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第五十二話 「男の子心」

 翼竜討伐とシエナの誕生祝いの次の日。


「ユリウス。ユリウス。起きて。」

「…んー…あと5分…。」

「ベタなこと言ってないで起きてよ。」


 宿の床で雑魚寝している俺を起こす人物が居た。

 エルディンだ。

 既に彼はフル装備でその場に居た。

 相変わらず銀色の軽装備とか、銀髪とか。

 トータルコーディネートの色合いがとても決まっている。


「ちょっと2人だけで出かけたいんだ。」

「…。」


 なんだ?デートか?

 じゃあせめてエルディーヌの恰好で誘ってくれ。

 男とデートはしたくない。

 誘うんだったら磯野野球しようぜ的なフランクさで頼む。


 首をひねってベットの方を見る。

 シエナとイーレがそこで寝ている。

 レディーがベットを使うのは当然のことだろう?

 ちなみにロレスは宿の入口辺りの椅子に脚を組んで眼を瞑っている。

 相変わらずだ。

 肩がこらないのだろうか。

 いつでもお揉みしますよ?ぼくぁ。


「…なんで?」

「見てほしいものがあるんだよ。早くしてくしてくれ。」


 そんな言葉と一緒に降ってきたローブを受け取りながらひとまず寝間着を着替える。

 窓からは朝日も入っておらず、まだまだ真っ暗だ。

 そもそも龍の翼の陰なせいで直射日光は入っては来ないが。


 あぁぁ。たまの休日ですよ。

 日が昇るまで、何ならお昼過ぎるまでしっかり寝て居たかった。

 見て下さいよあそこのシエナの寝顔を。

 マジ天使。そうエンジェル。

 一生眺めてられるほどの可愛い寝顔だ。

 ご丁寧に昨日のプレゼントを抱えて眠っているじゃありませんか。

 お父さんは嬉しいよ…。

 イーレも真ん丸の寝相が可愛らしい。

 クアトゥ商会の露店で買った首飾りは彼女に強奪されてしまったが、それも一興だ。

 はー癒される。

 カメラがあればひとまず1枚収めておきたい。

 彼女の結婚式のときにスライドショーで流して号泣するドミトルが見たいわ。


「んで、どこに行くのさ。」

「街のはずれにある遺跡だ。今から出れば行って帰ってで日が暮れるまでに終わる。」

「結構遠いじゃんか…。」


 ぶちくさ言いながら着替えを終わらせてローブに袖を通す。


「杖と帽子も忘れないでね。」

「俺の体の一部だぞ。忘れるもんか。」


 眼を瞑っているままのロレスに行先だけ告げて、俺たちは出発した。

 …あれ?ガチ寝してない?

 やっぱりカメラは要るな。

 何とかして作ろう。


 ---


 そんなことが大体3時間ほど前。


 朝日が昇る遺跡地帯。

 紫色の空の下、白色の柱が立ち並ぶその場所。

 振り返ればかすかに灰白龍(ユグ・マラク)の翼が見えるそこには、地面にぽっかりと穴が開いている。

 垂直にどこまでも深く開いた竪穴。

 壁面には虫型の魔物もちらほら見れる。


「何ここ。」

「遺跡だよ。」


 いや、遺跡だよて、そもそもこの辺は遺跡しかねぇじゃん。


「ほんとはもっと後からでもいいんだけど、ここまで来たから君の意見も聞きたい。」

「だから、何の意見だよ。」

「それは下に降りてからのお楽しみだ。さ、降りようか。」

「ロープは?」

「魔法があるだろ?」

「高いぞ。」

「ケチか!いいから早く!勇者命令です!」


 何だそれは、サ〇ラ〇ズのアニメか。

 勇者命令エルディン。


 ため息を吐きながら杖に魔力を送る。

 熱輪が燃える風を吹き出しながら星雲の憧憬(ネビュラ)が起動する。


「おんぶで良いか?」

「なんでもいいよ。とりあえず降りよう。」


 よっこいしょと声をかけながらエルディンをおんぶする。

 思いのほか彼は軽かった。筋肉の感じだともっと重いと思ったのに。


「ちゃんと飯食ってる?」

「そういう風に調整したんだよ。体の組み換えはボクのスキルなんだってば。」


 まじか、なんちゅう出鱈目スキルだ。

 というかそれ、役に立つのか…?

