第五十九話 「皇国防衛線(後編)」
火の手が上がる街をかけていく。
石作の建物は崩れ、藁ぶきの屋根に火が燃え移る。
市場だったこの通りに人影は無い。
店の商品も敷物もそのままに、ただただ荒れ果てている。
あれだけ騒がしかった街の通りは静まり帰り、火事の灯りだけが照らしていた。
(始まった……)
街を駆け抜け、坂を上った先で振り返る。
魔獣の咆哮と、激しい戦闘音と肌が泡立つほどの魔力の波。
エルディン達が戦っている。
小康状態となった雨の中ではっきりと感じ取れた。
もう後戻りはできない。
必ず勝たねば。
テオドールのくそったれな思惑を叩き潰して国を救うのだ。
「ユリウス!はやく!」
彼女が急かす。
分かっている。
時間は無い。
いかに《銀の勇者》と《魔葬》の最強タッグでも、あれだけの数の血色の魔獣を相手にはできない。
1体1体には勝てても、それらが総出で襲い掛かれば彼らでも負ける。
魔獣の強さは俺も身をもってよく知っている。
ボス級の敵がそこら辺を跋扈する悪夢のような光景だ。
ゲームの中だけであってほしかった。
「本当にうまく行くんでしょうね!?」
「上手く行く。イーレ嘘つかない」
彼女たちの方が足が速い。
ロレスの下で鍛え抜かれたシエナは当然として、イーレの身のこなしが軽快なのは意外だ。
やはり獣人族は身体能力が高いらしい。
だがこれでいい。
あの2人が道を開く。
今重要なのは俺の魔力の温存だ。
最高のタイミングで最高の魔法を使うためにはもう余計な消費は出来ない。
シエナには杖を渡してある。
魔法剣と杖の両方を使えば、単純な魔法の強化が可能だ。
近接戦闘のリスクを考えれば遠巻きに攻撃できる方が有利だ。
そしてイーレは耳が良い。
かすかな魔獣の気配も感じ取って先手を取れる。
先陣を切る2人は索敵と殲滅担当だ。
「シエナ、あっち!」
「えぇ!!」
通りの先に魔獣が居た。
数は1、まだこちらに気づいてはいない。
そこを迂回して王宮へ向かう。
余計な戦闘はリスクが増えるばかりだ。
可能なら一切魔法を使わずに行きたい。
だが。
「シエナ止まって!」
イーレの声で足を止めれば、建物を突き破って魔獣が現れる。
赤黒い毛並みに、2つの狼の頭を持った大きな体。
俺が戦ったものと少々形が違うが、それでもこいつは血色の魔獣だ。
「行くわよ!!」
彼女が杖を振りかぶる。
詠唱の無い、ただただ打ち出すだけの魔力の波。
炎の魔法が、大きく掲げられる。
「やあああああああ!!!!」
振り落とされた魔法は、地面を抉りながら魔獣へとまっすぐに伸びる。
大振りな魔法であったことが災いしてそれは簡単には回避されてしまう。
不規則に飛び回りながら魔獣が距離を詰める。
まずい。
早速追い込まれている。
俺は魔法を使うべく右手を上げた。
「手を出さないで!私だってやれる!!」
杖と剣を交わるように構えたシエナが吠える。
それと同時に魔獣が飛び掛かる。
「吹っ飛べ!!!」
激しい炎の波がその場で荒れ狂う。
燃やすのではなく、爆ぜる炎の魔法。
衝撃波が魔獣の体を捉え、あの巨躯が軽々と弾き飛ばされた。
遠く離れた場所へと落ちて行く。
「……よし!先に進むわよ!」
息を吐いた彼女は追撃をしなかった。
道が開いた以上、足を止めてられない。
「シエナ偉い。追い打ち要らない」
「当然よ!目的、手段、手札なんだから!」
いつか教えたことを彼女はしっかり覚えていた。
こんな状況だが、少しだけ頬が緩む。
ほどなくして王宮にたどり着いた。
シャボン玉の防護壁はまだ機能してはいるが、正面門が開け放たれ中には主をなくした血塗れの鎧たちが無残に打ち捨てられている。
美しかった王宮の芝生は踏み荒らされて血にまみれだ。
そして血色の魔獣の死体が1つ。
両方の頭を潰されたそれには深々と槍が刺さっている。
最後に一突きを入れて命を落とした騎士の腕がまだその槍に残っていた。
刺し違え、そして別の魔獣に喰われたのだろう。
「生き残り、居ない。魔獣も居ない。いまなら昇れる」
イーレの声で見上げる。
火事の向こう、火花と黒煙が立ち込める先。
海と街を望む遠見の塔が夜空に向かってそびえ立っている。
「急ぎましょう」
短く言って王宮の中へ進む。
ただただ静かな、豪華なつくりの宮殿を足音だけが反響していく。
王宮はもぬけの殻だ。
魔獣が侵入した形跡はない。
皇族も従者も、とうぜん皇帝陛下も居ない。
逃げおおせたのだろう。
そういうところばかりが早いお偉いさんというのはどこの世も共通らしい。
「塔の入口はどこよ!?」
あっちでもないこっちでもないと扉を片っ端から蹴破る。
貴族のお屋敷住まいであったシエナですらこの王宮で迷ってしまう。
