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第四十八話 「相違点」

 シエナと合流した次の日。


「ゴルド氏。おはようございます。」

「おはよざます!」


 少し早めに起きた俺とイーレは食堂でゴルドに声をかけた。


「おはよう、息子よ。昨日は何やら騒ぎがあったと聞く。街に賊が入ったそうだが、何か知っておるか?」

「ウェ!マリモ!!」


 元気に否定した。

 俺は彼の事を尊敬している。

 しかしそれと同時に恐怖もしている。

 もし、もしゴルドにシエナの事が知れたらと思うのだ。

 シエナはゴルドの求める理想の女性そのものなのだ。

 街を上げて彼女を娶りに動くだろう。

 申し訳ないが、そうはさせない。

 シエナは俺が守護る。


 彼の脇には2人の妻がたたずんでいた。

 2番目の妻デイジー。

 そして3番目の妻ミールゥ。

 デイジーは四つ腕の魔族でミールゥは耳長族だ。

 どちらも赤髪である。

 見境が無い、と言うべきなのか柄分け隔てが無いというべきか…。


「ならば良い。余の息子たるお前にもしものことがあってはならん故な。困ったことがあればゴルド兵に声をかけるが良い。」


 …あの人たちゴルド兵って名前なんだ…。


 ネーミングセンスに苦笑いしている時だ。


「「「父上ー!!」」」


 食堂にゾロゾロと子供たちが入ってきた。

 背丈も性別も種族もバラバラの彼ら。

 赤、もしくは金の髪の子供たちが元気にゴルド氏に挨拶をしている。


 彼らはゴルド氏の実子だ。全員とは言わない。

 赤髪の子は養子として迎え入れた子もいるという。


 ここ数か月で分かったことだが、彼はとんでもなく器が大きい。

 赤髪であるかないかだけに限らず、赤髪が好きだという子も養子に迎えている。

 それだけではない。

 彼は街で夫を失った女たちを抱き、金をばらまいている。

 そして子が生まれれば、その子も実子と迎え入れて育てる。

 そうして育った子供たちはみなゴルドを慕い、この街の為にと尽くすのだという。

 皆が知る秘め事というのはそういう事だったのだ。


 そしてそれをゴルドの妻たちは許した。

 彼女たちもそうして見初められた者たちだからだ。

 例え血がつながっておらずとも、実の子として彼女らは惜しまず愛していた。


 これが一種のハーレムの理想形とも思えた。

 流石にここまで規模が大きい物を作れるのはひとえにゴルド氏の人望あってこそだ。

 彼はただただ性癖に素直なだけの紳士ではない。


 当然彼を拒むものもいる。

 しかしそれすらも彼は手を差し伸べるのだ。

 よってこの街ではゴルド氏の事を嫌う者はそう居ない。

 私兵…ゴルド兵も志願するものが多く、装備の手配が追い付いていないらしい。


 この街が出来て30年。

 たった1代で都を築いた男は、愛の化身であった。


「それではまた出かけてきます。」

「うむ、気を付けていくが良い。」


 ビッグダディのせわしない朝食風景を見ながら俺たちは出かけた。


 ---


 ギルドの酒場の一角。

 周りの建物と同じように土を固めて作られたその中は幾分かひんやりとしている。

 このギルドが賑わうのは昼から夕方にかけてだけだ。

 他の時間は歓楽街のほうに客がとられてしまう。


