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第四十七話 「縁を辿って」

 天気は快晴。

 風向き良し。風速微速。

 場所はゴルド邸屋上。


 赤き都シルバを一望できるここに俺とイーレは居た。

 春の日差しはもうとっくに熱を帯び、砂漠地帯の過酷さを思い知らせてくれる。

 からりと乾いた風が束ねた髪を揺らしていく。


 旅に出てから髪の毛など一度も切っていないのだ。

 首筋に熱がこもってしまうが、だがこれはこれで気に入っている。

 やはり旅人とは、後ろで伸びた髪を結んでいるものだ。


 スパッと晴れ渡った空。

 雲は地平線近くにうっすらと影を落とす程度。

 こんな清々しい日は空でも飛んでみたい。

 そして俺にはそれが出来る。俺にしかできないと言ってもいい。


「熱輪起動よし。混合気供給良し。魔力安定、推進変換率…良好。」


 露天で買った目を保護するための岩窟族の民芸品。

 皮とガラスでできたゴーグルをつける。


 すでに星雲の憧憬(ネビュラ)は暖機運転を終えた。

 新しく2つ追加した左右の大型熱輪も順調に機能している。


「ユーリ。また落ちる。怖くない?」

「落ちないし怖くないよ。」


 過去の失敗にとらわれてはいけない。

 何度燃焼不良の末に墜落したことか。

 何度魔力切れになってぶっ倒れた事か。


 イーレに手渡された三角帽子を深くかぶる。

 相変わらず杖無しの魔道士。そろそろ格好をつけたい。

 剣を持たない剣士は剣士と言えないし、弓を使わない弓兵は弓兵じゃない。

 せっかくだし今日は市場に新しく来た魔術道具の露天商の所に寄ってみるか。


「じゃあおとなしく待っててね。」

「ん。」


 魔力を熱輪に巡らせる。

 燃焼推進でゆっくりと浮上する。


 イーレを吹き飛ばさない程度の高度まで上昇した。


 姿勢制御良し。熱輪出力安定。進路オールクリア。


「ユリウス!出撃()ます!!」


 ゴウと吹かして俺は屋敷から飛び立った。


「…イーレも。ついてく。」


 彼女はローブを翻して街に出た。


 ---


 炸裂音と共に一気に最大推力で加速する。

 周辺の景色を置いてきぼりにして気が付けばすでに街の端に来ていた。


 グンと体をひねる。

 熱輪はそれに追従し、急旋回する。


 小さな炸裂音を幾重にも響かせてのジグザグ飛行。

 ロールさせて自由落下。からの再起動で急浮上。

 アクロバット飛行を敢行しながら街を飛び回る。


「順調順調。俺ってば魔道の申し子かも…。」


 オアシスの上空で一度滞空しながら熱輪を確認する。


 今回改良を行った星雲の憧憬(ネビュラ)は飛行特化型の調整だ。

 熱輪を大型化したことで地上での制御が難しくなったが、その分速度と空中での姿勢制御が安定した。

 何より大きいのが燃費を向上させる新しい風魔法の開発だ。


 何度か使っていた空気の成分操作。

 酸素だけを生成したりはしたことがあったが、思いついたのはあの晩。

 ディティス風炊き込みご飯を作った日だ。

 なんとか楽に炎を維持する手段が無いか試行錯誤を続けた結果、空気の配合にたどり着いた。


 それを応用したのが今回の星雲の憧憬(ネビュラ)に使用されている混合気である。

 ようは、水素と酸素の燃焼時に発生するエネルギーを推力にしている。

 言ってしまえばロケットと同じ理屈だ。

 …まぁ、宇宙工学などさっぱりだ。

 結果として星雲の憧憬(ネビュラ)が進歩したので良しとする。良しとしてくれ。


 とにもかくにも、熱輪の維持さえしていればあとは混合気を送るだけ。

 燃費は従来の星雲の憧憬(ネビュラ)と比べれば倍近く向上した。

 砂漠越えを前にここまで改良できたのは運が良かったかもしれない。


 本当は近距離戦闘用の星雲の憧憬(ネビュラ)も同時に開発していたがそっちは難航している。

 どうにも地上での急加速急制動がうまく行かない。

 今後の課題だ。


「…お。あれだ。」


 露天商の店の真ん前に着陸する。

 腰ほどの高さで星雲の憧憬(ネビュラ)を解除。

 膝と拳を地面に突いて地上へと降り立つ。


 …完璧。

 当然周りは騒然となる。


「空から人が!?」「どこから現れたんだ?」「ママー。」「シッ見ちゃいけません。」


 …?最後のはちょっとおかしくないか?

