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第三十五話 「名のある者」

 旅は順調とは少々言えないが、何とか続いていた。


 ギルドの運搬依頼をこなしながら村と村の間を辿っていく日々。

 この大陸は広大だ。

 村同士の距離が遠く、魔物も多く、険しい土地も多々あった。

 何より、前世で言うところの赤道付近を通るのだ。

 暑い。

 そしてじめじめする。

 虫は多いし食べ物はすぐ腐る。


 雨季で川が増水して迂回を余儀なくされたりもした。

 ちょっとした擦り傷から細菌が入って高熱にうなされたりもした。


 ジャングルのような土地で迷子になったり、湿地帯で馬車が立ち往生して泥だらけになって進むこともしばしば…。


 しかし幸いにも、俺もエラも五体満足で首都ソーディアまでの道を進むことが出来た。

 北上を続けて、やっと街道らしい街道に出たころには夏が終わろうとしていた。


 そんな残暑の強い日差しが降り注ぐ青い空の下。

 山間部の街道脇で魔物を倒す。

 この大陸ではおなじみの河猪(ボア)

 北に場所を移したからか、今倒したのは灰斑河猪(オーキッドボア)という種類のものになっていた。


 突撃河猪(チャージボア)とは体格も毛皮の模様も異なる。

 体が小さい代わりに牙が大きく、毛皮も名前の通り灰色の毛に斑模様がある。

 色が違うというのはそうだが、特筆すべきは簡単な魔術を使ってくることだ。


 初級風魔術突風(ブラスト)

