表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
65/336

第五十四話 「ザビー皇国」

 さらに旅を続けてベルガー大陸の東の端へとたどり着いた。


 ザビー皇国。

 かつて、神の子であるとされた皇族の治めた国。

 ベルガー大陸にありながらも、ディティス列島帯の勢力に与する独立した国だ。


 海に面したこの国はディティス列島帯とベルガー大陸の玄関口である。

 国内に国港ベルディースを抱えた巨大な港町。

 緩やかな斜面がそのまま海につながるような地面にベルガー建築の石でできた建物が並び、それらをディティス列島帯の伝統建築である藁の屋根が覆っている。


 そんなこの国は、一度滅びかけていた。

 皇族の失政が原因で内乱が起こったのだ。

 アレキサンドルス率いるアリアー王国騎士団がそれを収めてからというもの、この国は親アリアー国だそうだ。

 どの種族にも入国の権利が与えられ、望むものは金を払えば宮廷に住まう皇帝陛下への謁見も叶う。


 その宮廷では俺の師匠であるネィダが王宮魔術師として仕えたという。

 国を誑かした悪の魔術師と濡れ衣を着せられこの国を追われてしまった彼女。

 どんな仕事ぶりだったのかは聞くことが出来なかったものの、それでもこれだけ大きな街お抱えの魔術師であったのならば彼女の実力は察しが付く。

 聞けば彼女は4つある大魔術を全て使いこなすほどの凄腕師匠だったらしい。

 …俺の前ではそんな素振り全く見せなかったのに…。

 一度くらいその大魔術をお目にかかりたかった。


 うん、ちょっとセンチな気分になってしまう。

 いったん話を戻そう。


 今俺たちは行列の中だ。

 朝一に国に着いたのにもうすでにお昼を過ぎた。


 着いたといったが、国の入口の正面門は霞むほどに先。

 目の前に広がるのは避難民の列だ。


 この街には大きな城壁もある。

 かつての侵略戦争で築かれたその内側へ匿ってもらう事を皆は望んでいた。


 謎の魔物。

 各地に現れたそれは幾つかバラバラの特徴があるものの、共通点はあった。

 頭が複数。巨大な体の獣。赤黒い毛皮。黒い炎のような魔術を使う魔物。

 少し前にギルドから正式に血色の魔獣(ハーベスタ)と命名された。


 人間だけでなく、周囲の生き物という生き物を奴らは捕食する。

 当然、魔物も。

 噂によれば、翼竜にすらも襲い掛かるという。

 実際に戦ったことがあるが、十分に考えられるだけの脅威だ。

 すでに辺境の小さな集落では被害が出始めているのだという。


 そういう血色の魔獣(ハーベスタ)から彼らは逃げてきたのだ。

 大人子供、人族魔族。冒険者に商人。一切関係ない。

 貴族も平民もここでは等しく避難民だ。


「はいはい、代表者の方の出身と名前と年齢、あと種族を書いてね。身分は順番に関係ないからね」


 そう言って調書を取る者が居た。

 鎧の背の低い男だ。

 偉そうな髭こそ生やしてはいるが、四肢が短く鎧に着られている。

 首も半分鎧の襟当てに埋もれている。

 音楽家のような髪形のその男は衛兵を引き連れていた。


 彼等は揃いの鎧を付けている。

 鉄製の丸みを帯びたプレートメイルに山吹色のマフラー。

 掲げられた紋章は爪痕と獅子。

 彼等は4大貴族の内のひとつ、レオスグローブ家の衛兵だ。

 ディティス列島帯を本拠地としていたはずだが、ことが事だ。

 どうやらベルガー大陸まで出張ってきたらしい。


「おい!いつまで待たせるんだ!」


 列の中にいる男が衛兵に突っかかった。

 身なりの良い男性だ。

 同じ様に髭を蓄え、仕立ての良い貴族の礼服を着ている。


「こっちはキングソード家だぞ!?ボルトラ・アゾミール・キングソードをどれだけ雑に扱えば─」

「あーはいはい。分家の末席。アゾミール家の方ですね。身分は順序に関係ありませんよ。標準語通じてます?」


 背の低い男は面倒くさそうに調書を挟んだバインダーで自身を扇ぐ。


「この街では身分は関係ありません。必要なのは皇族への貢ぎ物か、皇国への貢献度だけです。なにか出せますか?あなた?出せないでしょう。おとなしくしててくださいね。余計な仕事増やされると、私では無く他の方の不満を買います。言ってること。わかりますか?」

