第三十八話 「世の中って理不尽」
旅をすればいろんなことがある。
良い事も、悪いことも。
嬉しいことも悲しい事も。
しかし不思議と生きているうちは悲しいことが目につくものだ。
アジュール台地の死闘からすでに数か月が経とうとしている今。
己の旅を振り返る。
思えば、エレノアの護衛をしている頃にいろいろした苦労はイージーモードだったのだ。
彼女の旅人としてのセンスなのか、それともたまたまなのかはもうわからない。
しかし、俺1人の旅は困難を極めた。
エレノアを送り届けたあと、アジュール台地を抜け街道を進む日々。
ベルガー大陸の西側にある山脈を迂回し、海沿いのルートで国港ベールアルを目指す道のり。
そこにたどり着けばひとまずはアリアー大陸に安全に渡ることが出来る。
山脈を突っ切れば2か月もあればたどり着く道のりであったが、俺は迂回する方を選んだ。
霊峰ベイル
一年を通して雪をかぶるその高い峰は切り立った険しい山脈である。
西側の海沿いと内陸部を隔てるその断崖絶壁に挑んだ数々の冒険者が命を落としている。
滑落死や凍死なども当然その死因であるが、もう1つ大きなものがある。
その山脈には竜が出る。
青白い鱗を纏った黄色い翼の翼竜。
セドリックが好んで狩ったというそれは名前を薄氷の翼竜という。
大水魔霊ジアビス・サーフェの眷属の成れの果てという伝説がある魔物。
水の上級魔術に位置する氷の魔術を使役するその竜はAランクの魔物の中でも特に危険だ。
人里に降りてくることなど無いが、縄張り意識の強いその魔物は人を見ればたちまち襲い掛かってくるのだ。
そんな命がいくつあっても足りないような道は進めない。
俺は家に帰らせてもらう。
俺は逃げ出さない!と豪語した手前こんなこと言うのもなんだが、避けれる危険は避けた方が良い。
身の丈を考えない蛮勇は愚行とさほど変わらない。
己を知り、敵を知れば百戦危うからず。
そして命あっての物種なのだ。
迂回一択だ。
しかし迂回をすれば楽なのか、と言えばそういうわけでもない。
海沿いの道も当然魔物は出る。
最短でも港までは馬車を乗り継いでも10か月。
旅費だけでもお金もギリギリというところだ。
しかし問題は道のりだけではない。
事は杖の新調の為に立ち寄ったケルネスの村でのことである。
魔術師の集まる村だと聞いていたので良い杖が手に入ると期待して訪れたのだ。
そんな村の広場で何やら人混みが出来ていた
俺も野次馬心でその中に顔を突っ込んだ。
「なんですなんです?」
「指名手配だってよ。なんでも首都ソーディアの近くで大魔術をぶっ放したらしい。」
「罪状は反逆罪、不当魔術行使罪、騒音迷惑罪。こじつけみたいなのばっかりだな。」
「へぇ…悪い奴もいたもんですねねぇ。」
村人と会話しながらピョンピョンとジャンプしてみる。
広場の中心には数名、皮の鎧を着た男性が居た。
踏み台を準備したりと、いままさに罪人の告知が行われようとしていた。
しかし魔術を撃って指名手配されるなんて、間抜けな奴もいたものだ。
サッと撃ってサッと逃げる。
ヒットアンドアウェイは攻略の基本だろうに。
「静粛に!これより罪人の名を読み上げる!!」
村の警護団の男性が高々と指名手配犯の似顔絵を掲げた。
「特徴は金の髪に紫の瞳!10歳前後の子供の見た目をしているが性格は凶悪そのもの!」
へぇ。どっかで見たことあるなぁ。
「白色のローブに灰色の帽子を被った魔術師で大魔術を行使する異端児でもある!」
それも見たことある。似たような奴はどこにでもいるなぁ。
「魔術師の名前はユリウス・ヴォイジャー!我らがキングソード家の衛兵を手にかけた大罪人である!!」
…え。
「この者の首には王貨5枚!捕らえたものにはさらに王貨10枚の報奨金が出る!!見かけたものは直ちに警護団に報告せよ!繰り返す─」
罪人の名はユリウス・ヴォイジャー。ユリウス・ヴォイジャーだ!