 まぁいいか。


「露天商さん、空飛ぶナイスな天才魔道士にドンピシャな杖。あるかい?」


 ニヒルに笑いながら三角帽子を指で押し上げる。

 気分はさながら西部劇の主人公。

 露天商も突然現れた俺に唖然としているようだ。

 さもありなん。

 空を飛べる魔道士などこの世に2人と居ないのだから。


 …俺は物事がうまく行くと調子に乗るタイプなのだ。

 どうか許してやってほしい。


「これはこれは、ユリウス・ヴォイジャー。」


 後ろから聞いたことがある声で話し掛けられた。

 ねっとりと、言い聞かせるような嫌味たらしい声色。

 あまりいい思い出の無い男の声。


 背中をビクリと震わせてからゆっくり振り返る。


 黒の長髪を後ろで束ねた髪形。

 大柄な体格に、金属の補強が入った皮の鎧。

 腰のショートソード。そして大振りの両手斧。


 装備が多少違っているが、そいつと会うのは3度目だ。


「セ、セドリック…。」


 《竜殺し》セドリック。

 いろいろ因縁浅からぬ男だった。


 数名の手下を連れているが、どいつも盗賊風だ。


「どうしてここが…?」

「アリアーに向かうルートを考えたらここにたどり着いただけだ、案外単純だよなぁお前。」


 身構える前に彼は俺の首を掴んで持ち上げた。

 足が地面から離れる。

 息が出来ず、奴の腕にしがみ付く。


「あんだけビュンビュン飛び回ってれば見つけるのは簡単だった…杖のお礼をしてやる。面かせよ…。」


 ヒヒヒと、セドリックは不気味に顔をゆがめた。

 俺はそのまま人通りの無い裏路地へと連行された。


 ---


 《イーレ視点》


 まずいことになった…。


 ユリウスが大男に連れていかれる。

 私は建物の陰からそれを見ていた。


 あの男からは身の毛のよだつほどの醜悪な本性が見て取れる。

 周りの奴らからもだ。ユリウスに対して強い恨みを持っている。


 このままでは彼は殺される。


 どうする。

 エルディンはまだ帰ってこない。

 領主の私兵など、呼びに行ったところで間に合わない。

 私が不意打ちで倒せるわけもない。


 ─1人じゃどうにもならないようなことでも、誰かに助けてもらって成し遂げる─。


 ユリウスの言葉。


 それを思い出したときには私は《星眼》を使っていた。


 誰でもいい。

 誰か。

 ユリウスを助けてくれる縁を。

 運命の子に力を貸してくれる縁を。


 街中を見渡す。

 誰しも色が褪せて映る。

 暗く、色が無く、ユリウスに繋がらない縁ばかり。

 色の無い靄は、彼の先へとつながってくれない。


 バチリと右目に痛みが走る。

 この幼い体ではまだ魔眼を使うだけの魔力が無い。


 すぐに景色が元に戻る。

 強い日差しを砂が反射して白飛びした景色。


 痛む目を抑えて周りを見渡せど、人混みがあるばかり。


「…ユーリ…。」


 彼とエルディンが笑う顔が浮かぶ。

 そうだ、彼らを見届けねばならない。

 私の眼は、彼らの救う先の未来を見たがっている。

 こんなところでそれを終わらせるわけにはいかない。


 もう一度魔眼を使う。

 魔力があっというまに底をつき、グラリと体が揺れる。


 自分の無力さを悔やんだ。

 どうしてこうも私は何も出来ないのか。

 ただ見るだけの魔眼など、無意味だ。

 私が姉様であれば、気高き獣人族の戦士であればあるいは…。


 倒れそうになるのを誰かに抱き止められた。

 細い指、女の手だ。


「…あんた、大丈夫?」


 声に顔を上げる。

 そこにあったのは強烈な縁の光。

 赤く強いその縁は走るように裏路地に、ユリウスに伸びている。


「助けて!」


 私は必死でその女にしがみ付いた。


「ユーリ殺される!助けて!」


 焼けるような眼の痛みを我慢して必死で叫んだ。


「ユーリ…ね。」


 彼女は私の頭にポンと手をやると、颯爽と立ち上がった。

 そして彼女は歩き出す。

 白い毛皮のローブに奇妙な仮面の女。

 剣を抜き放ち、フードを下ろしたその背中に深紅の髪が滑り落ちる。


「…やっと、見つけた…。」


 裏路地に向かうその女の背中から凄まじい殺気が立ち昇る。

 それに私は腰を抜かした。


 …人選を、見誤ったかもしれない…。


 ---


 《ユリウス視点》


「これはお前に殺された愛馬の分。」


 ドボォと腹にセドリックの拳が撃ち込まれる。


「これはお前に盗まれた剣の分。」


 前のめりになってしまった顔目掛けて強烈なアッパースイング。

 顔面のど真ん中に食らって、鼻字を噴き出す。

 …鼻の骨が折れたかもしれない。


 しかし、セドリックは手を緩めない。


「くたばるなよ?ユリウス。お前にはまだまだ山ほど恨みがあるんだ。」


 前髪を掴まれて半身を持ち上げられる。


 彼は常にレジスト用に魔力をばらまいている。

 おかげで雷轟の射手(トリガー)手招く砂塵の緊縛(アースキャッチ)も使えない。


「…俺が、何したって…。」

「とぼけんなよ。《赤角》と《魔葬》なんて物騒な奴ら消しかけやがって。おかげでソーディアの衛兵は壊滅。俺も手下と責任取らされて首だ!キングソード家の衛兵長が今じゃ盗賊崩れだ!!」


