第三十六話 「事の成り行き」
ラソディスでの乱闘騒ぎから一夜。
町の中はいまだに衛兵たちが騒いでいた。
麻袋を被った女と背の低い魔術師はどこだ!!
血眼になって探しているようだが、残念ながら俺たちはその町にもう居ない。
今いるのは首都ソーディアに向かう一本道。
青い空に白っぽい岩の山脈と雲のさわやかなコントラストを、まだ熱を持った日差しが照らす。
畑では麦が青々と茂り、風にサワサワと揺れていた。
そんな中をカポカポと蹄の音が響いていた。
「ですから、頭に来るのはわかるんですが考え無しに突っかかるのは止めてください。今後もあんな手合いのに出会うたびに乱痴気騒ぎしてたら体がもちません。」
「もう、わかっていますわ。今後はもっと上手にやりますわよ。私とて学習しましたもの。」
昨日のお説教の続きをしながら、俺とエラは馬の背で揺れていた。
ずんぐりむっくりしたなんとも鈍そうな馬だ。
現に楽ではあるが歩くのとさほど変わらない速さで進んでいる。
この馬はルカとモーリスが用意していた馬だ。
何かお礼したいと彼らが申し出てくれたので足に困っていると話したところ朝一で連れてきてくれたのだ。
その見た目からナポレオンと名付けた。
─荷物を沢山詰めるし、人懐っこく勇敢だ。雷なんかも平気だ。私が保証する。
ルカは太鼓判を押してくれたが、その見た目とは正反対な評価に半信半疑だった。
─あと足も短いからお前も簡単に乗れるぞ。
余計なお世話です。
まぁ、馬に乗るのは初めてだったし。
相当手間取った。
それを助けてくれたのがエラだった。
彼女はひょいと鞍にまたがると上から引っ張ってくれたのだ。
今も俺を前に乗せて後ろから手を回して手綱を握っている。
彼女は乗馬も出来るのだ。
本当に何でもできる。
「あの2人。無事にアリアーに着けると良いですわね。」
「そうですね。幸せになってほしいものです。」
俺は彼らに手紙を託した。
やっと大きなギルドがあると思ったらろくに滞在できずに出発と相成ってしまった。
手紙を出すのを諦めようかとしていたが、彼らのおかげで何とかなりそうだ。
ルカとモーリスの2人はアリアーに向かう最中だったそうだ。
大陸を渡った先で式を挙げて、夫婦になるのだという。
首都ロッズには魔族の神父も居ると伝えておいた。
ルカは必ずそこで神に誓いを立てると意気込んでいた。
「…しかし、本当にのどかですわねぇ。」
視界の邪魔になるからと、彼女が三角帽子をかぶっているのだが。
それが良い日陰になって本当に過ごしやすい。
思わず眠気に誘われるが、時折背中に当たる彼女の胸の感覚がそれを阻む。
「…フフ。」
何やら意地悪っぽく彼女は笑うと俺をグイと引き寄せた。
小さい子を膝の上に乗せる様に体をピトリとつけてくる。
「…あの、エラさん?」
「なんですか?ユリウスさん。」
「…その、少々熱いのですが。」
「ですが揺れますもの。しっかりと捕まえておかないと落ちてしまいますわ。」
ムギュと抱きしめてそのうえ頬ずりまでして来る。
ぬいぐるみじゃないんですがね。
まぁ、居心地は良いので拒絶はしませんが…。
ただ、ただ。温かい穏やかな時間と景色がゆっくりと過ぎていく。
この数か月バタバタとしていた分、余計にそれが好ましく思えた。
…いや、いまもバタバタの最中ではあるが。
のんびり歩いてはいるものの、衛兵に追われているのは事実。
早馬で追っ手が現れないのが不思議なくらいだ。
「…お昼寝してもよろしくてよ?」
「子ども扱いしないでくださいよ…。」
「ウフフ、失礼。」
俺の頭をなでながら彼女は笑う。
「…あなたは、私を見捨てませんのね。」
頭を撫で終わると、今度は頬を俺の頭に置きながらポツリと言う。
「こんな得体のしれない女に、あなたは良くしてくれる。不思議ですわ。」
「今更それを言いますか?」
「えぇ。…でも、時々あなたが怖い。」
