第三十七話 「道を行く」
ラソディスの町を出てさらに2週間。
白い岩肌がむき出しの山を右手に見ながら、しばらく進んだ。
途中、行商人や旅人が立ち寄る小さな集落によることにした。
雑多な端切れや破れたテントなんかの下に敷物が乱雑に敷かれている。
物価がやけに高く、物々交換もまかり通るようないわばフリーマーケットの様な集まり。
特に誰かが取り仕切るわけでもなく、大きな決まりも無いそこは闇市でもあった。
法外な値段ではあったが、封印薬なんかの危険な薬品もある。
…む、あれは媚薬か。
値段は王貨2枚…。
特に使う予定などは無いが覚えておいて損はないだろう。
特に使う予定などは無いが。うん。
周りをキョロキョロと見回す俺の脇ではエレノアが情報収集をしていた。
今日は流石に素顔では無く、いつもの麻袋を被っている。
まぁ、こういう人混みだ。
「あ!王女様だ!!」などと騒ぎになるのは面倒だ。
今喋っているのはそれなりに歳のいった薬師の女性だ。
背中を丸めて座った老婆は、ローブをすっぽりかぶっていることもありまるで達磨のようなシルエットだ。
エレノアも老婆の前で座り込んで話している。
─彼女の座っている敷物が一番下にありますわ。長くここに居るのであればいろんな情報をお持ちではないかしら。
エレノアが言うにはそういう事だった。
案の定、その薬師はここらで一番の古株だったらしく。
薬師が知っていることはそのまま口にし、知らないことは隣や後ろに「どうだったかね。」と聞いて回るのだ。
周りの者も彼女に対しては気を許しているようで、ここ一か所でそれなりの情報が入った。
特に意識したのは首都周辺の噂話だ。
首都ベルティスに住む王女様の葬式が近く執り行われることだったり。
それを何やら率先して派手に執り行おうとしている大臣がいたり。
魔物の活性化を受けて衛兵たちが引っ張りだこで警備が少々甘いということ。
冒険者にも相場より数段高い額で依頼が舞い込んでいるということも聞いた。
「まぁ、今ベルティスに行ったところで検問で時間を食うだろうさ。おとなしく秋まで待つんだね。」
何の根拠もないうわさではあるが。
それでも火の無いところに煙は立たない。である。
特に最初の葬式の件については耳より情報だった。
やはり、エレノアを亡き者にしようとしている者がいる。
噂通りであれば、その大臣とやらが怪しいのだが…。
「悪いけど、あたしも名前までは知らないねぇ。」
年配の薬師の女はそう語る。
彼女に食料と水。
あと毛皮なんかを取引材料に聞き出していたのだが、これ以上は望めないらしい。
「ありがとうございます。お婆様。聞きたいことは大方聞けましたわ。どうぞお体を大事になさってください。」
「あんたもね。色々ありそうだけど、姉弟仲良く頑張るんだよ。」
立ち上がりながら別れを告げるエレノア。
老婆はなにやら勘違いをしているようだったが、エレノアは気にしてなさそうだったので良しとした。
「…恋人同士でしてよ?」
しかし彼女は老婆にヒソヒソと耳打ちした
「まぁ!」と老婆は嬉しそうに声を上げる。
おいこら。
妙なこと吹き込むんじゃありません。
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「怒ってます?」
「怒ってません。」
「ほんの冗談でしてよ?」
「それもそれで気に障ります。」
「怒ってますのね。」
「怒ってません。」
ナポレオンの背で揺られながら彼女はとても嬉しそうに揶揄う。
麻袋を外した彼女は前と同じように、ぬいぐるみ扱いで良い子良い子と俺を撫でるのだ。
「やはり恋人よりも妾と吹聴すべきでしたわね。」
「…。」
「怒ってますのね。」
プイとそっぽを向くことにした。
それでもエレノアは上機嫌だ。
エレノアが俺のことを気に入ってくれていることはわかる。
だが、それはあくまで護衛として。そしておもちゃとしてだ。
中身は別として、見た目年下の男の子を弄ぶのがそんなに楽しいかね。
俺だってもう少し対等に見られたいのに…。
─これで対等ね!!
