前に女の子がいた。

 緑の髪に金色の眼。

 小さな体を薄緑色のワンピースで包んだ少女。

 ほのかに光って見えるその子は腰に手を当てて大層怒った顔で俺を見ていた。


『このバカ・グラッド!!!!』


 バシィと思い切り平手打ちを食らった。

 思わず眼を真ん丸にして頬に手をやる。


『気持ちよく休眠してるになに焦げ臭い魔力ぶち込んでくれちゃってんのさ!?』

「いや、なんのこと……」


 正面蹴りが顔面に蹴り込まれる。

 うそ。

 この子履いてない。


『私を使っていいのはエルだけだっての。この落とし前どうつけてくれるのかなぁ!?かなぁ!?』


 そう言いながら襟首を締め上げる彼女。


「ど、どちら様か存じませんが、話を聞いてくだしあ……」

『問答無用!!歯ぁ食いしばれぇ!!』

『シルビア!!!』


 握りしめられた小さな拳が俺の頬を打ち抜く直前にエルディンの声が彼女を呼んだ。


 シルビア。

 シルビア!?

 この小さいのが大風魔霊シルビアと!?


『思ったより、早い再会だったね。おかえりシルビア』

『……フン!』


 突き放すように俺の襟首から彼女は手を放す。

 そして生意気そうに腕を組んで背を向けた。


『目覚めは最悪だけど、あんがと。ユリウス。でも次は無いからね!』


 スゥと溶けるように消えた彼女。

 手元に落ちていた魔法剣シルビアに再び魔力が宿り、色あせた翡翠石が輝きを取り戻していた。

 そしてその剣はふわりと浮き上がる。


『ベーっだ!!』


 あかんべーをされたらしいが、剣の形ではその表情はわからない。

 ヒュンと飛んだシルビアはエルディンの手に納まった。

 パチンと鞘に収まったシルビアがほのかに光を放つ。

 それを愛おしそうにエルディンは撫でた。


 ……いや、何がどうなってるんだ。

 というか俺はぶたれ損の蹴られもうけなんだが。

 お宅のお嬢様にいったいどういう教育してますの?エルディン。


「何をごちゃごちゃやってる!!!」


 忘れていたわけではないが、アルフリードが再び立ちはだかる。

 焦って立ち上がろうとして近くの椅子を掴み損ねて転んでしまった。


 当然。その隙を彼は見逃さない。

 だが刃は俺に届かない。


 エルディンが音もなくシルビアを抜き放ち。

 踏ん張るでもなく、力むでもなく手首を返すだけでアルフリードの剣撃を止めてた。


「何の真似だ《銀の勇者》!邪魔をするなと言ったはずだぞ!」

「生憎、もう片腕じゃない。それにボクの友人も十分君に付き合った。刀を下げろ」

「ふざけるな!!勝負がつくまでが決闘だ!!邪魔立てするならお前も斬る!!!」


 ギャンと剣をはらったアルフリードが踏み込む。


「そこまでぃ!!!!!!」


 野太い男の声が鼓膜をつんざくような大音響で轟いた。

 誰しもが振り向いた先に、大男が居た。

 金色の髪に青い目の初老の男。

 日焼けした肌には深い皺がいくつも刻まれている。

 主に眉間。気苦労の絶えない人なのだろう。

 だが参謀と言った風ではない。

 頬の傷、鈍く光る黒色の鎧と黄色のマフラー。

 そして背中に背負われた巨大な鉄塊。

 剣と言うには……という風貌の超大型剣がそこにある


「《剣将》ザルバ・シグ・レオスグローブ。また大物が出て来たなぁ……」

「知ってるのかライディン!!」

「君さぁ、少しは反省しなよ……」


 敵であってはたまったものじゃないのでエルディンの後ろにコソコソと隠れた。

 見た目的にはアレキサンドルスに雰囲気が似ている。

 落ち着き払った、威厳のある騎士。

 細く、そして鋭い小さな青い眼が俺とエルディンをちらっと見た後にアルフリードへ向けられる。


「アルフリード、気は済んだだろう。街の者もみな怯えている。狼藉はそこまでだ」

「狼藉!?狼藉だと……!?」


 まるで子供を嗜めるような物言いだった。

 だが、アルフリードは牙を剥きだしにして唸るように彼に刃を向けた。


「狼藉以外の何がある?年端の行かぬ子供を痛めつけるなど、誇り高き騎士の行いではあるまいよ。斬るならばワシを斬ればよかろう。斬れれば、の話だがな」

「なら望み通り斬ってやるよ!老いぼれがぁああ!!!!」


 ドッっとアルフリードが加速した。

 風を切り裂きながら振り上げた刀。

 一切の容赦なくその刃が振り下ろされる

 しかしザルバは全く身構えなかった。

 剣を手にするどころか、腕を上げることさえしない。


「危ない!」


 咄嗟にザルバの前に土壁を展開した。

 全く魔力を練らずとも、刀の軌道を反らせると思った。

 だが。


「心配ご無用」


 明朗な声が壁の向こうから聞こえたとほぼ同時。

 魔力で練り上げた土壁が爆発した。

 その飛礫の奥からザルバが姿を現す。

 背中の大剣を抜かずそのまま体をひねって居た。

 低く構えた腰、そして鍛えた腕の筋肉が鎧越しにでもわかるくらいに盛り上がり、そのままアルフリードの刀にぶち当たる。


「ムゥン!!」


 刀とは引いて斬る刃。

 硬質な鎧、そして大剣を両断するにはすでに距離が足りない。

 壊撃が放たれるよりも早くに彼の山のような背中がアルフリードに到達した。


 鎧同士が激突する衝突音が響いた。

 アルフリードは踏み込んだ時とほぼ同じスピードで後ろ向きに吹き飛び、そのまま地面を数回バウンドして仰向けのまま動かなくなった。


「て、鉄山靠……」


 思わず口を突いた。

 彼は剣士でありながら剣を使わずにアルフリードを1撃で倒してしまった。


「フッハッハッハッハ!愚か者めが!たかだか《絶剣》ごとき、剣を抜くまでも無いわ!」


 彼はそう言って腕を組み、声高に笑った。

 勝ち誇った笑い声が通りの人々の視線をさらに集めてしまう。


「ム。お集りの衆よ。騒がせてすまない。これにて終いである。散れ散れぃ」


 両手でシッシッと街の人々を散らしていく。

 先ほどの豪快な攻撃を見た後だと、その細々した動きがコミカルに映る。


「……《剣将》って《絶剣》より強いの?」

「強いよ。段違いに強い。アリアーの《剣豪》。ディティスの《剣将》。テルスの《剣鬼》。彼らの強さはガチだ」

「ガチっすかぁ……」


 エルディンはそう語る。

 アレキサンドルスの戦いぶりは幼い頃に身近で見たことがある。

 野犬の襲撃をものともしない祖父は確かに強い。

 だが彼らほど熾烈な印象を受けなかった。

 《剣豪》の本気も見てみたいものだが、彼らほどの実力者が本気を出すとなると。

 やはり龍だろうか。


(そんなの絶対人間技じゃないじゃん……)


