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閑話 「見えぬ者たち」

ユリウスがエルディンに会う少し後のお話と少し前のお話。

 《レイムゥ視点》


 衛兵たちに乱暴に石畳の床に放り投げられた。

 空気はよどみ、かび臭いそこは首都ベルティスの牢獄だ。


「もう少し丁寧に扱えないのかしら?人族の男はがさつだわ!」

「ハッ!股でも開けば可愛がってやるよ!そこでおとなしくしておくんだな。」


 ガチャンと重い牢の扉が締められ彼らの足音が遠ざかっていく。


「いつ出してもらえるのかしら!?」


 ─引受人が来たらな!まぁ、望み薄だろうけどなぁ!


 牢に手をかけながら大声で言う。

 締め切られた牢獄は暗く、どこまでも声が響くようだった。


「…はぁ…。」


 ため息を吐いてその場に座り込む。

 ユリウスを庇って彼らにつかまって数日。


 馬車で揺られて首都ベルティスまで連行された。

 本来なら首都は現在、王族の内輪揉めがあって住人も含めた往来の規制が行われている。

 しかし、反逆者は別だ。

 反逆罪で捉えられた者は、見せしめとして斬首されて晒される。

 その斬首台はこの首都ベルティスにあり、そしてその囚人を捕らえる牢獄もここにある。


 つまり首都を出入りできるのは死ぬ予定の者と首の無い死体だけだ。


 当然、無条件で殺されるわけでは無い。

 引受人が反逆者の罪状に相当するだけの金を払ったら罪は帳消しとなる。

 しかし、私にはその引受人は望めなかった。


(参ったわね…。)


 それなりに長く生きた身だ。

 するべきことは一通りし終わったと思う。

 レインも私ではない女を選び、彼の道を進み始めた。

 それはそれで無念だが、見守ってきた者としては喜ばしい。

 だからと言ってはいどうぞと首を差し出すような女ではない。

 なんとか抜け出さなくては。


「このッ!このぉッ!」


 牢をガンガンと叩いてみるが、頑丈な鉄格子はビクともしない。

 魔法を使ってもみるが、魔力が遮られている。

 やはり牢獄には魔封じの結界が施されているようだ。


「おいおい、うるせぇぞお前…。」


 背後から声が聞こえた。

 暗がりの中でモゾりと何かが動く。


「人が気持ちよく寝てるってのに…。もう少し気を使ってほしいもんだ。」


 輝照石の光の届かない影の中でそれは体を起こした。

 ギラリと闇に獣の如き鋭さのひとつ目が浮かび上がる。


「…へぇ、これはまた。綺麗な姉ちゃんと同室とは。たまには良い事あるもんだな。」


 姿を現したのは眼帯をした毛むくじゃらの魔族だった。

 上半身は裸。鍛え抜かれた体に灰色の毛並み。

 しかし細身でもある彼は見上げるほどに身長が高い。

 そして、その顔は狼の顔をしていた。


(隻眼の人狼族…。)


