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第五十一話 「竜と龍と街」

 季節は過ぎ、冬。

 ベルガー大陸においては2度目の冬。

 幾つかの集落を経由しながら俺たちは旅を続けている。


 まずは各員の近況報告といこう。


 少し前にシエナは14歳の誕生日を迎えた。

 強さばかりに気を取られてしまうが、彼女は肉体面でも成長している。

 背も高く、女性らしさが際立ってきた彼女のは徐々に彼女の母リュミドラの面影が見えてくる。

 髪をかき上げて、肩越しに流し目で見られた時には思わずドキリとしてしまった。

 そういう大人の仕草に俺は弱いのだ。

 硬派を語っているがこのままではすぐ落ちてしまう。

 最近、お胸の方も育ち盛りのようで胸当てがキツイと度々口にする。

 きっとリュミドラの様なバインバインレディになってくれるはず。

 将来が楽しみだ。


 成長といえばイーレもだ。

 彼女は獣人族。

 年齢も7歳を過ぎ、彼女は間もなく成長期になるらしい。

 肉体が一気に成長し、大人の体へと急成長する。

 14歳までには体が出来上がり、成人になるそうだ。

 既に服の裾や丈が会わなくなってきた彼女。

 次の補給で衣替えだ。

 話によると、本来獣人族の子供には急激な成長を加味した装束が与えられる。

 つまり、露出の高い民族衣装。

 …気になりますよねぇ…。

 まぁ、こちらが用意するのは普通の旅装束ですが。


 エルディンはそれほど変わらない。

 曰く、神の器だから意図的に体を組み変えないと成長しないらしい。

 髪の毛も伸びず、成長しない彼は時から置いて行かれている。

 もう慣れたという彼の横顔は少し寂しそうであった。

 …同情はしない。

 彼は時々エルディーヌになって「ここを弄ってみたんだー。」と発表してくるのだ。

 素っ裸で現れたときは場が騒然となったものだ。

 いい加減にしてほしい。

 俺の性癖絶対防衛線は既に撤退寸前だ。


 ロレスもあまり変わらない。

 相変わらず彼女は自身の事を語ることは少ない。

 いつも一歩引いたところから俺たちを見守る彼女。

 しかし全く変わらないわけでは無い。

 幾分か口数は増えたし、笑うことも増えた。

 まぁ冗談を言うわけでもないし、ガハハと笑うわけでもない。

 しかし皆の会話を聞きながらほのかに頬を緩めている彼女を見れるようになったのは進歩だ。

 あの儚い笑顔は何故か目を奪われてしまう。


 …俺?