王宮の作りは複雑だった。
いくつも扉がある割には部屋が小さい。
従者用の宿泊棟に迷い込んだか。
だが塔は目と鼻の先。
入り口はすぐ近くにあるはずだ。
こうなったら建物をぶち抜くか。
いや、塔が崩れたら意味が無い。
焦るな。
焦らず急ぐんだ。
「あっち!」
イーレが指をさす方向。
ザビー皇国の紋章が描かれた垂れ幕がかかった壁がある。
その垂れ幕をシエナはむんずと掴むと思い切り引きはがした。
ビリビリと取り付け部が千切れてそのまま地面に投げ出される皇国のタペストリー。
なんて不敬なんだ。なんてロックなんだ。
俺も今度やってみよう。
タペストリーの裏からは古臭い木の扉が姿を現した。
取っ手も蝶番も錆び錆びの扉は押しても引いてもビクともしない。
「シエナ、お願いします」
「でりゃああああ!!」
抜き放たれた夕刻の星が振り落とされる。
壊撃によって頑丈な扉が木っ端みじんに吹き飛んだ。
彼女の前であれば扉は蹴破るか叩き割るものだ。
ミセス・マスターキーである。
アーネストが見たら憤死してしまうかもしれない。
埃が舞い上がり、長い間使われていなさそうな通路が顔を出す。
左手には塔へと続く階段。
そして右手には、小部屋が一つ。
蜘蛛の巣にまみれたその小さな部屋は書類や本が乱雑に積み上げられている。
「……師匠の部屋だ」
何となくわかった。
ネィダの物の散らかし方がそのままだ。
こんな狭い部屋を与えられていたのか。
そりゃ街にしょっちゅう遊びに出るわけだ。
よくも俺の師匠をこんな部屋にねじ込んでくれたな。
幽閉とそんなに変わらないじゃないか。
あとでこの王宮は吹き飛ばそう。
そりゃあもう派手に吹き飛ばしてやるとも。
「ユーリ、あれ持って行って」
その部屋の片隅、通路から見えない位置をイーレが指さす。
回り込むようにしてその壁の裏にある物を手にした。
灰色の三角帽子。埃を被ったソレが壁にかかっていた。
今俺が被っているものよりも少し大きな古い魔女の証。
きっと師匠が国から出る時に忘れていったのだろう。
帽子は所詮帽子。
魔術的なものではなく、どこか後ろめたい魔術師たちがその素顔と周囲の視線を隠す物。
古い時代の名残だ。
(お世話になりました)
ボロボロになった帽子を代わりに壁のフックにかける。
長旅でクタクタに疲れ切った帽子はそこで休息を得た。
(お世話になります)
そして手にしたその埃を古ぼけた帽子を頭に乗せる。
こういうのは、形が大事だ。
いかに優秀な魔術師でも、ボロを着ていては威厳は半減だ。
「似合う」
イーレが鍔に着いた蜘蛛の巣を払いながら言う。
少々小恥ずかしいながらも、俺は顔を上げた。
その時だ、ズンと地のそこから突き上げるような衝撃が王宮を襲った。
パラパラと埃が落ちてくる。
地震ではない。それにこの焼けるような魔力。
ロレスの魔術か。
だが相当の大きさの魔術を使ったらしい。
ビリビリとその波が肌に伝わってくる。
「……行きましょう。ここからが正念場です」
塔の階段を駆け上がる。
上を見上げれば、ぽっかりと夜空が口を開けていた。
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《エルディン視点》
『数が多いよ!!うひゃあ!!』
『シルビア!』
大魔霊の2人が徐々に押され始めている。
既に魔獣を10体ほど屠ったが、数は増えていくばかりだ。
こちらもそろそろ限界だ。
既に右腕の感覚が無く、麻のマントをきつく結びつけて形を保っている。
1匹も通さないと言った手前、ちょっと盛りすぎたなと反省している。
ボクの知識にある魔栄期の魔物たちよりこいつらは強い。
魔術をバカスカ飛ばしてくるのがうっとおしい。
神気はあれども魔力に干渉は出来ない。
レジストの出来ないそれをもろに食らえばいかにボク達でもお陀仏だ。
「おおお!!」
ズンと踏み込む。
更地の岩盤ごと地面を持ち上げて魔術を掻い潜る
「……りゃあああああ!!!」
そのまま岩盤を蹴り飛ばす。
数匹の魔獣巻き込みはしたが、致命傷にはならない。
キツイ。
正直そう思った。
本来、こいつらが現れた時点でボクらの負けは決まったようなものだ。
もうすでに魔栄期の魔術的な再現は達成された。
あとは数年のうちに人族と魔族を巻き込んだ大きな戦争が起こる。
おそらくは新しい国王を迎えたベルガー王政が火ぶたを切るだろう。
避けることの出来無い滅びが来る。
この世界が終わる。
だがまだ終わってはいない。
まだ6年も先の話だ。
今からだってその結末を変えられる。
そう信じて何度も立ち上がってきたじゃないか。
(なんのこれしき……!)
