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閑話 「シエナ飯」

 《シエナ視点》


(……いけない、寝てた)


 浅い眠りから目が覚めた。

 ソファーで眠るのは思いのほか心地よく癖になってしまいそう。

 ロレスと同じように鎧を付けて、剣を抱えて眠っていた。

 またあの黒い奴。テオドールと言ったか。

 あのすかした黒ローブがいつ襲ってくるかもわからない。

 他の皆は満身創痍。

 イーレはどんなに足が速くても戦力にはなれない。

 私が彼らを守らなければいけないのに、眠ってしまった。

 ……誰にもばれてないわよね。


 私たちは今宿に居る。

 貴族が好む大きな窓のある豪華なつくりの宿。

 ロッズの街に居たら、海を間近に見るこの眺めは見れなかっただろう。

 そういう意味合いでは、やはりユリウスを探しに来てよかった。

 彼は指導係を辞める日に私に言った。

 いろんな景色を見てほしいと。

 これもそんな彼の希望の1つなのかもしれない。


(もう少し綺麗なままの街を堪能したかったけれどもね)


 街を見回したわけではないが、きっとひどい事になっている。

 城壁の中に魔物が入り込むということは、被害者が出るということ。

 しかも今回の様な大規模な襲撃だ。

 きっと、広場は亡骸であふれかえることだろう。


(……ユリウスには見せられないわ)


 彼は優しい。

 そして変に責任感がある。

 この世の中であんなに他人に甘い人というのも珍しい。

 ロレスと旅をしてよく分かった。

 世の中には自分以外を石ころ程度の存在にしか見ていない奴もいる。

 女を抱くことしか考えていない男も居るし、金を稼ぐことにしか興味の無い魔術師も居る。

 人の生き死にに興味の無い冒険者や衛兵も。

 私はそういう奴らが嫌いだった。


 だが彼はそうでは無かった。

 そんな彼が凄惨なその光景を見れば彼は傷つくだろう。

 体が残っているだけマシな死に方ともいえる。

 腕一本でも残っていればマシ。

 魔物とはいつでもそういうもの。

 遺される者に悲しみだけ残して全てを食らってしまう。

 ユリウスが青い顔をして呆然と立ち尽くす姿が目に浮かぶ。

 それは、できれば見たくない。


 そんなユリウスを私は守りたかった。

 かつて身を挺して私を守ってくれた優しい彼。

 今でもはっきりと思っている。

 私はユリウスが好きだ。

 誰にでも優しくて必要なら手を差し伸べる彼は私の憧れだ。


 私の事を女としてあまり見てくれていないことは……。

 結構不満。

 精々妹程度にしか見ていないように思える。


 ユリウスはロレスが好きだ。

 正確にはロレスのような女性が好き。

 所謂大人の女性というそれ。

 色気、すなわち胸が大きな女性。

 背が高く、男好みの体の女性が好きらしい。

 時々師匠に嫉妬する。

 私が風邪で寝込んだ日も、ユリウスはロレスのうなじを目で追っていた。

 それが嫌で思わず声をかけてしまった。


 でもそれでもいい。

 なるべく考えないようにしている。

 私は彼の剣。

 いざというときに切っ先が鈍るのは良くない。

 私は好かれるためにユリウスと旅をしているわけでは無いのだから。


(……駄目ね。寝ぼけてるわ。私)


 ソファーから立ち上がって伸びをする。

 かかとの高いブーツが石でできたツルツルの床に当たって固い音をたてる。


 警戒も大事だ。寝てしまったけれども。

 だがいつ来るともわからない敵に構え続けるというのも非効率。

 ひとまず出来ることをしよう。

 となればまずは彼らの介抱が最優先。

 魔力枯渇に最も必要なのは休養と睡眠。

 生命力と魔力は2つで1つ。

 つまり体力が戻れば自然と魔力も戻る。

 魔力濃度が高い場所に行けばさらに直りが早いらしい。

 まぁそればかりは用意のしようがないので、食事を作ることにする。


 氷室に向かう。

 今日の食事係は私だ。

 ユリウスとロレスは魔力枯渇。

 エルディンは右腕が砕けているし、疲労困憊だ。

 イーレは魔法が使えないからこの釜土じゃ調理が出来ない。


(やるしかないわよ。シエナ)


