第三十四話 「言葉と思考」
ベルガー大陸南東部の森に耳をつんざく炸裂音がこだまする。
ドチャリと魔物が地面に伏す。
口が裂けた大きな猪のような魔物。
顔だけ見れば獅子舞を生物にしたような生き物であるし、猪と言っても俺が知っている猪とは比べれば足が長い。
"河猪"という種類の魔物だ。
ベルガー大陸の西側に分布する魔物で、野犬と同じく多数の種類が居る。
その中でも一般的なのがこの"突撃河猪"だ。
エラの話だと食べられるらしく、実際の味は脂身の少ない豚肉に近かった。
単独行動する魔物なので今まで戦ったものは1対1で対処することが出来ている。
しかし茂みから突然猛突進してくるそれは心臓に悪い。
エラと行くミーレの村へ旅。
街道を行く3日間でまぁまぁな数に出くわした。
「お見事ですわ。随分加減を覚えられたのですね。」
「まぁあれだけ撃ってればそうなりますよ。」
最初の戦いは難儀した。
なんせ雷轟の射手が当たらないのだ。
攻撃魔法雷轟の射手は対物破壊用に構築された魔法だ。
よって素早く動く魔物相手には命中させるのが難しい魔法であった。
おかげで何度も逃走、補足、狙撃のプロセスを繰り返した。
進んでは戻り進んでは戻りでだいぶ足止めを食ってしまった。
ちなみにしっかり当てると魔物は肉の霧になる。木っ端微塵だ。
燃やす手間が減りはするが、食料調達という面から見ればもったいない。
そこで俺は弾頭の形状を変更することにした。
今までの単発の弾頭から小さい矢じりをいくつもまとめた剣山のような弾頭。
分厚い毛皮を貫く無数の小槍を点でなく面で発射して敵を捕らえるのだ。
名付けて拡散する雷轟の射手。
まぁ、いわゆる散弾だ。
使用感をそのままに近距離の取り回しが格段に向上した。
実戦から得る知見というものは本から得るそれよりも身に染みる。
シエナがロレスと一日中組み手をしていた理由が良くわかる。
「さて、ではお時間いただきますわね。」
そう言ってエラは先ほど倒した"突撃河猪"の前にしゃがみ込む。
慣れた手つきで解体してしまうのだ。
彼女はリーマム漁村の漁師たちから幾つかの道具を買っていた。
解体用の厚みのあるチョッパーナイフ。
肉に擦り込んで保存食とするための粗塩。
それらを雑多に入れておける皮袋。
おかげで道中は食料調達に困りはしなかったが、いったいどこで覚えたのか。
エラ本人に尋ねても「淑女の嗜みでしてよ?」と返されるばかりだ。
「もう少し上手に頭を狙ってくださいな。毛皮が穴だらけだと価値が落ちてしまいますわ。」
「ど、努力します…。」
彼女は食料だけでなく、魔物を売り物として見ていた。
肉、骨、牙、皮、筋。
それらすべてに価値があるのだ。
村に着き、余っているものを商人に売ればその日の宿代の足しになる。
といってもすべて持ちきれるものではない。
彼女がとるのは毛皮と臭みの少ない後ろ脚の肉だ。
どちらも確実に値が付く物である。
「よいしょ。」
エラが荷物をまとめて担ぎ上げる。
「…やっぱり持ちましょうか?」
「いいえ。戦闘はあなた。荷物持ちは私。役割分担は大事ですのよ。」
一応、体が小さいが俺も男だ。
荷物は持ってあげたいし、歩くなら車道側を率先して歩くつもりだ。
段差があれば彼女の手を取り、水たまりがあったら服を敷こう。
…しかしそんな気遣いの出番はあまりない。
エラはそういう所はヒョイヒョイとあらかじめ回避してしまうののだ。
「もうすぐミーレの村ですわ。日が暮れる前になんとか着きませんと。」
急ぎましょ。と彼女は先を行く。
この街道にもところどころに焼き場があるので、森林火災の心配はない。
俺は先ほど仕留めた"突撃河猪"の骸を燃やしてから彼女を追った。