シエナの言葉が思い返される。
あぁ、シエナはシエナでちゃんと俺を扱ってくれたんだなぁ…。
なんだかおじさん、涙が出てきたよ…。
そんな事を思っていると、ナポレオンが足を止めた。
少し湿気た風に水と土のにおいが混ざる。
「見えてきましたわね。」
小高い丘からその景色を見下ろした。
まず見えたのは大きな街。
街道に沿うように目をやればまばらにあった建物が徐々に密度を増して街になっていく。
白いとんがった屋根がいくつも見えるその街は首都ロッズの倍は大きい。
目を引くのは空を目指して伸びる2本の塔だ。
片方には黄金の女性の像が掲げられ、もう片方には剣を高くかざした男性の像が鎮座している。
「首都ソーディア。キングソード家が治める南東領域の中心地ですわ。」
「で、デカい。」
「もともとは精霊達との共存を旨とした街でしたのよ。人霊大戦以降はキングソード家の戦いの歴史を誇示する象徴ともなってしまいましたが…。」
「ということはあの像は大魔霊と初代キングソード家当主ですか?」
「そうなりますわね。私も行ったことは無いので詳しくはわかりませんわ。」
彼女の言葉を聞きながら焦点を街の奥に向ける。
レッド平原をさらに広く、そしてボコボコと波打たせたような広い台地がその先に広がっている。
まるで荒れ狂う大海原のように隆起しては陥没した土地。
緑に覆われている部分もあれば、断層になって土がむき出しの部分もある。
そうかと思えば、池と見紛う大きな水たまりに青空と白い雲が映る。
自然の色味が濃く出た広大な景色だ。
アジュール台地。
かつて水の大魔霊"ジアビス・サーフェ"が支配した古き大水源。
今でこそ水はそれほど目につきはしないが、魔力の質がその痕跡を物語る。
言葉にするならひんやりとした魔力が周りに満ちている。
それも、どこかで切れ目があるとかでは無くなみなみとだ。
まるで自身が水の中に居るような錯覚が芽生える。
息苦しささえ感じるようだった。
「すごい魔力濃度です…。」
「えぇ。このアジュール台地の地下深くには地下水脈があって、地下水脈には魔結晶が生成されるほどの純粋な魔力が残っているそうです。死して尚その力を示す。大魔霊というのはそういうものですわ。」
「…魔物も多そうですね。」
「そうですわね。ですが首都を繋ぐ街道は衛兵が守護していますわ。そこを通ってさえいればそうそう襲われることはありませんわ。」
「…無事に通れれば、ですがね。」
彼女が首を傾げたころに、それが聞こえ始めた。
ブォオオオと吹き鳴らされるラッパの様な音が風に乗って聞こえてくる。
そして首都ソーディアの脇にある森からこちらへ駆けてくる馬影が十数騎。
戦闘を行くごつい鎧と青いマントは遠目でもすぐに分かった。
《竜殺し》セドリックだ。
「先回りですの!?」
「いいえ!待ち伏せです!ナポレオン!!」
名を呼んで首筋をポンとたたけば鈍足の愛馬が走り始める。
街道を逸れて、とにかく広い方へナポレオンは足を進めていく。
「ソーディアに逃げ込みましょう!そうすれば─」
「他の衛兵につかまるだけです。このまま走って下さい!失礼しますよ!」
「え!?ちょっとユリウス!あッ…そこはぁ…ッ!」
悩ましい声を上げるエレノアの脇を少し乱暴にすり抜けて彼女の後ろに回る。
振り向けばセドリック達はまっすぐにこちらを追いかけてきている。
哨戒や見回りなどではなさそうだ。
「エレノア!財布は持ってますね!」
「も、持ってますけどどうしますの!?」
「少しでも軽くします!」
腰のナイフを抜き放ち、ナポレオンに括りつけた荷物を切り離す。
寝る時の毛布や食料、着替え。
替えが効くものはとにかくその場で切り捨てた。
ゴロゴロと荷物が草原を転がるが、少しして追っ手の馬たちがそれを蹴散らしながらこちらに向かう。
(足が違いすぎるか…!)