 よって今も客は疎。

 しかし明らかに人の入りが寄っていた。


 原因はそこの旅人2人だ。


 シエナとロレス。

 ほとんどお揃いの恰好で、机に向かい合って足を組んで座っている。

 鏡写しのような2人は既に歴戦の風格を放っている。


 ただ理由はそれだけではない。

 彼女たちの二つ名に起因するのだ。


 シエナに付いた二つ名は《赤角》。

 最近ベルガーを騒がせた暴れん坊の正体だ。

 どうやら魔族との言葉の壁を越えるために素手ゴロ(ボディランゲージ)を多用したらしい。

 ついた生傷も大半がそれだ。

 首都ソーディアの襲撃に関しては多く語ってくれない。

 ただ「セドリックが悪い。」とだけ言うのだ。

 …彼女を信じるとしよう。


 そしてロレス。二つ名は《魔葬》。

 聞いた話では昔大都市を丸っと滅ぼした大罪人…らしい。

 しかしとてもそうは見えない。

 強いし、ぶっきらぼうだから勘違いされているのだろう。

 まぁ仮に大罪人だとしてもそれほど気にはならない。彼女は彼女だ。


 大陸全土を震撼させた話題の二人組だ。

 近寄りがたいのは理というものである。


「ロレス。おはよ。」

「あぁ。」


 何故かイーレはロレスに懐いている。

 何か思うところがあるのだろうか。

 今も挨拶してすぐに彼女の隣に腰かけた。


「ユーリはあっち。」


 イーレはシエナの隣を示した。

 シエナは流し目でこちらを見たプイとそっぽを向いてしまう。


 …何やら機嫌が悪い。

 何か知らないかとロレスの方を見ても同じようにそっぽを向いている。


 喧嘩でもしたのだろうか。


「…熱いんだけど。」

「あぁ。フードの事。」


 彼女には昨日の内にこの街ではフードを取らないでくれと懇願しておいた。

 お願いではない。懇願だ。

 足にしがみ付いて「後生ですから!!後生ですからぁ!!」とひたすら頼み込んだのだ。

 赤い髪はただでさえ目立つ。何よりここはそれが大好きな領主の街だ。

 恩恵もあるが、それよりも弊害の方が気になる。


「この街を出るまで我慢してください。何でしたら薄手のローブを買ってきますよ?」


 ロレスは良い。

 すっぽりとローブを着こんでいても涼しい顔をしている。

 それはあの水色のローブが竜の素材でできていて、軽く風通しが良いからだ。


 一方シエナのローブが白色の分厚い毛皮のローブ。

 茶色いなめし皮で鎧の様な補強が入っているが、さすがにこれからの季節には向いていない。

 既にじっとりと汗をかき、顔に髪の毛が張り付いている。

 ローブに顔を突っ込めばさぞ香しい空気を吸えるだろう。


「このローブ以外着る気はないわ。」

「なんでそんな意固地なんです。」

「…あんたもそのローブ脱いで無いじゃない。」

「それは、これはシエナからもらったローブだからです。絶対脱ぎません。」


 俺のローブは彼女からの誕生日プレゼントだ。

 だいぶくたびれてしまったが、それでもかなり気を使って手入れしてきた。

 今でも解れは無いし、小まめに洗濯しているから純白を保っている。

 例えパンツを失うような状況になってもこのローブだけは死守する。

 絶対だ。


「…そういう事よ。」


 どういう事だ。

 まぁ彼女なりのこだわりがあるのだろう。

 俺もわかる。