「エルディン!!」
後ろに迫った魔獣の上半身が吹き飛ぶ。
強烈な水流で真っ二つに切断されたそれが転がる。
水の上級魔術押し寄せる大波。
圧縮され、解き放たれた水の奔流は大岩も突き穿つ刃となる。
ドッと背中に彼女が当たる。
ロレスだ。
彼女が前線まで上がってきていた。
背中合わせに息を整えて回りを見回す。
シルビアもジアビスも良くやってくれている。
ボクの持ち得る最高戦力がこうして時間を稼いでくれているがそれもそろそろ限界だ。
もうすぐ彼女らに分け与えた神気が尽きる。
そうなれば後はボクとロレスだけの戦いとなる。
生存はおそらく絶望的だ。
「……どうする?ロレス」
どうしようもない状況に小さく笑いが漏れる。
「いっそボク達だけでも船に乗ればよかったね」
「そうだな」
彼女もまたフッと鼻で笑う。
「だが、こういうのも悪くない」
「こういうの?」
「あぁ、分の悪い賭けだ」
彼女が踏み込む。
伸びあがった四肢が、卓越した彼女の槍術が、輝く銀の槍が魔獣の首を叩き斬る。
「あいつがその賭けに勝つためならば。私は喜んでこの身を捧げよう」
ゆっくりともたげられたロレスの腕。
杖をアンカーのように地面に突きさし宵色の瞳が黄金に輝く。
「この戦い、命を賭す価値がある!!」
彼女の魔力が膨れ上がる。
掲げられた腕に強大な炎の槍が現れる。
それは莫大な熱量を誇る最強の炎魔術。
神々の怨敵たる紅き邪龍の伝説の一節。
「──神々の無垢なる星、。命の息吹湛えた罪なき御霊を、我が顎で喰ろうて見せよう」
詠唱が始まる。
周囲の魔力が悲鳴を上げる。
龍の叫び声にも似た炎の唸りが辺りを取り巻く。
『あれ、もしかしてまずいんじゃない!?ジアビス!』
『退避です!!退避ですよシルビア!!!』
突如慌て始める2人。
それもそうだ。
あれは大魔霊を仕留めるために古い魔術師たちが編み出した最終兵器。
魔力で生きる者の命をことごとく刈り取る神殺しの邪龍の力。
それがいま、目前で吹き荒れる。
『射線を開けて!!ロレスに1匹も寄せ付けるな!!』
『無茶いわないでよエル!!』
『あー!もうやるしかないのね!!』
魔獣なんかに邪魔などさせない。
文句を言いながら彼女らも露払いに走る。
ロレスはもう限界だ。
だから最後に、魔力枯渇を覚悟して放つつもりだ。
余人にはたどり着けぬ遠き魔術の果て。
星に風穴を開ける大魔術を。
辺りの景色を真っ赤に染め上げる炎の魔術がさらに膨れ上がる。
槍の、牙の形をした炎はやがて連なり、顎になる。
「この翼は空を望まず。この瞳は光を欲さず。ただただ飢えのままに、我が身の内に納まるがいい。恐れよ。恐れよ。恐れよ。我が抱きたるは渇望。我が与えるは炎。そして死をもって至る極限の無」
ロレスの髪が白くなっていく。
燃え盛る炎が彼女の腕を焦がし、口の端から血が垂れる。
表情を変えぬままに目が血走り、眼尻からも血の涙がこぼれていく。
急激な魔力枯渇の症状が彼女をむしばんでいる。
(本当に死ぬ気か、ロレス!!)
