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第五話「いつも突然に」

 季節が廻り。この体になって4度目の春が来た。


 辺りの雪はすっかり溶けてしまい、緑が芽吹き始めている。

 畑もそろそろ種蒔きの季節に差し掛かろうとしている。

 庭の畑は父の魔法ですでに耕されており、フカフカの茶色い土が出番を待っている。

 そんな我が家は最近騒がしい。

 というのもつい先月、家族が増えたのである。

 名前をイリスフィア。家族からはイリスと呼ばれていた。

 金髪で、母と同じ目の色の可愛らしい女の子だ。


 先ほどから赤ん坊独特のほぎゃあほぎゃあという声が可愛らしくリビングで響いている。


「はいはいはいー、どうしたのかなー?、おなかすいたのかなー?」


 サーシャは昼食の準備をいったん止めて、妹のイリスを抱き上げに行く。

 そしてそれと入れ替わるようにデニスと俺が昼食の準備を進める。

 連係はパーフェクトだ。


 彼女、イリスの出産はなかなかハードだった。

 夜中に突然激しい陣痛がサーシャを襲い、その悲鳴でデニスと俺は飛び起きた。

「すぐに村長の家にいってシェラおばさんを呼んでくるんだ!」

 デニスの声を皮切りに、即座に行動に移った。

 この世界では回復魔術があるせいか医者の概念が薄く、産婦人科などというものもない。

 村に一人、ないし二人、年配の女性が分娩の手伝いをするくらいだ。

 パジャマの上に野犬のローブだけ羽織って飛び出した冬の夜は寒かった。

 無礼を承知で村長宅の扉をガンガン叩いたりしながらおばさんを連れ出した。

 シェラおばさんが家に到着するとすぐにアレコレと指示が飛んだ。

 お湯を用意し、布を用意しとあわただしく動き回ったのを覚えている。

 父はサーシャの隣で祈るように手を握っていた。

 時折手元が緑色の淡い光を発していたから。こまめに再起の魔術をかけていたのだろう。

 結局お産が終わったのは夜明けとほぼ同時だった。


「元気に生まれてよかったですね、イリス。」

「あぁ、でもユーリの時もそれはそれで大変だったからね。」


 食器を運びながら父と話す。

 どうやら俺の出産自体は午前中にすんなりと終わったらしい。

 しかしその後が大変で、生まれてすぐに俺は熱を出したのだ。

 触るのも躊躇われるくらいの高熱で、最初の晩を越えられるか怪しかったそうだ。


(今は御覧の通り元気いっぱいですが。)


 机の上に食器を並べ終わり、イリスの方を見る。

 今はサーシャが授乳中で、イリスは懸命に母乳を吸っている。

 小さい体に生命力いっぱい。といった感じだった。

 話は変わるが、授乳中のサーシャというのはなんというか、聖母だ。

 おっぱい丸出しなのにエロくない。

 微笑みながらイリスを見るその顔はもはや絵画作品のように穏やかだ。

 お母さんという存在は不思議である。


「ユーリ、少し鍋を見ててもらえるかな。」

「はい、父さま。」


 声を掛けられて俺は釜土の前に来た。

 相変わらず魔法は使えないが、火加減なら慣れたものだ。

 サーシャに料理を教えてもらえるようになって先ずは火の扱い方を学んだ。

 火かき棒を使うという点以外は、いまはサーシャやデニスにも引けを取らない。

 最初こそ途中で火が消えたり、強すぎたりと手間取ったが。

 理科の勉強を思い出せば簡単なものだった。

 要は空気の量が肝なのである。


(もっとそういう勉強しておけばよかったなぁ…)


 後ろで子供をあやす声が聞こえる。

 デニスは知的な父。

 というのが今までの認識であったが、どうやらそれは俺の前ではという条件付きだったようだ。

 今も後ろに目をやれば、彼はとても間抜けな顔でベロベロバーをしている。

 俺が覚えている限り、俺にああいう顔芸はしてこなかった。

 だがそれは決して俺をないがしろにしていたというわけでは無い。

 単純に俺が無用な時に泣かなかったからだ。

 休みの日にサーシャが家を空けていれば俺を一日中抱っこしていたし。

 食事の時もほぼほぼ膝の上に座らせていた。

 彼は子煩悩なのである。

 俺もあぁなるのだろうか。

 いや、まずは先に相手探しだろう。

 異世界転生したのにヒロインらしい女の子まだ出てないよ?