 俺もそんなに変わらない。

 体にはそりゃ変化があるさ。12歳だもの。

 男の子から男の体つきになってきているし、背も少し伸びた。

 息子だってちゃんとたてがみを纏いつつある。

 戦闘モードの息子はすごいぞ。日本人から見るとびっくりするくらいご立派だ。

 デニス、ありがとう…。

 まぁ、相変わらず魔術は使えない魔法だよりの魔道士をしている。

 剣術だってちゃんと習っているし、魔道も続けている。

 …先達が強すぎてあまり成長している気がしない。


 近況としては、そんなところか。


 旅の方は砂漠地帯もやっと東の果てにある遺跡地帯に差し掛かった。

 照りつける暑さもある程度は和らぎ、まもなく砂漠の耳長族の里ミラージゥだ。


 代り映えのなかった砂の大地は徐々にその様相を変えていった。

 遺跡地帯と言うだけある。

 不思議な材質の建造物が多数砂に埋もれているのだ。

 時には折り重なるように、時にポツンとそれがそびえている。


 それらは砂の上だけでも5m。横に倒れているものであれば10m以上はある。

 材質は不明。言葉を借りれば金属でも粘土でもない。

 砂漠の太陽の下にありながら遮熱性が高い謎の材質。

 白い骨の様な色合いのそれは触るとひんやりとしている。

 表面は比較的にツルツルのサラサラ。陶器に近いが、密度が段違いだ。

 重く、固く、中身が詰まったそれは闘龍期よりも前から存在しているらしい。

 年数で言えば5000年以上前の代物。

 砂漠の砂塵舞う風に曝されているはずのそれは全く風化している気配を見せない。


 時々歴史学者がそれらを調査している姿を見かける。

 人族の彼らは白衣を身にまとい、金縁の眼鏡をかけている。

 白衣の下は暗い緑色のベストとスラックス。

 それは魔術都市クロムの一般的な研究職が身に着ける揃いの服らしい。

 彼等の話だと、これらは天人族と幻人族の残した建造物なのだという。


 本来はこれらが複雑に組み合わさる塔のような物がこの地にあった。

 ある日天人族の転移と共に消滅し、周辺の自然環境ごと別世界に転移した。

 そしてこの砂漠と遺跡地帯が残された。


 というのが彼等の見解であった。

 幻人族の末裔と言われている耳長族がこの遺跡地帯に里を作っているのが根拠らしい。


 それはそれでロマンだ。

 高度な文明の名残が垣間見える残留物に、大魔術の考察。

 地面と周辺環境を丸ごと転移する魔術。

 もしかしたらネィダ師匠が求めた世界跳躍の魔術かもしれない。

 そう思えば、そんなのもありだと思えた。


 そんな遺跡地帯の一角。

 街道のような踏み固められた地面がわずかに見えてきたあたり。


 晴れ渡った空に、赤茶色の砂の大地、そして乳白色の遺跡。

 ポコッポコッとところどころに生えている丸いサボテンに、砂漠を行くキャラバン。

 徐々に徐々に人の姿を目にする機会も増えてきたこの場所で、俺たちは一様に身構えていた。


 俺、シエナ、エルディーヌ。

 俺が後方に配置された形で、シエナとエルディーヌが両翼に展開する布陣。


 さらに後方の砂丘には槍を地面に突きたて腕を組んだロレス。

 そして背伸びしながら同じように腕を組むイーレが居る。


 俺たちの前方には遺跡群がある。

 折り重なるようにあるそれは巨大な骨の山のよう。

 その中心には穴がある。

 ソイツの巣穴だ。


 ソイツは既に何人もの旅人を食っていた。

 キャラバンも襲われ、街への流通に大きな被害が出ているらしい。


「…ユリウス!」


 シエナが合図を送る。

 開戦の合図だ。

 巣穴目掛けて三眼の守護女神(トリアード)を向ける。

 魔力を練り、雷轟の射手(トリガー)の発射態勢に入る。

 弾頭は可能な限り大きく、そして鋭利に。

 弓を引き搾るように、キリキリと魔力が張り詰めていく。


 最大級の炸裂音を轟かせて弾頭はその巣穴に飛び込んでいった。

 しばらくの沈黙の後、着弾音が響く。

 音からすれば外れ。

 しかし地面が大きく揺れ始め、遺跡の一部がバランスを崩して倒れる。

 マイホームに大岩ぶち込まれたら誰だって怒る。

 だからソイツも、鱗を逆立てて、砂を巻き上げながら姿を現した。


 ─グギャギャギャアアアアアアアア!!!


 少し癖のある咆哮が響く。

 ドシン、と鋭い爪のあるそいつの脚が砂の大地を掴む。

 まだら模様の茶色の鱗に、薄緑色の翼膜。細長い3つ又の尻尾。先には猛毒の針。

 頭には(サイ)を思わせる角が生えている翼のある魔物。

 最近この辺りを縄張りにしている厄介者。


 厚角の翼竜(ドッゾ・ワイバーン)

 文句なしにAランクの超超超やばい奴だ。


 魔術こそ使わないとはいえ、翼竜の中でも大型。

 性格も狂暴そのもので、特に縄張りを荒らす者には容赦がない。

 対象を執拗に追いかけまわし、息絶えるまで攻撃の手を緩めない。


 流石にいざ目の前にすると迫力が違う。

 しかしエルディーヌは素知らぬ顔。シエナも待ってました!と剣を正面に構える。


「まずは厄介な毒を封じます!シエナ!エルディーヌ!頼みます!!」


 やーっておしまい!!とは口が裂けても言えなかった。

 相手は翼竜。生態系の頂点だ。

 はぐれ者であるとはいえ、全力で行ったところで勝てるとは限らない。


 集中だ。俺!!