「貴様…!衛兵の分際で大貴族をなんだと…!!」


 怒り心頭な貴族であったが、彼は事と次第を理解していなかった。

 貴族の後ろの男が、彼の肩に手をかける。

 ドーベルマンのような顔の大きな人狼族の男だ。


「貴族さんよぉ。ちょっと目の前で騒がれるのは邪魔なんだわ」

「ええい!触るな魔族め!!汚らしい!」

「人がせっかく穏便に済ませてやろうと思ったのに……よっ!!」


 列の前方からゴギリとくぐもった音がした。

 ドシャリと列から投げ出された貴族の男。

 首はおかしな方向に曲がり、口からは泡を噴いて白目でこと切れた。

 途端に周りから悲鳴が上がる。

 しかし衛兵は慣れたようにその死体を適当に道の端に投げて燃やした。

 まったく彼の生き死にに興味が無いといった感じだ。


「はい、ご協力感謝しますね。冒険者さん。順番が1人分早くなりましたよー」


 そう言って何もなかったように平然と調書を取り続ける。

 どうやら彼らは治安を維持することと人命の保護は別に考えているらしい。


「…何よあれ」


 呆れたようにシエナは言った。

 腕を組み、そのツンと上がった赤い目が真っすぐにそれを見ていた。


 まったくだ。

 人の命をなんだと思っているのか。

 騒ぎを起こすつもりはないし、相手はキングソードの家系だ。

 痛い目に合ってる手前、関わり合うつもりはない。

 しかし目の前で人が殺されているのだ。

 義憤にも駆られるというもの。

 俺はそう言う、良心の猛りを抑えきれない男なのだ。


「前の奴をやっつければ早く国に入れるっていってるようなもんじゃない」


 おっと穏やかじゃないぞ。

 止めてくれシエナ。

 こんなところで《赤角》を見せなくても良いぞ。


「おとなしくしてて下さいね。喧嘩は絶対ダメですよ」

「わかってるわよ。お爺さん達を斬るわけにはいかないもの」


 目の前の老夫婦がビクリと不安げに肩を震わせた。

 違うんです冗談なんですと俺はすぐに頭を下げた。


 ごめんなさいね。この子、本当は良い子なんです。

 ちょっと最近剣士に傾倒しすぎて考え方が脳筋じみてきたんですけど許してくださいね。

 魔術も使える優秀なお嬢様なんですよ?


 しかし待ち続けて疲れているのも事実だ。既に長い時間並んで一歩も進んでいない。

 敷物を敷いて腰を下ろす者たちもいる。

 もしかしたら今日は国に入れないかもしれない。

 いっその事ソーダを売って歩いて小銭を稼ぐか。


「春先の暖かな日差しが降り注ぐ平原のど真ん中。キリッと冷えた炭酸水はさぞ売れることだろう。なんならエルディーヌを売り子にしても良いかもしれない。彼女は中身が男ではあるが愛想を振るのが上手い。ホイホイ騙されて買ってくれるかもしれない。……なんて考えてる?」