 白いローブ、三角帽子。そして魔術の杖。

 それらはマジカルユリウスのトレードマークだ。

 彼女もあのローブと仮面が自身のそれなのだろう。


「シエナも気に入ってるんですね。」

「…うるさい…。」


 顔を真っ赤にして彼女はフードを深くかぶりなおした。

 それもわかる。

 いざ人に言われるとちょっと恥ずかしいよね。


 ひとまず魔法でシエナに風を送りながら話を進めることにした。


「今後の予定ですが、もう少しこの街に滞在します。」

「…どれほどだ?」

「わかりません。」


 腕を組んだままのロレスの問いにそう答えた。

 隣でシエナが露骨に嫌そうな顔をする。


「理由は?」

「エルディンという男を待っています。彼は俺の旅に手を貸してくれている人物です。本来なら春までに合流する予定だったのですが…。」


 すでに季節は初夏に差し掛かろうとしている。

 彼が遅れたからこそ彼女たちと合流できたわけだが。


「そいつ、信用できるのか。」


 それは本当にここに来るんだろうな?という意味も含まれているように聞こえた。


「…そう約束しましたので。俺は彼を信じます。」

「そうか。」


 ロレスはそのまま口を閉じた。


「お前がそう言うなら、だって。」


 声真似しながらシエナがそれを補足した。

 ロレスがギッとシエナを睨む。


「余計なことを…。ですね?」

「あんたもわかってるじゃない。」

「…。」


 不満げにロレスはため息を吐いた。

 分かりやすい、とは言わない。

 仏頂面なのは変わらない。

 ただ彼女とそれなりの時間を過ごすと何となくわかってしまうのだ。


「あ、そうだ。ロレスさん。エルディンはあなたと戦ったことがあると言ってました。覚えがありますか?」


 ふと思い出した。

 彼はロレスと戦い、敗れている。

 仲間を大勢失ったとも。


「…どんな奴だ。」

「俺より少し背が高いくらいの。銀髪で青い目の男です。《銀の勇者》って二つ名があるんですけど…。」


 そう言うと彼女は顎に手を当ててしばし考えた。


「…覚えが無いな。人違いだろう。」

「そうですか…。」

「あぁ。間違いなくな。」


 彼女は言い切った。


「…何か根拠が?」

「私と戦ったものは皆、土の下だ。」


 彼女がわずかに笑った気がした。


 うおおおお…。

 皆殺し宣言…。

 こういう容赦のないところは少し怖い。


「ロレス。自分を悪く言う。駄目。」


 イーレがペシペシとロレスの腿を叩いている。

 まるで妹を叱る姉のよう。

 …見た目は親子ほど離れているが。


「…。」


 彼女はうっとおし気にイーレを見た後に黙らせにかかった。

 イーレの顎の下を指で持ち上げてさする。

 少しだけ戸惑った顔を見せたイーレであったが。数秒ほどでご満悦な表情を浮かべる。


 そう言うところは獣っぽいのね…。

 今度俺も試してみよう。

 というかロレスになら俺もされたい。

 弄ばれてみたいものだ。


「…で?今日はどうするわけ?何もないならギルドの依頼を受けてくるけど。」

「あ、いや。ちょっと買い物に付き合ってもらえないかなと…。」


 買い物?とシエナは首を傾げた。


 ---


 場所を移してここは大通りから少し外れた商店通り。


 街のメインストリートは食材を主に取り扱っているが、こちらは装備品がメインだ。