 相手を吹き飛ばすだけの魔術だが、これが侮れない。

 成人男性などであればグンと踏みとどまれる程度だが、女子供ではそうもいかない。

 まさに女子供な俺たちにとっては脅威だ。

 なにせ風魔術のあとに鋭い牙を構えた突進が来るのだ。

 吹っ飛ばされた後に食らえばひとたまりもない。


 擦り傷切り傷くらいなら治せるが、骨折などともなれば俺の自己流回復魔法では治せないのだ。

 単純に刺さりどころが悪ければ即死の可能性だってある。


 まぁ、俺に関しては風魔法で魔術をレジストした後に雷轟の射手(トリガー)で一発だ。

 突撃河猪(チャージボア)よりも遅い分倒すのが楽というとこまである。


 そして。


「はぁ!!!」


 気合の一声とともに魔物の断末魔が耳に届く。

 細身の刀身を持つレイピアが魔物の眼に深々と突き立てられてた。

 脳髄まで達したそれは灰斑河猪(オーキッドボア)の命を終わらせる。


 彼女、エラもまた魔物を倒せるようになっていた。

 彼女たっての希望で、護身用もかねて剣術の指導をすることになった。


 テオが使っていた王宮剣術を見様見真似で彼女にも教えたところ、すんなりと習得した。

 理屈やら理論を組み立てて話すよりも、実際に見せた方が早い。

 シュパッとドーン!的な説明を加えた方が良く伝わるのは全国共通のようだ。

 この世界は感覚派が大多数をしめるらしい。


 とはいえ所詮は俺の猿真似剣術だし、彼女もただの女性であることに変わりはない。

 確実に一対一で、なおかつ俺がいつでもフォローに入れる状態での戦闘に限定した。


「やりましたわ!!これで3頭目でしてよ!!」


 こちらに手を振りながらエラは嬉しそうにしている。

 …まぁ表情はわからない。

 素顔を隠しているところは徹底している。

 未だに彼女の顔を見たことは無かった。

 しいて言うなら髪の色が分かったくらいか。

 麻袋の端から伸びてしまい、袋の中でまとめきれなくなった髪の毛が覗いている。

 癖ひとつなくサラサラのそれは深海のような濃い青色をしていた。

 旅の連続である以上、そこまでお手入れ出来ないはずなのに艶々である。


 そんな彼女はやはり手慣れた手つきで魔物を素材へとバラしていく。

 これからさらに北上する。

 山間も通ることになるので、可能なら毛皮を多めにとっておきたいというのが彼女の考えだった。

 山では河猪(ボア)ではなく大蜥蜴(リザード)系のゴツゴツした敵が多くなる。

 毛皮の需要があると見込んでいるのだ。


 髪が伸びたのも変化点の一つだが、装備もかなり旅人らしくなった。

 レイピアの扱いも慣れつつあり、まさに旅の女騎士だ。

 …リボンの、もとい、麻袋の騎士か。


 寒さよりも、日差しや触ると肌を傷つけるような草木から身を守る紺色をした薄手のローブ。

 観光地用の柄シャツから、風通しの良い麻の補強入りシャツ。

 細身のズボンを履き、膝丈まである長いブーツを履いていた。


 ─いいかい、ユーリ。旅をするときは足元が肝心だ。歩きやすく、足を守ってくれる靴にお金をかけなさい。


 幼い頃に父デニスが語ってくれた教えを思い出す。

 今回の旅の基盤はデニスから聞いたうろ覚えの知識を元に成り立っている。


 良い靴を履くこと。

 ローブやマントは必ず着ること。

 食事はバランスよく、毒の無い果実を見つけたらなるべく食べること。

 他の旅人がどんな人物かを見極め、誰とでも慣れ親しむべきではないこと。


 などなど。

 やはり父親の教えというのは経験に基づくものが多く、実践で役に立つ。


 現に、商人風の盗賊集団に出くわしたことがあった。

 道に詳しく、パンを分けてくれたりとやたら親切だった彼ら。

 しかし彼らは俺の前でクアトゥ商会と名乗ってしまったのだ。

 長耳族が居ないことに疑問をもち、商人符形も見せたが何だこれと言われる始末。

 追及したところ正体がバレそうになった彼らはやっちまえと襲い掛かってきたのだ。


 まぁ土魔法で速攻身動きを取れ無くしてから逆に追剥してやったから、チャラだ。うん。


 砂や土を手の形にして操る拘束用土魔法。いまや得意魔法の1つだ。

 開発したというほどの事もないが、名付ければ手招く砂塵の緊縛(アースキャッチ)