 肩眉をヒクつかせながら彼、ザルバを見た。

 人払いをしているはずの彼の周りには冒険者たちが数名集まっていた。

 皆剣士ばかり。

 キラキラした目をして、彼に握手を求めている。

 ザルバはそれににこやかに応じていた。

 小さい子が抱っこをせがめば、力こぶを作ってぶら下げたり。

 そのまま振り回してみたり。


「この街でも彼は英雄だ。ディティス列島帯。王都ディティシオン近衛兵。第1師団団長ザルバ・シグ・レオスグローブ。現レオスグローブ家当主でもある」

「なるほどねぇ……」


 などと話しているときに足元が陰った。

 それに顔を上げればザルバが目の前まで来ていた。

 先ほどまでのにこやかなファンサービスの顔ではなく、戦うときに見せた鋭い眼光がこちらを見ている。


「ふむ……」


 見上げるような大男だ。

 俺もそれなりに背が伸びたはずだが、それでも彼をデカく感じる。

 威圧感がすごい。


 ザルバは顎をさすりながら俺を見ていた。

 エルディンではなく俺だ。

 しがない魔道士をじっくりと観察している。


「こ、こんにちは……。ユリウス・エバーラウンズ……です」


 三角帽子を胸に当て、顔を引きつらせながら挨拶した。

 どんな時でも挨拶は大切だ。

 出会い頭に剣を抜いて斬りかかるとどうなるか。

 先ほどとっくりと見せてもらったばかりだ。


「ザルバ・シグ・レオスグローブである。貴殿が《剣豪》アレキサンドルスの孫とは、まことか?」


 ……いっそ、違いますと答えてしまいたい……。

 だが、それは出来ない。

 エバーラウンズ家の嫡男として、ここで尻込みするわけにはいかない。

 キッと視線を上げた。


「ま、まことです!」

「左様か」

「左様です!」


 全肯定で行くスタイル。

 最近は話を聞いてくれない系の剣士ばかりに巡り合っている。

 ここは1つ穏便に。

 そう!穏便に!


