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第四十三話 「彼は彼女」

 お世話になったディッテお婆ちゃんたちに別れを告げて早3日。


 俺たちは商業街ミナの町に着いていた。

 石でできた街並みが雪に映えるこの町はテルス大陸からの輸入品などが市場を賑やかに彩った。

 外の気温も低く、雪も踝ほど積もったこの町であったが冒険者も商人も元気だ。

 大声で客引きを行い、街道沿いに店が構えられているのはコガクゥの村に似ている。


 また、面白いのは建物の入り口が必ず階段などで地面から高く設けられていることだ。

 豪雪地帯であるこの辺りの住宅事情が垣間見えてなかなかに異国情緒がある。


 建築技術でもこのベルガーはアリアーよりも先に行くようだ。

 特に石作のお家の内装は目を見張るものがある。

 ちゃんと内板が貼られていて、断熱もしてあるのだ。

 実家に帰ったら真っ先に取り入れたいと思う。

 DIYならお手の物だ。


 そんな雪のミナの町で俺とイーレは買い物にいそしんでいた。

 ちなみにエルディンは野暮用があるとか言って別行動中である。


 イーレがいかに寒いのが平気そうに見えても麻のシャツ1枚で過ごせるわけも無し。

 洗濯した盗賊のローブを着せていたがさすがに限界だったようで彼女は道端にペンと脱ぎ捨てて市場へ走ったのだ。


「ユーリ!」

「えぇ…。それ要る?」


 彼女はいろいろなものをねだった。

 例えば頭に着けるサークレットという冠のような飾りだったり。

 例えば獣の骨を薄い板状に磨いた民族風の首飾りだったり。


 イーレはけっこうなお洒落さんのようだった。


 すでに彼女にはいくつか装備品を買っている。

 温かい羽毛の裏地がついた新緑色のローブ。これは裏地が着脱式になっていてそのまま毛布としても使える。

 長編み上げのブーツは着脱が容易で、尚且つサイズぴったりの職人技が光る逸品。

 護身用に着込ませた皮のベストは、内側に鉄線を仕込まれた特別仕様。

 どれも一切金額を顧みずに買った一級品ばかりだ。


 長靴をはいた猫耳さんになったイーレの手を引きながら街を行く。

 本当ならその辺の孤児院に預けてしまうつもりだったのだがそうも言っていられなくなった。


 …というのも、彼女は獣人族のやんごとなきお方。

 道行でディティス列島帯による以上、送り届けなければならなくなったのだ。

 今回の旅は彼女の護衛も兼ねている。

 エルディンめ。

 もしかして最初から計画に入っていたのではなかろうか…。


「お、あった。イーレちょっと待ってくれる?」

「ん!」


 俺はある店の前で一度足を止めた。

 木の看板に三角帽子と杖の絵が描かれた"魔術師の止まり木"という名前の店だ。

 三角帽子とローブを身に着けているのに、杖が無いというのは締まらない。

 そろそろこの翡翠石に会う杖を手に入れたいところだった。


 実際杖の有る無しだと魔法の精度も魔力の変換効率も大分変ってくる。

 星雲の憧憬(ネビュラ)を使うのであればほぼ必須と言っても過言ではない。


 えぇ?自分で作った魔法なのに道具使わないといけないとか3流じゃーん。

 とか思ったそこの君。

 勘違いしてはいけない。

 そもそも俺は3流だ。

 そして道具を使いこなすことが1流への一歩。

 使えるものは何でも使ってこその魔道士なのだ。


 店の中に入ると鎖でグルグルにされた杖が何本も棚に飾られていた。

 他にも三角帽子や、獣の骨や羽なんかで装飾されたローブなどが綺麗に陳列されている。


「おやおや、これはまた小さなお客様だ。いらっしゃいませ。未来の大魔道君。」


 思いっきり垂れ眼で、猫なで声で話し掛けてきた定員。