 ノシリとこちらに歩み寄る彼。


「ま、同じ反逆者どうし。仲良くやろうや。」


 そう言って彼は握手を求めた。

 ギラリと光る鋭い爪に思わず手を引っ込める。


「ありゃ、嫌われちまったか。まぁそういう事もあるか。」


 彼は頬をポリポリとかきながらその場に胡坐をかいた。

 襲ってくる感じは受けない。


「なんだジロジロ見て。お前人狼族を見るのは初めてか?」

「…そうじゃないわ。こんなとこで会うのだもの。警戒ぐらいするわよ。」

「ははは、ちげぇねぇ。いいねぇ。賢い女は嫌いじゃない。」


 彼は膝を叩きながら笑った。


「俺はアーネスト。あんたは?」

「レイムゥ。」

「レイムゥね、よろしく。」


 彼は再び握手を求めた。

 今度は彼のそれに応じることにした。

 鋭い爪を持つ彼の手はその印象に反して繊細で温かかった。


「ところであんたなんで捕まった?見た感じだと簡単に捕まるような玉じゃないだろ?」

「…子供を庇ったのよ。指名手配犯の子供を逃がしたら反逆罪だのなんだのっていちゃもんつけられたわ。」

「いや、それは反逆罪だわ。」

「彼に罪はないわ。衛兵が魔族に暴力をふるっていた所を止めただけの人だもの。」

「へぇ。ま、この大陸じゃ人族に文句を言う。すなわち反逆罪だからな。生きづらいよなぁ。まったく…。」


 彼はやれやれと肩を持ち上げて言う。


「そういうあなたは何したのよ。」

「俺?俺は国が持ってる船の乗車券が欲しくて金持ちの所に押しかけたら衛兵を呼ばれちまった。まぁ、20人くらいは返り討ちに出来たから文句ねぇよ。」

「…野蛮だわ。私あなたと同室嫌かも…。」


 私はアーネストから距離を取った。


「…ん?」


 すると彼はスンスンと鼻を鳴らし始めた。

 体をこちらに寄せながら匂いを嗅いでいる。


 …臭うかしら。

 数日は体拭けてないから気になる…。


「…レイムゥ、あんたが庇った子供ってもしかして人族の子供か?」


 彼はそう口走った。


「金髪で、紫の眼をした魔道士だ。ちがうか?」

「あなた、ユリウスを知ってるの?」

「おお!やっぱりそうか!!あいつの匂いがしたんでまさかとは思ったんだが、変なこともあるもんだなぁ!」


 ユリウスの名前を出した途端に彼は機嫌を良くした。

 彼の尻尾が左右に揺れている。


「へぇー。そうかそうか。あいつ()()耳長族とつるんでたのか。好き物だねぇほんと。」

「…また?彼は耳長族と関わりがあるの?」

「関わりどころの話じゃねえよ。空と大地を焦がすほどの熱い恋。身分を越えた情熱の物語がユリウスにはあるのさ!いやぁ懐かしいぜ…。」


 ニヒヒと彼は笑う。

 なんだろう。

 気になる。


「それって、どんなお話なのかしら?」

「お!気になるかい?気になるよなぁ!しかたねぇなぁ。えふん!」


 彼は1つ咳払いをした後にその話を語り始めた。

 酒場で酔っ払いが良くする大げさで、嘘半分の話。


「物語はアリアーの森、コガクゥの村ってところから始まる。魔術師の弟子になりに来た5歳のユリウスはある日。その森に訪れていた商家の娘の耳長族に一目ぼれしちまうのさ─。」


 なるほど。

 コガクゥの村。

 耳長族の作った村だ。その名前でわかる。

 彼はそんなころから耳長族と知り合いだったのか。


 そう思いながら私はアーネストが語るユリウスの物語に耳を傾けた。


 ---


「─馬車を飛び降りた彼女の体をユリウスはふわりと受け止める。"もう離さない。君は僕のものさ""ユリウス!私の愛は永遠にあなただけのものだわ!"二人は満天の星空の元。熱い口付けを交わし、永遠の愛を!そして朽ちることのない契りを交わしたのさ!」


 しばらく語られた寸劇はついに終幕を迎えた。

 途中、アーネストが裏声で一人二役をやり始めた時こそ噴き出したが、最後まで聞き入ってしまった。

 鼻の奥がツーンと痛んでいる。


「表題"ユリウスの恋"はこれにて閉幕。次回の開演にご期待ください─。てな感じよ。どうだった?」

「─グスッ、素敵なお話だったわ…。」


 思わず涙声になってしまう。

 レインを見届けたこの身に恋の物語は強く響いた。

 身分を越えて紡がれた愛の物語に私は弱かった。


「そう…。ユリウスは素敵な恋をしたのね。しかも耳長族と。なんだか誇らしい。」

「そりゃあ良かった。あいつの話題はほかにもまだあるぜ?」

「…まだあるの?」


 スン、と胸の高鳴りが収まった。

 普通とはかけ離れた道を行く子供だと思っていたが、まだあるのね。


「あるともあるとも。今度は場所をアリアーの首都ロッズに移すぜ。ここからがまた面白いんだ。」


 アーネストは得意げ両手を広げて語る。

 あれだけ語っておきながら彼は疲れた様子もなく元気だ。


「"英雄の孫は魔術の達人"、"魔物を操る狂気の従者"、"忠犬ユリウス"、この辺りは面白いぞ冒険活劇だ。もし恋物語が好きなら"お嬢様のお気に入り"、"ドラゴンロッドの許嫁"なんてのもあるぜ。赤髪の貴族令嬢との甘く切ない日々を過ごしたユリウスは─。」

