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第四十五話 「賢者の問答」

 エルディンに教えてもらった遺跡を抜けた先は山脈のちょうど裏側だった。


 海から一直線に山肌が抉られ、ゴウゴウと風が吹き荒れる。

 この場所は旅人の間では龍の通り道と呼ばれていた。

 彼の名高い紅い邪龍"ジア・ラフト"のが大地に残した傷跡なのだという。


 遮るものが無い筒状の大地は海からの嵐をもろに通し、吹き飛ばされそうなほどの強風が吹き荒れる。


「ユーリー!!!!!!」

「手を離すなっていったでしょおおお!!」


 現にイーレが体を浮かせていた。

 なんとか手を掴んでいるが、気を抜けば彼女は空の彼方へ飛ばされてしまいそうだ。


 まぁ、彼女にとっても俺にとっても目新しい光景なのは変わりないが。

 ウロチョロしてこういう危険に巻き込まれるのはちょっと勘弁してほしい。


「やあああああ!!!!」

「ファイトおおおお!!!!」

「ユーリー!!!」

「いっぱああああああつ!!!!」


 1人で掛け合いしながらなんとか岩陰に体を隠して強風から逃れた。

 こんな中では到底星雲の憧憬(ネビュラ)など使えない。


 俺たちは幾度か足止めを食らいながらその強風地帯を抜けた。


 ---


 そんなバタバタの旅も2か月ほど前の事。


 乾燥した地面にわずかに草が生え、まばらに木々が生えた大地を行く。

 さらりと乾いた風が心地よく吹き、三角帽子とローブをなびかせた。


 ぴょこぴょこと跳ねるようにイーレは上機嫌で足を運んだ。

 耳も尻尾もフリフリと揺れている。


「ユーリ!街!」

「やっと着いた。でも予定通りだ。」


 崖の上から街を見下ろす。

 赤い屋根と金色の装飾が目を引くお屋敷を抱えた街。

 オアシスのすぐそばに作られたその都の名は"赤き都シルバ"。


 赤なのか銀なのかよくわからないこの街が俺たちの目的地だ。


 春の陽気を持ち始めた日差しが街を照らす。

 遠目から見る分には建物は土を固めた物がほとんどだ。

 生えている植物も砂漠っぽい。

 バオバブ。だったか?