スリと頬で髪が擦れる音が頭上で鳴る。
「私。毎夜怯えてましたのよ?いつあなたが裏切るか、不安でしたもの。でもあなたは一度も私を害さなかった。それどころか、一度も私の正体を問い詰めなかった。実はもう正体を知っていて、陥れるためにわざと聞かないのではないのかと思うほどに、私はあなたが怖い。」
まぁ、彼女の正体については何となく察しがついている。
しかしそれほど重要なことではない。
「怖かったら、俺の背中を剣で刺せばいいですよ。今なら容易く殺せます。」
振り向かずに、俺は彼女に言った。
「…私があなたに剣を向けないと、そう思ってますのね?」
「えぇ。少なくとも今は。」
「やはりわかりませんわ。どうして私に背中を向けていられるのです?あなたに名前すら明かしてませんのに。」
ギュッと、手綱を持つ彼女の手が強く握られた。
どうして、どうしてか…。
俺なりに理由を探す。
最初こそ、厄介ごとに巻き込まれたと思った。
今でも早く家に帰りたいと思う。
だが、それでも彼女に協力してしまう自分がいる。
理由は単純だった。
「…エラが最初に"全幅の信頼を寄せる"と言いましたよね。」
俺は彼女に背中を寄せる。
椅子にもたれるように、彼女に体重を預けた。
「ならその信頼に応えようと思ったまでの事。俺の祖父も父も誰かを守る仕事に就いていて、それを誇りにしています。それに倣っただけです。そこに損得も何もない。」
信頼という言葉。
俺が前世で勝ち取ることの出来なかったものの一つだ。
誰からも信頼されず、誰も信頼せず。
ただただ、仕事漬けの日々で命を金に換える人生。
だったからこそ、彼女の俺に放った信頼しているという言葉だけで俺は動いているのだ。
自分でもなんてチョロいのだろうとは思うが、許してほしい。
俺はそういう言葉に弱い男なのだ。
「エラが俺を信じた。なら俺もエラを信じる。こんな理由では不満ですか?」
クイと顔を振り向かせる。
相変わらず表情が読めない麻袋がそこにある。
しかし、エラは首を横に振った。
「…すっかり絆されてしまいましたわ。私あなたのそういうところが好きなのでしてよ。」
そしてギュッと、本当に強く抱きしめてくれる。
背中に彼女の胸の感覚がありありと伝わり、心音まで伝わってくる。
「く、苦しいですよ。」
照れ隠しでそう言っても、彼女は止めなかった。
「ありがとう、ありがとうユリウス。あなたがあなたで良かったわ。」
彼女に抱きしめられながら、流れていく街道の景色をしばらく眺めた。
本当に穏やかで、暖かな時間。
「…やはり私あなたの奴隷と名乗ることにしますわ。」
「それは駄目です。」
突然の事だったが、即答で断った。
「何故ですの!?私あなたにかなり入れ込んでますのよ!?」
「それとこれとは話が違います。」
「だったら、あなたが私の妾になりなさいな。いつでも迎えましてよ?」
「そういう話は俺が大人になってからにしてください!」
---
その日の晩。
川の近くで野宿をすることにした。
崖の裂けめから水が漏れだして小さな滝となっている小川。
水は澄み切っており、旅人が作ったのであろうテントや椅子など野営の後が残っていた。
俺は同じく残されていた釜土で料理を作っていた。
残念ながらラソディアでゆっくり買い物できなかったので今日は手持ちの物で適当に作る。
こういう旅では鍋料理が有効であった。
どんな食材でも柔らかく煮込めばとりあえずは腹に収まるし、しっかりと火を通すため腹も下さない。
今日は干し肉と香野菜の煮物。
ついでに乾パンも放り込んである。
乾パンは焼いても良いが、煮る方が美味い。
スープを吸ってもっちりと食い応えのある食材へ大変身するのだ。
腹も膨れてスープも余さず食べられる。
旅のお供に乾パンだ。
夕飯の準備をしている脇では、ナポレオンが川の水で渇きを癒している。
「よくここまで運んでくれましたわ。」
ナポレオンをブラッシングしながらエラが労う。
