閑話 「敗走の先へ」
《レイムゥ視点》
「おぇえぇぇ……。」
地に着いたというのに体の内側が揺さぶられ続けている。
縦横無尽に飛び回った胃袋は完全に制御が出来なくなってひっくり返ってしまった。
ひどい目にあった。
胃の中身が全部出るまで吐き出している。
こんな姿を誰かに見られたくは無いが……。
「オイオイ、大丈夫かよ。レイムゥ。」
「大丈夫なわげぇぇ……っ。」
再び胃液を吐き出す。
こういう時にお構いなしに背中をさすってくれるのはありがたい。
「あー、すげぇ顔だな。水要るか?」
アーネストはいつもの調子だ。
あれだけ体中揺さぶられたのに、平気な顔をしている。
「……そっとしといて……。」
ただでさえ私は船に弱い。
その上空を飛ぶ船で、あんなに揺さぶられたのだ。
正直生きた心地がしなかった。
まぁ、こうやって地面に脚をつけて居られるだけましではあるけれども。
「姫様、ここまでなってしまってはもうだめです。放棄するしかありますまい。」
「放棄などあり得ませんわ。ひとまず隠して修理のめどを立てますのよ。」
麻袋姫こと、エレノアが腕を組んでそれを見上げている。
数人の従者が荷物を運び出し、執事長のホマレフが損害の状況を伝えている。
壊れてしまったその船は、そのへんの普通の船大工などでは到底修理など出来ない。
秘されし影の賢翼号。
各国が1隻は保有するという、海ならざる物を渡る船。
そのうちのひとつであるこの船は王族アドニス家のとっておきの秘宝だった。
空を飛び、街から街までを目の回る速さでつなぐその船は翼をもがれて地に伏していた。
場所は雪の降るテルス大陸南東部。
岩肌の多い海岸沿いに秘されし影の賢翼号は落ちた。
本当に一掴みの従者と主、そして私とアーネストを乗せて王宮から敗走した。
私たちは、第7王女エレノア一派は王位継承争いに敗北したのだ。
最初こそ、エレノア王妃は優勢であった。
多くの大臣たちを味方につけ、国内でも有数の兵力を従えていた。
勝ちは目前というところまで来ていたはずだった。
しかし状況が変わったのは一瞬だ。
前国王死去の知らせを受け、王座の間に出向いた時には遅かった。
そこに居たのは第3王子アラン・アドニス・ベルティアナ。
彼は自らに手で前国王。すなわち父親の首を刎ねた。
そして高々と首を掲げるとともに自らが王であると宣言するや否や、大臣も衛兵も皆示し合わせたように彼の軍門に下った。
第1王子ですらも、アランに傅いたのだ。
理由は、定かではない。
しかし数名の衛兵たちがその仕掛け人らしき者の姿を目撃していた。
黄色の趣味の悪いドレスに、醜悪な人相の女。
《微笑》と呼ばれる魅了魔術の使い手が首都ベルティスに潜り込んでいたというのである。
もし本当であるのならば、大臣を始めとした国の要人たちは《微笑》の手に落ちていたとしても不思議ではない。
《微笑》は誰かに王宮へ招かれたのだ。
穴という穴を潰し、暗殺組織の出入りすら完全に潰したはずの首都への侵入はもはやそれ以外考えられない。
エレノアは、数の上でも、忠誠の上でも裏をかかれてしまった。
信じていた者たちはほぼ全てが敵側に回った。
同じ鎧を着た衛兵同士で殺し合う凄惨な王宮から私たちは撤退を余儀なくされた。
船にあった非常用の備蓄食料と皮袋1つ分の魔石。
エレノアをはじめ、従者と護衛。合わせて6名。
それらを乗せて命からがら秘されし影の賢翼号は難を逃れた。
が、それほど簡単に追っ手は逃してくれなかった。
何もなかった海上にいくつもの竜巻が現れたのである。
それも、意思があるように船を執拗に追いまわした。
アラン王子一派の中には恐ろしく腕の立つ魔術師が居るようだった。
海の上、王城から遥か先まで魔術を届かせる精度と威力。
そして大魔術を行使できるだけの技量。
風の大魔術"暴虐なる翼神の残影"。
街を城壁ごと吹き飛ばすような災害級の魔術が私たちを襲った。
うねる風と襲い掛かる波のはざまを縫うように小舟は必死で進み、最後の最期で力尽きた。
それがこの一晩での出来事である。
