第五十八話 「皇国防衛戦(前編)」
街はひどい有様だ。
通りは流血で真っ赤に染まり、ところどころに持主不明の肉片が散乱している。
建物もかなりの範囲で破壊され、それに押しつぶされた人たちも多い。
手負いの衛兵が数名救出活動を続けている。
瓦礫の下から運び出された子供が両親の元へ届けられた。
衛兵たちはそれを短く見届けてまた別の場所へ向かう。
港町にはバリケードが築かれていた。
建物と建物の間を土の魔法や建築材なんかで大雑把に囲った壁。
血色の魔獣の巨躯であれば飛び越えることはさほど問題ではないであろうそれは所詮気休めだ。
件の魔獣はまだここには来ていないようだった。
街中で奴らの咆哮がこだまする。
衛兵たちや冒険者が押しとどめているようだが、いつまで持つかはわからない。
そのバリケードの内側。
バンテスの店のあった付近にエルディンは降り立った。
バンテスの店の中は暗く、扉には板が打ち付けてある。
店主はちゃんと逃げていれば良いが。
「ひとまずはここで待っててくれ」
店の壁にもたれかかるようにして降ろされた。
俺は既に死にかけだ。
止血したとはいえバッサリと袈裟斬りにされ、腹に穴が開き、左腕が折れている。
良く生きて居られるものだ。
まぁ、それぞれが絶妙に急所を外れているからだろう。
運が良いのは日ごろの行いのおかげだな。
「ロレスを呼んでくる。それまで死なないでね」
「……なるはやで頼む」
「わかった。おまじないかけとくから頑張って」
そう言ってエルディンはシエナの頭を俺の膝に乗せた。
ちょうど膝枕になるような形だ。
切れた額から垂れた血の跡が生々しく残ったシエナの顔。
至る所が傷だらけだ。
「これでしばらくは持つでしょ?」
「……おいエル」
「シエナを残して逝くなよ。すぐ戻るから」
ドヒュンと彼は行ってしまった。
今まで翼竜の首を蹴り飛ばしたり、サイクロプスのこん棒を片腕で防いだりしていた彼。
やはり世界を救う勇者とやらはああでもなくては勤まらないのか。
いいなぁ、転生特典。
俺もチートで無双したかった。
(本当は逆なのにな)
視線を彼女に落とす。
髪を撫でながら、残った魔力で回復魔法をかける。
うん、魔法はついでだ。大義名分。
彼女にはまた助けられた。
赤髪と魔法剣夕刻の星を振りかざし、シエナは戦った。
テオドールだって生半可な剣士では無い。
魔術も剣撃も一撃必殺だ。
昔から手を抜く悪癖がある彼でなければとうに殺されている。
その彼に、あの剣幕で真正面から彼女は斬りかかった。
下手をすれば自身が殺されるような相手に、一切怯むことなく。
それで、また彼女が傷を負った。
痛い思いをさせてしまった。
怖い目に合わせてしまった。
もっと俺が、圧倒的に強ければ。
そんな事させはしない。
セドリックだろうがテオドールだろうが、片手で捻りあげて尻に蹴りを入れてやるとも。
ロレスのように、卓越した武術があれば。
エルディンのように、体が頑丈であれば。
この子をこんな危険な目に合わせなくて済んだのにな。
情けないなぁ。俺。
(弱いなぁ。本当に弱い)
テオドールに何もやり返せなかった。
通算33戦32敗1引き分け。
強化魔術こそ使う機会を失ってしまったが、それでも全力全開だった。
殴るなんて生易しいことは考えていなかった。
100%殺す気でテオドールと戦った。
戦って、手も足も出なかった。
見返せば、ローブもボロボロだ。
シエナからもらった大切なローブ。
穴が開き、裾が破れ、熱波を受けたところは炭になっている。
帽子だってそうだ。
鍔が大きく欠けてしまい、三角の先端が切り飛ばされている。
体も装備もボロボロ。
俺が怪我する分には良い。
だが大切な何かを傷つけられるのは駄目だ。
物も、そして人も。
パタパタと雫が落ちる。
唯の雨だ。
気にしてはいけない。
だがシエナの綺麗な顔に水滴がつくのは嫌だ。
