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第四十一話 「集う者たち」

 山を彷徨う事…何日目だ?

 わからない。


 本当に疲れ果てた。

 右腕の火傷は化膿し始めたかもしれない。

 熱を持ち、ズキズキと痛んだ。


 大陸の西側、海の近くに来たのだろう。

 雪はやがて冷たい雨に変わり、服にしみこんで体の熱を奪った。

 盗賊なんかから奪った小汚いローブを頭からかぶって俺は死人のように歩いていた。


「…。」


 ─ゴルルルルル…。


 この辺りだと野犬も出るらしい。

 数匹の野犬に囲まれていた。


 確か、なんという名前だったか。

 斑紋野犬(マーブルハウンド)だったか。

 白色の毛皮ににじむような黒色の斑模様が特徴の野犬だ。


 飛び掛かってくる魔物に拡散する雷轟の射手(フレシェットトリガー)を打ち込む。

 ガツン、ガツンと籠った炸裂音がわずかに響いた。


 こそこそ逃げ回ったかいもあってか雷轟の射手(トリガー)は消音性を向上させた。

 もはや雷轟の名を返上せねばなるまいが、あまり気にかけていられなかった。


 魔物を殺し、肉を取るわけでも屍を燃やすわけでもなく俺はそこから立ち去った。


 追っ手の気配は無い。

 すこしでも体を休めるところを見つけるのが優先だった。


『雨雨、ふれふれ、母さんがー…。』


 限界が近いと気を紛らわせるために自然と昔の歌が口を突く。

 しとしとと降り続く雨はただでさえ限界の体力を奪っていく。


「…。」


 しばらくして崖の下に出た。

 大きく出っ張った岩がちょうど屋根のようになっている部分がある。

 旅人が野営したのか薪を炊いた痕跡が残り、近くには一部が炭化した骨が転がっていた。


 そこに体を引きずって這うように入り込んだ。

 ひんやりとした岩肌の感触に背中を預けて深く、長く息を吐く。


 張り付くフードや塗れた前髪をそのままに目を閉じる。

 既に徹夜何日目だろうか。

 もうわからない。


「…父さま。…母さま。」


 薄れる意識で小さく口にする。

 眼を瞑ると同時に、一粒だけ頬を水滴が伝い。

 俺は浅い眠りに落ちた。


 ---


 《とある獣人族視点》


「クソ!どこ行った!」

「お前が目を離すからだぞ!!」

「わかってるようるせぇな!!」


 アイツらが私を探している。

 何を言っているかわからないけど、きっとひどい目に合う。


 茂みの中に隠れて、私はジッと息を潜めた。

 そうしながら縛られた手の縄に牙を立てる。

 私がもっと大きければ食いちぎれたのに。

 この縄は手首に食い込むばかりで切れてくれない。


 人族には関わってはいけない。

 そんな簡単な村の掟を守れなかった私はこの様だ。

 エフレイル様のように立派な大人になりたかったのに。

 姉様と同じように世界をこの眼で見たかったのに。


「近くに居るぞ。獣臭さが残ってる。」

「まじか、お前そんなのよくわかるな。」

「…そこまで来ると気持ち悪いぞ、お前。」


 3人組の人攫いが近づいてくる。


 毛を逆立てながらジリジリと下がる。


 言葉の通じない野蛮人。

 いやらしい目で見てくる変態。

 何かあると尻尾を掴んで怒鳴ってくる嫌な奴。


 みんな嫌いだ。

 雨と同じくらい嫌いだ。


『───ッ!!!』


 下がっているうちに地面を踏みぬいた。

 ぬかるんだ地面の先が崖であることに気が付けなかった。


「おい!ガキが居た!崖から落ちたぞ!!」