 アースキャッチユリキュ…。

 …これ以上は止めておこう。


「お待たせしましたわ。」


 最後に骸を炎魔法で燃やし。ひもで縛った足2本を担いで彼女は帰ってきた。


「あら、どうされました?」

「いやぁ。旅人らしくなってきたなぁと思って。」

「そうですわね。この分なら冒険者になるのもやぶさかではないでしょうね。」


 ちなみに定義として、目的地へ移動することを旨とした者が旅人。

 魔物を倒すことを生業としたものを冒険者と呼ぶ。


「ですが、まずは首都ベルティスに着くことが最優先でしてよ。あなたへの報酬もそこでお渡しするのですから。」

「わかってます、まだまだ遠いから気を引き締めていきましょう。」


 ---


 首都ソーディアを過ぎれば、そこから先はすさまじく広大な台地が広がっている。

 名前を"アジュール台地"。

 かつては大水魔霊ジアビス・サーフェが支配していたと言われる大水源の跡地だ。


 四大魔霊の1人であるジアビス・サーフェは巨大な水源であるアジュール水源を管理していた。

 数多の精霊を従え、周辺の村や森に水を引きこの大地を潤した。

 当然この辺りの人類はその恩恵を享受していた。

 しかし、人霊大戦を折りにその関係は一変。

 ジアビス・サーフェは怒り狂い、この水源の水を全て雨に変えた。

 水源は枯れ果て、王都をはじめ人の住む村や街へと水害をもたらした。

 それは古き魔術師たちにジアビス・サーフェが倒された後も変わらず続いたと言う。

 以降、このベルガーの信仰はその大雨を納めた水の女神ベルティアへと注がれることとなる。

 その後に新しくできた首都に付いた名前が彼女を称えてベルティスだ。


「まぁそんなわけで、残ったのが穴だらけ岩だらけの水源跡地がアジュール台地ってわけよ。」

「なるほど。」


 日が暮れたころに着いた首都ソーディアの1つ前の小さな町ラソディス。

 小さい町といっても首都ロッズとほぼ同等の規模がある。

 城壁や砦が無い分コンパクトに見えるが、それでも大きい。


 今いるのはその町のギルドの酒場であった。

 ごった返した店内は人族が大半を占めていた。

 王都の勢力圏に入ったせいか、魔族たちの姿は一気に減った。


 今しがたアジュール台地について語ってくれた上半身ほぼ裸の冒険者の彼も人族。

 その隣で酒に酔って眠っているローブの魔術師女も人族。

 後ろの方で喧嘩している奴らも人族だし、はやし立ててるのも人族だ。

 当然給仕も人族。

 魔族が居ないわけでは無いが、肩身が狭そうに端の方で食事をしている。

 耳長族の旅人風の男と、4つ腕の魔族の女剣士。

 暗く、明かりも届かないような席だ。

 居心地がいいものではないだろう。


 旅人になってから酒場を見る目が変わった。

 最初はただの食事処程度の認識でしかなかったが、ここは貴重な情報交換の場だ。

 泡酒一杯を対価に、もしくは何か一皿を対価にいろんな情報を聞き合うのだ。

 こちらが有益な情報を持っていれば逆に奢られることもある。

 特に盗賊の情報なんかは価値がある。

 不測の事態を避けるためには必要なことだ。


 ちなみにこの冒険者には今日の宿代を交渉材料にした。

 飲み食いで金を使い切ってしまったらしく、渡りに船だったそうだ。

 一番安い宿なら1人分は華貨10枚。2人分なら割引が入って18枚だ。

 噂代の相場としてはちょっと高いらしいが、ローブっ娘は彼の妹さんだ。

 そこはサービスしておく。どうか温かくして眠ってほしい。

 俺は家族を大事にする者に甘い男なのだ。


「で、そっちは?」

「ここに来るまでの街道で灰斑河猪(オーキッドボア)と戦いましたわ。」


 交渉はもっぱらエラが行う。

 彼女はそういう駆け引きが得意なようだ。

 もう一声!というところで的確に話題を切り上げたりなど上手く相手を惹きつけるのだ。

 …まぁその見た目も相まって奇術師か何かと思われてしまうのは割愛する。


 冒険者はスッと華貨を一枚こちらに滑らせてくる。

 当然情報の売り買いは現金のやり取りもあるのだ。


「数と群れの有無をこれで聞かせてくれ。」

「お金はいいのでアジュール台地の渡り方でコツなどあったら教えてくださる?」


 情報同士のやり取りもありだ。

 交渉成立したようで、冒険者は語りだす。


「アジュール台地はとにかく広い。馬が欲しいところだが馬車は止めておいた方が無難だ。先日の雨で地面がぬかるんでやがる。もともと水底だっただけあって水はけが悪い。足を取られたく無きゃやめとけ。」

「わかりましたわ。ではこちらも。私たちが狩ったのは全部で6。特に東の森に近い街道沿いで多く見ましたわ。繁殖期でもないのに子連れも居ました。こんなところでどうでしょう?」

「悪くないな。東の森には近づかないとしよう。しかし、子連れか。魔物の活動周期が狂ってきてやがるな…。」

「周期災害ですかしら?衛兵からは何か聞いてませんの?」

「ここいらの衛兵がそんなにしっかり仕事するわけないだろう。どいつも貴族かぶれのポンコツばかりだってのに…。」


 冒険者が愚痴を吐いたところで乱暴に酒場の扉が開く音がした。

 賑やかだった酒場が静かになる。


「ほら見ろ、噂をすればだ。」


 身を縮めながら、彼は小さく声を潜めて言った。

 扉の方を見やればぞろぞろと衛兵がなだれ込んできていた。

 数にして10、いや15人か。

 一斉検挙か?カチコミか?

