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第五十七話 「炎上」

 雨が降る。

 重く、冷たい雨だ。


 厚い雲に覆われた空からは夕日の光は届かない。

 俺は、必死でそれを信じないでいられる理由を探した。


「嘘……ですよね……?」


 縋るように、絞り出した小さな声。


 テオが、ネィダを殺した?

 理由は?

 いや、理由は関係ない。

 何故?

 聞いてどうする。


 ちぐはぐな思考が俺の中で何度も何度も彼の無実を求めた。


「嘘だ。と言ったらお前は安心してあの世に行ってくれるのか?」


 再び彼は剣を構えた。

 すぐ様にシエナの作った模擬剣と同じものを生成する。


 それの完成を待たずしてテオは一瞬で間を詰めた。

 あれだけ早いと感じていたシエナの踏み込みよりさらに早いテオ。


 喉笛を狙う突きに一閃を横っ飛びによける。

 だが、目前に壁が迫った。

 裏路地であるのだから当然。

 しかし今の俺の頭ではそれを的確に処理することが出来ない。


 土魔法で石造りの壁を破壊して、無人の家屋に床を転がりながら体勢を立て直す。


 土煙の中から炎矢(ファイアーアロー)がこちらを狙う。

 それも複数。

 詠唱も無しにテオは魔術を同時に発動した。


 たかだか初級魔法。

 レジスト出来ない訳が無い。

 魔力を同調させて、それらを打ち消しにかかった。


「!!」


 しかし逆だ。

 全く打ち消すことが出来ない。

 威力を弱めるどころか、軌道を反らすことが精いっぱいだ。

 初級魔法にあるまじき貫通力と爆発力が家屋を破壊していく。

 爆風で飛んできた木片がローブに当たってビシビシと音をたてる。


「どうした?得意の魔術の打ち合いだぞ?ネィダの指導が甘かったか?」

「黙れ!!!!」


 雷轟の射手(トリガー)が火を噴く。

 炸裂音と共に渾身の魔力を込めた弾道が空を裂く。

 真っすぐにテオのどてっぱらを捕らえたはずの雷轟の射手(トリガー)はしかし、消滅した。

 減衰とか、切り落とされたでは無い。

 鍛えぬいたはずの土魔法製の弾頭が空中で霧散したのだ。


 俺の魔力が完全にレジストされている。


「この!!!!」


 今度は穿つ雷轟の射手(パイルトリガー)だ。

 テオの背後から狙った対レジスト用の氷製の弾頭。

 即時展開からの速射。

 今俺が出来る最速の一手。


「フン」


 それすらもテオには通じなかった。

 レジストどころか、振り返りもせずに彼はそれを剣で受ける。

 壊撃。

 剣士必殺の内部破壊魔法をもろに受けた氷の槍は木っ端みじんに砕けた。


「……拍子抜けだな」


 テオが左手をこちらに掲げた。

 咄嗟に走り出す。


地槍(ランドランス)


 鋭く、硬質な大地の槍が幾重にも床を貫きながら襲い掛かる。

 それらを身を翻し、飛び込むようにしながら避ける。


突風(ブラスト)


 足を取られたところに風の塊が撃ち込まれる。

 鳩尾にもろに食らって壁まで吹き飛ばされる。

 叩き付けられた衝撃で息が詰まる。


水矢(アクアアロー)


 壁に縫い付けられそうになるところ寸ででかわす。

 飛び散り、空中を漂う水玉に今度は俺が魔力を通す。


 拡散(フレシェット)穿つ(パイル)の複合魔法。

 幾重にも炸裂音を響かせながら形を変えた氷の矢がテオを狙う。


 しかしレジストはさせない。

 氷の内側には炎の魔法を仕込んでおいた。

 急激に圧縮させ温度を上げれば瞬時に氷が霧へと変わり一気に視界を白く塗りつぶしていく。


 名付けて煙る雷轟の射手(スモークトリガー)

 捻りが無い?