「逃がすな!高く売りつけねぇと冬がこせねぇ!!」


 急な斜面を私はごろごろと転がった。

 あぁ、雨は嫌いだ。


 ---


 《ユリウス視点》


「ユーリィ数分クッキングー。」


 死んだ目で虚空を見つめながら呟く。

 例のBGMが頭の中で軽快に鳴り響く。


 目覚めたら腹が減っていたので、食事にする。

 もう何も考えがまとまらない。

 どうかしばらく乱心したユリウスにお付き合いいただきたい。


「本日の料理は、盗りたて新鮮なこの…。」


 ゴソゴソと腰に巻いた皮袋をあさる。


「若干カビた乾パンを使って、美味しいお料理を作っていきたいと思いまーす。」


 ご存じ乾パン。

 黒パン用の小麦粉に水を加えて練って乾燥させたものである。


「しかも今回は、火も使わないお手軽調理。魔法もレンジも使わない簡単レシピー。時間が無い逃亡者の皆様もすぐにお試しいただけるのでぜひ真似してみてくださいねぇ。それではいってみましょー。」


 パッパッと手で表面のカビをはらった。

 そしてそっと土魔法で作った皿の上に乾パンを乗せる。


「そして調理しておいたものがこちらですー。」


 そのままお皿を自分の膝の上に持ってくる。


「ワーステキー、コレナラダレデモデキマスネー。そうでしょー。テレビの前のあなたもぜひ試してくださいねー。それでは早速頂いてみましょー。」


 おそらく目の焦点が合ってないし、気味の悪い薄ら笑いを浮かべている俺。

 もう限界なのだ。

 許してほしい。

 なんなら誰か助けてほしい。


「…何やってんだろう。俺…。」


 やっと正気に戻ったところで俺は乾パンをそのまま齧った。

 この雨の中では乾いた薪など見つからないし、煙で衛兵に感づかれても困る。

 少々味気ないがこのまま頂くことにした。


 もぐもぐもぐもぐもぐもぐ…。


 どれだけ噛んでも飲み込めない。

 この乾パンは調理しなくても食べられる保存食である。

 しかしそのまま食べてしまえば、口の中の水分を根こそぎ持っていく。

 その上奥歯にも上あごにも張り付いてしばらくはお口の運動をすることになる。


 むぐむぐむぐむぐむぐむぐむぐ…。

 ゴクン。


 やっと飲み込んだところで、ベシャアと何かが落ちてくる音がした。

 そちらを見やると雨の中で何とも訳ありそうな少女がうずくまっていた。

 見方によっては幼女だ。


 質素、いや、粗末な麻の服。

 上下一体のワンピースというよりは、ただデカいシャツを着せられている。

 褐色の肌に、茶色と黒のまだら模様の髪。

 そして、猫耳と細長い尻尾が見えた。


 …獣人族か。

 何度か見たことはあるが、この大陸では珍しいな。

 そう言えばアリアーでも本当に数えるほどしか目にしていない。

 アーネストは獣人族ではなく、魔族の人狼族という種族だ。

 であれば、しっかりとお目にかかったのは初めてになる。

 少数種族なのだろうか。


『…──。』


 その子は小さく呻きながら体を起こした。

 多分、女の子。

 あの線の細さで男だったら獣人族はショタコンパラダイスということになるが、よろしいか?

 まぁよろしいだろう。

 俺は男に興味はないが。


『…。』

「…。」


 その子はこちらをじっと見つめる。

 あちこち擦りむいているし、両手を縛られている。

 縛られたまま崖から落ちたのだろうか。


 奴隷か何かだろうか。

 関わりたくないなぁ。


 するとその子はピクンと耳を震わせた。


 ─こっちだ!

 ─あのメスガキ見つけたらただじゃおかねぇ!!