 腹をくくる。

 ついでに髪も括る。

 形が大事だとユリウスも言っていた。


 胸を張って言えることじゃないけど、料理は苦手。

 数多くの調理工程を覚えることなど出来ないし、あんなに同時に釜の火加減を魔法で制御も出来ない。

 塩を振って焼いた肉を皿に乗せるくらいなら出来る。

 中まで火を入れようとすると少々焦げるけど、おなかを壊すよりはいい。

 だけど病み上がりの彼らに食べさせるのだ。

 せめて消化の良い柔らかいものを出してあげたい。


 まずは何があるのかを確認することが優先。

 ガチャリと氷室の扉を開ける。

 途端に足元にひんやりとした空気が流れ出し、白い霧が漏れ出してくる。

 一度扉を閉めてローブを取りに行く。

 屋敷にも氷室はあったけどこんなに冷たくなかった。

 街一番の魔術師に張らせた氷よりもユリウスの作った氷の方が冷たいようだ。

 やっぱり彼はすごい魔術……じゃなかった。魔道士だ。


 再び氷室に入り込む。

 中にはユリウスが揃えた食材が多く保管されていた。


「麦、麦……あれ?」


 麦が無い。

 最初からつまずいた。

 消化に良い食べ物と考えて最初に浮かんだのが麦粥だった。

 ユリウスの作ったものほどおいしくは作れないが、鍋に水を沢山いれて火にかければそれらしいのが出来る算段だった。


「となるとパン……」


 も、無い。

 そう言えば、なにか料理を作るために小麦粉を買っただけだったか。

 なんだっけ?はんばが?だったかしら。

 エルディンが目を輝かせていたのが印象的だった。


「だったらスープ!」


 野菜を刻んで水で煮て塩で味を付ければ何でもスープになるはず!

 と、野菜の棚を漁ったが知っている野菜が見つからない。

 この丸っこい木の根みたいな野菜は見た事がある。

 紫色の葉の生えた球根みたいな野菜。

 お母様がディティス列島帯に行った時のお土産がこれだった。

 それ以外は未知の食材ばかり。


(ど、毒とか無いわよね)


 血のように真っ赤な野菜や白と黒の縞模様があるキノコ。

 木の根のような、と言うより木の根そのものみたいな物もある。

 ロッズの市場でも見たことの無いものばかり。

 不安になる。


 以前ユリウスが目新しい食材を手にしていたが、それでお腹を壊していた。

 丸1日宿のトイレから出てこなかったくらいだ。

 失敗を恐れないとか、研究熱心というと聞こえが良い。

 何でも口に入れてしまうと言えばその通りだ。

 赤子とおんなじ。


(食べれるのよね)