 右翼にシエナが、左翼にエルディンが、交差しながら走り込む。

 奴が飛び立つ前に動きを封じ、その尾を叩き斬るのが第一段階だ。


 杖に両手を盾に構え、その石突を地面に突きたてる。


 周りの砂が流動体になり、意思を持ったように持ち上がる。

 範囲重視で展開した手招く砂塵の緊縛(アースキャッチ)


 夥しい量の砂の腕がその指先をもたげた。


 ─行け!


 心で命ずる。

 これだけの量の腕を魔力で制御するのだ。

 それ相応の魔力が求められる。


 腕たちは一斉に上から押さえつける様にして翼竜に襲い掛かる。

 赦しを求める亡者の群れのように放たれたそれらを翼竜はいとも簡単に引きちぎる。

 レジストはされていない。単純に奴が馬鹿力なのだ。


「まだまだぁ!!!」


 出し惜しみなど不要だ。魔力を大地へと流し込む。

 第一段階の要は翼竜の拘束にかかっている。

 的確に3本の尻尾を叩き斬るには、少しでも時間を稼ぐ必要があった。

 降り注ぐ雨の如く砂の腕は翼竜目掛けて降り注ぐ。


「まず1つ!!」


 砂の腕を登り、翼竜の背中を蹴ってエルディーヌが飛んだ。

 抜き放たれた蒼と緑の魔剣が交差し、光の軌跡が尾を切り飛ばす。


 ─ギィアアアアアアア!!


