表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
67/336

第五十六話 「警鐘」

 シエナの体調も戻り、また数日たった。

 穏やかな風の吹く朝の浜辺。


 朝からエルディンを相手に模擬剣を振り回していた。

 ロレスから直々に稽古をつけられた《赤角》と異名のあるシエナ。

 しかし彼女をもってしても、エルディンは段違いの強さがあった。

 残像しか目に追えないような踏み込みも、壊撃を伴う一撃も。

 全て片手でいなしてしまう。

 まるでシエナの動きを予知しているかのようにエルディンは動くのだ。

 予知能力も彼のスキルの内と言ったところか。

 羨ましい。


 さて、今日の俺は別行動だ。

 さすがにそろそろ暇を持て余し気味。

 待つのに慣れているが何もしないのには慣れていない。


 ザビー皇国は街だ。

 避難民がであふれていても当然仕事がある。

 ディティス列島帯での軍資金を調達するため、ギルドで依頼をこなすこととした。


 エルディンはギルドから支援を受けることが出来る。

 それは金銭や物資。場合によっては人材もだ。

 その恩恵を受けることが出来るからといって、それに頼り切ってはいけないとも思う。

 言ってしまえば、それは《銀の勇者》の活動経費。

 つまりは勇者基金なのだ。

 おいそれと俺のような一般ピーポーがそれを使い込んではいけない。


 そう言うわけで今俺は城壁の外に居る。

 この街での仕事と言えば魔物退治や衛兵の募集など多岐にわたる。

 しかしその中でも畑仕事の依頼が群を抜いて多かった。

 どうやら避難民と一緒にザビー皇国の定住者も外に流れてしまっているらしい。

 ある程度まとまった数の依頼を一度に受けることが出来るのも畑仕事の魅力かもしれない。

 今日の俺はしがない農夫だ。


 城壁から出た東側一面は国の所有する農園となっている。

 国が農家に土地を貸し与え、代わりに農作物の売り上げの一部を国へと計上させる。

 ここではそういう税金的な仕組みが根付いていた。


 広大な平野が一定間隔で四角く区切られて、ここは麦。ここは野菜。ここは果実。

 と言った風にいろんな種類の農作物が育てられている。

 従事する人も多く、汗水たらしながらも彼らは笑いながらのどかに仕事をするのだ。

 おじさんおばさん連中に、夫を支える子育て世代のお母様方。

 日銭を稼ぐ冒険者たちも混ざって大勢が畑に居る。


 畑の近くを流れる小川。

 清らかな水で先ほどとれたばかりの芋を洗う。

 大粒のゴツゴツしたそれらはギュッと詰まって重く、とても良い出来だ。

 芋は良い。

 どこにでも大概あって、それでいて蒸かして塩を振るだけで旨い。

 芋は俺を裏切らない。

 しかもこの港街では食用油が手に入る。

 海の魔物にエイにそっくりな魔物が居るのだが、そのヒレからラードのような油がとれるのだ。

 今度揚げ物でも作ってみようかとも思っている。

 フライドポテトでも作ればエルディンが喜びそうだ。


「おーい、ユリウス君。こっちもやっちゃってちょうだいよー」

「はーい」


 農夫に呼ばれて、芋を洗う手を止めてそちらに行く。

 この世界の人々は皆魔法を使うことが出来る。

 当然、畑仕事にもそれは役に立つ。


 だが、魔法の上手い下手は人それぞれだ。

 同じように土を耕すとしても、広さも深さもバラバラになる。


 しかしながら、このユリウス・エバーラウンズ。

 師匠はザビー皇国元王宮魔術師ネィダ・タッカー。空も飛べる自称天才魔道士。

 5歳の時より修行と鍛錬を続けて早8年。

 畑を均一な深さで耕すなど、造作もない。

 今俺はこの空間で、最強の魔法使いなのだ。


 目の前に広がるのは広大な荒畑。

 昨年起こった大雨で流されて以降、人手が足りずに耕せていないらしい。

 固まってしまった大地を鍬やら鋤やらで掘り起こすのは重労働だ。


「この土地を耕したいんだが、夕方までにいけそうかね?」

「夕方?お昼までには終わりますよ」

「ははは。頼もしいけど、無理して倒れないでね」

「もちろんです」


 しゃがみ込んで地面に手をつく。