 はっきりと覚えてないが、幹がやたらと太い直立の木がヌンと鎮座している。

 冬景色が印象深いベルガー大陸の別の一面が見て取れた。


 幸いにもここまでの道のりは順調だった。

 経由した2つの集落には衛兵もおらず、道中の魔物もそれほど出くわさなかった。


 明らかに走り回るサボテンを見かけた気もするが、あれは…。見なかったことにしよう。


「屋根!赤い!大きい!」

「そうだね。赤い屋根の大きなお家だね。」


 ドラゴンロッド家のお屋敷を思い出す。

 あれと比べれば、この街の建物は丸みを帯びたドーム状の屋根が多い。

 天井を高くして熱を籠らせないようにするためなのだろう。

 砂漠地帯の近いこの土地ならではの工夫が見て取れた。


「街までもう一息。頑張ろうね。イーレ。」

「ん!」


 彼女もそれなりに人族の言葉を覚えてくれた。

 今ではほとんど日常会話に支障はない。


 かと言って彼女の言葉は俺には難解なままであったが、イーレは率先して人族の言葉を口にした。


 エルディンの話によるとイーレは本当はかなり賢く、難解な言葉づかいで話すらしい。

 しかし今もそこで野花を手でペシペシと叩いて遊ぶ彼女にはそんな堅苦しい風には見えない。


 ただし感受性は豊なようだ。

 訪れた先で事あるたびに感情を露にした。


 例えば迫害された魔族の老人が失った腕を見て涙を流したり。

 例えば妊婦のお腹をさすって笑みをこぼしたり…。


 妊婦と言えば、彼女は出産がその日に始まるというのを言い当てたことがあった。

 無下にするわけにもいかず、宿をとって1日ながく滞在したのだ。

 そしてその晩に妊婦を陣痛が襲った。

 彼女の言葉で身構えていたこともありお産はすんなりと済み、結果としては母子ともに良好。

 逆子だったにもかかわらず奇跡的に安産となった。


「ユーリ!こっち!」


 そんなイーレが声を上げて道を外れていく。

 首をかしげながら彼女について行くと、一度木の下に走り寄ったと思えばすぐにこちらに帰ってきた。


「…あぁ、なるほど。」


 木の根元にはこと切れている人族の旅人の遺体があった。

 そこそこに歳のいった男性だ。若いとは言えない。おそらく30代。


 すでに腐敗が始まっているのか腐臭が鼻を突き、羽虫がたかっている。


 街を目前にして力尽きたか。

 目立った外傷がないところをみると、おそらく衰弱死。


「…。」


 ふと前世の自分がダブった。

 眼を開けたまま絶命した彼の光の無い瞳に俺が映る。


 俺の死体を見つけた者も、こんな気持ちだったのだろう。


 哀れと表現すべきなのか。

 頼るべきもなく、救いもなく。

 ただ一人、街を見ながらも力尽きてしまったのか。

 その境遇を思えば、同情を禁じえなかった。


「ユーリ…。」

「そうだね。弔ってあげよう。」


 裾を掴んで見上げる彼女にそう声をかけ、俺は遺体に火を放った。

 師匠を焼いたときに見た緑とも青とも見れる炎が上がる。


 色々考えないようにしながら、俺は淡々と彼を骨に還す。

 細い煙が収まった頃に、土魔法で作った簡単な骨壺の入れた後に木の根元へと埋葬した。


 小さく石を積んで手を合わせる。


 思えば、魔物が蔓延るこの世界で11年。

 何度か死にかけたものの、俺は何とか生き抜いた。

 村や街など、自衛の手段がある場所でならともかく。

 旅先で生まれ、親を失ってしまう子供も大勢いるだろう。

 そんな厳しい世界でこうやっていられるのは一種の奇跡だ。

 しかも、前世で一度死んで転生までしている。

 改めて、この人生。大事に生きねばならない。


「…ユーリ?」

「うん、行こうか。」


 都へ続く道を行く。

 そう、旅路はまだ中ほどだ。

 これから砂漠を越え、海を越え、やっと国に帰るのだ。


 そしてそこからはまた俺の人生が続いていく。

 どんなことが待ち受けてるかわからない、果て無い旅路。

 俺はこれからも、旅をしていくのだろう。


 ---


 などと、打ち切りの漫画のような感傷に浸っている場合ではない。

 そんなものは野犬にでも食わせてしまえ。

 まずは目の前のことに全力を尽くすべきだ。

 明後日。そんな先の事はわからない。を地で行く。

 だがこれからが大変なのは事実なのでそれはそれで頭の隅に置いておく。


 俺たちはまだ日の高いうちに赤き都シルバに着いた。

 砂漠の入口の街。

 そう呼ばれたシルバの街は鮮やかな反物が多く市場に出回っていた。

 街を行きかう人々は肩から長い布をかけ日差しを避ける。

 しかしその下は露出が高い。

 風通しの関係なのだろうが薄着が多く男性なら上半身裸である者もシバシバ。


 土を固めて敷き詰めた通りを歩けば、やたらと頭上を通る渡り廊下の様な通路目についた。

 おそらくこれも日差しを避けるための工夫の一つだ。

 道と同じく固めた土を積み上げて作られた建物が軒を連ねる。