 この街には旅をして手に職をつけて帰ってきた領主の子供たちが多くいる。

 そんな職人たちが作った工芸品、反物、武器、鎧、杖、装飾品。などなど。

 街内で作られたそれらは大概がここで売られている。

 砂漠の入口ということもあって、砂漠用の装備も多数がそこに並んでいた。

 一族経営といえば聞こえが悪いが、街一つの規模なら変わってくる。

 小さな王国の様なものだ。


 旅人や冒険者も多く行きかう。

 時に値切る声や、客を引く大きな声。

 オークションを行っているような声も聞こえてくる。

 賑やかな通りだ。


「わぁ…ッ!!」


 そんな異国感あふれる街並みに目を輝かせてる少女がここに1人。

 止める間もなくシエナは駆け足で行ってしまった。

 元々冒険者だとか英雄だとかに憧れがあった彼女だ。

 多分、こういうところ好きだろうなと思ったが、案の定だ。


「…はしゃいでいるな。」

「そうですね。ロッズの街を思い出します。」


 彼女はあっちこっちの商店に顔を出してはアレは何かコレは何かと店主を質問攻めにしている。

 まだそれほど経っていないはずなのに随分と懐かしく思えた。


 ふと目をやれば、いまはそこの工芸品を取り扱う店で仮面を見ている。

 イーレと一緒になってあれでもないこれでもないとわちゃわちゃ…。

 店主も困り顔だ。


「あいつの息抜きのためか?」

「それもありますけど、本題は俺の杖です。ここでなら何とか手が届くかなと。」


 以前訪れた店では値段が桁違いで手が出せなかったが、俺はこのあたりにちょっと期待していた。

 木材こそ高いが、それでも生産地での売買。

 かなり割安で手に入るはずだ。


「ユリウス!はやく!」


 懐かしい呼び声に足を進め、ひとまずはシエナのウィンドウショッピングに付き合うことにした。


 ---


「コレとコレを貰うわ!」

「じゃあ、華貨が12枚ね。」

「足元見ないでくれる?華貨9枚でしょ。値札に書いてあるじゃない。」


 杖を選びながら、雑貨屋で小物を買うシエナを見ていた。

 その傍らではイーレが彼女のローブの裾をつまんで常について行っている。


 おお。

 ちゃんと計算出来てるし、商人とのやり取りも出来てる。

 なんだか嬉しく思える光景に思わず頬が緩んだ。


「…いまいちだな。」


 そんな声を上げたのはロレスだ。

 彼女は俺の隣で杖を吟味していた。

 通りに面した開け放たれた魔道具屋。

 ローブや帽子など一通りの魔術師装備が揃う店だ。


「ちょっとお姉ちゃん。店先でそりゃあねぇだろ。」


 店番をしていたベレー帽の男が頬杖付きながらそう言う。


「うちの商品はこの辺でも一級品だよ?あの《微笑》も《蛇目》もうちの杖を使ってんだからさぁ。」


 今上がったのは二つ名持ちの魔術師の事だ。

 俺も詳しくは知らないが、それ相当の実力者らしい。

 しかしロレスはそれを鼻で笑った。


「人を裏でコソコソ操るような性悪ばかりだ。」

「お姉ちゃん、あんたねぇ…。」

「もとより魔術の種類が違う。ひっこんでろ。」


 ロレスは睨みながらそう言って店主を黙らせた。

 ばつが悪そうな顔で彼はケッと吐き捨てて店の奥へと引っ込んだ。


「駄目ですよロレスさん。あれはごめんで終わらせるべきです。」

「…。」

