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閑話 「彼の居ない間」

ユリウスが攫われてからのドラゴンロッド家の様子。

 《ドミトル視点》


 アリアー国、王都アレスティナ。

 大きく削り取られた山と、湖に囲まれた大自然の要塞都市。

 一説には、王都建設時にドラゴンロッド家の魔術師が地形を今の形に作り直したと言われている。


 切り立った崖は人為的に丸く削り取られ、昇ることも降りることも出来ず。

 正面の湖にかけられた大橋はつくった魔術師の名を取ってメイズ大橋と名付けられていた。

 王都に入るための唯一の侵入経路であり、絶対防衛線でもある。

 いざとなればこの橋を落として籠城が出来るような備えもあるそうだが、詳細は知らん。

 私のような首都住まいには知らされることのない話だ。


「ふぅむ…。」


 私はため息を吐く。

 私は会合帰りの馬車の中だ。

 四大貴族として数年に一度各国の要人を招いて王族たちが会合を開く。

 その中で私も呼ばれた。


 まったく、頭が痛い。

 領地維持の資金ぶりや世継ぎについてたっぷりと吊るしあげられた。

 兄上、ドラゴンロッド家の本家であるロッソ家の当主にも散々いびられた。

「このままではほかの兄弟に首都ロッズを任せた方が得策かもしれぬなぁ。」

 と半笑いで言われたのだ。

 こちらの気も知らないで。

 これだから長男という奴は嫌いだ。

 一番最初に生まれたというだけでどうしてあぁも力を持っているつもりでいるのか…。


「気分がすぐれませんか?ドミトル様。」


 御者はベンジャミン。

 この日のために1か月前からシェリーに猛特訓を付けて、屋敷を任せられるようにして同行している。

 シェリーがメイド長になる日もそう遠くないやもしれぬ。


「気分がすぐれる日などあるものか。気にせず馬車を進めよ。」

「かしこまりました。」


 覗き窓から声をかけられたが、私は機嫌が悪い。

 どうにも最近物事がうまくいかん。


 資金難なのは言わずもがなだ。

 領地のすべての民の事を思えばと色々策を講じすぎたか。

 おかげで我が南西領地はアリアーの中でも有数の治安の良さを誇る。

 魔物が少ない立地の良さも上げられるが、アレキサンドルスを頭にした村ごとの連携がそれを可能にしている。

 しかし、そのための費用もバカにならない。

 伝達兵も早馬も、用意するのはゼルジア家なのだ。


 ランドルスの息子、アレックスは決起罪で投獄された。

 また、陰湿な恫喝や脅迫の余罪も追及されている。しばらくは牢から出れまい。

 シエナの花婿の第一候補であっただけに悔やまれる。

 ランドルスは優秀な実業家だ。

 彼の息子アレックスとシエナが結ばれればゼルジア家の常磐はより強固なものとなる。

 リュミドラの売り出しているソーダを外交諸国に売りつけることもできたはずだ。

 …まぁ、今となっては無理な話だ。


 代わりの婿探しは難航していた。

 彼女ももうすぐ12歳になる。

 あと数年すれば結婚を視野に入れて、令嬢として嫁へ出すつもりだ。


 お見合いの話を貴族や富豪、実業家などの方面に投げた。

 しかし帰ってくるのは曖昧な返事や半端者の立候補ばかり。

 肖像画を何枚も娘のシエナに見てもらったものの、数秒と見ぬ間にきつい言葉で切り捨てられた。

「デブ、ハゲ、デッパ、チビ、年寄り、眼つきが気持ち悪い、臭い。」

 我が娘ながら口が悪い…。

 しかし、どれも的確に特徴を捉えた罵倒だ。

 私の眼からしても決して美男子とは言い難い。

 画家が脚色して書いたはずの肖像画であの見た目だ。

 本物はもっとえげつないかもしれぬ。


 …このままでは本当にゼルジア家は領主の座から引きずり降ろされるかもしれん…。


 しかし希望が無いわけでは無い。

 今日の会合でベルガーからきた資産家、ゴルド・シルバーマンという男にあった。

 娘の話をすると、眼の色を変えて是非一目会いたいと懇願してきたものだ。

 彼には娘の肖像画を送っておくとしよう。

 私とそう歳の変らぬ腹の出た男であったが、金持ちなのは事実だ。

 それにベルガーとのコネが増えるのも私としては捨てがたい。

