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第四十九話 「廃都」

 赤き都シルバを旅立ちの日。


 夜明け前の荒野はひんやりと冷たい。

 未だ暗い東の空に日が昇り始めたころに、俺たちは街を出た。

 誰も居ない街を静かに足音だけが進んでいく。


「ふぁああぁぁ…。」


 あくびをしたのは俺だ。

 どうにも朝は弱い。

 早起きの習慣は付けようと努力はしている。

 しかし、何事もリズムというものがあるのだ。

 いかんせん遅寝遅起きが抜けきらない。


「…ふぁ…。」


 続いてあくびをしたのはシエナだ。

 グッと背伸びまでする彼女。

 細い四肢が伸びあがり、締まったからだが綺麗に反り返る。

 思わず見とれてしまう自分が居た。

 とうぜん俺の好みとしてはボンキュッボーンな女性。

 出るとこは出て引っ込むところは引っ込む大人の女性が良い。

 エロ魔女アンジーなど最たる例だ。


「…何よ。」

「綺麗だなと。」


 全く無意識でそんな言葉がでた。

 シエナは何を言ってるんだかといった表情でため息を吐く。

 俺も何を言っているんだろうと思いつつ、笑って誤魔化すことにした。


 ─愛を知れ。息子よ。


 ゴルド氏の言葉が思い返される。

 確かに、言うならば俺は愛を知らない。

 前世では愛されていたのかもしれないが、その自覚もない。

 我ながら親不孝者だ。

 肉親から向けられる愛も。

 誰かから向けられる愛も。

 俺は持ち合わせていない。


 この世界ではどうだろうか。

 デニスとサーシャは俺を愛してくれているだろうか。

 愛してくれているだろう。

 俺だって彼らを愛している。

 でもそれは何故だ?

 やはり遺伝子的なそういう、自動的な愛なのではないだろうか。

 確証はない。


 では、シエナに向けてしまっているこの気持ちは何だろう。

 これが愛なのだろうか。

 好みとか、容姿とかに関わらず。俺は彼女を大事に思っている。

 果たして、それは愛なのだろうか。

 言ってしまえば指導係だったころの執着に近い気がする。

 そもそも愛の定義とは?

 やはり男女感の合体を示すのだろうか。

 そうならば愛を知れ=童貞を捨てろということか?

