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第四十四話 「歩み」

 冬も寒さの峠を過ぎようかというこの日。

 暖かな日差しが雪原を照らしていた。


 現代の乙女なら照り返しがなんだの紫外線ケアがなんだのと心配事の多い環境だろう。

 しかし我々は違う。

 まだまだ10代。しかも男性。

 ローブとブーツだけでザクザクと雪原をかき分けて進んでいく。


「…。」

「ユーリ?」


 そしてその衝動に駆られる。

 俺はそれに任せて雪原に大の字に倒れた。


「ああああ。冷てぇ…!」


 いつぞや雪玉を頭にぶつけられて雪に埋もれた日を思い出す。

 随分と遠くまで来たが、その時と見上げた空の色はそれほど変わらない。


「ユーリ!」


 イーレも雪の山に飛び込んだ。

 イーレは特に雪が好きだった。

 たしかディティス列島帯は湿度が高く雪が積もるのは稀なのだったか。

 わからなくもない。

 現に俺も前世ではなじみの少なかった雪にはしゃいでいる。

 もっとも、電車を始めとした交通網の麻痺やらこの状況でも仕事に行かなくちゃ…。

 というストレス源からの解放あってこそだ。

 雪を存分に楽しめる!

 転生最高!!


 モグラのように雪の中をかき分けて進んでは、プハッと顔を出す。

 猫耳を震わせて雪を掃ったのにもう一度頭から雪を被りに行く。

 とても楽しそうなその姿に思わず笑みが溢れる。


「ユーリ!」

「イーレ!」


 雪の中から飛び上がって抱き着いてきた彼女を抱き止める。

 あぁ、これがイングリットの村であればよかったのに…。


「楽しんでるとこ悪いんだけど、お二人とも?」


 先ほどから鋭い剣撃の音が雪原で鳴っている。


「特にユリウス。君は手を貸してくれても。うわ!?良いんじゃないかな!?」


 ドシンと地響きが響く。

 その声に後ろを振り向けば、エルディンは魔物の群れと戦闘をしていた。


 体長3~4mほどはあろうかという人型の魔物。

 土色の肌に大きな単眼。そして耳まで裂けた口。

 単眼の巨鬼(サイクロプス)だ。

 竜と同じくAランクの魔物のそれは、その辺の木を根っこごと引き抜いてこん棒のように振るう。

 継ぎはぎの毛皮の服で局部を覆い、装飾品のように人骨を見に纏っていた。

 知力の有る魔物。

 危険度の高い魔物の中にはそのずる賢さも強さの部類となる。

 それは道具や魔法を使うことだけにとどまらず、人間を追い詰めて狩ることも含まれる。


 それを4体ほどと彼は渡り合っていた。

 動きが早いわけではない単眼の巨鬼(サイクロプス)だが、その一撃は重い。

 普通の人間が貰えば即死の一撃をエルディンは何度も剣で受けていた。


「エル頑張れー!!」

「エルー!!」

「もう!!!!」


 俺たちの声援にエルディンは大きく剣を振り、単眼の巨鬼(サイクロプス)の片手を切り落とした。

 巨大なこん棒の一撃を掻い潜った後に彼は単眼の巨鬼(サイクロプス)の体を駆け上がる。

 そして大樹の幹のように太いその首を細身の剣で叩き落とすのだ。

 とても手伝いが要るようには見えないんですがね…。


「ボクは良いよ!?でも帰りが遅くなるのはユリウスだからね!?」


 背後からの一撃を片手の剣で受けながら彼は言う。

 そうこうしているうちに森からヌッと単眼の巨鬼(サイクロプス)の増援が姿を現す。


「…イーレ、耳をふさいでてね。」

「ん。」


 俺は右手に魔力を回した。


「エル!援護するから射線開けて!」

「待ってました!!」


 雷轟の射手(トリガー)を構えてすぐ様に撃つ。

 大音響の炸裂音が雪原に響く。


 ドバァと一番手前の単眼の巨鬼(サイクロプス)の頭が派手に吹き飛ぶ。

 これだけ的がデカければ、直撃は容易い。


「2つめ!!」


 もう一撃。

 打ち出した弾頭は空を裂いて飛び、そのデカイひとつ目を捕らえた。


 ハズだった。


 カキーン!!