「そんなだから《魔葬》だなんて人に間違えられるんですよ。」

「…。」


 彼女は黙ったまま隣の棚を見に行った。

 へそを曲げてしまっただろうか。

 …いや、照れ隠しだな。

 そういう事にしておこう。


 しかし、彼女が言うことが的を得ているのも事実だ。

 ここにある杖はどうにも、禍々しい。


 例えばそこの杖は青色の魔石がはまっているのだが、髑髏の装飾と蠍の装飾が施されている。

 まるで人の手のような形の杖もあれば、骨そのものを用いた杖もある。

 杖の装飾ひとつひとつにも魔術的な意味がある。

 これらは確かに質が良いものではあるが、儀式的に使用する側面が強い。


 真正面からの戦いを好む俺たちには少々不向きなのは理解できた。

 まぁ、店選びを間違えた感は否めないが…。


 次の店を覗いてみるか…。


「あ、いたいた。ユリウスー。」


 のほほんとした声で呼ばれた。

 強い日差しに照らされた銀髪がこちらに向かってくる。

 エルディンだった。


「遅いぞエル。もう夏になろうかってところだ。」

「ごめんごめん。人助けしてたら遅くなっちゃって。これも使命の一環だから許してよ。」


 手のひらを合わせながら彼は頭を下げた。

 急いできた風、では無いな。

 装備も整っているし、身なりも綺麗だ。


「…ん?背が伸びた?」

「剣より先にそっちに目が行くあたりさすがだね君は…。」


 彼の背丈が伸びている気がしたが、彼は剣の方を見て欲しかったらしい。

 リクエスト通りに彼の腰に収まる2本の剣を見た。

 片方はいつもの彼の愛剣シルビア。透き通る翡翠石の装飾が美しい魔法剣。

 もう片方は初見だ。深い青色の丸みを帯びた装飾が施された剣が収まっている。

 水面に落ちた水滴の様なその装飾は蒼水石と呼ばれる魔石のように見えた。


「…それがテルス大陸に行く用事だったのか?」

「そうそう。これでやっとボクも本領発揮が出来るってものだよ。」

『─。──。』

『───!!』

「あぁ、ごめんごめん喧嘩しないでよ…。」


 …あ、こっちの剣も喋るのね。

 摩訶不思議すぎるな、勇者の一行は…。


「ユリウス、やはりこの店は駄目だ。次の店に─。」


 呆れながら出てきたロレス。

 しかし次の瞬間鋭い剣撃の音が響いた。

 組み合っただけの衝撃で周囲に強い風が巻き上がる。


 エルディンが剣を抜き放ちロレスに斬りかかったのだ。

 ロレスは槍の柄でそれを受けたものの、切っ先が浅く肩に食い込んでいる。


「《魔葬》!!なぜ貴様がここに居る!!!!」


 見たことないほどに憎悪を纏った表情でエルディンは吠えた。


「ユリウス、下がれ。」

「ユリウス!!こいつは敵だ!!離れて!!」


 何がどうなっているのかわからない!!

 突如として始まった戦闘に商店通りはパニックになった。


 幾度も打ち付けられる鋭い剣撃が響き、通りの地面にバカバカと大穴が空いていく。

 彼らはこの街中で壊撃を使って打ち合っているのだ。


「エル!落ち着け!!ロレスさんは敵じゃない!!」

「危ない!!!」


 止めに入ったものの、蹴り飛ばされて戦線から遠ざけられる。

 ロレスもロレスだ。

 完全に戦闘モードに入ってしまっている。


 シエナ!シエナなら止められる!

 せめてロレスだけでも抑え込めれば…!