 怒号と共に蹴りを食らって吹き飛ぶ。

 そんな覚えなど無い。

 俺もまた彼らに追われているのだ。


「…グッ…。」


 体を起こしながら雷轟の射手(トリガー)を構える。

 しかし弾頭の形成も薬室での炎の圧縮もままならない。


「杖が無けりゃその程度かよ。俺の腕に巻いてる場合じゃなかったなぁ!?えぇ!?」


 構えていた右腕を踏みつけられる。


「おかげでこうやってお前を思う存分いたぶれるぜ。甘ちゃんの半端魔術師がよぉ。」


 さらにそのまま何度も拳の殴打を貰う。

 もう右目が開かないし、口の中は血の味しかしない。


「積み上げてきた功績も、俺自身の誇りも全部ぐちゃぐちゃだ。しかもこんなガキに情けまでかけられて、良い笑いもんだぜ。楽に死ねると思うなよ、ユリウス。」


 掴みあげられ、放り投げられ。

 手下たちは俺を無理やり起こすと羽交い絞めにする。

 抵抗しようにも、すでに手も足もズタズタだった。


「自慢の炎もこの街の中じゃ使えないよなぁ。ま、街ごと吹き飛ばしゃ別だろうがな!」


 彼らの高笑いが聞こえてくる。


 あぁ、糞。

 どうしてこうなる。


 割といろいろ上手く行ってたと思う。

 …ま、調子に乗りすぎたんだ。

 いい気になって飛び回ってりゃ、こういう輩に見つかるか。


「…子供、いたぶってそんなに楽しいかよ…。」


 切れた口のままで俺は声を発した。


「お前らみたいな。自分勝手で人の事を顧みない奴らが、他人を踏んづけて生きてるってだけで虫唾が走る…。」


 エルディンを思い出していた。

 彼は世界を救うのが使命だといった。

 俺とさほど変わらぬ年で世界中を飛び回り、その訳の分からぬ使命とやらに振り回されている。

 そして彼の救う世界には、こいつらも含まれているのだ。


「まだまだ元気みてぇだな。」

「…今に見てろセドリック。もうすぐだ。もうすぐお前に。竜なんか目じゃないほどの恐怖が襲い掛かる。」


 はったりではない。

 きっと、俺が殺されたとき。

 エルディンは怒ってくれる。

 仇は取ってくれる。


「ヘッ。そいつは楽しみだぜ。」


 彼は真顔のままに斧に手をかけた。


「命乞いも無し、泣き言も無し。不愉快だユリウス。正直飽きた。さよならだ。」


 最後に石柱を奴の横から召喚した。

 当たりはしなかったが。セドリックの焦った顔ですこし心がスッとした。


「死ね!!」


 斧が振り落とされる寸前。

 突然両手の拘束が解かれた。


 後ろに体が倒れてしまう。


 スローモーションの景色の中で、セドリックの顔が急に強張っていくのが見えた。