「初めまして、ザルバ様。お、お会いできて……光栄……」


 笑顔を取り繕って世辞の句でも述べようとしたら彼はズンズンとこちらに歩み寄った。

 饒舌に回りだしたと思った口は直ぐに動きを悪くした。

 目の前でどこぞの羅王かと思うほどの大男が逆光に立っている。

 先ほどまでファンサービス全開だった《剣将》。

 それがいま、グワと俺の両肩を掴んだ。


「いやぁ、流石よな」


 ポンポンとそのまま両肩を叩かれた。

 あんまりにもデカイ手だ。

 鎧越しとはいえ俺の二の腕を丸っと包み込むほどにデカイ。

 それが見た目とは反対に繊細に俺を称える。


「身構えない者を、向けられた剣から咄嗟に守る。誰にでも出来ることではあるまい。流石は我が友アレクの孫よ。うむうむ。血筋は健在であったな」


 そう言いながら彼はそこに転がっていた椅子を2脚引っ張ってきて俺とエルディンに促した。

 ザルバ自身もそこにあった椅子にちょっと気を使いながら座った。

 鎧と本人の体重も相まってミシリと音をたてた。


「まさに騎士の家系よ。気兼ねせず座りなさい。ワシは貴殿らに話を聞かねばならぬ」


 今になってやっと出てきたギルドの受付嬢を彼は片手を上げて制した。

 どうやらここでこのまま話し込む気でいるらしい。


「あの、彼は良いのですか?」

「ん?あぁ。アルフリードのことか。暫し放っておけば頭が冷えるだろう。捨て置け捨て置け」


 仰向けのまま動かないアルフリードにすでに人だかりが出来ている。

 まぁ、彼がそういうなら良いのだろう。

 女の子だったらそうはいかないが、アルフリードは腹筋バキバキの剣士だ。

 うん。

 放っておこう。

 エルディンと目配せして椅子に座った。

 まるで重役との面接のようだ。


「で、貴殿ら()()の頭はそこの《銀の勇者》で合っておるかな?」

「……流石は《剣将》。ボクらの事は調べがついてるってわけだね」

「そう身構えるでない。やましいことなどしておらぬだろうに」


 ハハンとそれぞれに小さく笑いながら言葉を交わす2人。

 そしてザルバは鎧の隙間からクシャクシャに折りたたまれた封筒を取り出した。


「ワシの仕事は2つ。ひとつはこれ。ディティス王家にて交付する予定の報告書だ。事実と相違ないようであればこのまま出すがどうするかね?」


 言われながら手渡されたそれをエルディンが受け取る。

 俺も脇からそれを見た。


 書いてあることは先日の魔獣襲撃についてだ。


「……すこし時間を貰っても?」

「かまわぬ」


 エルディンにそう返してから腕を組み、足を組み。

 そしてザルバは葉巻を咥えた。

 指先から小さな炎を出して燻らせていく。

 ごつい鎧と剣のせいで威厳がすごいことになっているが、パチンコ屋で時間を潰すおじさんだ。


 それを見届けた後に書類をさっと見渡した。

 クシャクシャにこそなっているが、王家の印がある立派な用紙だ。

 書簡に入れた方が良いような長い紙には全て手書きで報告が書かれている。

 かなり急いで仕上げられているようで、少々走り書きだった。


「……概ねあってるな」

「え?もう読んだの?」

「概要書の早読みは慣れてるから」


 文字を素早く読む。

 これは生前からの小さな特技だ。

 記憶力は今の体が支えてくれる。

 一度読んだ本の内容なんかも大概覚えれる。

 若い身体って素晴らしい。


 内容としては魔獣の数や規模。

 誰がどのように対応し、結果どうなったか。

 被害の概要や死傷者の数。

 そう言ったものがザックリとかかれている。


「……エルちょっといいか?」