そっと拭うが、違うところにまた雫が落ちる。
こんな気持ちになりたくなくて俺は魔術師を、魔道士を志した。
誰にでも胸を張って居られる、誰にも心配をかけない大人になりたかった。
大切なものを守ることで自身を守って居られる人間になりたかった。
(もっと強かったらよかったのになぁ……)
抑えていてもキュウと喉が鳴る。
視界が滲み、大粒の雫がパタパタと落ちて行く。
何もできなかった。
師匠の仇を取ることも。
せめて一矢報いることも。
好きな子を守ることも。
また雫が落ちる。
食いしばった歯の間から嗚咽が漏れる。
息が荒れるたびに斬られた胸と風穴の開いた腹が痛む。
涙を拭おうと間違って左手を上げようものならズキリと痛む。
泣いている場合じゃないのに。
落ち込んでいる場合じゃないのに。
「……何、泣いてんのよ……」
ぼそりと、すぐそこで声が聞こえた。
一緒に俺の頬に手が添えられる。
零してしまった涙の筋を、少しカサついた細い指が拭ってくれる。
いつもは少し怒っているように見えるその赤い眼が今はひどく優しい。
「シエナ。……その、ケガは大丈夫ですか?」
「あんたねぇ、私よりひどい怪我してるくせになんで私を心配するのよ」
ムニと頬をつねられる。
「この通り元気よ、誰かさんがずっと回復魔法かけてくれたからもう動けるわ」
そういう彼女であったが、俺の上から頭を退けようとする気配が無い。
別に膝枕をつづける分には構わないがもしかしてまだ体が痛むのだろうか。
顔色は悪くないが、ちょっと心配だ。
「私のことは良いわ。泣くならもっと派手に泣きなさいよ。スッキリするから」
「……そうですね。でも、シエナの元気が移っちゃいました。もう大丈夫です」
「ふーん……ま、いいけど」
「あと、助けてくれてありがとう。かっこよかった」
「そ、そう。まぁ剣士としては当然よね」
クルリと体を横に向けてこちらに背中を見せるシエナ。
耳が真っ赤になっているのは、黙っておいてあげよう。
「ユリウス!シエナ!」
そう聞こえたときにはシエナは体を跳ね起こした。
最初から一人で座ってましたし、みたいな雰囲気を取り繕っている。
イーレを抱えたエルディンが帰ってきた。
ロレスもその後ろに続いている。
俺の姿を見るなりロレスはすぐにしゃがみ込んで傷を見てくれた。
服にしみこんだ血が渇いてなくて良かった。
今日だけは雨に感謝だ。
「……急所は外れているが、ひどいな。シエナ。お前は後回しだ」
俺の脇に転がっていた三眼の守護女神を拾い上げるとロレスはすぐに詠唱を始めた。
杖の先端に淡い緑色の光が灯り、それが金色の粒子を放つ。
「──癒しの光と共に汝のその深き慈悲を此処に。慈光の再起」
治療魔術、再起の上位魔術。
本来神官みたいな徳の高い魔術師に伝わるそれすらもロレスは使いこなした。
やはりパーティに1人は回復係が必要だ。
白魔道士を今度探しておこう。
傷は見る見るうちに塞がった。
切り傷も刺し傷も跡形もない。
腕の骨もきっちり元通りだ。
それどころか、魔力が戻ってきている。
「動けるか?」
「はい、いけます」
半分ほどでも戻れば、体は自由に動いてくれる。
立ち上がり腕や足を回しながら、辺りを見回す。
周りは多少開けているが、依然として人が多い。
そして海の方は混沌を極めている。
城壁の内側にある港である以上、海以外に逃げ道が無い。
海に飛び込むもの。
船にしがみ付くもの。
他人を蹴落とすもの。
夜の海に飛び込んだところで、沖へ出ることも叶わないだろう。
木材や樽を繋げてイカダを作って逃れようとしたものが居た。
しかし、それに多数の人が飛び乗り沈んでしまう。
誰しもがこの地獄から逃れたいと思っているが、あまりにも醜い。
足の引っ張り合いだ。
すぐそこで漁師が使う小さな船がひっくり返った。
明らかに人数オーバーしたそれであるから当然のことだ。