 ゴマをすり、腰をかがめながら言うのはぺったりと寝かせた髪形の男性だ。

 ベンジャミンが着るようなスーツとべストに眼鏡の組み合わせである。

 ちなみに黒い髪をしているが耳は長い。おそらく間の子だろう。


「こんにちは。この石を使える杖を探しているんです。」

「ほぉ、翡翠石ですか。失礼します。」


 取り出した翡翠石を手に持つと、眼鏡を上げ下げしながら彼は石を眺めた。


「フム、粒子の混じった石ですね。透明度はあまりないが柔らかな色合いの良い石ですね。」

「もとはコガクゥ産の杖にはまっていたものなのですが、旅の途中で折れてしまって…。」

「そうですかそうですか。ご案内しましょう。こちらへ。」


 そう言って店員は杖の棚へと進んだ。


「石無しの杖となりますと、このあたりでしょうか。」


 そう言って店員の示した杖の金額に度肝を抜かれた。

 恐ろしいほどに高い。

 この翡翠石の杖を買った時の価格が金貨11枚。

 しかし並んでいる杖はどれも王貨30枚越えだ。

 王貨と金貨を比べれば王貨の方がわずかに価値が高い。

 石もはまっていない杖なのにあまりにも高価であった。


「ちょ、ちょーっと難しいかなぁ…どうしてこんなに高価なんです…?」

「当店の品々は全てテルス大陸の魔術都市クロムからの輸入品です。腕利きの職人たちが作った杖の中でも選りすぐりの、超一級品のみを取り揃えてございますのでその分少しだけお値段が高いのです。」


 なるほど。

 …もしかして、これは最初から相手にされていなかったパターンか。


「ユーリ。」


 イーレも首を横に振っている。

 残念だがこの店で杖を買うことは難しい。


「ちなみに、紫色の魔石の付いた杖はありますか?」

「ございます。」

「…見せていただくことって出来ますか?将来の勉強ということで。」

「そういう事でしたら、えぇ。魔術師の方は皆大切なお客様ですので。少々お待ちください。」


 店員は恭しく頭を下げた後に一度店の奥の扉に消えた。

 そして数分としないうちに帰ってきた。

 手には赤い艶のある布のかかった杖を持っていた。

 おそらく台座にはまっているものをそのまま持ってきたのであろう。

 慎重にテーブルへ乗せた後に彼は「こちらへ。」と手招きした。


「かの有名なアリアーの秘宝。龍眼の魔杖(ドラゴン・ロッド)と同じ職人が手掛けたと言われる世界最高峰の杖です。」


 彼はそう言って台座にかけてある布をゆっくりと取り払った。


「─名を鋳薔薇の夜影(アイビス)といいます。」


 そこにあったのは紫色の結晶が埋め込まれた美しい杖だった。

 おそらく名のある大樹から切り出したであろう細身の木製杖に金色の装飾が蔦のように絡みついている。

 そして先端の魔石。

 拳ほどの大きさの刺々しいそれはまさに薔薇の花弁のように見える。


 作りも豪華絢爛であるのはわかる。

 しかし目を引いたのはその魔石だ

 透き通りつつも影を抱えるような深い色合いの魔石。

 微粒子が封じ込まれたそれはまるで夜明けの空がそのまま結晶になったような石だった。


「木にはディティスの世界樹の分木から切り出した素材を使用しております。装飾の金には空の雫から取れた金属を溶かしこみ─。」


 店員さんが事細かに説明しているそれらはすでに右から左へと流れていった。

 台座に書かれた価格で気を失いそうだ。


 白金王貨60枚。

 それは王貨に換算すれば1200枚ほどに相当する。


 こんな高価な杖をいったいどんな人物が買うのだろうか…。


「…あ、ありがとうございます…。」

「いえいえ。お客様は大変珍しい瞳の色をお持ちだ。紫の魔石を探すのは苦労なされていますでしょう。しかし貴重な魔石であればあるほどに高価なのです。ご容赦下さいませ。」