 そんな子気味のいい音ともに雷轟の射手(トリガー)の弾頭は空の彼方へ消えた。

 ゴウと風が辺りを一薙ぎする。

 恐ろしいことに、単眼の巨鬼(サイクロプス)雷轟の射手(トリガー)の弾頭をこん棒で打ち返したのだ。


「「ナ、ナイスバッティン…。」」


 エルディンとハモったところで俺は左手を地面に突いた。

 手招く砂塵の緊縛(アースキャッチ)を展開する。


 動きを止めつつ、エルディンの足場を作って彼の道を開く。


 彼が切り伏せた先の魔物に雷轟の射手(トリガー)を叩き込む。

 次は打ち返されこそしなかったが、それでも腕で防がれた。

 即死には至らない。


(最近、火力不足気味だな…!)


 何発も打ち込んで腕の肉をそぎ飛ばし、やっと頭へ命中する。


 しかしその間にもエルディンは2体も切り伏せた。

 あれで最後だ。


「ユーリ!」


 突如イーレが俺に体当たりをかました。

 理由はすぐに分かった。


 ズドォ!


 先ほどまでいた場所にこん棒が叩き込まれた。

 単眼の巨鬼(サイクロプス)の内の1体がこちらに回り込んでいたのだ。

 降りかかる雪にイーレを庇いつつも埋もれてしまう。


「ユリウス!」


 エルディンが走り込んでくるが、到底間に合わない。

 俺は星雲の憧憬(ネビュラ)を起動する。


 炸裂推進が周りの雪を吹き飛ばし、イーレを抱えて飛翔する。

 雪から飛び出した俺たちを単眼の巨鬼(サイクロプス)は掴もうとする。

 それよりも先に俺の照準が奴の頭を捕らえた。


「吹っ飛べ!!!」


 最大火力で打ち込まれた雷轟の射手(トリガー)の弾頭は、魔物の手のひらを貫通して頭を木っ端みじんに吹き飛ばした。

 青黒い血が辺りの雪原を染め上げる。


「…至近距離ならこんなものか…。」


 ヒィィンと甲高い音を鳴らしながら、ゆっくりと雪に足を下ろす。

 熱輪が雪を溶かしてしまうので早々に星雲の憧憬(ネビュラ)は解除だ。


 どうにも最近星雲の憧憬(ネビュラ)の活躍が少ない。

 たしかに原っぱや森林の多いこの地帯では不向きな魔法ではある。

 この魔法は飛翔。すなわちジャンプ魔法だ。

 岩場や崖などの高低差のある地形であればその真価を発揮できるはずだ。

 しかし、それを差し引いても最近の戦闘。とくに対人戦闘ではあまり使えない。

 それは戦う相手の踏み込みに対応できる速度が無いというのが大きな要因ではあるが…。


「すごいよユリウス!!空まで飛べるなんてすごい!!」


 そんな考え事を他所にエルディンは目を輝かせていた。


「すごくないよ。本当ならもっと高く早く飛べる魔法になるはずなのに。」


 謙遜でもなく俺は彼にそう言った。


 そう、すごくなどはない。

 星雲すらも越えることを望まれたこの魔法を俺は燻らせている。

 もっと良い手段があるはず。

 旅をしている最中もなんども微調整を繰り返してはいるが、それでも大した成果が無い。

 こんなときにネィダ師匠が居れば…。と思ってしまう。

 俺にとって行き詰った時に師匠と飯を食うと、何気ない雑談の中にヒントが転がっていたものだ。

 もしかしたら彼女は何も考えていなかったのかもしれないが…。

 そう言えば、師匠の死からもうすぐ一年か。

 お墓参りにはまだ行けそうにもない。


「…で、目的地はまだのか?」


 ミナの町から離れてしばらく行ったところ。

 アジュール台地の北端周辺の森に俺たちは来ていた。


 なんでも、ここをしばらく行くと太古の遺跡が眠っているのだとか。