 尾を断たれた痛みで翼竜が暴れだす。

 拘束から徐々に逃れつつある翼竜の翼を踏んづけてシエナが走り込む。


「ユリウス!!」


 彼女の声で俺は地面を杖もう一度つく。

 シエナのすぐそばの地面を隆起させて道を作る。

 高さを十分に稼いだその道をシエナは一直線に駆け上がった。


「でやあああああああああ!!!!」


 大上段から振り上げた一撃をシエナは力任せに振りぬく。

 彼女の剣は一瞬翼竜の鱗に止められながらも尾のひとつを切り飛ばす。


「らぁッ!!!!!」


 そして彼女はその落下中の身にも関わらず刃を返して上へ剣を斬り上げた。

 比較的鱗の薄い腹側からの斬撃が最後に残った尻尾も宙へ舞わせた。


 シエナはそのまま勢い余って地面に体をぶつけたがすぐに受け身を取って走る。


「ユリウス!第二段階だ!!」

「了解!!」


 エルディーヌが今度は翼竜の頭側に回り込む。

 ついに翼竜は拘束を逃れた。

 空を掴むように翼を広げ、砂を巻き上げる様にはばたく。

 強風が辺りを吹き飛ばし、前衛の二人はそれだけでも足を取られる。


 杖を地面から離して空へ掲げる。


 調子こいてモタモタと翼をはばたかせる翼竜にお灸をすえてやろう。

 タイミングは一瞬。


 まさに今、翼竜が飛び立つために最後の膂力を求めた大きな羽ばたき。


 そこに合わせるだけの訓練はしてきた。


「落ちろ!!」


 杖を思い切り振り下ろす。

 呼応するように、巨大な2本の氷の杭が雷轟と共に翼を穿つ。

 穿つ雷轟の射手(パイルトリガー)は翼竜にも十全に力を発揮した。

 頑丈な翼の筋をズダズダにしながら大地に縫い付ける。


 苦痛に歪む翼竜の瞳が俺を捉えた。


「まずい!」


 エルディーヌの声が聞こえたときには少し遅かった。


 翼竜は恐ろしい膂力で自らの翼を引きちぎりながらこちらへ突撃してきた。

 一気に距離を詰められ、翼竜の牙が迫る。


 その間際に、赤い閃光が俺と翼竜の間に割って入った。

 一筋の炎が翼竜の眼を焼き、突撃の勢いが一瞬止まる。

 そして追いついた銀色の残像が翼竜の顎を蹴り上げる。


「今よ!!」


 シエナの声が引き金を引く。

 雷轟の射手(トリガー)が再び轟音を響かせる。


 僅かに練られた魔力では、翼竜の鱗をぶち抜けるか不安だった。

 だが杞憂に終わった。


 三眼の守護女神(トリアード)で増幅される魔力量はけた違いだった。

 弾頭は見事に喉元をえぐり取り、脊髄を砕きながら翼竜の体貫通した。


 小さく呻き声を上げたあとに翼竜はゆっくりと体を崩し、ドターンと地面に伏した。

 青黒い血が砂漠の砂へ吸い込まれていく。


「…勝ったあああ!!!!」


 歓声を上げたのはシエナだった。

 やったやったぁ!と飛び跳ねて、勝利の興奮に酔いしれている。

 翼竜の亡骸の上に乗り上がるなどやりたい放題だ。


「ケガは?」

「大丈夫、ありがとう。」


 エルディーヌに手を貸されながら体を起こす。

 最後の一撃を打ったあと、力みすぎて尻もちをついてしまっていた。

 いやはや、なんとも格好の付かない…。


「ユーリ!」


 イーレも嬉し気にこちらに駆け寄ってきた。

 しゃがみ込んで迎えれば、ぴょんと抱き着いてくれる。


「翼竜を倒せる旅人、ディティスでは1人前の戦士!ユーリはすごい!偉い!」

「ありがとう、でも俺だけの成果じゃな無いから。」

「いやいや、あの氷の槍の魔法は見事だったよ。あんなに早い展開は初めて見た。」


 エルディーヌもそう言ってくれる。


 おいおい、持ち上げるなよ照れるじゃないか。

 まぁ、当然と?いえば?当然?みたいな?

 なんたって俺、王宮魔術師の弟子で?英雄の孫?ですから?

 もりもりと鼻が伸びあがっていく。

 …あれ、もしかしてこの後落とされる感じか?

 いかんいかん。気を引き締めねば。

 …でも今日の夕飯は贅沢しよう。


「シエナ。」


 後ろからロレスが声を上げる。

 ゆっくりと彼女は翼竜の上のシエナに歩み寄っていく。

 シエナはひょいとそこから降りてロレスの前へと足早に向かった。

 少々緊張した面持ちで剣の師匠の前に立つ。


「…見事だ。」


 ただ一言、ロレスは短く言ってにこりと笑った。

 とたんにシエナは一瞬目を潤ませた後に満面の笑みでロレスに抱き着いた。

 揃いの鎧がぶつかってカチンと音を立てる。


「はい…。はい!師匠!私やりました…!」


 ロレスの胸に顔を埋めたまま、シエナはそう口にする。

 思えば、彼女がロレスの弟子となって3年。

 最初こそ突っかかっていたが、今ではともに旅をするほどの仲だ。

 そしてロレスは二つ名持ちの超凄腕の戦士。

 そんな彼女からの誉め言葉は喜びもひとしおだろう。


「もう一人前だな。良い弟子を持った。」


 ロレスはシエナの肩に手をやり、頭を撫でた。

 とてもやさしい眼つきのロレス。


「…なんか、いいね。」

「うん。良い。」


 その輪に入らず、なるべくそっとするように遠巻きで俺とエルディーヌは眺めた。

 2人そろって鼻の下を指で擦っている。


 うん。

 やはり今日は豪勢に行こう。

 シエナの誕生日祝いもある。

 誰が何と言おうと俺は全力でお祝いしてみせる。

 ケーキに、グリルに、プレゼント。

 …はクリスマスになってしまうか?まぁどうでもいい。

 とにかく市場で食材買い込んで腕によりをかけて夕飯を作る。

 財布の中身?知ったこっちゃない。

 いっそ全部食いつぶしてくれる。


 俺はそう決意して、意気揚々と夕飯の献立を考えるのであった。


 ---


「ユリウス!見えて来たわ!」


 上機嫌なシエナが丘の上からこちらに手を振る。

 遺跡地帯の街道を通り、ついに耳長族の里ミラージゥに着いた。


「日があるうちににたどり着けて良かったね。」

「早く市場に、市場に行かせてくれ…。」

「どうしたのさ…。」


 日が暮れるまでそれほど時間が無い。

 手早く宿を手配し、ご馳走の用意をしたい。

 お祝いしたい気持ちはもちろんある。

 しかし俺は人間らしい食事に飢えていた。

 最後に補給したのは既に3週間前。

 流石に焼いた魔物の肉は流石に飽きた!