既に騎手たちが馬に喝を入れる声がここまで届く距離だ。
差が縮みすぎている。
元よりナポレオンは長距離を荷物を運びながらゆっくり移動する馬。
騎兵用に訓練された軍馬のほうが早いのは当然だ。
しかし、何故セドリック達はここで待ち伏せをしたんだ?
あれだけ早い馬を持っているなら道中でも襲撃できたはず…。
「─ッ!」
などと考え事をしていたらすぐ脇を矢が掠めた。
騎兵は二人一組だ。後方の騎手が矢を番えてこちらを狙っている。
「エレノア!弓兵が居ます!姿勢を低くしてジグザグに走って!」
指示を飛ばしながら魔力を練る。
せめて足止めが必要だ。
翡翠石の杖を掲げ、地面から砂の腕を持ち上げる。
しかし思うように土魔法が機能しない。
形を成す前に馬に踏み砕かれてしまう。
(なんて重い地面だ…!)
重い、いや違う。魔力の通り方がおかしい。
まるで何かに邪魔をされているかのような…。
…大魔霊の魔力か!!
魔法を土から水に切り替えて制御する。
すると今度は制御が急に過敏になった。
少しの魔力で地面から水が噴き出し、思うように地面を液状化できない。
多少の妨害こそできれども、足止めには至らない。
「ユリウス!どうなってますの!?」
「前に集中してください!!追いつかれたら終わりです!!」
既に先頭を走る騎兵が横に付けている。
早馬の先行隊だ。
「─拡散弾頭!」
兵士が剣を振り上げた瞬間に雷轟の射手を放つ。
動揺して狙いがそれた。
あたりこそしなかったが、騎兵の馬は足をもつれさせてそのまま地面を転がった。
しかし、雷轟の射手の炸裂音に驚いたのはナポレオンも同様であった。
大きく嘶いたナポレオンはエレノアの手綱を無視して巨大な活断層の坂を上り始める。
「ドウ!ドウドウ!!」
エレノアが必死でなだめて制御不能だけは回避できた。
俺も何とか振り落とされていない。
だがまずい。
このままでは行き止まりだ。
「空飛ぶ魔法は使えませんの!?」
「ここでは使えません!それに相手が早すぎる!!」
ここの魔力の性質なのか、星雲の憧憬の熱輪が安定しない。
まるでどこかで大規模な風魔術が行使されているかのように、巻き込まれて消えてしまう。
万事休すだ。手札がすべて使えない。
得意の魔法が全て潰された。
手招く砂塵の緊縛は地面が重く形を成さない。
雷轟の射手は炸裂音が邪魔してナポレオンが驚いてしまう。
星雲の憧憬では浮上すらも困難だ。
…まさか…。
振り向いた先にセドリックが居た。
こちら目掛けて馬を駆るその顔は、獲物を追い詰める狩人の悦顔だった。
「ハメられた…ッ!」
先ほど浮かんだ疑問の答えが分かった。
セドリックは早馬で追えなかったのではない。追わなかったのだ。
彼はこの土地の特性を熟知して、わざとここまで俺たちを逃がした。
全てはこのアジュール台地まで誘い込んで、手も足も出なくなった俺たちを仕留めるために。
「ユリウス!もう先がありませんわ!!」
その声で前方を見る。
あと数分も走れば崖っぷち、デッドエンドだ。
どうする。
落ち着け。
クソ!!
焦ってばかりで策が思いつかない。
いっそ馬を捨てて飛ぶか。
いや、弓兵が居る以上は逃げようがない。
そもそもこの強風のなかどうやって…。
「風!?」
気が付けば周りを風が吹き荒れ、足元に大きな影が落ちている。
「ユリウス!上を!!」
エレノアの声に俺は視線を上げる。
青い空からにじみ出る様にソレが姿を現した。
そこには大きな鳥が居た。
翼を広げた、巨大な影。
いや、鳥じゃない。
あれは、船か!?