「お互い怪我が無くて良かったなぁレイムゥ。生きてりゃ何とでもなるってもんだぜ?なぁ姫さん?」
「そうですわね。状況は最悪ですがひとまずはそれを喜びましょう。素っ裸に剥かれたわけじゃありませんもの。まだまだ出来ることはありますわ。」
意外にもエラ。もとい。エレノア姫は冷静だった。
そう言えば彼女は人攫いにあったのだったか。
先ほど言ったように素っ裸にひん剥かれて海賊の船で1か月ほど勾留されていたらしい。
それを助けたのが他でもない。あのユリウスだ。
彼は人助けから逃れられない星の下に生まれたらしい。
彼の名は既に首都ベルティスにまで届くほどには有名だ。
そう思っている端でエレノアは懐から地図を取り出して今いる場所の目星をつけ始める。
国王が替わり、新体制になればベルガーも変わる。
おそらくはより人族贔屓の暮らし辛い国になるだろう。
そうなれば、いつかは誰かが反旗を翻す。
ここにいるエレノアのような志の者が。
であれば、今後とも彼女が狙われるのは必然だ。
さっさと身の安全を確保してしまわない手は無い。
「航路から考えれば……。あら。幸運ですわ。まだまだ運命の女神は私を見放しませんのね。」
ウフフと彼女は笑う。
彼女の指が示した場所には大きな都市がある。
それほど遠くないその場所は湖の上。
土魔法で1から作り上げられた人工島は年々大きくなり、今では湖全てを囲うほどの大きさとなっている。
未だに成長し続けるその街は名前を知らぬものなどいない。
「魔術都市クロムか。悪くないな。」
「そうね。いま隠れるなら最上の場所かも。」
魔術都市クロムは独立した自治権を持つ大きな都市だ。国と言っても良い。
《大魔道》ダン・クロム・エシュテンバッハを王に頂くその都市は魔術の最先端が集まる街。
当然弟子となる魔術師の数も多く。人口は街という単位であれば最大。
街をぐるりと囲う壁に、凝った彫刻が立ち並ぶ街。
魔道具や魔術の杖などの制作も盛んな商業都市でもある。
そのうえ大魔道ダンは大のベルガー王政嫌いである。
国王一派もそう簡単に衛兵の派遣など出来ないはずだ。
……でも、エレノア姫もベルガー王族なのだけど良いのかしら……?
「悪くないねぇけど姫さんよぉ。良いのか?《大魔道》は王族嫌いって噂だぜ?うまく都市の中に入れる保証はねぇぞ?」
私の代わりにアーネストがそれをいう。
放っておけば会話が進むのだから楽だ。
私はもうしばらく吐き気と戦っていれば良い。
「あら?私の変装技術をお疑いになられますの?この通りですのに。」
麻袋をグッと深くかぶり直しながら彼女は言う。
(まぁ、王族がこんな格好するわけないわよね。普通。)
例え首から下が王族に相応しい光沢のある群青色のドレスであっても、その頭では奇術師にしか見えない。
彼女の素顔を見たのは王座の間に駆け付けた時と、一緒にお風呂に入ったときだけだ。
せっかく美人なのだから、もっと素顔を出せばいいのに。
王族なりの理由があるのかと思えば、彼女は「趣味ですの。ウフフ。」という。
このお姫様は私の知っているお姫様という概念からだいぶ外れていた。
「ホマレフ?食料はどれほど持ちそうですの?」
「切り詰めても7日ほどですな。水は魔法で何とかするにしても補給は早めが良いかと。」
「一番近い村までは歩いて10日といったところですわね。死にはしませんが……。」
「姫さん。冬のテルス大陸を舐めちゃいけねぇ。」
ピシャリと釘を打ったのはアーネストだった。
「ベルガーの雪も大概だが、テルスの雪は並大抵じゃねぇ。手を伸ばした先がもう見えないなんてこともある白い闇だ。この風の匂いだと数日中に嵐が来る。丸2日は動けねぇ。このまま動けば間違いなく死ぬ。」
「では、もう打つ手は無いと?」
「いいや?最短ルートからは外れるが、良い隠れ里がある。ここだ。」
彼はビシィと地図に指をさした。
鋭い爪が突き破り穴が開く。
「あ、いけねぇ。」
「あんたねぇ。もう少し加減しなさいよ。ただでさえ馬鹿力なんだから。」
「それでこちらにはどんな里がありますの?」
話を戻すべくエレノアが言い合いを遮った。