 魔術師の杖は魔術師本人の瞳の色に合わせた魔石を使う習わしがある。

 とくに紫の魔石は高価だ。

 そもそも流通量が圧倒的に少ないのだ。

 俗にいうプレ値。

 おそらく王族でもそうそう手に入れることが出来ないだろう。


「勉強になりました。お金を貯めてからまた来ます。」

「お待ちしております。きっと良い魔術師になって下さいませ。」


 そんな言葉を背中に受けながら店から出た。

 出ると同時にイーレとため息を吐く。


 あんな高価なもの、逆立ちして大陸一周したとしても届きやしない。


「…ギルドでエルを待とうか。」

「ん…。」


 イーレと一緒にトボトボとギルドに向かった。

 あぁ、杖が欲しい…。


 ---


 暖炉の焚かれたギルド。

 視覚的にも温かくするためなのか、至る所に毛皮がかけられている。

 ここでの売れ筋は火酒らしく冒険者は比較的しずかにチビチビと酒を嗜んでいた。

 そんな酒場の一角。依頼掲示板に近い席に俺とイーレは陣取った。

 流石に床は板間であったが、椅子にも毛皮が使われていてお尻が温かい。


「ご注文は?」

「温かいスープを2人分。」

「はいはいー。」


 給仕に注文を使えて俺は依頼掲示板に目をやった。


 魔物退治に、毛皮の採集などの定番依頼。

 人探しの依頼に、浮気の調査。

 無くしてしまったペンダントの捜索。

 畑仕事、薪割り、隣町までの護衛。


 よく見る依頼がたくさんある中、やはりあの依頼が一番上に来ていた。


 謎の魔物の調査、並びに討伐。

 ランク付けすらされていない危険な依頼が他の依頼盤を押しのけて一番上に張られている。


 他の依頼と比べれば頭一つほど報酬が良いそれを冒険者集団が腕を組んで見上げていた。


「また"謎"か。最近多いな。」

「俺見たことあるよ、でっけぇ赤黒い色した大蜥蜴の魔物だったぜ。」

「は?頭が二つある野犬じゃねぇのかよ。」

「はぐれ翼竜だって話じゃなかったか?」

「何にしても薄気味わりぃぜ…。」


 口々に言う彼ら。

 俺はそれに耳を傾けながら、ふとイーレを見た。


 彼女もまたその依頼盤に目を向けていたが、その眼つきがひどく鋭かった。

 まるでとても憎いものを睨むときの様な殺気にも似た気配。

 ピリピリと張りつめた空気がその幼い体から感じられた。


「ごめんごめん!お待たせー!」


 そんな空気をぶち壊して、俺たちの座る机に妙な人物がやってきた。

 給仕ではない。


 銀の髪に青い瞳。

 肩ほどの長さの髪を右側だけヒョコッと結んだサイドテール。

 麻のローブと軽鎧を見に纏った女の子だ。

 線の細い彼女はどこかエルディンに似ていた。

 というか、装備がエルディンと全く同じだ。

 しかし顔つきも体つきも女の子。

 妹だろうか?