 たのむ!魚と米をオラに分けてくれ!

 もう蛙の肉は嫌だ!


「うわっ!!ユリウス!はやく!なんかすごいのが居る!!」


 街があるであろう方角を指さしながら彼女は飛び跳ねる。


「どうしました?魔物でも…?うわぁ!!??」


 そこから見えた街は別段変わりはない。

 赤き都シルバの方が大きいし、建物もそれほど多くはない。

 街の外には大きな幌の付いた馬車が何台も停められていて、それを引くのであろう角の生えたラクダが数匹いるくらい。


 それくらいであれば声を上げたりはしない。

 砂漠の集落ではままある光景だ。

 しかし、明らかにそれが目についた。

 たしかにすごいのが居る。


 街を丸ごと覆いつくすように屋根がある。

 大きな岩盤のような屋根、に見える翼。

 そしてそれには体があり、手足があり、顔がある。

 街の脇に体を丸めて、街を守るように翼を広げた巨大な龍が居るのだ

 岩のような肌に、この砂漠では珍しい苔むした背中。

 ぐるぐると巻いた巨大な一対の角を持った頭はお行儀良く重ねられた両手の上に乗せられている。


「すごいだろ。ボクもあれを見たときは驚いたものさ。」

「あれなに!?あれなに!?」


 目を輝かせるシエナの隣でエルディーヌに問う。

 あれだけデカイ、しかも(ドラゴン)翼竜(ワイバーン)では無い。

 紺碧龍(レヴィ・アタン)の親戚だったらすぐにでも逃げ出したい。


「彼は灰白龍(ユグ・マラク)。五大龍のひとつと数えられている龍だ。大丈夫。彼はずっと眠ってるから。」

「「生きてるの!?」」


 シエナと全く同じ言葉を発した。

 彼女は希望と期待。俺は絶望と不安。全く対局の声色だ。


「生きてる、と言えるかわからないな。彼が動いた姿を見た者は居ない。でも鱗は生え変わるし、傷つけてもすぐに治るんだって。まぁこの辺りだと神格化されてるからそんな罰当たりなこと出来ないけど。ずっとああやってあそこで翼を広げてるんだ。」