真っ暗闇の水面に白い飛沫がいくつも上がる。
「停まっている船が見えるな」
ロレスが指さす先に輝照石の明かりが漏れる立派な帆船が見えた。
まだ人を乗せることが出来る余力があるのは目に見える。
他の船には溢れんばかりに人が乗っているのにその船だけガラガラだ。
「あれに乗る。ディティス列島帯行きの船だ」
「まだこちらに寄港していない船だから物資はほぼ無いだろうけど、ボク達が乗ることが出来る最後の船だ。あれ以外はもう出航したか沈んだか……」
なるほど。
最後の片道切符ってわけか。
あれくらいの距離だ。
星雲の憧憬を使わずとも、海を凍らせてしまえば届くだろう。
乗るのは容易い。
「ユリウス。現状の確認だ」
エルディンが俺の前にしゃがみ込む。
俺の肩を掴み、そして真っすぐに視線を合わせる。
俺はジッとそれを見返した。
「船はあれで最後。じきにディティスへ引き返す。あれを逃せばアリアーへの道はテルス大陸からの迂回ルートしかない。今度は2年そこらじゃすまなくなる。君の故郷への道は遠ざかる一方だ」
「あぁわかってる」
「街一つ分の人命を乗せることの出来る船は無い。魔獣はその気になればここに飛び入って人々を皆殺しにしてしまう。悔しいけど、全員を助けることはできない」
「あぁ」
「魔獣は強い。そして数も多い。君と合流するまでに数は減らしたつもりだが、それでもこの国を滅ぼすには十分すぎる数が居る。衛兵たちの指揮系統も途絶してみな散り散りだ。この国を助けようなんて人はどこにも居ない」
「あぁ」
「ボク達も消耗してる。君もシエナも万全じゃない」
「……」
エルディンの手に力が籠る。
半ば掴みあげられるような形だ。
確かにひどい光景だ。
目を覆いたくもなる。
怪我人は壁際に放置され、はぐれた子供がぎゃんぎゃんと泣きわめく。
沖合に停泊した船を口汚く罵る声がそこら中から上がる。
神に祈る声も、我が子に大丈夫と言い聞かせる声も。
考えを巡らせれば、思い浮かぶことがある。
ネィダの教え。
何事も目的、手段、手札の要素で考えることが出来る。
手段も、手札もその時その時で変わる。でも一番ぶれちゃいけないのは目的。
俺の目的はただ1つ。
故郷、イングリットの村に無事に帰ること。
そのためにいろんな事をしてきた。
それが今、この2年ほどの旅の果てに水泡に帰そうとしている。
迷うことなど無い。
俺は英雄でも勇者でもないのだ。
しがない魔道士。
13歳のユリウス少年だ。
ささっと魔力で海を凍らせて船へ走ればいい。
後は風の魔法で風向きを目的地のナック島に向ければ3日としないうちに到着する。
迷うことなど無い。
……本来なら。
「……それでも、やるのか?ユリウス」
最後の問い。
答えなど、とうに決まっている。
「あぁ、やる」
サッと全員の顔を見回す。
シエナ、エルディン、ロレス、イーレ。
皆俺の大切なもの。
絶対に傷つけたくないものだ。
「俺の兄弟子が、テオドールがこんな騒乱を起こしてしまった。師匠の名に懸けても、俺はこの国を救いたい。それがアイツへの一番の嫌がらせになると思う。好き勝手にさせるわけにはいかない」
拳を握りしめながら俺は続ける。
「勝算も無い。救ったところで報酬も無い。旅の続きが出来るかもわからない。もしかしたら、失敗して死ぬかもしれない。皆を巻き込んでしまう。それでも、力を貸してほしい。お願いします」
頭を下げた。
騎士礼節でもなんでもない、ただのお辞儀。
断られても仕方がない。
そう思った。
「……策はあるんだろうな?」
最初に口を開いたのはロレスだった。
いつもの腕を組んだ彼女がそういう。
「あります」
「そうか」
それだけ言うとヒュンと槍を一振りした後にフードを降ろした。
長い宵色の髪の毛がさらりと肩を滑り落ちる。
「いつでもいいぞ」
意外にも彼女は反対しなかった。
それどころか、待ってましたと言わんばかりだ。
