第四十六話 「あくる日」
赤き都シルバで迎える朝。
豪華な客室が与えられた俺たちは久しぶりのベットを心行くまで堪能させてもらった。
気持ち的には、あれだ。セレブの朝だ。
シルクのローブを素肌の上から着て朝の空気を胸いっぱい吸い込む。
そして淹れたての湯気立つコーヒーを片手に向かえる優雅な朝。
…まぁ、ローブも無ければコーヒーもないが。
それでも至れり尽くせりだ。
「おはようございます。ユリウス様。よく眠れましたか?」
「おかげさまでバッチリです。」
赤色の給仕服を着て部屋に入ってきたのはジョシアと言う女性。
ゴルド氏の4番目の妻だ。
彼女はここのメイド長でもあり、使用人の統括を任されているらしい。
「イーレ様はまだお休みのようですね…。」
「そっとしておいてあげてください。長旅で疲れてますので。」
ベットの上で丸まって眠るイーレ。
大きなベットなだけあって尚更子猫のように見える。
「かしこまりました。お食事は後でお持ちしますね。ユリウス様は食堂へどうぞ。」
「ありがとうございます。」
用意してもらった服に着替えながら返事をする。
実のところ着ていた服はボロボロだったのだ。
仕立ての良い白い服。
黒い縁取りの入ったそれは、軽くて通気性が良い。
袖を通せばスルスルと肌を滑り、着心地も上々だ。
イメージはカッターシャツが近いか。
茶色のズボンは少し硬い布で作られていた。
裾口が大きく取られ、やはりこれも風通しが良い。
しかしブーツを履くとそれが塞がれてしまうので、靴も考えないといけない。
まぁこれはこれでカッコいいのだが…。
「こちらのお洋服は処分いたしますね。ローブは如何しますか?」
「絶対に捨てないでください。」
それを捨てるなんてとんでもない。
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「おお、起きたか息子よ。」
「おはようございます。ゴルド氏。」
机に腰かけながら言葉を交わす。
椅子も机も白い石材で出来ている。
やはり砂漠では木材は貴重な様子。
すでに卓上には多数の料理が並んでいた。
小麦を練って焼いたパン。どちらかというかナンか。
それに細切れにした肉を果実と一緒に炒めた物に、澄んだ黄色みのあるスープ。
色とりどりの果実が並び、朝から豪勢だ。
品数で言えばドラゴンロッド家の方が多いか。
ドミトル、そこは勝ってるぞ。
…あれは!!!!????
平皿に盛られたある食材が目に留まった。
少し黄色かかった白色に、楕円状の小さな粒粒。
それがこんもりと盛られている。
上に何やら葉っぱが散らされているが、あの形状、色つや。
どこからどう見ても…。
「やはりそれに目を付けたか。エルディンめから出すように手紙に書かれておったのよ。」
「ゴ、ゴルド氏、これはまさか…。」
「アリアーでは見た事なかろう?それは"米"という穀物よ。」
米!!!!!!!!
夢にまで見た米!!!!
こんなところでお目にかかるとは!!!!
振り向きざまに親指を突き立てて笑うエルディンが浮かんだ。
おぉ心の友よ!!
憎い演出をしてくれる!
「本来はディティス列島帯の北部で栽培されておるものであるが、以前エルディンが来た時に気に入っておってな。以降は流通にあらば仕入れる様にしておいたのよ。」
もう説明など頭に入っていない。
米!ご飯!ライス!!
日本人の魂がそこに、手が届くところにあるのだ!
「…食べるが良い。」
「いただきます!!!!」
平皿を抱き寄せるようにしてスプーンを使って1掬い。
若干の粘り気がある表面に、まとわりつくこの感じ。
まさしく米だ!
