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第三十九話 「軋轢」

 修羅場を目撃した次の日。


 本格的な冬が近づくこの季節。

 当然ながら朝は寒い。

 安宿は壁が薄いし、設備も最低限。

 当然暖炉など無いし毛布も手持ちの物しかない。

 ローブをすっぽりかぶって迎えた村の朝は氷の世界だった。

 窓は凍てつき、すでに氷柱が屋根から垂れ始めている。


 装備を整えて俺は酒場に向かった。

 別に酒で体を温めようとかいう頭ウォッカな理論ではない。

 酒場には暖炉があり、いつでも暖かいのだ。


 今年初めて積もった雪に足跡を残しながら酒場の屋内席に入っていく。


「おはようございます。ミスターZ。」

「おはよう、ユリウス。今日は寒いな。」


 毎朝必ず酒場のカウンターで温かいミルクティーを飲む紳士が居る。

 破れたり、解れたりしては居るもののシルクハットと燕尾服を身に着けたジェントルメン。

 金色の刺繍がちらほらと見えるそれはビンテージ物の礼服である。

 割れてしまったモノクルと、赤色の蝶ネクタイ。

 脇にはボロボロのステッキもある。

 それら装備品と違い、しっかりと整えられた茶色の髪と茶色の髭。

 この辺りの人間の中では比較的まともで、読み書きも計算も出来る常識人だ。

 首都ロッズ辺りなら常人であるが、身なりもあってここではかなり浮いている。


 彼は自分のことミスターZと呼んでくれと自分から言ってきた。

 どうやら、本名を知られたくないらしい。


「今日も飲んでいくかね?」

「ありがたくいただきます。何かお菓子を持ってくればよかったですね。」

「ははは。誰かとお茶が飲めるだけでも幸せというものだよ。」


 彼との付き合いはたまたま同じティーセットを頼んだことが始まりだ。

 朝のさわやかな一杯がどうしても飲みたくなる時というのはある。

「彼と同じものを下さい。」と給仕に伝えたらギョッとされたものだ。

 この酒場でお茶を頼むのはミスターZだけなのだ。

 以降、彼は俺と会えば必ずお茶を恵んでくれる。

 気の良いお茶友達だ。


「…どうしても、"時無くし"だと友人が少なくてね。」


 ミスターは、そう言って乾いた声で笑う。


 彼が語る"時無くし"というのは、いわば不老不死だ。

 正確には、老いない人々。

 それは呪いであり、祝福であるとも。


 神の理であるはずの死という概念から外れてしまった迷い人の総称だ。

 そうなってしまう原因も理由もはっきりとしていないらしい。

 魔力を持たぬまま生まれてくる子供たちと同じようなものだ。

 ひとつ違うのは彼らの場合は後天性であるということ。


 彼らはいつか誰も知らぬところでひっそりと魂だけが死に絶えて眠るのだという。

 それは100年後とも1000年後とも。

 いつ来るともしれぬ終わりをただ長く待つだけの人生なのだとミスターは語った。

 彼はすでに人族でありながら200年の時を過ごしているのだとか。


「皆死を怖がるくせに"時無くし"になるのは嫌がるのだ。誰かに伝染するのならもっとたくさんいるだろうにね。」

「不思議ですよねぇ。」


 カップにお茶を注いでもらいながら相槌を打つ。


 どうやらその"時無くし"というのは怪談の一つのようで、彼らと話せば自らも時を無くしてしまうらしい。

 まぁ、迷信の類だろう。特に気にしていなかった。


 もし本当であれば11歳になろうかという体で死ぬまで生きていくことになってしまう。

 それはそれで考え物だ。

 とりあえずアンジーに声をかけてみるとしよう。

 オネショタヘブンにご招待だ。ぬかりはない。


「お砂糖は2つで良かったかね?」

「はい、お願いします。」


 ちなみに俺は甘いコーヒーが好き。

 紅茶も同様だ。

 湯気立つカップを受け取って少し冷ます。

 温かいそれが冷え切った手を温めてくれる。


「そう言えば、先日面白いうわさを聞いたよ。なんでも《銀の勇者》が人探しをしているらしいね。」

「へぇ…。仲間集めですかね?」

「さぁ?詳しくは知らないけども。…ここだけの話だけど、彼は古い大貴族の生き残りを探してるそうだよ?」

「古い大貴族…ですか?」

「そうとも。名前も残っていない5番目の大貴族がこの大陸にはいたのさ。それを探してあちこち走り回ってるって話だ。なんだかロマンがあると思わないかい?」

「そ、そうですねぇ。ははは…。」


 ベルガー大陸に居た5番目の大貴族。

 それはきっと白い布のあしらわれた蔦の絡む丸盾の家紋の貴族だ。

 …おそらく、エバーラウンズ家。


 もしかして、銀の勇者にまで狙われている?

