閑話 「異変」
ユリウスがセドリックを倒して少し経ったくらいのお話
《デニス視点》
「サーシャ、行ってくるよ。」
「気を付けてね。あなた。」
「…イリスは?」
「まだ寝てるわ。本当に良く寝る子よね。」
妻サーシャとのいつものやり取り。
既に日が昇った時間だというのに、イリスは起きてこない。
彼女も6歳を過ぎた。
そろそろ学校に行かせるか修行に出すかを決める時期だが、私は決めかねていた。
…息子のこともある。
私には彼女を、娘のイリスを何処かに送り出すことが怖い。
「…帰ったら、また話そう。昨日はすまなかった。」
「気にしないでデニス。私も気が動転していたから…。」
2人の目線は机の上に符形に向かう。
冒険者符形。
ギルドから発行される冒険者用の身分証明書。
少し擦れたそれには、ユリウス・エバーラウンズと記載されている。
居なくなってしまった息子の名だ。
捜索を開始してから半年以上が過ぎた。
未だに行方知れずのユリウスの冒険者符形が届けられたのは昨晩のこと。
キースというドラゴンロッド家の衛兵長がわざわざ我が家に尋ねてきてこれを届けてくれたのだ。
本当に短い時間だけ彼は我が家に滞在した。
捜索をしている範囲の説明と、コガクゥの村の南にある街道の分かれ道にこれが落ちていたこと。
─…息子さんはとても勇敢で聡明な子だ。きっと生きてる。我々は捜索を続けます。
キース氏はそうは言ってくれていたが、その顔にはあまり言葉にしたくないような辛い表情が浮かんでいた。
生存は、絶望的だ。と。
そこから先はあまり覚えていないが、サーシャと言い合いになった。
きっと私が取り乱したのだ。酒が入っていたこともある。
我が事ながら、情けない…。
イリスにもひどいことをした。止めに入った彼女を私は怒鳴りつけてしまった。
我が家の女方は寛容だ。こんな私を責めずに傍に居てくれる。
どちらが亭主なのか、わかったものではない。
「…大丈夫よ。あの子はあなたに似て賢いもの。きっと何かに夢中になって連絡を忘れてるだけだわ。」
サーシャは私の手を取りながら言う。
その顔は言葉と裏腹に心労を抱えていた。
「さ、アレクさんが待ってるわ。今日は遠出でしょう?早くいかなくちゃね。」
「…あぁ。そうだな。」
いつまでも落ち込んでばかりではいられない。
今日は父アレクサンドルスと南にある集落までの連絡道の確保へ行かねばならない。
守るべきは家族だけではない。
私はいずれこの南西領域の守護統括の任を継がねばならない。
父ほど立派な人間にはなれないが、与えられた仕事はこなさねばならない。
英雄の息子として。エバーラウンズ家の次期当主として。
「…帰ってきてね。」
「あぁ。必ずだ。夕飯を楽しみにしている。」
精一杯の笑顔で言って家を出ようとしたときだ。
ドタドタと階段を駆け下りてくる娘の足音が聞こえてきた。
「パパ!!」
そのまま私の脚に娘、イリスフィアはぶつかるように駆け寄ってきた。
悪い夢でも見たのだろうか。
昨日怒鳴ってしまったのが気がかりだったのでそう思ってしまう。
「イリス、まずはおはようでしょう?」
サーシャがなだめながら頭をなでてやる。
しかし、イリスはバッと顔を上げて私をみやる。
その眼には涙が浮かび、動揺が見て取れた。
「パパ!南にいかないで!!お願い!!」
鎧の裾を掴んで彼女はグイグイと引っ張る。
尋常でない様子に、私はしゃがみ込んで彼女と目線を合わせる。
「お爺様も行かせちゃダメ!!すぐに東の街道に行って!!間に合わなくなるの!!」
「落ち着きなさいイリス。どうしたのいったい…。」
サーシャもなだめているが、彼女はただ一心に私を見つめた。
彼女は時々、夢を見るのだ。
それは未来の夢。
不確定な、そしてそう遠くない未来の夢を彼女は見る。
あまり詳しく夢の中身を言おうとしないのだが、それでも彼女の言葉はよく当たる。
「…わかった。東の街道だな。」
「大きな魔物に襲われてる旅人が2人いるの。必ず助けてあげて。」