 そして、両サイドに居た手下2人が血しぶきをあげている。


 ゆっくりと後ろに倒れ込んだ時、誰かにふわりと抱き止められた。

 潰れかけた視界の中で、白い毛皮のローブが翻る。

 そして、赤。

 鮮やかな、燃え上がる炎ような色の赤い髪が視界の隅を掠めて行く。


「…《赤角》…!」


 セドリックが噛みつぶすような声でそう口にした。

 俺を抱き止めたその人の顔には、彼女の顔には。

 いつか俺が作った、ボロボロの鬼の面が付けられていた。

 仮面越しに彼女が俺を見る。

 赤い瞳が一瞬だけ俺を捉えたあと、再びセドリックに向けられた。


「…《竜殺し》…。」


 彼女がそう口にし、ギリリと奥歯を噛み締める。


「…よくも、やったわね…!!!!!」


 彼女の怒りが吹きあがる。

 赤い髪が逆立ち、握りしめたその剣の魔石が煌めく。


「てめぇ!!何しに─。」


 セドリックが言い終わらないうちに彼女は俺を置いてきぼりにして踏み込んだ。

 俺が地面に投げ出される間に残った手下を一瞬で切り伏せる。

 一切ためらいなく振られた剣は容易く彼らの首を宙へと投げ出した。


 壁を蹴り、飛び上がった彼女はセドリックの上を越えて背後を取る。


 剣を抜き放ったセドリックだったが、遅い。

 彼女の剣が赤い軌跡を残しながらセドリックの背中を切り裂いていく。


「クソガキが!!!!」


 乱暴に剣を振るセドリックであったが、裏路地での戦闘が裏目に出た。

 大柄な彼の獲物は大斧とショートソード。

 狭い路地裏では自由に斧を振ることなど出来ず。

 最初から片腕をつぶされた状態だ。

 しかも、相手が悪い。

 彼女は身軽だ。

 隙間を抜け、飛び上がり、縦横無尽に剣を奮うそのさま吹き荒れる風のようだった。


 ガキィンと剣撃がぶつかった。

 一見、力負けしたようにも見えた彼女であったが。

 悲鳴を上げたのはセドリックの方だった。


 剣を握っていた右腕が血を噴き出している。

 重機に巻き込まれたように潰された腕。

 そして木っ端みじんに砕けた剣。


 剣士の魔法、壊撃。

 相手に直接魔力を打ち込んで内部から破壊する必殺剣がセドリックの腕を穿った。


 セドリックは砕けた腕のまま彼女を力任せに殴りつけた。

 鬼の面が砕け、血しぶきの向こうで彼女の顔があらわになる。


 赤い瞳、吊り上がった眼と長いまつげ。

 そして燃え上がる炎と見紛う赤髪。

 怒り狂った龍のような形相で彼女は左腕を掲げた。


 夕刻の星(ヴェスパーライト)