「命あるならば喰らおう。体あるならば喰らおう。そして嘆きを聞こう。皆人の叫びこそが声無き我の証左。故に、これこそが、我を語る歌となる!」
夜空を染める炎の龍が口を開ける。
滅びの咆哮がいま国を揺るがす。
「──顕現せし炎龍の咆哮!!」
灼熱はロレスの手を離れて、撃ちだされた。
真っすぐに飛んだそれは更地に落ちた瞬間に爆ぜる。
空を持ち上げる轟音と、大地を穿つ炎の大槌。
強烈な光と大音響の炸裂音が体を突き抜けて、辺りの魔獣が消し飛び炎に包まれる。
地面から弾き飛ばされるような衝撃が周りを襲う。
「うおおおおおお!!!!」
爆風で飛ばされた土砂と瓦礫が襲い掛かる。
その場で倒れたロレスを庇いながら、悲鳴とも雄たけびともいえる声を上げた。
ユリウスも彼女も後先考えずに魔術をぶっ放す傾向が強い。
ましてやこれは大魔術。
絨毯爆撃の様な規模の殺傷能力がある。
飛来する瓦礫や木片をジアビスが叩き落とす。
『……エル』
『ジアビス、どうなった……?』
治まった爆炎と突風から身を起こしながら彼女に声をかける。
『……あまり良くない状況です』
ゴウと風が吹き抜けた。
巨大な穴が開いた台地は残り火が燻り、巻き上がった砂煙が視界をふさいでいる。
『いやぁ、ごめんねエル』
シルビアの声が聞こえた。
バッと顔をあげる。
『ちょっと、無茶しちゃった』
『シルビア!!』
シルビアの左半身が無くなっていた。
魔力で編まれた鎧も、神と同じ体もボロボロになっている。
『やっぱ人を庇うなんてするもんじゃないねぇ。魔獣の牙は痛かったよー』
ゆっくりとその場に崩れ落ちるシルビア。
神気で構築された肉体が光の粒になっていく。
『ちょっと休んでるからさ、ちゃんと勝ってよね。エル』
『あ、ああぁ。ごめんシルビア……』
『良いって良いって。ちょこっと休んだら、すぐ出てくるから。ジアビス、エルをお願いね』
『任されました。命に代えて守るわ』
その声を聴いてシルビアは眼を閉じた。
周りでは生き残った魔獣がまだまだいる。
ロレスも虫の息だ。
はやく治療魔術をかけなければ、そのまま死んでしまう。
こちらは剣を片方失った。仲間も立てない。
ゴルルと獲物を前にした血色の魔獣たちが唸る。
『……ん?』
消える直前にシルビアが声を上げた。
『なんか、なんか焦げ臭い』
『どうしたのこんな時に』
『えぇ、たしかに焦げ臭いです。ついでに胡散臭い』
そんな問答をしている間に魔獣が飛び掛かる。
すぐに迎撃を──!
『『アイツだ!!!』』
大魔霊の2人がピンときた瞬間だ。
巨大な大地が起き上がった。
それは腕の形になり、炎を纏って魔獣を片腕で掴む。
魔獣をすっぽりと拳に収めるほどに巨大な燃え盛る腕。
それが一息に魔獣を握り潰した。
それと同時に内側から凄まじい熱量をまき散らして爆散した。
なんだアレは。
いや、知っている。
彼が良く使う腕の魔法だ。
でもこれは?
燃え盛る炎の様な魔力の流れが街全体を取り巻いている。
大魔術の余波では無い。
ではどこから?