「魔物もいるのか。これは大ごとだ。」
私はそう言いながら立ち上がり、壁にかけてあるソレに手をかけた。
仕事用のロングソード。そして冒険者時代の愛剣。
岩窟族が鍛え上げた片刃の剣は重く、そしてひどく鈍らである。
「父上には予定が変わったと言っておくよ。行ってくる。」
「気を付けてね!」
剣を担いで私は家を出た。
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「…ほう、イリスがそんなことを。」
「えぇ。なのでこのまま東の街道へ出ます。」
「まぁ多少の遅れは許容されよう。本来街道整備は冬前にやることゆえな。」
父上と共に互いに馬に乗り、村の通りを行く。
既に東の街道に差し掛かったあたりだった。
こうやって並んで歩くと、やはり我が父アレクサンドルスは大男だ。
馬も私ではまたがることも困難なほどに大きい。
「…それで、ユリウスの件なのですが…。」
「耳に入っている。キースより聞いた。」
重い口を開く前にアレキサンドルスはそれを制した。
父の背中は、いつもよりも小さい。
わずかに丸くなったその後ろ姿を私は見つめた。
「…俺が弟子入りなど勧めなければな…。」
「父上。それは言わない約束です。」
彼はユリウスが行方不明になってから事あるごとにそれを言う。
誰も責めはしない。私も同意して息子を魔術師の弟子に送りだしたのだ。
それに父上は仕事をこなす傍らで捜索も自ら行っている。
寝ずに村や街を行き来する彼の姿は度々話に上がるほどだ。
「…生きておる。必ずどこかで生きておるはずだ。」
そう口にした時だった。
─ガァアアアアアアアアアア
街道の森の奥から地響きと共に魔物の咆哮が耳に届く。
「…デカいな。」
アレキサンドルスが呟く。
彼は孫を持った祖父の顔から《剣豪》の顔に変わっていた。
ピリピリと、気が張り詰めていく。
「行くぞデニス!」
「はい!」
馬を飛ばす。
森の樹々を抜け、深緑の景色を切り裂きながらその声の方へ走る。
バキバキと木が折れる音や、何者かが戦う音が聞こえてくる。
「くそぉ!!!」
森の開けた所で旅人を発見した。
剣を抜いた四つ腕の魔族の女と、近くには倒れた耳長族の男。
共に手傷を負っていた。
彼女はこちらに気づいて声を張り上げる
「来るな!!!!」
その瞬間に森が弾けた。
太い幹の樹々を平然と跳ねのけてソレが猛進する。
2本の首を持つ巨大な魔物。
野犬というにはあまりのも巨大な体を持つそれが、顎を開き旅人を狙って飛びかかる。
しかし、アレキサンドルスはそれに全く怯まなかった。
馬から飛び上がった彼は旅人二人を平然と抱え上げてすぐに飛びのく。
旅人たちが居た地面はその魔物の牙で無残にえぐり取られた。
間一髪で彼らを牙から逃したアレキサンドルスはすぐさま腰の大剣を抜き放つ。
そしてその魔物と対峙した。
─ゴルルルルルル…
低く唸るその魔物は見たことがない形だった。
2本の首を持つ野犬は見たことがあるが、ここまで大型化はしない。
毛並みは赤黒く、爪も牙も鋭利だ。
そしてその眼だ。
ひとつの頭に4つ。計8つの眼がこちらを睨んでいる。
片方の首はこちらを、片方の首は父上を見ながらバタバタとよだれを垂らす。
垂れた先の地面は、ジュウと溶けて煙を上げた。
「気を付けろ!そいつは魔術を使うぞ!」
四つ腕の魔族が声を上げる。
であるならば、奴はこの大陸でのAランク相当の魔物となる。
アレクサンドルスに目配せをする。
彼はジリと距離を詰めた。
あぁ、やはりだ。
彼はこれを倒す気でいる。
私も覚悟を決めた。
「デニス、一筋縄ではいくまい。ぬかるなよ。」
「心得てます。父上。」
短く言い合って、私は剣を抜く。
ボロボロに刃こぼれした剣を魔物に向ける。
「お、おい、そんな剣で…。」
「隠れていて下さい。こいつは私たちが倒します。」
言い終わると同時に走り出す。
すぐに魔物は魔術を展開した。