 魔法とは、自然の魔力と自身の魔力を同調させて操るもの。

 すなわち自然の呼吸のような物に魔力を合わせてやることが重要だ。

 俺の得意分野である。


 グン、と魔力を地面に送り込む。

 魔力は地中を伝い、目前の荒畑を全てを射程範囲に捉えた。


「よっ!」


 掛け声とともに地面がボコりと盛り上がる。


「ほっ!」


 立ち上がると同時に盛り上がった地面が今度はグワと混ぜ込まれる。


「はい!」


 パンと手を叩く。

 魔力の波を正してやり、盛り土を作る。

 縦方向に真っすぐに等間隔で出来た盛り土はふっくらと仕上がった。


「これでいつでも種蒔きできます」

「はえー。やっぱ魔術師はすげぇなぁ!さすがはネィダの弟子だ」

「はっはっは!それほどでもありますぅ。あと、魔道士です」

「魔術師くーん!麦さ刈り取るから手ぇかしてくれーぃ」

「はいはーい。魔道士のユリウスが今行きますよー!」


 麦を刈るなら根元から風の刃で一薙ぎ。

 水を撒くな川から水を引いてきてササッと散布。

 雑草の駆除は火の魔法で根っこまで焼き尽くす。


 得意げな顔で、魔力を惜しみなく使いながら依頼をこなしていく。

 といってもこのくらいは朝飯前だ。

 10歳を越えてから普通に使う分には魔力枯渇を起こす気配が無くなった。

 体内の魔力は増加傾向にあるらしい。


「魔術師君ー!お弁当たべよー!」

「はーい。魔道士ですー」


 魔道士ー。魔道士ー。あなたの街のー魔道士ー。魔道士ユリウスでーございまーす。


「いやぁ、今日の予定がもうほとんど終わっちまったよ!ありがとうな。ユリウス君」

「お役に立てたなら幸いです。」


 木陰の下、広げられたお弁当を頂きながらの団欒。

 日差しで火照った体に、春の風が心地よい。

 農夫さんの言う通り、本日の仕事は既にほぼほぼ完了した。

 少し湿った匂いがしているから、もしかしたらそろそろ雨が降るかもしれない。

 今日はこの辺でおしまいだろう。


 5つの畑仕事依頼を掛け持ちして華貨20枚。

 まぁ、稼ぎとしてはあまり良くないがこれの他に今日の収穫を分けてもらった。

 抱えて帰らねばならないため、今日は杖を置いてきたが正解だった。

 取れたて新鮮のお野菜たちは今日の夕飯になる。

 まだ食べたことないものもあるので楽しみだ。


「来年の作はどする?いっそディティスの米でも作ってみるか?」

「ありゃあこっちじゃそんなに売れねぇよ。麦だ麦」


 次の農作は米をお勧めしたいが、その頃には俺は居ないので心の中でとどめておく。


 お米は良いぞ。

 確かにこの世界の米は恐ろしいほどの水を吸うし、火にかける時間も長い。

 しかし、米は良い。

 米は魂の友だ。

 あわよくば梅干しとか佃煮とかも作りたい。

 昆布はどこだ昆布は。


「ねぇねぇ、ユリウス……だっけ?」


 声をかけてくる冒険者の女の子が居た。

 暗い茶髪にボブカットの彼女。


「今日の活躍見てたよ!無詠唱で杖も無しに魔術をボコボコ使っててすごかった!」

「お褒めに預かり光栄です」


 祖父の真似をしながら受け答え。

 彼はそう言う世辞や賛辞を浴びるほど受けていたのだろうが、俺は違う。

 内心としては女の子に褒められているということでニマニマしている。


 ちなみに今日使っていたものも厳密には魔術では無い。

 といっても普通の人にはそれはあまり大きな問題ではない。

 ただし、腕の良い魔術師の指標にはなり得るものだ。


「私たちのパーティに入らない?"トップランナー"って言うの。腕の良い魔術師探してたんだよー。あ、魔道士だっけ?」

「お誘いは嬉しいんですが、俺にはもう仲間が居まして……」


 自慢の俺の仲間たちは皆々強い。

 筆頭はやはり《銀の勇者》エルディン。

 魔物相手のみならず、対人でも余裕しゃくしゃくの戦闘技術は舌を巻いてしまう。

 時点としては《魔葬》と《赤角》の師弟コンビ。

 ロレスの強さは言わずもがなだが、シエナの戦いぶりも目を見張る。

 イーレは戦力としては心もとないが、あのケモ耳の精神的治療効果は計り知れない。

 貴重なメンタルヒーラーだ。

 そんな魅力いっぱいなパーティを抜けろと?