「お!旅人かい?砂漠の旅なら剣はうちで買っていきなよ!安くするよ!」

「坊っちゃーん。魔術師の坊っちゃーん。杖が安いよ!良いのが入ったんだ!」

「お嬢ちゃん可愛いね!耳飾りなんかどうだい?琥珀石を使った上物だよ!」


 商魂たくましい市場の商人たちは皆元気に声をかけてくる。

 厚手の絨毯を道に轢いて、その上をタープで簡素な屋根を作った商店。

 それらが所せましと大通りを埋め尽くしていた。


「…イーレ。」

「うっ…。」


 耳飾りに手を伸ばそうとしていた彼女を引きずって道を急ぐ。

 まずは領主の屋敷へ急がねば。


 砂漠地帯と言えどもここはベルガー王政の目と鼻の先。

 こともあれば衛兵が派遣されてくるだろう。

 場合によっては既に賞金稼ぎにロックオンされてる可能性もある。


 騒ぎを起こす前に、さっさと匿ってもらおう。


 足を進めど進めども、この街は迷路のように入り組んでいた。

 そう言えば首都ロッズでも同じような目にあったな…。


 この街は渡り廊下を含めた立体的な通路配置になっている。

 しかしそれらは一見しただけではただの屋根なのか廊下なのかを見分けることが出来なかった。

 あっちに通路がありそうと思っていけば行き止まり。

 こっちは向こうに繋がっていると思ったらカクンと90度曲がってしまう。


 次第に人混みから遠ざかって行って、気づけば裏路地に居た。


「ユーリ。迷った?」

「えぇそうですとも。」


 胸を張って言うとイーレは小さくため息を吐いて首を振った。


 と、その後すぐに彼女はピクンと耳を立てた。

 そしてハワハワと慌て始める。


「ユーリ。こっち駄目。向こう行く!」

「そっちは来た道ですよイーレ。」


 彼女は俺の足をグイグイと押して下がらせようとする。

 何事だろうか…。


 しばらくしていると徐々に彼女がNOと言った理由が分かった。

 先ほどからパンパンと手を叩くような音が聞こえ、なにやら女性の悩ましい声が聞こえてくる。


 ─ご、ゴルド様…ッ!お恵みをぉ…!


 そこの通りの角からそれが聞こえてきた。


 つまり、誰かが、ヤッている。

 こんな昼間っから堂々と、そしてコソコソと裏路地で情事にふけっている。


「…回れ右ですね。行きましょうか。」

「…うん…。」


 俺たちはそそくさとその場から立ち去った。

 …なんとも、いたたまれない現場に遭遇してしまった…。


 ---


 気を取り直して街を行く。

 まったく、青少年の教育に少々悪影響が過ぎる。


 よく見れば昼に開けていない店も多々見える。

 つまりは女と酒を飲むような店が多い。


 ここはあれか?歓楽街か?歌舞伎町か?

 女王が歌う歌舞伎町の歌しか知らないが、10代のユリウスには少々刺激が強すぎる。

 俺1人であるならスキップしながら歩いて見せるが、今はイーレが居るのだ。

 俺にもそれくらいの分別はある。


 日が暮れる前に領主の屋敷に向かわなければ。

 夜になったら出歩くのも良いかもしれないが…。


「…お?」


 何やら衛兵らしい恰好の人物が二人、子供を連れた女性と楽しげに話している。

 鎧姿もドラゴンロッド家の衛兵やキングソード家の衛兵よりも幾分かラフだ。


 朱色の厚手の、袴?のようなスカートの様な…。

 そんな腰巻の上から鎖帷子をつけている。

 上半身はカチッとした鎧ではあるが、足先はサンダルだ。


 なんかちぐはぐ…。


 そしてその兜だ。ハーフメットの様な素顔のでる兜。

 しかしその上にはちょんまげのように赤い羽根飾りが伸びている。


 …鶏兵士と呼ぶべきだろうか…。


「ユーリ。お屋敷。」

「うん、ちょっと聞いてみようか。」


 正直少しビビりながらも俺は彼らに声をかけた。

 まさか声をかけたとたんに「指名手配犯だ!!」とはなるまいな。

 信じてるぞエルディン。


「あの!」

「ん?どうしました?魔術師殿。」


 良かった、初手は友好的だ。


「エルディン・リバーテールと言う冒険者からの紹介でこの街に来ました。領主様へ御目通し願いたく…。」

「あぁ、エル君の友達か。そんなに肩肘張らなくても大丈夫だよ。」

「礼儀が出来ててえらいなぁ。うちの息子も君くらい礼儀正しければいいんだけども。」


 やたらと軟化した態度で彼らは話す。

 とても気さくだ。

 ここ数か月、衛兵の陰に怯えていたので思わず拍子抜けしてしまう。


「領主様は今頃秘め事の最中だろうね。お屋敷で待ってもらうことになるけど良いかな?」

「え、えぇ…。秘め事?」

「みんな知ってる秘め事だよ。領主のゴルド様は好色だからね。」


 …ゴルド、もしかしてさっきのだろうか…。


「えっと…お帰りはいつ頃?」

「もうすぐかな。ゴルド様も年だし、多くて2回戦が限度じゃないかな。」

「おいバカ子供の前だぞ!」


 ほんとだよ!小さい子もいるんですよ!?