「やああああああああああ!!!!!」


 怒号と共に赤い刃がエルディンに躍りかかった。

 赤い魔法剣と蒼い魔法剣が激しく火花を散らす。


「君、誰!?」

「ユリウス!コイツをやるわよ!!」


 突然三つ巴になった戦い。

 あろうことか騒ぎを聞きつけたシエナまで剣を抜いて参戦してしまった。


 実質2対1。数ではエルディンが不利だ。

 しかし一切引けを取っていない。

 それどころか、シエナには極力攻撃がいかないように立ち回っている。


「シエナ!!ストップ!!!ストップ!!!!」

「下がってて!!!」


 再び蹴り飛ばされて蚊帳の外だ。

 イーレの足元まで転がった。

 心配そうに彼女が俺に声をかけて体を起こしてくれる。


 見るだけなら凄まじく美しい戦いだ。

 誰しもが息をのむような剣と槍の舞。

 時に魔術が飛び交い、炎の赤い閃光や水の煌めく飛沫が戦場を彩る。


 まぁ目を奪われている場合ではない。

 それに俺自身が歯牙にもかけられていないことに若干腹が立っていた。


「話をきけっつうのぉ!!!!」


 地面に手をついて魔力を回す。

 思い切って溜を作り、彼らが飛びかかると同時に足元に手招く砂塵の緊縛(アースキャッチ)を展開した。

 素早く回避する彼らを面で捉えて全員残らず縛り上げた。

 女性陣にはもれなく衣類に食い込むようなちょい辱めのある縛りをプレゼントだ。


「皆やめて!!俺のために争わないで!!!!」


 ようやっと静かになった街の通りに俺の叫びがこだました。


 ---


「「「…。」」」


 再び場所を移して酒場。

 買い物など続けるわけにもいかず、通り被害だけサッと直して逃げるようにここまで来た。

 シエナとロレスが隣り合って座り、その反対側にエルディンとイーレ、そして俺。


 先ほどまで戦っていた3人は不満げな顔で腕を組んで座っている。

 シエナに至ってはエルディンを睨みつけている。


「…えっと。」


 このままでは日が暮れるまでダンマリが続きそうなので俺が口を開いた。


「…とりあえず、こちら《銀の勇者》エルディン。俺の協力者です。」


 何も言わない彼ら。

 俺は続けた。


「で、こっちがシエナとロレスさん。一緒に修行した仲間たちです。」


 やはり何も言わない彼ら。

 おもい沈黙が続く席に、「失礼しまーす。」と給仕が小声で飲み物を持ってきた。

 そしてそそくさと帰っていく。

 酒場を見回せば客も給仕も、皆がこの机の動向に気をかけているようだった。


 最初に動いたのはシエナだ。

 彼女は目の前の泡酒を一息に飲み干し、ダンとジョッキを机に叩きつけた。


「なんで斬りかかってきたわけ?」


 ロレスが持っていよう疑問を彼女は口にした。


「…そこの彼女が《魔葬》のロレス。だと思ったので。」


 何やらしょぼくれながらエルディンは答えた。


「…本人だよね?」

「《魔葬》と名乗ったことは無い。勝手にそう呼ばれているだけだ。」


 ロレスはいつもの如く腕組足組ピタリと動かず、そう答えた。


「なんでうちの師匠がそれだったら斬りかかる理由になるのよ。」

「…いや、その…。」


 なにやら煮え切らない態度のエルディン。

 俺も彼の蛮行の理由が気になるところではある。


「…確認だけど《魔葬》。君は《微笑》と繋がりがあるかい?」

「名前は知っている。会ったことは無い。」

「嘘偽りなく?」

「嘘を言う理由が無い。」


 そう言われて彼は顎に手を当てて何やらぶつぶつ言い始めた。

 日本語だ。


『…今回は違うのか…?』


 とだけ聞き取れた。


「…えっと。ごめんなさい。ボクの早とちりみたいで、皆さんに迷惑を…。」


 しばらくして彼は深々と頭を下げた。

 それを見てシエナは再び腕を組んでフンと鼻を鳴らす。

 ロレスも少しだけため息を吐いた。


 …まずいなぁ。第一印象最悪じゃないか…。


「…気にするな。慣れている。」


 エルディンに救いを差し伸べたのはロレスだった。


「ユリウスの知り合いでなければ殺していたがな。」


 鋭く釘をさしておくのは忘れないようだ。

 その言葉にエルディンも引きつった笑いを浮かべた。


「…ねぇユリウス。こいつと一緒に旅するわけ?」


 せっかく解れ始めた空気にシエナは再び水を差した。