 彼女の手にある魔法剣に埋め込まれた赤い魔石が輝く。

 大振りの炎の槍がその手に収まる。


「やああああああああ!!!!!」


 踏み込みと同時に彼女は炎の槍をセドリックに深々と突き立てた。


 鎧を焼き、胸を貫いた一撃。

 しかし。


「クソがああああ!!!!」


 セドリックはそれでも死ななかった。

 血を口から噴き出しながら彼女を蹴り飛ばす。


 壁にしこたま背中をぶつけた彼女は一瞬動きを止めた。

 しかしその隙にセドリックは路地裏の闇へと姿を消した。


 本当に一瞬の逃走に、待て!と声を投げることも出来なかった。


「…チッ。また仕留め損ねた…。」


 忌々し気に彼女は毒ついてこちらに向き直る。


 あれから背が伸びているし、顔つきも大分大人っぽくなった。

 殴られて割れた仮面で額を切っているものの、紛れもなく彼女だ。


 あぁ、間違いない。

 俺が見間違えるものか。


 彼女もズカズカと歩み寄ってくる。

 こんな星の裏側の感動の再開だ。

 任せてくれ。

 骨が砕けても抱きしめてやりますとも!!


「シエ─。」


 容赦なく放たれた右フックで俺の意識は空の彼方へと消えた。

 彼女は紛れもなく、シエナ・ゼルジア・ドラゴンロッド。

 その人だった。


 ---


 …ゆっくりと目を開ける。

 おやおや、また知らない天井ですか。

 土づくりの天井に木の梁が俺を出迎えた。

 おそらくは街の宿屋だ。


「ユーリ。起きた。」


 ヌッと、イーレが覗き込んでくる。

 彼女の眼が充血していることが気になったが、元気そうなら何よりだ。


 体を起こそうとしたところで右手が重いことに気が付いた。

 ベッドの脇で、シエナが俺の手を抱えてまま寝息を立てている。


「…寝かせておけ。ここ数日寝ていない。」


 声に振り向くと、入り口近くの壁に背中を預けている人物が居た。


「ロレスさん!」

「…元気そうだな。」


 相変わらず水色のローブをすっぽりとかぶった彼女。

 以前あった時と寸分変わりない姿でそこにたたずんでいた。


「元気じゃないですよ。ボロボロのズタズタで…あれ?」


 そう言えば傷が無い。

 口の中も切れていないし、折れたと思った鼻も問題ない。


「直しておいた。お前はいつも誰かに殴られているな。」

「…何なんでしょうね、毎度毎度…。」


 ロレスは珍しく苦笑しながら言った。

 俺も苦笑いして、シエナを見た。


「そいつに感謝することだ。首都ロッズから不眠不休でお前を探し続けていた。並大抵の事じゃない。」

「…待っててって、手紙出したのに。」


 そう小さく言いながらシエナの頭を撫でた。

 決して楽な旅では無かっただろう。

 古傷がいくつも残ってしまっている。


「ロレスさんも探しに来てくれたんですか?」

「…もともと私は旅人だ。」


 そう言ってロレスは顔をそむけた。

 素直じゃないのは相変わらずか。

 でも少し表情が柔らかくなった気がする。

 シエナのおかげだな。


「イーレ、助けて言えた。偉い?」

「その獣人族がシエナを呼んだそうだ。見る眼のあるやつだ。」

「ありがとう、イーレ。偉い偉い。ロレスさんもありがとうございます。」

「礼なら最初にそいつに言うべきだ。」

「えぇ。でももう少し寝させてあげたいので。」

「…相変わらずだな。」


 ロレスは背中を壁から離しながらそう言う。


「ロッズへ一報入れてくる。お前を心配してる奴は大勢いるからな。」

「イーレも行く!」


 え?