白く立ち昇る湯気からほのかな穀物の甘いにおいが漂う。
息をのみ、生唾を飲み込み、俺はそれをひと口食べた。
「…。」
…タイ米っぽい、パサパサした米だった。
しかもこれは炊いてない。蒸してある。
ガッカリしたといえばそうである。
しかし米は米。
これは調理次第で十分に化ける。
「それだけで食べるのは味気なかろう。他の料理と共に食べるものだ。少々見栄えは悪いが腹が膨れるぞ。」
そんなことを言われながら、俺はちょっと苦心しながら米を平らげた。
この屋敷の料理は米と合わせて食べるには食材の合わせ方が難しい。
果物がほぼ必ず入るのだ。
噛んだらジュワッと甘酸っぱい果汁がでる感じ。
酢豚にパイナップルが入ってるのが苦手な俺には少々辛かった。
「…ごちそうさまでした。」
しばらくは米の焚き加減の研究になりそうだ。
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さて、エルディンと合流するまであとどれ程かかるかわからない以上ヘタに動けない。
イーレの事もある、また人攫いにあって捜索することになったらそれはそれで大ごとだ。
街を離れるのは控えた方が良いだろう。
かと言ってそれではすることが無い。
ギルドの酒場は街の中にあるから依頼を受けることが出来るが、この辺りは魔物が強い。
1人で相手するには少々不安が残る。魔物によっては毒を持つものもいるからだ。
そんな危険な砂漠地帯にあるこの街を守る私兵たちも強い。
あんな砕けた会話をするゴルドの私兵でも実は強者の集まりなのだ。
では何をすべきなのか。
そんなものは決まっている。
俺は魔道士。
魔道の探究に生ける者だ。
まだ解明されていない俺の手札をとっくりと調べさせてもらおう。
「この辺ならいいか。」
街から少しだけ離れたオアシスの畔。
私兵たちの巡回範囲にも含まれるここは人気が少なく魔物も居ない。
つまり、魔法の練習にもってこいなのだ。
ぶっ倒れてもOK。
火事になっても水がある。
周りには建物も無くて魔法も打ち放題。
環境は完璧だ。
久しぶりの魔道探究。腕が鳴る。
ローブを着こみ、三角帽子を身に着けた。
この格好でなければもはや落ち着かない。
杖も探しに行かねばならないが、それは後程。
「行くぞ…。…星を焼く大炎魔霊!!」
左胸の傷跡から魔力の火が上がる。
体の内側を焼くような熱さと強烈な魔力の流れが駆け巡る。
やはり再現性がある。
これはただの名前ではなく魔術詠唱の様な物らしい。
胸に灯ったこの炎は熱さを感じない。
赤く見えるのは、どうやらここから噴き出した魔力がそう見えるようだ。
服が燃えなくて助かる。ついでにエフェクトみたいでカッコいい。
指先に炎の魔法を出せば、ピンポン玉程度の大きさをイメージしていてもゴゥと巨大な火炎球が出来上がる。
いまのこの状態は炎の魔法を飛躍的に強化する状態らしい。
所謂ブースト状態だ。
では他の魔法はどうだろうかと試してみると、どれも炎が混じった状態になる。
風は炎の嵐に。
土は熱砂。もしくは溶岩に。
水だけは相性が悪いのか制御が難しい。
お湯が出る時もあれば、一気に蒸発して水蒸気が噴き出すこともあった。
「…大炎魔霊の名は伊達じゃないってか。」
大炎魔霊バーングラッド。
大魔霊、もしくは精霊王と呼ばれる強大な力を持った精霊の一人。
炎を司る精霊で、一説には赤き邪龍"ジア・ラフト"と同一視されている。
そんなヤバそうな奴が俺の夢に出てきて鎖でグルグルだったのはいまだに信じられないが。
この魔法を見れば信じざるを得ない。
…もしかして、俺の神様ってバーングラッドの事なのだろうか。
「お?」
ボシュンと胸の炎が消えた。
「あ"…。」
そのまま白目をむいてぶっ倒れた。
魔力切れだった。
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その後も数日にかけて星を焼く大炎魔霊という魔法についていくつかの検証を行った。
便宜上、強化魔法と呼称する。
特性としてはこの魔法を一度使用すると、自身の魔力を使い切るまで解除できないということ。
強制終了を試すために水に飛び込んだりもしたが、そのまま気を失った。
あの時は死ぬかと思った。
次に効果時間について。
特に定まった時間が無いようだ。
その日その日の体調や体に残った魔力の量で決まる。
当然朝一番に使えば長く続くし、星雲の憧憬などを使って魔力を減らした状態ならば一瞬で魔力が切れる。
魔力の量を増やす修行は無いだろうか…。
もっと早くにそこに着目すべきだった。
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雷轟の射手、手招く砂塵の緊縛、星雲の憧憬との相性についての検証。
「うっし、準備万端。」
今日もオアシスの畔に来た。
今回はフルアーマーユリウスだ。
ゴルドのお屋敷の倉庫で転がっていた金属製の鎧を身に着けている。
めたくそに暑いが、少しの我慢だ。
今日は結構な危険を伴う。
強化魔法についてはそれとなく分かった。
ではいま持っている手札との相性はどうか。
