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第六十話 「まずは一歩」

 2度目のザビー皇国滅亡の危機。

 今回は内紛ではなく魔物による襲撃であった。


 ギルドが新しく定めたAランク越えの危険な魔物。

 血色の魔獣(ハーベスタ)。付けられたランクはA+。

 人も魔物も見境なく襲うその魔獣は、生命そのものの天敵だった。


 襲撃の被害は甚大であった。

 犠牲者はギルドと皇国側が把握しているだけでもすでに500名に昇る。

 また大魔術も使用された大規模な戦闘もあり、街の家屋にも深刻な被害が及んでいる。


 ──


「幸いにも、港の被害はほぼ無し。《銀の勇者》一行によって魔獣は駆逐済み……か」


 揺れる船の中。

 作りの豪華な一室で報告書を読み上げる男が居た。

 金色の髪に青色の眼をした背の高い初老の男。

 頬に傷のあるその男の顔は深くしわが刻まれている。

 そしてその威厳ある顔に相応しい重厚な鎧を身に着けていた。


 黒鉄の鎧に黄色のスカーフをあしらったそれはディティス列島帯の王都近衛兵が身に着ける鎧であった。


 バサリと報告書を机に放る。


「……魔獣の数は何匹だったか」

「60だ。60。1匹でも腕利き衛兵10人20人でかかってようやく倒せるような化け物をだぜ?あり得ない話だ」


 同じ部屋にもう1人。

 ソファーに座り、ローテーブルに足を投げ出している素行の悪い若い男が居た。

 青年と言っても差し支えないその男も黒鉄の鎧を身に付けてはいるが、銅鎧を外している。

 素肌を露出したその肉体は鍛え抜かれていた。

 その肌には彼の故郷を表す木目模様の刺青と、右肩からまっすぐに切られたような傷が刻まれている。

 ソファーの男は獣人族であった。

 夜闇のような黒い色の髪と獣の耳を持ち、同じ色の鞭のようにしなる尻尾を持つ。

 傍らには鞘に収まった剣が置いてある。

 彼の背丈ほどある、浅く反った細い剣だ。


「しかも人族ばかりのパーティで、たった一晩でそれをやってのけたらしいじゃねぇか。だとしたらそっちの方がおっかねぇ。人の皮被った龍だったりしてな」


 冗談めかして笑う彼。

 だが金髪の男は表情一つ変えずに続けた。


「報告によれば、目撃された者たちはほぼ二つ名持ちだそうだ。《銀の勇者》《魔葬》《赤角》。他にも獣人族の少女に魔術師もいたらしい」

「へー。しかし勇者はともかく《魔葬》か。こりゃまた古い名前が出たもんだ」

「……お前に縁のある者もいるようだぞ?」

「あ?獣人族のガキのことか?」

「いいや、魔術師のほうだ」

「魔術師ぃ?そんな糞みてぇな知り合いいねぇよ。獣人族が魔法嫌いなの知ってんだろ」


 忌々しいと黒耳の彼が言い捨てる。

 しかし、その耳はすぐにピンと起こされることとなった。


「魔術師は"エバーラウンズ"と名乗ったそうだ」

「……あ?」


 男の顔に血管が浮き上がる。

 即座に傍らの剣に手が伸び、鞘からのぞいた波紋のある刀身が光を返す。


「なんだそりゃ。なんでその名前で魔術師なんだよ。剣士じゃねぇのか!?あぁ!!??」


 怒気を纏った声に金髪の男はわずかに眉を動かしただけだ。


「知らん。暴れるなら外でやれ。報告書にある内容をまとめて本土へ持ち帰るのが我々の任務だ。皇族との盟約もある。私情を挟むなよ」

「知るか!!任務なんて糞くらえだ!!」


 獣人族の男は剣を掴んで机を蹴り飛ばし大股で扉へ向かう。


「どこへ行く」

「外で暴れてくるんだよ!!傷が疼いてしかたがねぇ!!!」


 怒鳴りながら扉を蹴破って彼は出ていった。


(……ふむ)