 なんとも野蛮そうな声が近づいてくる。

 人身売買の商品であるこの子に逃げられて怒り狂っているというところか。


 そんなことを考えていると、獣人族の子供は体を跳ね起こしてこちらに逃げ込んできた。

 俺は貴重な食糧を取られると思って半分以上ある乾パンを口に放り込んでしまった。

 これでしばらく喋れない。


 しかし獣人族の子は皿には目もくれずに重ね着しているローブの内側に隠れた。

 ガタガタと震えるからだを必死に小さくして隠れている。

 まぁ、頭隠して尻隠さずだ。

 可愛い尻尾が見えてるよ。


「見つけたぞアイツだ!!!!!」


 そんな声に俺も過剰に反応してしまった。

 振り向きざまに土魔法で地面から石の槍を剣山のごとく召喚した。

 ズガガガガと地面から生えたそれが声の主たちに襲い掛かる。


 細い奴、中くらいの奴、背が高い奴。

 小汚い恰好の3人組の男たちはもろ手を挙げて、時には槍をよけるため片足を上げた状態で立ち尽くした。

 喉元や腹の直前まで槍が迫っていたが。幸運なことにケガには至っていないらしい。


 僅かな沈黙の時間にもぐもぐと租借音、そして雨の音が響く。


「あ、あんた…。魔術師か。」


 ポツリと一番細い奴が口にした。


 ─もぐもぐ。いいえ、魔道士です。もぐもぐ

 喋ることが出来ないので心の中で返事をする。


「そこのガキはその…。匿ってたんだ。魔物に襲われて親とはぐれたらしくて。な?」


 ─もぐもぐ。へー、迷子の腕を縄で縛っちゃうんだー。親切ぅ。もぐもぐ。


「…黙ってないでなんか言ったらどうなんだよお前!」

「バカ!!あいつをよく見ろ!!」

「金髪、詠唱無しの魔術…ッ!!《沈黙》のユースティスか!?」


 何やら勝手に勘違いを始めた男たち。

 あっという間に血の気が引き、彼らはカタカタ震え始めた。


「わ、悪かった!あんたが《沈黙》だって知らなかったんだ!!手を出すつもりはねぇよ!!」

「俺たち人攫いは初めてなんだ!!稼げるって聞いたから真似してやっただけで!!」

「許してくれぇ、許してくれぇ…!火あぶりだけは勘弁してくれぇ!!」


 《沈黙》のユースティス。

 前に聞いたことがある無差別暴力系の山賊絶対殺すマンだったか。

 詠唱無しで魔術を行使する凄腕の耳長族の少年だと聞いたな。


 なるほど。ローブを被っているから耳が確認できてないのか。


 妙な勘違いをしてくれる。

 俺はユリウス・エバーラウンズ。しがない魔道士だ。

 俺と義賊である彼を間違えるのは、むしろ彼への失礼に当たる。


 などと考えているうちに3人組の男たちは静かになった。

 雨粒なのか脂汗なのかわからない水滴で顔をびっしょりと濡らしこちらを見つめている。


 ゴクリ。


 やっと噛み終えた乾パンを飲み込む。

 すると彼らもゴクリと緊張でつばを飲み込む音を立てた。


 …誤解を解かねば。


「…あの。」


 まずは話し合いましょうと右手を上げたとたんに彼らは絶叫しながら回れ右をした。


「いやああああああ!!!お助けえええ!!!!!」

「やめろぉ!!!死にたくなあああい!!!!」

「母ちゃああああああん!!!!!」


 口々に叫びながら彼らは山の奥へと消えていった。