それを確かめていく。
「星を焼く大炎魔霊!!」
ゴウと胸に火が灯る。
詠唱すればきちっと使えるあたり、緊縛ドMマンはいがいと律儀なのかもしれない。
そのまま地面に手をつく。
大地に魔力を通し手招く砂塵の緊縛を展開する。
普段と同じ感覚で魔力を流したのだが、出来上がった砂の腕がゴツイ。
やはり単純な魔力の流量も増えている。
それどころか精度もだ。
より細かく、より繊細に腕1本1本を制御することができる。
今ならこのまま料理が出来るのではないだろうか…。
「…次だな。」
魔力の供給を止める。
すると腕たちがボコンと火を上げて爆発した。
どうやら強化魔法と組み合わせると爆弾になるらしい…。
戦術の幅としては広がるが、取り扱いに困りそうだ。
次は雷轟の射手だ。
これに関してはレイムゥ達を庇った時に一度使ったが、それでも同じことが起こるとは限らない。
右腕を前に出して街と反対側の荒野に向ける。
弾頭を含めた銃身を魔力で構築すれば、装填速度はいつもの半分ほどだ。
しかも弾頭が赤く光っている。まさに緋弾…。
狙いを定めてズガンと打ち出す。
赤い弾丸はまっすぐに荒野に向かって飛んだ。
弾速も弾道も普段より良い。
射程距離も伸びている。
飛び続けた弾頭はやがて地面に着弾する。
そしてその地点で炸裂した。
遠くで爆炎が上がり、小さなきのこ雲が立ち上がる。
…近くを人が通ってませんように…。
しかし強化魔法との相性はいい。
もともと対物攻撃魔法なのであるから、これくらいは必要だ。
今後強敵が現れたときに頼りになる。
それでは最後。
というか俺としてはこれがメイン。
星雲の憧憬。
俺にとっての夢の魔法。
いずれ星渡りの秘術とやらに育て上げてみたいものだ。
などと思いながら星雲の憧憬の熱輪を起動したときだ。
ズバァンと思い切り炸裂した。
体が持ち上げられ。いつかと同じように吹き飛ばされた。
─うあああああああああああああああああ
砂の地面を転がって、最終的にはオアシスに着水した。
派手に水しぶきが上がる。
鎧をつけていなければ摩り下ろされていただろう。
ただでさえ制御の難しい星雲の憧憬。
使いこなした気でいたものだから痛い目にあった。
この魔法は名付け親によく似て気難しい。
可愛い奴である。
「…お"…。」
痛みに堪えながら立ち上がる最中に魔力切れを起こし、また気絶した。
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あくる日。
「ユーリ。今日なにする?」
「今日は射撃訓練です。」
「シャゲキ?」
「魔法を上手に当てられるようにするんですよ。」
「強くなる。ユーリえらい。いい戦士。」
「魔道士です。」
今日も湖畔で魔法の訓練。
イーレは見学だ。
さすがに毎日毎日ぶっ倒れるだけでは体に悪い。
それに俺の手札はほかにもあるのだ。
皆平等に愛でてやらねば。
ということで今日は雷轟の射手の訓練だ。
俗にいうタクティカルトレーニングである。
昨日の段階ですでに準備は済ませておいた。
荒野の4か所に人型の石板を配置してある。
今できる限界まで硬度を高めた岩盤を使った的だ。
たった4枚作るのに丸1日を要した。
しかしおかげでだいぶ土魔法の硬質化が早くできるようになった。
いまならセドリックだってそう簡単にはレジスト出来まい。
流石に正確に距離を測ることが出来ていないので、
あくまでも近距離、中距離、遠距離、超遠距離と想定して設置してある。
…一番遠いところはもはや豆粒ほどにしか見えない。
当てられるだろうか…。
「…耳をふさいでてくださいね?」
「ん!」
ウニッと耳を畳んで手で押さえるイーレ。
うーん。しゃがみガードからカリスマが溢れている。
そんな光景を見てからフッと息を吐いて魔力を回す。
ガンガンと続けざまに4発。弾頭を打ち出す。
近距離中距離までは難なく到達するが、それ以上はある程度魔力を練ってやらねばならない。
「…これくらいか、な!!」
ズガンと魔力を練ったものを1発。
遠距離地点に設置した岩盤にぶち当たり、粉々に砕いた。
「もういっ…ちょ!!!」
今度は超遠距離の岩盤。
しかしさすがに当たらない。
というか見えない。
遠すぎた。
「ふむむ…。」
まぁ、あそこまで遠い場所を狙うことなど無いだろう。
しかしどうせ用意したのなら当ててみたいのだが。
観測魔法の水玉レンズを覗いてみる。
距離としては十分に捕らえられるが、ライフルスコープのような使い方は難しい。
銃身と一体化していないのだから狙いをつけることが出来ないのだ。
「…まぁ、もう少し粘ってみますか。」
弾頭の形を変えたり、そもそも大きくしたりなどは出来るだろう。
しかし、これは今俺が持っている最大攻撃魔法でもある。
使いこなさないと戦力にならない。
エルディンは道中の魔物は全部自分が倒すといっていたが。
それでも万が一、俺が戦うことになった場合手も足も出ないようでは駄目だ。
彼と同じほど強くなるのは流石に無理だが、せめて自分の身は自分で守れるようにならねば。
…同じ日本人として、負けられないわな…!