 金髪の男はそれを見送った後、再び報告書に目を落とす。

 《魔道士》ユリウス・エバーラウンズ。

 報告書通りなら、彼がこの動乱を治めた立役者だ。

 ギルドの情報によれば13歳の少年。

 すでに本土にも名が通る彼は、彼自身が名乗っている《魔道士》以外の名がいくつもある。

 《大口》《千手》《鳴動》《炎豪》……。

 上げればきりがない。

 《剣豪》の孫。

 二代目の《灰魔》。

 アリアーから流れてきた冒険者たちの噂では恋多き人であるとも。


「……若くして力を持つ者も居る。か……」


 甲板に響く樽や木箱が床板に叩きつけられる音を聞きながら男は静かにため息を吐いた。


 ---


 《ユリウス視点》


 まだ夜の明けきらぬ頃に目が覚めた。

 飛び起き、荒れた心臓の鼓動と息。

 隣のベッドで寝ているエルディンに気づかれてしまいそうだ。


 別にやましいことをしていたわけでは無い。

 ただ夢見が悪かっただけだ。

 じっとりとかいてしまった寝汗を手で拭う。


 嫌な夢を見た。

 最悪な夢。


 俺は彼を追い詰めていた。

 得意な魔法でテオドールを良いようにボコボコにし、片膝を突かせた。

 ところがやつは影分身をした。

 突然8人に増えたテオドール。

 同じように魔法で子気味良く全員倒した。

 だが、それが間違いだった。

 仮面をはぎ取った先にあったのはシエナの顔だった。

 シエナ、ロレス、イーレ、エルディン。

 そして、デニス、サーシャ、赤ん坊のイリス。

 ネィダ師匠。


 全員を亡き者にした後、ふと血だまりに映った自身の姿を見れば。

 俺自身がテオドールと同じ姿をしている。


 という悪夢。


(チクショウ……)


 まだ手が震えている。

 祈るように両手を擦り合わせた。

 寒いわけがない。

 いまは初夏だ。

 寝苦しさすら感じる暖かな日に凍えているわけでは無い。


 単純なことだ。

 俺はあのテオドールを恐れている。

 苦心の果てにあの風の大魔術を消し飛ばして数日。

 国を守った魔道士は、兄弟子に怯えていた。


 冷静に考えれば、まだ俺はテオドールに勝てたわけじゃない。

 アイツの攻撃をやっと1回打ち破っただけだ。

 大魔術とは言え、使い手はあの天才魔術師。

 魔力的に余力を残していたとしたら、もう一発おまけだってあり得た。

 それが何故かここ数日追撃が無い。

 普通に考えれば、相手も相当疲弊しているのだと考える。

 しかし、どうにもそう思うことが出来なかった。

 義賊の《沈黙》殿がたまたま居合わせてボコってくれたりして居たら話は別だが。


(せめて何か邪魔が入って手一杯になっててくれればいいけど)