 歴史の大犯罪者だ!同じことを繰り返さないように粛清してやる!

 的な。

 俺何も悪い事して…。

 …まぁちょこちょこしてるか。


「ほ、ほかに面白い話題はないですか?新しく活躍している人の話とか。」


 彼は噂通だ。

 朝はここでお茶を飲み、それ以外の時間はひたすら冒険者たちの噂話に耳を立てているのだという。


「そうだねぇ。最近、ベルガーの南の方で暴れん坊の冒険者が居るって話くらいかなぁ。」


 ミスターはそこで一度お茶を啜った。

 俺も同じタイミングでカップに口をつける。


「2人組の冒険者らしい。片方は角の生えた仮面をつけた剣士で、もう片方は《魔葬》という二つ名を持った大罪人だそうだ。」

「それはまた物騒な…。」


 《魔葬》の大罪人。

 暴れん坊であるならばおそらく3m越えの大男だろう。

 もしかしたら剣士の方も同じくらいの大男で、仮面は仮面でも鉄仮面をつけているのかもしれない。

 俺の名前を呼んでみろぉ!とか言ってそう…。

 絶対肩パッドつけてる。

 モヒカン頭なのも確定。


「しかも剣士の方は言葉の通じない野蛮人だという話でね。行く先々で殴る蹴るの乱闘騒ぎを起こしてるんだとさ。彼らは北に向かって虱潰しに村を辿ってるって言うから、もしかしたらここにも来るかもね。楽しみだね。」

「楽しみなんですか?」

「変わり者と会うのは貴重だよ。もしかしたら君みたいな良い変わり者かもしれないからね。」


 彼はそう言ってポットから自身のカップにお茶を注ぐ。

 おかわりは?とポットを持ち上げる所作でこちらに聞いてくれるが、遠慮することにした。


「人族というのは身勝手だ。自分と同じものを嫌うくせに自分と違うものは許せない。長く生きているとそういう面ばかり見てしまう。そういう意味では私はベルガーの人間としてはふさわしくないかもね。」

「でしたらアリアーに来ませんか?良い国ですよ?魔族も多いですし、お茶も美味しいです。今度一緒に行きませんか?」

「ははは。やはり君は良い変わり者だ。一緒に旅をしようなどと"時無くし"に向かって言う者などいないのに。不思議な人だよ。ユリウスは。」


 そう言って彼は俺の頭をなでる。


「あぁ、すまない。」


 しかしすぐに手を引っ込めてしまった。


「…息子の事を思い出してしまった。もうとっくに死んでしまっているのにね。」


 彼は寂しそうに自分の手を見つめた。

 その眼はどこかロレスに似ていた。


「頭をなでるくらいタダですよ。人によっては抱っこしたり頬ずりしてくる人もいましたし。」

「流石にそこまではしないよ。…おっと、お仲間が来たんじゃないかな?」


 彼の声で振り向く。

 頭を抱えながら歩いてくるダレンと昨晩と同じ格好のグリエラの姿が見えた。


「…時間ですね。ごちそうさまでした。」

「君と話しているとあっという間だ。楽しかったよユリウス。またおいで。」

「はい。ごきげんよう。ミスターZ。」

「ごきげんよう。ユリウス。」


 騎士礼節で互いに礼をして俺はアッパーブレイクのメンバーが待つ席へと駆け寄った。


 ---


 そこからメンバーが全員揃うまでしばらく時間を要した。

 最初に丸机の席に着いたのは俺、ダレン、グリエラ。

 ダレンはひどい二日酔いをしていて、かなり酒臭かった。


「臭いわねあんた、ちゃんと体に拭いたんだろうね?」

「お前さんに言われたくないわぃ。ホレ、口の端に毛が付いとるぞ。」


 グリエラはそう言われてすぐに口の周りを拭った。


「…見た?」

「何をです?」


 見てない見てない。

 昨晩のお相手さんの縮れ毛など目に入っていませんとも。


 グリエラなりに教育に悪いと思ったのかもしれないが、そもそもそのビキニアーマーが教育に悪い。

 露出も高いし、なんなら動きによっては大事なところが見えてしまう。

 というか、外は雪景色ですよ?