「遺跡の入口は森の奥だから、もう少し行った先だね。」


 愛剣の血を拭いながらエルディンは言う。

 イーレはまだ痙攣している単眼の巨鬼(サイクロプス)を興味深そうに指でつついていた。


「遺跡の入口は古い魔術で蓋をされてる。山をまっすぐ突っ切れるトンネルみたいな安全なルートだ。」

「…それ本当か?俺、暗い中で襲われて服ひん剥かれて逆さ吊りにされたことあるからすっごく不安なんだけど。」

「君は一体どういう人生送ってきたの…。」

「うっかり目立ってしまう体質なんでしょうね。」


 魔物の死体を焼き、ひとまずは森に足を踏み入れた。


 ---


 それからも魔物を数体倒しながら進む。

 単眼の巨鬼(サイクロプス)こそ出て来やしなかったが、野犬に河猪など。

 定番な魔物たちが行く手をふさぐ。


 しかし、この勇者。エルディンは強い。

 尋常じゃなく強い。


 結構な数の魔物相手に秒殺だ。

 死体を焼くこちらの手の方が遅れるほどには素早く仕留めている。


 まるでどこから魔物が現れるのかを察知しているかのように的確に魔物を見つけ出す。

 そしてその剣技の鋭さと来たら。

 ロレスと同等。それ以上だ。

 素振りでもしているかのような軽やかさで踊るように魔物を屠るのだ。


「危ない!」


 そんな姿に見とれていると。

 彼はこちらに翡翠色の剣を放った。

 後ろに居た野犬の脳天を綺麗にとらえる一撃は俺もイーレも全く反応できない。


「駄目だよぼーっとしてちゃ。ボクだけで見れる範囲は限られてるんだからね!」


 腰に手を当てながら喝を飛ばすエルディン。

 もうこいつ1人でいいんじゃないかな…。


 などと思いながらさらに森を進むこと数刻。

 まだ空が青いうちにそこへたどり着くことが出来た。


 森が切り立った崖にぶつかるところ。

 そこに明らかに人為的に建てられた石の柱が4つ。

 雪に埋もれて苔むしたそれがまるで鳥居のように鎮座していた。


 その奥には黒く艶のある真ん丸の岩が見える。

 …なるほど、蓋ね。


「ここが遺跡の入口。この遺跡は1本道になってて山脈の反対側に出る。数日は歩くことになるけど、買い込んだ食糧で事足りるはずだ。」

「中はどうなってる?」

「壁画なんかが描かれてるだけのトンネルだ。毒ガスも無ければ崩落の心配もない。もちろん罠も無いよ。宝物もない。」

「…詳しいな?」

「し、神託に記された知識をそのまま話してるだけだから。実際に見たわけじゃないよ。」


 彼はアハハと笑う。

 眼は泳いでる、正直怪しい。


「なぁエル。何か隠しごとしてないか?」


 俺はいっそストレートに聞いてみることにした。


「信頼してないわけじゃない。同郷であることもわかってる。けど時々挙動が怪しいんだ。正直不安になるから、先にスッキリさせときたいんだけど。」

「あー…。まぁそうだよね。うん。」


 俺の言葉にエルディンは気まずげに首筋に手をやった。


「…ボクの秘密を教えてもいい。けどそのためには君の覚悟が必要だ。」

「覚悟って、どんな?」

「…ボクと本当の意味で同じものを背負う覚悟さ。」


 彼はまっすぐに俺を見据えた。


「今のままであれば、君は"勇者と知り合いのユリウス"のままで居られる。でも、ひとたびボクの使命に首を突っ込めば君は"勇者と運命を共にする者"となる。多分、その一生を戦いの日々に当てることになってしまう。平穏無事なんて言葉は捨て去らなくちゃならない。」