 いたたまれないままベッドを抜け出す。

 部屋を出て、台所へ向かう。


「ん」

「……」


 そこにはロレスが居た。

 いつもの鎧姿ではない。

 休養を取るための柔らかなパジャマを身にまとった彼女。

 こちらに向き直った彼女の夜明け色の髪がさらりと肩を滑っていく。


「体はもう大丈夫ですか?」

「あぁ」


 まだ本調子とはいかなそうではあるが、彼女は大分回復した。

 これでも毎日ひたすらに回復魔法をかけ続けていたのだ。

 肌艶も良い。髪質も、色も大丈夫。

 ただ食があまり進まないらしい。

 今もそこで水を飲んでいる彼女は少しだけ痩せたように見える。


「……眠れないのか?」

「えぇ、まぁ」

「……そうか」


 彼女はそういうと、氷室から酒を取り出した。

 2つグラスを用意し、飲むか?と酒瓶をこちらに向ける。

 首を横に振り遠慮をすればロレスは自分のだけ注ぎ終わってリビングのソファーに腰かけた。

 そしてその反対のソファーを俺に手で示すのだ。

 音の無いやり取りの中でロレスと俺が対面で座る形となった。


「テオドールか」


 そう言ってロレスは火酒をひと口含む。

 俺は眼を伏せながら小さく頷いた。


 仲間には、テオドールの事を話した。

 俺の兄弟子であること。

 尊敬していたこと。

 師匠の仇であること。

 今回の襲撃の首謀者であること。

 最後のは憶測だが、おおむね事実だろう。


「師匠の仇、か。どうするつもりだ?お前は」

「……泣くまで殴って、師匠の墓の前に引きずり出して謝罪させます」

「その後は」

「……」

「殺すのか」

「……わかりません」


 その答えに鼻で彼女は笑った。

 そしてもう一口グラスを傾ける。


「……かつて私は大切なものを失い、仇を殺して回ったことがあった」


 ロレスが脚を組みなおし、テーブルにグラスを置いた。

 そしてそのまま俺に視線を投げる。

 静かに、そして真っすぐに。


「喜びも悲しみも無い。ただ屍を重ねるだけの行為は復讐とは言い難く、八つ当たりに過ぎなかった。大事なものも帰って来ず、悲しさだけが胸にしみわたるばかり。そしていつしか私は《魔葬》と呼ばれるようになった。その先に誉も、ましてや達成感なども無い。あるのは虚しさだけだ」


 少しだけ目を伏せながら彼女は言う。


「……お前がそうなっては師匠も浮かばれまい」

「……では、黙って見逃がせと?」

「いや」


 その声に俺は目線を上げた。

 先ほどと変わらぬ姿勢のままのロレスがこちらを見ている。


「ケリをつけねばならないときが必ず来る。それまでにお前が奴を超えていれば良いだけだ」


 さも当然といった顔で彼女は続ける。


「奴にお前が無視できぬ敵であることを知らせれば良い。いずれお前の前にテオドールが直接現れるだろう。正面から叩き潰してやればさぞ良い泣き面が拝めるだろうさ」

「……復讐とそう変わらなくないですか?」

「相手から攻めてくるんだ。正当防衛だとも」


 再びグラスを手に取ると、彼女は残りをクッと飲み干す。


「魔術師とは本来、自らよりも強大な敵に立ち向かう者が選ぶ術だ。だが最初から魔術がこの世にあったわけでは無い。誰かが作ったのだ。大魔霊を倒した古い魔術師たちもそうやって大魔術を生み出した」


 そこまで言って彼女が立ち上がる。

 すこしだけおぼつかない足取りで、俺の方まで来るとそのまま隣にドカりと腰かけた。

 はずむような衝撃に体を揺らしているとロレスは俺に手を回して肩を抱く。


 柔らかい布越しにロレスのしなやかな四肢の感覚と体温を感じる。

 抱き寄せられた先で、彼女の胸の弾力が肩に当たる。

 少々酒臭い吐息が鼻の先を掠めていく。


「あ、あの……」

「酔っているだけだ。すこし付き合え」


 まるでオラオラ系のホストのように彼女は言う。


 なるほど、酔っているならば仕方がない。

 彼女は大酒飲みだ。

 以前火酒を同じように瓶でラッパ飲みしていたが顔色一つ変えなかった。

 間違いなく酔ってなどいないはずだが、本人が言うのならば仕方ない。

 俺も素直に彼女の腕に抱かれよう。

 そりゃ鼓動も早くはなるが、不思議と落ち着いた。

 魅力的な異性がこんなにも近くに居るというのに、心は穏やかだった。

 囁くようなロレスの声が耳元で聞こえる。


「ユリウス」

「はい」

「奴は強い。おそらく私の魔術でも奴には敵わないだろう」


 グッと肩に回した手に力が入る。


「だが、お前は違う」


 上げた先の視線に、俺と同じ色の瞳があった。

 強く、覗き込むようにロレスは俺を見つめる。


「お前の極めた魔道の先に、テオドールを超える道がある。強くなれユリウス。剣術でも魔術でもない。お前にしか出来ないやり方に勝機がある。まだお前は負けていない。だから怯えるな」


 わかったか?と彼女は最後に締めくくった。

 俺はただ、その言葉を黙って受け取った。

 まだ負けていない。

 その言葉が、とても暖かくそして重く胸に響いた。


「……やってみます」

「それでいい」


 クシャリと俺の頭を雑に撫でると、彼女は立ち上がる。

 グラスを机の上に残したまま、彼女は寝室へと足を向けた。


「酒が回りすぎた。私はもうひと眠りする」

「……添い寝でもしましょうか?」

「あぁ、頼む」


 なんと。

 ……なんと。

 良いのですか。

 おぉ。なんと……。

 光栄ですぅ。


「冗談だ」


 なぁんだ冗談か。残念。

 もしかしたら本当に酔っぱらってる?