 やっぱり筋肉ムキムキだと寒くないんだろうか…。


 2人ともそれなりに臭うので、俺は少しだけ離れて座っている。

 酒臭さと、まぁ、そういう男女関係的な獣臭さだ。


 次に来たのはレイムゥだ。

 昨日と違ってグリーンの厚手のローブを着込み、すでに弓と矢筒を装備していた。


「あん?どうしたのさレイムゥ。レインと一緒じゃないのかい?」

「…私だけ早く起きただけよ。彼はまだ寝てるわ。」


 グリエラの問いにそう答える彼女は見るからに不機嫌だ。

 いつもの3割増しに眼つきが怖い。


「寄って。」

「はい、お姉様。」


 彼女に言われてすぐにグリエラ側に寄った。

 ダレンと俺の間に腰かけるレイムゥを2人は珍しそうに見ている。

 いつもレインの隣が彼女の指定席だったのだ。それもそうなるだろう。


 …嫌な予感がしてきた。


「いやぁ悪い悪い!寝坊しちゃって!」


 いつもの元気なレインの声、しかし今は少々場違いな間の抜けた声に聞こえる。


 彼も完全装備で酒場に現れた。

 それは仕事がある日はいつも通りだ。

 しかしいつもと違うのはその脇にケイトを侍らせている事。


 レインとケイト。2人ともが寝ぐせも直っていない今起きましたみたいな姿だ。

 そして双方ともに若干ぎこちない。

 レインはレイムゥに目を合わせないし、ケイトは若干顔を赤らめてレインに隠れる様にしている。

 そして、ケイトは普段つけていないマフラーを首に巻いていた。


「遅いぞレイン。何をやっとるんだか。」


 ダレンが口を開く。


 いや、何をやっとるておっさん。

 ナニをしてしまったんでしょうが!

 俗にいう合体事故。

 若気の至りとも言うかもしれない。

 しかしこの現状でそれを察せないのは何事だ!

 お前本当に80歳の魔族かよ!

 ハッ!むしろ察したうえでの叱責か?

 やるな!おっさん!


 レインは俺の隣に座りながら「皆おはよう!」と声をかけている。

 さらにその隣、グリエラのレインの間にケイトが腰かけた。

 ちょうどレイムゥの正面にケイトがくる形だ。


「…ケイト、あなた昨日ちゃんと部屋に戻った?」


 レイムゥが声をかける。


「…戻った。」


 ケイトはうつむいたままに彼女の問いに答えた。


 嘘つきいいいい!!!!

 心の中で叫びながらも俺はなるべくポーカーフェイスを保った。


「…そ。」


 あの氷の様な視線がケイトに向けられている。

 俺の隣で氷の女がひっそりと怒り狂っている。

 肩身の狭さを感じているとレインが話し始めた。


「皆聞いてくれ、もうすぐこの辺りは雪で覆われて隣村への移動も立ち行かなくなる。幸いにも俺たちには蓄えがあるが、それでも春までここに居続けるというのは時間の無駄だ。」


 リーダーらしく彼は今後の指針についてを口にする。

 いつもなら頼もしく聞こえる彼の言葉が、今日はやたらと上滑りする。


「そこで、今出ている魔物捜索の依頼をもう一度受注し、その後はそれ報酬を元手に首都ソーディアに一度南下しようと思う。」

「なぁレイン。なんで首都ソーディアなんだよ。ここからならベルティスのが近いじゃねぇか。」

「首都ベルティスは今王族の内輪揉めで立ち入りが制限されておるからじゃろ。」


 グリエラの質問に答えたのはダレンだ。

 しかし彼も続けてレインに問いを投げる。


「じゃが、首都ソーディアは人族の街。ワシやレイムゥは街に入ることも出来んぞ?」

「わかってる。しかし今後の活動拠点としては最適だ。魔物の活性化がみられる今、首都近辺での魔物討伐依頼の相場は上がってきている。首都に入らないにしても、周辺の町で活動する方が稼ぎが良い。ユリウス。」