黒い炎の魔術。
その中心には岩もみえる。
複合魔術。
厄介な…。
レジストするには手間だ。
素直に消し飛ばすか。
「我、その拳の加護を求めし者。」
魔術の詠唱を開始する。
飛んでくる魔物の魔術を回避しながら詠唱を唱える。
視界の隅ではアレクサンドルスが横から走り込む姿が見えた。
牙の一撃を剣の腹で殴り飛ばし、大上段に剣を振り上げたところで魔術の妨害を避ける。
「天を裂かんその膂力を我ら力無きものに与えたまえ。その腕は我らの城。しかして敵を討つ頂の鉾なれば。」
魔物の腹の下を潜り抜けて後ろ脚の健にロングソードを突き立てる。
しかし固い。やはり並みの刃物では歯が立たないか。
「デニス!!」
アレキサンドルスの声で何も見ずに前へ転がり込む。
先ほどまでいた地面に太い尾が鞭のように打ち込まれた。
「─山を投げんとすその力を此処に示せ。」
魔力が大地へ伝わる。
詠唱の制御を介して地盤が持ち上がる。
「連ねるは大槍山脈!!」
土魔術の上級魔法。
周りの樹々を上回る巨大な大地の槍が展開される。
そしてそれは森を持ち上げながら魔物に襲い掛かる。
相手は巨躯でも野犬。
こんな荒い魔術で捉えられるような重鈍さでは無い。
攻撃をよけながら魔物は距離を取る。
当たりはしなかったが、厄介な複合魔術は一掃できた。
これで場が整った。
トンと地面を蹴って跳躍する。
雄々しくそびえ立った大地の槍。
それらの側面から石柱を召還する。
石柱を蹴って私は飛ぶ。
現役時代から得意な立体的な立ち回り。
ここからは私の独壇場だ。
─ガアアアア!!!
魔物は飛び上がって襲い掛かるがもう遅い。
最初の詠唱が済む前に勝負を決めるべきだった。
私にとってどんな形でも魔物は所詮生き物。
精霊でもない限り、肉があり骨があり筋がある。
そこを見極めれば、倒せないことは無い。
幾本もの石柱が地面から伸びて魔物を捉える。
絡むのではなく、一本一本の線が関節の内側へ回り動きを止める。
生き物である以上、関節の可動域が存在する。
そこを抑えてやれば、ことは容易い。
動きを止められた魔物は尻尾を逆立てた。
毛並みが剣の様に鋭いそれが身震いと共に散らされる。
地面に容易く刺さる体毛。
見た目に反して知能が高い。
やはり頭が2つあると違うのか。
わざと散らして面で捉えるつもりだろうが、私にはもう届かない。
石柱で自らを打ち上げ、時に手をかけて遠心力で向きを変えながら肉薄する。
愛剣を握りしめる。
狙うのは頭だ。
父上も走り込む。
決着はほぼ同時に付いた。
アレキサンドルスの一撃は壊撃を伴う一撃。
魔力を剣に通し、それを直接ぶつける剣士の極意。
生身に打てば内側から相手を破壊する必殺剣。
私の剣は、もっと単純だ。
この剣の名前は知略の小人。
魔力を込めれば込めるほど重くなる剣。
ほんのちょっとの魔力で馬5頭がかりでも引っ張れなくなる。
それに渾身の魔力を注げばどうなるか、答えは至極単純だった。
魔物の2つの頭はほぼ同時に砕けた。
片方は内部から、片方は外部から押しつぶされて青黒い体液を噴き散らした。
巨大な体をビクンと震わせた後に、ゆっくりと地面に投げだして魔物は動かなくなった。
「…。」
「…。」
暫しの間私も父上も剣を構えたまま動かない。
例え頭をつぶしても動く魔物は居るのだ。
こういうわけのわからない手合いに油断は厳禁だ。
しばらくして同時に息を吐いた。
アレキサンドルスは剣をおろし、私は旅人に歩み寄る。
「…あんたたち、強いんだな。おかげで命拾いした。」
「今日は勝てただけだ。次はわからない。ケガの具合は?」
「私は大丈夫。かすり傷だ。モーリスはわからない。頭をぶつけてしまって…。」
モーリスと呼ばれた耳長族の男性は額から血を流していた。
…念のため再起を使っておこう。
「彼奴は又首の野犬の類だとは思うが、あまりにも禍々しい。どこで出くわした?」
父上が彼女に尋ねる。
私はモーリスの治療をしながら耳を傾けた。