 ゴルド氏は簡単に言ってくれる。

 ザックリ40年捨てられない物をどうやって捨てろと言うのか…。

 このままでは俺は愛を知らない哀しき獣じゃないか…。

 拗らせ童貞はこれだからいけない。


「ユリウス!」


 小難しい事を考え続ける俺は。気がついたら列の最後尾にいた。

 イーレにすら置いてきぼりを食らっている。


「はやく!」


 シエナに急かされて俺は足を速めた。


 まぁ良い。

 いつかわかる時が来てくれる。

 焦らなくて良い。

 世の中はGIVE & TAKE。

 まずは与えるものなのだ。

 俺がその愛とやらを与えることが出来るようになって初めて愛を得る。


 そういう事はアリアーに帰ってから考えることとしよう。


 ---


 そうして予定通り半月後。

 俺たちはイーレが地図で指し示した場所周辺にたどり着いた。

 辺りはうっそうと茂る森林。

 街道や人が通ったような感じがまるでない。

 まるで人々に忘れられたような土地だ。


「…こっちだ。」


 ロレスが草木を槍で払いながら先導する。

 道なき道を迷いなく彼女は切り開いていく。


「…やっぱり土地勘があるのかな。」

「でもこの先は何もないはずなんだけど…。」


 エルディンと話しながらそのあとを進む。

 魔物も出ないこの森は本当に静かだ。

 小鳥のさえずりや、風鳴りが時折聞こえるくらい。


 しばらく進むと森の中に突然街道が現れた。

 苔むし、半ば森に飲み込まれてはいるが間違いなく石畳である。


「…私の先導はここまでだ。後は好きにしろ。」


 ロレスは荷物をおろしてその石畳に座り込んだ。


「この先に何があるんです?」

「…。」


 彼女は答えない。


 困った。

 彼女は一度黙るとなかなか口を開かない。

 黙秘権の行使はこれほどまで厄介だったとは…。


 するとイーレはロレスの正面まで言って彼女の顔を覗き込んだ。


「…なんだ。」

「誰も、怒らない。」


 イーレがそう言うとロレスは彼女を半分突き飛ばすようにして立ち上がった。

 エルディンがイーレを転ばないように支えたがロレスは気に留めていない。

 そのままこちらに背を向けている。

 槍を握る拳が小刻みに震えていた。


「ロレス。ユーリ。行く。イーレ達お留守番。」

「…俺?」

『───。───…。』

「あああ…わかんないよ。」


 またよくわからない言語…

 まぁ他の人たちからしたら日本語もそうなのかもしれないが…。


「"過去と今は連なるもの。しかして未来はそうではない。"」


 彼女の言葉を訳したのはロレスだった。

 この人本当に何でも知ってるな…。


「…ユリウス。行くぞ。」

「良いんですか?」

「行かねば埒が明かない。旅を急ぐならさっさと終わらせる。」


 彼女の後について俺は森を進んだ。


「…シエナも来るんです?」

「悪い?」

「いえ全然。」


 ---


 しばらくして森がぽっかりと開けた。


 ここまで来てようやくわかったが、この森は人工的なものだ。

 まるでもともと別の場所にあった森をどこからか運んできたかのような地面の作りになっている。

 地盤ごと持ち上がったそれが石畳の地面の上に乗っかっていた。

 誰かがこの場所を隠した。しかも森1つ持ち上げるほどの大魔術で。


 そしてその開けた場所には廃墟が広がっていた。

 石造りの建物南下がそのままのこる街並み。

 間違いなく首都と同規模の街がひっそりと森の中で息絶えていた。


「ここは…?」

「…。」


 ロレスは答えない。

 ただ、彼女はある一か所を見つめていた。


「ユリウス、あれ…。」


 その石垣にはこのとあるマークと共に廃墟の名前が記されていた。

 丸い盾に絡みつく植物の紋章。

 街の名前はラウンズと書かれている。


「…まさか。」


 俺は駆けだした。

 少しでも高い建物に昇り、その街を見下ろす。


 完璧な円形の形で作られたその街は、植物に覆われていたが立派な街並みや大きな通りがある。

 そして、その中心。

 水に沈んだ庭園が空を映すその場所には屋敷がある。

 既に天井が崩れたその屋敷は他の建物と違い黒く焦げた跡が見受けられた。

 きっと火事があったのだろう。

 屋敷の正面にはボロボロの白い布とさきの紋章が掲げられている。


 間違いない。

 ここはかつて5つ目の大貴族が治めた街だ。

 ベルガー大陸において、キングソード家と対を成したその貴族はある日一族ごと闇に葬られた。

 もはや名前すら残っていないその貴族たちの名前を俺は知っている。

 貴族の家名はエバーラウンズ。


 首都ラウンズ。

 この街は、俺の家系のルーツに当たる場所だった。


「本当に、あったのか…。」


 思わず息をのんだ。

 伝説として聞かされたものが今目の前にある。

 英雄アレキサンドルスの祖先たちの息吹が残る街。

 かつて栄えたであろうその亡骸が広々とそこに投げ出されている。

 えも言えぬ感情が胸に渦巻く。


 と


「いやああああああああ!!!!」


 シエナの悲鳴がこだました。

 何事かと振り返れば、彼女が飛びついてきた。

 ガタガタと震え、身動きが出来ない程にしがみ付いている。


 ははん、どうしたんだいハニー?

 足の上をコックローティ(ネイティブ)が這っちゃったかい?