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道中、急ぎ足で歩くエラ。
それを小走りで追いかけて森を抜けて小高い丘の上に出た。
先ほどまでの湿った空気が打って変わり、からりと乾いた風が吹き抜ける。
眼下には白っぽい岩や一休みできそうな木が所処に生えた緑の広原が広がっている。
大きくゆったりと波を打つような起伏のある地形が風を受けてサワサワと音を立てている。
海へ向かって流れているであろう細い川も何本か見える。
さらに遠くには頂上が真っ白の山脈が大きく広がっていた。
「あぁ、ミーレの村。ビスタ広原の村でしたのね。」
彼女はそう言いながら丘の麓にある村を見ていた。
「何か因縁でもあるんですか?」
「この広原は300年ほど前まで魔族の街でしたの。魔都ビスタ。魔術と魔鉱石で栄えた街だと伝わってますわ。」
エラはそう喋りながら村に向かって歩き出す。
「この広原全て街だったんですか?」
「そう聞いています。散見される岩は建物の跡ですのよ。」
ほら。と彼女は近くにあった岩を指さす。
自然の岩ではなく、積みあがった石の柱の成れの果てがそこにあった。
「一度は見てみたいと思ったものですが、こんな形で目にするとは思いませんでした。」
「…栄えた魔都は滅び、風が吹くだけ。ですか。」
盛者必衰だったか。
栄えたものはいつか衰え、形あるものはいつか滅びる。
300年という長い年月で村へと縮小していったのだろう。
「滅びたのではありませんわ。滅ぼされたのです。」
エラは静かに、強い口調で言う。
「かつてこの大陸では大規模な侵略戦争がありましたの。魔都ビスタもそのなかでベルガーの王族と貴族に滅ぼされましたわ。」
口調が強まるとともにズンズンと進む足が速くなっていく。
「理由もなく開戦を告げられたそうです。でもビスタの人々は、抵抗をしなかった。彼らは人族も魔族も同じ人類だと、話し合えば理解し合えるという姿勢を崩さなかった。そしてそれに付け込んだ四大貴族であるキングソード家の一派は卑怯にも話し合いに応じるふりをして街に入り込み、虐殺を行ったのです。」
ギリリと、彼女の強く握られた拳が音を立てる。
「…多くの罪のない人命が失われました。ただ、魔族というだけで!」
彼女の背中から、とめどない憤りと哀しみが見て取れた。
「…取り乱しましたわ。ごめんなさい。」
大きく息を吐いてからエラはそう言った。
虐殺ね…。
前世でも、幾度となくあった戦争や紛争。
俺は直接体験などしてはいないが、その悲惨さは写真やら映像でなんどか見たものだ。
どれも絵空事に思えていた。遠い世界のことだと。
だから、彼女の憤りをしっかりと共感してあげることが出来ない。
感受性が乏しいというのは、損だ。
「…ベルガーの歴史は、いろいろ闇が深そうですね。」
「そうですわね。戦争と略奪で大きくなった国ですもの。そういう暗いところもありますわ。」
村の入口にたどり着き、彼女はもう一度息を吐く。
「さて、気を取り直しますわ。まだまだ首都まで遠いのですから。」
「そうですね。焦らず行きましょう。」
村の様子は入り口から十分に見て取れた。
規模としてはイングリットの村と同じくらいか。
木で組まれた建物が多数あるが、礎となっているのは魔都ビスタの建物の跡地だ。
多くの人が行きかうというほどではないが、乗合馬車の停留場もある。
ギルドの出張所に、酒場もある。
装備屋も鍛冶屋もある。
旅を始めるには十分な村だった。
まず立ち寄ったのは雑貨屋であった。
首都ロッズにあった雑貨屋ポーを思い出すような店構えであったが、綺麗に掃除されているし店員は鳥は無かった。