 彼は言葉をつづけた。


「その覚悟があるかい?家族も何もかも捨て去って、ボクの剣になる覚悟が。」


 俺は返事に詰まった。

 そんな事、出来やしないし望んでなどいない。

 俺の目的は家に帰ること。

 そして、安定した職に就き、今度こそ天寿を全うすることだ。

 人並の人生を歩むことが出来ればそれで良いのだから。


「…それで良い。君は勇者じゃない。使命も無ければ神託も無いんだ。君の人生を生きるべきだよ。」


 何も言えないでいると、エルディンはフッと息を抜いて俺の肩に手を置いた。

 ポンポンと肩を叩くその手はひどく優しい。


「誰にでも秘密のひとつやふたつはあるだろ?ソッとしておいた方がお互いのためだよ。それに君がどんなに疑ってもボクはボクだ。仮に君に刺されることになってもボクは決して君を害さない。父オルディンに誓うよ。」


 彼の言葉に嘘は感じられなかった。

 言いたくない事くらい誰にでもある。

 当然の事じゃないか。


「…わかったよ、エル。」


 俺がそう言うと、彼は安堵の息を吐いた。


「…さ、封印を解いてしまおうか。今は何よりも君の旅路が優先だ。」


 確かこの辺りに…。と彼はその封印の蓋を調べ始める。


「…エルディン。」

「ん?」


 俺はその背中に声を投げた。


「…探って悪かった。」

「…良いよ。友達じゃないか。」


 へへと彼は照れ臭そうに笑った。


「あったあった。ユリウス。ここだ。」


 彼はが示すその場所には手のひらのような文様があった。

 えらくトゲトゲしたその文様はまるで龍の手のようだ。


「元々は大昔に迫害を受けた龍人族の逃走経路なんだ。彼らは特異な魔術を使って魔道具を作ることに精通していた。輝照石なんかがその名残だ。そしてこの蓋もその1つ。」

「どうやって動かすんだ?」

「魔力を通せば動くよ。それと呪文だ。"我、赤き血の通うものなり"ね。」

「赤き血?」

「魔物じゃないよって意味さ。魔物扱いされて滅亡していった彼らの最期の皮肉だよ。」


 …重いな。

 ベルガー大陸に来て約一年。

 この大陸は差別や迫害の歴史の上に成り立っていることを改めて思い知らされる。

 人族とはどうしてこうも業が深いのか…。

 いつかそれ相応のしっぺ返しを食らうことになりそうだ。


「じゃあ、イーレ様と下がってるからよろしくね。」


 2人は数歩下がった先で待った。

 俺は蓋の文様にあうようにヒタと手を当てる。

 魔力を通せば、この巨大な岩が魔力で作り出された鉱石であることが良く分かった。

 魔力の伝達効率がとても良い。

 可能であればこれと同じ材質で杖を作ってしまいたい。


「─我、赤き血の通うものなり。」


 呪文を唱えればすぐに変化が現れた。

 一見継ぎ目の全くない一枚の岩盤に規則正しく光の筋が入る。

 そこからキューブ状に分割されていき、カツンカツンと子気味のいい音を立てながら形を変えていく。

 最終的には膝丈ほどの石柱サイズにまで小さくなってしまった。

 あきらかに質量保存の法則を無視している。


「…どうなってんのこれ。」

「さぁ?原理まではさっぱり。龍人族の知り合いが居れば聞いておくよ。」


 そして真っ暗な洞窟がポッカリと口を開けた。

 古い石でできた階段が闇の中を延々と続いている。

 地中の生暖かい風がゆったりとほほを撫でた。


 それに少し肝を冷やしていると、ハイ。とエルディンが輝照石のランプを手渡してくる。


「それじゃ、手筈通り。赤き都シルバで会おう。そこの領主はボクの名前を出せば匿ってくれるはずだ。」

「ありがとうエル。テルス大陸、気をつけてな。」

「そっちもねユリウス。イーレ様。ユリウスをお願いします。」

「ん。」


 あ、イーレが俺を見るのね…。


「イーレ、よろしくね。」

「ん!」


 任せとけと言わんばかりに彼女は自身の胸を叩いた。