 臭いを嗅ぐ。

 変なにおいはしない。

 裏も見てみる。

 虫も付いてない。


「シエナ」

「ぴやぁあ!!??」


 突然後ろで声がしたものだから飛び上がって野菜棚にしがみ付いてしまった。

 心臓をバクバクさせながら振り返ると、見慣れた獣の耳がピンと立っていた。


「な、なによイーレ。驚かせないでよ!」

「ごめん。わざと違う」


 イーレだ。

 さっきまでロレスの部屋に居たはずの彼女。

 よく見ると彼女は素足だった。

 それなら足音が無いのも納得……。


「あんた、素足じゃない寒くないの?」

「寒くない。獣人族熱いも寒いも平気」

「そ、でも心臓に悪いから次からは靴を履きなさい」

「わかった」


 そう叱りながら息を吐く。

 驚いた。

 もしかしたらテオドールの襲撃よりもお化けの方が怖いかもしれない。

 どうにもそういうビックリするのは苦手だ。


「ロレス起きたから知らせに来た」

「本当!?」


 イーレの脇を抜けて師匠の下へ急いだ。

 正直ロレスの事が一番心配だった。

 彼女の魔力枯渇は深刻だった。


「ロレス!!」


 扉を乱暴に開けながら部屋に飛び込んだ。


 彼女は大きなベットに埋もれるように横になっている。

 すでに鎧もローブも脱がせてある。

 ちょっと手こずったが寝間着にも着替えさせた。

 彼女のしなやかに鍛え抜かれた体は私が見てもドキドキするくらいにはかっこよかった。


 そんなロレスが、力なくベットに横たえている。

 大きな枕に体を預けた彼女は髪の色素が抜け顔も青白い。

 年齢をそのままに老婆になってしまったかのような弱弱しい彼女がそこに居た。


「……騒がしい」


 ぼそりと彼女の声がした。

 その声にホッとする。

 決していつものような芯のある声ではなかったが。


「思ったより元気そうじゃない」

「……」


 ロレスは黙っているが、その顔は穏やかだ。

 言ってしまえばいつもと同じ無表情な顔だけど。

 それでも穏やかに見える。

 本人も生きていて安堵しているように思えた。


「ロレス。無茶した。駄目って言ったのに」

「……ああする他無かっただけだ」


 イーレがベットに半身を預けながら彼女を叱る。

 それに対し、ロレスは眼を瞑り眉間に皺を寄せるばかりだった。


 ロレスは大魔術を使った。

 魔術師を目指す者の最終到達地点。

 最強の攻撃魔術を街中で放った。

 当然街には大きな被害が出た。

 だがロレスの捨て身のそれが無ければ今頃エルディンもロレスも魔獣の腹の中だ。

 そればかりか、魔獣を倒し切れずにこの国も私たちも全滅していただろう。


「なにか食べる?と言っても今から作るんだけど」

「……何?」


 労いとお見舞いを込めていったつもりだが、反応が良くない。

 お前が?料理を?

 というような目線をこちらに投げてくる。

 2人で旅をしていた時は料理はロレスの担当だった。

 私は修行中の身だったので素振りばかりしていた。

 一度だけ見様見真似で作ったことがあるが、彼女は何も言わずかき込むようにそれを胃に収めた。

 それ以降は私は火加減すら見させてもらっていない。


 しばしの沈黙。

 あまり歯に衣着せぬ彼女が言葉を選んでいるように見えた。


「……なによ」

「いや」

「はっきり言いなさいよ」

「……」


 しばらく口をモゴモゴさせたあとに彼女は小さく。

 怪我はするなよ。

 と優しい言葉を口にした。


 そのときには私は部屋を出ていた。

 ムッとした。

 私は確かに料理が苦手だ。

 でもそこまで心配されるようなことは無いはず。

 頭に来た。

 やってやろうじゃない。


(ユリウスのよりもおいしいスープ作ってやるんだから!!)


 氷室に戻って手あたり次第食材を抱えて台所に立つ。

 何がどんな食材かはわからない。

 でもどれも食べれるもののはずだ。

 鍋もある。

 薪もある。

 問題無い。

 味は塩をたっぷりと入れれば誤魔化せる。


「切り刻んで煮込めばみんな一緒よ!」

「シエナ待って!落ち着いて!」

「邪魔しないでイーレ!」

「イーレが教える!教えるから待ってシエナ!」


 袖を捲り、夕刻の星(ヴェスパーライト)を振り上げたところで私は動きを止めた。


「……あんた料理できんの?」

「ちょっとできる。獣人族は魔法より先に料理覚える」

「ふ、ふーん……」

「だから剣降ろして。台所が真っ二つ駄目。お願い」


 意外な助っ人の登場に私は剣をゆっくりと下ろした。

 そうね。さすがに料理に剣は冗談。

 えぇ、冗談よ。冗談。


「形、大事。ユーリもよく言う」


 イーレはどこから取り出したのかエプロンとバンダナを持ってきた。

 それも2人分。

 互いに背中の紐を結びあってそれを装着する。


「準備良し。エプロンとバンダナ。台所の鎧と兜。大事」


 それは大げさな気もするけれど、でもあまり的を外していない。

 鎧も兜も身に付ければ気分が高揚する。

 これもそういいう意味合いで付けるものなのだろう。


「それ、ユーリが使うエプロン。燃やしちゃだめ」

「わかってるわよ」


 うそ。

 これアイツのエプロンなの?