 きこりのお家のジルとレイニーは少し前に隣町の学校に行ってしまったし…。

 女っけが無い。ユリウスのモテ期はいつだろうか。


 などと考えながら

 火かき棒で薪をつつき少し火を弱くする。

 もう少ししたらスープも出来上がるだろうか。

 味が変わるわけじゃないが、俺もいつか魔法で料理をしてみたいな。


 ビッと少し気取って右手を窯で燃えている炎に向ける。

 やはり、魔力というのものを感じとるの難しい。

 この世にあるものすべては魔力を纏っているらしいのだが、俺にはさっぱりだ。


「…はぁ…」


 修行をしても成果が出ないもんだ。とため息をついた時である。


 ─その時は突然訪れた。


 体中の血液が一瞬右手に集まるような感覚を覚え、ハッと顔をあげる。

 目の前には自分の手の甲、その奥には燃える薪の炎。

 そしてもう一つ。それは二つの間にあった。

 小さな、本当に小さな火があった。

 何かが燃えている火ではなく、空中でゆらゆらと火だけが浮かんでいた。

 俺の手のひらのほんの数センチ先に、消えかけのろうそくの灯り程の火があったのだ。


「と、父さま。母さま…。」


 震える声で両親をよび、右手を前に出したままそっと、そーっと振り返る。

 その小さな火は俺の右手の動きに合わせてゆっくりと旋回する。

 目を離すと消えてしまいそうな火は、確かに俺の右腕から発せられていた。

 温かい感覚が手のひらから伝わってくる。


 デニスとサーシャはといえば、完全に動きを止めていた。

 驚愕の表情で目を真ん丸にして俺の手の先を見つめている。

 そして同じ表情のままギギギと音がしそうなくらい固い動きで俺と顔を合わせる。


 そのすぐ後に、小さな火はまるで燃え尽きた線香花火のようにポトりと手のひらから落ちてリビングのカーペットにごくわずかな焦げを残して消えた。


 此処にいる全員がその光景を呆然と見送った。


「「ユーリ!」」


 両親はほぼ同時に俺の名を呼んだ。いや、叫んだ。

 その声色は歓喜そのものであった。

 デニスは俺に駆け寄りひったくるように抱え上げ、ぐるぐると回る。

 サーシャはイリスを抱えたままその脇でぴょんぴょんと跳ねている。

 イリスだけは何が起こったのかわからないといった表情だったが、そこにいる誰しもが満面の笑みであった。

 当然俺もね。


「よくやったぞユーリ!ついに魔法が使えるように!あぁ!よくやった!本当によくやった!」

「あなた今日はお祝いよ!赤パン!赤パン焼かなくちゃ!」


 俺はデニスにブンブン振り回されながら二人の祝福を一身に受けた。

 頭の中ではファンファーレが鳴り響き、色鮮やかな紙吹雪が舞っている。

 頬ずりしてくるデニスにくすぐったいですと言い。

 おでこにキスをして来るサーシャに恥ずかしいですと言い。

 最後は胴上げまでされている。


 ついにこの時が訪れたのか。


 苦節四年。

 魔法使い(DT)が本物の魔法使いになれた瞬間であった。

 本当に小さな火であったが、俺はようやく原初の日を迎えることができたのだ。

 この世界に来て初めて、魔法を習得した。


「サーシャ!今日は飲もう!今日はめでたい日だ!」

「村のみんなに声をかけてパーティをしましょう!村長もきっと喜ばれるわ!」


 俺を地面に下ろした後、彼らは口々に言う。

 いやいや、嬉しいのはわかるけど。話が大きくなってませんか?