 意外と可愛いところあるんだね!HAHAHAHA。


 などと思ったのもつかの間。

 彼女が指さす先にはいつか見た人魂が浮いていた。

 青白い炎が何もない空中で揺らめいている。


 思わず背筋が凍る。


 こんなところまできてお化けに出くわすとは…。

 というか昼間に出るなんて反則だろう。


 人魂は徐々に形を変える。

 それは2本の左手になった。

 まるで4つ腕の魔族がそこに居て片腕だけ姿を見せているようである。

 よく見ると指が数本無いその手がゆっくりと街の奥を指し示す。


 さっきからどっか行って!あっち行って!早く消えて!と高速ローテションで口にするシエナ。

 お化けが苦手なのは相変わらずだ。


「…ロレスさ…。」


 人魂を見てか見ずにかは知らないが、ロレスは既に街に入ってしまっていた。


 おおう…。

 さっきまで乗り気じゃなかったのに先先いくなよ…。


 人魂の方を見る。

 彼だか彼女だかわからないそれは先ほどと同じ形でそこに居た。

 気持ちは悪いが、敵意は感じない。

 不思議な感覚だ。


「シエナ、渡したお守り持ってますか。」


 彼女はブンブンと首を縦に振った。


「しっかり握っててくださいね。」


 再び首を縦に振る彼女の肩を抱きながら、俺はその左手が指し示す方向へ歩くことにした。

 するとその人魂も後ろをついてくるではないか。


 やめろよー…。

 歩くたびに鳥肌が止まらないよ…。


 街の中を歩く。

 朽ち果てた木箱や樽なんかが散乱している通り。

 市場だったのだろうか。

 錆びた剣なんかも転がっている。


 既に枯れた水路が街を横断し、庭園につながっている。

 それ沿いにあるくといくつか家が見えてくる。

 白色の石で作られた家屋。

 家の中は…。見ない方がよさそうだ。

 荒れ果てているということだけ伝わればいい。


 街を抜けてお屋敷の近くに付いた。

 火事で焼け落ちたその屋敷は屋根が崩れ、中で木が育っている。

 そこをロレスは何やら見つめているようだった。

 遠目ではフードで表情が見えない。


「ひぅ…ッ!」


 しゃっくりのように体を跳ねさせたシエナ。

 彼女の視線の先にはあの人魂が居る。


 指さしを辞めた左手は手招きを始めた。

 すいすいと手を振った先。

 中庭の木の根元辺りでその人魂は姿を消した。


 先ほど見えた庭園の端にある木。

 水を避けながらでもすぐにたどり着けるそこに俺は進んだ。


「かかか、帰りましょ…。死体とか出てくるかも…。」

「出てきたら燃やしますよ。何をいまさら怖がるんです。」


 屈強な魔族に物怖じせずに殴りかかる《赤角》様が何を言っているやら…。


 さて、先の人魂の件だ。

 根元で姿を消したということはこの地面の下に何かがあるということ。

 やはり死体と考えるのが良いだろうか。

 供養してもらいたくて俺を呼んだのだろうか。

 俺、こっちの世界だと霊感があるのか。

 霊媒師にでもなってみようかしら…。


「…掘り起こしますよ。」


 一応シエナに一声かけてから俺は土魔法で周辺の地面を柔らかく耕した。

 草で覆われた地面の中から何やら布でグルグルにされた棒状のものが出てくる。

 俺の身長よりも長いそれをひとまず掘り起こした。


「…腕だわ…絶対腕よ…。」


 それは俺も思った。

 言わなくてもいいのに…。


「…開けます。」


 再びシエナに声をかけてからその布の封印を解いていく。


 大丈夫。日はまだ高い。

 仮に腕だったとしても怖くない。

 大丈夫。大丈夫。


 ぐるぐると帯状の布をほどいていくと、2つの物が現れた。

 ひとつは油の沁みた厚紙で覆われた棒状の何か。

 未だに厳重に梱包されているので正体がわからない。

 ただ、しみこんでいる油の匂いは嗅ぎ覚えがあった。これは石油系オイルの匂いだ。


 そしてもうひとつはこちらも同じく油の沁み込んだ封筒。

 外からベトベトに白い何かでコーティングされている。


「…絵具?」


 臭いを嗅ぐ。かなり古いが間違いなく油絵具の匂いがした。

 そして裏返して戦慄した。

 その手紙には親愛なるユリウスへと確かに刻まれていたのだ。


 思わず投げ出して逃げそうになるのを堪えた。


 ありえない。

 なぜ俺の名がこんなところに書かれている?

 同名の別人か?

 だとしたらあの人魂は何故俺を呼んだんだ?