 何だったんだ、今の間抜けな連中は…。


 まぁ、最近はシリアスな展開が多かったし良い息抜きになった。

 あんなアホっぽいやつらばかりを相手にできれば気が楽なのに。


『───?』


 と、忘れていた。

 獣人族の子供が恐る恐るローブから顔を出す。


「とりあえず大丈夫。ケガは?」


 してるな、擦り傷だらけだ。

 彼女の傷に触れようとしたときに、フゥー!!!と威嚇されてしまった。


『──!!───!!!』

「え?それ何語??」


 発音から何から何まで知らない言語で彼女は話す。

 しかしどこかで聞いたことがあるような無いような…。


「あー、ごめんなぁ。言葉わかんないんだよ…。」

『──!───、──!』


 弱った。

 表情から察するに、怒っているのは何となくわかる。

 しかし、それ以上の情報が入ってこない。


 しいて言うならば怒っている姿も小動物っぽくて微笑ましいと言ったところか。


 と、彼女の腕を縛っている縄が目に入った。

 所処依り目が乱れているし、その下の手首も赤く腫れている。

 逃げ出そうと苦心したのだろう。


 その手元に小さく炎を出して縄を焼き切った。

 熱くは無かったはずだろうが、ボッと突然鳴った音と熱に驚いた様子だった。


 そして途端に目を涙ぐませたかと思いきや彼女はビービー泣き始めた。

 ポカポカと小さい拳で何度もたたいてくる。


 参った。

 本当に参った。


 言葉が通じないのはもちろんだが、完全に幼子だ。


 俺はしばらくあーでもないこーでもないと彼女と意思疎通を試みた。

 結局言葉こそ伝わらなかったが、ひとまず回復魔法で手当ては出来た。

 その頃には雨が上がっていた。


 ---


 森を歩く。

 雨の止んだ先で俺は獣道を見つけた。

 人の足跡が続く獣道。

 おそらく、この先に集落があるはずだ。


 一先ずこの子を預けられる場所が無いか調べなくては。

 ディーヌ孤児院のような場所があれば良いのだが。

 出来ればそれの獣人族バージョンで。


「ユリウス。」

「ユース。」

「ユリウス。」

「ウーイス。」


 せめて名前だけでも覚えて帰って下さいねー。

 と言った感じで彼女に名前を教え込んでいた。


「ユリウス。」

「ユイース。」


 んー惜しい。

 ラ行の発音が苦手のようだ。


 彼女は特に何かしなくても着いてきてくれた。

 いまも着重ねたローブの端をつまんで歩いている。


 彼女にも一着分けようとしたが、鼻をつままれて拒絶されてしまった。

 臭いはNGだが、どうやら寒い分には平気らしい。


「ユ、リ、ウ、ス。」

「ユ、イ、イ、ス。」


 真似をしてはキャッキャとはしゃぐ彼女。

 年相応か。

 人族ならまだ3歳とか4歳くらいに見える。

 しかしククゥこともある。実は年上と言う場合もあるので油断ならない。


「ユリウス。」

「ウーリス!」


 そろそろちゃんと聞き取ってもらえないことに腹を立てたのか、彼女は語彙を強くした。

 頬も膨らまして抗議してくる。


 んー。一応リは発音できてるんだよなぁ。


「ユーリ。」

「ユーリ!」


 おお!完璧だ!