ここで魔物の皮や肉を売るのだ。
「とれたて新鮮でしてよ!?華貨20枚はくだりませんわ!!」
「生肉だと足が早いでしょうが。華貨10枚!それ以上は他をあたんな!」
暗い緑色の肌をした店主が理由をつけて値切るのに対して、エラは強気だ。
しかし相手はベテラン商人。
やいのやいのと言い合って。結局折れたのはこちらだった。
"河猪"の肉はこの辺ではありふれた物らしく、そこまで値段も上がらない。
高く売れたのはむしろ皮の方だった。
売上金を握りしめてグヌヌと唸るエラ。
今度は旅に必要な物品をこちらが値切って買い叩きにかかる。
一方で、俺は別の店員と立ち話をさせてもらった。
その店員も魔族だ。
「この辺りって魔族の方が多いですね。」
「そうか?まぁこっちからしたら人族の旅人は珍しいし、お互い様か。」
「人族って嫌われてませんか?宿を断られたりしない?」
「昔はそういうのもあったかなぁ。母ちゃんが人族には関わるなって言ってたけど。」
「今はそうでもない?」
「払うもの払ってりゃ文句はないよ。そこの"2枚の栞亭"なんて安くていい仕事してるって評判だ。」
おっと、良い情報ゲット。
今日の宿はそこにしよう。
「ユリウス!聞いてくださいまし!麻袋が華貨3枚もしますのよ!?王都でしたらタダ同然ですのに!」
「嬢ちゃんよぉ、文句があるんなら王都で買い物しな!関所の通行賃だけでも高いんだからよ。」
頭に被るための替えを彼女は買っていた。
あんまりそういうのはたくさん買わないほうがいいのだが、ひとまずは気になった単語について伺うことにした。
「関所で通行賃を取られるんです?」
「あぁ、首都や大きめの村に続く街道には関所があってそこを通るときに取られるんだ。かといって迂回ルートには盗賊や魔物がウロウロしている。安全に荷を運ぶなら避けて通れないのさ。」
「なるほど。」
このベルガー大陸はアリアーと比べればかなり広い。
その上、ベルガーの王政は大陸中心部に集中している。
こういう末端の場所までは統治も街道整備も手が回っていないようだ。
イングリットの村でもコガクゥの村でも物価にはここまで大きな差は無い。
…ドミトル、あれでいて優秀な領主だったんだな。
むくれるエラの背中を押しながら店を出て、すぐ近くにある"2枚の栞亭"で部屋を取る。
わりと目立つその宿は壁面に名前の通りに2枚の栞が描かれている。
そしてその下に魔族の言葉で「何度でも帰っておいで。」と書かれていた。
宿に入ると赤子が2人揺りかごで寝息を立てていた。
その傍らにはお腹を大きくした女性が1人。母親だろう。
彼女は小さく会釈すると受付に目線を送った。
「いらっしゃい。」
寝る子を起こさないように気を使って店の主人が小声で迎えてくれる。
ここに居るのは皆一様に巻き角のある魔族だ。
おそらく家族経営。
「…?」
何やらジッとこちらに目を向けているので、思わず首を傾げた。
「あぁ、ごめん。人違いだったみたいだ。あなたは耳長族じゃないね。」
「人族ですが、何か?」
「むかし《沈黙》のユースティスという魔術師が来たことがあったから。また来たかなって。」
彼はそう言って彼は棚の上に目線を向ける。
そこには皮でできた継ぎはぎの三角帽子があった。
「忘れ物を取りに来たのかなと思ったんだけど、魔術師違いだったみたいだ。」
「そうですね。俺は人族ですし、魔道士です。惜しかったですね。」
《沈黙》のユースティス。有名な魔術師の一人だ。
耳長族の少年で、多くの魔術を使いこなす旅人。
とくに目的も持たず、ふらりふらりと練り歩いては出会った盗賊やら山賊を片っ端から潰しているらしい。
語られぬその理由ゆえについたあだ名が《沈黙》。
無差別攻撃系正義の味方だ。
