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第六話「僕の旅立ち」

 アレクに追っかけまわされた日の夕飯時。


「魔術師の弟子、ですか?」


 野犬の肉の香草焼き。

 色鮮やかな野菜のピクルス。

 ゴロゴロ根菜のスープ。

 山盛りの赤パン。

 そんな普段の食事からしてみればご馳走を前に、俺は食事の手を止めた。


「そうだ。俺の昔馴染みの魔術師が最近"コガクゥの村"に住み着いたらしくてな。」


 机に着いたアレクが言う。アレクが居ると家具が全部小さく見えてしまう。

 今日はアレクがこの家で一番地位が高いということでいつもデニスが座っている席についている。

 デニスはサーシャと向かって座り、俺は誕生日席だ。イリスは揺りかごでスヤスヤだ。


 コガクゥの村、確かデニスの話ではここから馬車で1週間ほどの所にある村の名前だ。

 山脈を一つ隔てた高低差のある森の街道を抜けた先にある村で、旅人が首都へ向かう道の中継地点。

 樹齢数百年の木々がそこら中に生えていて、人々はその木の根元か枝の上に住まうのだという。

 またその森は魔力が豊富で、その魔力を浴びて育った木は優れた杖の材料になるそうだ。

 ちなみに今俺がいる村の名前はイングリットの村。オルコの家の名前がついている。


「気難しい奴だが、腕は俺が保証しよう。どうだ?興味あるか?」


 デニスが「まだ早くありませんか?」と意見をし、

 サーシャもまた「五歳になってからでも遅くは無いんじゃ…」とそれに続く。


 手に持っていた赤パンを口に放り込んだあとに俺は腕を組んで考えた。

 その実、興味津々だ。


 魔術師の弟子。

 いいじゃないですか。

 待ってたよーそういうの。

 これはアレだ、その凄腕の魔術師はきっと伝説の賢者みたい人なんだ。

 白髪も髭も伸び伸びのすごい長生きのおじいちゃんで、かつてのあったかもしれない大戦争の生き残り。

 いや、不老不死の秘術を得た絶世の美女なんてのもいいな。

 そうだ、美女にしよう。

 そしてその麗しい魔女の元で修行を積んだ俺は類まれなる才能を発揮。

 わずか10代で大陸中に名前を轟かす若き天才魔術師へと開花するんだ。

 うわさを聞いた王様が王宮魔術師にスカウトしに来るくらいの。

 王城を目指すめくるめく旅、困難の連続、旅先での儚い恋…。

 いいね!魔術師の弟子。やっと異世界転生っぽくなってきた!!。


 意識を現実に戻そう。

 話を聞いているに、デニスもサーシャもゆくゆくは俺をどこかの魔術師の元へ修行に出す計画はあったらしい。

 もっとも、それは俺が十歳を数えた先の話として考えていた程度の事。

 なんなら冒険者として旅に出てもらうとか、アレク直々に剣術を学んでもらうとか。

 考える分にはいろいろあったらしいが、いかんせんアレクの行動が早すぎる。

 アレクは即断即決即行動を地で行く。

 おそらくその判断の速さと行動力の高さが王宮騎士として認められたのだろう。

 であれば、デニスとサーシャは後手に回らずを得ない。

 しかし実の父母としては教育方針を誰かにゆだねるのも不安なのは事実だ。

 互いに引き下がらず、議論は平行線だ。

 徐々にヒートアップしている。このままだと口論になりかねない。

 ので、俺は口を開いた。


「いいですね!魔術師の弟子。ぜひなりたいと思います!」


 とたんにシンとなる。

 家族全員の視線をあび、一瞬言葉に詰まったが俺は続けた。


「け、剣に生きるにしろ魔術に生きるにしろ、勉強というのは必要なものです。剣は父さまとお爺様から習えるとして、まずは興味がある魔法から始めるのが理想的かなぁ、と…。」

