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第三十三話 「殺し文句」

 さぁ!陸が見えて参りました!

 実に16時間!孤独な闘いを制して今!魔道士が再び大地へと足を付けるべく!

 風を!そして炎を操りながら!海岸へとたどり着こうとしております!


『さくらー…ふぶー…きのぉ…』


 脳内に24時間マラソンの実況を浮かべながら歌う。

 眼の下にたっぷりのクマを浮かべた俺はまだ空を飛んでいた。


 すでに夜は明け、まばゆい朝日が昇ろうとしている。

 先も実況が言っていたが、日が沈む前から再び昇るまでの約16時間。

 長時間連続飛行を続けている。

 はやくも出来ず、かと言って諦めることも出来ず。

 休むことも眠ることもできないまま、真っ暗な海上をひたすら飛び続けた。

 雲の切れ間から月の光が照らさなければ真っすぐに飛びことも出来なかっただろう。

 月の女神様ありがとう。


「…大丈夫ですの?」


 エラが心配して声をかけてくれる。

 人におんぶされたままのその姿勢で彼女もよく頑張った。


「もう、限界ですぅ…。」


 彼女も頑張った、とは思いつつも俺は涙目になりながら訴えた。

 魔力は枯渇寸前。

 頭も回らず、おなかペコペコ。

 海風にさらされ続けて口の端や眼尻がずっとヒリヒリしている。


 明るくなった海面は透き通っており、海底の白い砂や珊瑚礁もはっきりと見えた。

 波も風も穏やかだしもう着水して泳いだ方が早いかもしれない。

 しかし、油断ならない明らかに人間より大きな魚影も時折見える。

 あれが魔物の類であるならばまず間違いなく襲われる。

 海岸まではノンストップでなければならない。


「あと少しの辛抱ですわ。頑張って下さいまし!」


 ゴールの海岸は見えている。

 崩れかけた小屋のある小さな浜辺。

 船から見えていた街灯りからは多少離れたが、それでも俺たちから一番近い陸地だった。

 もう目と鼻の先というところで、高度を保てずに徐々に徐々に海面に近づいてしまう。

 燃焼推進の推力が落ち始め、熱輪が水に触れる。


「…エラさんごめん。」


 ボシュゥゥと水蒸気を上げながら、結局そのまま海に落ちた。


 ガボガボとあぶくを噴きながら俺たちは沈んだ。

 柔らかな砂に迎えられすぐに海底に着いた。


 砂、土…。地面!


 最後の魔力を振り絞って土魔法を行使する。

 砂を盛り上げること2メートルほど。

 自らが浮くのではなく、海底を隆起させることで海から上がった。

 至る所に海藻がへばりついたが、魔物よりは何倍もマシだ。


 エラもせき込みながら、地面に横たわる。


「よくたどり着きましたわユリウス…。あなたにはなんと感謝していいやら…。」


 塗れた麻袋で呼吸しずらいだろうに、エラはそれを外さずに言う。


「も、もう、一歩も歩けない…です…。」


 空腹、疲れ、寝不足、魔力枯渇。

 四種の贅沢チーズじみたバッドステータスの盛り合わせに、俺は何もかも投げ出してそのまま眠った。


「あとはお願いします…。」


 最後にそれだけエラに伝えた。

 と、思う。


 ---


 その後すぐに目覚めたと錯覚するくらいに時間経過を感じない睡眠だった。

 眼を閉じ、開いた瞬間には夜になっていた。


 見上げる満点の星、そして崩れかけた天井と固い床。

 浜辺にたどり着く直前に見えた小屋に寝かされているのが分かった。


「…お空、綺麗…。」


 安堵して呟いた。

 しかし、夜風が冷たい。

 と思ってふと自分の体を見やると今度は俺が素っ裸になっていた。

 一応、股間の所に布がかけてはあるが、完全に生まれたままの姿のユリウスだ。


「嘘。嘘だろ。」


 バッと周りを見渡す。

 服がない。

 杖もない。

 帽子もローブもナイフも何もかも。

 エラの姿もない。


 ─ごめんあそばせぇ!!