公開された似顔絵はお世辞にも似ているとは言えない完成度であったが、特徴はとらえていた。
髪の色、眼の色。ローブに三角帽子。
完全に俺です。
俺が犯罪者?
まてまて、エレノア王妃を保護した英雄なのにその扱いはどうなの。
なんだったらセドリックの方が悪人じゃないか。
俺は無罪だ。うん胸を張って生きようね。
なんて思っていたら周りがシンとしていた。
村人も警護団もみな一様にこちらを見ていた。
旅人を見る目ではなく、金貨の山を見るようなぎらついた眼だ。
「は、ははは…。悪い奴も、まぁ。居ますよねぇ。」
「「ユリウス・ヴォイジャーだ!!!!」」
俺は踵を返して一目散に逃げだした。
村人たちはまるで川に落ちた獲物を狙うピラニアのように彼らは俺にとびかかってきた。
「居たぞ!居たぞおおおお!!!」
「待てぇ!!!王貨15枚!!!!!」
「あばよとっつぁーん!!!」
土魔法で村人たちの足を止めながら必死で逃げた。
我ながらこの時の逃げ足はオリンピック級だったと思う。
かくして、俺、ユリウス・エバーラウンズ。
偽名、ユリウス・ヴォイジャーはお尋ね者となった。
杖の新調や物資の補給も出来ぬままに村を飛び出すはめになったし。
行く先々で警護団や衛兵、はては賞金稼ぎに追いかけまわされることになった。
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時は流れて秋が過ぎ、冬に差し掛かろうかという頃。
場所は雪のチラつくベルガー北西部。
首都ベルティスから遠く離れた山岳地帯の森では魔物が多く出没するようになった。
歴戦の戦士も、魔物に詳しいギルドの老人も口をそろえて「あんな魔物は見たことがない」と言う。
ギルドではその討伐依頼が多く出回っていた。
捕獲し、生態調査に協力したものは追加報酬まで用意されている。
そんな胡散臭い依頼を受ける冒険者は大概2つに分類される。
金額に目がくらんだ愚か者か、名を上げようと躍起になっている愚か者のどちらかだ。
そして俺たちはその両方であった。
故郷を思い出すような針葉樹の森で草葉を縫い付けて茂みに擬態したテントでその魔物の到着を待っていた。
既に丸一日ここで待機しているが、いろいろ。主に眠気が限界に近い。
「ユリウス。起きてる?」
テントの中にはもう1人居る。
白い息で手を温めながら彼女が俺に声をかける。
長いシルバーブロンドの髪を編み上げて後ろで束ねた人族の女性。
左右でわずかに違う青緑色の瞳を持ち、凛とした眼つきの人物。
軽鎧にマントを組み合わせた彼女はナイフの使い手だ。
投げて良し、斬って良しのナイフさばきは目を見張るものがある。
彼女の名前はケイト。
元盗賊の冒険者で今年で18になる。
「起きてます…。」
眠い目をこすりながら俺は答えた。
「森が騒がしくなってきた。もう少しでレイン達が来る。準備して。」
「アイマム…。」
騒がしいときいたが俺には何も聞こえない…。
しかし彼女がそういうのだ。
きっとそうなのだろう。
準備と言っても、何も構えるものはない。
俺は相変わらず杖無しの魔道士だ。
しかし彼女は違う。
彼女が手にしているのは金の細工が入った一等品の杖だ。
瞳と同じ微妙に色の違う魔石は二つ組み込まれた杖は風、そして水の魔術と相性が良い。
彼女は魔術師でもあった。
俺はいま、冒険者として彼女たちとパーティを組んでいる。
俺を含めた魔術師が2人。剣士が2人。弓使いが1人に便利屋が1人。
計6人のパーティだ。
"アッパーブレイク"というパーティは、この辺りで一番勢いのあるパーティだった。
「…きた!」
地響きと仲間の雄たけびが聞こえたあたりでケイトがテントを飛び出す。
俺もそのあとを追う。目当ての魔物を仲間たちが追い込んだのだ。