 …最近言葉が通じるようになってきたな。


「エル。」

「何でしょうイーレ様。」

『───。───…。』

『─。────。』


 2人はまたあのよくわからない言語で会話しはじめる。


「…なんて?」

「"星は廻った。いずれ貴殿の使命に光明が差すはず。"だってさ。」


 あー。これは仮に聞きとれていても理解できないタイプの会話ですわ…。

 などと思っていれば、彼女が俺とエルディンの手を取った。


「握手させようとしてる?」


 エルディンが先に感づいて、彼の右手を差し出してくる。

 イーレも頷きながら俺を見る。


「…こういう時はダチならこっちだろ。」


 俺はその代わりに拳を突き出した。


「…だね。」


 エルディンも拳を突き合わせた。


「春に会おう。ユリウス。それまでおとなしくしてるんだよ?」

「騒がしくなってしまうのが俺の良いとこでも悪いとこでもある。待ってるぞ。エル。」


 エルディンに手を振って、俺とイーレは遺跡へと足を踏み入れた。

 数歩歩くと後ろの封印が再び作動し、辺りが真っ暗になる。


「汝、道を照らせ。」


 輝照石の光が辺りをぼんやりと照らす。

 すると、その光に呼応するように石造りの階段がうっすらと光始める。


「…暗くても安心ってわけね。」

「ユーリ。」


 イーレは夜目が効くのかテチテチと先に行ってしまう。

 俺は彼女の後に続いた。

 暗く、どこまでも続く下りの階段を進む。


 …おばけなど出なければ良いが…。


 しばらく降りていくと、やっと道が平坦になった。

 洞窟の天井も高くなり、少し湿っぽい空気が迎えてくれる。


 ただ暗い空間を2人分の足音がコツコツと反響しながら進んでいく。


「…イーレ。」


 目前に何かを見て、俺は彼女を止めた。

 イーレは数歩下がって俺の脚に隠れるようにして足を止める。

 輝照石を掲げてそちらを照らせば、それが岩の壁に寄りかかるようにして息絶えていた。


 尻尾のあるミイラだ。

 カサカサの皮膚には鱗の様なものも見て取れる。

 他にもコートに、ブーツ。

 すでに朽ちていてもおかしくないそれが一見してわかるほどに残っていた。


「…。」


 慎重に慎重を期す。

 死体に魔力が宿り、亡霊系の魔物になっていないとも限らない。


 土魔法で長い竿を作ってつついた。

 少々罰当たりな気もするが、これも安全のためだ。


 …よし、動かない。


 一息ついて、その死体の方に歩みを進める。


 これは…龍人族だろうか。

 たしか、5000年以上も昔に人類同士の争いでほろんだ種族だったか。

 鱗の民とは顔の骨格が明らかに違うし、かと言って有尾族に鱗は無い。

 両方の特性を併せ持つその遺体は龍人族と考えるのが自然だろう。


 しかしそんな古い死体がこうも綺麗に残るだろうか?

 考古学には詳しくないから何とも言えないが。


 身に着けているコートには切り傷が多数見受けられる。

 元々白かったであろうそれには黒ずんだ染みがある。

 …傷ついた果てにここで息絶えたのだろうか。


「ユーリ。ユーリ。」


 イーレに呼ばれて彼女を見やる。

 気のせいか、彼女の眼が光っているように見える。

 …光の反射だろうか、猫目ってやつか?


 彼女はその小さい手で死体の身に着けているコートを指さした。

 ちょうどポケットの辺りだ。


「…探れと?」

「ん!」


 おお、罰当たり。

 なんと罰当たりな猫ちゃんだこと…。


「さすがにそれはちょっと…。」

「ユーリ!」


 彼女は俺の裾を引っ張った。

 どうしても探らせる気なのね…。


 俺は死体の前にしゃがみ込んで手を合わせた。


『南無阿弥陀仏…。』


 この世界でお経がどれほど死者の慰めになるかは不明だが、ひとまず口にした。

 そして震えながら彼のコートのポケットに手を入れる。


 …掴みかかってきませんように…!