 全部持って何処かへ走っていくエラの姿が思い浮かんだ。

 あり得ることだ。

 彼女の正体はもしかしたら女怪盗で、うっかり捕まってあんな目にあわされていたということもある。

 まぁ、勝手に信頼した俺が悪い。

 用が無くなればポイなんて、よくある話だろ。


「マジかぁ…。」


 と、再び床に転がった。

 何か考えたりとか出来ない。

 余りの疲れで抜け殻状態だ。


 ─ギュゴゴゴゴゴ…。


「腹減った…。」


 お腹の虫君ばかりが元気だ。

 コガクゥの村を出る前に何か食べとけば違っただろうか。


「あら、目覚めましたのね。ユリウス。」


 頭上から言葉が降ってくる。

 上を見上げれば、エラが服を畳んで持ってきていた。


「…身ぐるみ剥いであなただけ逃げたかと。」


 そういうと「まぁ心外!」と、俺を見下ろすようにしゃがみ込む。


「私こう見えても恩には報いる女でしてよ?」


 エラは洗濯物を俺の上に置きながら、意地悪っぽくそう口にした。

 服、ローブ、三角帽子。

 衣類は一通り、綺麗に洗濯されていた。


「勝手ながら、洗わせてもらいましたわ。お互い臭いのは好ましくありませんもの。」

「…見ました?」


 何がとは言わないが、ナニを。である。


「えぇ。この目でしかと。ウフフ。」


 見られた。

 ユリウスの、ユリウスが日の目を浴びてしまった…。

 若干の喪失感を感じていると再びお腹が鳴った。


「お食事にしましょうか。火をおこしますので早く服を着てくださいまし。」


 ウフフと笑いながら彼女は小屋から出ていった。

 言われた通り服を着ながら彼女について考える。


 なんというか、不思議な人だ。


 年齢は人族であれば20前後なのはほぼ確定だろう。

 しかし、振る舞いはどうにも年齢から離れている。

 顔を見せない辺り、魔族だろうか。それとも耳長か。

 もしかしたら3つ目だったりとかするのだろうか。

 獣人族でないのは確かだ。彼女のお尻には尻尾がない。


 あとはどういった身分、ないし職業なのかも気になる。

 今袖を通しているシャツもズボンも、シェリーたちが畳んだそれとそっくりだ。

 おそらく従者としての教育も受けているのだろう。

 だが、「わたくし」とか「でしてよ」とか。

 いかにもお嬢様っぽい口調で話す。

 良くわからない。


 などと思いながら服を着て外に出ると、すでに焚火がたかれていた。

 脇には翡翠石の杖、その先端には盗賊のナイフが括りつけられている。

 そして見事に脳天を突かれた大きな魚が2匹。

 南国っぽい鮮やかな水色の鱗だが、確か食べられる魚だ。


「自分で取るのは初めてでしたけど、案外出来るものですのね。」


 素潜りで仕留めたのか。

 ますます存在が謎になる。


 そう思っていると。彼女は杖とナイフを分離させてから俺に返した。


「料理だけは出来ませんの。お願いしてもよろしいかしら?」

「…素焼きくらいしかできませんよ?」

「食べられれば問題ありませんわ。」


 そういうことならばサクッとさばいてしまおう。

 生前では釣りを嗜んだこともある。

 魚をさばくのも、まぁ出来ないことは無い。


 鱗を落とし、内臓を出し、身を水魔法で洗って後は木に刺して焼くだけだ。

 サバイバル系の番組とかも見ていてよかった。


 バチバチと火に当てながら焼き上がりを待つ。


 ギュウウウウゥゥゥゥ…。


 俺の腹が鳴る。


 クュウウゥゥ…。


 エラのお腹も鳴る。

 彼女はコホンと咳払いをした。


「…すこし、急ぎますか。」


 俺は土魔法で釜土を作る。

 そこに火魔法で熱を加え、遠赤外線とかなんかそういったよくわからん─。


 とにかく早く火を通す!

 もうおなかが空いて限界だ!!