「…でもね、ユーリ。」


 最初に言葉を返したのはサーシャだった。


「あなたの親として言わせてほしいのだけど、弟子になるっていうのは学校へ通ったりするのとは違うの。少なくとも五年は先生の身の回りの世話をして、ほかの兄弟弟子と競いながらその中で自分の技術を磨いていくものなの。決してただお勉強をするだけではないのよ。」


 なるほど。五年以上、魔術師の使いっ走りになるということだ。

 最短で一人前になれたとしても十歳。人生の半分は修行ということになる。

 前世においては義務教育から高等教育までの期間は満了している。

 その中で誰かの付き人のような経験はしたことがない。

 だが、だからこそしてみたいという気持ちがある。

 俺は前世のような何も決められない大人に戻りたくない。

 そのためにいろんなことを経験したい。そう思っているのだ。


「僕はそういうことも含めて勉強したいです。将来、何になるにしても何かを始めるのなら早いに越したことはありません。もしかしたら五歳にもなっていない子供なら多少は手心を加えてくれるかもしれませんし。」


 そういうとサーシャは困った顔で何か言わなくてはと口を少し動かし、目を泳がせた。

 しかし、言葉が見つからなかったようで、あなた。とデニスの方をみた。

 何とか言ってやってくださいの視線だ。


「ユリウス。」


 デニスは俺の名を呼んだ。

 こういう時に彼がユーリでなく、ユリウスと呼びかける時は、ちゃんと聞きなさいの合図だ。


「ユリウスが弟子になりたいというのは父上の提案だからかい?」


 デニスは俺をじっと見つめた。

 眼鏡の奥の彼の眼が答えを待っている。

 一瞬、反射的に目を逸らしそうになったが踏みとどまった。

 ぐっとお腹に力を入れて彼を見つめ返す。


「いいえ、父さま。これは僕の意思です。僕が魔法を使えるようになりたいと日ごろから願っていたのは父さまも知っているところかと。」


 視線がぶれる。今にも目を逸らしてしまいそうだ。


「…そんなに怖い顔しなくても大丈夫だ、ユリウス。サーシャ、久しぶりに旅支度だ。せめて息子の荷物くらい準備してやろうじゃないか。」


 折れたのはデニスの方だった。フッと笑い、サーシャに声をかける。


「じゃあ。弟子になっても?」

「あぁ、父上に気を使っての事だったら止めていたけどね。自分の意志で進む道を決めたのなら私は止めやしないよ。」


 おお、さすがはデニス。話のわかる男。いや、話せばわかる男。

 思わず顔がパッと明るくなってしまう。

 それに反比例してサーシャはシュンとしてしまった。


 するとキッとサーシャは顔を上げてこちらに振り向いた。


「ユリウス!」


 バンと机に両手をついてサーシャは立ち上がる。

 机の料理たちが一瞬宙に浮いて皿に落ちる。


「手紙、ちゃんと書くのよ!毎日じゃなくても十日に一回くらいは頂戴な!」


 目に涙が浮かび、唇がわずかに震えている。今にも泣きそうだ。


「修行中でもちゃんとご飯食べるのよ。あとしっかり眠ること。あなたはパパにそっくりだから村の女の子がきっと放っておかないわ!誰彼構わず手を出しちゃだめよ!先生の事が嫌になったらいつでも帰ってらっしゃいね!」


 彼女は矢継ぎ早にそう言う。

 言ってる最中から涙がこぼれ始めたサーシャをデニスがなだめる。


 サーシャは揺れたのだろう。

 可愛い息子を自分の手の届く場所に置いておきたいという気持ちと、それでも立派に育ってほしいからしっかり送り出してあげなくちゃという気持ち。

 その両方が俺には得難く、とても嬉しい思いだ。

 それでも送り出してくれるという決心をしてくれた。

 デニスもそうだ。

 この両親には感謝しかない。


「話は決まったようだな。」


 アレクが腕を組んで言う。


「はい、お爺様。いつ出発するんです?」

「七日後だ。」


 …おい、話が急すぎないか?