 シエナが首を縦にさえ振れば、まぁあやつに娘をくれてやるのも悪くはない。

 南西領域を維持するのに十分な資金援助を受けられるだろう。


 そしてもう1つ。

 私としてはシエナの事の次に頭を悩ませている事態があった。


「…あいつの行方は分かったのか。」


 覗き窓からベンジャミンに声を投げる。


「あいつ、でございますか?」

「ユリウス・エバーラウンズだ!わかっておるだろうに。」


 そう、我が娘の元指導役。

 ユリウスが行方不明となっていた。


「屋敷からの手紙は届いておりません。」

「馬車を飛ばせ。早く帰って事に当たらねば気が散ってしょうがない。」

「かしこまりました。」


 事は今から20日前。

 王都アレスティナに出発する直前に一通の手紙が我が屋敷へと届いた。


 デニス・エバーラウンズとサーシャ・エバーラウンズ。

 ユリウスの両親からの手紙であった。


 要約すれば、両親の元へ手紙が届いて1か月が経過したにも関わらず息子が帰ってないとのことだ。


 イングリットの村へはコガクゥの村から馬車で7日ほど。

 ギルドの出す乗合馬車であるのならさほど誤差なく到着するはずだ。


 しかし、ユリウスは突然姿を消した。

 コガクゥの村へ衛兵を向かわせたが、あいつの姿は無かった。

 その上、師匠のネィダ・タッカーが死亡しているではないか。


 シーミィという薬師もユリウスはコガクゥの村を確かに出発したと言っていた。

 しかし、ギルドの話ではその乗合馬車にユリウスが乗ったという記録は無かった。

 ギルドの馬車は乗客の冒険者符形を控えるようになっている。

 これで足取りがつかめないということは、そもそも何らかの理由でユリウスが馬車に乗らなかったということになる。


 まぁ、旅をしていればそういう事はままある話だ。

 本来なら「魔物にでも食われたのだろう。花でも送ってやれ。」で済むところなのだが…。


 ---


 《王都アレスティナ出発前日》


「どういうこと!!??」


 食堂の扉を叩き割る勢いで我が娘、シエナが部屋に入ってくる。

 黙っていろとベンジャミンに伝えておいたが、シェリー辺りが漏らしたか。


「シエナ、落ち着きなさい。」

「落ち着いてられるわけないでしょう!!」


 ズカズカと私に詰め寄るシエナ。

 出発直前、最後の食事を堪能するはずだったのだがそうも言ってられない状況になった。


 彼女は机に置いておいた手紙をふんだくって食い入るように目を通す。


 そして、ぐしゃりと手紙を握る。

 余りの事に体に頭が追い付いていないようだ。


 シエナはバン!と乱暴に手紙を机に叩きつけると踵を返した。


「どこへ行くつもりだシエナ!」

「決まってるわ!ユリウスを探しに行くの!!」


 まぁそう言うと思った。

 我が娘は放たれた矢のような性格なのだ。

 特にユリウスのこととなっては見境がない。


「駄目だ。衛兵をすでに捜索に出してある。お前は屋敷で待っていなさい。」

「お父様はユリウスが心配じゃないの!?」


 屋敷が揺れるのではないかという声で彼女は私を責め、その鋭い目で睨む。


「…あのユリウスだぞ?仮にあいつが魔物に襲われたとして、あいつが手を焼くような魔物が居るということだ。そんな中でお前を街の外に出すなど、私は断固反対だ。」

「ロレスを連れていくわ!!私の師匠が強いのはお父様もしってるわよね!?」

「それでも駄目だ。」


 ギリリとシエナの奥歯が鳴る。

 まるで獣のようにこちらに目線を送る彼女。

 剣こそ持っていないが、今にも襲い掛かられそうだ。


「そんな目をするな。ユリウスの事も案じている。だが私はお前を心配しているのだ。こんどはお前を庇ってくれる者は居ないのだぞ!」


 ロレスの強さを疑っているわけでは無い。

 この辺の魔物であれば何の苦労もなく倒せるだろう。

 だが、それだけだ。

 彼女は優秀であるが、シエナのお守りをするわけでは無い。

 ユリウスほどしっかりと、片時も離れずに娘を守ってくれる存在ではないのだ。


「例えお前にここで斬りかかられたとしても、私はお前を捜索に出すことは絶対に許さん。私が会合から帰ってくるまで家でおとなしくして居なさい。会合が終わり次第キース衛兵長を付けて周辺の探索を許可してやる。わかったな。返事は?」