「どうして心の声をそのまま読めちゃうんですかねぇ」


 エルディーヌ。

 ではなくエルディンは何やら地図と睨めっこしていた。

 目線を上げずに得意げな顔で彼はそう言う。


 彼が見ている地図はこの国の向こう。

 島の全域と潮の流れが細かく描かれた地図だ。

 ディティス列島帯を縦断し、聖域こと獣人族の里へのルートを模索しているのだ。


 ちなみにその獣人族であるイーレは列の外でロレスと剣の修行をしている。

 修行と言っても基礎的な振る、受ける、いなす。の3動作。

 俺がイングリットの村でデニスに付けてもらっていた稽古を思い出してしまう。


 そうそう。足と剣が同時に出ちゃって腿を打つんだよね。

 分かるわー。

 俺も散々やらかしたもん。

 あれ痛いんだ。すごく痛いんだ。


「はい、次の団体さんね。代表者の方の出身と名前と年齢、あと種族を書いてね。」


 郷愁に駆られていたら衛兵たちがこちらまで来ていた。

 面倒さそうな感じを一切隠さずに彼は帳簿を差し出してくる。


「私が書くわ!」


 嬉々としてシエナが受け取った。

 羽ペンを握ってゴリゴリと帳簿にかき込んでいる。


 まぁ、彼女は現在は剣士だ。

 字を書く機会はそれほど多くない。

 実際に見てみれば、それはお世辞にもきれいな字とは言い難い。

 故郷に帰ったら指導のし直しだ。

 腕が鳴る。


「はいどうも、えー。えー……。代表者の方は……。あー。ユリウス・エバンスさん?」

「エバーラウンズよ!エバーラウンズ!!書いてあるじゃない!」


 おい待て。どうして俺の名前を書いたんだ。

 代表者って言ったら間違いなくエルディン・リバーテールだろうに。


「それは失礼。確認ですが、ユリウス・エバーラウンズさんはあなたですかね?」

「あ、それは俺です。」

「あーどうも。えー。ユリウス・エバーラウンズ。アリアー国出身。13歳。人族……っと。ん?」


 帳簿を取る衛兵の顔色が変わる。

 今までの半分寝ているような腫れぼったい目が一変し見開かれた。


 帳簿。俺。帳簿。俺と交互に見直している


「ユリウス……エバーラウンズ。エバーラウンズ!?アレキサンドルス様と同じ()()エバーラウンズ!!??」

「あ、はい……。アレキサンドルスは俺の祖父ですが……」


 途端にざわつき始める衛兵たち。

 何やら後ろでヒソヒソと会話したのちにそのうちの1人が城壁へと走って行った。


「なに?私なんかした?」

「まだわかりませんが、おそらく……」


 シエナとエルディンがスッと剣に手を回す。

 俺も杖を握る手に力が入った。


「しょ、少々お待ちください!エバーラウンズ卿!すぐに馬車をお持ちしますので今しばらく!今しばらく!!」


 そう言って彼もまた血相を変えながら帳簿を抱えて走って行ってしまった。


「「……エバーラウンズ卿?」」


 シエナとエルディンがこちらに視線を向ける。


 いや、何のことやらさっぱりだ。


 ---


 俺たちを乗せた馬車が悠々と長蛇の列を横目で追い越していく。

 4頭立ての大きな馬車。

 貴族や王族が乗り回すような黒木で作られた堅実なつくりのそれ。

 町営バスのような古臭い感じではあったが、乗れるのだからありがたい。

 既に荷物も積みこまれ、全員がその馬車に腰を掛けていた。

 行先も告げられず「どうぞどうぞ!」と中に押し込まれてしまったのだ。


「馬車早くていい。でもなんで?シエナ悪いことした?」

「私じゃないわ。ユリウスよ」

「ユリウス。君ってやつは」


 いやなんでだよ。

 俺なんにもしてないじゃんか。

 と思いつつも、考えを巡らせている。


 まぁ間違いなく我が祖父。アレキサンドルスの影響だろう。

 彼は有名人で、最強と名高い剣士で、英雄だ。

 幾度も各国の危機に馳せ参じてその剣術と軍略で事を収めてきた。

 その孫ともなれば相応の待遇ともいえるかもしれない。

 俺自身は全く関係の無い功績ではあるが。


「面倒だな。」


 ロレスがいつもの如く腕を組んでぼそりという。


「なんでよ?楽に入国出来て馬車まであるじゃない」

「たかだか英雄の孫にこの待遇だ。余計な仕事を押し付けられるかもしれん」


 たかだかとは何だたかだかとは!