 幼少時代に呼ばれていた愛称であれば彼女はちゃんと発音できた。


「ユーリ。俺、ユーリ。」


 自身に人差し指を向けながら話す。

 俺はユーリです。

 言葉が喋れるゴリラじゃないです。

 ツヨイ。オレ、ツヨイ。


「ユーリ!」


 彼女は俺に指をさしてそう声を上げた。


「そうそう!ユーリ。覚えて!」

「ユーリ!ユーリ!」


 何度も指をさして俺の名前を彼女は呼んだ。

 良かった、覚えてくれたらしい。


 すると彼女は自身の指を見つめた後にハッと顔を上げた。


『───!』

「え、なんて?」


 彼女は彼女自身の事を指で指示したが、まったく聞き取れなかった。

 わからない。

 多分彼女の名前を名乗ったのだろうが、発音が難しすぎる。


『───!───!』


 同じ言葉が繰り返されているが、何とも言語化しづらい。


「イ、イーレル?」


 何とか真似してみた。


 しかし彼女は不服そうに首を振る。

 難しい。

 もしかして俺はこんなにも難解な行為を彼女に押し付けていたのだろうか。

 申し訳ねぇ…幼女先輩申し訳ねぇ…。


「…!」


 すると再び彼女はハッと顔を上げる。

 まるで頭に電球が浮かんだかのような顔だ。


「イーレ!」

「おお!イーレ!」


 彼女の顔がパァッと明るくなる。

 どうやら合格のようだ。

 それだけ短ければわかる。


「ユーリ!」

「イーレ!」


 やっと互いに互いの名前を理解することが出来た。

 獣人族の子供、イーレは嬉しそうに笑った。


「ユーリ!ユーリ!」


 彼女が少し先で道の先を指さす。

 イーレの指し示す先には細く上がる煙が見えた。


「村の煙かな。行こうか。」


 彼女は返事もせずに先を急いだ。

 もしかしたらお腹が空いているのだろうか。


 やれやれこれだから子供は、と思いながら俺はイーレの後を追った。


 ---


 《エルディン視点》


 その村にヒーヒーと息を切らせながらたどり着く人物がいた。

 麻のローブに銀色の軽装鎧を着た少年。

 鎧と揃いの銀髪に、青空の様な明るい青色の瞳。

 名前をエルディン・リバーテール。

 風に聞こえし《銀の勇者》その人である。


「やっとここまで戻ってきたよ…。」

『ほんと、完っ璧に無駄足だったね。』


 日が暮れるころにベルガー大陸北西部、山間の集落ディッテに着いた。

 海を望むこの高台の村はベルガー大陸では珍しい魔族が村長の村である。


 約1年かけて行った超特急大移動はシルビアの言う通り無駄足であった。

 ベルガー大陸からテルスへ船が出る国港ベルテール。

 そこで彼の事を聞きつけてボクたちは急遽テルス大陸に渡る予定をキャンセルした。

 そしてその人物、ユリウス・エバーラウンズの居るというアリアー大陸の首都ロッズへと急いだ。


 しかし、彼はいなかった。

 聞けば隣のコガクゥの村へ行ったのだという。

 隣村ならすぐだ!