 今考えたのだから仕方がない。


「だああああああ!!!」


 白煙に乗じて模擬剣を握りしめて走り込む。

 本気のテオから逃げられるわけがない。

 彼はまだ初級魔術しか使ってないのだ。

 縛りプレイが好きなのはあのころから変わっていない。


 剣は組み合う前に砕けた。

 壊撃だ。そこまでは想定済み。

 左手にはすでに次の模擬剣が用意してある。


「テオ!!なんでだ!!!」


 剣を打ち付け、組み合いながら彼を睨む。

 テオの蹴りが脇腹に打ち込まれるのを肘で受けそのまま足を取る。


「なんで師匠を!!」

「邪魔だからだ」


 体を入れ替えながら彼は俺を投げ飛ばす。

 空中で身をひねり、星雲の憧憬(ネビュラ)で加速。

 間髪入れずに模擬剣を叩きつける。


「あぁ、だがネィダは利用価値があった。しいて言うなら──」


 一瞬だけテオは身を屈めた。

 半歩ずらしたところで俺の攻撃を受け流し、そのまま剣を横に薙ぐ。

 テオの足元に飛び込むようにしてそれを掻い潜る。

 顔を起こせばそこに細剣の縦ぶりが鋭く打ち込まれる。


 帽子の鍔を切り落とされながら俺は星雲の憧憬(ネビュラ)で強引に床を滑った。

 立ち上がり息を整えながら両手に模擬剣を構える。

 こちらが魔力も体力もギリギリなのにテオは涼し顔をしている。


「しいて言うならそれだ。お前の空飛ぶ魔法。隠匿した秘術(ロストスペル)にたどり着く人間など万が一にも存在してはならない」

星雲の憧憬(ネビュラ)と師匠に何の関係がある!」

「あるとも。本来ネィダは大魔術が使えるだけの魔術師のままにその生涯を終えるはずだった。だがお前と出会い、秘術(ロストスペル)の実現を再び目指してしまった。特に"世界跳躍の魔術"は我らが神の冒涜に他ならない。始末する理由としては十分だ」


 テオの周辺に複数の炎の槍が展開される。

 炎矢(ファイアアロー)ではない。

 猛る炎槍(フレイムランス)


(中級魔術!)


 足場を固めた。

 あれはもう回避などは無理だ。

 模擬剣を解除して氷の盾を構える。


 レジスト出来ないにしても、この盾ならば受けきることが出来る。

 魔力が正面から激しくぶつかり合う。

 激しい熱が氷を解かすが、それをすぐ様に再生させる。

 だがそれも間に合わない。

 考えが甘かった。


「わかっていないようだから教えてやろう。ユリウス。ネィダのついでがお前なのではない。お前のついでがネィダなのだ」


 砕ける盾越しに彼の顔が目に映る。

 仮面の向こうで見えないはずのテオの顔のは醜い嘲笑が張り付いて見えた。


「ネィダに施した禁呪は魔力を通してお前の心臓も握りつぶすはずだった。だがどういうわけかお前は生きている。とんだ無駄死にだったな。あの女は」


 彼女の最期が脳裏をよぎった。


 拙い回復魔法を俺が使おうとしたとき。

 彼女は俺を突き飛ばした。

 風の魔法で彼女自身から俺を遠ざけた。

 禁呪をかけられたとわかっていたから。

 ようやく理解できた。

 あの笑みは。

 苦し気に歪んだ最期に師匠が見せた笑みは満足の笑みではない。

 安堵の笑みだ。

 彼女は、ネィダは最期の最期まで俺の事を案じていてくれたのだ。


 ネィダは。師匠は。

 俺を庇って、命を落とした。


「テオぉおおおお!!!」


 バツンとこめかみの辺りが大きな音をたてて神経が焼き切れた。


 俺を狙うだけなら良い。

 だが、ネィダを利用したことは絶対許さない。

 このまま良いようにされては巻き込まれて死んでしまった彼女に顔向けできない。

 秘術?神?冒涜?