「……反対されると思ってました」
「お前はそういう血筋だ。止めたところで聞かん」
小さくため息を吐きながらロレスは言う。
「ユーリ」
イーレが杖を手渡してくれる。
彼女の表情はいつも通りだ。
何も恐れている様子などは無い。
彼女はこちらをジッと見ながら口を開く。
よくわからない言語ではなく、人族の言葉で。
「人は何かを成すとき、傷つけるか救うか選ぶ。何かを成し何かを救った者が一番偉い。私たちはその人を"英雄"と呼ぶ。ユーリはその星廻りにある。絶対上手くいく」
「ありがと、イーレ。イーレの占いはよく当たるもんね」
「占い違う。縁の話」
むくれ面の彼女から杖を受け取る。
幾分か熱を持った拳に杖は応えるように魔石に輝きを湛えた。
「ユリウス、魔獣は全部で54体。1体でもここに入られれば終わりだ。やれるかい?」
「あぁ、やってみせる」
「わかった。パスは任せてくれ。シュートは君だ」
「頼りにしてるぜ、勇者様」
エルディンはやれやれと言うように首を振った。
「君の方がよっぽど勇者っぽいじゃないか。妬けてくるなぁ。今度○○の勇者って名乗ってよ」
「ははは。だが断る」
少し雰囲気が解れたところだったというのに魔獣の咆哮が港に響いた。
あまり遠くない。
先ほどまで避難民の怒号や罵声で満ちていた場内がシンと静まり返る。
「ユリウス!」
そんな場にパンと声高に彼女の声が通った。
赤髪の少女が、シエナが先陣を切る。
「英雄になるわよ!」
誰一人として反対しなかった。
たった5人の決死隊が揃って足を踏み出した。
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中央通りの真正面に俺たちは陣取った。
手負いの衛兵たちが引き上げてきて、それを避難民たちが絶望の表情で迎えているところだった。
「生き残りは?」
「これで最後だ、あとはもう……」
その中に小太りの衛兵が居た。
全身傷だらけの彼が、仲間に抱えられながらこちらへ逃げてくる
「ヒューイさん!!」
「ユ、ユリウス殿!」
彼は生きていた。
務めを果たした彼らは文字通り満身創痍だ。
「お逃げ下さいユリウス殿。この国はもう駄目です。あの魔物には手も足も……」
「わかりました。後は任せてください」
「え、いやあの、ユリウス殿?」
彼らに声をかけてから、大通りを見渡す。
建物の多いここら一帯は既にもぬけの殻だ。
港町に近いこともあって避難は完了している。
「ヒューイさん」
「な、なんでしょうか」
「今からやることは魔物の仕業ということにしてくださいね」
そう言って地面に手をついた。
魔力を地面に通せば、地響きが聞こえ始める。
使っているのは土の魔法じゃない。
火の魔法だ。
地面の中で熱せられた炎を凝縮し、開放する。
高く爆炎を上げながら、立ち並んだ建物が吹き飛ぶ。
右から左へ連鎖爆発を起こしながら、大通りを見晴らしのいい更地へと変えた。
これでどこから魔獣が来ても一目でわかる。
後ろで衛兵たちが青い顔をしている。
「これで良し。早く避難してくださいね」
「な、何をするつもりなのですかユリウス殿!」
「悪あがきです。どうか皇帝陛下にはご内密に」
そういう中で人混みを抜けて1人の戦士が前へでる。
3つの魔石が埋め込まれた銀色の長槍を携えた女戦士。
おそらく、これから彼女が一番つらい役割になる。
彼女がこの更地でたった一人、絶対防衛線を張るのだ。
フードを降ろした彼女の長い髪がサラサラと風に揺れる。
いつもの表情の薄い顔には、どこか高揚したような雰囲気が漏れている。
そしてもう1人。
本来ポイントゲッターであるはずの彼も今日はディフェンスだ。
銀髪、銀の鎧。銀色の二つ名。
そして腰に収まった一対の魔法剣。
彼は遊撃手となり、最終ラインへたどり着く前に魔獣の数を減らす。
腕を組み、大の字に立った彼の麻のローブがなびく。