「出来た!!!」


 パリッと焼きあがった焦げ目の付いた皮には切れ込みを入れてある。

 そこから見えるふっくらとした白身からほわりと湯気が上がる。


 白身魚の串焼き。

 塩も何もかけないシンプルな焼いただけの料理だが。今は何よりもご馳走だ。


「…お祈りは、省略でいいですか?」

「…今日はそうしましょう。」


 そう言われて魚に食らいつく。

 豊穣の女神よ許したまえ。


「──ッぅう!!」


 涙が出るほど美味かった。

 気持ち的には数日ぶりの食事だが体的には1か月ぶりの食事だ。

 肉体が細胞レベルで喜んでいる。

 もっとだもっと寄越せユリウスと、生唾の大洪水だ。


「…っと。」


 ふと気が付いて俺はエラから距離を取った。

 彼女に背を向けてもう一口魚を頬張る。


「絶対見ませんから。食べてください。」


 エラは出来上がった魚を持ったまま固まっていた。

 麻袋を被ったままでは食事など出来ない。

 もう少し早く気付けばよかった。


「その言葉、信じても良いのかしら?」

「俺はこう見えても義理堅い男ですので。必要でしたら壁でも作りますが。」

「…いいえユリウス、お気遣い感謝しますわ。」


 バサリと麻袋が地面に放られる音がした。

 そして、勢いよく魚をガッつく咀嚼音。


「…本当に、本当に美味ですわ…。」


 声を抑えてはいるが、泣きながら食べているのがわかる。

 攫われてから俺は意識がなかったが、彼女は起きていたはずだ。

 眠れないこともあっただろうし、食事をとれないときもあっただろう。

 武器を持った悪党に囲まれ、辱めを受ける。

 壮絶な日々であったことだろう。


「うぅっ…グスッ。ひぅぅ…。」


 徐々に抑えきれなくなってきた嗚咽を背中で聞きながら、俺も食事をつづける。

 約束通り、俺は彼女の食事が終わるまで一度も振り向かなかった。


 彼女の顔を見たいとも思うが、人にはそれぞれ事情というものがある。

 彼女の存在が謎ということは、複雑な人生がそこにあるということ。

 いつか彼女の素顔を彼女自身が見せてくれるまでは、ソッとしておくとする。

 俺はデリカシーを持ち合わせた紳士なのだ。


 食事を終えるころには魚は骨以外可食部が綺麗になくなっていた。

 前世も通しての人生の中で最も綺麗に魚を平らげた日となった。


 ---


「あぁぁぁ…!生き返りますわぁ…!!」


 ザバァと勢いよく地面に降り注ぐお湯。

 腹も膨れ、魔力もある程度戻った俺は露天風呂を作った。


 潮風やら体液やらでエラの体はベトベトだ。

 一番風呂は彼女に譲った。


 俺は小屋の中で待機だ。

 ローブを頭からすっぽりかぶって絶対に見ません覗きませんの構えを取っている。


「こんなところで湯あみまで出来るだなんて…。魔道士というのは素晴らしいわ。」

「エラもやろうと思えばできるでしょう。」


 至極簡単なことだ。

 土魔法で湯舟を作り、水魔法で生成した水をその場で火魔法で加熱してやればいいのだから。


「手間を考えてくださいな。これだけの水を一から沸かすのにどれだけ魔力が要ることやら。」

「あー。そういうことですか。」


 一度に風呂一杯の水を温めるのか。それとも、ほんの少しの水を継続的に温めるのかの違いだ。

 当然後者の方がすぐに温まり、魔力の消費も少ない。

 出来上がるお湯の量が同じでも後者の方が圧倒的に効率が良いのだ。

 しかしそのためには訓練が必要となる。

 炎と水、2つの魔法を同時に操るのは魔道士としての訓練が必要だ。

 そういうところでは魔術師よりもアドバンテージがあるかもしれない。


(…つまりは便利力の勝利ということか…。)