 それは無理な相談だぜ。お嬢さん。


「えー。うちに来てよー。楽しいよ?女の子ばっかりだし」


 なに?

 それは聞き捨てならない。


 たしかに彼女ら一行は女性ばかり。

 年齢はちょっと年上くらいか?

 ポニテの女剣士。

 ボブカットの短刀使い。

 褐色の長髪の弓使い。


 非常に属性豊な、悩ましいパーティだ。


「……君なら、夜の相手も務まるかも。ね?」


 ボブ子が耳元で囁く。


 これを全員相手にしてもいいのか!?

 みな粒のそろった綺麗どころばかり。

 俺で良いんですか?

 俺が良いんですね?

 お相手しましょう!

 最近私の息子はぬくもりに飢えておりますので!

 45周年を迎える童貞保持記録もついに終焉を迎えてしまうか!?


 などと自身のモテ期に心躍らせた時だ。

 そんなピンク色の考えが、消し飛んだ。


「……ッ!?」


 背筋を怖気が走る。心臓が飛び上がる。

 反射的に立ち上がって周囲を見回す。

 冷や汗が頬を伝っていく。


 サワサワと農地を風が撫でていく。

 穏やかそのものという風景に、何かおぞましいものを感じた。

 視線、いや、殺気。

 当然ながらシエナのものではない。

 彼女ならそれよりも先に拳が俺に届くはずだ。


 何よりも、この腹の底から這いあがるような冷たさ。

 どこだ。

 誰だ。


「ど、どしたの?ユリウス君」


 しばらく探るも、その正体を見つけ出すことが出来なかった。

 だが、何かがおかしい。

 チリチリと、ピリピリと空気が張りつめている気がする。

 本当にわずかな違和感がどうにも頭に引っかかる。

 ……嫌な予感がする。


 風が良くない物を運んできたというのだろうか。

 平原をそよぐ湿った春風が、魔物の漏らす吐息に思えてならない。


「……いえ、気のせいだと思います」


 自分に言い聞かせるように口にした。

 すでに先ほどの緊迫感はとうに薄れ去ってしまった。

 広がる景色も先ほどのような喉かな麦畑だ。


「あ、雨だ」

「あちゃー降ってきちまったよ。おーい今日は終わりにすんべー」


 ポツリと降り始めた雨。

 雲行きの怪しい空が頭上を覆っていく。


「はい、ユリウス君。これ、完遂証明ね。ギルドで報酬受け取っておいで。今日はお疲れさん」

「ありがとうございます」


 農夫から渡された書類をポケットにねじ込みながら、もう一度空を見る。

 ただの雨なら良いのだが。


 ギルドまでの道のり、ボブ子たちと歩いた。

 彼女たちはディティス列島帯から来た冒険者でベルガー大陸の王都を目指すのだという。

 今王都は新しく衛兵たちを募っている最中でとくに人族の冒険者を優遇しているらしい。

 本来貴族の関係者でなければなることの出来ない直衛騎士になるチャンスなのだとか。


 そしてそのためには路銀が居る。

 ボブ子たちは魔物退治の依頼を受けていった。

「そこの宿に居るから今度遊びに来てね」

 と言われたのでそのうち顔を出しても良いかもしれない。

 ユリウス少年は本当に女性受けが良い。

 デニス譲りの甘いフェイスのおかげだろう。

 サーシャ譲りの愛嬌の良さのおかげだろう。

 両親には感謝してもしきれないな。


 分けてもらった野菜を抱えて街を行く。

 色とりどりの野菜にはトマトのような物やレタスのような物も含まれる。

 今日の夕飯はハンバーガーパーティなど良いかもしれない。

 香辛料も買い込んであるから作ることはできる。


 ギルドでの報酬受け取りを済ませ、あとは宿屋に一直線だ。


 幸いにも雨はまだ降ったりやんだりを繰り返している。

 傘が居るほどでもないので三角帽子だけで事足りる。


 街は相変わらず人。人。人。

 雨が本格的に降り始める前に寝床を探そうと非常にあわただしい。


(裏路地を行きますか)