「ん、まぁ。あれだ。人狼族の里よ。俺とおんなじような頭の連中が狩りをしながらひっそりと暮らしてる。」
「ってことは、まさか。」
「そ、俺の実家だ。」
アーネストは照れ臭そうに頬をポリポリと掻いた。
「早ければ明日には着く。この時期は冬ごもりの準備もしてるだろうから毛皮も肉もたくさんある。枯れた大樹の森をねぐらにしてるから薪にも困らない。嵐をやり過ごすにはもってこいだ。どうだ?」
「どうだ?って言われても。」
そこしかない。
今の装備や食料を考えれば他に選択肢はないだろう。
アーネスト本人もなにやら帰りたがっているように見える。
隠している気でいるならその尻尾を止めた方が良い。
先ほどから右に左にフリフリとあわただしく動いている。
「決まりですわね。アーネスト。道案内は任せてよろしいのかしら。」
「良し来た!この辺りは庭みてぇなもんだ。眼を瞑ってたって迷わねぇぜ。」
「ではお願いしますわ。ホマレフ!」
エレノアの一声で彼。ホマレフが飛んでくる。
モノクルをかけ、左右非対称に固めた髪形の彼。
護衛も兼ねたこのホマレフという男は初老の人族だった。
エレノアの育ての親でもあるという彼はあの年でアーネストと渡り合えるほどに腕が立つ。
しかも素手で。
執事服の下には鍛え抜かれた筋肉と刻まれた生傷が隠れている。
当然長く戦うことはできないが、それでも信頼のおける人物だ。
「ひとまずは明日の朝に供えます。毛布を出してくださいまし。」
「かしこまりました。姫様。」
「アルマとセナにも休むように伝えておいて。明日は早いわ。」
「承知いたしました。」
アルマとセナはエレノア専属のメイドだ。
まだ年端の行かぬ若い女衆ではあるが、ホマレフと同じく戦闘が出来る。
護身術程度ではあるが、その辺の冒険者よりはよっぽど強い。
普段お茶を出すばかりの彼女たちであったが、彼女らの長い丈のスカートの内側には常に短剣がある。
「どんな時でも戦えるようにしておくのが淑女の嗜み。」
というのが彼女らの親の方針であるらしい。
「それではそういう事で。」
「あぁ。夜襲の備えは俺でいいか?」
「以上の適任がいますの?」
それはそう。
鼻が良く、耳も良い彼。
その上に夜目も効く。
彼以上の適任はまずいない。
「へいへい。じゃ、いつも通りな。レイムゥも寝ろよ。」
「言われなくてもよ。」
「そう言っていつもコソコソゴリゴリ薬作ってんのは誰だったかな。」
「うるさい。」
余計なお世話だ。
私の武器は弓。
森の耳長族に伝わる伝統武器。
しかし鎧の騎士相手には効き目が薄い。
だから日々麻痺毒を準備している。
私は受けた仕事には万全の準備をして挑む主義だ。
「不安で寝れないんだったらいつでも言えよ。子守歌ぐらいならいくらで─ぐあっ!?」
「おやすみ。」
横っ腹に拳を打ち込んで彼に背を向けた。
アイツはヘラヘラしているようで時々人の芯を突いて来る。
アーネストの言う通り、私は不安だ。
弓の腕に陰りは無い。
狙ったところをピタリと射抜くなんて造作もない。
しかしここ最近負けが立て込んでいる。
レインの。アッパーブレイクの時もそうだ。
子供の暗殺集団の襲撃の時も、今回の敗走もそうだ。
私の弓はそれほど役に立たなかった。
(私も魔術を学ぼうかしら。)
ユリウスの使う魔術。
たしか雷轟の射手とか言っていたか。
あれなら弓とさほど変わらぬ感覚で使えるかもしれない。
詠唱の必要ない威力のある魔術を入手できれば、少なくとも弓が壊れることを気にしなくとも良い。
矢が無くなることも気にしなくて良い。
唯一の取り得を捨てるわけでもない。
使い分けというのはいつだって重要だ。
「レイムゥ?また難しい顔をしていましてよ?」
エレノアにムニと頬を指で摘ままれた。
「氷のような眼差しも素敵ですけども。やはり女性は花であるべきだと思いますの。」
「善処するわ。エレノア。おやすみ。」
フッと肩の力を抜く。
なんにしても魔術に関しては魔術都市クロムに着いてから考えよう。
まずはアーネストの故郷とやらにたどり着くのが先決だ。