 しかし兜をかぶっていないし、顔が赤い者や肩を貸されている者もいる。

 仕事帰り…いや、はしご酒か。


 ドラゴンロッドの衛兵たちとよく似た鎧を付けている。

 しかしマフラーの色が青色だ。

 金の刺繍は共通だが、幾分か作りが豪華に見える。

 そして掲げられた家紋は王冠を頂く剣の家紋。

 キングソード家の衛兵で間違いないだろう。

 真ん中の奴はキース衛兵長と同じようなごつい鎧を着ている。


 入り口近くの客が入れ替わりでそそくさと出ていく。

 まぁ、冒険者の酒場なのだ。

 腹に一物抱えたものも居るだろう。

 皿の上に料理を残したままに彼らは去っていく。


 するとごつい鎧を着た衛兵が空いた机上を乱暴に腕で薙いだ。

 当然、皿もジョッキも残飯と一緒に床に転がる。


「おい給仕!!このセドリック様が来てやったんだ!早く片付けねぇか!!!」


 一番若い給仕に怒鳴りつけ、仲間と共に席に着く。

 地面に転がった残飯を必死で片づける給仕を見ながら、彼らは薄ら笑いを浮かべていた。


 趣味の悪い連中だ。

 もしコガクゥの村でやれば、アーネストを始めとした常連連中が総出でボコボコにしただろう。

 当然俺も加勢したであろう。

 飲食店員に優しくできない奴は仲間や部下にもああいった態度を取るものだ。

 この瞬間に上司にしたくない衛兵ランキング第一位があのセドリックという男になった。


「人数分の泡酒と美味い食い物を出せ!最優先だ!大至急だ!町を守る英雄様を待たせるなよ!!」


 注文を取った給仕の尻を叩いて彼はグヘヘと笑う。

 それを見た部下の衛兵たちも何やら上機嫌だ。

 といってもそれは半数ほど。

 もう半数はこれ以上飲めませんといった青ざめた顔で引きつった笑みを浮かべている。


「…アレ、なんですの?」


 不満を一切隠さずにエラは冒険者に話し掛けた。

 顔は衛兵たちの方を向いたままだ。


「キングソード家の連中だ。時々ああやって飲み歩くんだが、どの店でもあんなだ。見回りも兼ねてるんだろうさ。」

「控えめに言って、ゴミですわね。当主様は何をしてるのやら。」

「聞こえたら面倒だぞ。衛兵長のセドリックは《竜殺し》の名を持つ元冒険者だ。腕は立つ。関わらない方がいい。」


 竜殺し…!