 いや、役に立つか。エルディーヌは最たる例だ。

 顔も変えられるのであればそれは誰にでも化けられるということになる。


 妙な納得をしながら、ヒョイと穴に飛ぶ。

 熱輪はヒィィィンと甲高い音を上げながらゆっくりと出力を上げていく。


「い、いいぞ。ボクは眼を瞑ってるから底に着いたら教えてね。」

「…怖いの?」

「…ちょっと。」

「ふーん…。」


 まぁ、耳元でギャーギャー騒がれても癪だ。

 ご指定通りゆっくりと降りてやるとするか。


「あ、壁の魔物が襲い掛かってきたらよろしくね。」

「お前なぁ…。」


 などと言いながら大穴を下降する。

 壁に張り付いているのは二股毒蠍(デュオスコーピオ)

 ランクとしてはBだが、毒が面倒な敵だ。

 また、そいつらは叫び声を上げる。

 それに仲間たちは獲物の気配を聞きつけて寄ってくるのだ。

 炎に弱い敵なのでそこまで苦労するようなことは無いが、刺されるとアホほど痛い。


 炎魔法であれば、すでに目線を向けるだけで発火できるようになっている。

 迎撃にはそれほど気を使わなくてもよさそうだ。


 徐々に光が遮られていき、穴の中は暗くなっていく。

 かなり深い。

 昇るのに時間がかかりそうだ。

 熱輪の光だけが辺りを照らす。

 何やら壁に光を反射する石が時折見受けられた。

 魔石だろうか。気にはなる。


「つ、着いたかい?まだ?」

「まだ。おとなしくしてな。」

「うん…。」


 震えるほどではないにせよ、彼はギュッと目を瞑っているらしい。

 高いところが苦手だというのは勇者の意外な弱点だ。


 しばらくして底が見えてきた。

 トスンと着陸して、エルディンを降ろす。

 地面は地表と同じ赤茶色の砂ではあるが、湿ってしっかりと踏みしめることが出来る。

 上を見上げれば穴の入口はコインほどの大きさになっていた。かなり降りて来たな。


「汝、道を示せ。」


 取り出したりますは輝照石のランプ。

 コンパクトなこのランプは大体ローブの内ポケットに収納されている。

 呪文を唱えれば、ぼんやりとした灯りに周りが照らされた。

 普通の(?)蠍やらゲジゲジみたいな足がたくさんある虫たちがザーッと逃げていく。

 なんか、こんな感じのシーンを昔映画で見たな。帽子被った冒険家の映画。


「…俺、高いのより虫の方が嫌だな。」

「ボクは高い方が嫌だ。…と、こっちだ。」


 彼が示す先には横穴が空いている。

 掘られたというよりは、ひびが入ってそこから崩れたような感じだ。


 そこから彼は迷いなくヒョイと降りた。

 どうやらエルディンはこの場所に来たことがあるらしい。

 たしか彼は16かそこらだと言っていたか?