「なんだい?」


 彼にヒソヒソと耳打ちした。

 聞かれて困ることでも何でもないが、一応この襲撃の重要事項だ。

 彼の意見を聞かずには提案できない。


「……そうだね。彼への牽制にもなる。良いと思うよ」


 エルディンは快諾してくれた。

 実行に移そう。


「ザルバ様」

「む?」

「よろしければ1文付け加えていただきたく」

「ほう、なんと」

「首謀者の名を。テオドールという男の名を書き加えて下さい」


 俺は兄弟子の名を口にした。

 憶測の域を出ないとはいえ、ほぼ確定事項だ。

 彼の名が白日のもとに晒されればそう簡単に動けなくなるはずだ。

 これだけのことをしでかしたのだ。

 指名手配犯になることは避けられない。

 衛兵に追われたところで彼なら屁でもないだろうが、それでも行方を掴むことはできるはず。

 そうなれば、あとは俺たち全員で押しかけて叩き潰してやる。


「……それは出来まいな」


 しかし帰ってきた言葉はNOであった。


「な、何故です!?魔獣を引き連れていたのは彼ですし、この国を狙った大魔術だって」

「テオドールとは新ベルガー王政から遣わされた特使の名だ」


 煙を長く噴き出した後に、彼は続けた。


「貴殿らの言葉を偽りと思っているわけでは無い。政治的な問題だ。新体制になったベルガーとディティスは協定を結んだ。新しい貿易協定と移民協定。そして不可侵条約。ディティス王家とベルガー王家は互いに不干渉の位置を取ったのだ。そして──」


 ザルバはそこで一度言葉を区切った。

 靴の底で葉巻の火を消し、そのままポーチへと吸い殻をピンと放り込む。


「それを締結させたのがベルガー王家の王子。テオドール・ベルティアナ・キングソードだ」

「テオドールが、王子……」

「王子を決定的な証拠もないままこの騒乱の首謀者にするなどすれば、それこそ戦争となろう」


 失意のままに言葉が口から洩れてしまった。

 動揺が隠せない。

 しかし俺よりもその事実に衝撃を受けていたのはエルディンだった。

 彼は椅子から立ち上がり、さきのアルフリードのように額に血管を浮かび上がらせていた。

 握りしめた拳がわなわなと震えている。


「今のベルガーと協定だって……?ディティシオン国王陛下は、それがどういう意味を持っているのか知ってるのですか!?」

「……無論だ。だからこそ陛下は協定を結んだ。ディティスに住む国民の平和のためにな」


 その言葉にエルディンは一度頭に手をやり、自分を落ち着けるべく細く長く息を吐いた。

 もう一度椅子に座り直し、「失礼。」と小さく謝罪した。

 それだけ彼の威圧感はすごかった。

 ザルバの左手が背中の大剣にもうすぐかかるところだったくらいだ。


「……ザルバ殿。あなたの眼から見たテオドールの印象を聞かせてほしい。できれば詳細に」

「承知した」


 エルディンの言葉にザルバはテオドールについて語り始めた。

 テオドールが王都ディティシオンに来たのは2か月ほど前。

 アリアー大陸側の航路で来た彼らは紺碧龍(レヴィ・アタン)を退けてきたのだという。


「腕利きとは聞いていた。僅か16で王都の近衛兵になるだけはある」


 彼から見たテオドールの印象は一言に優男であった。

 線の細い黒い髪の麗人。

 キングソード家の家紋の入った青い貴族礼服に身を包んだ青年。

 それがザルバの見たテオドールであった。


「テオドール殿は養子だ。現ベルガー王妃、アイアナ様のご慈悲で名の無いテオドール殿に家名と地位を与えた。というのが表向き。おおかたアイアナ様がテオドール殿の容姿に惚れこんだのであろうな」