 ---


 魔術師に弟子入りすると決めてから七日はあっという間に過ぎた。


 父も母もバタバタと旅支度を進めてくれた。

「もっと早く言ってくれれば商人さんから沢山買っといたのに!!」とサーシャの談である。

 不足している物はほかの村人から譲ってもらったりして何とか賄った。

 ユリウス君の原初の日祝いだから持って行ってくれと皆快く助けてくれた。

 ありがとう原初の日。旅立つ魔法使いに恵を与えたもうた。


 そんなわけで、すでに玄関には真ん丸に膨れ上がった大きなリュックが鎮座していた。中身は着替えから旅道具までさまざまである。

 馬車旅とはいえ、この体で持てるギリギリの重量であった。


 ぎゅうぎゅうに詰められているのですべては紹介できないが、気になるものをいくつか挙げておこう。


 輝照石

 多くの旅人が持っている魔道具の類で木の蔓を巻き付けた黒っぽい結晶体。旅の導き手とも。

 人工的に作ることができる数少ない魔法鉱石の一つであり、魔力を通し呪文を言葉にすることでことで周りを明るく照らす。

「汝、道を照らせ」で光を放ち、「汝、帳を下ろせ」で元の石ころに戻る。

 これ自体は何の問題もなく使うことができた。俺はどうやら魔力を持っていないわけではないらしい。


 乾パン

 保存食。おなじみの名前だがこちらでは全くの別物。見た目はカサカサに乾いたきな粉餅のようで、皮袋に入れて持ち運ぶ。

 水と混ぜて良く練った黒パン用の小麦粉を小さく丸めて乾燥させたもので、スープに入れて煮ると柔らかくもちもちした食感になる。食べた感じとしては固めの"ちくわぶ"に近い。