 彼はこちらに目線を送る。


「お前はアジュール台地を抜けて来たと言っていたな、向こうの魔物はどんな感じだ?」

「あのあたりに居た魔物は河猪(ボア)系の魔物が大半でした。毛皮と肉を調達するには困る相手じゃありません。」

「やっぱり。首都の近くの村や街はどうだった?」

「キングソード家の衛兵が魔族や耳長族にいちゃもんを付けてました。もし本当に南下するのであればラソディスの町より南でないとパーティの活動に支障が出ます。」

「…なるほど。」


 ふむと頷いてレインは腕を組んで目を閉じる。

 彼が考え事をしているときは大体あの姿勢だ。

 そして大概の場合、その解決案をレイムゥが口にするのだ。


 だが今日に限ってはレイムゥは口を閉じたままだ。

 ただただレインを見つめている。

 眼つきについては、あまり言いたくない。

 こちらに向けられていなくても震えあがりそうだ。


「…私は、南に行っても良いと思う。」


 替わりに口を開いたのはケイトだった。

 普段こういう作戦会議で意見を言わない彼女であっただけに、皆の視線が彼女に集まる。


「このままここに居てもいいけど。アッパーブレイクの皆で旅をするのもいいかなって。」


 ね、レイン。と言いたげな視線を彼女はリーダーに投げる。

 レインもまたそれに小さくうなずいた。


「…ワシは反対じゃのう。」


 しかしそれに口を出したのがダレンであった。


「南下しようとする案自体は悪くない。じゃが、そうであるなら海側を南下していけば良い。あの辺りはアリアーとの貿易地帯じゃ。ベルガー王政も自由に動けんからワシら魔族でも問題なく出歩ける。」

「あ、そっちの方面なら俺も賛成です。貿易地帯であれば依頼報酬だけじゃなくて戦利品売買での収益も見込めます。」


 ダレンの案に俺はすぐに賛同した。

 もとよりアリアー方面に進むのが俺の予定だ。

 優秀なパーティメンバーと旅が出来て、尚且つ資金も稼げるなら願ったりかなったりだ。

 俺はせっかくだからこのダレンの策を選ぶぜ!


「珍しく気が合ったのぅ。」

「そうですね!」

「私はレインの策に乗る。」


 ダレンと意見が合ったというのにそれに水を差したのはグリエラだった。


「稼げるって言ったって王政圏外だと物価が高い。たかが安宿に華貨が10枚も取られるって話じゃねぇか。私個人の問題だが、とにかく金が無い。だから少しでも出費を抑えられるレインの案に乗る。」


 ダレンと2人してグヌヌと唸った。

 現段階で多数決だとソーディア方面への南下が濃厚だ。


「…となるとソーディア方面か。」


 ダレンが小さく漏らした。

 あとはレイムゥがレインに同意してゲームセットだ。


「私はダレンの案に賛成だわ。」


 その声に全員がレイムゥを見た。

 この日初めて彼女はレインと意を違えた。


「私としてはレインの案を押したいけども、パーティメンバーの事を考えればダレンの案の方が自由度が高いわ。グリエラの懐事情は私が立て替えましょう。どうかしら?」

「け、けどよぉ。レイムゥの貸付が利子が…。」

「早く返せばいいだけでしょう。男遊びばかりしてないでしっかり蓄えなさいな。人族の25と言ったら十分大人の年齢でしょうに。」


 今度はグリエラがグヌヌと唸る。

 正論、正論。アンド正論。

 俺とダレンは腕を組んで大きく頷いた。


 眼つきは怖いし、取るものは取るレイムゥであるが、決して間違ったことは言っていない。

 …その調子でそろそろ俺への搾り上げも緩めてくれないだろうか。

 大方レインとの結婚資金をためているのだろうが、真実は不明だ。


 もしそうであるならば俺は彼女の搾取を全面的に許そう。

 俺は堅実な愛に生きるものに寛大な男なのだ。お金は欲しいけど。


 なんにしても、パーティ内での多数決は綺麗に分かれてしまった。


「…レイン。」


 ケイトが不安げにレインの裾に手を伸ばす。


 …ん?

 え、まさかそういうことか…?