 呆気に取られていたら彼女はフッと笑ってそのまま扉の向こうへと姿を消した。

 その姿を見送って、そのままソファーに寝転がる。

 思った以上に酒の回ったロレスに翻弄されながらも、すでに頭半分は次を考えていた。


(……俺にしか出来ないやり方……)


 胸が熱い。

 今までのしょぼくれていた自分が嘘のようだ。


 そうだ。

 なんとしても探そう。

 アイツに。

 テオドールに完全勝利するやり方を。


 ---


「それで朝から街へ出ると?」

「あぁ!」


 新装備の三角帽子を被ったマジカルユリウスが今日も街を行く。

 本当はローブも早く修理したいところだが、素材が無いのだからどうしようもない。

 買い替えれば?と思うかもしれないがそれは無しだ。

 あのローブは命の次の次の、そのまた次の次くらいに大事だのだ。

 人から贈られた物を大事に使って何が悪いっていうんです?

 ボロを着てても心は錦とも申しますので!


「今はテオドールに勝てない。けどアイツのしでかす事を前もって潰したり、さっさと復旧して効いてませんアピールはすることは出来る。そうやってプレッシャーをかけてやるのさ」

「前向きなんだか陰湿なんだか……でも、君が元気になってよかった。落ち込んでいるようでちょっと心配してたんだよね」


 人混みの中をスイスイと走り抜けながらエルディンと言葉を交わす。


 落ち込んでいないかと言われれば、落ち込んでいる。

 だからこそ体を動かしに来たのだ。

 気を抜けば、俺の脳裏にはあのテオドールの憎い顔が浮かぶ。

 師匠を亡き者にされたこの悔しさとやるせなさ。

 そして師匠が俺を庇って死んだという事実は受け止めるにはちょっと時間が要る。

 今だって油断したら奥歯がギリギリと鳴る。


 俺は一度根に持つと決して許さぬ男なのだ。

 今はまだ叶わぬとしても地の果てまででも追い詰めてやる。


 とはいえ、すぐに再戦というのはごめん被りたい。

 幸いにもこの数日は奴が近くに現れたような気配は無い。

 まずは体制を立て直すことが優先だ。


 日が昇った港にはすでに多くの船が寄港していた。

 人を降ろした船は一通りの点検を終えた後にすぐ出航の準備に取り掛かる。

 出国する人々を乗せて行くのだ。

 皇国としての機能をほぼ失ってはいるこの国であったが、港の機能は健在であった。

 ここがこの国の新たな出発点になる。


 主に船へ乗り込むのは避難民、そして商人だ。

 復興する街には当然物資が要る。

 商人らはそれを向かいのナック島まで買い付けに行くのだ。

 商魂たくましいと言えばそうだが、現にこの街には物資が不足している。

 特に木材だ。

 それこそ彼らの適材適所と言うものだろう。


 ならば俺の適材適所はこの先にある。


「でも大丈夫なの?また倒れても知らないよ?昨晩もずっとロレスに回復魔術使ってたし……」

「魔法な、魔法」

「どっちでもいいよ」


 どっちでもいいことなど無い。

 魔術と魔法は大きく違うのだ。

 その理解の深さによっては今回のように大魔術を中級魔術で押し返すことすら可能になる。

 魔道とは可能性の探求だ。

 思考の放棄は可能性の放棄と同義だ。


「……ていうか、エルも大丈夫なのか?腕折れてたろ」

「ボクは大丈夫。体は頑丈にできてるからね。この通りさ」


 そう言って右腕を振り回すエルディン。

 骨折が魔術無しでたった数日で引っ付くのか。

 現代医学の敗北じゃないか。

 勇者すげぇ。


 そんなやり取りをしながらその現場に着いた。

 すでに何人もの衛兵や復興を手伝う人々が瓦礫の撤去を行っている。

 建物は軒並み倒壊して更地となった東側エリア。

 ロレスの大魔術の影響もあって大穴が開いている。

 向かい側で作業をする人が豆粒のように見えた。


 そこはこの町の重要な区画だった。

 表向きには魔獣による被害とされているのだが。

 この周辺の建物含めて、この東側エリアを吹き飛ばしたのは俺たちだ。