「"秘されし影の賢翼号"!!我が家のとっておきですわ!!」
彼女が誇らしげに語るそれは翼の生えた船だ。
漁船ほどの大きさの木製の船体に龍の翼膜を張った翼状のマストが横に伸びていた。
その船底には魔法陣が2つ空中に浮かんでおり、それが風を大きく巻き上げて推進力にしている。
どこからか現れたその船はナポレオンと並走を始めた。
ひ、飛空艇まであんのかよ…。
思わず呆れながらその船を見ていると甲板の人影がこちらに声をかける。
「姫様!!!!探しましたぞ!!!!!」
ベンジャミンとはまた違った執事ルックの初老の男がエレノアに手を振っている。
めたくそに声がでかい。
「ホマレフ!!」
「知合いですか!?」
「育ての親ですわ!」
育ての親。
そういう彼女の顔には希望の笑みが浮かんでいた。
「信頼できる人ですか??」
「彼はユリウスの次に信頼できる人物でしてよ!」
その言い分だと信頼に足る人物のようだ。
葬式が行われるというさなかに彼女の生存を信じて探していたのであれば、信頼するほかない。
流れがこちらに向いた。
あとは崖からジャンプして船に飛び移ればこちらの勝ちだ。
(いける…!)
小さく拳を握った時だ。
ガクンとナポレオンが揺れた
苦し気に鳴き声をあげる彼女はみるみるスピードが落ちて行く。
「しまった!!」
ナポレオンの後ろ脚に矢が刺さっていた。
前に気を取られすぎた。
後ろの騎兵はすぐそこまで迫っている。
あとちょっとだってのに…!
「ナポレオン!もう少しの辛抱ですわ!!頑張ってくださいまし!!」
傷口から血が溢れている。
もう長くは走れない。
せめてあと一押しあれば…
「…。」
まぁ、無いわけでは無いか。
あと一押し。
目的、手段、手札だ。
セドリックから逃げきる、を目的にすれば何も打つ手はない。
しかし、目的がエレノアを逃がすであればまだ手はある。
「エレノア。」
「なんですの!?」
必死でナポレオンに喝をいれる彼女に呼びかけた。
「…ベルティス、一緒に行けなくごめん。」
「ユリウス!?」
彼女が振り向く前に、俺は馬の背から飛び降りた。
スッと彼女の背中が遠ざかっていく。
「ユリウス!!!!」
星雲の憧憬を最大出力で起動。
一瞬しか持たなかったが、それでも十分に着地の衝撃を緩和できた。
ゴロゴロと地面を転がりながら、魔力を練る。
「ナポレオン!!エレノアを頼みます!!!」
泥だらけになりながらバンと地面に思い切り手を突く。
直接触れることさえできればまだ制御は出来る。
周りの魔力をねじ伏せて石柱を生成し、ナポレオンを地面ごと打ち上げた。
綺麗な放物線を描きながら見事にナポレオンを船まで送った。
風と共に遠ざかる船からナポレオンのヒヒーンという嘶きが聞こえる。
よくやったとも、姫様は任せとけともとれる頼もしい声だ。
「いたたた…。無茶するもんじゃないなぁ…。」
転がってあちこち擦りむいてしまった。
帽子をかぶり直しながら立ち上がる。
手足は大丈夫。杖も折れていない。
ローブは汚れてしまったが破れていない。
うん、9割無傷だ。
─ユリウス!!
土を払って立ち上がるころにエレノアの声が聞こえた。
遠ざかっていく船から青色の髪のお姫様が身を乗り出してこちらを見下ろしている。
俺は空を舞う船に向かってピースサインを送る。
「行ってくださいエレノア!!ここは俺が引き受けます!!!」
一度言ってみたかったセリフを吐いて俺は満足だった。
遠ざかってくる船からわずかに声が聞こえる。
─許しませんから!死んだら許しませんから!