『エル、あのユリウスって子、とんでもないめっけもんだったわ』
消え去る最期にシルビアはそう残した。
色を失った翡翠石の剣を拾いあげて鞘に納める。
『アイツ、生きてたんですね。もう龍に喰われたとおもってましたのに』
ジアビスの見上げる先を見た。
そして言葉を失う。
王宮に建てられた遠見の塔。
そのてっぺんに火柱が上がっている。
夜空を駆け上る紅蓮の炎。
本来、あの仮面の、テオドールに宿り敵の手に落ちた大魔霊。
大炎魔霊バーン・グラッド。
その魔力が立ち上がっていた。
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《ユリウス視点》
胸から魔力の炎が吹きあがる。
強化魔法星を焼く大炎魔霊。
俺の魔力を最大出力で一定時間ブーストしてくれる必殺技。
俺の最後の切り札はすでに切られた。
あとは時間との勝負だ。
「エルとロレス無事。でも危ない。ユーリ、急いで皆殺し」
シエナに肩車されたイーレが言う。
ちょっと言葉が過激だが、いまはご注文通りに遂行しよう。
「行くぜ星を焼く大炎魔霊。思う存分暴れてやるぞ!!」
杖を振りかぶり、魔力を回す。
既に3割ほどの魔獣が倒されているが、依然数は多い。
だが勝算はある。
彼らが持たせてくれた。
ここから逆転だ。
今見えている魔獣たちに狙いを定める。
ロレスの魔術でさらに見晴らしがよくなったその場所は俺の独壇場だ。
超遠距離でも手に取るようにその場所の魔力がわかる。
地面に魔力を流し、手招く砂塵の緊縛を展開する。
土魔法で練られた腕を存分に駆使して魔獣たちを捉えていく。
本来であればたかだか土魔法で練った腕など魔獣にとっては絹を裂くも同然に振りほどける。
だが、今のこいつは特別性だ。
強化魔法のかかった状態の手招く砂塵の緊縛は魔力が途切れると爆発を起こす。
魔力を込めれば込めた分だけ強烈な爆破が魔獣を襲う。
つまり奴らは暴れれば暴れただけキツイ炎魔法を受けることになるのだ。
そしてこの場所を陣取った理由はもう1つある。
「見えた。あそこ」
イーレが指さした方向に観測魔法を向ける。
街の中に紛れた魔獣。
しかし姿さえ捉えることが出来ればそこに手招く砂塵の緊縛を展開して仕留めることが出来る。
1匹たりとも逃しはしない。
奴の家畜など、まとめて駆除していやる。
イーレとシエナが魔獣を見つけ。それをひたすら叩き潰す。
広範囲の魔力浸透させてはいるが、雷轟の射手よりも確実に仕留めることが出来る。
それに、少々外しても追撃が可能だ。
消費魔力も土魔法を操っているだけだからそこまで高くない。
継続戦闘能力も高い。
燃え盛る腕が1匹、また1匹と魔獣をひねりつぶしていく。
あとちょっとだ。
エルディン達の所にまとまってくれていたおかげでかなりの数が片付いた。
行ける。
倒せる。
だが、俺の脳裏には別の心配もあった。
魔獣を倒し切ったとして、テオドールが引き下がるだろうか。
まだ彼には、切っていない札がある。
そう確信している。
「ユリウス!真正面!!」
シエナの声。
そちらに狙いを定めた。
3匹の魔獣がまとまってこちらへ走り込んでくる。
かなり素早い。
「しゃらくさい!!」
ダンと杖で床を突く。
魔力は塔を伝わって王宮の庭に達し、そのまま地面を駆け巡る。
分厚い岩盤を双方から持ち上げて、ズバンと挟み込むように魔獣を叩き潰す。
青黒い血飛沫を上げながらそのまま動かなくなる。
「あとどのくらいです!?」
「あっちに4。そっちに8」
「えっと、13と26と3だから……。あと12!」
「了解!」
引き続き手招く砂塵の緊縛で捉えにかかる。
そろそろ強化魔法の効果が切れる。
出し惜しみは無しだ。
街のいたるところから、塔の根元から。何だったら空中から。
炎纏った無数の腕が形を成しながら魔獣を狙う。
もはやこちらが魔物も同然だ。
数を減らされた魔獣たちは逃げ惑うように走り回った後、腕に殺到されて命を終わらせる。
これを自分がやっているから良いようなもので、もし敵にやられたら恐怖以外の何物でもない。
地面に接しているところは全て攻撃の起点になるのだ。
我ながら恐ろしい魔法を生み出してしまった。
「あ"」
ガクンと体が重くなる。
強化魔法が切れた。