「…ではこうしましょう。」


 俺はいったんその思考を放棄した。

 彼らの光景を見てか見ないでか、レイムゥが案を口にする。


「このままでまずは依頼を受けましょう。私たちは冒険者ですもの。どんな時でも運が強いものが正義です。さきに例の正体不明の魔物を見つけた側の意見を採用するというのはどう?」

「二手に分かれるということか。内訳はどうするんだ?レイムゥ。」


 レイムゥにレインが声をかける。

 彼女は特に表情を変えぬままに続けた。


「だからこのままよ。レイン、グリエラ、ケイト。私、ダレン、ユリウス。3人ずつでちょうどいいでしょ?」

「役割が偏りすぎてる。もし本当に遭遇したら危険だ。」


 レインのいうことも最もだ。

 魔術師、剣士、剣士の組合わせと弓使い、雑用、魔道士の組み合わせ。

 しかも魔道士は多少腕が立つと言っても10歳の子供だ。

 冒険者ランクも俺だけD。

 あまりバランスが良いとは言い難い。

 しかし、彼女は手をひらひらと振りながら説明する。


「当然、遭遇したら即合流しましょう。薬師から買ってる信号筒があるでしょう?あれで合図を出せば離れていてもすぐにわかるわ。」


 信号筒は衛兵たちが時折使う遠距離連絡用の道具だ。

 薬剤の詰まった筒に火をつけて地面に刺すと撃ち上がって煙と音で遠くからでもよくわかる。

 言ってしまえば発煙弾だ。


「他にいい案があれば教えてくれるかしら。レイン。私もそれに賛成するから。」


 心なしか冷たく言い放たれた言葉にレインは何も返さない。

 周りの者も俺も含めて、ほかにいい案など浮かばなかった。


「…じゃ、決まりね。依頼を受けてくるから、みんな準備して頂戴。」


 レイムゥは席を立ち、カウンターに向かう。

 その時に、ケイトの後ろを歩いたときに見たレイムゥ目線。

 ケイトに向けられた射すようなそれが脳裏にこびりついた。

 あの凍てつく視線は、きっともう溶けないのだろう…。


 ---


 今回は捜索範囲を広げるため、ネムレスの村から馬車で1日ほど行った森に向かった。

 雪が馬車の脚を取ってしまうが、何とか進めない程でもなかった。


 既に夜が明けつつあり、朝には目的の地点へ着くようになっている。

 メンバーは馬車の段階から2手に分かれていて、馬車の御者席にはダレンが座っている。

 つまり荷台の中で俺はレイムゥと2人きりだ。


 馬車の中で耳長族といえばククゥと思い出す。

 たしか、耳長族では耳が長いほど魅力的な人物に見えるのだったか。


 俺としては耳の長さに特にこだわりはないがそれでもレイムゥは綺麗な顔立ちをしている。

 耳もシュッと横へまっすぐ伸びていて、まさにエルフ!である。

 可能ならその耳をハムハムしてしまいたい。

 出会った耳長族は覚えのある限りみな整った顔つきだから、やはり美男美女の種族なのだろう。


 そんなレイムゥは揺れる馬車の中ですり鉢を使って何かをゴリゴリとすり合わせていた。

 輝照石の灯りの元、彼女は薬師として薬剤を作っていた。


「…あの…。」


 その中身を見て、俺は戦々恐々としていた。

 彼女はピクリと耳だけで反応した。


「それ、魔物用ですよね。」


 彼女の作っているのは毒だ。

 それも、猛毒。

 その山吹色の粘り気のある毒は、僅かにでも体内に入ってしまえば一瞬で体の自由を奪う麻痺毒。

 量によっては心臓まで止まりそのまま死に至る。

 テオの講義で見た危険薬物のうちの一つだ。

 彼女も皮の手袋を2重に付けて調合している。

 肌に触れただけでも焼けただれるくらいに危なっかしいものなのだ。


「…私がこれを人に使うとでも?」


 彼女はすり鉢に薄い皮膜で封をしながら答えた。


「こっちの班には前衛が居ない。魔物に先手を取らない限り対応が出来ない。ダレンもあなたも最初から頭数に入れてないわ。」


 道具を収め終わった彼女は片膝を抱いて息を吐いた。


「1人で魔物と戦うつもりだったと?」

「もともとは私は単独行動主義の冒険者だったもの。そっちの方が気楽だわ。」


 肩をすくめながら彼女は言い、そして少しの間目を閉じた。


「…ケイトの事。あなた知ってるわね。」


 スッと薄く開かれた視線が俺を射抜く。

 麻痺毒が塗られているのではないかと思う位に俺は縫い付けられてしまった。

 冷や汗が足らりと垂れる。

 元々目を合わせてしゃべるのが苦手なのだ。

 勘弁してほしい。


「…はい。」


 とぼけるなどということも思いつかず俺は素直に白状した。