 でもワイバーンスレイヤーの方だ。

 紺碧龍(レヴィ・アタン)のような龍ではなく、翼のあるトカゲの方の竜。

 名前持ち(ネームド)に比べれば見劣りするが、決して弱い魔物ではない。


 《竜殺し》セドリック。

 歳はおそらく40前半。

 黒い髪をかき上げて後ろで束ねたオールバック風のポニーテール。

 キースほど体はデカくないが、それでもあの重たそうな鎧を着て平然としている。

 右目の周りには3本の爪跡が傷として残り、手の甲にも夥しい生傷の後が残っている。

 歴戦の戦士なのは見て取れた。


 今も大声で周りの客に難癖付けて席を開けさせているセドリック。

 彼の腰には小ぶりのショートソードが下げられているが、おそらく本命は背中の大斧だ。

 赤茶色に錆びた斧は何度も研いだ果てに真ん中がすり減ってしまった逆三日月刃だ。

 刃の表面には鋭い竜の鱗が何枚も突き刺さっている。

 あえてそのままで鍛冶屋に打たせて固着させたのだろう。

 竜殺しに相応しい武器の様相を呈している。


 そこは、まぁカッコいい。

 俺もそういうの好き。

 龍鱗の○○みたいな武器はいつ見てもカッコいい。


 …しかしなぁ…。


「なんだよ!俺たちが何したってん─ッ!」


 1人の若い冒険者が仲間の制止を聞かずにセドリックに楯突いた。

 しかし、言葉を言い終わる前に彼は顔面に一発拳を貰った。

 ぐらりとたたらをふんだ先で、手下の衛兵たちが彼を受け止めそのまま羽交い絞めにする。


「随分威勢が良いなぁ。もしかして最近噂の《銀の勇者》様だったりしてな?」


 オラ!と腹部に拳が突き刺さる。


「ありゃ。違うなぁコイツ。血が赤いわ。銀色じゃねぇなぁ!!」


 身動きが取れないままの冒険者をセドリックは滅多打ちにする。

 殴るたびに飛び散る血が彼の狂暴さを際立たせる。

 痛めつけるのを楽しむセドリックの顔は不気味な笑顔が張り付いている。


「セドリック衛兵長!俺たちが悪かったって!」

「頼むから許してやってくれ!いや、許して下さい!お願いします!」


 冒険者の仲間が代わりに謝る。

 彼らは何も悪くない、席を退けと言われてそれに抗議しただけだ。


「あぁ?何だよ話が分かる奴いるじゃん。」


 セドリックはそう言うと、すでに元の顔がわからなくなるまで殴られた青年を彼らに放った。


「捨てて来いよ。終わったら一緒に飲もう!!」


 冷たく言ったあとに、彼はにっこりと笑う。

 怯え切った表情で冒険者たちは酒場から逃げていく。

 まず間違いなく帰っては来ないだろう。

 そんな彼らを衛兵たちは指をさし、あざ笑う。


 すでに客の半数が出ていった酒場。

 衛兵たち以外は静まり返っている。

 給仕ですら、カウンターの後ろで固まって動かない。


 そんな酒場をセドリックは鼻歌まじりで進んでいく。

 そして、あの席にたどり着いた。


「おやぁ?おやおやおやおやおやぁ?」


 一番隅の、一番暗い席。


「耳長と、四つ腕。珍しい客が居たなぁえぇ!?」


 この酒場に唯一いた耳長族と魔族の席。

 セドリックはその机を両手で力任せに叩きつけた。

 コップが吹き飛び、音を立てながら床を転がっていく。


「神聖なるキングソード家の領地内に人外が入り込んでいるとは驚きだぁ!我々の警備を潜り抜けるとはよほどの手練れとお見受けする!」


 まるで演劇のようにセドリックは声を張る。

 静かな酒場にはよく響いた。


「場合によっては国家反逆罪の適用により死刑だなぁ?まぁ、俺様の加減次第だがな!…どうする?」


 セドリックは彼らに耳打ちするように言った。

 なるべく目を合わせないようにしている2人の顔をわざわざ覗き込むようにして。


「も、申し訳ない…。」


 口を開いたのは耳長族の男性だった。


「申し訳ない。セドリック…様。私たちはその、故郷から初めて出てきた田舎者でして。この辺りの決まり事をよく知らなかったんです。」

「なぁるほど。初めての旅であるならば、知らぬことも多いな。うんうん。」


 震えながら話す耳長族の男の言葉にセドリックは腕を組んで大きく頷いた。


「知らぬなら仕方ない!旅とはこれすなわち学びだ。そうだろう?冒険者の諸君!」


 彼は天を仰ぐようにして言い放った後に、その男性に手を差し出した。


「だから、酒場の情報交換だ。勉強になっただろう?耳長君。」


 どこからどう見ても恐喝だ。