「あの、どちら様?」


 思わず尋ねた。


「え?もー。ボクだよ。わかるだろ?」


 彼女はそう言って当然の如くイーレの隣に座った。

 イーレの知り合いだろうか…あ、違うな。目を丸くして呆気に取られている。


「…まさかエル?」

「正解ー!と言っても今はエルディンじゃなくてエルディーヌだけどねっ。」


 バチコーンとウィンクを放ってくる。


「知らなったよエル。まさか女装系男子だったとは…。」


 確かに中性的な見た目こそしていた。

 しかしメイクも無しにここまで化ける物なのか。

 最近の子は進んでいるなぁ。

 きっとSNSで自撮りあげちゃうタイプの学生君だったのだろう。

 若いなぁ。

 おじちゃんは素顔をさらすのにすら抵抗がある世代です。


「女装じゃないよ。ホラ。」


 エルディンはそう言って俺の手を引っ張って鎧の間に差し入れた。

 温かく柔らかな肉のふくらみが確かにそこにある。


「おお…。」


 その触感のリアルさよ。

 シエナの胸よりすこし大きいくらいか。

 年齢の割に控えめな胸だが嫌いじゃない。

 しかし本物のようだ。

 温かいし程よい張りがあり、ちゃんとポッチもついている。

 うっすらとついた肉の裏側の肋骨の感じも良く再現されている。

 こんなアイテムもあるのか…。


 これ見よがしにいじり倒す。

 決して性欲ではない。

 あくまでも学術的興味関心だ。

 ふむふむ。

 なるほどなるほど…。


「あ、あの…本当に本物だからちょっと手加減してほしいな…。」

「はえー…。本物?」

「周りの眼もあるから。ほどほどで…。」


 エルディンは頬を赤くしながら言った。

 胸に夢中になって居れば周りの眼がこちらに向いている。


「真昼間からまぁ…。」「ガキの癖に見せつけてくれるなぁ」「抱け…抱け…。」


「ユーリ。」


 イーレも冷やかな目で見ている。


「オルディンはね、女神としての側面もあるからボクもそれを継承してるんだ…。」


 エルディンは小声で言う。

 そう言えば全能神オルディンは女神オルディーヌとも伝えられていたのだったか。


「…じゃあこのおっぱいは…。」

「だから本物だって。」


 恥ずかしそうに彼、いや、彼女は言う。

 俺はその段階になってやっと手を引き抜いた。


「おわかりいただけただろうか…。」


 彼女はそう言って襟元を正した。


「ああばばばくぁwせdrftgyふじこlp;…。」


 どうしようもなく動揺してしまった。

 なんという事だ。

 俺は男の胸を揉みしだいて喜んでいたのか。

 しかし、素晴らしい胸だった。

 間違いなく、紛れもなく女の子の桃源郷。

 しかも今のエルディンはエルディーヌ。

 彼と呼ぶべきか彼女と呼ぶべきか。


 …TSF…実在したのか…。


「…ちなみに下のほうもちゃんと女の子だよ?」


 ほほう…。と興味を惹かれる紳士が一人。

 言わんでよろしい!と叱責する紳士が一人。

 俺の中でせめぎ合っている。

 まずい、俺は同郷の人間に性癖を破壊されそうになっている。


 俺は頭を抱えた。


「…特技は性転換と仰いましたが、その特技は我が社でどのように活かせるとお考えですか?」

「え?どうしたの突然…。」

「冷静さを取り戻す必要があるのです。」

「ごめんてー。ちょっとからかっただけだよ。」

「趣味に人の純情を弄ぶこととありますが?」

「履歴書にはそんなこと書いてないって。」


 眼鏡をクイクイと上げる動作をしながら俺はとにかく気を紛らわせることにした。

 まるで就職面接の様な会話に、エルディーヌはクスクスと笑った。


「懐かしいなぁ生徒指導室で面接の練習させられたっけ。」

「…わかった。この話はやめよう。やめやめ。」


 なんだか年齢差をまざまざと思い知らされるようだった。

 それはそれで俺が傷つくのでもうやめよう。


「…で、なんで女の子の体になったの。水でも頭から被ったのか?」

「なんでお水?」


 おーっと通じない!

 ユリウスのライフポイントが200減少だ。


「んー。スキルの話をしたはいいけど、見せられるのがコレしかなかったからとりあえずドッキリがてら紹介してみたってかんじかなぁ。そんなに深い意味はないから身構えないでよ。」