 そんなに歳は変わらないのに随分いろんなところを回っているようだ。


 孤児として生を受けた彼は誕生日がはっきりしていないらしい。

 そのうちお祝いしてあげなければ。

 俺は自分がそうしてもらえなかったから、せめて周りの誕生日くらいは大事にしたいのだ。

 そういう男が1人くらいいてもいい。


「ユリウス!はやく!」

「シエナの真似してんじゃねぇ!はっ倒すぞ!」


 朝起きたら30代独身男性会社員になってしまう呪いをかけてやろうか。


 同じく横穴からヒョイと降りる。

 その先は通路になっていた。

 洞窟ではなく通路。

 石でできた壁、床、天井。

 輝照石の光をほのかに返すそれは、以前に見たことがある。


「龍人族の遺跡だ。半分が埋もれてしまっているけどお目当ての物までの道筋は知ってるし、魔物も出ないから安心してほしい。」

「そろそろ何があるか教えてほしいんだが。」

「遺産。とだけ言っておくよ。」


 彼は意味ありげに笑いながら先を行く。

 その後ろを歩きながら彼の背中を見つめる。

 輝照石の明かりが左右に決まった幅で揺れながら、無言で歩く。


「…少し、話を聞いてくれるかな?ユリウス。」


 特に前触れもなく、エルディンは前を向いたままで口を開いた。


「なんだよ。」

「うん、これからの事を話しておきたくて。特に、君が家に帰った後の話だ。きっとご家族と過ごすだろうし、ボクの戦いに巻き込みたくない。だから、何人か注意人物をあらかじめ教えておこうと思うんだ。」

「注意人物?」

「そう。ボクの敵だよ。」


 敵という言葉に、彼の内にある殺意のような物を感じた。

 すこし眉をひそめながら、エルディンの言葉に耳を傾ける。


「まずは《微笑》のガブリエラ。彼女は魅了魔術を使う。何が引き金になるかはわからないが、彼女の術中にハマったものは皆彼女の虜になる。たとえ死ぬことになっても身を挺して彼女を守るし、こちらの話に一切耳を貸さない。完全に彼女の操り人形になってしまうんだ。黄色い派手なドレスの不細工な女だからすぐわかると思う。」


 スイと別れ道を右に曲がり、彼は続ける。


「次に《隠し剣》ザンピエリ。彼は見るたびに姿が変わっているから名前以外に正体がつかめてない。何度も国の要人を殺された。正面から戦えばそれほど苦労はないけど、奴の本職は暗殺だ。もし見つけても深追いしてはいけない。やつが姿を現したときは、とどめを刺しに来るときか獲物を誘うときだけだからね。」


 崩落した天井。落ちてきた土砂のわずかな隙間を潜りながら彼はふぅと息を吐く。


「それから、ベルガー王族第3王子の妻。アイアナ・ベルティアナ・キングソード。彼女は戦力としては直接的に脅威はない。けども、首都ベルティスを始めとしたベルガー大陸主要部の要人と強いつながりがある。第3王子も彼女の傀儡だ。近いうち彼が王位に就く。ベルガー王政は事実上彼女が支配することになる。」


 再び真っすぐに通路を進む。

 傾斜がついた階段を下りながら、徐々に徐々に下へと進んでいく。


「後2人。1人は名前のわからない仮面の男だ。黒いローブに白い仮面をつけていた。おそらくはキングソード家の派閥の誰かだと思うけども、調べても該当する人物はいなかった。もう1人はダレンという奴隷商人。」

「ダレン!?」

「知ってるの?」

「元アッパーブレイクの何でも屋だ。昔一緒にパーティを組んでた。」


 俺を衛兵に売った男でもある。

 忘れもしないぞ。あの守銭奴め。

 しかし彼は冒険者だったはずだ。

 …いや、身分を偽っていただけか。


「そうか、でも深くかかわらないで済んで運が良かった。彼は卑劣だ。行き場の無い子供たちを引き取る傍ら、その子供たちを使い捨ての傭兵として使役している。何かしらを弱みを握られるか、《微笑》に洗脳させられてみな命令を聞く羽目になる。…戦い辛い相手だよ。彼は。」