風鳴りを響かせながら秘されし影の賢翼号は空に溶ける様に消えた。
光学迷彩まで持ってるのか、あの船…。
ベルティスの科学力は大陸1だな…。
「あぁあぁ…先を越されちまったよ。」
ガッと勇ましい蹄の音が後ろで止まる。
そして軍馬から降りてくる鎧の大男。
《竜殺し》セドリック。
既に剣を抜き放ち、斧も手にしていた。
やる気満々だ。
「せっかくお姫様を首都まで連れて行って手柄にしようと思ってたってのに…。なぁ?ユリウス・ヴォイジャー。」
「調べは付いてる。ってことですか。」
杖を構えながら低く言い放つ。
連れて行く気だったのにー。というのは宿題今やるところだったのにー。という子供と同じだ。
どうせやりやしない。
「まぁあれだけ暇があったからな。調べようと思えばすぐわかったぜ。」
「なるほど、俺が人畜無害のアリアー人というのもわかったでしょう。見逃してくれますか?」
「おいおいおい。人の事吹っ飛ばしておいてどの口が言ってやがる。」
ぞろぞろと取り巻きが退路を断つ。
前は衛兵と竜殺し。後ろは断崖。
まだ後者の方が可能性があるか。
会話しながら逃げ道を探る。
「あれだけコケにしてくれたんだ。無事にお家へ帰れると思うなよ。」
「帰りますとも。家には家族が待ってるんです。あなたを倒してでも帰ります。」
そう言うと周りの衛兵たちからも笑いが漏れた。
まぁ、こんな子供が強がりを言っているように聞こえたんだろう。
実際強がりだし、仕方がない。
ポケットから用意しておいた特殊弾頭を取り出す。
残弾は4。
精製した数発は試しで使い、もう数発は荷物と一緒に先ほど捨ててしまった。
左手の指の間に挟み込んでいつでも使える様にする。
「まぁ面白い奴は嫌いじゃないが…。調子に乗りすぎだぜ。ユリウス。」
先ほどまでの(比較的に)穏やかな口調が一変する。
セドリックの殺気に背筋が泡立つ。
前に対峙した時の比ではない迫力。
前回は酔っ払いであったが今回は素面だ。
これが二つ名持ちの気迫か…!
…越えてみせる!!!!
すぐ様に低く腰を落とす。
セドリックはすでにこちらへ駆けだしていた。
踏み込みこそ遅い。
しかし、それは相手が人ならざる者を見据えた体重を乗せた一撃の序章だ。
横っ飛びに距離を取れば今いた地面に斧が叩き込まれている。
振りはじめが見えない。
地面を抉ったその一撃は食らえばまず即死だ。
「良い反応だ。そうじゃないと狩り応えが無いってもんだ。」
楽しむように彼はゆっくりと斧を地面から抜き肩に担ぐ。
俺は受け身を散りながら雷轟の射手を乱射した。
予想通り、通常の弾頭では彼の鎧に他たどり着く前にレジストされている。
岩の弾頭が砂塵へ帰ってしまうのだ。
それどころか剣で切り落とされるものもある。
つくづく化け物だ。
「どうした?男の子なら拳で掛かってこいよ!!」
セドリックが踏み込みと同時に剣を振る。
陽動だ。
本命は左手の大斧。
避けた先を狙った一撃が来る。
石柱を地面から召喚して剣の初動を止めて距離を取る。
剣をはじいた今ならば、防御は薄い。
(ここだ─ッ!)
魔力を込めて、左手から風の銃身に特殊弾頭を送る。
ガァン!!と炸裂音が響く。
最大火力の特殊弾頭雷轟の射手は完璧なタイミングでセドリックを捉えた。
派手な金属音と火花が飛び散り、セドリックが吹き飛ぶ。
「…やるな!」
ヒュンと風を切る音がしたと思ったら、俺の右足がガクリと揺れた。
鋭く冷たい感覚から、熱く燃えるような激痛が襲い掛かってきた
「─ぐ…ッ!!」
事態を飲み込むのに一瞬時間を要した。
右足。腿のあたりにナイフが深々と刺さっていた。
そしてセドリックはというと、やはり生きていた。
彼は雷轟の射手の一撃を斧で受けたのだ。
しかし無傷ではない。左手がグネりと変な方向に曲がっている。
それでも彼は吹き飛ばされながらカウンターでナイフを投げたのだ。
口の端から血が流れているのを見ると、一応当たってはいるのだろう。
斧も砕けているし、痛み分けか。
「衛兵長!!」
「俺の獲物だ!!!手を出したやつから殺す!!!!」
周りの衛兵に剣を向けながらセドリックが吠える。
こんな時でも1対1の精神なのは少し尊敬する。
「うぐぅ…ッ!!」
ローブの襟を噛みながら俺は足に刺さったナイフを引き抜く。
「─っあ!!!はぁッ…ッ!」
だくだくと血が流れる傷口に手を添え、回復魔法を使う。
この傷の深さではすぐには塞がらないが、それでも痛みは引く。
─立て!!