「湯を被ったら元に戻るのか?」

「何もしなくても夜が明けたら元通りだ。…さっきからお水だったりお湯だったりどうしたの?」

「いや、なんでもない。ちょっとした気の迷いだから…。」


 そうこうしているうちにスープが二人分運ばれてきた。

 香辛料たっぷりのスープから立つ湯気が鼻をくすぐる。

 幸いにも大皿に入れられて運ばれてきたそれは人数分の取り皿とスプーンが付いてきた。


「エル。」

「イーレ様にはちょっと辛いかもですよ?」


 イーレはエルディーヌの裾を引っ張った。

 取り分けられたスープをちゃんとフーフーしながらイーレは口に運ぶ。

 気に入ったらしく、モリモリと食していく。


 …ちょっと零しそうなのが心配だ。

 ローブに染みがついたら目立つだろうな…。


 そう思いながら俺はスープを啜った。


 カレー…とは違うな。

 でも香辛料が効いてて体が温まる。

 タイカレー的な味わいだ。

 これはパンよりナンですなぁ。

 …あ、結構辛い。


 何が入っているのかはわからないほどに煮込まれている。

 肉の繊維が残っているのはわかったが、他はさっぱりだ。


「…まずいなぁ…。」


 せっかくの異国の料理にエルディーヌはケチをつけた。

 かと思えばそう言う感じでもない。

 何やらキョロキョロと周りを見渡している。


「ユリウス。わるいけどお皿持ち上げててくれる?イーレ様も。」

「えーっと…こう?」


 よくわからないままに俺とイーレは素直に机の上から料理を退避させた。

 そしてその直後。


「ぐおああああ!!!!」


 野太い悲鳴と一緒に冒険者風の男が突然机の上に降ってきた。

 机は脚が折れ、派手に音を立てて割れてしまう。


 な、何事!!??