 現にセドリックは常にショートソードの柄に手をかけている。

 いつでも切れるんだぞ。と誇示しているのだ。


「…。」


 耳長族の男は困り切った表情でしばらく間を置いた後。


「…少ないですが。」


 とセドリックに財布ごと差し出した。

 しぼみ切った皮の財布袋にはほとんどお金が入っていないことは遠目でもわかった。


「話が分かる奴だなぁ。嫌いじゃないぞぉ?…とっとと失せろ。酒がまずくなる。」


 浮き沈みの激しい口調でセドリックは彼らの言った後に背中を向ける。


 耳長族の男性は、四つ腕の女性に声をかけて共に席を立つ。

 女性の方は額に血管が浮き出るほどに怒り心頭だが、歯を食いしばり耐えていた。


 無言のまま、2人が扉に手をかけた時だ。


「二度と来るなよ、忌子(いみご)共。」


 あざけ笑いと共にそんな言葉が彼らに向けられた。

 四つ腕の女剣士の脚がピタリと止まる。


「…貴様!!!」


 背中の剣に手をかけながら彼女は振り返る。


「よくもそんな言葉を口にしたな!!!」

「ルカ!やめろ!!」


 彼女に耳長の男性の声は届いていない。

 完全に忍耐の限界を突破している。


「我ら魔族に向かってそれがどれほどの侮辱か知らぬはずあるまいな!?人族の騎士よ!?」

「あらぁ?キレちゃった?悪い悪い。知らなかったんだ。」


 つづけて挑発するセドリック。

 ルカと呼ばれた女性は彼に掴みかかった。


「いかに衛兵の長と言えどもここで斬り伏されても文句は言えんぞ!!」

「あらそうなの?でも俺様だったら─。」


 ヒュンッ。


「もう斬ってる。」


 ドバ、とルカの胴体から血が噴き出す。

 風を切るような音は聞こえた。

 しかしいつの間にか抜剣が終わっている。

 俺の眼では彼の剣を追うことが出来なかった。


「ルカ!!!!」


 耳長の男性が叫ぶが、ほぼ同時に他の衛兵が抑えにかかった。

 ルカは力が抜けたようにそのままうつ伏せに倒れた。


「大丈夫大丈夫。ほんのちょーっと撫でただけだ。命に別状はねぇよ。」


 そのルカの背中を踏みにじりながらセドリックは言う。

 ルカが苦しそうな呻き声を上げる。


「だがよぉ。」


 そしてゴンとルカの目の前にソレが突き付けられた。

 床板にめり込むほどの重量がある彼の斧だ。

 彼はそれを片手で軽々と抜いていた。


「反逆罪は確定だよなぁ。本来なら投獄だが、まぁ面倒だ。そんだけたくさんあるんだし。腕一本くらい良いだろ。」


 斧、そしてその言葉。

 この後何が起こるのかは容易に想像がついた。

 ルカも、耳長族の男性も、顔を真っ青にして震え始めた。


「まて、待ってくれ!」


 じたばたと体を動かすルカ。

 しかしそれを無視してゆっくりと、その残忍な刃が持ち上げられる。


「いい勉強になったな。」


 ルカの悲鳴が上がる。

 セドリックがグンと力を込めた時だ。


 何者かが、セドリックの振り上げた腕を掴んだ。


「我慢なりませんわね。」


 決して力が強いわけでもない。

 体が大きいわけでもない。

 そんな彼女が、麻袋を被ったエラがセドリックの腕を掴んでいた。


 腕力で止めたのではなくセドリックが振り下ろさなかったのだが、それでも彼女はあの刃を止めた。


「あ?どちら様だてめぇ。」


 姿勢をそのままにセドリックがエラに顔を向ける。


「誇り高きキングソード家の家紋を掲げる騎士が何をするかと見ていれば。盗賊どころか、魔物以下の蛮行…。ベルガーの守りも落ちたものですわ。」

「お前、奴隷か?今の時代にそんな格好してるやつは珍しいな。とりあえず…死ねよ。」


 今度はエラにその刃が向かった。

 しかしそれも止められる。


 当然だ。

 今度は俺が止めた。

 エラの目前に超高密度に圧縮した石柱を召還した。

 ガツンと固い音を立てて斧はエラの目前で止まる。


「…ヒヤヒヤしましたわ。」

「こっちのセリフですよ!」


 余裕があるのかないのかわからない口調でエラは言う。


 俺だって黙って見ていたわけでは無い。

 ずっと準備をしていたのだ。


 酒場の床下の地面。

 そこに魔力を浸透させ、リアルタイムで操れるようにずっと魔力を練っていた。

 時間がかかってしまったのはおれの不徳の致すところだ。


 そうでなければあんな横暴を俺が黙って居られるわけがない。

 俺はそもそも権力や暴力を笠に着るやつが大嫌いなのだ。