テントの少し先は崖になっており、そこに目標を追い込む算段になっていた。
「ケイト!!手筈通りだ!!派手にやってくれ!!」
崖下には大きな鉱石蜥蜴が剣士2人に囲まれていた。
片方はビキニアーマーの女性。
そしてもう片方はケイトに声をかけたガタイのいい男性だ。
「話と違うじゃない…。ユリウス!合わせて!」
「了解!」
鉱石蜥蜴は俗にいうレアモンスターだ。
依頼にあった正体不明の魔物とは異なるが、仕留めることが出来ればここ数日の苦労が報われる。
その背中に背負った鉱石には時折魔石が混じっているのだ。
当然高価で売れるし、運が良ければ紫色の魔石もあるかもしれない。
絶対に逃がすわけにはいかない。
彼女が詠唱を開始する脇で俺は地面に手をついて魔力を通す。
最近やたらと出番が多い手招く砂塵の緊縛を展開した。
幾重にも鉱石蜥蜴の体にしがみ付かせて硬質化させる。
しかし効果はそれほど長くはもたない。
奴は背中に背負った魔石の力を使って大概の魔法をレジストするのだ。
「もっと気合入れろユリウス!逃げられちまうぞ!!」
「やってます!!」
何度も何度も砂塵の腕が魔物の体を捉える。
それでも暴れるのをこのパーティのリーダーである剣士レインが抑え込んでいた。
「─気高きその純潔の証。その青く冷たき眼差しの力を貸し与えたまえ。」
彼女が唱えているのは水の上級魔術。
巨大な氷の槍を頭上から落とす大技だ。
氷は水魔法の上位系でありながら、炎の魔法との複合属性である。
それゆえに容易くレジストすることが出来ない。
ケイトは知ってか知らずか最適な攻撃手段をとっている。
しかし時間がかかる。
まだあの詠唱は中ほどだ。
あと4節ほど呪文を唱えなければならない。
その間にも鉱石蜥蜴は徐々に拘束から逃れようとしていた。
このままでは逃げられる。
「ケイト!まだか!!」
剣士レインが急かす。詠唱中に返事でもしたらまたやり直し。
それどころか魔術の暴発なんて危険性もあるのに、彼はわかっていない。
…仕方ない。
俺は右手を空に向けた。
彼女の詠唱によって生成されつつある氷の槍がそこにある。
「白き薄衣の─…あれ?」
詠唱を続ける彼女の魔術に横から魔力を加える。
彼女の制御を離れたそれはみるみるうちに形を成して凶悪な刃となる。
しかしそれは槍ではない所謂、ギロチンだ。
俺が右手を振り落とせばその刃はジャキンと大きな音を立てて落ちた。
氷でできたその刃はレジストを許さず、いとも簡単に鉱石蜥蜴の首を刎ねた。
ゴロリと頭が転がり、その大きな体は音を立てて地面に伏した。
青黒い色の血だまりが出来上がり、体は痙攣をおこしている。
「流石ケイトです。一撃でしたね。」
「え、いや、私まだ詠唱終わって…。」
「やるじゃないかケイト!!大手柄だ!!」
湧きたつ仲間たちに置いてきぼりなケイト。
歓声を上げながらレインたちは魔物の背中の鉱石を剥がしにかかる。
「…ユリウスにはかなわないなぁ。」
「俺は何もしてませんよ。さぁ戦利品を確認しに行きましょう。」
俺は崖したの獲物目掛けて滑り落ちていった。
まぁ、目当ての魔石があると限らないがそれでも気にはなる。
後ろからわずかに聞こえたため息と舌打ちは、ひとまず聞かなかったことにした。
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夕方には戦利品を抱えて現在の活動拠点に戻ってきた。
冒険者の町、ネムレス。
名無しのネームレスが語源の比較的に賑わっている町だ。
周辺の森から切り出されたログハウスの様な建物が並んだこの街は山道の中継地点。
北に行けばテルス大陸への国港ベルテールがあり、西には首都ベルティス。