 なんだかちょっとドキドキしてきた。


「つ、次は何をするの?」

「料理は戦と一緒。戦う前に気合入れる。シエナも得意」


 それは確かに。

 渾身の一撃を見舞うときは自然と声が出る。

 大きく出せば出すほどキレのある一撃が放てる気がする。


(ということは、大きな声で料理すれば美味しくなるのかしら)


 ユリウスはそんなことしないが、それは剣士と魔道士の違いかもしれない。

 彼は無詠唱で魔術を使える。

 正確には魔法らしいけど私には同じだ。


 そんなことを考えていれば、イーレが大きく息を吸い込んだ。


「イーレすうふんクッキングー!」


 声を張り上げた彼女。

 静かな部屋にシンと吸い込まれて、彼女の拍手の音だけがテチテチと響いた。


「……何それ」


 思わず呆然と見てしまった。

 知らない。

 私は料理にこれが必要なことであるとは知らない。


「料理の前に気合入れる。ユーリから教わった。美味しい料理作る時ユーリいっつもこれ言う」

「へぇ……」

「それでは先生」

「何よ改まって」


 先生と言われるようなことはしていない。


「今日はどういった料理を作るんですか?」

「え。野菜のスープだけど……あんたが教えてくれるんでしょ?」

「それでは本日は野菜のスープを作っていきたいと思います!」


 どこかよくわからない方向に向かって宣言するイーレ。

 当然誰も居ないし、何もない。

 また何か不思議なものが見えているのだろうか。

 ……お化けじゃなければいいけど。


「……いつもユーリこれする。イーレ変じゃないよ。ユーリが変」


 ユリウスが時々変なのは私も知っている。

 でもこれは知らなかった。


「スープ作る。簡単。あとお肉入れる。美味しい」


 氷室から干し肉を取り出す彼女。

 きっと彼女の好みだ。

 私もお肉は好き。

 あると無いとでは食べ応えが違う。


「他はこれでいい。まずはお野菜をしっかり洗います」

「わかったわ」


 イーレのいうことを聞いてひとつひとつ進めていく。

 後は教えてもらいながら作るだけだ。

 大丈夫。

 ちゃんと食べられるものが出来る。


 ---


「ユーリ、その時何も言わず助けた。言葉わからなくてちょっと怖かったけど。嬉しかった」


 鍋を煮込む間、彼との馴れ初めの話に花が咲いた。

 コトコトと弱火で煮込まれるスープは既に良い香りを漂わせている。

 火加減を見守りながら言うイーレ。

 私は調理台に腰を預けながらその言葉に耳を傾ける。


「ユーリは優しい。でも人助ける時躊躇わない。出来ること精いっぱいするからカッコいい」

「そうね、その通りよ」


 ウンウンと頷く。

 その在り方は英雄そのものだ。

 決して強くはない彼だが、そのように生きようとする姿勢こそが私の憧れた姿だ。


「だからイーレ、ユーリのこと好き」


 彼女の不意打ち的な言葉に身を固くした。

 何か言葉を口にすることも出来ずにいると、イーレは少し頬を赤らめながら続けた。


「エルも好き。ロレスも好き。シエナも好き。でもユーリが一番好き。ユーリは強い。体じゃなくて心が強いからみんながユーリ好きになる。あんなに綺麗な縁の光は、初めて見た」