 でもロレスのいうことにも一理ある。

 避難民が押し寄せるような国の情勢だ。

 ベルガーの王政不振もある。

「んん!アレキサンドルスの孫ですとな?英雄として国を守ってくれること違いありませんぞ!」

 などと思われてはたまったものではない。

 俺はただただお家に帰りたいのだ。

 ……いっそ馬車から飛び降りるか……。


「……ひとまず様子を見ましょう。どっちにしても国港ベルディースを使う必要がある以上は今は渡りに船です」


 口元に両手を寄せながら俺は言う。


 相手の出方を見てからでも遅くない。

 アレキサンドルスの名が出た以上、無下に扱うのは気が引けた。


「もしもロレスさんの言う通り、面倒な足止めを食うようであれば船に忍び込んででも出国します。イーレの故郷はもうすぐです。足を止める必要がありません。」


 皆に目を配れば、それぞれに頷いた。

 異論はない。といった表情で居てくれる。

 本当に頼もしい連中だ。


「代表を彼にしたのは正しかったね」

「当然よ!」


 エルディンの言葉にフフンと得意げなシエナ。

 その顔を見ながら再び馬車の窓から外を見る。


 今しがた城壁の正門を潜って馬車は街に入った。

 石造りの建物が連なる堅実なつくりの街。

 ここはまだ陸側なので主に宿屋や住宅街が広がっている。

 もう少し行けば街の中心地の海辺に出るはずだ。


 街の中も人でごった返している。

 特に避難民に数が圧倒的だ。

 街の通りには運ばれてきた荷物なんかがそのまま置かれて、その近くに行き場の無い人々が座り込んでいる。


 その次に衛兵。

 レオスグローブ家の衛兵たちが避難民を誘導したり、一緒に荷物を運んだりと動き回っている。


「レオスグローブ家はディティス列島帯を治めている王族の名前でもある。彼らの本家は獣人族であるとされていて──」


 エルディンが彼らの素性を話してくれる


 彼等は貴族でありながら、王家なのだという。

 彼らもまた人霊大戦の折りに名を上げた猛者の血を継いでいる。

 いくつもある小さな島々から長が選出された島長たちをまとめ上げるのが彼らの王家としての役割だ。

 また、その衛兵たちも種族が様々だ。

 アリアーもベルガーも、基本的には人族が衛兵に勤めている。

 しかし今通りに居る衛兵たちには魔族や耳長族の姿もある。

 力が強く、体の大きい物が率先して荷物や人を運ぶ。

 体が小さくとも、読み書きできるものが物資や人材の管理をする。

 多種族国家のもうひとつの形ともいえる。


「エレノアにも見せてあげたかったな。」

「「誰それ?」」


 エルディンとシエナが同時に聞いて来る。


「前に言ったことなかったっけ?俺と一緒に人攫いにあったベルガーのお姫様だよ」

「ベルガーのエレノア……。エレノア・アドニス・ベルティアナのこと?」

「そうそう、知ってるじゃん。」

「生きてるの!!??」


 ガタッ!と体ごと乗り出したエルディン。

 やめろよ狭いんだから。


「生きてるさ。ホマレフっていう執事にちゃんと送り届けたし」

「エレノア様が生きてる……?だとするとどうなる……?ブツブツ……」


 いつかと同じように考え事モードになってしまったエルディン。

 こうなるとしばらく帰ってこない。

 エレノアも彼の言う重要人物なのだろうか。

 確かにお姫様であれば、そういうものなのかもしれない。


 おぉ、勇者よ。よくぞ来られました。使命の助けになるべく飛空艇を授けましょう。


 うん、十分にあり得る。

 物語に空飛ぶ船は必要だ。

 ファンタジーではもはや必需品とも言えるだろう。


「おい御者」


 ゴンゴンとロレスが御者席に続く窓を叩く。

 思いのほかそれは素直に開けられた。

 黄色いマントをした衛兵の姿が見える。


 あ、巻き角の魔族だ。

 御者と言えば巻き角の。みたいになってきたぞ。

 彼等は馬の気持ちがわかるというし、天職といえば天職か。


「何だい姉さん」

「そろそろ行先を教えたらどうだ?いい加減コイツが暴れるぞ」

「……なんで私なのよ……」


 まぁ暴れだすと言えばシエナの十八番だが、ひとまず置いておこう。


「あぁ、すまない。まだ言ってなかったね。今は宮殿に向かってるところだよ」

「招かれた覚えは無いが?」

「だろうね。でも俺たちは上から『エバーラウンズの名を持つ者が来たら宮殿へお通ししろ』って言われてるのさ。理由は知らされてないけどね」


 お通ししろ。

 ということは、あくまでも客という扱いのようだ。

 少しだけホッとしたような、でも裏があると疑わなくてはならないような。

 ……いい加減疲れて来たな。


