閑話 「勇者考察」
《エルディン視点》
廃都ラウンズへ続く街道。
魔物も居ないこの森でボク達は野営をしている。
ユリウスたちは日が暮れるまで廃都ラウンズを散策して回った。
どうやらシエナが我儘を言ったらしい。
お宝を探すのだと聞かず、ユリウスとロレスを連れまわしたようだ。
まぁ、帰ってきた3人の顔はどこか晴れていたからきっと良い事があったんだろう。
今はそこで彼等は寝息を立てている。
丸くなって眠るユリウス。
大の字で、ユリウスの腹に脚を投げ出すようにして眠るシエナ。
本人たちは気づいていないようだが、彼らは時々寝言で会話をしている。
まったく繋がっていない会話だが、どちらかが声を出すとどちらかが返すのだ。
聞いていると意外に面白い。
ロレスはそこの木の根元に背中を預け、槍を抱えるようにして眠っている。
実は起きているのではないかと思うほどに常に気が張り巡らされている。
そんな彼女の膝を枕にして寝るのだから、イーレ様はよほどロレスを気にかけているようだ。
そんな彼らを見ながら、ボクは焚火の燃え残地を使って煙草に火をつける。
パイプに詰めた薬草に火をつけパッパッと息を吸い細く長く息を吐きだす。
…この辺には何もなかったはずだ。
そう思いながら立ち上がって彼らから少し距離を置く。
一応、そういう煙だ。受動喫煙にも配慮しながら森の奥へ進んでいく。
廃都ラウンズ。
ただ廃墟が広がるだけの街。
ボクも何度か探索しに来た。
大貴族の秘宝。国守りの盾"久遠の円盾"があればとも思ったが。
当然残っていなかった。なにせ100年以上前に滅んだ街なのだから。
今頃どこかで盗賊当たりが粗雑に使っているか、水底でコケにまみれているくらいだろう。
しかし彼は、ユリウスはそれを持ち帰ってきた。
彼から聞いた話と手紙の内容。そしてその白銀の杖を。
キャンバスで包まれた、紫の魔石の付いたその杖。
持主を知っている。
もう疑いようがない。
あれは絵画魔術師ヴィーレムが使った杖だ。
絵画魔術師ヴィーレム。
四つ腕の魔族の彼はベルガーの侵略戦争時代に作品を残した画家だ。
決して売れっ子でもなく、作品数も多くない。
しかしその絵にはある特徴がある。
その絵は時空を繋ぐのだ。
彼が描いたのは主に風景画で、その絵のある場所から描かれた場所まで飛ぶことが出来る。
作品の完成にはその杖が必要不可欠であり、唯一廃棄を免れた彼の手記からも明らかになっている。
世界中探したが彼の絵画を実際に目にしたのはたったの2枚。
それらはテルス大陸のギルドが管理している。
それを使うことで赤き都シルバまでの旅を短縮することが出来たのだ。
その特異な絵の具を使った術式は再現することなど出来ず、もはや秘術と言っていい。
そんな絵画魔術師ヴィーレムは、迫害の末に死亡したと残されている。
ベルガー王政の異種族狩にあった彼は最終的に異端の魔術師として処刑台で斬首された。
絵の具を含めた魔術道具も全て燃やされたと聞く。
当然、彼の杖もそれと共に消失していなければおかしい。
しかし現にユリウスはそれを持ち帰った。
この世に3本とない紫の結晶を湛えた杖を。
名前すら残っていない伝説の杖を。
しかも地面に浅く埋まっていたのだという。
そんな程度であるならば、ボクが見逃しようがない。
今まで一度もこんなことは無かった。
やはりユリウス・エバーラウンズという人物に目をつけていて正解だった。
彼が壇上に上がってからいつもとまるで違う。
イングリットの村が健在。それに伴って《剣豪》アレキサンドルスも健在。
大魔術の行使者ネィダ・タッカーの代わりにユリウス自身がそれを引き継いでいる。
そして、あのシエナ・ゼルジア・ドラゴンロッド。
ボクも彼女には会ったことがある。
しかし、今の彼女とはまるっきり別物だ。
ボクが会った時、彼女の心ははすでに死んでいた。
光の無い目をし、街の実業家の子をお腹に宿した女性の形をした人形。
アリアーの秘宝目当て屋敷に行った日に見てしまったものだからよく覚えている。
あんなにパワフルな暴力娘などでは無かった。
『まぁ、いいんじゃない?おかげで首都ロッズもベルガーの領地にならなさそうだし。』
『シルビア。起きてたの?』
『ぶつぶつ頭の上で聞こえてたら起きるってば。ジアビスは寝たふりね。』
『ちょ!?もう少し勿体ぶってくれます!?』
どうやら彼女たちも起きてしまったらしい。
…剣の体でありながら睡眠するというのは、どうなのだろうか。
ボクにも彼女たちの全容は把握しきれない。
『どうせシトリーに調査させてるんでしょ?待っとけばそのうち鳥ちゃんが来るわよ。』
『あの人も気の毒よね。世界中駆けずり回って…。』