「宿を2人分お願いします。これから長旅なのでフカフカのベットが良いです。」
「うちはベットだけは一流だからね。まかせておくれよ。1部屋華貨20枚だけどどうする?」
「どうする?」
くいとエラの方を見る。
彼女は宿の主人の奥さん、つまりは女将さんのお腹を触っていた。
「私たちの種族は必ず双子なの。これから大変だわ。」
「家族が2人ずつ増えるんですのね。素敵ですわ。」
女将さんは麻袋を特に気にせず話していた。
「…2部屋で。」
「家族、増やさないの?」
「10歳の人族にはまだ早いです。」
「お堅いね。面白いからちょっと負けといてあげよう。」
そう言って彼は華貨を10枚返してくれた。
「夕飯にでもしなよ。」
首都ロッズにいた御者さんを思い出した。
そういう人柄の種族なのだろうな。良い人たちだ。
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「つ、ついにギルドですのね。胸が高鳴りますわ。」
荷物を置いてから俺たちはギルドの酒場へ来ていた。
出張所ということでこじんまりとした店舗だったが、ちゃんとスウィングドアもついている。
今回は冒険者登録と両替。
冒険者手形は無くしてしまったし、旅をするならギルドの依頼を受ける時もあるだろう。
それに旅をするついでに小遣いをかせぐ運搬依頼も受けることが出来る。
荷を運ぶだけでお金が入って目的地まで移動できる。至れり尽くせりだ。
両替はリスク分散のためだ。
コイン一枚無くしたら全財産無くなりました。というのは避けたい。
靴の中、カバンの底、帽子の内側などなど。
念のためにちょっとずつお金を入れて盗難や紛失に備えるのだ。
あと単純に白金王貨の価値が高すぎて通常の店だと使えない。
「冒険者が酒を飲み交わす酒場。中には血気盛んな荒くれ者たちの喧騒。埃っぽい店内と紫煙で息が詰まるような空気…。」
まだ入り口に立っているだけだというのに、彼女はうっとりとしていた。
「先に入りますよ?」
「駄目ですわ!普通に入ったらナメられてしまいますわ!第一印象で酒場全員を黙らせてこそでしてよ!?」
お手並み拝見だと思って彼女の思うままにしてもらうことにした。
案の定、スウィングドアを思い切り両手で開け放ってエラは入場していった。
あぁ、アーネスト先生。
どうしていま居てくれないんです。
「扉は静かに開けるんだな。子猫ちゃん。」
とか言ってやってくれればいいのに…。
そう思いながら勢いが残ったまま暴れるスウィングドアを手で止めながら後に続いた。
中に入れば、強面の魔族が数名酒を飲んでいた。
どいつも体が大きく、猪顔の魔族は顔に傷が入っている分迫力がある。
脇に居るのは鱗の民とか自称する魔族だったか。コガクゥで見たものよりも幾分かゴツゴツしている。
あれは人狼族だろうか…。狼というよりブルドックの頭がついている。ご丁寧に棘付きの首輪までしていた。
それらの視線が一斉に俺たちに注がれる。
ギロリと、殺気にも似たそれに思わず身を固くする。
おかしい、ギルド管理のはずなのにコテコテな荒くれ者の溜まり場になっている。
まぁ視線が注がれるのは仕方がない。
かたや10歳の魔術師風ガキ。
かたや麻袋を被った観光客風の女。
冒険者には、まぁ見えないだろうな。
「想像通りですわ…!」
何故か嬉しそうにエラは耳打ちしてくる。
何というか、いろいろ知識があるかと思えばこんな感じではしゃぐ一面もある。
経験豊富な女旅人かと思えば世間知らずのお嬢様のような反応が返ってくる。
なんとも、二面性に富んだ人だ。
もしかして二重人格なのだろうか。
顔を隠しているのは人格のスイッチを隠すためとか?