 ならば出航までに出来るところまで直すというのが筋というもの。

 俺は筋を通す義理堅い男でもあるのだ。


「皇帝陛下の用意してくれた船の到着が今日の夕方。また急に動き出したもんだよねぇ」

「予定なんて変わるものだろ?早くなったんだからラッキーだと思うさ」


 皇帝陛下は無事だった。

 すでに向かいのナック島で対策本部を立ち上げて船をかき集め、大量の物資と人員をザビー皇国に送る手配をしているのだとか。

 それを俺たちに知らせたのも彼だ。


「ユリウス殿!足元にお気をつけて!まだそのあたりは片付いておりませんので」

「ヒューイさん!体は大丈夫なんです?」


 レオスグローブ家の衛兵長ヒューイだ。

 彼はまだ包帯すら取れていないというのに前線に出て復興の指揮を執っていた。

 思ったよりも仕事に対して情熱を燃やすタイプの人間であるらしい。


「休みたいですが、そうも言ってられません。住民も衛兵もみな同様、一刻も早い復興を望んでいますからね。このヒューイ。身を粉にして尽力する次第ですとも」

「流石衛兵長です。微力ながら俺たちもお手伝いします」

「ははは。救国の英雄にそこまでの事はさせられませんよ。どうか船の到着までゆるりとしてくださってください。それでは」


 彼の態度はあからさまだった。

 救国の英雄とはすなわちアレキサンドルスの事だ。

 彼は祖父と俺をダブらせているらしい。

 嬉しくも思うが、俺はあの人ほど偉大で強い人物ではない。


「……それで?塞ぐの?この穴」

「そらそうよ」


 地盤ごと抉ったその大穴の縁に立つ。


 適材適所。

 即ち俺のそれとは魔法だ。

 当然街の人も衛兵も土の魔法を使える。

 ショベルで穴を埋めていくように、確実にこの大穴を埋められるだろう。

 だがいま必要なのは重機。

 それも大型ダンプとパワーショベルのようにガシガシと動ける戦力が必要だ。


(まさに俺のためにあるような場所だよな)


 マッチポンプということなかれ。

 この場所の被害はあくまでも魔獣の仕業なのだ。

 許すまじ血色の魔獣(ハーベスタ)

 許すまじテオドール。


「じゃ、いっちょやりますか!下がってろよエルフォンス!」

「エル……なんて?」


 パァンと手のひらを打ち鳴らす。

 当然、魔術的には何の意味も無い儀式。

 ただただ響きの良いその軽快な音に誰もがこちらに目を向けた。


 勢いよく地面に両手を突く。

 魔力が素早く地面を隆起させ、地響きを伴いながらボコンと穴が瞬時に塞がる。


「……どうだコンチクショウ!!テオドール馬鹿野郎この野郎!!」


 息を切らせながら空に吠えた。

 端から端までかなりの距離がある範囲の大穴を一発で再生してやったわ。

 ……杖も使えばよかった。


「あああ!それアレだね!錬金術の漫画の!だからエルフォンスなのか」

「そうとも!わかってくれたかねエルフォンス!」

「兄さんはすごいや!」


 同じように手をパンと鳴らしたあとに地面をペシペシと叩くエル。

 よかった。

 ちゃんとネタが伝わった。


 髪の毛を三つ編みにしてくれば良かったか?

 ……いや、それはテオドールと被る。却下だ。


『『きーみのってっでー!きーりさいってー!』』


 踊りながら日本語の歌詞がほとばしる。

 いやぁ、分かり合えるって素晴らしい。


「懐かしいなぁ。小学生の頃にボクもあの漫画読んだよ」

「それ以上はおじちゃん傷つくからやめてね。エル君」


 突然のジェネレーションギャップにひどく衝撃を受けた時だ。


 ふと後ろを向くと、作業をしている人々が手を止めていた。

 その場にいた全員が目を丸くして口をあんぐりと開けている。

 なんかの拍子に地面まで顎がゴーンと落ちてしまいそうだ。

 いいよーそういう反応。

 ちょっと見栄を張ったかいがある。

 いっそ稲光もセットで出してみたかったな。

 今度研究してみるか。


 ……ハッ!