 暮らしを豊かに、というのがアリアーの国神。

 豊穣の女神"アレイシア"の聖書にある根本の考え方だ。

 そういう意味合いではアリアー国民らしいと言えばらしい。


 熱量の事を言うなら、思い当たるのが星雲の憧憬(ネビュラ)の事だ。

 現象では、必要ラインを満たしてはいる。

 しかし使えば使うほど荒が見えてくるのだ。

 ある時はシエナの風魔法にレジストされて出力が安定せず。

 ある時は燃費優先しすぎてスピードが出ぬまま一晩飛び続ける羽目になる。

 今後の課題としては安定性と燃焼効率の向上。

 何かいい手段を思いつかねば。

 かけがえのない俺だけの手札。活かさない手はないだろう。


「…ユリウス。少しお話を聞いてくれるかしら?」


 考え事をしているときにそう声をかけられた。

 何をそんなに改まっているのだろうか。


「どうぞ。」

「ありがとう。」


 彼女はそう言って、少し間を置いた後に口を開いた。


「まずは改めて謝罪するわ。命の恩人に顔も名前も明かせないこと。本当にごめんなさい。」

「その件については大丈夫です。理由あるのわかりますから。」


 俺はそう返す。

 彼女は言葉をつづけた。


「この数日共に過ごして、私確信しましたの。ユリウス。あなたはこの状況下で私が唯一、全幅の信頼を寄せることの出来る人物であると。剣術も魔術も王宮騎士に匹敵する実力があるのは疑いようのない事実。」


 王宮騎士?

 テオと同じだけの実力があると?

 それはかい被りすぎだ。

 俺はただ飛べるだけの平凡な魔道士。

 魔術を使えないという点ではその辺の子供よりも劣る。


 とは思ったものの、俺は黙って耳を傾ける。

 謙遜は行き過ぎれば卑屈だ。


「そこであなたに頼みたいの。私をベルガーの首都ベルティスまで送り届けて頂けないかしら。」


 首都ベルティス。水の都とも呼ばれるベルガー大陸にいくつかある首都の一つだ。

 たしか、テオが実地研修に行ったのもその街だったか。


「ベルティスまでたどり着ければ、私の…。仲間。仲間が迎えに来てくれますわ。」


 何やら一瞬言い淀んだが、彼女は続ける


「それが叶えば、私に用意できる限りの謝礼を差し上げます。お金でも、土地でも。あなたが望むのであれば私の体だって差し上げますわ。どうか。お願いします。ユリウス。」


 …いまさらっととんでもないことを言わなかったか?

 童貞卒の光明が見えたのではなかろうか?