…それならやっぱり仮面の方がいい。
なんなら眼鏡でもいい。
むしろ眼鏡の方がいい。
カウンターへ向かいながらそんな事を思う。
ニタニタと、なにやら見世物に向けられるような笑みを客たちに向けられながら進む。
カウンターの女性は耳長族だ。
しかし、見た目がククゥ達とは違う。
褐色の肌に灰色の髪。
やたらとキツイ眼つきに耳長族としては豊満な胸。
ディアンドルも大分き崩されている。
それはそれで目の保養になるからOKです。
…彼女も魔族のハーフだろうか?
と思っていたが。
『ガキが何のようだぃ。女なんか連れていい身分だな。』
「へ?」
受付に魔族の言葉で話しかけられた。
参った。
文字の読み書きは得意なのだが、喋るのは出来ない。
ついでに後ろの客が小さく噴き出す音が聞こえた。
「あ、えーと…。冒険者。登録。できる?」
『なんだ、魔族語喋れないのか。家に帰れよ。能無しが。』
また魔族の言葉で話しかけられる。
すると徐々に客たちは笑いを抑えられなくなっていた。
『手加減してやれよシンディ。坊やが困ってるぜ?』
『初めてのギルドでお上りさんなんだ。優しく迎えてやろうぜ?な?』
ヒヒヒと、いかにもバカにしてますといった表情で彼らは語る。
『しゃーねぇなぁ。』
頭を掻きながら受付嬢は気だるげにこちらに向き直る。
『帰んな、ここはガキの遊び場じゃねぇんだ。人族は乳臭くてかなわねぇぜ。』
途端に酒場は笑いに包まれる。
人を嘲り笑う、ギャハハ笑い。
それくらいは俺にでもわかる。
さて、どうしてくれようか。
エラの方を見る。
エラは傍らで直立不動だった。
客の魔族に顔を向けたまま微動だにしない。
「ユリウス、気にせずに続けましょう。」
「え、あぁはい。」
彼女の言葉に俺は従う。
もう一度カウンターに目をやる。
「冒険者登録と両替をお願いします。あと首都ソーディアへの乗合馬車はどちらから出てますか?」
『おいおい、コイツ、全然言葉が通じてないぞ!』
再び笑いが起こる。
いい加減俺も話が進まないのでイライラしてきた。
ここは1つ土魔法で全員拘束して受付嬢にはヌヘヘグヘヘな展開で辱めてやろうか。
鼻にこよりを突っ込んだり、ほっぺをつねったり…。
『その辺にしないか。みっともない。』
カウンターの端の方からそんな声が上がる。
そちらを見ると、老人が火酒をチビチビと口にしていた。
伸びた髪と髭で顔はほとんど見えないが魔族だ。
暗い青色の肌と四本の腕…。
いや、三本だ。右側の腕が1本途中で無くなっている。
脇には紋章の入った鞘に収まっている長剣がたたずんでいた。
おそらくは戦士だったのだろう。
「すみません。旅の方。田舎者の戯れと思って許して下され。」
おお、人族の言葉。
この老人は話が通じそうだ。
「シンディ。冒険者登録と両替。あと馬車だ。仕事に戻りなさい。」
「…チッ。わぁったよ村長。」
なんだ、シンディも喋れるじゃないの。
可愛いんだからもっと愛想よくすればいいのに。
『お前たちも、旅人で遊ぶ暇があるなら河猪の一頭でも狩ってきたらどうなんだ。』
老人がそういうと客たちも舌打ちをしてゾロゾロと出ていく。
「ほら、登録盤だ。使い方は自分で考えろ。」
「えー。僕わかんないですぅ。」
「甘えんなガキが。」
「シンディ…!」
口の悪いシンディを村長が叱る。
彼女は渋々対応に移る。
心なしか落ち込んで耳が垂れているようにも思える。
さっきのお返しがてら面倒をかけてやるぜ。
ククク、悪いユリウス。ダークユリウス様だ。
縮めてダリウス。
簡単に逃げれるとおもうなよシンディ。
『この村の村長様ですね?』
シンディで遊んでいる間にエラが動いた。