 乾いたままでも食べれなくはないが、歯に張り付くし口の中の水分をすべて持っていき喉に詰まる。

 ついでに言うと凄まじく腹持ちが良い。


 落葉のお守り。

 サーシャの家系に伝わる魔除けの護符。

 彼女が冒険者時代に身に着けていたもので、売ろうとしても特にお金にならなかったのだとか。

 艶のある木製の首飾りで葉っぱの形のレリーフに赤色の小さな石が二粒ほど埋め込んである。

「私のお祖母ちゃんのお祖母ちゃんの頃からずっと受け継がれてきてるものなの。悪いお化けから守ってくれるって言い伝えがあるわ。」

 とのことである。

 …いや、家族代々の品物を売ろうとするな。


 まぁ気になったのはそんな感じだ。

 他にも短刀や紙と炭など勉強に必要そうなものが詰めこまれている。

 本来は旅人とはもっと身軽な荷物だそうなのだが、今回は行先と滞在先が決まっているのでこの量なのだとか。


 今、アレクとデニス、サーシャの三人は村長の家に行っている。

 預けていたお金を受け取りに行っているのだ。

 この村には、というかこの世界には銀行がない。

 各家庭が必要に応じてその土地の権力者に預けるのだ。

 イングリットの村で一番警備が厳重なのは村長の家だ。

 村の各家庭からそれなりの額を預かっているため、父を含めた警備団が交代で番をしているらしい。


 一方俺はといえば村のはずれにあるあの森へと向かっていた。

 雪の融けた街道を一人あるき、そこへ到着する。


 思えばこの森には幾度となく訪れた。

 魔法の修行のときは言わずもがなだが、剣の修行で木剣が壊れるたびに材料を取りに行っていた。

 父と朝からよさそうな木を探し、村長の許しを得て切り倒して木剣へと加工する。

 時々母が代わりに来てくれたこともあったが、その時は風の魔法で一瞬だった。

 斧でガンガンやっていた父と比べればスマートさが違ったなぁ。


 スッと右腕を胸の高さまで上げて前に構える。

 水も風も土もまだ全く操れないが、火だけは何とか出せるようになった。

 これが年齢を重ねるごとに徐々に徐々にいろんなことができるようになる。

 普通なら四大魔法をすべて自在に操れるようになるのは十歳を過ぎるころが一般的だそうだ。


 ボ、と小さな音を立ててライターの火程の大きさの炎球が手のひらに現れる。

 飛ばしたり、大きくしたりはまだまだだが、これからなのだ。

 生まれたばかりの火である。

 先は長い。


「あー、居た居た。ユーリ。何やってんだ。」


 後ろから声を掛けられて振り向く。

 そこにはオルコが居た。

 今となってはすっかりお友達だ。

 取り巻きの二人はあれ以来オルコを怖がって近づいてこないのだとか。

 この一年でだいぶ背が伸びたオルコ、少し声変りをしたらしく父親のルドーとそっくりなガラガラ声になりつつある。

 彼も変わった。

 最初は暴れ放題わめき放題だったのだが、最近ではちゃんと自分のしたいこととその理由を口で説明し父親たちと会話をするという知恵がついた。

 読み書きも自分から始めたらしく、ルドーからは会うたびにユリウスのおかげだ。なんて言われる。


「魔法の練習ですよ。いつもと同じです。」

「聞いたぜ。昨日原初の日だったんだろ?赤パンってうめぇよなぁ。」

「えぇ、母の料理はどれも絶品ですので。」


 村長の家程になると赤パンなどはその気になれば好きな時に作って食べられるのだが、村長があまり良しとしていない。風習というのは重んじてこそ意味がある。とは村長の言葉だ。


「ところでオルコ、それは何です?」


 オルコの手には一冊の本があった。電話帳サイズの本だ。

 皮でできた表紙に金属の装飾が施されている。おそらくそれなりに値段がするはずだ。この世界で知識とはすなわち価値だ。知識の塊である本は物にもよるが、時には家が買えてしまうほど高価なものもあるそうだ。よって財政的に厳しいエバーラウンズ家にある本は二冊しかない。寝る前に読む子供用の言語習得用教本とお祈りの言葉を覚えるための豊穣の女神の神話が書かれたものの二つだけだ。


「魔法が使えるようになったって聞いたから、爺ちゃんの部屋からこっそり取ってきた。特別に見せてやるよ。」


 屈託のない笑顔で彼は二カッと笑った。乳歯の生え代わりで抜けてしまった前歯がなんとも彼らしい。

 なんと、わざわざ村長に内緒で持ち出してきてくれたのか。俺ために。

 なんていいやつだ。去年、魔法で俺を叩きのめしてくれたクソガキはどこへ行ったのだろうか。

 これが女の子だったなら幼馴染系ヒロインとして活躍できたかもしれない。

 運命とは残酷だ。


「読み書きはできるんだろ?」

「一応は。」

「じゃあ大丈夫だ。俺もできたし。」


 そういって彼は薪を割るための切り株の上に本を置いた。

 本の表題は「魔術教本 ~初級魔術編~」とあった。

 ページをめくれば複雑な組み合わせの幾何学模様がいくつも書いてあり、その中に書かれている文字の解説などが所狭しと書き記されていた。

 本が高価である理由の一つに、一冊一冊が手書きであるということがあげられる。

 印刷機どころかタイプライターなんてものも存在しない。

 よって本一冊作るのは重労働なのだ。

 この本も制作時に間違えたのかところどころ上から紙が貼られ、そこに書き直された文章が続けられている。

 ささっと目をに入った部分だけ見れば、この本には魔法そのものの成り立ちから魔術の詳細な鍛錬方法も記載されているようだった。

 読みたい!!と思ったが、オルコはページを飛ばしてさっさと中ほどまでめくってしまう。


「あった。これだよこれ。」


 そういって彼が見せてきたのは魔術の詠唱が書かれたページだった。

 図解にはどの程度の魔術が使えるのかが描かれていた。

 炎を纏った矢が、魔術師らしき人物の杖先から発射されている絵である。


 見てろよ、とオルコは森の方に向き直り両手を前に突き出した。

 そして大きく息を吸い込む。


「壮大なる紅き龍よ、我が呼び声に応え立ちふさがる者にその威光を示せ。」


 オルコの両手の前で炎が巻き起こる。

 炎は渦を巻きながら形を変えていく。


「─炎矢(ファイアアロー)


 呪文の詠唱が終わると、手の中にあった炎は形を絞り、すさまじい勢いで打ち出された。

 火の粉を残しながら炎の矢が一直線に飛んでいき、生えていた木に直撃する。

 木はメキメキと音を立てて中ほどから折れて地面に伏した。折れた断面は引火し、煙が上がっている。


「おおおおおおおおお!!!!!」


 目の前の光景に歓声を上げたのは俺だ。

 そう!これだ!俺が思っていた魔法というのは!!