体に喝を入れる。
こんな傷ひとつで怯え切ってガタガタと震えた。
「おお!その足で逃げるか!?いいぞ!地の果てまで追いかけっこだ!!ははは!!」
セドリックも折れた左腕を抱えながら立ち上がる。
「お前は一生俺に怯えながら生きるんだ!!逃げ続けるみじめな一生を送らせてやるぞ!!」
「…フフッ…。」
彼の言葉に思わず笑いが漏れてしまった。
そうか。
逃げ続ける一生か。
それならば前世で経験済みだ。
…前世と同じことは、二度とごめんだ。
「じゃあ、ここで仲良く焼け死ぬとしようか!!!」
俺は杖を空へ掲げた。
たった1つだけ残った俺の最初の魔法が今、産声を上げる。
翡翠石の杖に埋め込まれた魔石が輝く。
赤く、紅く、朱い。
巨大な火の玉が、空へと膨らんでいく。
そしてそれは、グンと急激にしぼむ。いや、凝縮される。
炎の魔法の特性に圧縮した際の急激な温度上昇がある。
それを繰り返せば、アレに届くはずだ。
強烈な熱量を誇る炎球が鼓動するかのようにその灼熱を吐き散らしていく。
生い茂っていた草が燃え尽き、湿っていた台地が干上がる。
「お、おい、まさか…。」
衛兵たちはそれに勘づいて我先にと馬で逃げていく。
セドリックを乗せていた馬も行ってしまった。
「顕現せし炎龍の咆哮だと!?バカな!大魔術をこんなガキが!?」
剣を振り上げて魔法を阻止しようとセドリックは足を進めたが、それはそこで止まる。
干上がった地面から手招く砂塵の緊縛がセドリックを止めた。
「…魔法はこうやって使うんだよ…。」
複数種類の術の行使は魔道士の特権だ。
久しぶりに決め台詞が決まると気分がいい。
聞きかじっただけの大魔術を模した炎球は今か今かとその時を待つ。
─マダ足リナイナァ!
炎が語り掛けてくる。
そうだもっとだ。
もっと燃え上がれ!!
「覚えておくがいい!セドリック!!」
まだ膨張する炎魔法を青ざめた顔で見上げる彼に言い放つ。
俺は立ち向かえる。
傷ついたってへこんだって、前を向けるのだ。
生きる術を教えてくれた師匠が居る。
ともに剣を学んだ想い人が居る。
待ってくれている家族が居る。
前世の俺とはもう違う。
全てから逃げ続けた俺はもう居ない。
今ここに居るのは、ユリウス・エバーラウンズだ。
「俺はもう逃げない!!ユリウス・エバーラウンズは逃げないのだ!!!」
そして彼に杖を向ける。
「冥途の土産に食らってけ!!!!」
俺の制御を離れた炎球はゆっくりとセドリックに向かう。
─ああああああああああああ!!!!!!