サッサと毛布に包まり、私は寝息を立てることとした。
「私で良ければいつでも夜伽のお相手をして差し上げましてよ。」
「お姫様早く寝ていただけます?」
この王族、本当に負けたという自覚があるのかしら……。
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その夜。
私と背中合わせになるような状態で寝たエレノア。
彼女は、声を押し殺して泣いていた。
麻袋を被ったままだ。
呼吸も苦しいだろうに。
「ジェフ。ヘンリー。スーラン。グレッグ。コディ……。皆。ごめんなさい……。」
それらはエレノアの親衛隊の名前だった。
人族の気の良い、忠誠心にあふれた彼女の護衛達。
優秀な騎士たちは最後までエレノアの為に戦い、命を落とした。
日ごろは飄々とした頭のおかしな女を装う彼女。
きっと麻袋も、普段寝付けない彼女の目元にあるクマ隠すためのものだ。
エレノアの行く道は血に濡れている。
それも敵ではなく彼女が守りたかったものであり、彼女を守ったものの血。
その先にある物を、彼女はあきらめていない。
血濡れの王。
幼い頃に感じたその欺瞞を正すために王になるのだと彼女は言う。
ほっとけ置けばいいのにといつも思う。
国は回る。
人々は放っておいても勝手に営みを続ける。
多数の幸福のために幾つかの不幸があるのは当然のことだ。
仕方ないことだ。
例えそのどちらに着くかすら選べない者が居ても。
仕方のないことのはずだ。
この世の中はそれほど弱者に甘くはない。
その法則に立ち向かい、ましてや正すなど不可能に近い。
彼女がそこまで心を痛めてまで王になる必要はないはずだ。
(ま、止めたところで聞かないんでしょうけどね。)
それでも、彼女に付き従う物好きは居る。
少なくともここに5名。
その間は、せめて泣く時間くらいは私たちが稼ごう。
王になれば、泣くことなど許されないのだから。
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翌朝。明朝。
秘されし影の賢翼号を草木で覆って隠して出発した。
細い川をさかのぼりながら、アーネストは一切迷わずに森を行く。
雪で覆われた真っ白の景色。
目印らしいものも無いのに彼の脚はまっすぐにそこへ着いた。
「おー!着いた着いた!ちっとも変わってねぇなぁおい!」
嬉し気に尻尾を揺らすアーネスト。
彼の言う通り、次の日の昼には人狼族の隠れ里に到着した。
(ここが人狼族の里。)
見渡すのは雪で覆われた枯れた大樹の森。
4本ほどの既に枯れた木は中がくりぬかれており、煙突や窓が取り付けられている。
脇には薪置きようの小さな屋根に、斧と切り株。
隣接する小屋の中には首輪をつけられた数頭の野犬に、かごに入れられた鱗鶏。
こじんまりとしたその村には柵すらない。
魔族の故郷は各地にあるが規模が小さく地図に乗らないことも多々ある。
それは彼らが魔族というくくりに入れこまれただけの希少種族であることが起因している。
人族と対を成すほどに数の居るのが魔族とされているが、その実がこれだ。
さらには人狼族にも頭の形で種類が別物なのだという。
ほとほと歴史を書き記した者は怠慢だ。
「アーネスト!?生きとったんかお前ぇ!!」
そんな野太い声が私たちを迎えた。
アーネストと同じような顔の老いた人狼族。
コートと鍔のある帽子を被ったその人は体は大きいが、背中が丸まっている。
幾分かアーネストより尻尾が長いか?
「爺ちゃん!!生きてたのかよ!!とっくに死んだとおもったぞ!!」
ガッハッハッハー!と互いに笑いながら彼らは抱擁を交わす。
頬擦りするような独特の抱擁はどこか微笑ましい。
その間にも何事かと村人が顔を出してくる。
皆一様に狼の顔をした人狼族ばかり。
誰しもがアーネストを知り、彼に声をかけた。
「紹介するぜ!この村の村長で俺の爺ちゃんのローガンだ!もう200歳になる死にぞこないだ!」
「誰が死にぞこないだって!?ワシはあと1000年生きるぞ!!」
ガッハッハッハッハー!