「嘘をつかなかったのは褒めてあげるわ。あの場にあなたも居たものね。」


 おおう…。

 修羅場を見ていたのも気づかれていたのか。

 やはり長耳の弓使いはお目目がよろしいようで…。

 というか、いま試されたのか。あっぶねぇ…。


「…レイムゥは、その…。怒ってますか?」

「怒る?」


 私が?と彼女は小さく笑った。


「そうね、心底頭に来たわ。たかだか18の小娘に私のレインを取られるなんて。さすが元盗賊よね。人の物を盗むことにかけては一流だわ。」


 口の端を吊り上げながら彼女はケイトを扱き下ろす。


「でも、仕方ないわ。人族は人族と結ばれるほうが幸せよ。」


 声のトーンを落としながら、レイムゥはそう漏らした。


「耳長族は人族と恋をしない方がいいの。いつだって老いるのも死ぬのも人族が先。同族と比べて早く来る別れが目に見えてるのだから当然のことよね。まぁ、その差に惹かれる物好きもいるのは本当だけども。それにこのベルガーでは人族同士の結婚が一般的だもの。間の子でも生まれたら、生きづらくなるだけだわ。」


 ハハンと自嘲気味に言いながら、少しだけ体を揺らして彼女は座りなおす。


「レインもケイトも知恵を出し合ったようだし。私はパーティを抜けるわ。どうせソーディア方面に行くのも体よく私を追い出すのが目的でしょうし。ダレンはそのおまけね。」


 あぁ、なるほど。

 だからあの時変な感じがしたのか。

 つまりはソーディア方面への南下作戦を立てたのはケイトだ。

 そうすれば、対外的な理由を付けて人族以外を締め出すことが出来る。

 意外と強かな女だ。

 というか、レインがなびきすぎなのだ。

 やはり胸が大きい女の方がいいのか。

 不埒な奴だ。ひっぱたいてやろうか。


「…レイムゥはそれでいいんですか?」


 恐る恐る聞いた。

 彼女とて、レインに惚れた女であることは違いない。

 好きな人を横から取られて気分のいいことなどない。


「えぇ。そのほうがあと腐れないもの。スッキリすると言ってもいいわ。」


 しかし彼女はあっさりとそう言った。

 当然でしょ。と言わんばかりに。

 彼女の強がりだというのは恋愛弱者の俺でもすぐに分かった。


 そしてそれと同じくらいのタイミングで馬車が止まった。


「ほい。到着じゃ。荷物を下ろすから手伝ってくれ。」


 ダレンが先に降りて設営場所の支度に入る。

 今回も野営を視野に入れた作戦だ。

 テントや毛布など一通りの荷物が積んである。


「あなたに話したら少し気が晴れたわ。ありがとうねユリウス。」


 荷物をリレーしながら彼女は言う。

 一先ずは軽い毛布類から。

 彼女から荷物を受け取ったときにレイムゥは俺の腕を掴んだ。


「それと、あなたにはまだ早いかもしれないけど、忠告してあげる。」


 そのまま彼女は俺と同じ目線になるように腰をかがめた。

 いつもの冷たい眼つきが今は少しだけ穏やかだ。


「耳長族の恋人が出来たら、大切にしてあげなさいね。私たちは一度この人と決めたら死もいとわぬほどに尽くしてしまうどうしようもない愚かな種族なの。覚えておいてね。」

「き、肝に銘じておきます…。」


 そう言うと彼女はフフと笑った。

 氷の仮面が、一瞬だけ溶けたようにも見えた。


「あと、他の女に手を出して首筋にキスマークつけて出歩かせるような屑にはならない事ね。仲間に後ろから矢で射られても文句言えないもの。」

「はい、お姉様…。」


 …やはりお気づきでしたのね…。


「よろしい。ダレン!朝食を食べたらすぐに捜索に移るわよ!しっかり稼がないと春を迎える前に素寒貧だわ!」

「あいあいボスー。まぁ蓄えはワシとあんたならどっこいじゃろうが。」


 明るい声が冬の山に響く。

 どちらにしてもパーティは解散となってしまうようだが、それも致し方ない。

 生きていれば出会いも別れもある。

 恋もあれば、失恋も。

 ユリウスはまだその手の事は先のようだが、いずれゲレンデを解かすような恋をしてみたいものだ。


「ユリウス!あなたは今日の食事当番でしょう!」

「そうでした!!!」


 今後の行く先を決めたレイムゥは、どこか寂し気で、どこか晴れ晴れとしていた。

 うむ、腕によりをかけて作りましょう。

 俺はあなたを応援しますよ。お姉様。


 …最初のメンバー紹介で性悪って言ってごめんなさい…。

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