しかし、本当に頭の良い馬だ。
魔物の気配を感じれば先だって一鳴きして足を止め、戦闘中はその場から動かずに草をはむ。
その上自分が「ナポレオン」と呼ばれていることもわかっているらしい。
呼んだらこちらに来るのだ。
今だって特に手綱を結んだりしていないが、どこかに逃げ出す気配もない。
見た目よりもはるかに優秀な馬である。
本当に彼の辞書に不可能は無いのかもしれない。
…彼女か。ナポレオンはメスだった。
「エラ、もうすぐできますよ。」
さて、ここから若干奇妙な食事が始まる。
というのも、こういう場での食事は背中を向け合ってるのだ。
彼女の貴重なすっぴんタイムである。
もちろん覗いたりしない。
そこは鉄の掟だ。
「「いただきます。」」
最近はこの一言でお祈りが済むようになった。
というのも、もともと豊穣の女神へのお祈り文化はアリアーの特有の物であった。
ベルガーの人々は食事前に祈りの言葉を口にしない。
ただ、自分たちの糧となる物に感謝するために黙祷を捧ぐのだ。
それは狩られた獣に対してであったり、野菜を育てた農家にであったり。
そういうとこは日本に似ていた。
俺としてはなんら不自然ではないのだが、気が付いたらエラまでそうするようになっていた。
尚、エラはフォークで食べるが、俺は箸だ。
やはりこれじゃないとどうにも食べた気にならない。
土魔法でホイホイ作れるので不自由はない。
当然鍋も食器も都度作っている。
使い捨て出来て荷物も嵩張らない。
つくづく魔法は便利だ。
そう言えばディティス列島帯にも箸に似た食器があるらしい。
いろいろ片付いたら行ってみたいものだ。
「お味はいかがです?」
「えぇ、いつもの通り美味しくいただいていますわ。」
それは良かった。
いかんせん旅の最中の食事は質素になりやすい。
食材がギリギリになると、わざわざ魔物を探してから食料調達しなければならないときもある。
俺が狩って、エラが捌く。
俺が作って、エラが食べる。
持ちつ持たれつだ。
「…ユリウス。」
背後から彼女が俺の名を呼ぶ。
何やら深刻そうな声色だ。
「どうしました?火の通りが甘かったです?」
「いえ、そういう事ではなく。その…えっと…。」
なにやら歯切れが悪い。
どうしたのだろうか。
と、背後から足音が俺の前に回り込む。
すとんと座った彼女に俺は目を見開いた。
焚火に照らされるのは、夜の海のように暗く深い蒼の髪。
そして、少し眼尻の下がった優し気な目に光を返す髪と同じ色の瞳。
整った顔は愁いとも慈しみとも取れた表情が浮かんでいる。
そして口の右下に一点だけある艶ほくろが、彼女の美しさに拍車をかけた。
言葉を失うほどの美女がそこに突然現れた。
麗人というのだろうか。
女神にも似た、万人を魅了してやまないであろう美貌がそこにある。
「…初めまして、ユリウス・ヴォイジャー。」
彼女は俺の名前を知っていた。
つい先ほどまで聞いていたはずの良く知った声と共に、スッとこちらに向けられた視線。
余りにも神々しくて目を逸らしてしまう。
誰だ?
いや、わかってるじゃないか。
背後に居たはずのエラが居ない。
代わりに麻袋が彼女の手にある。
彼女がエラなのだ。
やはり美の女神は地上に居た。
「…エラ…ですよね?」
念のため確認を取ってみる。
彼女は恥ずかし気にこくりと頷いた。
やはり彼女はエラだ。
しかし、凄まじく美人だ。
この顔あってのあの体というべきか。
焚火の灯りで出来た影が彼女の整った目鼻を際立たせる。
この美貌であればアリアーで攫われるのも致し方ない。
もし仮に俺が山賊で今晩の獲物を探しているときに彼女を見つけたら即お持ち帰りだ。
「改めて名乗らせていただきます。私の名はエレノア・アドニス・ベルティアナ。ベルガー王国家直系。第七王女ですわ。」
その言葉を聞いて固まった。
王家?
王家って、あの王家だよね?