 スイと足をそちらに向けた。

 建物同士の間を縫う細い道。

 日差しの届かない道は暗く、あまり良い通りとはいえない。

 しかしあの人混みを歩くのと比べればだいぶマシだ。

 人にぶつかって野菜を地面にぶちまけてしまえば目も当てられない。

 ワッと人だかりが出来てワッと解散してしまって全部取られた!なんてこともありうる。


(雨が本降りになる前に宿に着けるといいけども)


 体をひねったり籠を高く持ち上げたりしながら歩く。

 ふと、時折建物の切れ間から見える皇族の宮殿が目に入った。


 高い塔を抱えたその宮殿を今はそれをすっぽりと覆うシャボンの壁が出来ていた。

 パラパラと降る雨をはじいて雫に濡れている。

 ネィダ発案の固定式魔術。

 風の魔法を用いた魔術防護壁だ。

 比較的簡単な術式で練られた完成度の高い魔術で魔法陣さえ転写できればどこにでも設置できる。

 その上、強固で柔軟性のある泡の壁は本当にわずかな魔力で半永続的に展開される。

 師匠がこの国で過ごした日々の集大成ともいえる魔術だそうだ。


 師匠の生きた証。

 魔道士ネィダの存在証明がそこにある。

 そう思えば、やはり誇らしい。

 そして悔しさもこみ上げてくる。

 あれだけ偉大な変わり者の魔道士はもう居ない。

 逝去したその理由もわからぬまま、未熟な俺は彼女を見送るしかできなかった。

 今であれば、きちっとネィダを助けられたかもしれない。


 ──お前のせいで死んじまったじゃねぇか。


 いつかの悪夢で見た光景がよみがえる。

 ジクりと胸が痛んだ。


 おそらく師匠はそんなことは言わない。

 あの人はそういうところは少しドライだ。

 生にも死にも執着しない彼女は自身の生き様を人に委ねない。


 自分が面白いと思った方向へ舵を切るのが彼女だった。

 だからきっと死の間際でもかすかに笑ったのだろう。


 まぁ、それでも俺の未練は消えない。

 魔術が使えてさえいれば再起(リブート)の魔術で助けられたかもしれない。

 師匠にはもっとたくさんの事を教えて欲しかった。

 魔術も、生き方も。

 あの不愛想な魔道士は俺のずっと先を歩むのだ。

 その背中を追えないことがたまらなく悔しい。


 ポツリと三角帽子の鍔に大きめの雨粒が落ちてきた。


 いかんいかん。

 考え事をしていたら足が遅くなってしまった。


 そう思って俺は小走りで裏路地を進んだ。


 ---


 《シエナ視点》


「!」


 パラパラと雨の降る浜辺での打ち込み稽古中。

 砂を巻き上げながら踏み込みに急制動をかける。

 突然イーレは視線を空へ向けたのだ。

 あやうく無防備な顔面に模擬剣を叩き込むところだった。


「ちょっとイーレ!集中しないと怪我するわよ」


 模擬剣を一振りしてから小脇に挟んで腕を組む。

 これはお説教してやらないといけない。


 稽古中であるとはいえ、目の前の私はイーレの敵だ。

 雨が嫌いなのは聞き及んでいるけれどそれはいただけない。

 心構えにも問題があるし、いらぬ怪我を負う原因になる。

 ユリウスも昔言っていた。


 ──よそ見してて良いんですか?魔物相手に油断は命とりだと思いますよ。


 衛兵宿舎での対魔物を想定した訓練。

 9歳のユリウスは一歩も動かずに魔法だけで衛兵を完封した。

 あの角のある仮面をつけたユリウスは魔物そのものに見えた。


 あれ以来私はどの稽古でも相手が魔物だと思って取り組んできた。