「…俺、もしかしたらダレンに着いて行ってたかもしれなかった…。」

「え!?」

「あ、いや。同じパーティの仲間がピンチだったからそっちの救援に動いたよ。死にかけたけど…。」

「…君の正義の心が、悪の誘いを跳ねのけた。みたいな?」

「そんなんじゃない。ただ体が勝手に動いただけだ。」


 奴隷商人ダレン。

 もしあの時レイムゥ達を助けに飛び降りなければ。

 恋愛バカ3人衆を見捨てて、保身を優先していれば。

 ダレンの後ろにのこのこと着いて行っていたら俺はそう言う輩に捕まっていたのかもしれない。

 …ぞっとする。

 そうなっていればエルディンにも会えず、シエナ達とも会えなかったかもしれない。

 いやな分岐点だったというわけだ。


「もし君の近くでそう言う輩が現れたら、ディーヌ孤児院にボク宛ての手紙を出してくれ。どこに居ても超特急で助けに行くよ。」

「頼もしい限りだよ。エル。」

「任せてよ。《銀の勇者》の二つ名は伊達じゃないからね!」


 彼なら本当に助けに来るだろう。

 赤き都シルバに彼が来た時と同じように。

 彼は往復2年かかるような距離を数か月で飛び越えてきたのだ。

 何かしらの手段があるのだろう。

 もしかしたら、エレノアみたいに空飛ぶ船を持っているのかも。


「ついた、ここだ。」


 一際大きな部屋に突き当たったところでエルディンは足を止めた。

 天井が高いのはわかる。

 しかし広すぎて、輝照石の明かりが端まで届かない。

 向こう側の壁は見えず、真っ暗闇だ。


「ユリウス。炎で周りを照らせるかい?」

「ん?あぁ。まぁ。」


 杖を掲げて、言われた通りに辺りを照らす。

 炎の赤い光が部屋を染め、それが目の前に現れる。


 思わず息をのんだ。


 壁にもたれかかった、からくりの巨人。

 外にあった白っぽい遺跡群と同じような見た目の材質のそれだ。

 だが、違うのは明らかに人の形を模している。

 龍のような造形の頭に、ずんぐりとした丸い胴体。

 肘から分かれた4本の腕に、2本の脚。

 いつか壁画で見たそれが巨大な杭で胴体を貫かれて壁に縫い付けられている。


 ぽっかりと口を開けて眺めるしかなかった。


 いや、わかる。

 俺には、いや、異世界人であるこの2人にはこれが何なのかがわかる。

 しかしなぜこれがこんなところにあるのかは不明だ。


「…()()()()?コレ。」

「わからない、()()()()()()は見つからない。」


 あぁ、やはりだ。

 エルディンもこいつに対して同じことを考えたんだ。


 驚いた。

 剣に魔法。そしてドラゴンの世界。

 エルフにドワーフに獣人。

 まさにファンタジーなこの世界だ。

 無いわけないとは心のどこかで思っていた。

 正直期待して居たと言ってもいい。

 砂の腕の魔物がいるのだ。

 土の人形の魔物もいるかもしれない。

 ということは、岩の巨人がいても何も不思議でもない。

 こいつはそう言う存在だ。

 ちょっと型式が違うが、俺はそっちの方が好ましい。

 誰だって、いや、男ならば一度は憧れる夢の存在じゃないか。


「…それじゃあ、ユリウス。君の意見を聞きたい。」

「いや、参ったわ…。」


 それを見上げながら俺は高揚を隠せずに吐息を吐いた。


「こいつは、ロボットだ。それも、人が乗って何かと戦うための。」

「そう言うと思ったよ。ボクも同意見だ。」


 エルディンも腕を組みながら俺に賛同してくれた。


「おそらく龍人族がひそかに作ってた人族に対する切り札だ。多分ね。」

「多分?」

「調査が進んでないんだ。こんなでか物、地面から掘り起こすだけでも大ごとだ。これの存在を知ってるのは本当にごく一部の限られた人間だけ。」

「…それをなんで俺に見せた?」

「好きだろ?こういうの。」


 エルディンは意地悪げに笑う。


 はい、そうです。

 大好きですとも。

 乗って操縦する巨大ロボットが嫌いな男の子は居ないでしょうよ!