 彼の言う通り、テオドールは顔が良い。

 王妃とやらが見惚れるのも納得がいく。


 そんなテオドールは王都ディティシオンでは街を見て回ったりと頻繁に外出したらしい。

 護衛として付いていたザルバ曰く、彼は聖人のようにふるまったのだという。

 怪我をしている者が居れば再起(リブート)の魔術を使い。

 病気の老人には薬師として薬をその場で作り無償で手渡す。

 滞在期間中は国神ディトーンを祀る祭壇に毎日祈りを捧げ、

 率先して農業や鍛冶仕事などを手伝った彼は王都の人々にすんなりと受け入れられたとか。


(……俺の知っているテオならそうするな……)


 ネィダの下で修業しているころの兄弟子であればそういう事をする。

 彼は信心深く、薬師としても腕が立つ。

 シーミィの弟子としての彼であればきっとそうやって人助けなんかをしただろう。


 王都滞在の期間は10日ほど。

 現在彼らは来た時と同じようにアリアー大陸経由のルートでベルガー大陸へ向かっているのだという。


「同行者に妙な人物はいませんでしたか?《微笑》のガブリエラとか」

「王都ディティシオンは聖域にも近い。故にそういった不埒ものは王都に入ることすら許されん。そもテオドール殿は旅にも慣れている。連れていたのは従者1人だけだった」

「それはどのような?」

「黒い羽根飾りのついたローブを着た仮面の男だ。名乗りこそしなかったが奴も相当の手練れと見た」


 エルディンと顔を見合わせた。


「テオドールが2人居る……となると。ザルバ殿。その人物は耳長族でしたか?」

「わからんな。常にフードを被っていたのでそこまでは見ていない。だが物静かな人物であった。テオドール殿に付き、片時も離れたことなど無かった。」

「……そうですか、では可能性は捨てきれないか」

「どういう事だ?エル」

「耳長族には昔居た幻人族の血が流れている。その血が濃い古い耳長族なら自分の姿を幻術で偽ることが出来る。昔テルスの王族が抱えていた影武者はそれが出来たらしい」

「……なるほど」


 であれば、どちらかが偽物ということになる。

 心のどこかで、あの黒ローブのテオドールが偽物であれば良いと思った。

 本物のテオドールはイケメンで優男の王子様であれば、俺の気持ちも多少は収まるというものだ。


「……さて、ではそろそろ支度をするとしよう。この辺りの修繕もせねばならぬし、うかうかとしていられまい」


 よいしょとザルバが立ち上がったと同時に、椅子が力尽きた。

 彼の体重を支え切った椅子は今木片へと還った。


「夕方にはこの街を経つぞ。貴殿らも荷物をまとめるが良い。ワシは一度そこの愚か者を運んでから宿まで迎えに行くとしよう。また後で会おう。エルディン、ユリウス」

「あの、それはどういう?」

「なんだ。ヒューイから聞いておらんのか?」


 全く、あの小太りは……とため息を吐いた後に彼はこちらに向き直る。


「ワシらのもう1つの任務。ザビー皇国皇帝陛下より救国の英雄たちの護衛を賜っておる。船も用意した。貴殿らの行く先も知っておる。ディティス列島帯聖域までの道行、この《剣将》が保証しよう」


 ザルバはそう言って自分の胸を叩いた。

 黒鉄の鎧がゴーンと音を響かせる。


「文字通り、大船に乗ったつもりでいるが良い!」


 最強の剣士はそう言ってニカと笑って見せた。

用語解説


魔剣 唯一閃 サウザント

反りのある長い刀身が特徴の刀。岩窟族の名工ディガードの作。

長く重いその刃は一振りすることさえ難しいが、魔力によって一瞬だけ刃が分裂する。

一度振らば千の敵を斬り、二度振れば万の敵を斬る。

敵が多い者に相応しく、故に刃も多い方が良い。

ディガードの作品はどれも皮肉めいた名がつけられる。

これもそういった魔剣の1つである。

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