 いまこそあの名セリフを!


「俺なんかやっちゃい──」

「「魔術師殿!!!!」」


 せっかくのタイミングを無粋な衛兵たちに被せられてしまった。


「大通り!大通りの石畳の修繕のめどが立たんのです!」

「住民の建物にも大きな被害が出ております!せめて石の部分だけでも!」

「畑さ小川が魔獣さに踏み荒らされて困っとったとよー!!」

「住民のための避難テントが足りないんだ!雨風凌げればいいからさ!な!?」


 押し寄せた彼らは口々に注文を押し付けてくる。

 エルディン……助けて……。

 視線を送れども、彼は手のひらを上に向けて首を振るばかりだ。


 な、なんだその。

 兄さんはいつもやることが派手なんだよ。

 これも勉強の内。謙虚な姿勢で臨むことも考えた方が身のためだよ。ユリウス。

 みたいな目は!!!


「魔術師どの!」

「魔術師君!」

「魔術師さま!」

「魔道士です!!魔道士ユリウスです!!!」


 ──順番にお願いしまああああああす!!!!!


 復興の兆しが見えた街に、俺の声が木霊した。


 ---


 終わるころにはぐったりとしていた。

 魔力を使えば当然疲れる。

 ギルドの出しているオープンテラスの席で突っ伏して声にした。

 食べ終わった昼食の皿を給仕が運んでいく。


 いやまぁ、こっちとしてもノリノリでやっつけてしまったし。

 街の人に感謝してもらえるのは悪い気分はしなかった。

 テオドールのことも考えずに済むし、一石二鳥だ。

 いかん、また考えてしまった。

 別の事を考えよう。


 シエナ可愛いよシエナ。ハァハァ。

 ……これはこれで本人に怒られそうだ。


「お疲れ様。流石は天下の大魔道士ユリウス。地面も建物もメキメキ直ってたね」

「いやいや。救世主《銀の勇者》様の前では形無しですよ。瓦礫撤去の手際。お見事でした」


 互いに互いの活躍を褒め合いながらはっはっはっはーと笑う。

 エルディンのその膂力と身体能力は言わずもがなだ。

 道をふさぐような建物の残骸もホイホイと片付けてしまった。


「これで一通りのボクらが手を出せる場所は片付いた。あとはこの街の住民の仕事だ」

「ん?時間はあるんだ。もう少し手伝っても良くないか?」

「だめだよユリウス。この街の人たちは彼ら自身の力で立ち上がることが出来る。必要以上の肩入れはその力すら奪いかねないんだ。これは父上の教えね」


 それは彼の勇者としての矜持なのだという。

 全能神オルディン曰く、人は常に自ら立ち上がり、歩く力を誰しもが秘めている。

 神に許されるのはそれを示すことだけであり、手を引いてやることではない。

 とのこと。

 人を信じ人を愛したとされるオルディンのありがたいお言葉だ。


『……さて、ここからはちょっと大事な話だよ。ユリウス』


 エルディンが口にしたそれは日本語だった。

 この世界では最も秘匿性の高い暗号。

 俺と彼の間でしか成立しないシークレットコードだ


『なんだよ急に』

『今後どれだけ時間が取れるかわからないからね。先に話せることを話しておこうと思って』


 そう言って彼は剣帯を外して2本の剣を机の上に並べた。

 魔法剣シルビア。そしてジアビス。

 大魔霊の名を冠する強力な勇者の武器だ。

 ちなみに喋る。

 シルビアの方は酷使したのか、翡翠石の色が褪せている。


『この魔法剣は、言ってしまえば"精霊剣"。大風魔霊シルビアと大水魔霊ジアビス・サーフェの魂と人格がこの剣に宿っている』

『……本物?』

『もちろん』

『大魔霊は殺されたんじゃ……?』


 大魔霊といえば、人類が魔法を授かるきっかけになった強力な精霊たちだ。

 今から1000年前に起こった人霊大戦で倒された力ある精霊の王。

 つまりは故人である。


『そうだね。歴史ではそうなっている。だけど普通の精霊たちならともかく大魔霊は自然そのものと言っても良い。時間が経てば彼らは力を取り戻してしまう。だから古い魔術師たちはシルビアたちから肉体を奪い、魂を封じ込めたんだ。その魂がいまここにある』