「どうするのユリウス」

「いざとなったら全部吹っ飛ばします。難しい事はもう疲れました」

「良いじゃない!わかりやすくていいわ!」

「いや、君達駄目だからね?」


 エルディンに釘を刺さればがらも馬車はその宮殿とやらに着いた。


 海を見渡せるように高い塔を備えた皇族の宮殿。

 柵で覆われたその真ん中には彫刻を湛えた噴水がある。

 鳥や角のある獣、果てには竜までも引き連れた男性の像。

 ディティス列島帯の国神である知神ディトーンの像だ。

 生き物全てと心を通わしたとされるその神は生命そのものを司る神でもある。


「ディトーン様はもっと細い。獣人族の神様なのに耳も尾もない。イーレちょっと不満」

「そうなの?」

「さぁ?ボクも実際に見たことは無いよ。」

「着いたわ!降りるわよ!」


 馬車が止まると同時にシエナは飛び出した。

 窮屈だったようで、グッと体を伸ばす彼女。

 背骨がバキバキと音を立てている。


 ぞろぞろと馬車から降りると、太った男がドタドタと駆け寄ってくる。

 先ほど帳簿を付けていた男性だ。

 しかし今は鎧姿ではなく、窮屈そうな執事服を着ている。


「お、お待たせしましたエバーラウンズ卿。急にお招きしてしまいましたこと、改めてお詫び申し上げます」


 息を切らせながら彼は言う。

 せめて息を整えてからでも遅くないだろうに。


「この宮殿に出向してまいりました。衛兵長ヒューイと言います。以後お見知りおきを」

「ユリウスです。先ほどからエバーラウンズ卿と仰いますが、俺はしがない魔道士です。貴族じゃありません。」

「いえいえ、貴方様のお爺様はこの国では爵位をお持ちです。となればそうお呼びするのは当然のこと。さぁ、皇帝陛下への謁見の準備は出来ております。どうぞこちらへ。」


 突然のVIP待遇に戸惑う。

 しかし先に動いたのはロレスだった。


 そのあとに続いて宮殿の中を進む。


 中の作りはどちらかと言えば聖堂に近いようだった。

 ベージュ色の艶のある石で出来た廊下。

 そして壁に直接描かれた肖像画。

 おそらくは歴代の皇帝の顔だろう。

 偉そうに、ふんぞり返ったおじさんやおばさんの顔がいくつも並んでいる。


「これよりは謁見の間でございます。武器や刃物の類はこちらへお預けください。」

「断る。」

「断るわ。」


 ヒューイのそれを正面から切り伏せたのは武闘派師弟コンビの2人だった。

 横ではさっさと剣帯を外したエルディンが「え?」という表情をしている。


「外で待たせてもらう」


 まるで我々が門番だと言わんばかりに彼女たちは謁見の間に続く扉の両脇に陣取った。

 同じような恰好の2人が同じように壁に背中を預けて腕を組みピタリと動きを止める。


「あ、あの。よろしいのですか?」

「えぇ。粗相はないと思いますのであのまま待たせてあげてください」


 心配そうにヒューイは言うが、こっちの方が良い。

 もし仮に部屋の中で何かあれば、彼女たちが扉だろうが衛兵だろうが叩き斬って飛び込んできてくれる。

 逆も然り。外で何かあればすぐにでも俺とエルディンが事に当たる。

 イーレをエルディンの傍に置いておけば攫われることも無い。

 実質無敵の布陣だ。


「シエナ」

「ん」


 彼女に杖を預ける。

 三眼の守護女神(トリアード)は紫の水晶魔石のハマった杖だ。

 死ぬほど貴重なそれを全く知らない誰かに渡すなど出来ない。

 大陸を渡る2年の旅でもはや体の一部となっているのだ。


「……なにかあったら、その時は」

「わかってるわ」

「頼みます」


 多くは語らない。

 彼女はシンプルなことの方が得意だ。

 頭が悪いわけでは無い。

 考えることが少ないほうが、彼女の行動にキレが出る。

 難しいことは俺が引き受ける。

 適材適所だ。


「準備できました」

「かしこまりました。旅の方と存じてはおりますが、くれぐれも失礼の無きよう」


 お前らに礼節なんぞ期待してないと言われているようだ。

 実に心外だ。

 シエナですら貴族礼節をわきまえている。

 我々は礼儀正しい旅人集団だというのに。


 大きな扉がゆっくりと開いていく。

 まず目に飛び込んできたのは、大きな騎士の像。

 俺と同じように髪の毛を後ろで束ねた屈強な騎士だ。

 《剣豪》アレキサンドルスであることは言うまでもない。


 それから衛兵たち。

 剣、または槍を持った彼らが兜を含めた完全装備でそこに居る。


 厳かな雰囲気のその謁見の間の奥にその人が居た。

 この国の皇帝。

 白を基調としたビーズをちりばめたようなローブと王冠。