 火かき棒で釜を弄るイーレ。

 照れ隠しのようにも見えるその背中を丸めた姿。

 可愛らしい獣人族の乙女がそこに居る。


「……だったらユリウスに言えば良いじゃない。アイツ、嫌とは言わないわよ」


 強がって、なるべく動揺を隠してそう言った。

 私だってそれを伝えたい。

 けど出来ない。

 ならばせめてイーレに譲ることにする。

 本当は、あまりそうしたくないけど。


「それはイーレしない」


 だが彼女は赤い顔のまま困ったように笑った。


「ユーリ、優しい。きっと好きって言った女の子全員好きになる。でもそれはユーリの本当の好きじゃない。ユーリの本当の好きは……」


 そこまで言った彼女は私を見上げる。

 イーレの右目が青く光っている。

 また魔眼を使っているらしい。


「……何よ」

「シエナ、誰か好きな人いる?」

「……居るわ」


 窓に目をやる。

 既に傾いた日が海を赤く染めている。


「私の故郷。ロッズの街の人が好き。お父様もお母様も好き。肉屋のタルコスが好き。女将のヴェードゥが好き。執事のベンジャミンも。シェリーも。皆好きよ」


 海のかなたの街の人々の顔が思い浮かぶ。

 私をここまで送り届けてくれた人たち。

 私の我儘の為に苦労している人たちを想う。


「あと、ロレスも好き。私の師匠だもの。綺麗で強くてカッコいいわ。いつか、ああなりたい」

「エルは?」

「あいつはどうでもいいかな。強いけど、エルを好きだって言ってる女が居るのを知ってるもの。人の恋路を邪魔する奴は野犬に食い殺されるのよ」

「イーレのことは?」

「……恥ずかしい事言わせるのね」


 彼女はニヒヒと笑う。

 無邪気な彼女の頭を撫でる。

 ついでにそのフニフニした耳も指で捏ねた。


「好きよ。いつかあんたも背の高い女になるんでしょうけども。羨ましいわ」


 獣人族の女性は背が高くなる傾向がある。

 既にユリウスと同じ背丈があるイーレのことだ。

 スラっと足の長い美人になるだろう。

 それこそユリウス好みの。


「シエナももっと綺麗になる。ロレスよりずっと綺麗になる」

「ちょっと複雑ね。師匠を越える弟子は無いものよ」

「……ユーリのこと、嫌い?」


 その言葉の返事には詰まった。

 嫌いなものか。

 私の特別な好きはあいつの物だ。


「……そうね。嫌いじゃないわ」

「シエナ素直じゃない」

「うるさいわね……。ほら、そろそろできたんじゃない?」


 カタカタと音をたてる蓋をイーレが開ける。

 暖かい湯気の向こうから、優しく甘い香りがほわりと香った。


 小皿に小さく取り分けるとイーレはそれを私に手渡した。


「味見。料理する人の特権」


 受け取り、息を吹きかけて冷ましてから味見をする。

 野菜の甘みと肉のうまみが存分に生かされたスープ。

 少し香辛料の香りが独特だが、これも美味しい。

 ただし。


「……少し味が薄いわ」

「塩入れる」


 つま先立ちしながら鍋に塩を振ると再び蓋をして釜の火を消した。


「あとは、ちょっと待つ。お皿の準備する」

「えぇ」

「シエナのお料理上手になった。一安心」

「安心?何がよ」

「なんでもない。シエナも素直じゃないからイーレも言わない」

「なんですってぇ」


 とっ捕まえて脇腹でもくすぐってやろうかと構えた時。

 イーレは逆に私の方に飛びこんできた。

 危うく小皿を落としそうになりながら抱きかかえる。


「……シエナもロレスも嘘つき。ユーリと同じくらい優しい嘘つき。イーレとっても心配」

「どうしたのよ急に……」

「言わない。シエナが素直じゃないからイーレも言わないもん」

「……私の勝手よ。その時が来たらちゃんと言うわよ」

「本当?──むぐぅ」


 イーレが顔を上げそうになったのを手で押さえた。

 今顔を見られるのは良くない。

 真っ赤のなのがバレてしまう。


「さ、夕飯にするわ。怪我人ばっかりだから世話が焼ける」


 そう言って話をそらした。


 そう、いつかは伝える。

 今がその時でないだけだ。

 いつか、私の気持ちが収まった時にそう伝えよう。


 まだ、先の話になりそうだけども。

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