 何ひとつ師匠と関係が無いじゃないか。

 俺の恩師を愚かだと言い捨てたその面を殴らなければ気が済まない。

 殴っただけでは気が済まない。

 あぁ、テオよ。

 俺は生まれて初めて、本気で頭に来た


 猛る炎槍(フレイムランス)の雨を炎の魔法で正面から払い落とす。

 落としきれなかった炎の槍が肩に、脇腹に掠めていく。

 だがそんなこと気にもならない。

 魔力が渦巻く。

 噴き出した怒りが炎になって俺を突き動かす。

 完全に頭に血が上っていた。


 星雲の憧憬(ネビュラ)の最大加速でテオへと突撃する。

 迎撃の突きをわずかに身をひねりながら避けてテオの側面に出る。


 雷轟の射手(トリガー)を構える。

 一瞬で弾頭が砂塵に還るが、本命は別だ。

 鋭くとがらせた石柱がテオの背後から心臓を狙う。


 突き出した剣を逆手持ちに持ち替え、テオはさらに横に薙ぐ。

 その横薙ぎを石柱ジャンプでかわす。

 テオの背後で準備していた石柱は一緒に切り落とされた。

 テオの頭上で身を翻しながら穿つ雷轟の射手(パイルトリガー)を俺の後ろに配置する。

 この角度なら、テオからは俺のローブで見えない。


 着地を見据えた回し蹴りが綺麗な円を描いて俺のあばらに叩き込まれた。

 ミシミシと嫌な音と激痛が走るが、あえて受けた。

 この状態なら足は使えないはず。


 炸裂音が轟き、穿つ雷轟の射手(パイルトリガー)が火を噴く。


「くどい」


 テオの細剣の切っ先が氷の弾頭を捉えた。


 ──そこだ!


 壊撃を使う瞬間。これを待っていた。

 いかにテオと言えども穿つ雷轟の射手(パイルトリガー)はレジスト出来ない。

 残った魔力をこの一瞬に注ぎ込む。


 何度もイメージしていた。

 受け流すだけではない壊撃の対処法。


 同じ魔力のまま、向きだけをそっくりそのまま逆に変換する。

 いつかあるかもしれない魔法剣士との戦いを想定した必殺魔法。

 壊撃返し。


 テオの細剣を粉々に砕きながら、壊撃は見事に向きを変える。

 そして何もなくなった空間に穿つ雷轟の射手(パイルトリガー)が撃ち込まれる。


 盗った!!