「…コホン。ひとまずお屋敷にお送りしましょう、魔術師殿。エルディン殿のご友人ならば快く迎えてくれるはずです。」


 大人の威厳を取り繕いながら彼らは俺たちを案内してくれた。

 結局何の捻りもなく大通りを進むのが一番近道だったらしい。


 ほんの数分でその屋敷の入口までついた。

 街の外から見えた赤い屋根の丸い大きなお屋敷が領主ゴルド様のお屋敷であった。

 入り口には噴水もある。

 植木が等間隔に植えられた正面玄関はまるで宮殿のようだ。


「…ユーリ。迷子。かっこ悪い。」

「悪かったって…。」


 どこでそんな言葉覚えたのよこの子は…。子供の成長って早いわ。


 大きな扉がゆっくりと開き、屋敷の中に通される。

 大理石の床。金の装飾。赤色の絨毯。ギラギラと光る輝照石のシャンデリヤ。

 いくつもある天窓がら光が差し込み、そこらかしこに赤い垂れ幕が飾られた屋敷。

 天井が高く、風の通しの良いエントランスが迎えた。

 多くの使用人がいるようで、メイドや従者たちが余裕ある足取りで行きかう。


「は、はええ…。」


 眩暈がするほどに豪華絢爛なお屋敷。

 ドラゴンロッド家のお屋敷の豪華度ランキングがガーンと下がっていく。


 流石はベルガー大陸の領主のお屋敷。

 アリアーの分家貴族など足もとに及ばぬということか…。


「エルディン様のご友人とお伺いしました。お待たせしております。」


 声をかけてきたのはメイドだ。

 赤がかったブロンドの髪を上でまとめて束ねている女性。


「ユリウス・エバーラウンズです。急に押しかけてすみません。」

「イーレ。です。」


 騎士礼節の簡易礼で彼女に頭をサッと下げた。

 彼女もまた貴族礼節のお辞儀で返す。

 スカートの端を指でつまみ上げながら足を交差させたお辞儀はお手本のような佇まいだった。


「ゴルド様はもうすぐお帰りになられます。客間へ案内いたしますのでどうぞこちらへ。」


 彼女に促されてエントランスの奥の客間へと足を運ぶ。

 そこもかなり広い。

 円形に段差のもうけられたゆったり空間。

 まるでホテルのスウィートルームの様。

 白い革張りのソファーと金細工のあしらわれた揃いのローテーブルがある。


 …噴水!?部屋の中に噴水まである!マジか!?


「ユーリ!池!」


 彼女も目を真ん丸にしてそれを指さした。


「長旅でお疲れでしょう。お茶と果物でしたらご用意できますが、いかがいたします?」

「いる!」


 イーレが元気に返事してしまった。

 メイドはにっこりと微笑むと「すぐにご用意しますから座って待っててね」と奥に引っ込んだ。


「…イーレ!」


 ちょっと叱らねばなるまい。

 いかに獣人族の巫女といえど、遠慮というものも覚えるべきだ。


「食費浮く。遠慮でお腹いっぱい。ならない!」


 …言うじゃねぇか、ちびっこめ…。

 ぐうの音も出ないわ…。


 俺はため息を吐いてソファーに腰かけた。


 どうにも言い合いは苦手だ。


「ユーリ、果物食べる。大事。」

「わかったわかった。俺の負けだよ。おとなしくご馳走になろうか。」


 などと言ってる間にメイドや従者がゾロゾロと現れて机の上におやつを用意する。

 銀の杯に山盛りにされた瑞々しい果実の盛り合わせ。

 爽やかな香りのする淡い水色のお茶。

 どれも手の込んだ装飾の入った美しい小皿に乗った焼き菓子。

 それらが瞬く間にソファー前のローテーブルを埋め尽くしていく。


 ただ、それ以上に目を見張るものがあった。

 ここに勤めている人々の髪だ。


 赤髪、赤髪、赤髪、赤髪、赤髪、赤髪。


 皆一様に髪の色が赤い。

 もちろん濃淡の違いはある。

 例えば赤みがかった茶髪、とかおなじような金髪。とかとか。

 それを差し引いても、やはり赤髪ばかりだ。


 …赤髪、ゴルド、赤だか銀だかわからない街…。


「ユリウス様、お待たせいたしました。」


 同じく赤髪のメイドがそっと知らせてくれる。


「屋敷の主、ゴルド・シルバーマン様がお戻りになられました。お通ししますのでどうか今しばらくお待ちください。」


 …ゴルド・シルバーマン…

 思い出した!

 ネィダ師匠の研究室にあったニッチな本!

 "今こそ赤髪の良さを説こう"の著者だ!