『彼には頭が上がらないよ。ユリウスを見つけてくれたのも彼だからね。』
『相変わらず顔もわかんないけどね。』
シトリー・ポーンズ。
百の名と顔を持つ人、姿なき人、現代の幻人。
分かっているのは彼は長生きの耳長族で男性だということだけ。
ディーヌ孤児院で生を受けて以降、最初の旅立ちから彼がひそかにボクをサポートしてくれている。
それもあって彼には頭が上がらない。
数少ないボクのすべてを知る協力者の一人だ。
『まぁ、わかんないっていうのならもう1人よねぇ…。』
『うん。《魔葬》のロレス…。』
そう、もう1人。
ユリウスに出会ってから知った変化。
吸い終わった煙草の灰を手のひらに出し、握りしめながら口にした。
《魔葬》のロレス。
正体不明の女。
古い龍人族の槍とともに卓越した魔術を使いこなす魔女。
…脳裏にあの凄惨な光景がありありと思い浮かぶ。
仲間を殺され、手足をもがれ、槍で貫かれる瞬間の恐ろしいあの感覚。
彼女には何度も負けた。
そのたびにあの水色のローブと、その後ろで佇む《微笑》の黄色いドレスが目に焼き付くのだ。
彼女は間違いなく最強の敵だ。
ボクの旅は仲間を探すたびであるが、同時に彼女から逃げ回る旅だったと言ってもいい。
だからボクは、いまだに信じられない。
こんなにも早く彼女と出くわし、彼女と旅をしていることが。
彼女と寝起きし、食事をしているこの状況が。
顔も、姿も、声も同じなのにまるで別人だ。
そもそも言葉を交わせたことが奇跡のように思える。
彼女は紛れもなく死神だった。
出会えば必ず死ぬ厄災と同義。
一度も意思疎通など出来ぬまま、戦って、逃げて、戦って、死ぬ。
そういう相手だった。
(…だったはずなのに。)
背後でスッと気配を感じた。
ドキリと心臓が跳ね上がるよりも早く、剣を抜き放ち振り返る。
闇夜にジワリとあの水色ローブの死神が浮かび上がる。
あの姿を見ただけ、身の毛がよだつ。
全身の肌が泡立ち、今にも叫びながら斬りかかってしまいそうになる。
「…エルディンか。」
足音も無く樹々の陰から月明かりの下に出てくるロレス。
彼女はボクの姿を視認すると、いつもの仏頂面でそう言った。
「…何か、用ですか…?」
言葉が詰まる。
あの一瞬で喉はカラカラだ。
「話声がしたのでな。敵襲なら手を貸すが?」
「…結構です。少し考え事をしていただけですので。」
剣を収めながら、彼女の脇を抜ける。
槍など持っていなくても、彼女に背中を向けることは躊躇われた。
しかし横を通り過ぎると同時に、彼女は視界の隅でこちらへ踏み込むようなそぶりを見せた。
即座に飛びのき、空中で身を翻しながら距離を取る。
まるで車に驚いた野良猫のような動きだと自分でも思った。
「…ほう。」
彼女はそう声を上げる。
「今の動きであれば、私の首を取れたかもしれんな。」
僅かに頬を吊り上げながらロレスは腕を組んだ。
笑った?
あの《魔葬》が?
「…冗談はよしてください。今度は抑えが効くかわかりません。」
冷や汗を流し、苦笑いしながらボクは彼女に告げる。
咄嗟に剣を握った手が震えている。
味方だとわかっていても、体は動く。
抑えなければ飛びのきざまに一閃、首を薙いでいたところだ。
「何を考えている?エルディン。」
ロレスは身構えずにそうボクに投げかけた。
「私の前でお前は手の内を隠している。…それは《魔葬》とやらと戦ったことに理由があるのか?」
「…。」
探りを入れられている。
何を聞き出すつもりだ。
やはりこいつは敵なのか。
今回はそういう風にしてこちらに近づき、皆殺しにするつもりなのか…。
「…何故それを?」
ようやく声を絞り出してこちらからも探りを入れる。
「ユリウスから聞いた。」
彼女はあっさりと吐いた。
「だが私はお前と戦った覚えは無い。その《魔葬》は何者だ?」
「…ボクにもわかりません。ただあなたと同じ顔で、同じ姿で、同じローブを着ていた。同じ槍を使い、ボクとボクの仲間を手にかけた。《微笑》のガブリエラとあなたは通じているのでしょう?」
分かっている。
頭ではわかっている。
この人に、ロレスに敵意は無い。
しかし彼女と《魔葬》は同一人物だ。
彼女は身構えるどころか殺気すら見せていないとはいえ、疑わずにはいられない。
こいつは、《魔葬》はボクの敵だ。
「…やはりそれは私ではないらしい。」
彼女はクルリと背を向けた。
「斬りたければ斬れ。私は戻る。だが覚えておくがいい、エルディン。」
そして、肩越しに、そのローブに顔を隠したまま言葉を発する。
「あの2人にその剣を向けるようであれば、私が《魔葬》になる。」
ドッと背中に向けて衝撃の様な物が体を駆け抜けていった。
殺気なんて生温い表現では収まらない。
言葉だけで心臓を握りつぶされるような圧力に襲われた。