 顔はベールで隠されているから良く見えないが、皺のある頬と白髪。

 老年の女性であることはわかった。


「皇帝陛下。まずはお招きいただきましたこと、お礼申し上げます」


 部屋を進み、ちょうどこの国の紋章であろう模様がある場所の一歩前で膝まづいた。

 騎士礼節の最敬礼。祖父アレクから教えてもらった王族と会うときの最低限の礼儀。

 言葉使い等々は、後からついてくるものだと言っていたが。正直自信はない。

 皇帝陛下が寛大であることを願う。


「アレキサンドルスの孫、ユリウスと申します。こちらは我が友、エルディン。そしてイーレ。旅を共にする者たちであります」


 俺の少し後ろでエルディンとイーレも膝を突く。

 イーレは見様見真似だ。

 まぁ急なことだ。仕方ない。

 棒立ちしないだけでも優秀だ。


「顔を上げなさい、エバーラウンズ卿。よくぞ参られました」


 穏やかな声で皇帝陛下は言う。


「ザビー皇国皇帝。スヴェトラバ・ザビーです。ゆるりとなさい。貴殿らは我が国の客です。」


 声の感じからすれば、敵意や陰謀みたいな胡散臭さは感じられない。

 言葉はアレかもしれないが、皇帝というよりは優しいお婆ちゃんという声色だ。


「お気使い感謝いたします。よろしければ、お招きいただいた理由をお伺いしてもよろしいですか?」

「昔馴染みの孫が来たというのです。顔を見たいと思うのは異な事かしら?」

「滅相もございません。私めの顔で良ければいくらでも」

「まぁ、確かにあの人の孫だわ。堅物そうに見えて面白いことを言うところがそっくり」


 陛下はクスクスと笑う。いまの、面白かっただろうか?

 確かにアレクは時折妙なジョークを言っていた。

 "俺はあと1000年生きるぞ"などは印象深い。


「……失礼。実はあなたに手紙を預かっているのです。あなたがここを通ると感づいていたのでしょうね」


 ヒューイが身を低くしながらトレーに乗せた手紙を持ってくる。

 拝見いたしますと伝えながら俺はそれを手に取った。

 宛名は俺の名前。差出人はアレキサンドルス・エバーラウンズとある。

 どれも達筆な、彼の筆跡である。


「……お爺様から?」


 ──


 我が孫、ユリウス・エバーラウンズへ


 これを読んでいるのであれば、ザビー皇国へ着いたのだろう。

 息災で何よりだ。


 賢いお前であれば、紺碧龍の居ない道のりでアリアーへ向かうと踏んでいた。

 故にこの手紙をザビー皇帝陛下に預けることとした。

 彼女は俺の古い知り合いでもある。

 困ったら頼りなさい。

 ディティス列島帯行きの船の手配も先に頼んでおいた。

 時期によっては少々待つことになるやもしれんがその世話も押し付けてある。

 長旅の疲れを存分に癒すが良い。


 デニスもサーシャも元気だ。

 イリスは既にクロム魔術学院への入学を決めている。

 皆がお前の帰りを待ち望んでいる。

 お前がイングリットの土を踏むまでは俺も死なん。

 俺が魔術師の弟子になどと言いだしてしまったがためにお前には苦労をかけた。

 謝らねばならんことばかりだ。

 早く帰ってこい。

 待っている。


 エバーラウンズ家 当主

 アレキサンドルス・エバーラウンズ


 追伸


 最近、アリアー大陸にも赤黒い色の魔物が出るようになった。

 手強い相手だ。じきに各国の精鋭が討伐に動くだろう。

 お前は俺に似ている。

 くれぐれも義勇に駆られて手を出さぬように。


 ──


「ということです。エバーラウンズ卿。我が国の危機を救った英雄からの頼み。聞き届けるのが筋というもの。故に我がザビー皇国は貴殿らを客人として迎え入れます。船も宿もこちらで用意しましょう。世話は全てヒューイに一任します。何かあれば声をかけなさい」

「……重ねてお礼申し上げます。皇帝陛下」


 深々と頭を垂れた。


 いやはや、本当に祖父には頭が上がらない。

 まさか皇帝陛下と知り合いで、その上自身の孫の世話を押し付けるとは。

 ありがたく享受しよう。


「私からの用事は以上。下がって結構です。エバーラウンズ卿。」

「ハッ!」


 先にエルディン達を外に出して、最後に部屋から出る前に簡易礼で頭を下げる。


「ユリウス・エバーラウンズ。近いうちに顔を出しなさい。私的な用件で話があります」

「それは、急務でしょうか?」

「いいえ。年寄りのお節介です」

「わかりました。では近いうちに」


 柔らかな笑みを口に浮かべる皇帝陛下。

 もう一度頭を下げた後に、俺たちは宮殿を後にした。


 俺たちは一国の客人となった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