 床をぶち破って何本もの土の腕がセドリックを捉える。

 そのまま模擬剣と同じ強度まで硬質化させる。

 周りの衛兵たちも一緒にぐるぐる巻きになってもらう。


「妙な女に、詠唱無しの魔術師。何だお前ら。せっかく楽しんでたってのに。」


 しかしセドリックは拘束魔法に意を介していないように言う。


「下衆への責めは後程行いましてよ。まずは彼女を離しなさい。さもなくば私がその足を切り落とします。」


 そんなに腕が立つわけじゃないでしょう。

 麻袋の騎士様はお口が上手ですのね…。


「…へいへい。」


 セドリックが踏みつけの力を解いた。

 ルカが苦しげにそこから這い出し、耳長の男性が駆け寄る。


「…お姉さんいったい誰だよ。こっちが気持ちよく飲んでるだけだってのに邪魔してきちゃってさぁ」

「随分と人のことを気にしますのね。自身の置かれた状況をよくご覧になって?」


 まずい。

 そのセリフは良くない。


 今俺は魔力を地面に通し続けるために床に手を突いた状態でしゃがんでいる。

 仮に、本当に仮にだが。

 セドリックが拘束から抜け出したら対応できない。


「いやいや、気にもするさ。…その青髪。()()()()()が魔族を庇ったって知れたらどうなるかなってな。」

「─ッ!」


 エラはとっさに自分の髪をローブで隠した。

 その隙を、セドリックは見逃さなかった。


 あろうことか彼は模擬剣と同じ、鉄と同等の硬度を持つ複数の土の腕を振りほどいたのだ。

 そして斧でなく、腰のショートソードでエラに襲い掛かる。


「伏せて!!!!」


 悪い予想とは当たる物。とあれ予想通り。

 とうに狙いは定まっていた。

 一切手加減無し、最大火力の雷轟の射手(トリガー)をセドリックに放った。

 雷の如き轟音が響き渡り、岩の弾頭が空を裂く。

 ガァンと派手に金属音を立ててセドリックが酒場の壁まで吹き飛ぶ。


 しかし吹き飛んだだけだ。

 並みの魔物を木っ端みじんにする雷轟の射手(トリガー)を食らっても、彼は健在だった。

 ありえない。

 鎧が固いからか?無意識で手加減したか?

 それとも壊撃のような目に見えない防御手段があるのか。

 何にしても倒し切るに至っていない。


 ゴバッと血を吐き出すセドリック。

 ダメージはあるらしい。

 これで手傷を追っていないならまさに化け物だ。


「エラ!!!逃げるぞ!!!!」


 選択したのは逃亡だ。

 当たり前だ。

 俺の最大魔法を食らって痛いで済むような奴とまともに戦ってたまるか!


 すぐさま魔法を切り替えて砂煙で視界をふさぎながらルカ達に手を貸す。

 その脇を、ショートソードが通り抜けて柱に深く突き刺さった。


「どこだ、みえねぇじゃねぇか魔術師よぉ!!」


 手傷を負っているはず。見えてないはず。

 なのに、彼は正確にこちらの方向を把握していた。


「ぐ…。」

「いきますわよ!」

「わかってます!」


 すぐさま俺たちは酒場を後にした。

 食い逃げ、反逆、暴行、器物破損。


 捕まったらいくらでも罪状を作れそうだ…。


 ---


 広い町の暗がりを選んで進んでいく。

 麻袋のままでもエラは俺たちに真っすぐ付いてきた。


 時に壁を作って道をふさぎ、時に穴をあけて壁を抜けながら進み。

 裏路地で一先ず足を休めた。


「ルカ!ルカ!」

「大丈夫だ、モーリス。このくらいなんとも─ッ!?」


 壁に背中を預けながら彼女は呻いた。

 あれだけバッサリ切られていればそうなるだろう。

 彼女の着ていた皮の鎧も中に入れられた鉄板ごと見事に真っ二つにされていた。

 改めてセドリックの剣の腕を思い知る。


「…傷の手当てをします。完治は無理かもしれませんが、止血は出来るはずです。」

「あぁ、魔術師殿。頼むよ。」

「…魔道士です。」


 ルカの開けた胸に回復魔法を添える。

 骨や筋までは達していないようだが、それでも深い傷だ。

 小ぶりながら張りのある胸や、摩訶不思議な四本腕の根元など目をやる暇がない。


「…俺の腕ではこれが限界です。あとは薬草などで覆ってしっかりと固定してください。」

「助かるよ。ありがとう。」


 止血を終えて彼にバトンタッチだ。

 それなりに痛みも引いているはず。

 耳長の男性、モーリスはカバンの中から治療用のセットを取り出した。

 再起(リブート)の魔術を使えない旅人はこういうセットを持ち歩くものだ。

 俺?