「…わかったわ。」


 シエナは全く承諾していない表情をしていたが、それでもそう口にした。

 それが無ければ今回の会合は出席できなかったかもしれない。


 ---


 なんとか会合にかこつけて娘を留めたは良いものの。

 どうしたものか…。


「…ユリウス様の探索の件、いかがしましょうか。」

「居らぬ人間に様など付けるな。それに今私も考えていたところだ。」


 再びベンジャミンが口を開く。


「ユリウス様は恩人でございます。せめてご家族にどのような最期をたどったのかを…。」

「貴様、ユリウスが死んだと言いたいのか!?」

「…しかし、現状では…。」


 苛立たしい。

 ユリウスがどうなったかなどどうでもよい。

 ゼルジア家には何の関係のないことだ。

 しかし、死んだと決めつけられるのはそれはそれで腹が立つ。


「シエナも納得すまいよ。捜索は行う。死んでいたとして、せめて骨の一本でも家族に届けてやるのが義理と言うものだ。領主としての威厳に関わる。」

「それではシエナ様に捜索の許可を出されるおつもりですか?」

「…やけに突っかかるではないか、ベンジャミン。何が言いたい?」


 私がそう言うと、ベンジャミンは一度口を閉じた。

 そして、言葉を探るようにゆっくりと口を開く。


「…シエナ様は、ユリウス様を特別な方と認めておいでです。兄君方と同じように慕い、好いておられます。もし頂けるのでしたらシエナ様にも直接の探索を許可して頂きたいのです。このベンジャミン。出来ぬ身の上と知ってはおりますが、何卒お願い申し上げたく…。」