 イーレがロレスについて行くの?

 君達初対面だよね?


「…好きにしろ。手紙を出したら戻る。」


 意外にもロレスはイーレの同行を許可してそのまま出て行ってしまった。

 …まぁ、彼女についていればイーレも安心だろうが…。


 などと思いながら再びシエナに目をやる。

 ぐっすりと眠るシエナ。

 口の端からよだれが垂れているのも見える。


 シエナ・ゼルジア・ドラゴンロッド。

 アリアーを守護する4大貴族のひとつであるドラゴンロッド家の令嬢。

 赤い髪と赤い瞳の美少女。

 そんな彼女が、アリアーから見ればほぼ星の裏側であるここに来てくれた。

 不眠不休で、俺を探してこんな遠くまで。

 目の下にはせっかく無くなったクマが再び現れている。

 綺麗な赤髪も手入れが行き届いていないようでバサバサだ。

 本当に必死で来てくれたのだろう。

 それを思うだけで、目頭が熱くなる。

 こんなにも想ってくれる人がいる。

 幸せなことだ。


「…ん…。」


 あ。起きた。

 眠れる獅子が目覚めてしまった。

 思わず身を固くする。


 彼女の寝起きは最悪だ。

 過去に色々あって俺は起き抜けの彼女にひどい目にあわされている。

 …あ、色々といってもエロエロではないのでガッカリしてほしい。

 ちょいエロだ。


「お、おはようござい、ます…。お嬢様…。」


 寝ぼけ眼の彼女の焦点が徐々に俺に定まっていく。

 はっきりと赤い瞳が俺を捉えた。


 途端に彼女はこちらに腕を伸ばし、ベッドに俺を叩きつける様に押し倒した。


「ちょ、…ちょちょちょちょ!!!???」


 そのまま彼女は乱暴に俺の服はぎ取り始めた


 いや!止めて!!乱暴にしないで!!

 でも激しくして!!

 違うそうじゃない!!


「シエナ!!シエナ!!!落ち着いて!!!」


 顔を真っ赤にしながら俺は彼女を止める。

 すでに上半身裸にされてしまったが、まだセーフだ。


「ケガ…。」


 彼女は小さく口からそう零した。


「ケガ、無い?生きてるわよね?あんた、お化けじゃないわよね!?」

「さっきしっかり殴ったじゃないですか…。」


 俺が気絶する原因を作っておいて何を言うのか。


「生きてますよ。触ってみますか?」


 どこでもいいですよ?