「突然斬りかかってくるような奴なんて信用ならないんだけど。」

「シエナがそれを言いますか…。」

「当然よ。」


 一向にへそを曲げたままのシエナ。

 これはちょっとやそっとじゃ仲良く出来そうにない。


「…シエナって、あのシエナ・ゼルジア・ドラゴンロッド?貴族令嬢の?」

「何よ。文句あるわけ?」


 エルディンはそう問うたあとに再び何やら考え込み始めた。

 さっきから彼の様子がおかしい。

 何かあったんだろうか…。


『エル?何かあったのか?』


 俺は彼に日本語で話しかけた。


『…ごめん。ちょっと想定外の事の連続で混乱してるんだ。』

『それはシエナ達がここに居ることに関係があるのか?』

『というより、君だね。』

『俺?』

『詳しくは後で話すよ。』


 彼はそこまで言って改めて2人に向き直った。


「非礼を詫びると共に、改めて名乗らせてもらいます。ボクはエルディン・リバーテール。ユリウスの友人です。彼とイーレ様の護衛として旅に同行する者です。」

「…そこまでは聞いた。旅を急いでいる。今後の進路について話せ。」

「よろこんで。」


 ロレスの言葉に彼は懐から地図を出して卓上に広げた。

 その場にいた全員が食い入るように見つめる。


「赤の都シルバを出て、砂漠を横断する。今の季節だと多少きついけど、魔族の集落が点々とある。そこで補充を行いながら、砂漠の耳長族の里ミーラジゥへ向かいます。」

「ミーラジゥは遺跡地帯だ。満足な補給が行えるとは限らない。魔物も強い。いっそ南下した方が良い。」

「それでは三国紛争地帯を抜けることになります。いまその場所ではベルガー王政不振のあおりを受けて不穏分子が集まっています。治安は最悪。得策とは言い難い。」

「…詳しいな。」

「たくさん調べましたからね。」


 ロレスと意見を交わしながらエルディンは続ける。

 彼は地図を捲った。

 そこにはより詳細な砂漠の情報が書き込まれていた。

 岩陰の場所から水がある場所。魔物の巣に地下空洞の在り処まで網羅されている。

 どこにどんな植物が生えているかまでびっしりと書き込まれていた。


「…ほう…。」


 ロレスも感嘆の声をあげている。


「最終的には砂漠を抜けてザビー皇国を目指すルートだ。だからまずはここの─。」

「ここ行く!」


 エルディンの説明を遮ったのはイーレだった。

 彼女が指示したのは砂漠から外れたベルガー王政の圏内。

 山脈の麓にあるくぼみのような地形がある場所を指さしていた。

 進行方向とは反対側になる。


「イーレ様。そこには何もありませんよ?」

「ある。行く!」


 彼女はかたくなに譲らなかった。


『────!─!─!』


 エルディンに向かって必死で訴えかけている。

 相変わらずよくわからない言語だ。


 それを聞いてロレスも目を丸くした。

 あんな表情の彼女は珍しい。

 シエナは…おい、寝てるじゃないか。

 作戦会議だぞ。頑張れお嬢様。


「…わかりました。ユリウス。ちょっと寄り道することになるけど良いかな?」

「まぁ仕方ない。どのくらいでそこまで行ける?」

「迷わなければ半月ほど。ここには街道が通ってないからどのくらいかかるか…。」

「迷わない。ロレスわかる。」


 イーレはロレスの方を指さして言った。

 その刺された指をロレスはやんわりと下ろさせる。


「土地勘があるんですか?」

「…。」


 ロレスは答えない。

 ただじっと、仏像のように地図の場所を見つめていた。


 俺とエルディンは顔を見合わせる。


「…旅支度をするぞ。明朝には出る。」


 最終的にはロレスがそう締めくくって作戦会議は終わった。

 俺は眠ったままのシエナを負ぶって宿まで送り、エルディン、イーレと共にゴルドの屋敷まで戻った。


 ---


 屋敷に戻るとジョシアさんが迎えてくれた。

 エルディンの顔を見たとたんに「お帰りなさい。」とハグを交わした。


「ただいま戻りました母上。」


 どうやらエルディンもここの息子判定のようだ。


「父上はどちらに?」

「裏庭にいます。」

「あぁ…じゃあ、後にしますね。」


 何やら訳ありのようでエルディンは遠慮した。

 しかし。


「ユリウス様。あなたは裏庭へ。ゴルド様がお呼びです。」


 え。

 俺?俺だけ?