南には首都ソーディア、東を海沿いに行けば国港ベールアルへと続いている。
人通りの多いこの町はベルガー王政の圏内でありながら魔族も普通に居る。
何故ならばこの町はギルドが取り仕切っている珍しい町だからだ。
酒場も鍛冶屋も道具屋も、宿屋から飯屋まで全てギルドが一括で管理している。
よってベルガー王政の権力が完全に締め出されているのだ。
衛兵もおらず警護団も組織されないが、町は問題なく機能する。
権力が届かないということは後ろめたい者にとってギルドの決まりさえ守っていれば安全なのだ。
それは冒険者のみならず、犯罪者も該当する。
まぁ、ギルドに登録していればどんな背景があっても一律に冒険者扱いなのでそこは他所と変わらないが。
なんにしても衛兵に追い回される日々の俺にとっては今はありがたい場所だった。
ここでは犯罪者を密告するのは死罪に相当するのだ。
互いに当たらず触らずを保つことをしなければ墓穴が二つ用意されることとなる。
そんな街の酒場で俺たちは祝杯を挙げていた。
町の中で一番大きな建物がギルドの酒場だ。
屋内席と屋外席があり、屋外席は広いウッドデッキの上に丸机と椅子が並べられている。
今いるのはその屋外席。
周りは今まで見た酒場の中で一番やかましい。
喧嘩は当たり前だが、なんというか、やってることが野蛮だ。
例えばそこの冒険者は給仕の胸に王貨を投げ入れてそのまま乱暴にキスを迫るし。
そこの机の上では裸になった魔族の女が腰をくねらせて男を誘っている。
床に転がって生きてるのか死んでるのかわからない者も居れば、ヤバそうな薬を嗅いで白目をむいた男が薄ら笑いを浮かべている。
やだやだ。
貴族の血を継ぐやんごとなきユリウスには似つかわしくない席ですわ。
…しかし、あの魔族のお姉ちゃんいいお尻をしてらっしゃる…。
などと思いつつ、自分の目の前にある机に目を戻す。
すでに料理が運ばれてきており、アッパーブレイクのメンバーがそろっていた。
突然だがイカれたメンバー紹介するぜ!
ギターボーカル!アッパーブレイクのリーダー!レイン!
人族の男で今年で20歳!頬に傷のあるイケメン剣士だ!髪の毛ツンツン!!
キーボード!レインの隣で肩を抱かれているのが!レイムゥ!
耳長族の女で年齢不詳!流し目美人の弓使いだ!サラサラヘアとは逆の性悪に注意!
ベース!そのお隣ビキニアーマーのグリエラ!
人族の女で25歳!戦いに生きたムキムキの戦闘マシーン!婚活6連敗中!彼氏募集中だ!
ドラム!反対側に座ってるのは何でも屋のダレン!
巻角の魔族の男!御年80歳!毛むくじゃらの腕と出っ張った腹がチャームポイントの参謀役!
シンセサイザー!さらにその隣の魔術師ケイト!
元女盗賊の魔術師!何やらむくれ面だがこの中で一番かわいいぜ!キャーこっち向いてぇ!
カスタネット!ユリウス!
以上だ!
「諸君!まずは無事に帰ってきたことを祝おう!目的の魔物は見つからなかったが思いもよらない収入があったことは喜ばしい!そうだろう!」
レインが杯を掲げて音頭をとる。
誰もがその言葉に頷いた。
「このパーティになってから早くもランクがBまで上がったのは間違いなくお前たちのおかげだ!今日はその祝杯も兼ねている!俺が持つから存分に飲み食いしてくれ!」
その言葉にグリエラとダレンが目を輝かせた。
この二人は有数の酒飲みだ。
「分け前はあとでレイムゥが渡すからひとまずは乾杯だ!」
「「乾杯!!」」
木製のジョッキを互いに打ち付け合って、各々で飲み干す。
この町には飲酒に関する法律も無く、個々の裁量である。
コガクゥの村のジーナに見られると怒られるかもしれないが、約10年ぶりの泡酒。
…は、お預けだ。
法律が無いからと言って飲むのは主義に反する
お酒は二十歳になってから!