「街を、守ってるのか…?」

「わからない。街が先なのか龍が先なのか。でも彼を怖がって他の魔物はこの街に絶対寄ってこない。」


 龍と人の共存の形だ。と彼は続けた。


 うん、龍の守る街。良いじゃないか。むしろ胸が鳴る。

 そりゃ怖いとも思う。海の底から帆船ひとつを数分で木片に変えてしまう龍を見たあとだ。

 しかし、遠巻きに見える龍の寝顔は穏やかだ。

 今も街の入口へ向かう馬車が見えている。


「はやくいきましょう!もっと近くで見なくちゃ!!」


 もう待てなーい!とシエナは走り出してしまった。


「…市場に行くのだろう?」


 後ろからロレスが早く行けと言わんばかりに声をかける。

 イーレも先に行ってしまう。


 皆龍が怖くないのかな…。

 そんな事を思いながらずっと龍の翼を見上げて街に着いた。


 龍の翼で日差しから逃れたこの街はわずかに空気がしっとりとしていた。

 足元には草が生い茂り、ぐるりと尾を巻いた龍の体が城壁のように囲っている。

 建物こそ周辺のそれとあまり変わらない砂を固めた建物が並んでいるが、それらの骨組みには遺跡が使われているようだった。

 街の住民はいたって普通の表情をしている。

 だが、ここを訪れた旅人はそうもいかない。

 皆眠っている龍の顔の近くに集まって人垣が出来ている。


 ゴウー。ゴウー。とかなり長く感覚を置いて風が巻き上がっている。

 この灰白龍(ユグ・マラク)の寝息だ。

 長年同じところに風が当たるせいで地面が丸くへこんでいる。

 本当に眠っている…。


「宿は私が取ってくる。エルディーヌ。イーレとシエナを頼む。後で迎えに来る」

「わかった。」

「皆で行かないんですか?」

「あれはもう動かんだろう。」


 イーレとシエナが連れ立って人混みに駆け込んでしまった。

 たしかにああなってしまってはしばらくは龍に釘付けだろう。


「釜土がある宿であれば良いのだな?」

「良いんです?結構高いかも。」

「祝いたい気持ちはわかる。お前はさっさと市場に行ってこい。」


 そう言い残してロレスは通りに消えていった。


 彼女も一種のツンデレだ。

 クーデレともいうのかもしれない。

 素直になれないのはお互い様ではあるが、この師匠あってあの弟子ありだ。

 自身の好意は相手にとっての迷惑かもと考えるのであれば億劫にもなる。

 同じ色の瞳を持つ者としては、わからんでもない。

 …もしかしてロレスは俺の親戚だったりしないだろうか…。


「さて、俺も支度しますか。エル。頼むな。」


 クルリと振り返ると、彼は恍惚とした表情で、祈るように手を重ねてぼんやりと龍を見上げていた。


「エル?」

「んえ!?あぁ、うん!2人の事は任せてよ!」


 …本当に大丈夫だろうか。

 まぁ、いいや。


 俺は街の市場に急いだ。

 後ろから「うおおお!ドラゴンー!!」と日本語で聞こえたが、聞かなかったことにしよう…。


 駆けていく街の通りは、ぼちぼち人が居た。

 旅人もそうだが、多いのはやはり地元民。


 耳長の子供、耳長のお姉さん。

 耳長の男に耳長おじさん。


 とってもファンタジーな街で俺は目を輝かせた。

 なにせここに居るのはただの耳長族ではないのだ。


 灰色の髪に褐色の肌。

 シュッと伸びた耳にピアスが必ずしてあって、男性はドレッドヘアのように髪を編み上げている。

 女性であれば砂漠特有の露出高めの民族衣装の上からローブを着こんでいる。

 皆一様に眼つきが鋭く、端整な顔立ち。


 そう、いわばここはダークエルフの街なのだ。

 厳密には砂漠の耳長族と呼ばれる彼ら。

 皆砂漠を往く屈強な戦士で、反りのある薄い刃の付いた剣で踊るように戦うのだという。


 画面の中でしか見たことないような人々が普通に目の前を闊歩する街だ。

 テンションは上がるというもの。

 そういう意味合いではドラゴン愛好会のエル達をどうこう言える立場ではないが。

 龍は怖い。怖いものは怖い。

 お化けや寝起きのシエナと同じくらい怖い。


「あった!」


 市場をすすんでようやっと穀物を取り扱う店を見つけた。

 まずはケーキだ。

 流石にシフォンケーキのような物は作れないが、甘いパンケーキは作れるはずだ。

 褐色の耳長族の男性が店番するその店で商品を物色する。

 目の細かい麻袋に詰められた小麦粉がドカドカと積み上げられた店先で目当ての商品を探す。


「これくださ─…。」


 白パンに使う小麦粉を指さしかけて一瞬思考が停止する。

 値段の桁がおかしい。しかも1袋の大きさが通常の半分ほどしかない。

 差額は実に20倍。何かの間違いでは?


「白パン粉なら1袋華貨30枚だ、心配しなくてもどこもおんなじだよ。おたくら旅人からすりゃ高いだろうけど、ここではそれが普通なんだよね。」


 緑のバンダナをした店主は煙草をふかしながら言う。

 まるでその反応はもう飽きましたと言わんばかり。


「…値段交渉を。」

「じゃあ35枚ね。」


 まさかの20%ON。

 駄目だ話にならない。


「お邪魔しました!」


 バッとお辞儀してから踵を返す。

 そう言えばいつかロレスが「まともな補給が出来ない。」と口にしていた。

 こういう事だったのか…。


 ベルガー王政から砂漠を越えてこの街まではすさまじく遠い。

 文字通り大陸の端から端だ。

 物資の運搬経路などあるわけがない。

 そしてこの街の周辺は耕作など出来るはずの無い砂漠地帯。

 麦を始めとした農作物が高いのは当然か。


 あの店この店と顔を出したが、やはり高い。

 財布の中身を食いつぶすと豪語はしたが、このままでは材料の半分も揃わない。

 何か!何かないのか!