杖があるおかげで何とか魔力切れの気絶は免れた。
「ユリウス!」
「だ、大丈夫。まだ動けます」
少しでも気を抜けば意識を持っていかれそうになる。
塔の壁に手をついて、体を支えようにも手は空を滑ってバランスを崩してしまった。
両サイドからシエナとイーレが支えてくれる。
「……魔獣は?」
「さっきので最後よ、よくやったわ」
「皆殺し、ユーリすごい。最強魔道士」
「最高の誉め言葉ですね」
眼下を見る。
最後の1匹が苦し紛れにこちらへ飛ばした魔術は塔の中腹にぶち当たった。
替わりに、幾本もの腕が、手先を矢じりに変えて最後の魔獣を貫いた。
ボンボンと、操っていた腕たちは魔力が途絶えて小爆発を起こしながら崩れていく。
倒し切った。
叩き潰した。
テオドールの思惑を、国の滅亡を防いだ。
建物には甚大な被害が出ているが、港に魔獣を1匹たりとも踏み入れさせなかった。
エルディンとロレスのおかげだが、してやったぜ。
これであとは朝日を迎えれば勝利ムード全開だ。
「!」
ズクンと心臓が跳ねた。
腹の下から冷えるような、怖気が襲ってくる。
「シエナ、警戒を!」
彼女はすぐに剣を抜き放って辺りを探る。
「見えないわ!」
「イーレ、何か聞こえますか?」
「わからない。でも嫌な奴こっちを見てる」
耳をピンと立てたイーレがそういう。
こっちを見ている。
その感覚はわかった。
やつだ。
テオドールが近くに来ている。
分かっていたとはいえあの野郎、尻尾巻いて逃げておきながら戻ってくるとか。
しかもこっちは総力戦の後だ。
反則にもほどがある。
煙の臭いを運ぶ夜風がザワザワと渦巻いている。
港からわずかに聞こえる悲鳴、彼の手によって殺戮が行われている声であっても不思議じゃない。
だが違う。テオドールは剣を使っていない。
ゆっくりと、地の底から這いあがるように魔力が街を覆っていく。
風が荒れ、厚い雲が垂れ込んでくる。
「……まさか……」
空を見上げた。
雲が渦巻き、ひゅるひゅると地上に向けてその尾が伸びる。
風の大魔術。
巨大な竜巻を操るテオドールの魔術が展開されていた。
幾つかのつむじ風が上空でその姿を重ねる。
ひとつ、またひとつと数を増やしては合体して大きさを増していく。
膨大な魔力が一帯に満ちている。
ロレスから感じていたあの魔力も凌ぐほどの強烈な魔力の流れと嵐。
ザビー皇国上空に展開された大魔術は、間違いなくこの国ごと俺たちを消し飛ばすだろう。
「ユリウス……」
シエナが不安げに空を見上げる。
彼女もどこかで思ったようだ。
打つ手がない。と。
「か、勝てるわよね!?あんなそよ風、あんたの魔法で簡単に……」
俺に縋りつきながら彼女は言うが、言葉は途中で消えた。
既に俺も限界を超えた。
魔力枯渇の影響で髪は白くなり、指先は壊死しかけて紫色になっている。
分かっていたことだ。
アイツは、テオドールは完璧主義だ。
何事も完璧。
掃除であれば埃1つ残さず、洗濯であれば皺ひとつない。
料理こそよくわからない味覚をセンスをしていたが、とにかく奴は徹底的だ。
であれば、チリ1つ残さずザビー皇国を消し飛ばす手段も用意していて当然だった。
まぁ、それがこの規模の大魔術だとは思いもよらなかったが。
流石はテオドール。
ネィダが認める次期大魔道候補なだけはある。
くやしいが、奴の魔術の腕前は本当に一級品だ。
こんな規模の大魔術を行使できるのだ。
同じ師匠を持つ者としては、兄弟子と素直に誇りたかった。
シエナの赤い瞳が不安で揺れている。
イーレも、あきらめたように耳を寝かせてシュンとしていた。
「……打つ手が、ありません」
帽子の鍔を下に引っ張って顔を隠した。
もう切れる手札は無い。
すべて出し切った。
最良の結果ともいえる戦いの末にこれだ。
最初から、勝ち目の無い戦いだった。
「わぷ」
負けを覚悟した時だ。
ペチンと何かがシエナの顔にぶつかった。
「何ですそれ」
「知らないわよ、帽子から飛んできたみたいだけど」
ハイと手渡される。
古ぼけたメモ紙だ。どこかに挟まっていたのだろうか。
ふたつに折りたたまれたメモ紙を開けば、文字が書いてあった。
魔族の言葉で掛かれたネィダの筆跡だ。
──
魔法とは、自然の魔力を自身の魔力を同調させ操る。
では、魔力とは?