「あの、気持ちは嬉しいですけどその辺で…。」


 どうどうと二人を落ち着かせようとした時だった。


 突然玄関の扉がすごい勢いで開け放たれた。

 まだ冷たい風が家の中に吹き込んでくる。


 嬉しい気持ちそこそこにそちらに目を向けると俺は戦慄し、身構えた。


 熊だ、熊がいる。

 外からの光で逆光になっていたが、体長2メートルはあろう大きな熊がそこに立っていた。

 半分空いた口には獰猛な牙がズラッとならび、光の無いような眼は人食いサメのような不気味さがある。

 しかし、手足は人間の形に近かった。

 腕の体毛は薄く、人間など易々と薙ぎ払ってしまえそうな筋肉の塊がまだ真新しい野犬の亡骸を掴んでいた。


「魔物!」


 すぐにそう判断し俺はとっさに右腕を構えた。

 先ほどと同じ小さな火がチロッと出現する。

 …今思えば、滑稽だ。


「父上!」


 そういってデニスは恐ろしい魔物の方に駆け寄った。


 父上?

 デニスのお父さんは熊なの?

 え、どいうこと?


 逆光に目が慣れたころに魔物の頭部を含めた毛皮がズルリと滑り落ちた。

 どうやら熊の毛皮は頭からすっぽり被るフード付きのローブだったようで、中からはやはり身長2メートルほどはある筋骨隆々の初老の男が出てきた。

 白髪の混じった金髪で見方によっては銀色に見えるそれを後ろで束ねた髪形をしており、顔には深い皺が何本も刻まれている。

 眼はその刻まれた皺に埋もれるようであってもなお鋭く、デニスと同じ色の瞳がそこにあった。

 よく手入れしされている顎髭がぐるりと顔を囲み、左の頬に大きな切り傷がある。歴戦の戦士といった風貌だ。

 装備もデニスの装備とよく似ているが年季の入り方が段違いであり、一部金属で補強されている部分もあった。

 何より目を引いたのが剣だ。

 デカい、デニスが持っている剣を二回りは大きくしたようなバスターソードが腰に掛かっていた。


「デニス、息災であったか。」

「はい、父上もお変わりなく。」


 うむ、と頷くその男は声が素晴らしく男前だ。

 段ボールに隠れるのが得意な蛇さんのような声をしている。


「お義父様、お久しぶりです。」

「サーシャ、元気そうで何よりだ。その子がユリウスか?まだまだ赤子じゃないか。」

「いやですわお義父様、この娘はイリスフィア。先月生まれた妹ですわ。」

「そうだったか。ユリウスが生まれたのがつい先日のように思えていかんな。イリスフィアか、将来はお前のような気高く美しい娘になろう。」


 凄まじく威厳のある喋り方だ。

 この人は王様か何かだろうか。

 と思って見ていたら、目が合ってしまった。反射的に目をそらしてしまう。


「ふむ、ということはそこな男児が…」


 ぐあっと俺の顔を覗き込むような形で彼はしゃがみこんだ。

 しゃがみこんでもなお、彼の顔を見ようとすれば見上げなければならないほど彼は大きい。


「お前が、ユリウスか。」


 ガッツリ上から目線な声で彼は訪ねてくる。

 苦手だ、高圧的とは違うが彼は間違いなく大物。

 前世の会社で社長を相手にしていた時のような気分になる。

 何か下手に出ればすぐ機嫌を損ねてしまうような、そういう緊張感が胸に渦巻く。


 しかし、ここで下がってはいけない。

 俺はユリウス、デニスの息子だ。ここで下がれば男児の名折れ。

 大事なのは誠意だ、誠意。


「お、お初にお目にかかります!お爺様!」


 背筋を伸ばし、できる限り大きな声で口を開いた。


「デニスの息子、ユリウスです!お会いできて光栄であります!」


 なぜか右手で敬礼をしてしまっているがどうか気にしないでやってほしい。

 彼(俺)は人見知りなのだ。

 緊張すれば思う通りに体が動かないこともある。


「うむ、ちぐはぐだが礼儀はわきまえておるようだな。では俺も名乗るとしよう。」


 何やら満足げに頷いたあとに彼はゆっくりと立ち上がり背筋を伸ばす。

 ただでさえデカいからだがなお大きく見えた。

 おもむろに左腕を自分の胸にあて、右腕を少し広げた。

 そして左足を後ろに下げたあとゆっくりとひざを折る。

 まるで王の前で傅く名のある騎士のような佇まいで彼は続けた。


「我が名はアレキサンドルス。アレキサンドルス・エバーラウンズ。エバーラウンズ家の現当主にして、亡き父オズワルト・エバーラウンズよりドラゴンロッド卿の領地たるこの村の守護と統括を仰せつかったものである。」