 翼竜討伐を!シエナの誕生日を祝ってあげられる何かは!!

 ケーキを諦めるか?馬鹿野郎!

 祝い事にはケーキって相場が決まってんだ!!


 自分を叱りつけてはみたもののついには市場の端まで来てしまった。

 日はとうに傾き、街頭の輝照石に明かりが灯り始めている。


「…駄目か…。」


 ガックシと肩を落とした。


 仕方ない。手持ちの食材で作ろう。

 幸いにも押し麦はあるし、それを使った鶏ガラ風味の麦粥はシエナの好物でもある。

 喜んではくれるだろう。


 そう思ってクルリと通りを引き返そうと思ったときだ。

 もう1店舗、建物の陰で小さく店を構えていた。

 おそらくは旅の露天商だろう。


 明るい緑色のパオを来た、見慣れた金髪の耳長族の女性がいる。

 壁にもたれるように座った彼女。

 目の前にはほんのわずかな商品が並べられていた。

 その店先にはレリーフが飾られていて、耳の長い女性の横顔が象られていた。


 はたと思いいたって財布の底の方を探る。

 ゴソゴソとしばらく貨幣を漁った先にそれが手に当たった。


 小さな耳長族の横顔のレリーフが埋め込まれた皮製のカード。

 かつてコガクゥの村でククゥに手渡された商人符形だ。


「あの。」


 その店に足を進めながら声をかける。

 店主の女性は何やら疲れ切った顔で居たが、俺を客とみるなりニコリと微笑んだ。


「いらっしゃい!旅人ね?」

「えぇ、アリアーから来ました。」

「まぁ。ご同郷。私もアリアーから旅してきたの。」

「もしかして、クアトゥ商会の方ですか?」

「そうだけど…?」

「やっぱり!クアトゥさん達はお元気ですか?前にお世話になりまして!」


 クアトゥさん、と言うよりはククゥの事が気になっていた。

 俺が5歳の頃にコガクゥの村からテルス大陸に旅立った彼ら。

 すでに6年が経過している。

 無事に現地について、弟君の眼の病気を治しただろうか。


 もちろんよ!皆元気してるわ!