──
殴りかかれた彼女の覚書のような一文がそこにあった。
なんだよ、必殺逆転の詠唱呪文とか書いておいてくれよ。
いざというときが今なんだよ師匠。
こりゃ駄目だと天を仰ぐ。
せめて何かヒントになるようなことでも……。
「あ」
声が小さく漏れた。
脳裏で、ある仮定が浮かんだ。
「……行けるかもしれない」
「え、どうしたの」
「シエナ、肩を貸してください」
彼女に抱えられて立ち上がる。
空を見上げれば、もう竜巻は目前に迫っている。
周辺では細いそれが地上に達して建物を巻き上げ始めた。
時間が無い、ぶっつけ本番だ。
(見てろよ、テオドール。俺とお前の差を思い知らせてやる)
杖を空に掲げる。
既に俺の魔力はほぼ無い。
だが、ほぼだ。
全く無いわけじゃない。
三眼の守護女神が応え、本当にわずかに魔石が光る。
いつか、これが最後だと思いながら唱えた魔術があった。
もう魔術師になるのは止めようと。
そう思いながら紡いだ、風の魔術があった。
「──我、気高き翼の姫君に乞い願う」
その詠唱をゆっくりと始める。
調整している余裕も時間も無い。
周りの風が音をたて、徐々に徐々に渦を巻き始める。
じわりじわりと風は速度を増し、周囲に風鳴りを響かせる。
「道行きにその白き翼の影を落とせ」
竜巻の風の流れから切り離された小さな嵐。
目の前の大魔術と比べればあまりにも陳腐な中級魔術が形を成していく。
強風は突風へ、そして暴風へと姿を変え、その大きさを増していく。
引き搾られた弓のように、今か今かと小さな嵐が牙を研いでいる。
「御胸の果ての果てよりその叫びを我に届けよ」
上空の竜巻が一直線にこの塔を狙う。
地面を揺るがすような嵐が瓦礫を巻き上げながらこちらへ迫る。
魔術はレジスト出来る。
どんな大きな魔術でも自分の魔力で干渉することが出来る。
難易度の違いこそあれ、可能なことだ。
俺の得意分野だ。
「祈りは風が運び汝の翼へ──」
壊撃を反らすことも、俺の得意分野だ。
壊撃は魔力を直接相手に流し込んで粉砕する必殺剣。
だが俺の手にかかれば、その向き変えてをそのまま相手に返すことも出来る
「ユリウス!!」
「ユーリ!!」
目の前に襲い掛かる大魔術に、彼女たちが悲鳴を上げる。
もうだめだと、俺のローブに二人とも顔を埋めて目を逸らした。
だが、俺は目を逸らさない。
最後まで、体がばらばらに引き裂かれる瞬間まで俺は俺の魔法を信じている。
細部に神は宿る。
そして、面白いと思ったことを成す。
テオドールが邪魔者と吐き捨てたネィダに、師匠に教わった全てが俺の中に息づいている。
負けるわけにはいかない。
「汝の翼は我が剣となれ──」
詠唱完了まであと一節。
魔力を練りながら、竜巻を引き付ける。
まだ早い。まだ早い。
もっと寄ってこい!
俺は魔術を使うことはできない。
俺の魔力は魔術が完成すると同時に供給されなくなり魔術が消滅する。
では、別の魔力を供給できるようにしたら?
例えば、いま目前に迫りくる憎き兄弟子の大魔術級の魔力。
その向きを変えて、風を巻き込んでやれば、どうなろうだろう。
おそらくそれが可能なはずだ。
魔術師ネィダではなく、魔道士ネィダの弟子である俺であればあるいは。
いや。
魔道士ユリウス・エバーラウンズにしかできない。
きっとテオドールは顔を真っ赤にして悔しがるだろう。
あのすまし顔をクチャクチャに歪めて地団駄でも踏めばいいんだ。
あぁそっちの方が良い。
顔面に拳を叩き込むよりよっぽどスッキリする。
あの魔術の申し子テオドールを、未熟な魔道士である俺が越えていくのだ。
──そいつは最高に、面白そうだ。
「剣翼の突風ォ!!!」
竜巻が塔を飲み込んだ瞬間に、魔術を放つ。
それと同時に本当に一瞬だけ自身の魔力で大魔術に干渉する。
魔力の向きを変え、風の向きを強引に操作する。
バチンと小さな火花が風の中で散る。
小さな風の魔術が大魔術級の魔力を捉えた。
脳の血管が引きちぎれるような強烈な頭痛に呻き声を上げた。
鼻血が噴き出して意識が吹き飛びそうになるのを何とか堪える。
半分白目をむきながら魔術の行方を追う。
まだ魔術は、小さな嵐は消えていなかった。
俺からの魔力はすでに供給されていない。
だが確かにそれは、いま俺の目の前で翼を広げる
──行け……。
渦は勢いを増す。
鋭い風鳴りが、切り裂くような風がグンと持ち上がった。
「行け……!」
やがて周りの竜巻が剣翼の突風に吸い込まれていく。
巻き上がる風に稲妻が走り、塔の壁を吹き飛ばしながら天を舞う
「行けええええ!!」
撃ちだされた小さな突風は、竜巻の中心を進んでいく。
風を巻き込み、大魔術の荒れ狂う嵐がねじ込まれるようにして剣翼の突風を空へ押し上げていく。
渦巻くテオドールの大魔術を食い散らかしながら、取るに足りない風がその中心に穴を穿った。
意識と一緒に、大きな風鳴りが遠ざかっていく。
風を見送り、完全に魔力を使い切った俺はそこで崩れ落ちた。
俺はシエナに倒れ込むようにして意識を失った。
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《エルディン視点》
本当に、やってのけてしまった。
大魔術をあんな小さな風で全て返してしまうなんて。
(全滅まで覚悟してたんだけどなぁ)
衛兵たちをはじめ、すでに街の人々には危機が去った安堵と祝杯ムードが流れている。
ロレスを背負いながらひとまず休める場所へと歩いた。
ロレスは生きている。この人もかなりしぶとい。
あれだけの大魔術を放ったのだ。
最悪、魔力枯渇でそのまま即死だってあり得た。
倒れてすぐは確かに虫の息だったが、今は安らかな寝息を立てている。
時無くしは魔力切れでは死ねないのだったか?