流暢な魔族語で彼女は村長に話し掛ける。
いや、喋れたなら対応してほしかった。
村長も「お前喋れたのか…。」みたいな顔してるし。
『魔都ビスタでお過ごしになられたことはありますか?』
『おぉ、なんとも懐かしいことを言いだす方だ。ご同輩かね?』
『人族の者です。多少は血が流れているかもしれませんが。口外は許されておりません。』
『…では、王都の…。』
「おい、筆がとまってんぞ。サッサとしろよ。」
村長とエラの会話が気になってしまってシンディいじりがおろそかになってしまう。
「すみません、気が変わったので先に両替をお願いします。」
「…。」
凄まじく嫌な顔をしながら彼女は硬貨を受け取って裏へと向かう。
「ちょろまかさないでくださいね。」
「わぁってるよ、うっせぇな!んなことしねぇよ。こちとらギルドだっつうの。」
彼女を見送ったあとに、再び村長たちに意識を向ける。
『─我々は結局、侵略戦争で何もできませんでした。抗うことも、逃げ出すことも。結果として隷属の示しとして腕や足を切り落とされ、神に祈ることも職に就くことも許されず。ただ生きる労働力となることを選んでしまったのです。』
『…辛かったでしょうね。人族は恨まれても仕方のない話ですわ。』
『もう昔のこと。それに大貴族がやったこと。人族すべてを恨むなどこのちいさな魂でどうして出来ましょうか。』
『でも、戦ったのでしょう。村長様はその剣で。』
『魔物から街を守るための剣です。…私も貴族に使える身でした。主に剣を向けるなどとても。』
『主従など、身分など。関係のないことですわ。誰かを虐げることが、許されてなる物ですか…。』
『…お嬢さん、あなたもしかして。エレノアという名前に心当たりがあるんじゃないかね?』
『どうしてその名前を?』
『なに、魔族に優しい王族のお嬢様が居るって噂を聞いてのぉ。年寄りの勘ぐりじゃ。』
ハハハと村長が笑う。
『旅の方。エレノア様に伝えてくださいませ。どうか、良い国をお治めください。と』
『…承りました。必ずやお伝えしますわ。』
エラは深く頭を下げてこちらに帰ってきた。
「ながながとすみません。立ち話に花が咲いてしまいましたわ。」
「どんな話をされてたんです?」
「他愛もないお話ですわ。長生きの村長様に魔都ビスタがどんな街だったのか聞いていたのです。」
「なるほど。」
ふーん…。
内心思いながら、俺は両替して帰ってきた王貨を数えていた。
アリアーでいうところの金貨だ。
財布にあったものも合わせて全部で22枚ある。
今後の軍資金だ。
ちなみにディティス通貨とテルス通貨も両替したが、こちらは二束三文といったところだ。
「魔族の言葉、話せたんですね。なんか意外です。」
「淑女の嗜みですわ。幼い頃に近しいものが魔族だったので自然と身についてしまいました。」
彼女はそういう。
「おい、出来たぞ。」
ポイと放るように冒険者符形が届けられる。
名前の所は"ユリウス・ヴォイジャー"としてある。
当然偽名だ。
俺の中で村長の剣をみてから、ある疑惑が浮かんでいた。
「重ね重ねすみませんな旅の方。シンディには言っておきますので。」
村長が申し訳なさそうに頭を下げる。
俺はそれを、まぁまぁと制した。
「…ところで、村長さん。その剣はもしかして貴族からの賜りものですか?」
「おぉ、よくわかりましたな。古い貴族に仕えていたころの名残ですじゃ。若い頃はそこそこ腕が立ちましてな。街の剣技大会で物見に訪れていた貴族の方から街の衛兵の任とこの剣を授かったのですじゃ。」
彼は懐かしそうに誇らしそうに剣を撫でた。
とても古い実直な長剣。
鞘の紋章は、見たことのある紋章であった。