 コツコツと指先で鞘を叩きながら彼は続ける。


『精霊と勇者は協力関係だった。今から2000年前の魔栄期では彼らの助力があったからこそこの世界は存続している。約束こそ果たされなかったけど、それでも今回も力を貸してくれている。大事な友人たちだ』


 約束、と言うのは人類と精霊の間に交わされた守護のことだ。

 戦いで数を減らした精霊達を人類が保護するというそれは反故にされた。

 世界を命がけで守って人類に魔術まで与えた彼らを人類は裏切っている。

 迫害の果てに人霊大戦を起こして滅亡させた。


『シルビアとジアビス・サーフェは昔からの仲だ。大土魔霊ドゴス・ド・ゴッスはまだ会ったことが無いけどたぶんこの世界に居る。問題は最後の一人。』

『……大炎魔霊バーン・グラッド』


 俺の夢に出てきた炎の魔人を思い出す。

 もし彼が本物であるならば、俺の体の内側にアイツの魂が居るということになる。


『そう、そして彼は仮面の男。()()()()()()()()宿()()()()()。先日の襲撃でそれが確認できた』


 ……ん?


『バーン・グラッドは精霊たちの中でも特に古い時代から居る。力ある大魔霊だ。闘龍期から勇者と行動を共にしていて邪龍の魂をその身に取り入れて焼き尽くしたのが彼だ。それが敵の手に渡っている。大炎魔霊としてではなく、邪龍に内側から喰われた大炎魔龍として。彼を抑え込む為にボクはシルビアたちと協力しているんだ』


 お、おう。

 そうか。

 ということは、あれか。

 俺の知っているあの緊縛ドMマンは偽物?

 俺の妄想ということになると……?


『ここからが本題だ。先も言った通りテオドールにバーン・グラッドが味方している。ところが君が塔の上で見せたあの魔法。あれから感じたのは紛れもなく大炎魔霊の魔力だった』