 実際、そう思えばこそ鍛錬にも身が入ったというもの。

 ロレスの容赦ない稽古についてこれたのもその姿勢があったからこそだという自負がある。

 ここは1つ、お姉さんとしてガツンと言ってあげなくちゃ。


「シエナ!」


 しかし先に声を上げたのはイーレだった。

 木剣をその場に落として私に縋りついて来る。


 そんなに雨が嫌なのかしら。

 でも剣士、獣人族的には戦士か。

 戦士を志すのなら雨くらい克服しないと。

 精々濡れるくらいで命にかかわることではない。


「なによ。そんなに嫌なら宿に」

「嫌な奴来る!ユリウスが危ない!」

「……なによそれ」


 ゴゥと風が吹いた。

 湿った風だ。

 ひどく重く、じっとりとした風がイーレの言葉に妙な信ぴょう性を持たせる。


 イーレは不思議な眼を持っている。

 魔眼の類だとロレスは言っていた。

 最初に会った時も右目が青く光っていたのを覚えている。


 彼女はまた、何かを見たのだ。


「……わかった。すぐ迎えに行くわ。あんたはロレスとここに居て」

「エルも連れてって!シエナだけでも危ない!」

「エルディンも?」

「シエナ!イーレ様!」


 エルディンとロレスも宿から出てきた。

 エルディンに至っては既に帯剣していつでも戦える支度が出来ている。

 準備が良い事。

 やっぱり勇者というだけあって常在戦場の心構えが出来ている。


 などと考えているとロレスが腕を振った。

 ヒュンと軽い音をたてながらそれが投げられ、私の手に収まった。

 白銀の杖。

 ユリウスの魔杖、三眼の守護女神(トリアード)だ。


「持っていけ。必要になる」

「杖が?」


 街中で杖を使うほどのことが起こるとでも?

 ユリウスは杖が無くたってその辺の魔物ならサラリと相手にできる。

 しかし私の師匠は意味の無いことはしない。

 口数は少ないが、何をするにしても理由がある。


『────!』

「わかってます、イーレ様。シエナ、すぐにユリウスの所へ行こう」

「どうしたのよ、皆して血相変えて。ユリウスを迎えに行くぐらいなら私だけでも」

「違うんだシエナ、ユリウスだけの問題じゃない。星の廻りが変わったんだ」

「わけわかんない。わかる言葉でしゃべりなさいよ」


 訳の分からない言語、星が何だというエルディン。

 私にもわかるように話してほしい。

 私にわかることは雨が強まっている事と、イーレが慌てていることくらいだ。


「……ボクもこの先の事はわからない。今までなかったことだ。でも一つ言えることはある」


 彼は苦虫を嚙み潰したような顔で言葉を選んでいた。

 その後、いつになく真剣な顔でただ一言私に告げた。


「今夜、この国は滅びる」


 ---


 《ユリウス視点》


「やばいよー。本降りになってきたよー。もー」


 強まる雨の中を野菜籠を抱えながら走る。

 魔法を使えば雨を吹き飛ばしながら移動もできるが、さすがに意味が無い。

 それこそ街中の屋根を風で巻き上げながらの事になってしまう。

 台風の目になるつもりはない。


 すでに辺りは雨雲で暗くなり、足元も少々見え辛い。


 この道をまっすぐに走って行けば宿のある浜辺へ通じていたはずだ。

 もう少しの辛抱と自身に言い聞かせて走る。


 階段を飛び降り、ゴミ箱を跨いで裏路地を駆け抜けていく。


 遠くから鍋を激しく叩くような音が聞こえ始めた。

 鐘の音では無い。

 けたたましいその音が街に響き渡っている。


 何の音だったっけ?