なんにせよ幸運だ。
『エル。シルビアも眠りにつきました。彼女の魔力が回復するまでは時間がかかります』
『わかった。ジアビスもありがとう。しっかり休んでね』
『はい』
バリケードにロレスを寄りかからせながらボクも隣にドカと座り込んだ。
あー。きつかった……。
まったくユリウスは本当に無茶苦茶をする。
なんだあの秘策は。
高いところから見下ろして、街全体の地面を操るだって?
馬鹿げている。
そんな規模の魔法、実現など出来ない。
出来るとするならば大魔道ダン・クロム何某くらいのものだ。
挙句の果てに大魔術を真正面から突破した。
あれが無ければ国も人々も、当然ボク達も今頃バラバラにされていただろう。
最初の方はたしかに大炎魔霊の力を感じた。
だが大魔術を撃ち破ったのは間違いなくユリウスの自力だ。
ネィダ・タッカー氏はとんでもない弟子を持ったものだ。
(今度、ちゃんと彼と話さなきゃ……)
ボクだって疲れた。
こんなに戦ったのはいつぶりだろうか。
まぁでも、悪くない。
起きたらシャワーを浴びたいな。
ユリウスに頼んでみよう。
そう思いながら、そのまま眠ることにした。
まったく、散々な一日だったよ。
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《ユリウス視点》
「ユリウス。ユリウス」
ぼんやりと、わずかに頭痛のする頭で目が覚めた。
周りが明るい、夜が明けたらしい。
だが周りの状態はひとまず置いておこう。
まずは眼前のシエナの顔を堪能させてくれ。
赤い髪が視界を狭め、そよ風に混じって彼女の甘い匂いが香る。
少し汗の臭いもするが、それも一興だ。
俺は匂いフェチだったのだろうか。
涙目の彼女は安堵しきった顔でこちらを逆さに見つめている。
後ろに宵闇の残った空が見えるから、俺は仰向けで寝かされている。
そしてこの、後頭部に感じる肉感的な固い弾力。
うん、固い。高反発枕だ。
シエナの膝枕。
筋肉質になってしまった彼女のそれは寝違えてしまいそうな固さがある。
だが、心地よい。
彼女が俺の膝から頭を退けなかった理由が分かった。
「ユーリ起きた」
ヌッとイーレも覗き込んでくる。
あれほど縮み上がっていたのに、今は耳も尻尾もフリフリだ。
この猫耳娘も良くついてきてくれた。
そっと頭を撫でれば、グルグルと喉を鳴らす。
「……どうなりましたか?」
一応聞いてみる。
ここでこうして居られるということは、結果はわかっている。
でも、聞きたかった。
誰かにそう言ってほしかった。
「ほら、見て見なさいよ」
シエナが少しだけ上体を反らす。
そこには、美しい夜明けの空が広がっていた。
朝日がまだ昇らない空に、うっすらと見える満点の星。
そしてそれらを丸く縁取る千切れた雲。
分厚い竜巻を発生させる暗雲を、俺の魔術が散らしたのだ。
「……あんたの勝ちよ、ユリウス」
あんたの勝ち。
何よりも聞きたかった言葉を彼女は口にした。
耳をすませば、街中から復興の音が聞こえ始めている。
魔獣を叩き潰した。
国を救った。
そしてテオドールの魔術を撃ち破った。
アイツの思惑を、この俺が防いだのだ。
朝日が水平線から顔を出し、空をさらに照らしていく。
「気分はどう?」
シエナが問いかける。
そんなもの、考えるまでもない。
体はボロボロ。
大事なローブはズタズタ。
あれだけコケにされた俺がどんな気分かだって?
決まっているだろう。
「最ッ高!」
晴れた朝焼けの空に、短く勝利の声が響いた。
ユリウス・エバーラウンズ。13歳の初夏。
兄弟子、テオドールとの戦績。
通算 34戦 32敗 1引き分け 1勝
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第五章 完
第六章へ続く