 流暢に、そして穏やかに、しかし厳かに彼は自らの名を名乗る。


「我が息子デニスの息子、ユリウス・エバーラウンズよ。」

「ハ、ハイ!」


 声が上ずる。

 このアレキサンドルスという男は只者ではないのだろう。

 一挙手一投足、そして一言に至るまで重みがあるのだ。


「お前に合える日を楽しみにしていたぞ。」


 しかし一言でその重みは消えた。

 アレキサンドルスはニカッと笑い、俺の頭に手を置く。

 まるで「はいここまで」というかのように、彼は気のいい老人の顔になった。


「もう四歳か、早いものだなぁ。お土産いっぱい持ってきたから。楽しみにしていなさい。」


 立ち上がり、持ってきていた野犬をむんずとつかむとデニスに庭先かりるぞ。と言って外に出た。

 今から解体するのだろうか…。


「…驚いたかい?」


 デニスが意地悪そうに声をかけてくれる。


「心臓が止まるかと思いました。すごい迫力ですね。お爺様。」

「そうだね。父上は昔は王都に仕える騎士だったんだ。その振る舞いをユーリに見せたかったのかもね。」

「そうなんですね…。じゃあ、今のって。」

「ん?あぁ、騎士礼だね。特に今のは王様に謁見するときなんかに使う特別な礼節だね。でもわざわざ家の中で孫にすることじゃないかな。」


 はははと少し恥ずかしそうに笑うデニス。


「デニス。ちょっと手伝ってくれんか。」

「はい、今行きます。」


 デニスは外に出ていく。

 取り残された俺はサーシャの方を見た。

 母はイリスを揺りかごに寝かせて、忘れかけていた昼食の準備を再開していた。


「ん?」


 なにか?と言わんばかりにサーシャは首をかしげる。


「あの、母さまはお爺様のこと、どう思われてます…?」

「え?んー、そうねぇ。」


 顎に手を当てながら少し考えた後。


「面白い人よね。アレクさんって。」


 と笑顔で答えた。どうやら圧倒されていたのは俺だけだったらしい。

 おかげでせっかく魔法が使えた感動みたいなものがどこかへ行ってしまった。

 一緒に魔法を使う感覚が消えてなければいいが…。


 ---


 庭ではユーリの元気な声と木剣同士がぶつかる乾いた音が鳴っている。

 いまはデニスがユーリに打ち込み稽古をつけているところだった。

 踏み込み、剣の振り、体の回し方と足運びを意識しながら剣を打ち込み。

 庭の端まで行ったら攻守を後退し守りに回る。

 剣の受け方、力の逃がし方、反撃のタイミング取りを身に着けるのだ。


 そんな彼らをサーシャはイリスを抱きかかえ、庭の丸太に腰かけて見ていた。

 温かい日差しの下でイリスはスヤスヤと寝息を立てている。


「なんと。では今日が原初の日だったのか。」


 野犬の解体作業を終えた義父、アレクは乾いた布で汗をぬぐいながらそう言った。