 たしか、どこかで。


 などと考え事をしていた時だ。

 ヌッと建物の陰から真っ黒の人影が出てきた。


 俺は足を止めきれず、思い切りその人影と衝突してしまった。

 籠から野菜がすべて地面に転がり、互いに濡れた地面に思い切り倒れ込む。


「すみません!!ケガはないですか!?」


 やってしまった。

 急いでいたとはいえ、かなり派手にぶつかってしまった。

 体を起こして野菜を拾うよりも先にその人物へと頭を下げる。


「ん?」


 手元に白い仮面がある。

 おそらく先ほどぶつかった人物のものだ。


 覗き穴も呼吸用の穴も開いていないのっぺりとした仮面。

 その表面には何か刻印がしてある。

 魔術的な黒い墨で描かれたような文様だ。


 それを拾い上げながら、立ち上がる仮面の持主に目をやる。


 黒い鳥の羽で全体が覆われたローブ。

 そのローブとお揃いの濡れた様な艶のある黒い髪。

 肩ほどまでに切りそろえて居ながらも、後ろは三つ編みになっている。

 整った顔に深い青色の瞳。

 そして白色の詰襟の様な服装。

 一見すれば中性的に見えるその顔には見覚えがある。

 最後に見たのはコガクゥの村だ。


「……テオ?テオじゃないですか?」


 俺の声にその人物は顔を上げた。


 あぁ、やっぱりそうだ。

 かなり大人びてしまっているが、修行時代の面影がしっかりある。

 そうか彼はもう20前だったか。

 雰囲気は男性版のクールビューティそのもの。

 相変わらず落ち着いた雰囲気のある美男子だ。

 超イケメン。もしかしたらもう奥さんと子供がいるかもしれない。


「ユリウスか?」

「やっぱりテオだ!偶然ですね!こんなところで会えるなんて」


 彼に仮面を返し、そのまま再開の喜びを求めて握手するべく右手を差し出した。

 しかしテオは仮面こそ受け取れども握手はしてくれなかった。


 同じアリアー出身で、同じ師匠の下で学んだ兄弟子。

 テオことテオドール。

 確か、ベルガー大陸の王都で王宮魔術師として迎え入れられていたはず。

 魔術の腕も剣術の腕も一級品の自慢の兄弟子だ。


 しかし今日はやけに冷たい。

 同じ釜の飯……ならぬ、同じ鍋のスープを食した仲だというのに。

 ぶつかったことを怒っているのだろうか。

 それもそうか。

 いやはや面目ない。


 行き場を失った右手を戻しながら、代わりに首の後ろをさすった。


「……やはりお前か。なぜ生きている?ユリウス」

「なぜって?」


 変なことを言う。

 まるで俺が死んでいないとおかしいみたいじゃないか。


「お前はネィダと一緒に死んだはず」


 その一言で思考が止まる。

 俺が?

 師匠と一緒に?


「ネィダに治療魔術をかけなかったのか」

「あ、あれは師匠が俺を突き飛ばして……」

「それで禁呪が伝番しなかったのか。死に際でも余計なことをする女だ」


 仮面をつけながらテオは言い捨てる。

 おかしい。

 彼は師匠の、ネィダの事を尊敬していたはず。

 いつか同じタッカーの姓を名乗るのだと語っていたほどだ。

 そんな彼がこんなことを言う。

 それではまるで……。


「邪魔者をまとめて始末する良い機会だったんだがな」


 スッと漏らした彼の言葉を俺は聞き逃さなかった。


 それ故に反応が遅れた。

 しかしおそらく何かが、あるいは誰かが。

 もしかしたら俺のうちに眠る本能的な何かが俺の体を使って魔法を操った。


 硬質化させた石柱が目前に出現する。

 それとほぼ同時に鋭い金属音をたてて、その横っ腹に剣が撃ち込まれた。

 僅かに切っ先が俺の首筋を撫で、ドロリと嫌な感覚が肩を伝う。


 理解が追い付いたのは星雲の憧憬(ネビュラ)の炸裂推進で飛びのいた後だ。

 全く見えない速度で、テオは剣を抜き放ち俺の首を狙ったのだ。

 装飾の無い細い剣に、左手を後ろに隠した王宮剣術の構え。

 いつもの見慣れた尊敬する兄弟子が冷徹な仮面のままに、俺に剣を向けている。


「相変わらず、厄介な魔法だ」

「い、いったい何を!」


 彼から放たれているのは間違いなく殺気。

 昼間に平原で感じた、あの腹の底から冷え切ってしまうようなそれをテオから感じた。


「《魔葬》の噂を聞きつけてみれば思わぬ収穫だ。始末する」


 彼が一歩踏み出す。

 グシャリとトマトが踏みつぶされて、赤い飛沫が上がる。


 何故彼が俺に剣を向ける?

 いや、それはどうでもいい。

 どうでもよくないが、どうでもいい。

 テオは言ったのだ。

 邪魔者をまとめて始末すると。

 あの瞬間に、俺の傍にいたのはあの人だけだ。

 点と点が繋がり、徐々に考えたくないことに向かって線が伸びていく。


「テオ……。ネィダ師匠の死について、知っていることはありますか……?」


 震える声でテオに問う。

 俺はそれを問いたださずにはいられたかった。

 頬を冷や汗が伝い顎先から落ちて行く。

 血が抜けたせいか、冷静な頭がいやに冴えている。


 頼む。

 否定してくれ。

 違うと言ってくれ。

 何も知らないと。

 ネィダの死因は早すぎる病死であったと。


 そう望むわずかな間にも、雨脚が強まる。

 ローブが水を吸い、首の傷から溢れた血が雨水に混じって服を染めていく。


「なんだ、まだ気づいていなかったのかユリウス」


 彼は俺を本当にどうしようもない奴だと憐れむように笑いの混じった声で言う。

 そして雨音の中、聞き入れたくない言葉を。

 決定的なそれを短く俺に投げた。


「ネィダは私が殺した」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