そうして一日中打ち続けたころには、眼が真っ赤に腫れてしまった。
「砂漠では照り返しで目をやられることもありますので。気を付けてくださいね。」
冷えたタオルで目を覆いながらジョシアさんに注意された。
いやはや…。
こういう本筋に関わらない失敗も成長だ。
何事も経験である。
…そう言えば100発近く撃ったつもりだったが魔力切れにならなかったな。
進歩だ。進歩。
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またあくる日
「ユーリ。お鍋いっぱい。何する?」
「お米の炊き方の研究です…。」
俺は悩んでいた。
この世界の米。
いくら焚いても日本で食べていたあの感じにならない。
やはり品種が違うからだろうか。
どうにもパサパサする。
時間がたって冷蔵庫に入れておいたような。
あのパサパサポロポロの感じがぬぐえないのだ。
オアシスの畔。
小さな土鍋で野外炊飯を繰り返すこと半日。
水の量、火加減、浸水時間に蒸らし時間。
それなりの数を試したつもりだが納得がいく炊き加減にならない。
当然お米は残さず食べている。
しかし最後に作ったこのパターンも今までのものと大差がない。
おむすびにしようにも、握れば崩れるのだ。
塩を振って食べるだけというのもそろそろ限界だ。
ぜいたくな悩みであるが、許してほしい。
梅干し、昆布、おかか、ツナ…。
懐かしいおむすびの具材たちを思い浮かべながら白米を頬張ったものだ。
コンビニって本当にすごかったんだなと改めて実感する。
塩鮭なら近いものを用意できるな。
今度魚が手に入ったら試してみよう。
「…お米、食べ方違う。」
土鍋残ったお米をスプーンで少し食べながら彼女は言う。
ちゃんと米粒を残さず食べれて偉い!
と思いながらも、俺は彼女のその言葉に耳を傾けた。
「鍋、もっと大きい。お肉とお野菜いっぱい要る。一緒に入れて作る。美味しい。」
「…それ作れる?」
「作れる。」
俺は即座に彼女を抱き上げて市場へ走った。
「あれ。あれ。あれ。あれ。」
彼女が指さす食材を買い込んでいく。
ソーダで稼いだ日銭があるのでこれぐらいは問題ない。
本当は杖を買うのに溜めていたつもりだったが、貴重な勉強の機会だ。
米の調理。なんとしても物にしてみせる。
「あれ!」
「耳飾りはまた今度ね。」
イーレ指定の食材以外にもここにはかなりの種類の食材が流通していた。
やはり領主がグルメだと違うのだろうか。
あっちこっちの露天に顔を出しながらメモに書きだめていく。
久しぶりの市場調査だ。
実質コガクゥの村ぶり。テンションが上がる。
肉。これは何の肉だろうか。蹄があるから、おそらく河猪系の魔物か…?
真っ赤な、キュウリ?あまりボコボコしてないな。人参でも無いな。蔓が付いてる。
うおおお、これ生姜だ!生姜の匂いがする葉っぱだ!これは覚えておこう。
この黒い粒粒は何だろうか…。香辛料の類だろうか…魚卵!?生臭っ!!
麦にもたくさんの種類が…え、家畜用?これ全部?
干した魚か。顔がナマズっぽいけど色味が鮮やかなサーモンピンク…切り身無い?無いか。
サボテンにストローが刺さってる…。コレ流行ってんの?イーレ飲む?