 そう確信したのだが、浅はかだった。


「はぁ」


 テオが小さくため息を吐いた瞬間。

 赤い閃光が目前を掠めた。

 熱く、焼けるような鋭い痛みが胸の辺りを斜めに通過していく。


 そして今まさにテオを貫いたはずの氷の杭は融解した。

 一切の強度をなくした水はバシャリとテオに降り注いだ。

 それすらも見る見るうちに蒸発していく。


 蹴り飛ばされた俺はたたらを踏んで倒れるのだけは堪えた。

 魔力枯渇も起こしているだろう。

 だが、これはなんだ。

 服にジワリと血がにじむ。

 胴体を斜めにバッサリと横断した切り傷。


 俺は、斬られたのか。


 そしてズカンと。鳩尾に石柱が食い込む。

 全く反応できないままに、土魔法で練られた槍が腹部を突き破った。


 ゴブッと口に血がこみ上げてくる。

 失血と魔力切れから来る猛烈な倦怠感が体を襲う。


 刺さった石柱を支えにして顔を上げ、テオを睨んだ。


 テオの手には、赤い剣が握られていた。

 赤い魔石が燃え上がる炎のように纏わりついた細剣。

 刀身にも炎を宿した魔法剣が彼の手に握られていた。

 まるでエルディンの剣。

 シルビアとジアビスにそっくりだ。


「……お前には毎度驚かされる。コレを抜くことになるとはな」


 剣が振られる前に、土魔法で石柱を叩き折った。

 穴の開いた腹を抑えながらも、立つことが出来ずそのまま倒れた。


 グッと体に力をこめる。

 動かない、だが動かさなくては。

 うつ伏せに転がり、床を這う。

 負けられない。

 コイツには。

 テオドールにだけは。


「このまま放っておいても魔獣の餌になるだろうが、また生き残られても面倒だ。同じ師匠を持ったよしみに首を刎ねてやる」


 スッと炎の剣が振り上げられる。


 その時だ。


「ガアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!」


 魔物の咆哮を思わせる大音響が響いた。

 ダンダンと叩きつけるような足音。

 視界の隅から赤い残像が走り込み、背後で派手な衝突音を響かせる。

 すぐに彼女だとわかった。


「シエナ……ッ!」


 壊撃を伴うシエナの突撃。

 まともに食らえば人体など木っ端みじんになるそれをテオは剣で受け止めた。

 勢いのまま建物の壁まで押し込まれ、流し切った壊撃の余波が建物全体へ伝わっていく。


「《赤角》か。馬鹿力め……ッ!」

「ぶっ殺す!!!!!」


 俺なんかよりも数倍の憎悪が籠った声が響く。

 続けて剣撃。赤い魔法剣同士が火花を散らす。

 激しい近接戦闘の音と、シエナの叫び声が何度も耳に届く。


 手元に何かが転がってきたのを感じた。

 触れた瞬間に体の魔力が戻ってくる。


 あぁ、相棒(トリアード)。会いたかったよ。


 赤い髪の戦女神が連れてきてくれた。

 すぐに杖を握りしめ、傷の止血をしながら立ち上がる。


 まだ戦える。

 終わりにさせないぞテオドール。


「ユリウス!!!」


 彼女の声に応え、死にていの体が杖に魔力を込める。

 例えわずかな、消え入りそうな魔力でも。

 三眼の守護女神(トリアード)は何十倍にも増幅させてくれる。


 穿つ雷轟の射手(パイルトリガー)をシエナの剣撃に合わせて打ち込む。

 彼女の攻撃の癖は誰よりも知っている。


 シエナの剣撃を受ければ、その死角から穿つ雷轟の射手(パイルトリガー)を。

 穿つ雷轟の射手(パイルトリガー)を受ければ逆にシエナが畳みかける。


 魔弾と剣撃。

 ロレス相手にも立ち回れるコンビネーションアタック。

 俺とシエナのタッグであれば最強の布陣。

 だがそれすらもテオには決定打にならない。

 むしろ徐々に押されている。


「……チッ!」


 シエナが攻めあぐねいている。

 氷の弾頭が打ち出されるわずかな誤差をテオは正確に把握し始めた。

 1秒にも満たないわずかな時間の間にシエナが追い込まれていく。


 一発。

 また一発とシエナの体に剣が掠めていく。

 本当にギリギリで急所への攻撃を彼女は躱す。


 踏み込んだテオがシエナを蹴り飛ばす。

 軽い体が宙を舞い、そのまま床に叩きつけられる。

 容赦なく蹴りぬかれた鳩尾を抑えて彼女はテオを睨んだ。

 口の端から血が垂れている。ダメージがデカイ。


 限界だ。今しかない。

 奥の手を切る。

 力を貸せよ大炎魔霊!


星を(バー)──」


 詠唱を始めたその時だ。


「……神を喰う大炎魔龍(バーングラッド)


 テオが同じ詠唱を口にした。

 彼の手にある赤い魔法剣が輝き、龍のように揺らめく炎が立ち上がる。

 周辺に散らばった木材が勝手に燃え上がり、凄まじい熱気が放たれている。


 同じ強化魔術!?

 あのドM野郎裏切りやがったな!!!