 イーレは尻尾を逆立てて棒立ちの状態。

 しかしエルディーヌは入り口側を睨んでいた。

 スイングドアがバタバタと揺れている。

 どうやらこの男は外から投げ込まれたらしい。

 騒がしかった酒場が静まり返った。


「…うん、移動しようか。一番端の席に行こう。カウンターは駄目ね。」


 彼女はそこに転がって呻く男に手を差し伸べながら言った。

 みすぼらしい恰好の男に肩を貸し、エルディーヌはその場を離れる。


 ほらほら、とエルディーヌに促されて酒場に人がなだれ込んでくる。


「お隣、失礼しても?」

「あ、あぁ…。」


 店の端には若い冒険者が数名固まっていた。

 彼らは酒場に入ってきた人々に釘付けになっている。


 その隣の席にエルディーヌは男を座らせた。入口に背を向けた形だ。


「大丈夫、ケガはひどくない。ユリウス。治療をお願いしてもいいかな?」

「了解。」


 一先ずはそこに料理を置いて、傷の治療を行う。

 顔面に大きな痣のある彼はどうやら蹴り飛ばされたらしい。


「…すまねぇ、魔術師さんよぉ。」

「魔道士です。」


 いつものやりとりをしながらサッと治療を終えて入り口を見やる。


 そこには20名ほどは居ようかという冒険者の集団がいた。

 様々な種族が入り乱れ、剣や斧、槍、弓など各々に武器を携えている。

 魔術師も数名居るな。ローブの内に隠した杖が少しだけ顔を出している。

 バラバラな彼らだったが、一様に白いバンダナを身に着けていた。

 それは頭に巻いていたり、コートの袖に巻いてあったり。

 ローブが白一色な者もいる。

 …まぁそれは俺もどっこいか。


「騒がせてすまない!続けてくれ!」


 その集団の中心に居る男が声高に言った。

 灰色の髪に褐色の肌をした人族。

 ガタイが良く、金属製の鎧を各所に身に着けた青年。


「…《銀の勇者》だ…。」


 店のどこかで誰かがそう言った。

 たしかに、見た目で言えば彼の方が勇者らしい。

 旅をつづけたであろうその眼つきは鋭く、仲間も歴戦の様相を見せている。


「ギルドの酒場に抜き身で一体どんなご用件で?」


 カウンターに居た受付嬢が腕を組んで彼らの前に立ちはだかる。

 コガクゥの村のジーナさんを思い出す強気な女性。

 長いウェーブがかかった髪を後ろでまとめた彼女の前に先ほどの青年が進む。

 その傍らには背の低い耳長族の少年が居た。

 その少年が声を張り上げる


「我々は"シルバーメシア"!こちらの《銀の勇者》様を当主とした救世の徒である!!」


 その声に酒場はどよめいた。


「救世って…。」「どうせ偽物だろ。」「ほんとうにいたんだ。」「勇者万歳!」


 そんな酒場から聞こえる言葉に何やら満足げに耳長族の少年は頷いた。


「《銀の勇者》だって?」

「ボクはそう名乗った覚えは無いなぁ。でも彼らは違うよ。同じ名前の別物だ。」


 奴らは偽物だ、と言わないのはエルディーヌの余裕ゆえだろうか。

 まるで劇団員のような大げさな口調で耳長族の少年は言葉を続ける。


「これより我々は王都に向かう!混乱を極めるベルガー王政に救世の手を差し伸べるのだ!これは召喚状だ。ギルドの支援を我らは申請する!」


「…ギルドの支援?」


 その言葉に俺は再びエルディーヌを見た。


「ボクの後援隊にギルドのオーナーが居るんだ。彼のおかげでボクはギルドからお金や物資の支援を受けることが出来る。」

「勇者特権ってやつね。」

「その代わりにギルドからの応援要請は絶対だ。持ちつ持たれつだよ。」


 彼女になるほど、と返しながら目線を騒ぎの方へと戻した。

 受付嬢は召喚状とやらを片手で持って目を通していた。


「ごらんのとおりです。国王陛下が病床に伏せっておいでの今、王都の守りを─」


 リーダー核の男性が優しい口調で言うさなかに、受付嬢はその紙を真っ二つに割いた。


「な、なにを!?」

「こんな紙切れここでは何の役にも立たない。もしあなたが本当の《銀の勇者》なら証を見せなさいな。冒険者符形に二つ名の記載があるでしょう。」


 凛とした声で受付嬢は言い放つ。

 途端に、まぁ当然ながら険悪な雰囲気が周囲を漂い始める。


「あー…思い出した。メイリーンはそうだった。」


 突如エルディーヌはそう言って俺にイーレを託すと、止める間もなく受付嬢の方に歩いて行った。


「なるほど、ギルドの麗しき給仕殿は救世主である《銀の勇者》に楯突くと。」

「お引き取り願うわ。ギルドはどの国にも加担をしない。王様の危機だというなら、自力で行くことね勇者様。」


 しだいにエルディーヌの脚が早まる。

 最後には机の上を彼女は走り始める。


「そも!本当の勇者なら人を酒場に蹴りこんだりしないわ!人を救う彼の名を騙るなんて身の程知らずもいいところよ!」

「そうか、…では反逆の徒には死を!!」


 なんの予備動作もなく振り切られる剣の一撃。

 受付嬢メイリーンを狙ったその一撃は、走り込んだエルディーヌによって止められた。

 武器も持たない彼女は両掌で剣を挟むようにして止めている。


 おお!真剣白刃取り!!