 わからない、わからないがきっとその答えはこの封筒の中にある。


「あ、開けますよ…。」


 もはや習慣的にシエナに確認を取った。

 彼女は俺のローブに顔を埋めて震えている。


 同じく震える手で俺はその封筒を開けた。

 中には1通の手紙ともう1枚。スケッチの様な物が入っていた。


 腹をくくって手紙に目を通す。

 そこには全文魔族の言葉で掛かれた文章が並んでいた。


 ─


 こんにちは。

 未来のユリウス。


 君がこの手紙を読んでいるということは無事に会えたみたいだね。


 寂しいけど君の居る時代には既に僕は居ないし、きっと君は僕を知らない。

 けど、それでも僕にとって君に会えたこの2日間は僕の生涯で何よりも大切なものとなった。

 君がくれた僕の夢が、君の未来につながってくれることを何よりも祈ってる。


 なにか君に託せるものはと考えたけどこれしか思い浮かばなかった。

 魔道士の君には必要ないかもしれないけれど、どうか役立ててほしい。


 ではお元気で。

 過去の君の友人より。


 ─


「…。」


 言葉を失う。

 これは紛れもなく、いま、ここに居るユリウス・エバーラウンズに向けられた手紙だ。

 いつから埋まっていたものか見当もつかないが、少なくとも最近のものではない。

 びっしり生えた雑草の下から出てきたのだ。

 過去から未来に向けられた手紙。

 それがいま俺の手の中にある。


 その手紙をいったん封筒に戻し、恐る恐る4つ折りにされたスケッチを開いた。


「…デニス?」


 そこに描かれていたのは眼鏡をはずしたデニスの姿だった。

 俺が知っている彼より幾分か生意気というか、若そうな知能が低そうな見た目のデニス。

 見たことのない鎧と…!?


「嘘だろ…。」


 見慣れたローブ。

 俺が今着ているローブそっくりの、シエナがデザインしたローブがそこに描かれている。

 モノクロだし、擦れているから細部まではわからないが。袖回りのデザインなどそっくりだ。


 ぞぞぞと鳥肌が立つ。

 訳が分からない。

 どうしてこの絵を描いた人物がデニスとこのローブを知っているのか。


 いや、これらの要素を結んで考えれば、このスケッチは俺が描かれていることになる。

 少なくとも成人する手前ほどの俺が、シエナのローブを着た俺が過去の人物の手によって描かれている。


 薄気味悪いを通り越してあたまがパンクしそうだった。


 落ち着け。

 落ち着いて素数を数えるんだ。

 イーニーサンゴーセブンイレブン…

 よし。駄目だ落ち着かない。

 そうプラスに考えていけ。

 まず、仮にこの絵が俺の将来の姿のスケッチであったと仮定しよう。

 うん、いいじゃないか。よく描けてる。

 で、この人物はそう、イケメンだ。

 良い感じのワイルドさとやんちゃさを兼ね揃えつつ知性を感じるそのまなざし。

 ということは俺の将来は約束されたも同然。

 若ハゲやら突然の肥満体型に悩まされなくて良いということ。

 いーじゃないか。

 もしかしたら、時渡りの魔術なんてのを完成させた俺がタイムスリップしたのかも。

 タイムパラドックスがうんたらとかそう言う小難しい理屈を考えてみろ。

 うん、もうわからん!