ロレスとエルディンだ。
瓦礫の向こうではすでに1頭の魔獣がこちらへ気づいて迫ってきている。
頭が半分潰れているから、エルディンが蹴り飛ばしたやつだ。
「さっそくお出ましか」
「あぁ」
一歩。
ロレスが前へ出る。
地響きをたてるような魔獣の突進を前に、彼女が立ちはだかる。
「ロレスさん。もし危ないようでしたらしっかり逃げてくださいね」
「不安か?」
「万が一のことも、って前みて!前!!」
爪と牙で襲い掛かる魔獣。
それに対し、ロレスはただ槍を横に薙ぐ。
槍に内蔵された魔石が煌めき、槍が真の姿を現す。
空中に展開された無数の銀の槍。
番えられた矢が如く放たれたそれは、雨のように一斉に魔獣に襲い掛かった。
1つ1つの突きが壊撃を纏った槍の雨。
魔獣は跡形もなく消し飛んだ。
《魔葬》のロレス。
彼女はまだ一度も俺たちの前で本気を出して戦っていなかったのだ。
「不安か?」
振り向きもう一度そういう彼女。
いつも肩越しに見る彼女の顔はローブで隠れて見えない。
だが今は違う。
ぞくりとするほどに美しく、貫かれるようにまっすぐな視線。
彼女のその顔は、余裕と自信に満ちた戦人の笑みを湛えていた。
「……早く行きなよユリウス。このままだとロレス1人でカタがついちゃうよ」
エルディンもそういう。
冗談を言うような余裕があるわけでは無い。
彼も呆れているようだ。
頬と眉がヒクついている。
そうだ、ぼーっとしているわけにはいかない。
急がなくては。
「シエナ!護衛を頼みます!」
「わかったわ!」
「イーレも逸れないで付いてきてくださいね!」
「わかった!わ!」
「2人とも!お願いします!」
そう声をかけてフォワード組が駆け出していく。
目指すは王宮。
遠見の塔だ。
---
《エルディン視点》
「無茶するなぁ。ロレス」
ユリウスたちを見送り、ロレスの隣に立つ。
まさか《魔葬》と肩を並べて戦える日が来るとは思わなかった。
嬉しい誤算だ。
「今まで一度もあんな技使わなかったじゃないか」
「必要が無かったからな」
それはそれでどうかと思う。
ボクと戦っていた時でもあんな強烈な攻撃はしてこなかった。
今まで本気では無かった彼女に負け続けていたことになるのでちょっと悔しい。
だが、今日はすごい日だ。
正体不明の黒ローブの男を補足し、看破まで出来た。
テオドール。
彼の名前は次も手掛かりになる。
「……ところで、随分嬉しそうじゃない?」
「そうか?」
「あぁ、機嫌が良いというか、なんというか」
「気のせいだ」
気のせいじゃない。
彼女は機嫌が悪いとすぐ黙秘する。
だが、今はちゃんと受け応えをしてくれる。
おそらく相当機嫌がいい。
まぁ理由に察しは付く。
(ユリウスのおかげだろうなぁ)
彼女は誰よりも早くユリウスの策に乗った。
そしてこの大一番を引き受けた。
何事も控えめだったユリウスが、英雄紛いの事をするのだ。
きっと嬉しかったのだろう。
「来たぞ」
瓦礫の向こうからゾロゾロと魔獣が姿を現す。
この近辺にいる奴らが人の匂いを嗅ぎ取って集まってきたらしい。
「……エルディン」
「ん?何?」
「私をどこかで疑っていることは知っている。だが、今回は出し惜しみは無しだ。私たちがぬかれば、あの3人が死ぬ」
「……わかってるよ、ロレス」
ユリウスははっきりとは言わなかったが、ボク達はいわば囮だ。
避難民も、逃げ込んだ衛兵も、みんなまとめて魔獣を引き込むための餌だ。
彼は大きな賭けをしようとしている。
危険な賭けだ。
だが、勝てばすべてがうまく行く。
全部ユリウスにかかっている。
ボクに出来るのは、少しでもその可能性を。
時間を稼ぐことだ。
魔獣54体。
ボク1人で相手できるのは精々3体。
連続で戦い続けても、10体倒せるかどうかだ。
それ以上はうち漏らすだろう。
だが、足止めだけならもう少しやれる。
その時はボクだけじゃないからね。