 鎧とローブはすでに外しており、鍛え抜かれた筋肉にシャツが張り付いている。


「アレクさんが家に入ってくる直前に魔法を使えるようになったんです。私もデニスも大はしゃぎしてしまって。」


 サーシャはユーリが火の魔法を使った時のことを思い出す。

 本当に小さな火であったが、確かに魔法で生じた火だった。

 あの火が年齢を重ねるにつれて徐々に大きくなるのだ。


「そうか、そうか。では赤パンをごちそうしてやらねばならんな。」

「任せてください!材料はちゃんと用意してますので。」

「ほほう、さすがはデニスの妻。用意周到よなぁ。」


 当然ですとも。とサーシャは答える。

 息子の成長に合わせて、今か今かとこっそりと材料を買っていた。

 今までなかなか原初の日を迎えられないこともあり食材を別々に使っていたが、今日こそは本懐を遂げることが出来そうだ。


 赤パンというのは子供が原初の日を迎えたときに作るパンだ。

 パンを大まかに分けると柔らかく食べやすい白パンと安く日持ちする黒パンの二種類がある。

 赤パンは白パンにリコの実という干した真っ赤な果実を練りこみ作る。

 練っているうちからほんのりと赤みがかっていき、焼きあがるとさら鮮やかになる。

 柔らかで甘酸っぱく、このパンを嫌いという人はめったにいない。

 ちなみに女の子であれば原初の日のその後にもう一回食べる機会がある。


「しかし、アレだな。俺に魔法を構えるくらいの度胸があるのは認めるが…。」


 アレクはユーリの稽古を顎に手を当てながらしげしげと見ていた。

 一生懸命に木剣を振り回し、汗をかきながら稽古するユーリだが若干足元がおぼつかない。


「ユリウスは剣が向いてないやもしれんなぁ。いっそ魔術師の所に修行に出したらどうだ?」


 余計なお世話かもしれんが、と付け加えながらアレクは言う。


「ユーリは努力家です。魔法だってちゃんと使えるようになりました。今はだめでも、いつか大切な人を守れるくらいの強さを持つようになりますよ。」

「それは、母の勘かね?」

「女の勘です。」


 ふふんとサーシャが得意げに言うとアレクは「違いない」と愉快そうに笑った。


「それにこの辺りに弟子を取れるほどの魔術師なんていないじゃないですか。」

「いやまぁ、心当たりが無いわけでもないのだ。一応、彼奴も王宮仕えの魔術師だったからなぁ。」

「どんな方なんです?」

「気難しいめんどくさがり屋だ。それに口下手でもある。」

「まぁ…。」


 そんな会話をしている折である。


「どうした!もっと打ち込んで来い!」

「はい!!」


 稽古の方が少し騒がしくなった。

 稽古の華、模擬戦が始まったのである。


 ---


(ぜ、全然だめだぁあああ)