「魔力を通したりとかの魔術的な実験はまだしてないんだ。暴れたらボクが始末する。もし使えるなら今後の大きな戦力になる。頼めるかな?」

「断ると思うか?」

「いいや。じゃ、始めようか。」

「おっしゃ!!」


 意気揚々と、俺とエルディンはその巨人へと躍りかかった。


 遺跡に眠る巨大人型兵器。

 ロマン以外の何物でもない。

 まぁこれを今から掘り出すのはまず無理だろう。

 でも、いつか。

 文明が進んで、遺跡の調査が進めばこれが日の目を浴びる日もあるかもしれない。

 そう思えばわくわくした。

 精神年齢43歳のユリウスは大興奮。

 時代をちょびっと先取るぞ。である。


 ---


 《シエナ視点》


「…ん…んん…。」


 寝ぼけた頭のまま体を起こす。

 昨日はちょっとはしゃぎすぎた。

 まぁ実際に飛び上がるほど嬉しかったのだからしょうがない。

 翼竜を倒すことが目的では無かった。

 しかしユリウスと一緒に戦って勝利したことが嬉しかった。

 ロレスにも認めてもらえたあの日、私はやっと私をひとつ許すことが出来た。

 弱い私。

 どうしようもなく無力で、誰かに守ってもらわなければならない矮小な私。

 私が食い殺すべき嫌いな自分を翼竜と一緒に葬った。

 そう言う記念日だ。


 ふと隣に目をやる。

 今日はイーレが隣で寝ている。

 彼女は獣人族だ。

 彼女の髪の毛の香りは不思議と心安らぐ。

 出来るなら顔を埋めて吸い込みたいが、きっと嫌がるだろう。

 獣人族は耳を触られるのを極端に嫌うという。

 そっとしておくべきだ。


 そろりそろりとベットを抜け出す。

 私だって、無差別に隣で眠っている人間をひっぱたいているわけでは無い。

 あれは全部ユリウスのせいだ。

 彼の顔が近くにあると、どうしてもそうなる。

 彼のことが好きである故、なのかどうかはわからない。

 ただただ頭が真っ白に、顔が真っ赤になって手を上げてしまう。

 でもそれはそろそろ克服しなくてはならない。

 私は既に限られた手札を切ってしまった。

 もうあまり時間も無い。


 厨房に入り込み、昨晩の残りを物色する。

 流石に既にお昼を回ったところだ。お腹もすいている。

 久しぶりの宿を取ると大体こうなる。

 皆ぐったりと泥のように眠って、本格的な買い出しや補給は2日目以降になりがちだ。

 私は構わない。

 寝るのは好きだ。

 起きれば体を動かしたくなる性分だけれども、睡眠も重要。

 いつかユリウスが教えてくれたことだった。


「…。」


 そこには見慣れた鍋がある。

 取っ手の付いた丸っこい鍋。

 ユリウスはいつもこれをドナベと呼んでいる。

 土魔法で作られたそれとスプーンを抱えて厨房の床に座り込んだ。

 温めるのも面倒くさい。

 いちいち釜に薪をくべて火をつけて火加減を見ながら温まるまで待つ。

 などと手の込んだことをする気はない。

 イーレもロレスも眠っている。

 静かに、出来れば1人でこれを食べたいのだ。


 蓋を開ければ、思った通りの料理がそこにあった。

 首都ロッズで食べてから、気に入ってしまったユリウス特製の麦粥。

 他の人が作ったそれは味が無く、ただドロドロズルズルしただけの料理だ。

 濃い味付けが好きな私には苦痛以外の何物でもなかったがこれは違う。


「…はむ…。」


 鍋から直接掬ってひと口。

 冷めきっているが、もっちりとした食感が好ましい。

 それにしっかりと味がある。

 肉の風味と旨味が麦にしみこみ、わずかにかけてある塩がそれを引き立たせる。


 私はこれが大好きだった。

 ひと口、もうひと口と食べ進めていく。


 昨日食べたナゲット?と呼ばれる丸い肉も美味しかった。

 ユリウスは不思議な料理をいくつも知っている。

 それに、私の好みに合わせていつも少し濃いめに味をつけてくれる。

 大きくなったらお店を出せばいいのにといつも思う。

 きっと街一番の人気店になるに違いない。


「…あ。」

「…。」


 もくもくと食べ進めていると、イーレが起きてきていた。

 厨房の床で鍋を抱えている私と眼が合う。


 別に分けてやるつもりはない。

 これはユリウスが私に作ってくれた私用の朝ごはんだ。

 現にテーブルの上には昨日の食材を上手に組み合わせて作られた白パンと副菜が並んでいる。

 私はそっちに手を出してないのだから、何も問題無い。

 …はず。よね?