 俺は持ってない。

 いまちょうど切らしてしまっている。


「はぁ…。」


 壁に背中を付けながらズリズリとしゃがみ込む。


「ユリウス!?あなた!?」

「…平気です。昔もっとひどい怪我しましたから。」


 エラが驚く。

 俺にとっては今更だが、すこし負傷していた。

 暗くてあまり良く見えないはずだが、シャツからズボンにかけてが血で染まっている。


 逃げる直前。

 ルカとモーリスに手を貸していた最中にセドリックが放った剣は俺の左わき腹に命中していた。

 狙いがそもそもズレていたためか、セドリックが弱っていたためか。

 幸いにも傷は浅かった。


「すぐに手当てを!」

「…もうやってますよ。とっくに血は止まってますし痛みもある程度引いてます。」


 とはいえ痛いものは痛い。

 さっきからそれを抑えて走り続けていたのだ。

 息も上がるというもの。


「それよりも、何に策も無しにあんな手合いに食って掛かるのは無謀すぎます。もうすこし考えてからですね…。」


 とお説教を始めようとしたとき、何やらビリビリと音が聞こえ始める。


「エラ!?」


 彼女は自分の服をナイフで割いていた。


「モーリス!薬草をいただきますわよ!」


 エラは有無を言わさず薬草を裂いたシャツに塗り付けると、それを俺の腹に押し当てた。

 さらに上からグルグルと裂いたシャツを巻く。

 すでに彼女は上半身は下着だけだ。


「死なせません…!死なせませんわよ!」

「大げさですよエラ…。」


 気持ちは嬉しかったが、さすがにそこまでひどい怪我じゃない。

 彼女を止めようとしたが、エラの様子に俺の手が止まる。


 恐慌状態、というのだったか。

 死なせない、死なせないと呟きながら、彼女は震える手で必死で包帯を結ぼうとしていた。

 強張ってしまって上手に結べないでいる。


「…エラ。エラ!」

「ハッ!?」


 両肩を掴んでゆすぶり、やっと彼女は我に返った。


「どうしたんです。顔色が悪いですよ?」


 もちろん冗談だ。

 顔は麻袋で見えやしない。


「…ごめんなさい。ちょっと、良くない記憶を思い出してしまって…。」


 彼女は額に手をやり、深く息を吐く。


「心配ないですよ。この通りピンピンしてますから。」

「…私のせいですわ。」

「安いものです。エラが動いてなくても俺が手を出していましたよ。」


 ね。

 とルカ達の方へ視線をやる。

 彼女らも手傷はあるとはいえ、上々だ。

 すっかり説教の機会を失ってしまう。


「…しかし、あのセドリックって衛兵。強かったですね…。」


 同じ衛兵長という位でもキースよりセドリックの方が数段上手に思えた。

 何より雷轟の射手(トリガー)の直撃を食らって尚動けるのだ。

 二つ名がある者は強いと聞いていたが、まさかここまで如実に差があるとは…。

 正直自信を無くす。


「強いだけだ。魔族に向かって忌…あんな言葉を投げるなど…!」


 俺のつぶやきにルカは再び怒りをあらわにした。


 忌子(いみご)

 この世界における魔族への差別用語。

 神に忌み嫌われたと揶揄する言葉で、原初の日以降の神が居ない時代を魔族が招いたとするもの。

 だが基本的に魔族は信心深い者が多い。

 神との関わりそのものを蔑む言葉は彼らにとってこの上ない侮辱だ。


「必ずや神の裁きが下るだろう。そうでなければ私が下してやる…!」


 剣も抜けずに切り伏された者の言葉とは思えないなぁ。

 とは言わない。

 生きていれば次の機会というものがあるものだ。


「…ひとまずは宿に行きましょう。町のはずれの小さい宿を取ってあります。2人も一緒に来てください。交代で見張りをして夜襲に備えます。」

「あぁ、わかった。」


 こうして2人と共に、計4人で小さい宿に鮨詰めで眠ることになった。

 宿の女将であるお婆ちゃんは「泊まっていけばええよぉ。」と追加料金なしで泊まらせてくれた。

 モーリスからは薬草を分けてもらえたし、ルカが見張りを一挙に引き受け安眠できた。


 なにより幸運だったのは、この宿に荷物を置いていたこと。

 シエナからもらったローブも置いていたのだ。

 もし着ていたら穴が開いていただろう。

 一晩中枕を濡らしたに違いない。


 …シエナ。


 ローブに顔を埋めながら彼女を想う。

 元気だろうか。

 ちゃんと礼節を身に着けているだろうか。

 …よくわからん男に騙されてないだろうか。


 そう思えば、余計にアリアーが恋しくなった。


 未だソーディアにもたどり着けぬこの旅。

 キングソード家の衛兵と衝突もしてしまった。


 先行きが不安なままに、俺は目を閉じる。


 あぁ…。早く帰りたい…。

人物紹介


《竜殺し》セドリック・キングソード 42歳 人族。

元冒険者でありながらキングソード家の名を持つ戦士。現衛兵長補佐。

本家から勘当されているため家を継ぐ権利は無いものの列記とした貴族の出。

わざわざ山脈を登って竜を狩るほどのマニアで実力は折り紙付きである。

数年前に修行中の黒髪に青い瞳の少年に手痛い敗北を喫し、首都警備から左遷されている。

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