「…なにかしましたかね。」

「いいえ。ただ、ゴルド様のお話を聞いて下さればと思います。こちらへ。」


 そう言われて俺は裏にはへと通された。

 豪華なつくりの屋敷を抜ける。

 裏庭は花であふれていた。

 庭師によって綺麗に剪定された整った庭。

 濃い緑のなかにぽつぽつと赤い花が彩る。


 細い石作りの通りを抜けると、テラスがあった。

 既に冷たくなったお茶が残されている。

 ひとつは飲み干され、ひとつは手が付けられていない。


「ゴルド氏ー。ユリウスですー。ただいま戻りましたー。」

「余はこっちぞ。」


 その声の方へ進むと水辺に大きな木が生えていた。

 ゴルド氏はそのそばで静かに後ろ手を組んでたたずんでいる。


「帰ったか息子よ。」

「お呼びでしょうか?」

「うむ。まだ、会わせていなかったと思ってな。」


 そう言って彼は俺の背中を軽く押した。

 目の前にあるのは墓石だった。


 魔法歴979年。

 最愛の妻、ロゼットここに眠る。


 その墓石にはそう記されていた。


「余の最初の妻だ。誰よりも美しく、誰よりも賢く。そして誰よりも早く余を見初めた。いまだ領主として未熟であった余を奮い立たせた女傑であったが、病には勝てなんだ。」


 彼は静かに口を開く。

 俺は騎士礼節をもってその墓石へと祈りをささげた。


「…同じ人族でありながら、こうも死期が違うのはなんとも不思議な物よ。」


 ひどく寂しい口調で彼は言った。


「余の息子、ユリウスよ。旅立ちは近いのであろう?」

「…はい。」

「許す。余の子供たちはそうやって旅をする。そしてその先の地で根付き、また子を儲ける。そうして我がシルバーマン家の魂は脈々と受け継がれていくのだ。」


 彼はこちらに振り替える。

 赤い仕立ての良い貴族の服が風になびく。


「ユリウスよ。息子よ。同じ色の魂を持つ者よ。また賢き者の問答をしようぞ。」

「…偽れば…?」

「偽るまいよ。」


 クククと楽しげに笑った。

 そして。


「愛。とは何ぞ。」


 彼は短く問うた。


「愛、ですか。」

「うむ。そうだ。お前にとって愛とは何ぞ。余の問いに即座に答えたお前ならばあるいはと思ってな。」


 彼は俺の答えを待った。

 しかし、俺はそれを言葉にすることが出来なかった。

 答えを知らなかったと言っても良い。

 苦しい沈黙が流れた。


「…お前も、答えられぬか。」


 しばらくして彼はそう口を開いた。


「申し訳ありません…。」

「良い。実のところ余も答えを出せぬ。」


 彼は再び墓石の、ロゼットさんのほうに目をやった。

 傾きかけた日差しが優しく照らし、ソヨソヨと風が撫でていく。


「愛とはの問いに答えることは出来ぬ。しかし余は誰よりも愛を知っておるのだ。」


 そう言って彼は俺の肩に手をやった。


「息子よ。愛を知れ。旅の果てに愛に見えよ。余と同じ魂を持つお前だ。不可能は無い。」


 俺の眼を見ながら彼は力強く言った。


「いつか再び顔を合わせたとき、お前のその答えを聞けることを待っておるぞ。」

「…ありがとうございます。ゴルド氏。」

「ついぞ、父上と呼んではくれなんだな。ユリウス。」

「…申し訳ありません。ですが、俺の父と母はこの世に1人ずつなのです。その特別な呼び名はたとえゴルド氏にも譲れません。」


 そこだけは決して譲れなかった。

 俺の両親はデニスとサーシャ。その人たちだけだ。

 彼ら以外にその呼び方は出来ない。

 俺はそういう、形式ばった男でもあるのだ。


「…それもお前の愛よな。寂しいが、許す。エルディンでもなく、お前だから許したのだ。」


 ゴルドは深くうなずいた。


「せめて夕飯くらいは食べていきなさい。米も用意してある。」

「…お気遣い感謝いたします。」


 そうして晩餐は盛大に執り行われた。

 食堂に詰めかけた大勢の魂の兄弟たち。

 名前も顔も覚えきれないほど沢山いる彼らと囲む夕飯は、異国の料理だ。

 しかしまるでそれは実家で食べる食事のよう。


『素敵だろ?ゴルドさんは。』


 こそっとエルディンが話しかけてくる。


『ボクはこういう人たちが大好きなんだ。』


 それは、だから使命を全うするんだという決意にも聞こえた。

 未だに彼はその使命とやらの詳細を話してくれない。

 しかし、この人たちを救う手助けならば喜んで手を貸せると思えた。

 明朝の出発を控えているにもかかわらず、俺たちは遅くまで彼らと話した。


「「「赤髪最高!!!」」」


 皆同じような志の者たちばかりであった。

人物紹介


ゴルド・シルバーマン 人族 53歳。

一代にして赤き都シルバを築き上げた開拓者。

現在は砂漠へ向かう旅人たちを主客とした街作りで富を得ている。

人望が厚く、彼を慕う者はみな家族と受け入れる器を持つ。

好色でこの年になっても毎晩の営みを欠かさない。

最近では理想の花嫁をついに見つけたとひそかに漏らしている。

近くその肖像画が届くらしい。

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