彼の悲鳴をかき消すような灼熱の暴風と地響きが辺りを吹き飛ばす。
活断層の地面を抉り散らしながら、爆炎は轟音と共に空を駆けた。
「うおあああ!」
当然俺も吹き飛ぶ。
こんな至近距離に特大火球を叩き込んだのだ。
着弾後のことなど何も考えてなかった。
大量の土砂を被りながら、ガァンと何か固い物に当たりつつ、俺は地面を転がった。
---
…。
「…ぷあぁ!!!」
ボコンと地面を土魔法で掘り進んだ。
高く積もった土砂に真ん丸の穴が開き、空がこんにちはしている。
焦げ臭いにおいが充満し、辺りは熱っぽい。
だが、俺はちゃんと生きていた。
魔力枯渇寸前で、体はひどく疲れていたがそれでも生きていた。
「…死ぬかと思った…。」
シエナからもらったローブも三角帽子も土色になってしまった。
早く洗濯したい…。
それもこれも全て…。
「お前のせいだ!!!」
彼を叩けばガァンと金属音がする。
煤けた鎧にチリチリになった黒い長髪。
俺に覆いかぶさるようにして気を失っているのはセドリックだった。
まだ呼吸はしているから死んではいないだろう。
クソッ!と悪態をついて彼を体の上から退かす。
とにかく重いのだコイツは。
あれだけ気合を入れた火球はセドリックの後方に落ちていた。
無意識で、というか性格上自然と狙いを逸らしてしまっていた。
直撃させれば跡形もなく消し飛ばせていたかもしれないが…。
覚悟はしていても命を奪うことはできなかった。
そういう面でもヘタレだ。
大目に見てほしい。
「…と、杖杖…。」
杖が無い。
杖が無い!?
どこだ?どこだ翡翠石の杖!
そうやってキョロキョロと探した先で、杖は俺の尻の下にあった。
…綺麗に2つに折れていた。
その上、木でできた部分が一部炭化してしまっている。
「ああぁぁぁ…。」
ネィダに貰った杖…。
それなりに長い旅の相棒だったのだ。
ポロポロと涙が落ちてしまう。
「師匠ぅぅぅ…。」
バーカバーカとどこかで聞こえた気がした。
すみませんでした。
バカは俺です…。
しかし、落ち込んではいられない。
杖はまた修理が出来る。
魔石さえ無事であれば、木材自体はそこまで高くない。
切り替えていこう。
そう思って涙を拭って立ち上がった時だ。
「うぎぁ!!??」
ズキンと痛んだ右足に悲鳴を上げる。
そうだった。
ザックリと刺し傷があるんだった。
「くそ!!くそ!!馬鹿野郎!!!」
セドリックを数回叩いた後に呻きながら水魔法で傷を洗い流した。
さらに燃え残った彼のマントを引き裂き止血する。
その上から回復魔法をかけた。
それでもズキズキと傷は痛む。
セドリックについてはこのまま息の根を止めるかとも考えたが、俺の手は真逆の事をしていた。
折れた杖を添え木にして彼の骨折した左手を固定したのだ。
「…何やってるんだろうなぁ俺…。」
残った翡翠石をポケットにしまいながら呟く。
情けをかけたところで、何かあるわけも無しだ。
しかし捨て置けない甘い自分もいる。
情けは人の為ならずともいうじゃないか。
それにその甘い自分は悪い奴ではないので、今回は見逃すことにした。
その代わりに彼の腰に下げていた剣を貰う。
どっちにしても歩くのに支えが居る。
そこは許してもらうとするさ。
「…さて…。」
俺は穴から抜け出した。
焦げ臭いにおいと煙が燻る台地には大穴が空いていた。
端から端まで結構距離がある。
下の方は地下水脈なのか、水が流れているのが見えた。
我ながら無茶をした。
歩き出し、俺はアジュール台地を行くことにした。
地平線の向こうまでどこまでも続く道だが、首都ソーディアには衛兵が待ち受けている可能性もある。
街には入らず、別の集落を目指すこととする。
荷物無し。
杖無し。
仲間無し。
馬無し。
また振り出しに戻ってしまったが、最悪の状況では無い。
生きて、歩いて、進める。
まだ前を向いていられるならその先が見えてくる。
エレノアも途中とはいえ送り届けた。
彼女ならきっと大丈夫だろう。
あのホマレフとかいう執事もぱっと見悪い人には見えなかった。
執事に悪い奴はいないし、無事に首都ベルティスまでつけるだろう。
そうであればベルガー大陸にもう用事はない。
目指すはアリアー大陸。イングリットの村。エバーラウンズ家。
足取り軽やかには程遠い速さで、剣を杖替わりに俺はベルガーの大地を進んだ。
…あ。エレノアから護衛の報酬をもらうの忘れた。