 と思って走って向かえば、今度は行方不明になっているじゃないか。

 おまけに頼りのネィダ・タッカー氏は亡くなられているし、踏んだり蹴ったりだ。


「せめてヴィーレムの絵画が北西部にあればもっと早く行き来できたのに…。」

『無いものねだりは止めなよー。エルの悪い癖だよ?』

「わかってるけどさぁ。」


 村の通りをシルビアと話しながら歩いていると周囲の人々はなんだコイツという顔で見てくる。

 もう慣れてしまったが、客観的に見れば彼らの方が普通だ。

 何故ならシルビアは剣なのだ。

 しかも喋っているのは精霊語。

 現代において知る者は片手で数えるほどしかいない古代語を聞き取れる者などそうそう居ない。


「予定をかなりすぎちゃったよー…。もうさっさと次に行った方が良いってー。」

『途中で投げ出さないって約束でしょ!そんなんじゃもう手伝ってあげないよ?』

「あーもう…わかってます。わかってますよシルビア様。はぁー…。」


 本当にがっかりだ。

 神託に無いことが起こったのだからそれの検証が優先だと思ったし。

 何より彼が同郷の人物であることを期待していた。

 炭酸水を作ろうなんて発想の人間がその辺に居るわけがないのだ。


 しかしそれもパーだ。

 一年あったらいろんなことが出来た。

 それらをフイにしてまで彼に賭けたのに…。

 ボクなんだか泣けて来たよ…。


「う、う、ううぅ…実家のご飯が食べたい…。」

『酒場の食事もおいしいでしょ。ほら、とりあえず何か食べてきなって。』


 彼女に促されてボクは酒場のスイングドアに手をかける。

 昨年来た時よりも客が多く、何やら人だかりも出来ていた。


 それらを無視してカウンターへ向かう。

 そこには昨年と同じく魔族の給仕が居た。

 クリンとした巻角に豊満な胸の背の低い給仕だ。


『あ!エルディンさん!お久しぶりです!1年ぶりですかね?』


 彼女は魔族の言葉で話す。

 ここでは基本的に魔族語が標準言語だ。


『そのくらいですね。仕事には慣れましたか?』

『はい!おかげ様で!あの時はどうしようかと思いましたよ…。人族の文字は難しいです…。』


 最初に出会った時に彼女、ダイアナは店の裏で泣いていた。

 渡されたマニュアルが人族用の物で文字が読めず難儀していたらしい。


『エルディンさんはお食事済んでますか?』

『それがおなかペコペコで…いつもの貰っていい?』

『はい!鱗鶏(リザッキー)のグリル、よく焼きですね!すぐにお持ちしますー。』


 そういってダイアナは裏に注文を通しに行った。

 人の顔も、頼むメニューも彼女はよく覚える。

 字が読めない点だけを助けてあげれば、あっという間に看板娘だ。


『エル!エル!あそこ見て!』


 シルビアの声にそちらを見やる。


「え!?」


 そこには思いがけない人物がいた。

 粗末な麻のシャツを着た獣人族の子供。

 小さな体の獣人族の巫女がチョコンとカウンター席に腰を掛けている。

 《星眼》のイーディルン。

 《両魔眼》のエフレイルの妹に当たる超重要人物だ。


『イ、イーディルン様!?何故このようなところに!?』

『?誰だ貴様。私の名をどこで知った?』


 見た目からは想像できない程に威厳溢れる喋り方で彼女は言う。

 しまった、彼女にはまだ会っていない。

 だがやはり彼女はイーディルンだ。

 精霊語が通じる。

 彼女は数少ない精霊語の使い手だ。


『し、失礼。ボクはエルディン・リバーテール。あなたの姉上の知り合いです。近い将来、ディティスの聖域への迎えを仰せつかっていたものです。』

『姉様の遣いであったか。だがそれは時期尚早というものだ、私はこの通り未熟な体で、貴様もまだ半身であろう。まだ早い。』


 そう言って彼女は持っていた飲み物を口にした。

 シュワシュワと音を立てるそれをボクはよく知っていた。


『ふむ。ソーダと言うのは中々の飲み物よな。あの子供、思ったより面白い。』


 彼女が何やらしたり顔で見つめる先には人混みがあった。

 そしてその中心に彼が居た。


 話に聞いた通り、海に浮かぶ月の色の髪。そして宵色の瞳。

 足元に灰色の三角帽子を転がして、白いローブの彼は空中に水を浮かべて魔法を操る。

 へたくそな魔族の言葉で彼は周りの人々をはやし立てる。


『ソーダ!!ドラゴロッド印ノ"ソーダ"!華貨3枚華貨3枚!オ得ネー!』


 ---


 《ユリウス視点》


『これがソーダか!!』

『すげぇ、泡酒みたいな水って本当だったんだな。』


 その場で作る出来たてのソーダは好評だった。

 ドラゴンロッド家の販売しているソーダと比べれば数倍は強炭酸。

 作ってすぐに飲めるキンキンの刺激は魔族にも受け入れられた。


 イケる!

 これはガチで世界をとれますよ!!


 机の上に登って大手を振り、ローブを翻しながらクルクルと舞う。

 興奮気味に魔法を操って次々にグラスへとソーダを注いでいく。


 最初こそ困ったものだ。

 酒場はあれどもギルドが無い。

 依頼を受けることも出来なければ、ここの標準語は魔族語。

 物を売るにも何にしても会話が出来ないのだ。

 村の名前がディッテというのも今しがた知ったくらいだ。

 聞き取れても喋れなければ質問も出来ない。

 言葉の壁とは分厚かった。


 しかし、このユリウス・エバーラウンズ。やればできる男!