 エルディンは椅子の背もたれに体重を預けて腕を組み、そのまま右手を顎に添えた。

 文豪もかくやと言う思考の体勢のままに俺をジッと見つめている。


『この世に同じ大魔霊が2人存在することはまずありえない。ユリウス。君は一体何を抱え込んでいる?』

『何をって言われても……俺も死にかけの時に見る夢でしかアイツの顔見たことないし……』


 言われたことを思い出す。

 夢の中の出来事だ。

 ぼんやりとしか思い出せない。


『魂に名を刻め、とかなんとか言ってたな。あとは詠唱みたいな言葉』

『それはどんな?』

『アイツの名前だよ。意味合い的には"星を焼く大炎魔霊"って受け取ってる』


 説明が難しい。

 日本語でしゃべるとカタカナでバーン・グラッド。

 しかしその音の意味は星を焼く大炎魔霊となる。

 同じ発音でも持たせる意味合いで読みが変わるというのは漢字に近いのかもしれない。


『夢で聞いたんだよね?その言葉』

『あぁ』

『……精霊としての真名だ。でもそんなはずは……』


 剣に視線を落とし、彼は再び考え込む。


『まずいことなのか?』

『いや、わからない。テオドールの手先とも考えることもできるし、君という強力な切り札とも考えられる。一概に君が敵に回ったとも考えにくい』

『……まずいんじゃないのか?』

『ユリウスが制御できている以上は、少なくとも今すぐに君の首を刎ねる必要性は無い。安心して?』

『そっかー。って安心できるかっつの……』

『ごめんごめん。でも使命の為ならそれも考えるとも。ボクのこの命は全てそのためにあるんだからね』


 物騒なことを言う彼であったが。冗談には聞こえない。

 常に微笑みを絶やさないでいる彼の眼は時折スッと鋭く光る時がある。

 使命の為に邪魔する者は容赦しないという彼の覚悟が見て取れる。


『君の敵になるつもりはない。これからも良い友人でいてほしいかな』

『なんだか脅されているようにも聞こえるんだけど。さっきも尋問みたいだったし……』

『心外だなぁ。じゃあ君の質問にも答えられる範囲で答えるよ。これでフェアだろ?』

『えぇ……』

『なんでもいいよ?エルディーヌのスリーサイズとかでもどんとこいさ!』

『いや、それはいいや』


 そんなことを聞いてどうするのか。

 エルディーヌはエルディンのスキルによって身長も体重も思いのままだ。

 公式設定を聞いたところでそれが反映されてなければ意味が無い。

 ……なんか急に気が抜けたな。


 そんな時だ。


「邪魔するぜ」


 椅子を引きずりながらドカと乱暴に座る男がいた。


 鈍い光を返す黒色の鎧を着たガラの悪そうな顔の剣士だ。

 胴鎧を外したその上体はムキムキで、無駄なお肉が一つもない。

 そして肩から胸辺りに広がるタトゥー。

 木の表面のようなそれは民族的だ。

 胸を一直線に横切る古い大きな傷も目を引く。

 だが目に入るのは彼の耳と尻尾だ。

 髪の毛の色と同じ夜闇のような黒い耳と尻尾が生えている。

 彼は獣人族だった。


(……おぉ!?)


 そしてもう1つ。

 彼の手に納まっている獲物に目を奪われた。

 刀だ。

 刀がある。

 身の丈ほどの長さの野太刀を彼は携えていた。

 黒鞘のそれは龍を模した装飾が施されている。

 鍔の形状も独特だ。

 ディティスにはそういう刀鍛冶がいるのだろうか。

 少なくともコレを日本刀とは呼べないかもしれない。


「ユリウスっていう魔術師がいるって聞いたんだが……お前か?」


 魔術師では無い。魔道士だ。

 と訂正する前にエルディンに目配せする。


「《絶剣》アルフリード……」

「知ってるのかエルデン!」

「最強の剣士の一角だ。魔剣"唯一閃(サウザント)"の使い手で……ていうか、人の名前で遊ぶの止めなよ」

「……おい、質問してるのはこっちだぜ?」


 ふざけているところに彼の怒気を纏った声が割って入った。


「もう一度聞く、てめぇが魔術師ユリウスだな?」

「魔道士です」

「チッ……」


 しまった。癖で返してしまった。

 余計にイライラさせてしまっている。

 しかし、何だろうか。

 思い当たる節が無い。

 今日は悪ふざけもしたが、基本的には復興に尽力するナイスガイだったはずだ。


「ユリウス・エバーラウンズだな?」

「はい」

「アリアー大陸出身のユリウスだな」

「はい」

「《剣豪》の孫で間違いないな?」

「はい、さっきから何の確認を……」


 彼に、アルフリードに言い返そうとした時だ。

 視界の隅で何かがきらりと光る。


「!!」


 それとほぼ同時に体が椅子ごとグンと後ろに下がった。

 エルディンが蹴り出してくれたのだ。


「ふおおおおおおおおお!!!」


 おかげで街の通りまで椅子がスライドして押し出された。

 アジェスター付きでもないのに結構な距離を移動してそのまま大衆の面前に晒される

 やめて、そんな変な目で俺を見ないで!

 俺は被害者です!!


「……邪魔すんなよ《銀の勇者》」


 ゆらりと体を起こすアルフリード。

 彼の手には抜き身になった刀が握られている。

 俺が居た地面には斬撃の跡が石畳に深く刻まれていた。


「片腕のお前に興味は無い。引っ込んでろ」


 そう言って彼はこちらに向き直る。


「ユリウス・エバーラウンズ。俺は王都ディティシオン近衛兵。第1師団副師団長。《絶剣》アルフリード」


 ガシャリとその物干しざおのような刀身を俺に真っすぐに突き付ける。


「《剣豪》アレキサンドルスの孫。貴様に決闘を申し込む!!」


 ライムグリーン色の鋭い眼光のまま、彼はそう叫んだ。

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