 しかしそんな心配事を他所に、ポケットの中身はすぐに手に入った。

 古い動物の皮で出来た封筒だ。

 特に封などなく、中には手紙が一通入っていた。

 ボロボロに今にも崩れてしまいそうなそれをソッと開く。


 ─


 オズワルト様。


 申し訳ありません。

 セレン様を止めること、叶いませんでした。


 どうかあの方の罪をお許しください。


 ─


 震える字で短く書かれたそれは、やはり黒い染みがついていた。


 オズワルト、セレン。

 この人名には覚えがあった。


 それは俺の。

 ユリウス・エバーラウンズの曾祖父とその母親の名前だ。


「…エバーラウンズに所縁のある人だったか…。」


 手紙を封筒に戻して彼に供える。

 そしてもう一度手を合わせた。


「…オズワルド・エバーラウンズの子孫。ユリウス・エバーラウンズは元気です。どうか天国で見守って下さい…。」


 イーレも見様見真似で手を合わせてくれる。


 その後、せめてもの弔いとして彼に土魔法で十字架を立てた。

 埋葬や火葬をしてあげたかったが、この密閉空間。どうなるかわからない。


 そもそもこの世界で十字架に意味があるのかなど考えることは多々あったが、あくまでも出来ることをすることにした。

 気持ちが伝わってくれれば幸いだ。


「…先に進もうか。」


 イーレに声をかけると、彼女はポロポロと涙を零していた。


「…ユーリ…。」


 しゃがむと、彼女は俺に抱き着いてきた。

 しかしそれは俺に泣きつく感じではなかった。

 彼女は涙を流しながら俺の頭を撫でるのだ。


「大丈夫ですよ。イーレ。大丈夫。」


 かわりに背中をポンポンと叩く。

 言葉は通じないが、これも気持ちだ。

 どうしてイーレが泣いているのかもわからないが、こうする他俺は知らなかった。


 その後も静かに泣く彼女の手を引いて道を行く。

 しだいに洞窟の壁面には壁画が散見されるようになった。


 読めない文字と、人族であろう人々。

 そしてそれから逃げ惑う尻尾の有る人々。

 おそらく、龍人族の歴史だろう。


 時に戦い、時に許しを請うような姿勢の彼ら。

 剣や槍を持つ人族に押されて、彼らは徐々に死に絶えていったようだ。

 人族の中には獣の耳を持つ者もいる。

 獣人族の祖先だろう。

 彼らもまた迫害に加担したのだろう。


 また、壁画の下の方には、手跡が多数ついていた。

 追われ、傷ついた龍人族たちが残したものだろうか。


 陰惨な人類同士の争いの歴史が絵で記されている。

 それらを目にしてイーレはさらに泣いた。

 時折泣きじゃくってしまってその場にうずくまることもあった。

 流石にそうなってしまうと俺も足を止めた。

 イーレが落ち着くまで背中をさすり、彼女が歩き出すまで待つ。

 それを数回繰り返しながら進んだ。


 さらにしばらく行ったその奥には、一際大きな壁画があった。

 翼のある人が空を舞い、そして尻尾のある人が手を上に掲げた壁画。

 その中心には巨人の様な物が描かれている。


 巨大な体に肘辺りから枝分かれした4本の腕。

 その腕には巨大な剣が握られている。

 そして巨人の胸の所には大の字に張り付けられた人の姿が書かれている。

 生贄だろうか、しかし見方によってはその中心の人物が巨人を操っているようにも見えた。


 翼があるのは天人族だろうか。

 たしか、彼らは人類に嫌気がさして大陸ごと転移したのだったか。

 ではあの巨人は何だろう。

 あれが赤き邪龍ジア・ラフトか?