「"エバーラウンズの剣は断つ剣にあらず。守るべくを守る剣なり。"」
「ど、どこでその言葉を…!?」
やはり、通じた。
「本で読んだ言葉です。何故か思い出されてしまいました。」
ささっと荷物をまとめて席を立つ。
「それでは、旅の支度があるので失礼しますね。長生きしてくださいね。村長。」
エラと一緒に酒場を後にする。
「あ、あなたは…あなた様は…。」
村長の声を振り払うようにして外へ出た。
彼の剣に刻まれた紋章は、蔦の絡みつく丸い盾の紋章であった。
それは我がエバーラウンズ家の家紋である。
侵略戦争に、エバーラウンズ家が絡んでいるのは明白だった。
首都ロッズで神父様から聞いた話だと、アリアー存続の危機を救った英雄だがそれはアリアー側の視点。
ベルガー側ではキングソード家と手を組んで魔族を殺して回った大悪党だ。
今でこそ名前が廃れて久しいが、この村の村長みたいに長生きの魔族もいる。
「エバーラウンズだと!?あの時はよくも!!」
みたいな恨みはらさでを食らうのも癪だ。俺にとっては名前も知らないご先祖様の話なのだから。
その予防のためにしばらくエバーラウンズの姓は封印することにした。
今日から俺はユリウス・ヴォイジャー。しがない旅人だ。
「ここから首都ソーディアまでは乗合馬車で向かいます。3つ村を経由するのでかなり時間がかかりますが安全に着けるはずです。そして首都ソーディアでもう一度支度した後はそのままベルティスへと向かいます。」
「そうですわね。ここらが正念場ですのね。」
「ギルドで運搬依頼も受領しましたので、まずは隣村へ行きましょう。でもその前に装備と地図の入手ですね。今日は忙しくなりますよ!」
ついに本格的に始まる異国の旅に俺は少なからず胸が高鳴っていた。
やはり冒険者だの旅人というのは一度は経験しておかねばなるまい。
剣と魔法、そして魔物と戦いの旅路。
魔道士ユリウスと謎の女エラの冒険が始まるのだ。
ユリウス・ヴォイジャー 10歳の初夏。
俺は旅人になった。
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さて、話は変わってエラの件だ。
俺は魔族の言葉はしゃべれない。
しかし、聞き取ることはできる。
エラは気づいていないかもしれないが、酒場での会話は全て理解できている。
ネィダの修行のおかげだ。師匠の話す魔道の話には魔族の言葉が使われることがしばしばあった。
発音こそ難解で、習得出来てはいないが今後は習得する予定である。
どうやら、エラは魔族の歴史に対して強い憤りを抱えている。
街の在り方、人の生末。それらをやたらと気にしている。
買い物の時もそうだ。
麻袋の値段について怒っている様子では無かった。
あれは通行料を払わねばならないという体制そのものに対する言葉のように取れた。
…勘ぐりすぎだろうか。
しかし言葉の端々から彼女の正体が滲んできている気がする。
王都で買い物したことがあったり。
身近に魔族言葉を話す何者かが居たり。
エレノアという名前に反応したり。
おそらくは彼女は貴族とかそういう身分の高い人物だ。
そして魔族の言葉を教えた人物が彼女に魔物の捌き方を教えたに違いない。
うーん…。
そこまでわかってても、ますます謎だ。
まぁ、あまり探るのは良くないか。
どちらにしても、彼女を送り届けたら俺はササッとアリアーに帰る身の上だ。
考えるべきことは安全に旅をすることと、彼女が麻袋で窒息しないようにすること。
近いうちに家族への手紙も出そう。
俺は元気です。
必ず帰りますので待っていてくださいと。
…まだまだやることが山盛りだ。