人の顔そっくりの干物が売ってる…。あれも魔物なの?夜に見たら泣くわ…。
などなど、気温気候的に生の食材はほとんど無かったが、それでもかなり面白かった。
籠一杯の食材を抱えて一度ゴルド氏の屋敷に戻った。
土鍋は後で片づけに行こう。
屋敷の台所はこれまた豪華なつくりだった。
なんと換気口まである。
しかし氷室は無い。
まぁ、これは地域ごとの特色だろう。あまり比較できない。
しかし使われている食器には明確な違いがみて取れた。
こちらで使われているのは銅ではなく鉄。
砂漠の砂に含まれている砂鉄を鋳造してできた工芸品だろう。
調理台に買ってきた食材を並べ、準備完了。
そこの入り口ではジョシアさんがハラハラした顔でこちらを見守っている。
「じゃあイーレ、教えた通り言ってみて。」
「ん。」
踏み台に乗った彼女が息を吸い込む。
「イーレすーふんクッキングー!!」
「イエーーーイ!」
拍手喝采のタイトルコールが成された。
例のBGMが軽快に脳内で鳴り響く。
やっぱり料理と言えばこれである。
異論は山ほどあるだろうけど、異世界には届かないから良しとする。
「…もういい?」
「はい、結構です。」
彼女は意外とドライだ。
「じゃあ作っていきますか。教えてね、イーレ先生。」
「ん!」
と言っても手順自体はそれほど難しくなかった。
最初に行うのは、生米の状態で調味料を和えて行くこと。
すり鉢で擦った香辛料に酒と水を加えてそれに浸すのだ。
汁気を吸わせてる間に他の具材も調理していく。
「野菜。ちっちゃく切る。固いの残らない。」
なるべく均一に小さく切り、火加減と味の沁み込みを良くしろとイーレ先生はおっしゃっている。
ちなみに今回使用するのはどれも代用品だ。
ディティス列島帯の食材はこの辺まで流通するのは稀な模様。
色鮮やかな野菜を切れば、中身が全く違う色で驚くこともしばしば。
しかし、芋はそれが無かった。
芋は俺を裏切らないでいてくれる。
ありがとう芋の女神様…。いるかどうかは知らないが。
「肉、おっきい。美味しい。大事。」
骨付きのままに爪や皮などの口当たりが悪い部分を丁寧に取り除く。
隠し包丁を入れて赤や緑の香辛料の粉を擦り込んでいく。
「…大きさはイーレの好みだね?」
「うん。」
だそうです。
「全部、鍋入れる。お水たくさん入れる。ユーリの少ない。」
「なるほどなるほど。」
どうやらうるち米の感覚で水を入れていたのが敗因だったようだ。
結構なみなみと入れている。
そりゃあもう、ザバザバと。
そしてその上から刻んだ野菜に肉を順々に入れていく。
今回は土鍋ではなく寸胴鍋を用意した。
ゴルド氏の計らいであった。
完成したら余が味見してやろう。と楽しそうに言っていた。
えぇ、その期待に報いて見せますとも。
「…ユーリ、ここ、釜小さい。」
「え。」
「もっと大きい、要る。」
それは想定外…。
「…作るか。」
無ければ作る。クリエイターの基本である。
といっても庭に作るわけにはいかない。
結局重い鍋を抱えてオアシスの畔へと戻る羽目になった。
ここまで来たら俺も意地である。
「うおおおおおおお!!!!」
魔力全開で土魔法を行使した。
最終的に出来上がったのは人が5人くらいなら簡単に入れるほど大きな釜だ。
もはや蔵…。
「ほ、本当にこんな大きい釜がディティスにはあるの?」
「ある。イーレ、嘘言わない。」
…だそうです…。
寸胴鍋に蓋をして、釜の中に吊るす。
後は加熱するだけだが…。
「…ちなみに。薪はどのくらい使う?」
「いっぱい。」
周りを見渡す。
草なら多少生えているが、森などは無い。
当然枯れ枝なども落ちていない。
…砂漠でまとまった量の薪を調達しろと…?