「賑やかですのね。村長が元気な村は良い村ですわ。」
エレノ……じゃなかった。
エラも心なしか嬉しそうだ。
王様が危篤になってからというもの、一瞬も気が抜けない日が続いていた。
これだけ能天気な笑い声が響けば、少しは気が解れるというものね。
ちなみに今は全員従者が着るコートを身に着けていた。
おかげでアーネストの機嫌はとても良い。
テルス大陸は極寒の地。
金属製の鎧もドレスも場不相応だ。
鎧に至っては皮膚が張り付いて大変なことになる。
「おうアーネスト。このツルツルのお客人は何者だ?」
「あー、それなんだがよー爺ちゃん。」
事情を説明するアーネストの裏で私とエラがひそひそと話す。
「……ツルツル?どういう意味ですの?」
「人狼族たちから見れば私たちは毛の無い種族。だからツルツルとかスベスベだなんて呼ばれるのよ。」
「まぁ!確かにそうですわね!ウフフ。ツルツルだなんて。私たちちゃんと大人ですのにね。」
そういう意味では無……くもないか。
いつか酔ったアーネストが言っていたな。
「人族も耳長も毛がねぇんだよなぁ!赤子を抱くみたいでいけねぇよ!色気がないぜ色気がぁ!」
だったか。
ムカつく話だ。
こっちはお前の好みに合わせて手入れをしているわけでは無いのだから。
「旅の芸人集団?座長?お前がぁ?」
「おうよ!結成したばかりだけどなー。」
この第7王妃一行は現在そういう集団ということになっている。
座長であるアーネスト率いるその名も"お日様芸人旅団"。
いかにも間の抜けた名前であるそれにエラは大賛成だった。
本来、姿を隠しおくべき私たちがあえて目立つことで王妃様の足跡を上手くごまかす作戦。
……らしい。
(なんでもいいけれど、ちょっと不用心すぎない?)
スッと周りに視線を巡らせる。
この辺りは枯れ木の森。
視界も開けていて、弓での狙撃があれば良い的だ。
あの半端者の始末屋が居ればとうの昔に脳天を射抜かれている。
(あれ?そうでもないわね。よくよく見ると……。)
絶妙に足場が無い。
そこに枝があれば。あの木がもう少し横にずれていれば。
あの屋根さえなければ。
などと思うような、非常に惜しい森だ。
(もしかして、わざと?)
「おーい。レイムゥ。」
アーネストの声でハッと我に返る。
「とりあえず嵐が過ぎるまでは匿ってくれるってよ!寒ぃから早く入れよな。」
「今行くわ。」
繰りぬかれた枯れ木の家から呼ぶ彼に返して私もそちらへと足を進めた。
「ここが俺が育った家だ。丸ごと貸してくれるってんだかありがてぇよな。」
アーネストの実家だという家の中は暖かい。
暖炉もそうだが、壁一面に赤土を固めた石が積まれている。
それが熱を反射しているようだ。
そして毛皮。
「これ、巻尾の大角獣の毛皮ですわね?こんな立派なもの初めて見ましたわ。」
「そいつは俺が10歳の頃にとっ捕まえた。ここまで運ぶのに苦労したぜ。」
エレノアが壁にかけてあるそれをマジマジと見ている。
王族が目を見張るほどのそれは素人目に見ても大きく分厚く質が良い。
少なくとも30年近くここにあるということになる。
手入れも行き届いているそれは手触りも良い。
やはりテルス大陸の毛皮加工の技術はすごい。
輸入されたローブが高価なわけね。
ついでに言うと巻尾の大角獣は希少な角のある草食の獣だ。
私たち弓使いとしても人生で1度くらいは射抜きたい獲物である。
と。
「「おじさんおかえりいいい!!」」
バンと扉が開いて小さな人狼族たちが大挙して押し寄せた。
「こら!扉は静かに開け閉めするようにって父ちゃんに教わらなかったのか!!」
などと口うるさく言っていはいるがアーネストの顔つきはすでに親戚のおじちゃんだ。
「「「…。」」」
私も含めた女性陣、エラ。アルマ。セナ。
全員が息をのんだ。
ホマレフすらも頬を緩めている。
(か……。)
モフモフ。
モフモフモフモフ。
(かわいい……!)