 ちょっと、ほんのちょーっとだけ量が多く感じる。

 そう言えば鍋の傍らに取り分けようの器があったような気もする。

 もう半分以上食べてしまってはいるが。


「…シエナ。ずるい。」

「いいのよ。私のだもの。」


 そう、私のだ。

 しかしイーレはうむむと不満げな顔をする。


「…。」

「…ひ、1口だけよ。」


 そう言うとイーレはパッと表情を明るくした。


 別にやましいことをしているつもりはないけども、幼い彼女の我儘を聞いてあげるのも年上の私のつとめだ。

 1掬い。私のひと口よりちょっと少なめに掬ったそれを彼女に向ける。

 アーンと開けられた口に吸い込まれていく麦粥。

 私の麦粥。

 口惜しいがぐっとこらえて見送った。


「美味しい?」

「…美味しい。ユーリ。お料理上手。良いお婿さんなる。」


 ご満悦と言った表情で彼女は言う。


(…お婿さんか。)


 その言葉に色々考えを巡らせてしまう。

 いかんいかんと頭を振って、残った麦粥を口に押し込んでいく。


「シエナ。よく噛まないと喉詰まる。」


 お粥が喉に詰まるわけないでしょうと思いながら完食した。

 少し食べ足りないが、まぁ良い。

 どうにも最近食欲が増進気味だ。育ち盛りなのね。

 でも男好みの体になっていく自分に少し嫌悪感を抱いていた。


 私はお母様に似ている。

 大好きな彼女は、贔屓目にみても綺麗で、お洒落で、かっこよくてスタイルも良い。

 どうしてお父様みたいな人と結婚したのかはわからないけど、きっと好きなのだろう。

 貴族なのに1人しか妻を持たないお父様はとても一途だ。

 互いに好き合っている両親の事を、私は少し羨んでいた。


(…いけない!そんなことを考えてる場合じゃなかった!)