 それっぽく振舞いながら同じ言葉を繰り返すうちに何とかソーダの販売までこぎつけたのだ。


 海賊版のこのソーダは完全に無糖炭酸。

 味と香りの付いた本流のドラゴンロッド印のソーダと比べてしまえば偽物なのはすぐにわかる。


 しかし、俺には秘蔵の必殺技がある。

 そう、ハイボールだ。


 身振り手振りで火酒をソーダで割って見せて、魔法で作った氷を浮かべた。

 この飲み方であれば味も香りも誤魔化せる。


 そして「華貨3枚!華貨3枚!」と叫んでそれらを魔族に渡す。

 言葉が伝わらずとも、彼らの投げ銭で受け皿替わりの三角帽子はずっしりと重い。


 ありがとう雑貨屋ポーの店主ペッポー君。

 君のおかげで俺は資金調達が出来ている。

 将来自伝を書くことがあれば、世界で一番尊敬している鳥の欄には彼の名前を書こう。


『ドラゴロッド印!ソーダ!華貨3枚!お得ネ!お得ネー!!ドラゴロッド印!!』


 作った端からハイボールは飛ぶように売れた。

 せめてドラゴンロッド家の、ゼルジア家の市場開拓のために彼らの名前を出した。

 吉と出るか凶と出るかはわからないが、それでもそうしておけば罪悪感が薄らいだ。

 守ろう著作権。許すな海賊版と転売。

 俺は悪を成すが、どうかソーダを嫌いにならないでください。


「ドオオラゴンロッドオオオオ!!!!」

『『うおおおお!!ソーダ!ソーダ!ソーダァ!!!!!』』


 拍手喝采、完売御礼。

 酔っ払いのテンションのおかげで場の空気は最高潮だ。

 やはり酒場はこうでなくては。

 喧嘩や差別は似合わない。

 お酒は皆で楽しく、そして面白く飲むものだ。


 彼らとハイタッチしながら机を軽やかに降りる。

 重たい三角帽子を頭に乗せればガシャリと景気のいい音を立てた。


 仕入れた火酒を売り切り、利益は上々。

 元手が華貨30枚だったのが今や100枚を優に超えた。

 この小さな村でこれなのだ。行く先々で繰り返せば旅の費用は問題なく稼げる。

 しかも魔物を狩らずとも良い!安心安全の屋内作業!

 ついに俺の旅に希望が見えた。

 アリアーに帰れる!お家に帰れる!


 そしてついでに天職も見つけてしまった。

 魔道を修めたらバーを開こう。


「イーレお待たせ。…ん?」


 冷めやらぬ興奮を抱えてイーレの元に戻ると青年が脇に立っていた。

 キョトンと、しかしまっすぐにこちらを見ている。


 晴れ渡る空のような青い瞳に、雪の様な銀の髪。

 長旅でくたびれた麻のローブと、その下にある上等な銀の軽鎧。

 腰には2本の剣。

 片方はきっと魔法剣だ。純度の高い翡翠石から魔力を感じる。


 …はて?どこかで会っただろうか。

 昔、前世ではなくこっちで出会った気がする。

 どこだったか…。


 そんなことを考えていたら彼は速足でこちらに歩み寄り俺の手を取った。

 カタカタと震えている、もしかして本家ドラゴンロッド印ソーダの愛飲者だろうか?


「確認だけど、君が、ユリウス?」


 彼が口を開く。

 震える声は興奮を隠しきれていない。

 賞金稼ぎか!?


「ゆ、ユリウスはユリウスだけど、俺はユリウス・エバーラウンズ!ヴォイジャーとかって指名手配犯じゃ─。」

『初めまして、ユリウス・エバーラウンズ。』


 俺の言葉を遮った彼の言葉。

 耳を疑った。しかし聞き間違えるはずがない。

 ユリウス・エバーラウンズは聞き間違えない。

 魔族語でも、イーレの話す言葉でない異国の言葉は驚くほどに耳に馴染んだ。


『君に会いたかった。ボクはエルディン。エルディン・リバーテール。』


 そっと空いた左手を自身の胸に添えながら、貴族礼節で彼は語る。

 その言葉は。エルディンと名乗る彼の言葉は、魂に刻まれた故郷の言葉。


『君と同じ、異世界人だ。』


 彼は、()()()で話した。


 ---


 第四章 完

 第五章へ続く

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