国の王様。
そんで王女ってことはその娘…。
「あ、あの。驚きませんの?」
「いえ、驚いてはいるんですが…。」
予想外ではあった。
まぁ貴族かなぁくらいは思っていたが。
まさか本物のお姫様だったとは思わなかったのだ。
しかし、王族がいかほどの物かというのは知らない。
騎士礼節こそ身に着けたものの、それを王族の前で披露したことは無い。
ましてやアリアーではなくベルガーの王族。
接点など皆無だ。
「俺は平民の出ですので、あまり王族がどうとかというのは疎くて…。」
「そ、そうですわよね。」
何やら気まずい。
「…やはり、ここは俺が平伏してみせましょうか。」
「それは許しませんわ。あなたは私を死の淵から救った恩人でしてよ?」
そう言って彼女はため息を吐いた。
「せっかく素顔をさらしたのに。少々反応が薄いのは困りものですが…。ですが。あなたはそうなのですね。立場も身分も越えて自らの思う善行を行使できる。気高さとはそういうものでしたわね。」
何やら勝手に納得し始めたが、まぁそう言われるのも悪くはない。
「色々考えて私も観念しましたの。あなたを巻き込んでおきながら何も告げないでいるのはあなたを裏切り続けることと何一つ変わらない。だから、聞いて下さる?エレノアという女に何があったのか。」
「…聞いたら"秘密を知られた以上は命は無いぞ"ってなりませんか?」
「ウフフ。それも素敵ですわね。」
冗談めかして笑う彼女。
鈴を転がすような声の後に、彼女は語り始めた。
彼女は首都ベルティスに住む王家の7番目の娘。
母親譲りのその美貌で蝶よ花よと愛でられて育った。
行き届いた教育、何ひとつ不自由のない暮らし。
王族としての在り方を学ぶ日々をエレノアは過ごしていた。
そんな彼女には首都の裏路地に住む秘密の友人が居た
きっかけは風で飛んだエレノアの帽子が木に引っかかってしまい。
それをその少年が木によじ登って取ったことだったと言う。
少年の名前はロイン。隻腕の魔族の少年だった。
「幼いながらに疑問に思ったものです。何故見てくれも背格好も同じ彼が、腕が片方しか無く、土にまみれたパンを食べているのか。…私の先祖が敷いた支配体制が私の友人たちを苦しめていたのです。」
彼ら裏路地の魔族はそれでも、質素な暮らしを何もないなりに謳歌し神に祈りを捧げて暮らしていた。
エレノアは少しでもそれを助けようとこっそりと協力し始めた。
ある日はパンを、ある日はきれいな水を。
本当に少しずつ。彼らに分け与えた。
いつしか裏路地の魔族たちの間で彼女を次期の王にと望む声がちらほらと上がり始めたのだという。
美しく、心優しい王女エレノア。
彼女の噂は魔族の間でひっそりと広がっていった。
ある日ロインは幼いエレノアに言った。
「エレノアが王様だったら。僕たちももっと堂々と神様にお祈りできるのにね。」
路地の片隅から見ることの出来る大聖堂に頂上には水の女神ベルティアの女神像があり、彼らはひっそりと目の当たらぬ場所で祈りを捧げていたのだという。
「…ですが、彼らはある日忽然と姿を消しました。衛兵たちが事あるごとにもう大丈夫ですよと声をかけてきたのが不思議でしたが。その理由がわかるようになったのはもっと後の事でしたわ。」
彼らは、駆除されたのだ。
人としての尊厳も何もなしに、ただただその場にいることを良しとされず。
それから時が流れ、彼女が15歳の時。
キングソード家の女当主アイアナとドラゴンロッド家からの来客との会合現場に遭遇したのだという。
「その人の名はリュミドラ。紅い髪の素敵なお方でしたわ。」
つまりはシエナの母だ。
リュミドラは当初、貿易についての商談相手としてエレノアを見ていたようだ。
しかし話すうちにエレノアはアリアーという多種族国家の内情に強く惹かれたらしい。
「私には夢の国でしたわ。人族、耳長族、獣人族、魔族。全ての種族が隔たり無く暮らしていける国がお隣にあるなんてどうして気が付かなかったのでしょうね?」
自嘲気味な笑顔で彼女は言う。
「だから、直接見たくて。どうしてもアリアーに訪れてみたくて。私は数人の従者を引き連れて旅に出ることにしましたの。旅の日々は素晴らしいの一言でしたわ。知ってまして?アリアーの東側には氷の華がさきますのよ!」
彼女の旅の知識はそこで仕入れたのだという。
約1年と半分を費やした旅で彼女は彼女の眼に映った美しい国を語る。