「色の無い森を抜けた先だ。今朝方何もない所から霧のようにコイツが現れた。しつこく追ってきて馬も馬車もやられてしまった…。」
霧のように出現する魔物…。
やはり聞いたことがない。
少なくともアリアーには居ない。
禁域と呼ばれる過酷な地帯になら居ても不思議はないが…。
「あなた達に会わなかったら死んでいた。礼をいう。私はルカ。アリアーの人に助けられたのはこれで2度目だ。」
「我が名はアレキサンドルス。俺たちも偶然寄り道しただけのことだ。互いに運が良かったな。」
「アレキ…。では貴殿が《剣豪》か!まさか最強の剣士にお目にかけれるとは!光栄だ!」
「そこまで大層な物ではない。だが、賛辞は受け取っておこう。」
内心嬉しそうにアレキサンドルスは微笑んだ。
彼の信仰者は世界中に居るものだ。
「ひとまずはイングリットの村まで送ろう。怪我人も居るし馬無しでは辛かろう。」
「助かる。ところでその村にデニスという御仁は居るか?」
急に名前を呼ばれて私は顔を上げた。
はて、名前が売れるほど派手なことをした覚えはないが…。
「恩人の手紙を預かっているんだ。すっかり遅くなってしまって、早く届けてやりたい。」
「ならばそいつに渡すと良い。そいつが息子のデニスだ。」
ルカは「息子!?」と驚いたように私を見た。
「ま、待ってほしい。ではユリウスは《剣豪》の孫なのか!?」
「ユリウスを知ってるのか!!!」
私は思わず詰め寄り掴みかかった。
ルカは小さく悲鳴を上げた。
「ユリウスは!!息子はどこに!?」
「デニス、落ち着け。気持ちはわかるが怯えさせてはいかん。」
アレキサンドルスに止められる。
「も、申し訳ない…。」
いかん。
思わず手を出してしまった。
しかし、彼女の口から息子の名が出たのは聞き間違いではない。
はやる気持ちを抑えるべく、大きく息を吐いた。
「…私はデニス・エバーラウンズ。ユリウスの父親です。ルカさん。ユリウスの事を何かご存じでしたら教えてください。半年以上行方知らずで、生きているかどうかもわからないのです。」
「そういうことか…。事情を知らなかったとはいえ遅れて申し訳ない。先にこれを渡そう。あなたの息子さんからの手紙だ。」
彼女は懐から1通の封筒を出した。
間違いなく息子の字でイングリットの村のデニス様へと書かれている。
すぐ様に封を切り、中の手紙に目を通す。
─
親愛なる家族へ。
父さま、母さま、イリス。
ユリウスです。
連絡が遅くなってすみません。
俺は生きています。
不安にさせてごめんなさい。
今俺はベルガー大陸に居ます。
どうやら誘拐事件に巻き込まれてしまったようです。
すぐに帰りたいところですが、ある事情からエラという女性の護衛を引き受けることになりました。
まずは首都ベルティスに向かい、その後アリアーへ帰るつもりです。
行き違いになってはいけないので迎えは大丈夫です。
必ず家に戻るので、それまで待っていてください。
それでは、お会いできる日を心待ちにしています。
ユリウス。
追伸。
もしもドラゴンロッド家の人が心配しているようであれば、ユリウスは生きていると手紙を送って下さい。
─
謝罪の言葉から始まった手紙。
生きています。
その一文だけで、私は目頭が熱くなるのを感じた。
「ユリウス殿は立派な魔術師だ。衛兵に絡まれて殺されかけた私を助けてくれた。あなた方の様な親族を持つなら納得だ。」
「…息子がそんなことを…。」
親の身である故か、とても鼻が高かった。
自分のこともやっとであろうに、人助けまでしているのだ。
私ではきっとそこまで気が回るまい。
「私が最後に会ったのはラソディスの町だ。旅が順調なら今頃首都ベルティスについているだろう。」
そうか、あぁ、そうか…。
息子が生きている。
ユリウスが生きている。
それだけでも、寄り道をしたかいがあった。
イリスの予知夢はこのことを言っていたのか。
「デニス!!剣を抜け!!!!」