「ちょっと待って、さっき永遠の愛をどうとかって言ってなかったかしら?」


 思わず問いただした。

 当然、物語なのだから脚色はある。

 しかし、耳長族としてそこははっきりさせなければならない。


「どうして永遠の愛を誓ったユリウスが、貴族の女と甘く切ない日々とやらを送ってしまうのかしら?」


 語彙を強めてアーネストに詰め寄ると、彼は目を泳がせてそっぽを向いた。

 耳がヘタンと垂れて、尻尾をスイと隠している。


「いや、そりゃあ、あいつにも都合ってもんがだな。」

「そうかしら、私が知っているユリウスはそんな不埒な奴には見えなかったわ。第一、最初のお話で彼は5歳だったのでしょう?赤子同然の年齢で子供なんて出来るわけがないじゃない。」


 そう、物語の中でユリウスは耳長族の少女と一晩を共にして子供を儲けていた。

 嘘だとわかっていても、そこは真摯に語らせるべきだ。


「嘘なんでしょう?酒場で小銭を稼ぐためにあなたがでっち上げた作り話ね?ユリウスは許可を出してるのかしら?」

「う、嘘じゃねぇよ!!あいつを馬車まで送り届けたのはこの俺なんだぜ!?」

「その割にはあなたが物語に出ていなかったけども。どうなってるのかしら。」

「い、いやぁそれは。語り部は表舞台には立たないものだし…。」

「あなたねぇ!!」


 そんな言い争いをしていると、ガチャンと扉が開く音がした。

 かかとの高い靴がコツコツと石畳を歩く音が聞こえる。


「…仲がよろしいのですね。外まで響いてましてよ?」


 まるで鈴でも転がしたかのような美しい声色でそいつが話しかけてきた。

 声からして女だ。

 青色の仕立ての良いドレスの上から白い毛皮を使ったローブを羽織っている。


「人狼族のアーネスト。耳長族のレイムゥ。どちらもユリウスという人物に所縁のある方々とお見受けします。」


 私もアーネストもその人物に身構えた。

 声色とは裏腹にあまりにも不審なそいつが言葉を続ける。


「取引いたしましょう。私があなた方の引受人になります。首を切られて死ぬのはお望みじゃないでしょう?」


「「あんたは?」」


 アーネストと同時に声をかけてしまった。

 ギッとお互いににらみ合う。


「故あって、名前を知らせることが出来ません。ですが当面は─。」


 彼女はうふふと、懐かしそうに、嬉しそうに笑った。


「エラ。とお呼びくださいまし。」


 その不審な女は麻袋を被っていた。


 ---


 《シンディ視点》


 ミーレの村のギルド出張所。

 そこの受付嬢である耳長族のシンディは灰色の髪に褐色の肌を持つ。

 一般的な耳長族の特徴とは少々違っている彼女は、遺跡地帯の砂漠出身であった。


 過酷な環境で、魔物も強い遺跡地帯。

 そこに住む者たちは皆一様に剣を取り、反りのある薄い刃で舞うように戦う。

 彼女もその戦士たちの血を引く1人であったが、彼女にはある才能があった。


 それは人を従える才能である。

 ある時はへりくだり、ある時はふんぞり返り、ある時は突き放す。

 巧みな話術で手下を増やし、彼女は旅をし、いつしかギルドの受付嬢の座に収まった。

 荒くれ者を相手にするギルドの給仕たちはそれ相応に腕利きが求められた。

 よって、口先だけで荒くれ者を手懐けることの出来る彼女には天職だった。


 元来自分から戦うことを疎ましく思っていた彼女にはヘラヘラ笑って過ごすだけのその仕事が楽だと映ったのだ。

 現に彼女は今日も、魔族の荒くれ者を酒場に常駐させていた。

 面倒な客を追い払う用心棒兼売り上げ貢献人たちを抱えてだらだらと過ごしているのだ。


(ありえねぇ!ありえねぇよなんなんだアイツ!!)


 そんな彼女は現在、カウンターの裏で身を縮めていた。

 店内は荒れ放題、頼りの魔族の手下たちは1人、また1人と地に伏せた。

 飛び交うグラスは粉々に砕けて飛沫を散らし、また一脚椅子が木片に還った。


 ガシャア!!!