「…どのくらい火にかけるの?」
「一晩。」
…無理ゲー。
「うおおおおおおおおおお!!!!!」
「ユーリすごい!ユーリ頑張れ!」
釜まで作ったのに火力は全部人力(?)であった。
ようは薪を燃やさず炎の魔法のみでの調理。一度やったことがあるが燃費がすこぶる悪い。
しかしすべては上手い飯の為。
俺はユリウス・エバーラウンズ。
食事に関しての熱意はすさまじい男なのだ。
彼女の言う通り一晩中鍋を加熱し続け、次の朝を迎えた。
幸か不幸か、煤が出なかったので鍋は綺麗なまま返すことが出来た。
出来上がったのは言うならばディティス流炊き込みご飯。
ジャンバラヤだとか、ビリヤニだとか。そう言う感じの料理になった。
長時間の調理によって肉はスプーンを通しただけでほろほろと崩れる柔らかさ。
米もふっくらと仕上がり、かなり日本の米に近くなった。
あれだけの水が見事に吸水されているのが驚きだ。
肉の油なんかの影響も大きいと思われる。
次は和食のほうの炊き込みご飯を作ってみたい。醤油があればと心から思う。
「ユーリ!美味しい!」
周りからの評価も上々であった。
余は満足である。
…でも次からはもう少し小さい鍋で作ろうね。
---
あくる日。
今日は雨だ。
この辺りでは気候のせいで雨がまとまって降る。
ザーザー降りのこの日は外に出るだけでも一苦労になる。
よって今日は筋トレの日。
「43…。44…。45…。」
旅において当然体力も必要とされる。
それは単純な移動だけにとどまらず。
戦闘、果ては戦利品の運搬にまで影響を及ぼす。
何事もフィジカルが重要だ。
戦うにしても逃げるにしても体力は要る。
いざというときに女の子を抱えて空を飛ぶ時もだ。
男性であれば備えていて損は無い。
マジカルとフィジカルはセットなのだ。
…まぁ、前世の俺は腕立てもろくにできない程のもやしボディだったのだが。
ちなみにイーレは物憂げな表情で窓から空を見上げている。
確か彼女の故郷には雨季があるのだったか。
もしかしたらホームシックだろうか。
「…雨嫌い…。」
ぼそりと、忌々し気に言った。
そしてテテテと足音を立てながら俺のところに来て、胡坐をかいている足の上にちょこんと座った。
「ユーリ。雨好き?」
「あんまり好きじゃないかな。」
「イーレも。」
俺の前世では自律神経の乱れがなんとかかんとかで雨の日には必ず頭痛がしていた。
倦怠感までもが襲ってくるのは本当につらかった。
「…雨、イーレの好きな物全部取った。」
彼女は小さな声で続けた。
「母上を取った。崖から落とした。姉上を取った。村から追いだした。イーレも雨の日に村から出た。人族に捕まった。いつも雨。雨嫌い…。」
シュンと耳がしおれている。
「…嫌いで良いよ。俺も嫌いなものたくさんあるし。」
「…ユーリ、何嫌い?」
「んー。椎茸とか。」
「シータケ?」
「キノコだよ。」
「キノコ。毒あるからイーレも嫌い。」
「あとー。黒衣の野犬。見たことある?」
「ある。大きくて怖い。」
「それから。アレックス。アイツは本当に嫌な奴だった。」
「…いじめられた?」
「ボコボコにされたよ。縛られて吊るしあげられて散々だった。ま、やり返したけどね。」
…ロレスがね。
「ユーリ。戦う。偉い。でもイーレ戦えない。偉くない。」
再び彼女はシュンとしてしまう。
「イーレは偉いよ。ちゃんと俺のところまで逃げてきたじゃないか。」
「逃げる。偉い?なんで?」
彼女は不思議そうに俺を見上げた。
「1人じゃどうにもならないようなことでも、誰かに助けてもらって成し遂げる。それは大事なことで、助けてって言うのは勇気がいることだ。イーレは言葉の通じない俺に助けを求めた。偶然かもしれないけどそれはとってもすごいことだと俺は思うよ?」
同じ状況なら俺はそうは出来なかっただろう。
きっと山に引き返して、人攫いに捕まっていた。
見ず知らずの人間に命を預けるというのは簡単ではない。
「…?」
おや、通じてない。
ちょっと言葉が難しかったか。
「生きてるだけで偉い。死ななくて偉い。」
「イーレ偉い?」
「偉い偉い。」
彼女の頭を撫でながら、俺は繰り返した。
そう、生きていれば、何とかなる。
死ななければ、何とかなる。
もちろんそんな極端な状況にならないのが一番いい。
だが、追い詰められてしまった時に生きることを最優先に動けるのは重要だ。
生前の俺にはそれが出来なかったのだから。
「ユーリに会った日。雨。」
「そう言えばそうだね。」
「…雨、たまに。良い。でも嫌い。」
「うん、それでいいよ。」
嫌いな物は嫌いでいい。
彼女をディティス列島帯まで送り届けるまでの間。
傘程度にはなってあげられるだろう。
雨を止ませることは難しい。
しかし雨を凌ぐ方法など、たくさんあるのだから。