 空の鍋を釜土に戻して立ち上がり服を脱ぐ。

 何故か今日は男どもはさっさと出かけてしまったが好機だ。

 私も早く出かけよう。


「シエナ。どこ行く?」

「買い物よ。あいつが帰ってくる前に決めなきゃ。」


 下着姿のままバタバタと部屋を行ったり来たり。

 財布を覗き込む。お金は…まぁ大丈夫。多分足りる。

 あとはあいつの趣味に合うものがあれば良い。


「騒がしいな。」


 入り口で石像のようになっていた師匠が目を覚ます。

 珍しく熟睡したのか、小さくあくびをかみ殺していた。


「ちょっと出てくるわ。」

「イーレも!」

「あぁ、好きにしろ。」


 壁にかけてあった愛剣を腰に携える。

 随分乱暴に使っているはずだが、この剣は刃こぼれひとつしない。

 本当に良い剣だ。


 街へ繰り出す。

 何が良いだろうか。

 男の子の好みなど、よくわからない。

 だが、返してあげたい。

 私はいつももらってばかりだ。


 今袖を通したローブだって、元々はユリウスが来ていたローブだ。

 シェリーが仕立て直してくれたこれは使い勝手も良く暖かい。

 皮の鎧を組み込むことで私の身を守る防具にもなっている。

 襟元の内側には私のリクエストでこっそりと染みの付いた部分を入れてもらった。

 私の命も彼が守ってくれたのだ。これはその時に着いた染みだ。捨てるのは惜しかった。

 砂漠のこの地ではとても暑いが、絶対に脱がないと心に決めていた。

 ユリウスがそうしている以上、私もそうしたい。


 だから、誕生日にプレゼントをもらったので。彼にも返したい。

 彼だってもうすぐ13になるはずだ。

 私だって祝ってあげたい。


「…男の子って、何が好きなのかしら。イーレわかる?」

「…肉?」

「まぁそれはそうでしょうけど…。」


 そう言うのでは無い。

 元より私は料理なんかできない。

 手料理は駄目だ、毎回焦がしてしまう。


「贈り物として相応しいものよ。絶対喜ぶような奴。」

「ユーリ、チューすれば絶対喜ぶ。」

「なっ!!??」


 平然と言い放つイーレを思わず見てしまった。

 無邪気な笑顔がそこにある。

 いけないいけない。

 邪推してしまえばユリウスと同じだ。

 私はあんなに助兵衛じゃない。


「物よ、物!それに、キスは結婚相手にするべきよ。」


 顔を真っ赤にしながら街を行く。

 ズカズカと大股で歩いているが、イーレは小走りで付いてくる。


 しばらく行った先で雑貨屋を見つけた。

 アイツは指輪とか装飾品にはあまり興味が無い。

 髑髏のアクセサリーなんかをしげしげと眺めているときもあったが、買ったことは一度もない。


「…。」


 ちらりと店の中を除く。

 高くは無い。

 買える範囲であるが、女物が圧倒的多数だ。

 この地には剣舞というダンスがあるのだという。

 肌を見せつけるような服を着た女たちが剣を片手に胸や尻を揺らしながら男を誘う舞だ。

 ここにあるのはそれ用のものばかり。


「…シエナ。ここいまいち。」

「次ね。」


 その向かいにあるのは防具屋だ。

 砂漠の戦士たちは砂の上でも自由に動き回るため軽い鎧を好む。

 …というよりも金属の鎧など付けた日には太陽で熱せられて大変な目に合うのだ。

 同じく中を覗き込む。


 皮の鎧ばっかり…。

 あれ?あの籠手、もらったのと同じじゃない。ここで買ったのね。

 お揃いは…恥ずかしいからダメ。


「次行くわよ。」

「同じ籠手ある。」

「わかってるわよ。」


 少し歩いて次は武器屋。

 砂漠の戦士たちは反りのある薄い剣で舞うように戦う。

 実際にその姿を見たことがある。

 あの一見派手なだけの動きは遠心力を利用した断つ剣筋だ。

 戦い方としては、私の剣筋に通じるものがある。


 通りに面した店に樽が並べられており、そこに鞘に収まった剣が投げ入れられている。

 値段もそれほど高くはない。


 男の子だもの、剣を持つのも悪くない。

 けれど、あいつはそれほど剣の腕が達者では無かった。

 どちらかというとこういう剣よりも、夕刻の星(ヴェスパーライト)のような実直な剣のが合うはず。

 それにアレキサンドルス様直伝だという受け流す剣は、いまだに見切れない。

 あれを活かせるような剣があればとも思うけど…。


「…。」

「シエナ。難しい顔してる。」

「…難しいのよ。」


 結局武器屋でもこれだ!と思うものが見当たらず、ゆっくりと露店通りへと足が進んでいった。


 旅の商人たちが床に布を敷いて店を構える通り。

 大半は魔物の素材や、よくわからない異国の食べ物を売っている。

 ユリウスはそういうのが好きだった。

 見たことない食材があれば、とりあえず少しだけ買って味見する。

 大喜びする日もあればお腹を壊してのたうち回る日もあった。


(食材ってのもねぇ。)


 食べたら終わりだ。

 形が残らない。

 出来れば彼の旅の役に立つような物品が欲しい。


 そう思いながらふとイーレの方に目をやる。

 彼女は入り口近くにあった雑貨屋の前でしゃがみ込んでいた。

 よくわからない文字の書かれた本やら、記号の描かれた書類。

 スクロール。というのだったっけ?