 そして今最後の1人、手下の中で一番強かった人狼族の男が投げ飛ばされてカウンターに飛んできた。

 顔面がベコベコになるまで殴られた彼は、シンディに助けを乞う手を伸ばすが途中でガクリと気絶した。


『ヒッ…。』


 小さな悲鳴が喉から洩れる。

 そして頭上、カウンターの天板にガンと着地音がする。


 見上げる天井には、魔物が居た。

 言葉も通じず、手も足も出ないほどの狂暴性。

 角の生えた仮面を被った人型の魔物が、仁王立ちで腕を組みシンディを見下ろしていた。


 ---


 事は数刻前に遡る。

 いつもの如く暇な酒場。

 旅人も冒険者も滅多に来ないこの酒場は近場をぶらつくゴロツキ共のたまり場になっていた。


 昼間っから安酒をダラダラと舐める彼らを私はあくびをしながら眺めていた。


 暇とは思わない。

 ただただ時が過ぎていくのを怠惰に過ごしていた。

 今日は口うるさい村長も居ない。

 少々酒を嗜んでも誰も咎める者は居ない。

 気楽で、気だるく、そしてぬるい日々。


 まさに私が望んだ日常がここにはあった。

 剣を振るのもアホらしい。

 歩くだけで口も目もジャリジャリになる砂漠も糞くらえ。


 私はここで一生を面白おかしくダラダラと浪費していくと決めていた。


 細く裂いた干し肉を噛みながら火酒を啜る。


 時刻は昼を過ぎようとしていたころだ。

 ガンと乱暴に正面のスイングドアが蹴り開けられた。


 私を含めた全員がそちらを向く。

 そこに居たのはおかしな格好の冒険者だった。


 ろくに返り血も落としていないフードの付いた毛皮のローブ。

 細身の体には真新しい軽鎧が括りつけられており、腰にはその見た目に反した豪華な剣がかかっている。

 しかし一番目を引いたのはそいつの顔だ。

 土色の仮面。

 2本の角を生やしたその仮面は全てを睨みつけるような眼とぐわと開かれた口が付いていた。

 おまけに河猪(ボア)の様な外に向いた牙が4本外に向かって伸びている。


 小卑人(ゴブリン)の上位種あたりが付けるような仮面だ。

 気狂いかなにかだろうか。


 その後ろの奴は比較的まともそうだ。

 雨でも無いのに頭からすっぽりと水色のローブを被ってること以外は普通の女剣士だ。

 …槍使いか。紛らわしい。


 ローブの女はそのまま入り口近くの壁に背を預けた。

 腕を組み、まるで最初からそこに居たようにピタリと動かなくなる。


 仮面の奴は大股でズカズカと私の方へと進んでくる。

 そして席の前で腕を組んで大股で立ち、ただ一言口にした。


「ユリウス!」


 これだけだ。

 全く持って何かわからない。

 分かったのはこいつも女だということくらいか。


『あー…。なんだお前。何のようだよ。』


 まともに相手するのも面倒くさい。

 こういう手合いはさっさと帰ってもらう方が楽だ。


「…ユリウス!!」


 しかしそいつはユリウスとしか言わない。

 何だよユリウスって。

 誰だよ。


『…おいお前ら、何とかしてくれ。』


 私は手下に声をかけた。

 獣頭族のボマー。

 鱗の民ゲルルン。

 人狼族のドギー。

 いずれも魔族で、この辺りではそれなりに恐れられているゴロツキ組だ。


『姐さんの頼みならしかたねぁなぁ。』


 ケケケと酔いの絡んだ笑いで彼らが仮面の女を取り囲む。

 身長が倍ほど違う彼らに囲まれてもそいつはピクリともしなかった。


『おいお前、どうせガキだろう?そんなにちっせぇと頭っから食っちまうぞ。』

『俺たちは忙しい身なんだ。お引き取り願えるかなぁ?』

『前のガキみたいに魔族語がわからないんだったりしてな!!がはははは。』


 指をバキバキ。

 首をポキポキ。

 彼らはいつもの調子で仮面の女をおちょくる。


 しかし。


「ユリウス!!!!」


 こいつはそれしか言わない。

 本当に言葉がわかってないだろう。


『おい、何無視してんだお前!』