今日はミルクで我慢だ…。
既にお替りを頼む酒飲み2人の脇ではレイムゥが報酬の分け前を配り始めていた。
「グリエラ、ダレン。酔っぱらってしまう前にしまって頂戴ね。」
皮袋に入ったそれは剣貨。
すなわちは銀貨に相当するものだが、2人の前に置かれたそれはパンパンに張っていた。
「ほーほほー!!これじゃこれ!!これのために生きておるのよ!!」
ダレンはジョッキを置いて両手で皮袋を引き寄せて頬ずりをする。
ダレンは守銭奴だ。金にならない話は興味が無いし、今回の作戦でも前線にはいなかった。
しかし戦利品の売却ではその手腕を存分に発揮したようで相場の3割増しで魔石は売れた。
一方でグリエラは無計画に金を使うタイプだ。
手に入った剣貨も男遊びで明日には無くなるだろう。
今も皮袋片手にキョロキョロと男を物色している。
戦いの後は昂るのだというが、その感覚はまだつかめていない。
「はい、ケイトの取り分ね。今回はお手柄だったわ。」
「あ、ありがとう。レイムゥ。」
遠慮気味にお礼を言うケイトの前には少しだけ小ぶりながらも丸々とした皮袋が置かれた。
彼女はすぐにはその報酬に手を伸ばさず、少し暗い顔をして見つめていた。
そして待望の俺の番!
「はい、ユリウス。次はもう少し役に立って頂戴ね。」
チャリン、としぼみ切った皮袋が置かれた。
中身を確認すると剣貨が10枚ほど。
相場で言えば通常報酬の半分ほどだろうか。
…あまりにも露骨じゃありませんこと?
「あら、不服?野垂れ死に一歩手前だったあなたを介抱したのは誰だったかしら。」
「まさかぁ。もらえるだけでもありがたいってもんですよぉ。レイムゥの姐さんっ。」
作り笑いでよいしょしておく。
そう、俺はこのパーティに拾われたのだ。
この町にたどり着いたのではなく、たまたま運び込まれた。
補給も出来ず、寄る辺もなく。
山の中を盗賊だの賞金稼ぎだのに追い回されてついに力尽きた。
食べ物もなく、魔力枯渇で一歩も動けなくなったのを通りかかったレインとレイムゥに助けられた。
そして行く当ての無い俺をレインはしばらくこのパーティに置いてくれたのだ。
そういう意味合いではレインは命の恩人だが、レイムゥは少し違う。
彼女は俺が指名手配されていることを知っていた。
レインには話していないようだが、彼女に弱みを握られてしまっている。
新入りだから、とか、今回は振るわなかった、などと理由を付けて搾取されている。
…どうせ搾られるなら下の方を…
いや何でもない。
そんな引きつった笑顔を浮かべた俺を彼女は流し目で見た後に、微笑みながらレインの横に収まった。
ドMだったら彼女の眼付はたまらないだろう。
ちょっと目覚めそうだ。
「レイムゥ。もう少しユリウスの報酬弾んでやれよ。可哀そうだろ。」
「甘やかしちゃだめよ。若いうちから大金を持つとろくなことがないわ。」
「…わりぃなぁユリウス。まぁ次回頑張ってくれよ。その代わり俺が持つからしっかり食ってくれ。」
「ありがとう。レイン。」
「ありがとうございます。でしょ?」
「あ、はい。ありがとうございます。偉大なるレイン様…。」
「おいおいレイムゥ…。」
「うふふ、意地悪しちゃった。」
イチャイチャしながらギスギス。
まぁ、俺が我慢すればいいのだ。
幸いにも安宿であれば華貨3枚で泊まれる。
もう少しお金が溜まるまでの辛抱だ。
レインは良い奴だ。
男前だし、気前も良い。
頭は良くないのかもしれないが、死にかけの俺に良くしてくれた。
剣士としての腕は中の上と言ったところだが冒険者としては一流だ。
冒険者に求められる資質はまず生き抜くこと、そして良い仲間を見抜くこと。
その点においてレインは強い。
俺以外は皆一様にAランクに近い冒険者であるし、役割分担もはっきりとしている。
パーティとしてこのアッパーブレイクはランク以上の実力がある。
まだ完全になじめてはいないが、良いパーティだ。
…だが、レインには1つ弱点がある。
それを思い知るのは飲み会が終わってすぐだった。