 思わずテンションが上がる。


「え?誰??」

「メイリーン。勇ましいあなたは好きですけども、相手を見ることを覚えた方が良いですよ。」


 軽口を叩くエルディーヌの前で男は固まっていた。

 どれだけ力を入れても剣がピクリとも動かないのだ。


「…さて。」


 手で挟んでいるだけで剣の表面にビシリと亀裂が入る。

 そして圧壊するように剣はカラカラと崩れ落ちた。


 冗談だろ、と溢す偽の勇者旅団は後ずさりをする。

 まぁ、素手で剣を折るような奴が少女なのだ。

 その反応も仕方ないか。


「な、なんだ貴様。《銀の勇者》に歯向かうのか!!」

「同業のよしみです。今なら見逃してあげますからさっさと帰って下さい。ギルドで抜剣はご法度ですよ?」


 耳長族の少年が狼狽えながら吠えるが、それをさらっとエルディーヌは流した。


「それとも。」


 彼女が一歩前にでる。


本物(ボク)と一戦、交えてみるかい?」


 その瞬間に彼らはエルディーヌに躍りかかった。


 最初に2人が剣と斧で襲い掛かった。

 その縦と横の斬撃をスイと掻い潜って、エルディーヌが鳩尾と顎に掌底を叩き込む。


 身を崩していく2人を待たずして背の高い男がエルディーヌに拳を振るう。

 その拳を正面から拳で返され、打ち付けた瞬間に男の拳が血しぶきを上げた。

 エルディーヌはその大男を蹴り飛ばせば、数名を巻き込んで壁に叩きつけられた。


「「─その赤き牙で我が敵を屠りされ!猛る炎槍(フレイムランス)」」


 後ろで魔術師3人が炎の中級魔術を放つ。


「おっと。」


 しかし、エルディーヌにそれは届かない。

 愛剣のシルビアに手を添えるだけで鋭い風鳴りが炎の槍を叩き落とした。

 やはりあれは魔法剣だ。


 その後もちぎっては投げちぎっては投げの攻防戦。

 瞬く間に集団は大半が死屍累々に床に転がった。


「動くな!!!」


 その声でエルディーヌは動きを止めた。

 先ほどのリーダー核の男がメイリーンを人質に取っていた。

 折れても尚鋭い剣の切っ先が受付嬢の喉に付きつけられてツゥと血を垂らす。


「お前なんなんだ!!邪魔しやがって!!おかげで計画がパーだ!!」


 血相を変えながら男は叫ぶ。

 足元にはそれに隠れる様に耳長族の少年が睨みつけている。


「ボクはエルディーヌ。ただの冒険者だ。」

「なんでもいい!!!くそ!!おい!!こいつを殺されたくなかったら酒場の有り金全部持ってこい!!!」


 男はカウンター奥の給仕に怒鳴りつける。


「…人質を取る行為、それは相手の良心に甘え切った戦法だ。」


 ポツリとエルディーヌが口にした。


「もし、ボクがその女性の生き死にに全く興味が無いとしたら?」


 一歩、足を踏み出す。


「もし僕がただ君達を殺すためだけに剣を抜いて襲い掛かってきたら?」


 さらに一歩、近づくたびに男たちの顔に冷や汗が浮かぶ。


「もし言葉の通じない魔物だったら、君達は同じことをするのか?それが君たちの最善の手?」

「動くなっていってるんだ!!!!」


 思わず男が剣をエルディーヌに向けた。

 その瞬間に彼女は身をひるがえした。


 一瞬で踏み込んで剣を持つその手を蹴り上げた。

 グギリと嫌な音がして、男の手首があらぬ方向にへし曲がる。


 左手で掌底をメイリーンの脇下から男の腹部に叩き込む。

 男がメイリーンから手を離した瞬間に胸倉を掴んでそのまま床に引き倒した。


「…消えろ。目障りだ。」


 ズガンと男の顔のすぐ横に拳をぶち込んだエルディーヌは低く言い放つ。

 彼らは落とした武器もそのままに傷を抱えて酒場から逃げていった。


「…あ、ありがとう。」

「いえいえ、メイリーンにケガが無くて良かったよ。」


 すぐにニコリとエルディーヌは笑う。

 そうして酒場の客たちから賞賛の声を受けながらこちらへと帰ってきた。


 俺も拍手で彼女を迎えた。


「すげぇ。あの人数を素手で倒すのか。勇者すげぇ。」

「不意打ちだからね。ユリウスもあれくらいならちょちょいでしょ?」


 などと言いながら席に座ると同時に、先ほどの受付嬢メイリーンがこちらに歩み寄ってきた。


「あの、改めてありがとう。旅のお方。良ければお名前をうかがっても?」


 何やら頬が赤い。

 これはホの字ですね。


「そんなに余所余所しいとちょっと寂しいですよ。メイリーン。」

「…不思議なお方。私はあなたの名前も知らないのに。」


 彼女がそう言うとエルディーヌは「しまった。」と口にした。


「えー、ボクはエルディン…じゃなかったエルディーヌ。初めまして、だね。ハハハ。」


 さっきからエルディーヌの挙動がおかしい。

 メイリーンを知っているかと思えば初めましてとも言う。

 いったいなんなのか。


「さ、さぁ。もう行こうか。ユリウス。いやぁ旅先ではいろんなことが起こるね。うん。」


 エルディーヌはそそくさと酒場を後にしようとする。


「…行こうか、イーレ。」

「ん。」


 半ば逃げる様にしてエルディーヌを追って酒場を後にした。

 なんか、きな臭い。

 俺は本当に彼、彼女を信頼してもいいのだろうか…。

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