「シエナ!!」


 痛む体を跳ね起こす。

 もつれる足のままに彼女とテオの間に飛び込むように割って入った。

 超至近距離に居るシエナはあの規模の魔力を前には無力だ。


 氷の盾を展開するも、一瞬で砕け散った。

 2人まとめて身を焦がす熱波で吹き飛ばされる。


 悲鳴を上げる彼女をなんとか庇うように身を返した。

 体は壁をぶち抜いて通りを越え、さらにその先の建物の壁面に叩きつけられた。

 左腕を強かぶつけた。

 肘から先の感覚が無い。多分折れている。


「……シエナ……ッ」


 呻きながら彼女の容態を確認する。

 シエナは気を失っている。

 額から血を流して、浅い息をしていた。

 生きている。

 ひとまずは小さく安堵の息を漏らした。


 回復魔法を……。

 だめだ、これ以上は魔力が無い。

 意識を保てなくなる。


 俺自身も限界だ。

 かなり血も流してしまった。

 首の血管も切れて、腹には穴が開いている。

 左腕は上がらない。

 ここにきて体中が抑え込んでいた痛みに負けて動かなくなる。

 喉元までこみ上げた血が、再び吐き出される。

 視界が霞む。


「ドラゴンロッド家の娘。コイツもお前の影響を受けているのか。ほとほと厄介だユリウス。この国ごと消えろ」


 凄まじい魔力を噴きあがらせながら、テオがゆっくりと歩み寄る。

 辺り一帯を炎の海に変えるほどの熱量。

 石造りの建物の一部が融解している。


 シエナを抱えたまま、俺は身を固くした。

 今度は無い。

 庇えないのはわかっているが、それでもシエナに覆いかぶさった。


「おおおおおお!!!!!」

「!!」


 建物の壁をぶち抜いて彼が躍りかかる。

 銀色の髪に緑と蒼の魔法剣。

 エルディンだ。

 《銀の勇者》が間に合った。


 テオの魔力に怯みもせずに彼は剣を奮う。

 意外なことに今度はテオがそれを躱すことに専念した。

 テオを数歩下がらせた後にエルディンの背中が俺たちを庇う。


「ユリウス!!生きてる!?行きすがらに魔獣を倒してたら遅くなった!本当にごめん!!」

「……おせぇよ」


 待ち合わせに遅れた程度の気軽さの会話。

 今はそれが何よりも心強い。

 剣を煌めかせたエルディンはテオに向き直る。


「……次から次へと」


 苛立たしそうなテオの口調。

 流石にエルディンの登場は予定外だったと見た。


「やぁ、初めましてだね。仮面の男」


 わざと余裕ぶった口調でエルディンはテオに話し掛ける。


「やっと見つけた。君にも会いたかったんだ」


 出来る限りの本当にギリギリの出力でシエナに回復魔法をかけながら彼らを見守る。

 自分の事は後回しだ。

 周りも警戒しなければ。

 テオに仲間が居ないとも限らない。

 エルディンの言う魔獣も襲ってくるかもしれない。


 じりりと張りつめた空気が漂う中、剣は決して降ろさないままに。

 エルディンは何もないようにさらりと続ける。


「本当に会いたかったよ。こうやって直接話すのは初めてだ。君は用心深くてここまで追い詰めるのは大変だった。」

「……追い詰めた?私を?」

「あぁそうだ。現に君の尻尾を掴んだ。今までのボクからすれば大きな進歩だ。ユリウスには感謝しかない。ボクの前に君を引きずり出してくれたんだからね」


 徐々にエルディンの持つ魔法剣から魔力が漏れ出している事に気が付いた。

 エルディンからも、闘気ともいえるそれがゆらりと立ち昇っている。


「君については何も知らない。名前も出身も年齢も。でも何一つ関係ない。ボクが用があるのはキミの持つ器の方だ。大炎魔霊をその身に宿した()()()の勇者。《黒の勇者》と呼んだ方が良いかな?名無しの男君」


 初めてテオが押し黙った。

 それとは反対にエルディンの口元は小さく「ビンゴ」と動く。


 テオが勇者?

 何がどうなっている?

 俺の知っているテオは確かに強かった。

 だがエルディンほどめちゃくちゃな強さでは無い。

 今こそ強化魔術で途方もない魔力を纏ってはいるが、彼は紛れもなく人族だ。


「……少々、分が悪いか」

「そうだね。だから」


 ジャリとエルディンの足元で鳴った瞬間。

 地面が大きくえぐれて彼の姿が消えた。


 激しい衝突音に目をやれば、あれだけ離れていた距離を彼は詰めてテオと組み合っている。


「ここで仕留める!!」


 縦横無尽にエルディンの双剣が軌跡を残す。

 目に追えぬ剣筋を、同じスピードでテオはさばいている。

 紅、蒼、翠。

 三つの色の残像が、地面や建物に無数の斬撃を残していく。


 次元が違う。


 もはや蚊帳の外。

 あの戦いに中であれば俺もシエナも完全に戦力外だ。


 ドっとテオが吹き飛ばされた。

 壁に叩きつけられたテオの仮面にひびが入る。


 押している。

 あのテオをエルディンが押している。

 行ける!