 カッコいい呪文詠唱に強力で派手な魔法!

 やっぱりあったんだ!

 父さん!魔法はあったんだ!!


「どうだ!すごいだろう!」


 渾身のドヤ顔をするオルコに尊敬のまなざしを送る。

 いやぁ、パネェっす、オルコの旦那。

 早速ですが俺も読みたいでやんすねぇ。


「ユーリもやってみろよ。結構簡単だぜ。」


 そういって彼は一度本を指さした。


「いいの?」

「そのために持ってきたんだ。あ、爺ちゃんには内緒な。その本高いんだってさ。」

「わかった!」


 期待通りの言葉に俺は再び魔術の本に目を落とした。

 どうやら魔術の詠唱はその言葉自体が魔力を持っており、詠唱の魔力で自分の魔力を外部的に制御して魔法を出力する方法のようだ。

 なるほど、これならば確かに覚えてしまえば簡単かもしれない。

 普通に使う手から何もせず出せる魔法と再起の魔術のような詠唱を必要とするものの違いはそういうところにあるようだ。


「…うん、やってみる。念のためオルコは本を持って離れてて。」

「なんでさ?」

「もし失敗して本が燃えちゃったら怒られるのは誰です?」

「そういうことなら仕方ない。俺は後ろで見守ってやるぞ!」


 オルコは素直だ。

 大事そうに本を抱えるとダダダっと走って距離をあけた。

 20メートルくらいだろうか。


「いつでもいいぞー!」


 オルコの元気な声が森に響いた。


 よし大丈夫、詠唱は覚えた

 まるで水を吸うスポンジのごとく知識が身に着く。

 若いって素晴らしい。

 十分に距離も空けた。

 いままでみたいに不発という可能性もあるが、そもそも詠唱を試すのは始めてだ。

 ちょっと緊張する。


 まずは深呼吸をし、ゆっくりと両手を前へ構えた。


「…壮大なる紅き龍よ。」


 グッと足先から両掌に掛けて力が集まっていく。

 体を廻る血液が酸素でなく魔力を循環させているような感覚。


「我が呼び声に応え立ちふさがる者にその威光を示せ。」


 手の中で炎がうねる。

 いつも出している火と比べれば数段大きい。

 ビー玉サイズからソフトボール程度にはサイズアップしている。

 周囲の魔力も巻き込んで炎は勢いを増し、形を絞っていく。


「─炎矢(ファイアアロー)!」


 両手から凄まじい熱量が放たれた。

 しかしその瞬間に体の中で何かがバチッと音を立てて飛んだ。


 ブレーカーでも落ちたようなその感覚を最後に俺の意識は途絶えた。


 ---


 …何が起こったのだろう。

 体の感覚がない。

 真っ暗だ。

 魔術はどうなった?

 失敗したのか?

 というか俺生きてるのか?


『────』


 なんだ?あれ?

 暗くてよく見えない

 炎でできた、顔?


『───。──────!』


 あの顔から聞こえる声か?

 なんだ、良く聞こえない。


『─────…』

「聞いちゃだめだ。」


 え?俺の声?


「アレに目を向けちゃだめだ。」


 やっぱり俺の声…いや、ユリウスの声だ。

 え、じゃあ俺は?