 その本は彼、ゴルド氏本人の赤髪に対する並々ならぬ愛着。

 そして彼の愛する4人の妻との逢瀬が事細かに書かれていた。


 手書きで制作されるはずのその分厚い本は彼の赤髪に対する賛辞でびっしりと書き尽くされており。

 ドラゴンロッド家で幼少期を過ごした俺にとっては深く共感できることばかりが書いてあるのだ。

 赤髪最高。


「ふむ、そちらが客か。やれやれ。子供ばかりでは無いか。」


 扉からその男が入ってくる。

 身長はさほど高くはない。

 しかしダレンよろしくでっぷりと腹の出たおじさんだ。

 後ろには赤いドレスを着た女性が2人。

 奥さんだろうか、歳は差があるようだがどちらとも赤髪だ。


 少々後退した前髪が気になる金髪。

 耳まで届くのではと思うほど伸ばされた角の様な口ひげ。


 麻のシャツの上からシルクのバスローブを着た彼は大理石の上をペタペタと裸足で歩いている。


「エルディンの知人と言うからどれほどの者かと思ったが…。」


 向かいのソファーにドカと腰かけながら彼は口にする。

 近くで見れば見るほどおっさんだ。

 髭こそ立派だが、それが無ければモブおじと言っても過言ではない。


 …いや、でもその年で短パンはやめてよ…。

 ちょっと目のやり場に困る。


「余こそ、この赤き都の領主。ゴルド・シルバーマンである。何はともあれ、長旅御苦労。勇者の知人よ。」


 改めて彼はふんぞり返って名乗った。


「お初にお目にかかります。俺は─。」

「よい、名は知っておる。」


 彼はヒラヒラと手を振って話を遮った。

 後ろに控えていたドレスの女性が書類を手渡す。


「ユリウス・エバーラウンズ。もしくはユリウス・ヴァイジャー。アリアー出身の魔術師。そして獣人族のイーディルン。エルディンから手紙が届いておる。あやつが来るまでそちらを匿うようにともな。」


 魔道士です。

 と訂正を入れるのは野暮か。

 イーレもすぐにでも「イーレ!」と訂正しそうだが、ここは我慢だ。


「…指名手配犯を寄越してくるとはな。」


 ギロリと睨まれた。

 思わず目を背けてしまう。


 …いや、堂々としているべきだ!

 やましいことなどそんなにしていないのだから!


「…まぁ、セドリック辺りの言いがかりであろうな。ゆるりとせよ。余は聡明にして寛大な男であるが故な。」


 ホッとした。

 性癖はともかく彼は話の分かる男のようだ。


「それではエルディンの到着まで匿っていただけると?」

「それは少々早合点であるな。まだそちらを客人としてもてなすとは決めておらぬ。まぁ、何もせずとも小屋くらいは貸し与えるが。」


 彼は手紙を女性に返すと人払いをした。

 部屋が閉め切られ、3人のみが部屋に残された。


 彼はその中で机に用意されたオレンジ色の果実を口にした。

 シャリリと音を立てて口に運ばれるそれを飲み込み、ゴルドはこちらを見据えた。


「これよりは賢き者の問答よ。魔術師ユリウス。余の問いに偽りなく答えよ。」

「…偽れば?」

「死ぞ。」


 いや、十分に物騒なんだよな。

 どうしてそう極端なのさ。


「…お受けいたします。」

「よかろう。心して答えよ…。」


 スッと、彼は瞼を閉じた。

 威厳の溢れる彼のその姿に、俺もイーレもゴクリと喉を鳴らした。


「…赤髪は、好きか?」


 ─好きか?好きか?好きか?好きか…?─


 エコーを伴いながら放たれたその問。

 スッと、耳に、脳に彼の言葉が届く。

 その真意を確かめるよりも早く俺の口は言葉を紡いだ。


「大好きです。」


 即答であった。

 光の速さよりも早く俺は言い切った。


 ゴルドは目を見開いた。

 眉はわずかに動き、ほぅ…。と声が漏れる。


「…まずは及第点。しかし、好きというだけならば誰にでもできよう。」


 ソファーの背もたれに体重を預けながら彼は言う。


「語るが良い。ユリウス・エバーラウンズ。貴殿のその言葉でその熱き想いを。」

「…仰せのままに。」


 俺は立ちあがった。

 ソファーから離れ、噴水の前にある少し広い場所へと足を進めた。

 イーレが何事かと固まっている。

 彼女には申し訳ないが、しばし傍観客となってもらおう。


 見せてやろう。

 毎日毎日とれもしない契約のために徹夜して練習した元ブラック営業マンのプレゼン能力を!