 望んだ反応を得られたかったボマーがそのゴツイ腕で女に掴みかかった。

 グイと肩を掴んだ瞬間に女はガクンと姿勢を崩した。


 終ったな。

 肩ごと脱臼させられて最悪腕を引っこ抜かれる。

 そう思った。


『…おふぅ!!!????』


 しかし悲鳴を上げたのはボマーだった。

 腰を低くして蹴り出した女の脚はボマーの股間を蹴りぬいていた。


 そして目にもとまらぬスピードで体をひねると、ボマーの腕を捻りあげた。

 彼は宙を舞い、そのまま机に叩きつけられた。

 丸机の脚が折れて、巨体の彼は卓上にあった皿ごと床に転る。


『な!?』

『テメェ!!!』


 しかしそれだけで仮面の女は止まらなかった。

 ボマーの腹に飛び乗り、何度も何度も彼の顔を執拗に蹴りをぶち込んでいく。


『ガッ!見てな、イデッ!コイツ、ヴォ!止め、ぐぉあ!!!』


 喋ることもままならぬような悲鳴に2人は女に掴みかかった。

 しかし女はボマーの腹で弾みをつけて飛び上がりその手を逃れる。

 その勢いのまま2mはあるゲルルンの後ろに回った。

 落ちながら彼の首に足をかけて、グワンと体を振りそのまま投げ飛ばす。


 ゲルルンは体をカウンターに叩きつけられて呻いた。


『このッ!』


 体を起こそうとしたときには女の蹴り出した椅子が飛んできてゲルルンの顔面にぶち当たる。


 その間にもドギーが女に殴りかかるが、全てスイスイと避けられて股下を抜けられた。

 背中をガンと蹴られ、そのまま起き上がりかけたボマーに折り重なるように倒れる。


(まじかコイツ!?)


 手下が手玉に取られている。

 息を上げながら女に襲い掛かる彼らの攻撃はまったく女に届かない。

 それどころか、女はほとんど足しか使っていないのだ。

 完全に遊ばれている。


『お、お前ら何あそんでんだ!!ふざけてんじゃねぇぞ!!』

『わぁってんよ!!!!』


 魔族は頭に血が上ると抑えが効かない。

 狂暴で、暴虐な魔物に近いその狂暴性を顕わにする。


 しかしこの女は、それを圧倒した。


『ガアアアアアアアアア!!!!』


 体を起こしたゲルルンが牙を剥いた。

 鋭利な爪を振りかざしながら女に突撃する。

 降り下ろされた爪の一撃を女はパシと手で流すと、そのまま顔面目掛けて肘鉄を打ち込んだ。

 鼻血を噴き出しながらのけ反る彼の肩に飛び乗ると、倒れ込む勢いに乗せて右拳を容赦なく振りぬいた。


 メギャアと頭から床にめり込んだゲルルンはそのまま動かなくなった。


『ゲルルン!!!』

『やりやがったなテメェ!!!』


 体を起こしたボマーが机を持ち上げて投げつける。

 手あたり次第投げられるそれを女は走りながら掻い潜る。


『うわ!ばか!!』


 投げられて机のひとつがカウンターを越えてこちらに飛んできた。

 思わず身を縮めてそれをよける。

 既に前も後ろも店はめちゃくちゃだ。


『オゴォ!!!』


 またしても悲鳴を上げたのはボマーだ。

 女は椅子を足場に飛び上がり、彼の顔を蹴りぬいた。

 そして倒れた彼に再び飛び乗り、今度は散らばった椅子の脚で滅多打ちにする。


『ウオオオオオオオ!!!!!』


 動かなくなったボマーの仇を取らんとドギーが吠える。


「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!」


 しかし女は一息でそれをはるかに越える大音響で叫んだ。

 人狼族の彼は耳が良い。

 鼓膜を直撃するその咆哮に彼は両手で耳を庇った、庇ってしまった。


『─ッ!!!!』


 疾風の様な踏み込みで女はドギーの体を駆け上がった。

 ガードの開いた顎を打ち抜く掌底、その勢いのままに右フック。

 二発続けざまにもろに食らったドギーはグラりと崩れた。

 しかし女は止まらない。止まってくれない。

 ほとんど気を失ったドギーに馬乗りになり、両こぶしを交互に叩き込む。


(ありえねぇ!ありえねぇよなんなんだアイツ!!)