 そう思った時だ。


 ヌッと、俺とシエナに影が落ちた。

 燃える建物の炎に照らされた牙がこちらに向けられている。


 赤黒い毛並みの巨躯。

 そして2つの獣の頭を持つ魔物。

 血色の魔獣(ハーベスタ)がすぐそこに迫っていた。


 ─ガ


 魔物の咆哮が一瞬だけ響いた。

 その直後にはエルディンの渾身の蹴りが血色の魔獣(ハーベスタ)の頭をぶち抜いていた。

 見上げるほどの巨大な体を持つ魔物が、紙切れの如く吹き飛ばされる。


「大丈夫!?」

「な、なんとか……」


 あまりにも圧倒的な身体能力。

 ここまで結構な距離があったはずなのに、エルディンはそれを一瞬で詰めていた。


「……魔獣も役に立ったな」


 テオの声に振り向く。

 脇腹を抱えた奴は一瞬の隙をついて逃亡を開始していた。

 足元からシュレッダーにかけられたように宙に溶けていく。

 いったいどういう魔術を使っているかわからない。


「《黒の》。命拾いしたね。尻尾巻いて逃げるのが君にはお似合いだ」


 ハハンと彼を挑発するエルディンは続ける。


「必ずお前ら全員の息の根を止めてやる。待っているといいさ」

「……」


 何も言わぬまま、テオの体が半分ほどまで消えた


「テオドール!!」


 俺は残った力を振り絞って叫んだ。

 仮面越しのテオのしせんがこちらに向けられる。


「お前は俺が倒す……!必ずボコボコにして師匠の墓前に引きずり出してやるからな!」

「……」

「なんか言え!!!」


 結局テオはそのまま虚空に消えた。

 燃え盛る魔力の波が消え失せて、周りに冷たい風が吹き込む。


 あぁ、そうかい。

 もう俺を褒めてくれた優しい兄弟子は居ないんだな。

 わかったよテオ。

 腹が決まった。


「フー……」


 細く、長くエルディンは息を吐いた。

 気を張りながらも、少しだけホッとしたような顔だ。


「傷は?」

「ひどい。痛い。死にそう」

「大丈夫そうだね」


 大丈夫なものか。

 もうすでに眠気のような物が来ている。

 このままでは失血死だ。


「……エル。ロレスとイーレは……?」

「無事だよ。彼女が魔獣ごときに後れを取るわけないだろう」


 エルディンが俺とシエナを担ぎ上げる。

 少し揺れるよとだけ短く言って彼は走り出した。


「そのままで聞いてくれユリウス。この国はもう駄目だ」


 ひとっ飛びに建物の上までエルディンは飛ぶ。

 丁寧に着地をした後に再び走り出す。


「魔獣……、血色の魔獣(ハーベスタ)が場内に突然現れた。衛兵も避難民もすでに多くの犠牲が出てる。王宮も火の手が上がっているからおそらくは……」


 後ろに流れていく景色に目をやる。

 雨が降りしきる中、炎と黒い煙が街のいたるところから上がっている。


 住民の姿は見当たらない。

 ……食われたのだろう。


「生き残っている人たちは港に殺到している。バリケードを作って耐えてるけど長くはもたないし船を全部だしても乗り切れる数じゃない。すでに無事な船は半数が出航した。ボク達もそれに紛れてこの国を出る。いいね?」


 この国を見捨てるということ。

 それ自体は、まぁ仕方ないと思う。

 これだけの被害が出ていれば復旧の見込みなど立たない。

 魔物に入り込まれた街の生末はいつも滅亡と決まっている。


 ……だが。


「駄目だ。エル」


 俺は声を絞り出した。


血色の魔獣(ハーベスタ)は、テオが連れ込んだろう?」

「……多分ね」

「じゃあこの国を亡ぼすのも奴の思惑ってことか」

「あぁ。そうだろうね」

「じゃあ駄目だ」

「……ユリウス?」


 させるものか。

 国はどうでもいい。

 被害者も、申し訳ないがいまはどうでもいい。

 だが、テオドールの思い通りになどさせない。

 それだけが今俺にできるテオへの最大限の抵抗だ。


「あいつの計画は、俺が叩き潰す」


 燃え盛る街から逃れる人の群れが見えてきた。

 暗闇の中を船に乗るべく殺到する人々。

 ただただ救いを求める人々が眼下を埋め尽くす。


「……国を救うぞ。エル」


 俺は勇者にそう言った。

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