足が震える。
「…もう寝ろ。私はお前に害する気はない。」
そう言ってロレスはそのまま皆の居るところへ。
やはり足跡など立てずに戻っていった。
「…。」
『『…。』』
沈黙の後、ほー…と震えながら息を吐きだした。
途端に彼女たちが剣から飛び出してくる。
『無理無理無理無理!!!何あれ!!本当に人族!?』
『だ、だ大丈夫?エル様?わ、わわわ私がついてますよ!!』
緑の髪の精霊と蒼い髪の精霊。
依り代を得ずに出てきたその姿はどちらも少女の姿で、金色の瞳を持つ。
ただ服装に関しては彼女たちは魔力を纏っているだけなので、ほとんど裸だ。
お調子者の大風魔霊シルビア。
おっとりとした大水魔霊ジアビス・サーフェ。
やかましく飛び回る姿はぼんやりと光って見える。
まぁ、魔力を見ることの出来ないものにはこの姿は見えないらしいが。
『あり得ない!本当にあり得ない!!怖すぎる!』
『それは同感ですぅ…。私怖すぎて水底に帰ってしまいたい…。』
『し、静かにしてって!ロレスに怒られるよ!?』
そう言うと二人はそれぞれに口をふさぎ合ってピタリとおとなしくなった。
『…とりあえず、今回の《魔葬》…ロレスは信用してみようと思う。』
『『ええー!?』』
ボクは最終的にそう結論付けた。
なんでなんで?
と剣に戻りながら彼女たちはこれまたうるさく、しつこく聞いて来る。
「ロレスが、あの2人に手を出すなって言ってくれたからさ。」
そう、あの《魔葬》がそう言った。
敵に回すと彼女ほど恐ろしい存在は無い。
いまも味方だと、断言できる気がしない。
しかし、同じ側に立っているということだけは確信を得ることが出来た。
あの2人。
つまるところ彼女はユリウスとシエナの守護を旨としている。
そういう事であるなら話は別だ。
少なくともボクが彼女の矛先に立つことは無いだろう。
ボクはイーレ様の護衛に集中すれば良い。
(…やっぱり。ユリウスはすごいなぁ…。)
そう思いながら、精霊2人をなだめつつ寝床を目指した。
薪の火が完全に煙に沈んだ野営地。
寝相にも変化があったようで、シエナはついにユリウスを毛布から蹴り出している。
「…シエナ…あっ…そこはだめですもっと優しく…。」
「んが…。」
…また会話してるよあの2人。
仲が良いんだから…。
ロレスは結局、ボクが席を立った時と変わらない姿勢で目を閉じている。
もしかしてボクが今まで話していたのは別のロレスなのだろうかと思ってしまう。
…ちがうな。
彼女は水色のローブをイーレ様のお腹にかけている。
さらりと紫色の髪が風に揺れている。
あぁ、やはりこの人は《魔葬》ではない。
少しだけ胸をなでおろした。
ここに居るこの人は、ロレスと言う頼りになる優しいお姉さんだ。
そこでやっと剣帯を外した。
枕元にゆっくりと腰につけていた愛剣たちを降ろす。
このところ不眠だった。
夜襲に供えて常に帯剣していれば、さすがに体に応えた。
あれだけロレスを警戒していたというのに、ストンと眠ってしまった。
考えすぎてしまっていたのも、もしかしたら疲れていたからかもしれない。
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翌朝、ボクは誰よりも早く起きた。
まだ日が昇る前。
久しぶりにスッキリと目が覚めた。
こういう日はジョギングで体を温めて、朝シャンで汗を流す。
そしてウィンナーとトーストをアイスココアで流し込みたくなる。
そんな初夏のほんのり暖かい朝だ。
「…眠れたか?」
その声に振り替える。
ロレスも目覚めていた。
もしかしたらずっと起きていたのかもしれない。
「はい。ロレスのおかげです。」
「…知らんな。」
彼女はそう言うと、また目を閉じて石像のようにピタリと動きを止めた。
他のみんなが目覚めるまで、もう少しそのままで居るらしい。
まぁ、あまり長持ちはしないだろう。
シエナがユリウスの腕にしがみ付くようにして眠っている。
おそらく寝相。
彼女は寝付きが良いから、一度寝るとなかなか起きない。
しかして寝相は悪いのだから、困り者だ。
きっと目が覚めたら、彼女の視界一杯にユリウスの顔が映るはず。
後は想像に容易い。
(騒がしくなる前にひとっ走りしてこよう。)
朝の澄んだ空気は貴重だ。
こちらでも、前に居た世界でもさほど変わらない。
排気ガスの匂いが少し恋しくなるくらいだろうか。
体をほぐしながら、静かに駆け出す。
停滞していた運命が、徐々に動き出すのを感じる。
少しだけ前向きになれたボクは前世を思い出しながら森を走った。
いやぁあああ!!!
バチイィィィィン
いだああああああああああああ!!!???
…思ったよりも早かったな。