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「…気持ち悪い…。」
「あんなに飲むからですよ。」
茂みに向かってゲーゲー吐くダレンの背中をさする。
あれから流れ解散となった。
グリエラは数名の男に担がれながらどこかへ消えてしまうし。
レイムゥは用事があるとか言って先に宿へ戻った。
なのでこのおっさんの介抱は俺がすることになってしまった。
あまり直視しない。
せっかくこれ見よがしにいっぱい食べたのだ。もらいゲロはごめんだ。
ため息をつきながら回復魔法を使っていると、近くの建物の角から声が聞こえてきていた。
「─だから、今回の手柄は私じゃなくてユリウスの物なのよ。」
ケイトの声。
「でもケイトが魔術を唱えたんだろ?だったらケイトの手柄だろ。」
「そうじゃないのよレイン。うまく言えないけど…とにかく私の魔術じゃなかったの!」
レインの声も聞こえる。
思わず聞き耳を立てた。
「まぁ、そうだとしても俺の眼にはケイトの手柄だと映るし、レイムゥもそう思っておまえに報酬を渡してるんだから。良いじゃないか。別に。」
「駄目よ!こんなの不公平だわ!」
ダレンの背中さすりもそこそこに、俺は足音を殺して2人に近づく。
茂みに中から見れば、彼らの姿はひとまず見れた。
「何が不満なんだよ。ケイト。」
「…だって、またレインの役に立てなかったんだもの…。」
そう言ってケイトはうつむいてしまう。
彼女はそのまま続けた。
「私はあなたの力になりたい…。盗賊だった私を冒険者に誘ってくれたあなたの力になりたいの!私にはあなたこそが救いなの!だから─。」
思いのたけを叫ぶケイトの陰にレインの陰が重なった。
あのイケメンはその唇でケイトを黙らせたのだ。
俺も思わず唇を手で覆った。
なんだあのイケメンムーブ!
俺もそんなことしてみたい!
「…レイン…。」
ケイトはトロンとした顔でレインを見上げていた。
「ケイト、お前は俺の大切な仲間だ。お前がそんなにつらそうな顔でいるのは。見たくない。」
今度はそっと彼女を抱くレイン。
ケイトもまた、レインの背中に手を回した。
「安心しろ。傍に居てくれるだけで、十分俺の力になってるよ。これからも頼りにしてる。」
「…うん、レイン。」
寄り添う二人。
お似合いの、絵にかいたようなカップルだ。
なんだよ、相思相愛だったのか。
まぁそういう事もあるよな。うん。
どれ、ここからさきは若い者どうしに任せて、ワシはおっさんの介抱に戻るとするかね。
などと思って目線を逸らした先でふとそれを目撃してしまった。
建物の上階。
窓に映る冷たい眼つきの金髪の女。
レイムゥが、寄り添う彼らをじっと見つめていたのだ。
まるで姑。
この泥棒猫め…と言わんばかりだ。
そのゴミを見るような目線に腰が引けてしまう。
─しゅ、修羅場ぁ!!!
俺はすぐさまその場を離れた。
これ以上見ていられない。
ドMの諸兄たちはどうか彼女の目線を存分に堪能すればいい。
俺はそういう趣味は無いので逃げさせてもらう。
巻き添えはごめんだ。
未だにゲーゲー吐いているダレンの背中をさする作業に戻る。
「…なにか、あったか?」
「ウェ!マリモ!」
摩擦熱が発生するほどに彼の背中をさすりあげる。
アッパーブレイクのリーダー。レインの弱点。
それは、彼が致命的に乙女心を理解していない事であった。
そらそうよな!
あれだけぴっとりついていたレイムゥからすればレインの先ほどの行為は完全にアウトだ。
もしかしてレインとレイムゥが合体行為を含む恋仲だというのをケイトは知らないのか?
いや、だとしてもレインに問題があるだろう。
レイムゥという素敵な女性がいるのだからそこは考えろよ!
これだからモテ男は!!
ハッ!?だからモテ男なのか!?
二兎追う者のみが二兎を得るパターンか!!
ようやっと落ち着いたダレンを宿に送り届けながらため息を吐く。
あぁ、今後の仕事に支障が出なければいいが…。