 と言う返事を期待していた。


 しかし。


「…ごめんなさい、会長たちとは数年前にディティスで逸れてしまって…。私も会長たちがどうなったのか知らないの。」


 暗い顔で彼女は言った。


「何が、あったんです…?」

「…ディティス列島帯でみんな散り散りになってしまったわ。」


 店主の話によれば彼らの、クアトゥ商会の旅は突如として頓挫した。

 ディティス列島帯で海賊に襲われた彼らは、乗っていた船と積み荷を奪われて島に放りだされた。

 同時に護衛も半数を失ったクアトゥはそれでも息子のために旅をつづけた。

 魔物を狩り、現地の豊富な植物から薬を作りそれらを売って金を作る日々。

 しかし次第に護衛を雇うだけの金を用意できなくなった彼らのキャラバンは徐々に人数を減らしていった。

 最初は20人以上いたキャラバンも最終的には店主の彼女と最初から居た古株の護衛が2人。

 そしてクアトゥの家族4人の計7名だけになった。


「…それから、国港ディーテールまであと一歩の所で魔物に襲われたの。赤黒い、頭の沢山ある魔物だった。私は偶々生き延びたけど。最終的に会長たちが無事かどうかは…。」


 赤黒い多頭の魔物。

 アイツだ。

 アッパーブレイクに居たころに倒したあのキマイラのような魔物だ。

 謎の魔物と称されるソイツらは、クアトゥ商会まで手にかけていやがった。


「…無事ですよね…?」

「…。」


 店主は答えなかった。


 嫌なものだ。

 あれの恐ろしさは俺も身をもって知っている。

 大きく、獰猛で俊敏。

 魔術も使えば、炎も吐くような化け物だ。

 逃げ切れるかどうか…。


「…あの、これ、下さい。」


 俺は店に置いてある小麦の袋を指さした。

 値段など見ない。


「あと、これも。これも。ここにあるもの。全部下さい。符形もあります。」


 他にも粗雑なロープや、皮の袋。

 火傷に効く薬になんだかよくわからない首飾りまで。

 全部だ。


「少しでも売り上げにしてください。クアトゥ商会にの足しにしてください。」

「あなた…。えぇ。ありがとうお得意様。ちゃんと割引するからね。」


 店主はそう言って、ひとつひとつを皮の袋に丁寧に詰めて手渡してくれた。

 値段にして剣貨2枚と華貨5枚。

 割高だが、そんなことどうでもよかった。

 いつかクアトゥ商会の、ククゥの元へ届く金だ。

 惜しむ理由が無い。

 俺は彼女たちの無事を信じることにした。


「…あなた、もしかしてコガクゥの村でお手伝いしてくれた子?」

「はい、ユリウスと言います。その件ではお世話になりました。」

「そうだったのね。すっかり大きくなって。人族の成長は早いわね。」


 確かに当時からしたらかなり成長した。

 長寿の耳長族からしたらもっと急な変化に見えるのだろう。


 立ち話をそこそこに。店主に「お元気で」と手を振って俺は買い物に戻る。

 いろんな思いで頭がグチャミソだが気持ちを切り替えよう。


 砂糖、鱗鶏(リザッキー)の肉と卵、ヤギの乳。あと果実の砂糖漬けに、砂漠の戦士が使う質の良い革の籠手。

 それらを抱えて、宿屋へ急ぐ。財布はとっくに空っぽだ。

 今日は翼竜の初討伐と、シエナの誕生会だ。

 盛大にぶち上げてやらなければならない。


 大丈夫、ククゥは大丈夫。


 あんなに可愛い女の子だもの。

 きっと俺みたいな紳士が手を貸して大陸に無事に着いている。

 なんなら、弟のクゥシェ君の眼の治療を終えて家族4人で暖炉を囲っているさ。


 ---


 シエナの誕生祝いも兼ねた祝賀会は宿の一角で行われた。

 果実をこれでもかと盛りつけたフルーツケーキ。

 リザッキーフライドナゲットに砂糖漬けのシロップを使った特製のソーダ。

 魔法と前世の知恵を総動員して作り上げた俺お手製のスーパーディナーだ。


 机を彩った豪華な料理に、誕生日プレゼント。

 そりゃ、貴族のそれと比べれば数段に質は落ちる。


 しかしシエナは喜んでくれた。

 すごいすごいと飛び跳ねる彼女。

 そんなシエナに市場で買った籠手を渡す。

 さすがに装備品までは手作りできなかったが、まぁ気持ちが大事だ。


「今日は人生最高の日ね!?私こんなに幸せでいいのかしら!」


 腕に籠手をはめながら、満面の笑みで笑う彼女。

 彼女は歳を重ねるたびに幸せレコードを更新しているらしい。


 エルディーヌもイーレも料理に舌鼓。

 エルディーヌに至っては、ナゲットをひと口食べてほろりと涙を流したほどだ。


 そして俺の他に誕生日プレゼントを用意した人物がもう一人。


 ロレスだ。


 彼女は珍しく照れながら、それをシエナに渡した。


「…これくらいしか、渡せるものが無くてな。」


 それは普段彼女が身に着けている木でできた幅広の指輪。

 年代物のようで磨かれたように艶々だ。


「龍人族に伝わるという古い指輪だ。迷いを振り払うまじないがかけられている。」

「いいの!?」

「お前もそういうものをつける年頃だ。」


 イーレが羨ましがる中、シエナはそれを右手の中指にはめた。

 グッパグッパと握り加減を確かめている。

 …メリケンサックじゃないよ?


「大切にする!!」

「あぁ。」


 きらきらとした目で指輪をはめた手を眺めるしシエナ。

 …まぁ、女の子だもんね。

 そりゃ、籠手よりも指輪の方が嬉しいよね。

 仕方ないね。


「拗ねちゃダメだよ?」

「はぁー!?拗ねてねーし!はぁー!?」


 エルディーヌに茶化されながら。その日は最後まで賑やかだった。

 ちょっと遅れたけど14歳の誕生日おめでとう。シエナ。

 …次はドレスでも買うか。


 頑張って悪いことを考えないようにしながら俺はその日を過ごした。

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