『シルビア』
『はいはい』
『ジアビス』
『出番ですね?』
彼女らに語り掛ける。
「ロレス。安心していいよ。1匹たりとも通しはしない。魔力の回復に努めてくれ」
「……気づいていたのか」
彼女の大技は魔力の消費が桁違いだ。
壊撃なんぞボコボコ撃っていれば、すぐに魔力切れになる。
それが雨のように降り注ぐのだから、相応の魔力も使うことになる。
上位版の治療魔術を行使した彼女にはそれほど余裕が無かったはずだ。
ただただユリウスを送りだすために強がったのはすぐに分かった。
シエナといいロレスといい。ユリウス大好き過ぎだろう。
まぁ、ボクも彼のためになら、本気を出すけどね。
「精霊陣起動、疑似神核炉心点火」
両手を前に掲げる。
剣が纏った魔石が震え、風と飛沫が辺りに渦巻く。
ボク達の、神の世界では魔力ではなく神気と呼ぶ。
世界を創り神々に与えた大いなる巫女と龍の力の断片。
いつしか形を変えて魔力となったその起源だ。
足元に浮かぶのは古い精霊語で構築された黄金の魔法陣。
人類が魔術を手にするよりも前にあった大魔霊たちの原盤魔術。
そしてボクと彼女らの契約の証。
「我が字名、エルディンを持って汝らを呼び覚ます。雷鳴と意思の神の名の元に、魔王の力を示せ」
2本の剣を抜き放ち、魔法陣へと突き立てる。
翡翠石を纏う風の魔法剣、シルビア。
蒼水石を纏う水の魔法剣、ジアビス・サーフェ。
それらはそれぞれに風と水を司る古き魔法の王へと姿を変える。
「龍を薙ぐ大風魔霊、深淵を呑む大水魔霊」
周辺の魔力を震わせながら、2柱の大魔霊が降り立つ。
翡翠色の髪に金色の眼。風で編まれたという乳白色の布と皮の鎧を纏うシルビア。
蒼水色の髪に金色の眼。青く透き通るベールに、黒色のドレスを纏うジアビス・サーフェ。
半神のボクを支えてくれる超強力な助っ人2人だ。
『ふぅ、この姿になる時は緊張するんだよねー。かっこ悪かったらどうしよって毎回しんぱいになるわー』
『すごい!あの時の姿です!わー!嬉しい!わっはー!』
『あー、君達?いまはかっこよく決めたいんだけど?』
ピョンピョンと跳ねまわった彼女らは、全盛期の姿だ。
チンチクリンな幼女の姿ではない。
気の抜けた会話に咳払いをする。
幸いにも2人はビシリと背筋を伸ばした。
躾は行き届いている。
「……驚いたな」
ちいさくロレスが声を上げている。
まぁ、彼女ほどの人ならば見えているだろう。
彼女らは俗にいう魔王。
それも大魔王だ。
魔力の質も、量も段違いだ。
『相手は魔栄期の魔物の複製品。頭を潰しても動くから気を抜かないで!』
『『了解!』』
大魔霊の2人が魔獣に躍りかかる。
彼らの手にはそのまま魔法剣が握られている。
ボクと同等の身体能力の肉体に、大魔霊の魔力。
魔獣を数体倒すだけなら造作もない。
だが、相手は複数だ。
彼女たちだけでは負けてしまうだろう。
だから、ボクも前線に出る。
地面を蹴って一気に魔獣との距離を詰める。
今更地に要る魔獣の数は8。
計算なら3、2、3の仕事量で事足りる。
まぁ手あたり次第殴った方が早い。
襲い掛かってきた魔獣の牙をすり抜けて顎下に潜り込む。
そのまま掌底を鋭く打ち抜き、顎の骨を粉砕しながら左の拳を振りぬく。
魔獣は呻き声を上げながら吹き飛ぶ。
(……固い。やっぱり一筋縄ではいかないか)
下半分潰れた頭から肉同士がぶつかるような鳴き声が聞こえる。
本来魔物は生き物だ。
頭を潰せば、心の臓を貫けば当然死ぬ。
だがこいつらは違う。
最低でも両方を叩かなければ、永遠に他の命を食らい続ける。
そういう呪われた存在だ。
仕留めるにしても何にしても時間が経てば経つほどこちらが不利になる。
だが、それがどうした。
1匹たりとも通してやるもんか。
(頼んだぞ、ユリウス)
彼の秘策とやらに期待しながら拳を振るう。
夜明けを迎えることが出来るかどうかは彼次第だ。