「…その絵、ユリウスに似てるわね。」


 ようやっと慣れてきたのか彼女は回りをキョロキョロとしながら絵について触れる。


「ひとまず置いておきましょう。問題はこっちです。」


 もう1個の包みに目をやる。

 手紙の内容通りなら、これは俺宛ての過去からの贈り物ということになる。


 果たして何が入っているやら。


 厳重に包まれたその包みを開ける。

 包みは枠を外したキャンバスだとわかった。

 どうやら過去の送り主は絵描きらしい。


「…え?」


 包みを開け切って俺は戸惑った。

 シエナも息をのむほどのそれが目の前に転がっている。


 硬質で冷たさのある銀色の金属でできた本体には細かな植物の文様が刻まれている。

 そこから伸びた先にあるのは拳ほどの大きさの紫色の魔石。

 透き通ったその魔石は光を通し紫の色ながらも虹の様な輝きを湛えている。

 ツルンと新円に磨かれたそれを取り囲むように円形の金属の飾りがある。

 天球儀のようなそれらにも同じ色の魔石がついていた。

 大、小、極小の三つの魔石が組み込まれた、白銀の杖がそこにあった。


 ふたりで固まった。

 今までさんざん杖を求めて店を回ってきたのだ。

 この杖はきっと目玉が飛び出るほど高い。

 下手をすれば値段もつかないほどの代物だ。


 手に取り、その杖を掲げる。

 きらりと光ったそれは軽く手に吸い付くようであった。

 少し魔力を通しただけでも、この杖は素直にそれに応えた。

 恐ろしいほどに魔力の変換効率が良い。

 あれだけ頼もしかった翡翠石の杖が霞んで見えるほどだ。


「…なんだかわからないけど、良かったじゃない。」

「いや、まぁそうなんですけども…。」


 これだけ上等の杖、普通であれば絶対手に入らない。

 この手紙に描かれているユリウスはいったいどれほどの善行を積んだのだろうか…。


「…どなたかは存じませんが、ありがとうございます。大事に使います。」


 手紙に手を合わせたあとに懐にしまった。

 杖を片手に立ち上がる。


「イーレはこれを知ってたのかしら。」

「だとしたらすごいことです。彼女はなにか特別な力があるらしいですし。」


 後で聞いてみよう。

 なんだか、いろんな人に隠し事をされているようでちょっと複雑だが…。

 そういう事もあるだろう。

 ここは魔法の世界だ。あまりリアリズムなことを考えても仕方ない。

 最近難しく考えすぎていけない。

 もっと気楽に、もっと素直に物事を受け止めなくては…。


「とりあえずロレスさんの所に行きましょう。何か見つけてるかも。」


 これだけすごいお宝が眠っていたのだ。

 首都ラウンズは宝の山だって可能性もある。

 墓荒しと言われればそうかもしれないが…。

 家に帰るのに役に立つものは何でも使おう。

 エルディンの使命の力になる物もあるかもしれない。


 そう思いながらロレスの姿を探した。


 ---


 《ロレス視点》


 …2度と、訪れないと誓っていた。

 私がこの街に踏み入れる資格はない。

 ただ静かに、時の中でこれを忘れて行くのだと。

 いずれ来る終わりまでひっそりと無くしていくのだと。


 燃え落ちた屋敷。


 ありありと眼に浮かぶいつかの光景。


 扉は、黒木の大きな扉がついていた。

 街の大工が3人がかりで取り付けた大きな正面扉。


 屋敷の中は、貴族だというのに質素だ。

 広さはあるものの、石の壁に木の床。

 調度品などほとんどなく、あるのは家族の顔が描かれた肖像画が数枚。

 あとは、エバーラウンズ家の家紋くらい。


 暖炉を囲み、領主が本を読みながら転寝をしている。

 彼の息子を寝かしつけるつもりが、逆に寝かしつけられてしまっている。

 金髪の髪に、次期当主の威厳がどうたらと言って無理やり伸ばした髭。

 自ら最前線に立ち、戦いを終わらせるベルガーの盾はまだ年若い。


 3人ほど雇われたメイド。

 彼女たちは領主に惚れた女たちばかりだ。

 領主は誠実な男であったが、流されやすい男でもあった。

 時折劣情に負けて彼女たちに手を出していたのを私は知っている。


 背の高い男が領主に毛布を掛けている。

 龍人族最後の生き残りである彼は孤独だった。

 だが私と同じようにこの屋敷の領主に言いくるめられて、結局ここに居座っている。

 腕が立ち、魔術も達者な槍使いの彼は私の弟子でもあった。

 最後まで従順で、主人想いの律儀な男だった。


「■■!」


 領主の息子が階段を下りてくる。

 まだ歩けるようになったばかりだというのに、この子は活発だった。


「─おいで…!」


 私の声がする。

 私の体からするりと抜けるように、彼女の姿が目に映る。


 とうに捨てた在り方の私が、何も知らぬまま領主の息子を抱き上げる。

 だらしなく、そのあって当然というふうに幸せを享受する笑みが張り付いている。


 金の髪を持つ少年とその女は揃いの色の瞳を持っている。

 呪われた身でありながら、その幸せを私は手にしてしまった。


「■■■…。」


 目を覚ました領主が、愛おしそうに彼女の肩に手を回す。


 …忘れろ…。


 そして口づけ。

 軽く交わされたそれを女は照れ笑いを浮かべながらもう一度とねだる。

 領主はそれに赤面しながら、代わりに息子の額にキスをする


 …忘れろ…!