春になっても解けない氷の華。
色の無い森とそこに蔓延る亡者の群れ。
平原に沈む夕日。
そして、魔族と人族の間の子。
「…美しかった。私の理想がそこにあるようでした。幼い頃にあれば良いなと思ったそれにリュミドラという女性が再び火をともしてくれたのです。…ですが。」
「攫われた、と。」
「…はい。私の従者2名と腕の立つ親衛隊3名。全滅でした。」
彼女が襲撃されたのはディーヌ孤児院と首都ロッズのちょうど中間あたりだったそうだ。
闇夜の紛れた襲撃、想定されていたことであったが彼らはそれに対応しきれなかったのだという。
「恐ろしく強い刺客でしたわ。黒衣のローブ、白い仮面をつけた人物。親衛隊は手も足も出ず、私は拘束されて手下の荒くれ者に引き渡されることとなりました。」
「その馬車に俺が乗り合わせてしまったと…。」
「えぇ、唯一の幸運でしたわね。私の運命を決めた偶然でしたわ。」
「…でも何故狙われたんです?何か悪いことをしたんですか?」
「心当たりは山ほどありますわ。少しでも王位継承の地位を上げるためによからぬことをする輩は少なくない。それに─」
彼女は自らの髪の毛をつまんで見つめた。
海の様な青色の、肩まである癖のない髪がシュルリと落ちて行く。
「─女神ベルティアは青色の髪を持つと言われ、王位継承にもその髪色は影響を与えますわ。私は第7王女でありながら、第2王子と同等の王位継承権があるのです。」
「それはまた…。」
「私にとっては呪いのようなものですわ。それでも利用する価値のある呪いですけども。」
首を一振りして、彼女は髪形を直す。
そして強い意思のある瞳でこちらを見る。
蒼い彼女の瞳にギラリとした野心が秘められている。
「私は王になりますの。そしてロインの願いを叶えたい。今の歴史に縛られたベルガーの体制を正したいのです。そのためにはまず、なんとしても首都ベルティスに生きて帰る必要があります。」
「でも衛兵には頼れない。襲撃を企てた犯人がいるかもしれないから。周りを信頼せずただ俺だけを傍に置いたのは自衛のため、で合ってますか?」
「そうですわ、やはりあなたは聡いのですね。」
「よくある話ですよ。王族が命を狙われる展開は。」
「…展開?」
「あぁいえ、何でもないです。忘れてください。」
いかんいかん、前世で流し見していた大河ドラマの展開そっくりだったので思わず口走ってしまった。
まぁそのドラマの王族はボロい服こそ着れど麻袋を被ったりなどしていなかったが。
よいしょと胡坐をかいて考え事をする。
エラ、もといエレノアの出自についてはわかった。
しかしそれはそれで問題が発生する。
今後も襲撃の可能性があるということだ。
対人戦闘の難しさは先日のセドリックの件で発覚した。
攻撃が効かないわけでは無いが、想定していた効果が望めていない。
おそらくは彼は無意識化でもレジストを行えるのだ。
雷轟の射手も突き詰めれば所詮は初級土魔術の石飛礫と変わらない。
そう仮定すれば、あの威力減衰も納得できた。
二つ名もちは伊達では無いということか。
「…やはり、王族と関わるのは身に余りますか…?」
「いいえ、襲撃の対策を練っています。現段階で想定される最高戦力は《竜殺し》セドリックです。彼への対抗策を用意しないと逃げるのも難しい。」
そう言うと彼女はキョトンとした顔で俺を見ていた。
「何か変なこと言ってます?」
「いえ、ただ随分前向きなのね。と。あの話を聞いて逃げ出すんじゃないかと思ってましたのに。」
「乗りかかった船です。俺だけ逃げることはしませんよ。ちゃんと首都ベルティスまで送り届けます。」
「…フフ、それを聞いて安心しましたわ。もっと早く麻袋を外しておけばよかった。」
「本当ですよ。」
何やらおかしくて、2人して笑った。
特に何かしたわけでもないが、彼女の肩の荷が下りたのであれば幸いだ。
麻袋を取り払った彼女の表情は穏やかだった。
「ふぁ…。」
夕飯の片づけも終わった頃に彼女はあくびをし始めた。
「眠かったら寝てもいいんですよ。」
「いいえ、もう少しあなたを眺めていますわ。」
毛布に身をくるみながらも彼女が体を横にして焚火近くの俺を見ていた。
俺はと言うとセドリック対策の第一弾を実証している最中だった。
やはり、既存の雷轟の射手の弾頭ではレジストしようと思えば簡単に脆く出来る。
出来上がった弾頭は外からの魔力に対しては無力だった。