「もう起きる時間だろ?」


 ---


 ゴトゴトと、小刻みな揺れを感じて俺は目を開けた。

 何か夢を見た気がするが、思い出せない。

 体が重いし、手足が冷え切っている。

 体をぐるっと毛布を巻かれているようだが、それでも寒い。

 ふと、右手を見る。

 もう冬場などとっくに過ぎたというのに、手先がひどく乾燥しひび割れていた。

 唇もガサガサだ。


「起きたか、ユリウス。」


 祖父の声に顔だけ動かして彼の姿を見た。

 どうやらここは馬車の中のようだ。

 幌の付いた馬車の荷台。その簡易的に作られて長椅子にアレクは腰かけていた。

 俺が寝かされているのはその反対側の椅子で、アレクの隣には朝に見た真ん丸のリュックサックが置かれている。

 割と長い時間眠っていたようで、その間に出発したらしい。

 幌の隙間から見える空はすでに夕日色をしていた。


「お爺様…。」


 体を起こしてみるが、ひどく疲れ切っている。

 まるで一日中泳ぎ続けたような疲労感が体を支配している。

 少しだけ上体を起こせそうだと思ったが、あきらめて再び横たわった。


「無理に起きなくていい、つらいだろう。」

「申し訳ありません…。」


 アレクの表情は穏やかだ。

 皺だらけの顔はその外観から想像がつかないほどに表情が多彩だ。


「…何が起こったんです?」

「…お前は魔力枯渇を起こしたんだ。」


 魔力枯渇。

 読んで字のごとくだろう。自分の体の中の魔力を使い切ってしまったのだ。


「魔力を使い切ったら次に使われるのは生命力だ。つまりは自分の命。魔術師になりたいのを止める気はないが、倒れるまで使うのは今後は止めなさい。」


 なるほど、だから体の末端がカサついているのか。

 よく見れば前髪も一部色素が抜けたように白くなっている。

 魔力が切れれば生命力、命を使ってしまうのか。

 早速勉強になった、今後は気を付けよう。


「…オルコはどうなりました?僕、魔術を使って…。」

「誰もケガなどしておらんよ。ちょっと魔術が強かっただけ。オルコも無事だ。」

「そうですか。」


 良かったと安堵の息をついた。


「お前には悪いと思ったが、勝手に連れ出した。村を出たのはもう二日前の事だ。」

「二日も…。父さまと母さまはなんと?」

「あー…、はやくに立派な魔術師になって帰ってこい。だそうだ。」


 なにやら言うかどうか躊躇ったように見えた。


「あと、もう一つ伝えねばならんことがあってな。」


 アレクは続けて口を開いた。


「お前が放った魔術が思ったより強くてな、何本か木を燃やしてしまった。収穫前の大きな木だ。それなりの金額がする。当初村長の所に取りに行ったお金は大半がその弁償に消えてしまった。当面の生活費は確保できたが、すぐにお金を稼がねばならなくなる。お前には苦労を掛ける。すまん。」


 アレクは膝に手をついて頭を下げた。

 それに慌ててフォローを入れる。


「お、お爺様が謝ることじゃないですよ。僕がやってしまったことですから。オルコが無事なら村長の本も無事ですね。アレが燃えなくてほっとしました。」

「そうだな、魔術教本は金貨20枚はするからな。そこは運が良かった。」


 金貨20枚、デニスの給料が月に銀貨20枚だったか。

 金貨の相場は銀貨の十倍だったから、年収とほぼ変わらない金額となる。

 燃えなくて良かった!


「…父さまと母さまにも迷惑をかけてしまいました。」

「なぁに、有り金で解決できるなら微々たるものよ。元気になったら詫びの手紙でも出しておけば事足りるわい。」


 アレクはそう言って笑った。

 いや、そうは言ってられんだろ。いつか返済しなくちゃいけない。

 それでも今は彼の豪胆さが救いだった。


「もう少ししたら馬車を止めて夕飯にするから、まだ寝ていなさい。ユリウスにはこれから頑張ってもらわねばならんからな。」

「ありがとうございます。お爺様。」


 アレク気遣いに俺は甘えて目を閉じた。

 しかし、初級の魔術1発で魔力がなくなってしまうとは…。

 本当に魔法の才能がないのだろうか。


 魔術師の元での修行。

 せっかくの旅立ちだというのに…。

 先行きが不安だ。


 ---


 第一章 完

 第二章へ続く


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[一言] こういつのでいいんだよこういうので
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