 屋敷は炎に包まれている。

 彼らはそれに気づかない。

 彼らは愚かなのだ。

 だが最も愚かなのはそこの女だ。

 自らがその炎の火種であることに等ついぞ知ることなく、最も愛する家族を失うのだ。


 …忘れろ!!!


 そして、その炎の中で領主は自らの首を剣でくびり落とした。

 幼い息子も赤い瞳の貴族に奪われ、成すすべないまま、女は心を壊した。


 ---


「ロレスさん!!!!」


 ハッと我に返る。

 金の髪に、紫の瞳が私を見上げている。

 白いローブに三角帽子。

 そして見慣れない白銀の杖を携えた少年がそこに居る。


「大丈夫ですか?」

「…ユリウスか。」


 彼の名を口にして私は息を吐く。


 辺りは荒れ果てた廃屋だ。

 あの日の面影を残せども、形が残っているものは何1つない。


「…何でもない。」


 あの獣人族の子供。

 わざわざ私にこれを思い出させるためにここへ導いたのか。

 性格の悪いガキだ。


「あの、良ければしゃがんでもらえますか?」


 ユリウスはそう言う。

 私はとくに考えなど無く、それに従った。


「失礼します。」


 彼がローブの裾を私の顔に押し付けてくる。

 主に目元辺り。


「…何かあったんですね?」

「何もない。」

「…だったら涙なんて流さないですよ。」


 涙?

 私が?


 頬に手をやると、わずかに雫がつたっていた。


「…。」

「…話してくれないんですね。」

「お前には関係の無いことだ。」


 私は彼をそう言葉で突き放した。


 この子が知る必要は無い。

 ただユリウス・エバーラウンズという少年として居てくれればそれでいい。


 …それでいい。


「…あいつは?」

「シエナでしたら向こうを探してます。珍しい剣が無いかと宝探しに夢中です。」

「そうか。」


 あのお転婆らしい。

 もう何も残ってなどいないというのに。


「そう言えば、なんでロレスさんは俺の捜索の旅に来てくれたんです?」

「…わからんな。」


 彼の問いには答えられない。

 応えてしまえば、それはあの赤髪の弟子と同じになってしまう。


「…。」

「どうしたんです?」

「…動くなよ。」


 あぁ、私は何しているのだろう。


 きっと感傷に当てられてしまっている。

 この子を抱きしめたところで彼らは帰ってこない。

 私のしたことも、この地に刻み付けた怨嗟も消えない。

 背負って終わらせなければならないのに。


 あの子と瓜二つのこの子を、私は愛おしく思ってしまう。

 きっとあの子があのまま育っていれば、ちょうどこのくらいだったろう。


「…やっぱり何かあったんですね。」

「…お前が無事で良かったと思っただけだ。」


 それだけは嘘偽りなく伝えた。

 私にできるのは、ここまでだ。


「…仕方ないですね。今日だけ特別にもっとギュッとしていいですよ。」

「言っていろ。」


 体を離しながら、私は立ち上がる。


「…あいつを連れてこい。エルディンと合流する。」

「わかりました。呼んできます。」


 走り出したユリウス。

 遠ざかっていく背中から目が離せない。


 しかし彼はフッと振り返った。


「言い忘れてたのですが、俺もロレスさんに会えてよかったと思いますよ。」


 彼はニコリと笑う。


「…早く行け。」


 そういうと彼はシエナの元へと走っていった。


 …無邪気な顔だ。

 今の私には残酷すぎる。


「…オズワルド…。」


 今の私をみて、お前もユリウスのように笑いかけてくれるだろうか。


 …叶わぬことだ。


 私は槍を握りしめた。

 心が緩んでしまっている。


 このままでは付け入る隙も出来よう。

 …もう、一緒に居られない。


 私はまた旅人に戻る。


 果ての終わりを目指すために。

 いつか還る空を見上げるために。

 唯一人、時無くしの終焉を迎えるために。

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