アレキサンドルスの声でハッと現実に還る。
すぐさま振り向けば、仕留めたはずの魔物が立ち上がり始めていた。
「…ばかな…。」
ありえない。
確実に頭をつぶした。
亡霊魔物になるにしてもあまりにも早すぎる。
しかし現に魔物はゆっくりと、ぐったりと体を起こし始めていた。
見えない手に引っ張られているかのように巨躯が持ち上がる。
「信じられん…。あれで動くのか…。」
アレキサンドルスも緊迫した表情で剣を構える。
─グゲゲゲゲゲゲ…
肉塊が震えてぶつかる音が喉から唸り声のように発せられている。
あまりに不気味な光景に背中を怖気が走り抜けて行く。
しかしその魔物はこちらに来るでもなく、森の中を走り去っていった。
ベシャリと青黒い血が、肉片が木にぶちまけられた。
眼玉も脳髄もそこに落ちている。
仮にも瀕死の魔物があそこまで動けるはずがない。
生物であれば、間違いなく死んでいる手傷だ。
その場にいた全員がただただそれを見送るしかなかった。
「…デニス、2人を連れて村へ戻れ。俺は奴を追う。」
アレキサンドルスは馬のほうへ歩きながら言う。
「危険すぎます!ドラゴンロッド卿に援軍を要請すべきです!」
「あの方角は南の集落だ。捨て置けぬ。」
─お爺様も行かせちゃダメ!
朝のイリスの言葉が思い返される。
気が付けば私はアレキサンドルスの腕を掴んでいた。
「行っちゃだめだ父さん。悪い予感がする…。」
「…デニス…。しかしな…。」
「イリスの夢は当たります。妄信するわけじゃないですが、現状がそうです。偶然とは思えない。」
彼は私の眼を見た。
迷いのある眼だ。
統括の任を持つ騎士としての責務と、家族を持つ老人の2つの彼が揺れている。
「…仕方あるまい…。」
折れたのは、騎士としての父だった。
「だが、ルカ殿たちを村まで送り届けた後偵察隊を組織して南の集落へ向かう。あくまでも人命救助だ。無理はせん。」
「…わかりました。」
そうして私たちは一度村に戻った。
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ルカ達を村長の家に預けた後、ルドーを含む10数名の偵察隊と共に村を出発。
南の集落に着いたのは翌朝の事だった。
結果から言おう。
集落は壊滅していた。
ひどい惨状であった。
集落の周辺を捜索したものの、この惨劇を引き起こした魔物の姿は発見できなかった。
生き残りはたった一人。
それも虫の息で発見された。
慈光の再起をもってしても彼の命を繋ぐことはできなかった。
彼は死ぬ間際にただ一言言葉を残した。
逃げろ。
と。
「…何が起こってんだよ。最近変じゃねぇか…?」
村人の遺体を弔う炎を見つめながらルドーは言う。
「魔物が増えることこそあったが、あんな強大な魔物は現れたためしがない。」
「…周期災害だと軽く見てりゃいいわけじゃなくなっちまったってわけか…。」
「早馬を出そう。首都に援軍を頼まねば。こちらは弔いが終わり次第村に戻り対策を練る。」
「あぁ。最悪首都とか大きい町に避難した方が良いな。親父にも伝えておこう。」
「頼む。」
今後のやり取りをしながら私たちは再びイングリットの村へ向かう。
…あぁ、ユリウス。
お前も大変だろう、こちらも大変だ。
無事に、生きて帰ってくるんだぞ。
信じているからな…。
用語解説
禁域
世界に点々とある魔の領域。
海の底や空の果てにあると言われ、実際に到達できる禁域は2か所しか無い。
魔力が濃く、現れる魔物も生物という枠を超えた存在が多い。
空気は腐り、大地は枯れた死の領域であるとも。
魔剣 知略の小人 ウィズダム・タイタン
刃こぼれした分厚い片刃の剣。岩窟族の名工ディガードの作。
ひどい鈍らで野菜すら斬ることすら出来ないが、魔力によってどこまでも重くなる剣。
斬れぬを断ち、割れぬを砕く。故に折れず、刃は要らぬ。
ディガードの作品はどれも皮肉めいた名がつけられる。
これもそういった魔剣の1つである。