 それにしてはドラゴンらしく見えてこない。

 神話に記されていない別の何かがこの世にあるのだろうか…。


 そんなことを思いながらさらに進むと光が見えてきた。

 岩の隙間からオレンジ色の光がさしている。

 どうやら地表にほど近いところらしい。


 大分歩いたようで、日も傾いているようだ。

 それなりに広い小部屋の様なその場所は、休憩にももってこいだった。


「…今日はここで野営します。」


 荷物をおろしながら言うと、イーレも理解してくれたようだ。

 ずっと泣いていた彼女の眼は充血して真っ赤になっているし、何やら眠そうである。

 トスンと岩に腰かけるやいなや、彼女はあくびをし始めた。


 俺はすぐに毛布を荷物から引っ張り出した。


「夕飯になったら起こしてあげますから。」

「…ん…。」


 フラフラと彼女は毛布に転がるとすぐに寝息を立て始めた。

 俺も自身の事を大概だとおもうが、イーレもイーレだ。


 どういういきさつがあったかまでは知らないが、こんな幼い体でよく旅に出たものだ。


「…案外似たもの同士なのかもしれないね。」


 そっと彼女の頭を撫でる。

 ピクンと耳が動きはしたが、彼女は嫌がらなかった。


 …イリスはこの子よりもう大きいのか。


 ふと考えてしまった。

 俺が4歳の時に彼女、妹のイリスフィアは生まれた。

 俺が11歳だから、イリスフィアは現在7歳になる。


 デニスとサーシャも当然同じだけ年齢を重ねているのはそうだが、それでも変化が大きいのはイリスフィアだ。

 俺が知っているのは赤子の彼女だけだ。

 いま彼女がどんな風になっているのか見当もつかない。


 …せめて、彼女が10歳になるまでに帰ってお祝いをしたいものだ。


 家族と言えば、あの死体が持っていた手紙の中身も気になる。

 セレンを止められなかった。

 その罪をお許しください。


 過去の俺の家系に一体何があったのだろうか。

 願わくば俺の代までにそのゴタゴタが清算されていればいいのだが…。


 そう思いながら夕食を作るべく土魔法で鍋を作る。

 いろいろ考えることもあるが、まずは食事だ。

 今日はたくさん歩いたから、消化にやさしいスープ系にしよう。

 付け合わせは買っておいた野菜の酢漬けと、あと薄く切った干し肉…。


 …しまった、薪がねぇや…。


 ---


 《エルディン視点》


「待ってるぞ。か…。」


 思わずユリウスの言葉を繰り返した。


『どうしたの?』

「いや、やっぱり友達って良いなと思って。」


 胸の内側が熱い。

 失ってしまっていた使命への活力が湧いてくる。

 湿気った薪が再び熱を持ち、燃え上がるように。


『…まぁ、ユリウスは悪い奴じゃなさそうだし。今度は上手くいきそうね。』

「それはわからないさ。まだこれから始めるんだから。」


 シルビア手を当てながら空を見上げる。

 そう、これからだ。

 幾度となく繰り返した使命に変化が現れた。

 《星眼》のイーディルンに会えたのがその証拠だ。

 彼女は魔眼を持ったままボクの前に現れた。

 無残に打ち捨てられた獣人族の奴隷としてではなく、巫女として彼女はあるのだ。


『星は廻った。ね。』

「うん。良い言葉だよね。」


 スッと歩き出す。

 ユリウスは迷わずに進むだろう。

 闇の道を、小さな明かりを頼りに。


 ならボクも彼に倣わなければならない。

 未だ出口の見えない使命をこれから1つずつ救っていくのだ。


「まずは予定通りテルス大陸に向かう。ジアビス・サーフェと合流しなくちゃ。」

『アイツ絶対怒ってるよ。私知らないからね?』

「ちゃんと謝ればわかってくれるって。」


 丸1年待たせてしまったのだ。

 彼女もお冠だろう。


『今後の予定もびっしり。天人族の事も、ベルガー王政の事も。あとドラゴンロッドの令嬢の事に、大魔術を使える魔術師の捜索。それから─』

「一個ずつ!一個ずつだよシルビア!!」


 分かっている。

 もうそれほど時間が無い。

 魔法歴1000年の節目まであと10年。

 出来ることをやらなくてはいけない。


 未だ来ない、魔法歴1001年を迎えるために。

人物紹介


イーディルン(イーレ) 獣人族 5歳

獣人族の巫女。星に選ばれた者に継承される《星眼》を持つ者。

生まれつき精霊の言葉を話す彼女は本来、聖域と呼ばれる場所で成人になるまで秘匿される。

しかし彼女は姉の影響で外界。つまるところ世間に興味を持ってしまう。

思い付きで聖域を飛び出した彼女は人攫いにあい、ベルガー大陸まで流さてしまった。

彼女のもつ魔眼は思念や天命といったものを視る力を持つという。

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