 言葉の通じぬ、ただただ振るわれるだけの暴力に私は恐怖した。

 頭を抱えて膝を抱えてカウンター裏に隠れる。


 いまもドギーの悲痛な呻き声が店に殴打する音と一緒に響いている。

 目も耳も塞ぎたくなるような悲惨な光景が背後で繰り広げられている。


 ガシャア!!!


 最期にドギーは宙を舞った。

 カウンター裏の酒瓶をまとめておいている棚に彼は背中をしこたま叩きつけてそのまま落ちた。


『あ…。姐さ…。』


 もはや誰なのかわからなくなるほどに顔をベコベコにされた彼はそう言った後にガクリと気絶した。


『ヒッ…』


 小さな悲鳴が喉から洩れる。

 そして頭上、カウンターの天板にガンと着地音がする。


 見上げる天井には、魔物が居た。

 言葉も通じず、手も足も出ないほどの狂暴性。

 角の生えた仮面を被った人型の魔物が、仁王立ちで腕を組み私を見下ろしていた。


『ひ、ひぃいい!!!』


 自然とその情けない声が上がる。

 腰が抜け、ズリズリと後ろに下がることしかできない。

 立ち上がろうにも、手もまともに動かず冒険者帳簿を引っかけてぶちまけてしまう。

 その時に仮面の女はストンとカウンターから飛び降りた。


『わ、悪かった!!舐めたことして悪かった!謝る!これからはちゃんと働く!売上チョロまかしたりしない!仕事しながら酒も飲まない!!だから─』


 女の手がぐわと伸びる。


『やめてぇ!!!!』


 生娘のような悲鳴と共に思わず手で顔を覆った。

 しかし、いつまでもその恐怖の一撃は私を襲わなかった。


 薄眼で様子をうかがうと仮面の女は先ほど落とした冒険者帳簿を食い入るように見つめていた。

 一番新しい、半年近く前に制作したその項には人族の文字で名前が書かれていた。


 ユリウス・ヴォイジャー。

 10歳。

 魔道士。


 登録盤の刷り写しをその女は震える手でなぞっていた。

 ヘタンとその場に座り込み、何度も何度もその文字をなぞる。


『ゆ、ユリウス…?』


 まさかコイツ。

 人探しをしていたのか?


「ユリウス!!!!!!」


 バンと帳簿を叩きながらそいつは再び叫んだ。


『そ、そいつは首都ソーディアに向かった!!!ソーディアだ!!ソーディア!!!!』

「…ソーディア…。」


 初めて"ユリウス"以外の言葉を口にした女は私に目もくれずひょいとカウンターを飛び越えた。

 情けなくもホッとして立ち上がると、目前にはズタズタにされた店が広がった。


 完全に叩きのめされた男たちの体を跨いで仮面の女は最後にスイングドアを蹴り飛ばした。

 蝶番が耐え切れずにへし折れて扉が宙を舞う。


 来た時と同じように仮面の女は大股で店を出ていった。

 その姿を横目に見ながら今まで身じろぎ1つしなかったローブの女が壁から背中を離す。


『…邪魔したな。』


 ただ一言、そいつは魔族の言葉で言った後に仮面の女を追った。


 お前喋れたのか。などと口が動くはずもなく。

 私はあっけにとられただただその光景を呆然と眺めた。

 眺めることしか、出来なかった。


 そして、田舎に帰ることを決めた。

人物紹介


レイムゥ 耳長族 人族で言うと23歳。

弓使いの女性。元アッパーブレイクのメンバー。

ユリウスに命を救われるも、衛兵に捕まり現在投獄中。

しっかり者で冷静ながらも情に絆され易い。

同パーティのリーダー、レインの冒険者しての師匠であり恋人でもあった。

現在は頭が冷えるまで色恋沙汰は遠慮しようと考えている。


シンディ 砂漠の耳長族 人族で言うと19歳。

故郷を嫌う跳ね返りもの。

わざわざ偽名まで使って旅をし、徐々に人の上に立つ者の才能を発露する。

ある日、言葉の通じぬ冒険者に手も足も出ず身の程を知ることになった。

ギルドの受付嬢を辞めた彼女は手下の魔族たちの介抱を行った後、故郷へと帰った。

彼女の故郷は砂に覆われた場所で太古の遺跡が埋もれているという。

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