 魔術師が難しい詠唱を省略するために時々使う魔道具だ。


 魔道具も良いかもしれない。

 あいつ、魔道士だし。


 魔術師と魔道士の違いはまだ判らないが、結局は同じようなのはず。

 そう思ってイーレの近くに寄る。


「いらっしゃい。買ってくかい?お嬢さん。」

「見るだけよ。早合点しないでほしいわ。」


 そう言って髭の生えた人族の店主と話す。

 イーレは店先に飾られている絵画を見ていた。

 額縁に入った、そこそこ大きな風景画。

 あれはどこだろうか。

 街が描かれているようだけど、どこかはさっぱりだ。


「イーレこれ欲しい。」

「…あんた、芸術なんてわかんの?」


 芸術は貴族の嗜みだ。

 石像だったり絵画だったり音楽だったり。

 私も一通りはベンジャミンから叩き込まれたが、今となってはさっぱり良さがわからない。

 でも音楽は好き。体を動かせるし。


 値札を見る。

 私の財布の中身の8割ほどを使えば買うことはできる。

 しかし絵画でこの値段だ。

 どうせ名の無い3流絵師の作品だろう。


「シエナ、お願い。買って。」

「嫌よ。こんなの買ってどうするわけ?」

「将来役に立つ。」

「絵が何の役に立つのよ。」


 デカイ、重い、売れない、食えない。

 旅にも戦いにも役に立たないそれをどうして彼女は欲しがるのだろうか。


「シエナ。お願い。どうして要る。どうしてもこれが要る。絶対役に立つ。」

「えー。」


 ズボンにしがみ付かれながら彼女は懇願する。

 いろんなものを欲しがるイーレだが、ここまで食い下がるのも珍しい。


「…自分で運びなさいよ。」

「わかった!シエナ大好き!!」


 結局折れた私は店主との激しい値切り交渉攻防の末、所持金が3割ほど残す形で絵画を買った。

 日も傾き始め、結局良いものも見つからないので別の露天商からディティス産の珍しい調味料だという小瓶を1つ買った。

 濃い茶色のサラサラしたしょっぱい液体。

 とてもじゃないが、味が濃すぎて料理に使えるとは思えない。

 要らない買い物をしてしまった。


 本当なら、彼が飛び跳ねるほど喜びそうなものを買いたかったが。私にはセンスが無い。

 考えれば考えるほど、ユリウスが何を貰って喜ぶのかがわからなくなる。

 それなりに長い時間一緒に居るのに、私はあいつのことをあまりわかってない。


 …いや、そんな考えはよそう。無駄なことだ。


 ため息を吐きながら宿に向かって歩いた。

 結局大喜びで帰ったのはイーレだけだった。


 ---


 宿に帰ればユリウスもエルディンも帰ってきていた。

 遺跡の調査がどうのこうのとか、ロマンが何とかと言っていたがよくわからなかった。

 ただ、彼らのその調査とやらがすべて徒労に終わったということだけが分かった。


 そんな疲れているユリウスに一応用意した小瓶を渡した。

 プレゼント、とは言わなかった。そう言うには不相応の代物だ。

 あくまでそこで売ってたから買ってきてあげた。ということにした。


 しかし私の予想に反して、その小瓶を受け取ったユリウスは飛び上がるほどに喜んだ。


「嘘!?ショーユだ!!!これ完全にショーユですよ!!??」


 小瓶から液体を指に付けてはショーユ!ショーユ!と連呼するユリウス。

 そんなにベロベロ舐めるような物だろうか。

 もしかして何か中毒性のある危険な薬品だったんじゃないかしら。


「ヴィーレムの絵画!!??いったいどこで見つけたんです!!??」


 イーレが持って帰った絵画に目を白黒させるエルディン。

 あの絵にどれほどに価値があるかは知らないが、まさに驚愕といった表情の彼。


 エルディンはその絵画を大事そうに抱えて「ちょっとギルドに行ってきます!」と走り去ってしまった。


「シエナ!!このショーユどこで買ったの!?教えて!教えてください!!」

「露店通りの食材屋よ。」

「わかった!ちょっと買い出ししてくる!!」


 そうしてユリウスも血相を変えて走り去ってしまった。


「…なんなんだ、あいつら。」

「…私が聞きたいわ…。」


 ロレスと共に腕を組んで呆れた。騒がしいったらありゃしない。


 確かに喜んでくれたが、ちょっとだけ反応が違った。

 まぁ、いっか。

 男の子の心なんて、私には到底理解できそうにない。

 …理解する、必要もないのだから。


 まずはユリウスが喜んでくれたという事実だけを受け取ることにした。

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