硬度と生成速度を優先した結果、レジスト耐性が低下していたらしい。
(となれば…。)
手の上で土魔法を練る。
一度大きくした岩をグッと圧縮し。
それを薄く広げたあとにクルクル巻いてもう一度成型する。
「何を作ってますの?」
「レジスト耐性を持たせた特殊弾頭です。」
何度か繰り返すうちに、それが出来上がった。
想定通り、これ以上の魔力による加工は困難だ。
すくなくとも俺の腕ではできない。
黒く艶のある弾頭はいつかコガクゥの村でみたエロ魔女アンジーの精製鉱石に似ていた。
…あれをひょいと作り出せるんだから、アンジーも凄腕の魔女だよなぁ。
教えてもらっておけばよかった。
出来上がった弾頭をエレノアに渡してみた。
「これが飛んできたとして、レジスト出来ますか?」
「…ちょっと待って下さる?」
彼女はそれを持ち上げて魔力を込め始めた。
…しかし。
「か、固すぎますわ!とてもこんなものをレジストなど出来ません!」
「なるほど。」
弾頭はビクともしなかった。
その後もムムムと力んだエレノアは魔力を送るが、やはり変化がない。
一先ずはレジスト耐性を持たせた強化弾頭は出来た。
これがセドリックに通用するかはわからないが、用意しないよりは数倍良い。
しかし戦闘中にはとても生成できない。
時間を見つけてストックしていくしかないか。
「…これをセドリックに打ち込みますの?」
「そのための用意です。俺は魔術が使えません。代りの手札は何枚か握っておかないと。」
ひょいと彼女から弾頭を回収する。
うん、やはり変化がない。
これだけのものを1つ作るのに15分といったところか。
連続で作り続けるのはなかなか厳しい。
「…手加減無しですのね。」
「殺す気で行かないと殺されるのは俺たちです。手加減できるほど俺は強くないので。」
黒衣の野犬に襲われたときのことを思い出す。
今もあの時のことを考えると、左胸の傷跡が痛んだ。
キース衛兵長が助けてくれなければ間違いなく死んでいた。
俺は強くない。
誰かを庇って、片手間でセドリックの様な猛者と戦えるようなことは出来ない。
「…仕留めるなら、一発です。確実に息の根を止めなければ、勝機はありません。」
「大人ですのね、ユリウスは。」
私にはとても…。
彼女は小さくそう言った。
「そうならないのが一番ですがね。それに俺の得意分野は本来別の所にあります。」
そう。
うおおお!ぶっ殺してやるぜええ!!
と、思っているわけでは無い。
可能であれば話し合いで解決したいし。
もっと言えば皆で料理を囲って大団円が一番良い。
これはあくまでも最終的な自衛の手段だ。
使わないに越したことは無い。
「それはどのような?」
彼女が興味ありげに聞いてくる。
「秘密です。秘密が多い方が、魅力的に見えるものですよ?」
「…何も言い返せませんわね。」
ちょっとした意地悪にエレノアは苦笑で返した。
「まぁ、僕の最期の切り札は結局こっちになりそうですが。」
ボッと小さな炎が手に浮かぶ。
俺にとっての最初の魔法。
雷轟の射手も星雲の憧憬もこれが根本にある。
「いざとなったら、周りを火事にしてでも逃がしますから安心してください。」
「えぇ。頼りにしていますわ。」
薪をくべて、俺はもう少し弾頭を生成することにした。
エレノアは気が付いたら寝息を立てている。
始めてみる彼女の寝顔は、あどけなさの残る少女だ。
命を狙われている王族の少女エレノア。
それを助ける小さな騎士ユリウス。
…あれ、これってもはや英雄譚なのでは?
そんな事を思いながら、特殊弾頭を3発作ったところで毛布に包まった。
(…必ず送り届けますからね。エレノア。)
首都ベルティスまではまだまだ遠い。
いっそ星雲の憧憬を応用して船か何かを空に浮かべた方が早いだろうか…。
…まぁ。現実的では無いか。
川のせせらぎをBGMに、俺はスッと目を閉じた。
人物紹介
エレノア・アドニス・ベルティアナ 人族 17歳
エラの正体。ベルガー王国王家第7王妃。正真正銘のお姫様。
幼い頃に持った魔族への確執へ疑問を正すことを目的とする。
王妃でありながら魔族との交流を持つことは異端とされているが、彼女は気にも留めていない。
現在は旅先で死亡したこととなっているが、臣下たちは捜索を続けている。
旅の仲間、ユリウス・ヴォイジャーを心から信頼しておりいずれは要人として国に迎えようとひそかに企んでいる。