 肩で息をしながら俺は地面に大の字で転がっていた。

 模擬戦は惨敗。

 互いに一打も直撃はしなかったが、それはデニスが打ってこなかっただけのこと。

 俺が振り回した木剣は時に弾かれ、時に落とされ、または半身だけ捻ってひょいと避けられた。

 なんなら途中から足がもつれて自分から転ぶこともあった。

 1年ほど続けているが、まだまだ修行が足りない。


 デニスは強かった。

 兵長を務めているだけの事はある。

 本来ならばこの剣術に土の魔法を軸とした立体的な立ち回りが追加される。

 勝てるビジョンが浮かばない。


 そんな彼は息一つ上がらずに、俺の顔を見下ろしていた。

 どうだー、父ちゃん強いだろー。

 とでも言いたげである。


「…参りました…。」

「ははは、これだけ動き回れるようになっただけでも進歩だよ、ユーリ。」

「それは、どうも。」


 差し出された手を掴んで体を起こす。

 剣術とはかくも遠いものか…。


「父さまはやっぱり強いですね、僕では足元にも。」

「ユーリはまだ子供だ。もっと大きくなったら、私が転ばされるさ。」

「その頃には父さまは老人になってそうですね。」

「そうかもね。でも勝てない老人もいるさ。」


 デニスは少し寂しそうな顔でそっぽを向いた。

 その方向には暇だったのか薪割りを始めたアレクが居た。

 森から切り出された丸太を斧を使って豪快に割るのだが、なんなら腕の方が丸太より太い。


「…お爺様に勝ったことは?」

「ないよ、修行の時から冒険者の時も騎士になった時も一度も勝ったことがない。本当にあの人は強いんだ。」


 やはり筋肉はパワーのようだ。

 力はパワー。

 パワーイズパワーだ。


「父上は魔術があまり得意ではないけど剣の腕前なら国、いや大陸全体を見てもおそらく五本の指に入るだろうね。こんど稽古をつけてもらうといい。」

「…今からでもいいでしょうか?」

「え?」


 許可を得る前に俺は木剣を構えて祖父の背後に忍び寄った。


 ここでアレクを倒せば実質俺が大陸でベストファイブに入る実力ということになる。

 というのは冗談で、本当に剣の達人は背後から切りつけられても即座に反応できるのか気になった。

 かつて、とある剣豪が飯支度をしている隙をつかれて背後から切りつけられそうになった時、手に持っていた箸で相手の剣をいなして叩きのめしたという話がある。

 ちょっとした好奇心だ。

 俺は四歳の男の子、いたずらだってしちゃうもんネ!


 アレクは割った薪をしゃがみこんで拾うのに夢中だ。

 がら空きの背中が目の前にある。


(いまだ!)


 俺は大上段に振りかぶった木剣をアレクに向けて振り下ろした。


 ガァァァン


 と衝撃を受けて、木剣は柄の部分だけ残してアレクに当たる前に粉々になった。

 アレクはちょうど木剣の振り落とされる軌道に向かって薪を向けているだけだった。

 薪を振ったり、ましてや素手で叩き折ったというわけでは無い。

 アレクの持つ薪に触れる直前、木剣が砕けたのである。


「…へ?」


 呆然と手に残った木剣の柄を見た。

 折れたのではない。見事に粉々になってしまった。

 後ろではデニスがあちゃーと小さく言っているのが聞こえた。


「ほほぅ…。」


 アレクの声に俺は顔を上げる。

 血の気が引いた。

 怒っているわけでは無い、彼は笑顔だ。

 ただそれは獲物を見つけた狼の笑顔である。


「まだ少々早いと思っておったが、ユリウスも男児であるか。強者に自分から策を講じて挑みかかる。見上げた根性だ。気に入った。」


 不敵な笑みを浮かべて立ち上がった。

 デカい。2メートル、いや、5メートルはある。


「よろしい!王都でも名を馳せた我が剣技をその身に叩きこんでくれよう!!」

「いえ!結構です!」

「遠慮は無用!!!」


 おじいちゃんと孫のガチめの鬼ごっこは夕飯の時間まで続いた。

 この日に見た王宮騎士剣術が俺の身を救うのはずっと後の事である。


 教訓

 自分の力量に合った相手と戦うこと。


人物紹介

アレキサンドルス 旧家の出身 王族の近衛を務めた実力をもつ 首都には熱烈なファンもいる


エバーラウンズ家 昔からこの地方にある家の名 一部の貴族からは嫌われている


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― 新着の感想 ―
[良い点] お爺さんがちゃんとかっこよくてよかった
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