 お望みなら私の息子でも。


 そう言うと彼女はそっと俺の頬に触れた。

 震える手で、ただ添えるように。


 俺はその彼女の手に自らの手を重ねた。

 そのままシエナの手に軽く頬擦りをする。


「…ね?」


 ニコリと笑って見せた。

 彼女が安心してくれると幸いだ。


 しかし彼女は頬を赤らめると同時に顔をくしゃくしゃにした。

 ジワリと涙が浮かんでいる。


「バカ!!!!!」


 手を引っ込めた彼女はそのまま拳を握って俺の腹に叩きつけた。

 いかん、中身が出そうだ。


「私が!!私がどれだけ心配したと思ってんのよあんたは!!!!」


 パタパタと落ちる雫がベッドにしみこんでいく。


「二度と、二度と会えないかと…思っ…。」


 次第に彼女は嗚咽を抑えられなくなっていた。

 何度も何度も目元を拭っているが、ポロポロと涙が落ちている。


 弱った。

 相変わらず彼女が泣きだすのを止める術を持たない。

 いっそのこと強く抱きしめるか…。

 …なんかそれだとレインみたいで嫌だな。


「…ちゃんと約束しましたよね。居なくならないって。」


 俺はそう口を開いた。


「どれだけ時間がかかってもアリアーに帰るつもりでしたよ。絶対帰るんだって。ずっと思ってましたから。」

「…迎えに来た私が、バカみたいじゃない…。」

「そうですね。待っててくれた方が互いに苦労はなかったかもしれません。」


 そう言うと彼女は再び拳を上げた。

 それは読めていた。

 俺は彼女の拳をパシと止める。

 そもそもにあまり力のこもっていない拳だったのだ。


「でも、こんな遠い場所まで来てくれた。危機を救ってくれたのがシエナだった。」


 そっと彼女の顔を覗き込む。

 赤い目が俺を睨むが、その顔すらも今は愛おしい。


「俺はそれが心の底から嬉しく思います。ありがとう。シエナ。心配かけてすみません。」


 自分が蒔いた種とはいえ、危ないところだった。

 イーレがシエナを呼んでいなければ、俺は間違いなく嬲り殺されていた。

 そして、彼女が二つ名持ちのセドリックを圧倒できる実力を持ち合わせていなければ。

 ふたり仲良くあの世行きだった。

 俺は究極どうでもいい。

 死にたくはないが、シエナを道連れにするくらいであれば自爆でも何でもして勝手に死ぬ。

 そうならなかったのはひとえに、彼女がロレスの下でひた向きに修行をした結果である。


 あの暴れん坊の我儘娘が、今では立派な剣士だ。


「…足りないわ。」

「…へ?」


 シエナはそう呟いた。


「ここまで来るのにどれだけ大変だったと思ってるわけ!?そんな陳腐な言葉で労えると思ってんの!?」


 まさに憤慨と言った表情で彼女は声を張った。


 ええええ…。

 今俺結構頑張ったよ?

 ユリウスの中のイケメンパワーを前面に押し出したつもりだったのに…。


「えっと…。よく頑張りました。偉い。偉いよシエナ。」

「心が籠ってない!!」


 そんなぁ…。


 彼女はむくれっ面で言う。

 もうどうしたらいいのか…。


「…。」

「…。」


 しばしの沈黙の後。


「うらぁ!!!!!」

「ひゃぁ!?」


 今度は俺が彼女を引き倒した。


「シエナ可愛いよシエナ!!!俺のために来てくれた君が大好きだ!!」


 そのまま抱きしめて頬ずり攻撃だ。


「ちょ!?アッ…!!ユリウス!!ユリウス!!!!」

「もう離さないぜぇ!!今夜は眠れない夜にしてやばああああああああ!!!!!!!」


 今度は渾身の正拳突きを顔面に食らった。

 空中を3回転半。

 床をバウンドしてもう2回転。

 壁に叩きつけられてようやく止まった。


「き、気持ちは分かったわ!でもこういう事は大人になってからよ!!」

「…人を半裸にしておいてどの口が言うんですかねぇ…。」


 体を起こしたところでズカンと彼女が俺の前に立った。


「とにかく、ここまで苦労してきてやったの。ここからはあんたをしっかり家まで送り届けてやるから覚悟することね!!」


 まだ頬が赤いままの頬で髪の毛を払いながら彼女は言う。


 ロレスとそっくりにその細身の体に括りつけた皮の鎧にはすでに歴戦の傷が刻まれていた。

 いまの俺にとって、彼女以上に信頼できる人物など望むべくもない。


「頼もしい限りです。シエナ。よろしくお願いします。」

「精々はぐれずついてきなさいよね、ユリウス!」


 彼女に右手を差し出すと、彼女もまたそれを掴んだ。

 グッと体を引き起こされ、同じ目線になる。

 今まで彼女を守る立場でいたつもりだったが、いつの間にか守られている。

 彼女の成長を羨む自分も居れば、誇らしく思う自分もいた。


「ところでさっきのって大人になったらしても良いってこ…ガアアアアアアア!」


 彼女の握力もまた剣士だった。


 ---


 部屋の外。


「…ユーリ。仲良し?」

「さぁな。」


 部屋に入るタイミングを失った2人はしばらく廊下で耳を澄ませていた。

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