「赤髪。一言にいえばそれだけの短い言葉…。」


 俺はグッとこぶしを握りながらそれを口にする。

 演者を思い浮かべながら、出来るだけ大げさに表情を作った。


「しかしながら、それにはどこまでも深い、人間の内面が映し出されていると思うのです。」


 バッと手を広げる。

 ゴルドは少しだけ体を前に倒した。

 掴みは良好だ。


「赤い色と聞いて思い浮かぶのはやはり、勇猛、炎、そして血潮。どれも戦いにおける戦士の色だ。おのが信念に付き従う者にこそ、その色は相応しい。しかし!思うのです!その勇ましさの象徴たる赤の髪が!女神が如き麗しき女たちの赤髪が何故あんなにも美しく何故我々の心をつかんで離さないのか…。」


 部屋は静まり返っている。

 しらけているのではない。

 ゴルドは文字通り傾聴しているのだ。

 腕を組んだ彼はただただ言葉をかみしめるように俺を見ている。


 手応えはある。

 いける…!


「それはひとえに、その深紅の煌めきの中に真実を見るからです。」

「…して、その真実とは?」

「"愛"です。」

「…愛…!」


 気持ち悪いと思うか。

 ないわぁと引くか。

 笑いたければ笑え!

 石を投げたければ投げるがいい。

 俺はとにかく安全地帯を確保するのに必死なのだ。

 決して自らの性癖を文学的にプレゼンすることに陶酔しているわけでは無い。

 決してだ!!


「勇ましさの中に見え隠れする、恥じらいと躊躇い。燃え上がるような闘志と押し隠した脆さ。それらは王貨の裏表のようにぴったりと一心同体。その赤き髪を持つ者たちの内側にはその色と同じ赤き美しさが宿っている。我々はこの美しさ。すなわちは魂の気高さに惹かれ、魅了されているのです!それを愛と言わずしてなんと─。」

「もう良い。」


 盛り上げってきた所でゴルドは片手をあげて言葉を遮った。

 何やら眉間に皺が寄っている。


 …まずい、機嫌を損なってしまったか。

 じつは同担拒否だったとか…。


 じわりと背中に汗をかく。


 彼はふらりと立ち上がると、俺の目前まできた。

 そして肩を掴んでくる。

 身構えて身を固くしてしまう。


「貴殿の想い、十全につたわったぞ、魔術師ユリウス…いや。」


 震える彼の手。

 そして伝う涙。


「…息子よっ!!!」


 後の熱い抱擁。


 えやあああ止めてえええ!!!

 太ももが!毛だらけの太ももが当たってますううう!!


「今日からお前はシルバーマン家の者だ!同じ色の魂を持つ者同士!!エルディンが来る来ないに関わらず屋敷と使用人を好きに使うが良い!!ガッハッハッハッハ!!」

「ちょ、寵愛賜り、感謝いたします。…ゴルド様。」

「様など要らぬ。気軽に父と呼ぶが良い!!妻を紹介しよう!いやいやお前にとっては既に母であったな!!うんうん!」


 どうやら気に入ってくれたらしい。

 背中を押しながら彼は上機嫌で部屋を出る。


「余の自伝もあるぞ!読んでいくか?」

「"今こそ赤髪の良さを語ろう"ですね。それはアリアーで拝見いたしました。師匠の蔵書にあったのでよく覚えております。」

「なんと、もう目を通していたか。その上、師匠も余の本の読者であったとは。うむ。つくづく縁のあることよ!イーディルンも来なさい。息子の友人であるなら大歓迎だ。」


 ─ウッハッハッハッハッハッハ!!


 大笑いが屋敷に響く。

 なんとか匿ってもらうことになった。

 それどころか、超VIP待遇になるようだ。

 ひとまずエルディンが来るまでの安全地帯の確保に成功した。


 余談だが、当然ながら俺の頭に中にある赤髪の人の情報は2人分しかない。

 ドラゴンロッド家の奥方、リュミドラ。

 そしてその娘、シエナ。

 特にシエナと過ごした日々の記憶は鮮烈だ。

 さきのプレゼンは彼女の事が根底にある。


 …シエナには聞かせられない。恥ずかしくて顔から火が出そうだ…。

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