アーネストの荒っぽいたてがみとは違う。
フワフワモコモコの毛並みの子供たちがそこに居た。
耳も丸っこい。
目も真ん丸。
冬毛なのか、真っ白の綿毛に包まれた獣人族の子供たちがアーネストを押し倒してじゃれついている。
アーネストはどうでもいい。
だが、この子供たちは別次元。
「おうお前ら、俺のお仲間たちにも挨拶しろ?人族のあいさつだかんな!」
「「「こんにちわー。」」」
「はい、こんにちは。可愛いあなた?」
エラが慣れたようにしゃがみ込み一番手前の子に挨拶をする。
そして流れるように頬に手をやる。
ポスと置かれた手は柔らかな毛並みに深く埋まった。
フカフカだ。
「…可愛い。」
普段喋らないセナの口からもそれが漏れた。
もはや満場一致。
「あらら?あららら?」
あららという間にエラが今度はじゃれつかれる。
毛玉に襲われるエラは両手で彼らを抱きしめている。
幸せそうだ。
「も、もうこの子たち全員妾にしますわ!!!」
「エラ様。それはご容赦ください。」
ホマレフに止められるエラ。
ひとまず私たちは嵐が過ぎるのをこの村で待つこととなった。
「あ、ちなみに人狼族流初めましての挨拶は股座に顔を突っ込んで臭いを─。」
「言わなくていいから!」
---
その夜。
全員が寝静まった後も私は起きていた。
小刀でカリカリと木を削る。
作っているのは矢だ。
さすがは肉体派の人狼族の村。
弓も矢も当然村に存在しなかった。
慣れた手つきで切り込みを入れればポロリと木が落ちる。
特有の捻りが入った耳長族の遠矢。
耳長族でも知っている者は限られてくる伝統的な加工だ。
魔術が耳長族にも普及して以降それなりに廃れてしまった。
髪を編み込むような古風な耳長族であれば知っていても不思議はないが。
(……あいつ……。)
子供の暗殺集団に混じっていた始末屋の耳長族を思い出す。
半端者の、耳の短い耳長の少女。
いまだにあいつの顔が脳裏に張り付いている。
敵を目前に泣き出してしまうような未熟な始末屋。
取り逃したというそれではない。
ただ、もしかしてが。頭から離れない。
─ユー……リィ……。
ユーリィ。
それは耳長訛りの呼び方。
正しくは、ユーリ。
(考えてもしょうがないでしょ。)
ハンと小さく息を吐いて土魔法で矢じりを作る。
組み合わせれば、一切歪みの無い真っすぐな矢が1本出来上がる。
次は無い。
いままでは衛兵だの城壁だので守られていた。
数で押されても少々は鍵を閉めた寝室にエレノアを放り込んでおけば済んだ話。
だがこれからは違う。
たとえ魔術都市クロムといえど、安全地帯でない。
どこに、どんな敵が居るかわからない。
わかりきっている敵はそうそうに除去しなくてはならない。
受けた仕事はやり遂げる。
それが私の。
カッコイイ冒険者たる私のせめてもの流儀だ。
(……次は無いわよ。半端者。)
出来れば、今度は会いたくない。
どこか適当な所で野垂れ死んでいればいい。
私らしくない消極的なことを考えながら寝転がって眼を瞑った。
人物紹介
ホマレフ 60歳 人族 男性
とうの昔に引退しているべき年齢の執事。
一切余念のない鍛錬により彼の全盛期の肉体を保っている。
エレノアの育ての親であり、教育係でもあった。
魔術一般は使えるが、「拳に勝る武器など無い」と豪語している。
アルマ 19歳 人族 女性
エレノアに使える長髪のメイド兼護衛。
本職はメイドの為、あくまでも護衛業務はおまけ程度の実力。
短剣の扱いに長けており近接戦から投擲までをそつなくこなす。
セナの双子の姉で同郷である。
セナ 19歳 人族 女性
エレノアに使える短髪のメイド兼諜報員。
本職はメイドであるが、彼女は腕っぷしの方に自信がある。
潜入変装に長けており、メイク1つで男装もこなす。
秘かにレイムゥに思いを寄せている。