「…わかっておるわ…。だから悩んでおるのだろう…。」


 娘は大事だ。

 領主として、父親としてそれは変わらない。

 しかし、しかしだ。

 何事にも費用が掛かる。

 首都周辺であればすでに衛兵に探索させている。

 それ以上広い範囲であれば話は別だ。

 ただでさえひっ迫している資金ぶりをさらに締め上げることとなる。

 せめて、せめてどこかの資産家から援助を貰えれば。

 あのゴルドとかいう男でも、言いくるめることが出来れば…。


 そう考えたところで、私の悪い部分がヒソリと囁いた。

 まるで風に吹かれて気づかぬままに肩に乗った花弁のように。

 それはスッと頭に入ってきて胸の内に居座った。


「…ベンジャミン。良い考えを思いついた。シエナを探索に出させる。」


 私は彼にそう告げると、彼は感嘆の声を上げた。

 馬車はさらに速度を上げた。


 …これでよい。

 こうなってしまえば、すべてがうまく行く。


 頬が吊り上げるのを感じる。


 私はまた、父ではなく、領主として振舞おうとしている。


 ---


 《シエナ視点》


 私はまた、ここに逃げ込んでしまった。

 今日も稽古に身が入らなかった。

 考えないようにすればするほど、あいつの顔が浮かんで剣が鈍る。

 もう手が届かない。もう二度と会えない。

 そんなこと考えたくも無いのに、どうしても頭をよぎる。

 生きてるって、信じたいのに。


「…。」


 シーツに包まって、部屋を眺める。

 まだ彼の気配が残るこの部屋に、私はまた逃げ込んだ。

 綺麗に掃除されているものの、壁に彼が忘れていった角の生えた強面の仮面がかけてある。

 ユリウスが使っていた客室。

 亡者の列挙(ゴーストパーティ)の日に初めて逃げ込んだこの部屋は、彼が出ていった日のままだ。


「…。」


 脇にはユリウスからもらった剣、夕刻の星(ヴェスパーライト)が壁に立てかけてある。

 それを横目で見ながら枕に顔を埋める。


 約束したのに。


 口だけ動かして、そう呟いた。

 声にはならなかった。


 そんな時にノックが部屋に響く。

 私がここに居るのを知る人間は彼女しかいない。


「シエナ様。入りますよ。」


 シェリーだ。


「…何よ。」

「いいえ、何も。」


 そう言ってユリウスがよく手紙を書いていた机に彼女は寄りかかる。


「様子を見に来ただけです。少ししたら稽古に戻って下さいね。ロレス様が待ってます。」

「…。」


 うるさいなと、シェリーに視線を向けるが彼女は椅子に腰かけてしまう。


「…ユリウス様が心配ですか?」

「別に。あいつは、生きてるから。」


 そう信じている。口に出せば叶う気がした。

 例え、こんなにも不安で押しつぶされそうになっていても。


「そのうち"いやぁ迷ってしまいまして。"とか言って姿を現すわよ。」

「そうですね。そうであれば良いです。」


 そうして二人でしばらく口を閉じる。


 シェリーは最近、忙しい。

 お父様に着いていったベンジャミンの代わりに屋敷を切り盛りしている。

 普段の仕事ぶりを見ても、決して優秀とは言えない彼女。

 あたふたオロオロしながらもキチッと屋敷を管理していた。

 それなのにここに居座ているのは、私を気遣ってくれての事。

 それくらいは私にもわかった。


「…ねぇ。」

「はい?」

「シェリーは、好きな人いる?」


 なんとなしに口にしてしまった。

 シェリーはキョトンとした顔をした後に、クスリと笑った。


「えぇ、居ますよ。シエナ様にドミトル様。このお屋敷に居る方全員好きですよ。」

「…あっそ。」


 はぐらかされた。

 しかしシェリーは続ける。


「でも、もっと特別な好きは1人だけです。」

「…特別な好き?」

「はい。ディーヌ孤児院で一緒だったエルという男の子です。私は彼の事が好きでした。」


 彼女にそう言われて自然と体を起こした。


「なんでもできて、頭が良くて。優しくて。私がいじめられるのを守ってくれて。とてもカッコいい人でした。私の憧れです。」


 そう語るシェリーの顔はほのかに赤い。


「…でも、会えなくなっちゃいました。彼は冒険者に、私はメイドに。今どこで何をしているかわかりません。生きているのか、死んでいるのかも。」

「…帰ってくるんでしょ?」

「それはわかりません。ただ、会えるならもう一度会いたいなぁ。」


 シェリーはどこか遠くを見ながら、そういう。


「…シエナ様はどうです?好きな人いますか?」

「…言えないわ。」


 そう口にした。

 すぐ様にユリウスの顔が浮かんだことはシェリーには言わない。


「そうですか。」


 彼女はにっこりと笑う。

 わかってますよー。と言わんばかりだ。

 また胸でも引っぱたいてやろうかしら…。


「もし、そのエルって人に会えるなら、どうする?」

「そうですね。私に出来ることなら何でもします。ユリウス様的に言えば、どんな手段でもですね。」

「会ってどうするの?」

「どうって…。」


 シェリーはさらに顔を赤くする。


「お、思いっきり抱き締めたりとか。口づけをせがんだりとかしたい。ですかね…。」


 恋する乙女の顔でシェリーは語る。

 あんなに蕩けた顔をするものなのね。


「…シエナ様はどうされますか?」

「…とりあえず一発殴るわ。」


 そうだ。殴ろう。

 思いっきりユリウスを殴ってやろう。

 私にこんな思いをさせた報いを受けさせないといけない。

 寂しくて、胸が苦しくて、不安になる。


「殴って、私の傍から離れたことを後悔させてやるんだから!」


 だから、ユリウスは必ず生きてると信じて探そう。

 私はまだあいつに何も返せていない。

 私とユリウスが対等で、同じ高さでいるためには私はもっと頑張らないといけない。


「少し気が楽になったわ!ありがとうシェリー!」


 私は剣を持って部屋を飛び出す。

 私が出来ることをしよう。

 例えこの世界のどこに居ても探し出して迎えに行ってあげられるくらい強くなろう。


「目的、手段、手札。よね。ユリウス…!」


 彼に教わったことを復唱する。

 いまの私にどんな手札があるだろうか。


 何だっていい。何だってやる。

 どんな手段を使ってでも。

 ユリウスを探し出す。


 探し出して、今度こそあいつに伝えねばならない。

 あんたは、私にとっての特別なんだから。と。

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