 とは思えども、じゃあ体で!とは言えない。

 俺のヘタレ具合を甘く見てはいけない。

 たとえあの女神のような肉体を差し出されたとしても、簡単に手を出せない筋金入りのヘタレだ。

 …筋の通ったヘタレとは何なんだろうか…。


「…すぐに返事をすることはできません。俺には─。」


 帰りを待っている家族がいます。

 と言おうとしたところで、ピタリと口が止まった。


 エラにも居るだろう。

 彼女を待っているであろう家族が。

 それは同じ境遇だ。

 対等なことだ。


 グッと口をつむぐ。

 大丈夫、俺の家族には手紙を出して無事を知らせればいい。

 だがエラは俺だけが頼りだといった。

 麻袋に関係のある何か重大なことなのかもしれない。


「…まずは明日、明るくなってから近くの町へ向かいましょう。エラの依頼を受けるかどうかはそこで決めます。」


「…そう。ありがとうユリウス。いい返事を期待していますわ。」


 とりあえずは、依頼についての話はそこで打ち切った。

 まだまだ考えることも、知らなきゃいけないこともたくさんある。


 しかし、まずは明日になってからだ。


 ---


 一晩中彼女の頼みごとについて考えてしまった。

 一応は寝たものの、固い床だったこともあって寝不足状態の翌朝。

 浜辺から続く道をしばらく歩いた。


 道と言っても獣道に近い。

 茂みの中を草の生えていないむき出しの地面が続いている。


 生えている植物や気候の感じからするに、現在地点はアリアーより北に位置する国のようだ。


 アリアーは前世で言うところの南半球に位置する。

 南に行けば寒くなり、北に行けば温かくなるのだ。


 そして今いる場所はアリアーのほぼ真ん中にある首都ロッズよりも温かく空気が湿っている。

 シダのような植物も目にするところから、おそらくはそうではないかと予想した。


 出航してから20日前後、であればこの辺りはディティス列島帯かベルガー大陸のどちらか。

 そしてもうすぐ初夏を迎えようかという時期。

 ディティス列島帯には北へ向かう強い季節風が吹く。

 乗せられていた船の事を思い出せば、非合法ルートを使う以上さっさと目的地に着きたいはずだ。

 そうでありながら海の上で停泊をした。

 季節風ではなく、通常の風を待っていたのだと推測する。


 であればここはベルガー大陸の南東部ではないかと俺は睨んでいた。

 南西部であればアリアーの貿易地帯、そして国港同士を結ぶ貿易航路をまたがねばならない。


 おそらくは、アリアーの東側、山脈迂回ルートへ出た後に船に乗り換えたのだろう。

 そうすれば国港アルベールの出航検査もドラゴンロッドの衛兵たちの検問も突破できる。


 アレックスの一件でキースが気にしていたルートをそのまま使われたようだ。

 対策が待たれるところだが、ドラゴンロッド家。もといゼルジア家はまだ資金難から立ち上がったばかりだ。

 ドミトルの手腕次第ということか。


 などと思いながら草木をかき分けてやっと街道に出た。

 その頃にはローブを脱いで腰に巻いていた。


 こう思うと帽子も少しかさばるが、今後日差しが強い地帯に出くわさないとも限らないので手放せない。

 何よりネィダがくれた帽子だ。そう簡単には無くせない。


「見えてきましたわね。」


 麻袋被った状態でどうしてあの距離の物が見えるのかわからないが、彼女はそう言う。

 彼女の視線の先には村が見えてきていた。

 街道に沿うように出来た海辺の村だ。

 簡素な柵で囲まれた集落は真ん中に街道を通していた

 裏に切り立った崖、表にはすぐに波止場がある漁師町のようであった。


 規模としてはそれほど大きくはない。

 集落と言っても差し支えないだろう。


 しかしすぐには村の中には入らない。

 俺は岩の陰から観測魔法で様子をうかがった。

 水玉レンズを使って村人を探す。


「…行きませんの?」

「まずは偵察です。村人の姿を確認できるまでは入りません。」


 例えばすでに海賊に占拠されていた、だとか。

 謎の流行り病で村民全員が食人人種になっていた。だとか。


 うっかり幌を開けて馬車を間違えるような体験はまっぴらだ。


「魔族。魔族。耳長。魔族。人族。魔族。魔族…。」


 小舟を担いで陸を行く数名の漁師。

 村のはずれで店を開いている商人と、それを見に来た客。

 冒険者風の中年の男性とそれと会話する村人。


「…魔族が多いですね。」


 アリアーでは半々くらいであったが、ここは魔族が大半だ。

 彼らは本来魔族などと一括りに呼べる存在ではない。

 多種多様な少数種族がまとめて魔族と呼ばれているのだ。

 人族の都合の押しつけは大昔から続いているらしい。


 今見ている人々も、多種多様な姿をしている。


 船を担いでいる魔族は四本腕だったり、体がやたら大きかったりする。

 耳長族の商人と話している奥様方は目が4つあったり、皮膚の色が緑だったり。

 冒険者と話している村民は大きな角を生やしている。

 見慣れた種族ばかりではあるが、こうも揃っているのを見るのは珍しい。


 それはさておき、村自体はいたって普通の漁村に見える。

 特に不穏な感じは受けなかった。


「…大丈夫そうですね。村に入る前に資金がどれだけあるか確認します。ちなみにエラさんは?」

「ご存じの通りでしてよ。財布どころか下着も持ってませんわ。」

「…そうでした…。」


 彼女の着ているブカブカの海賊着の下はノーブラノーパンだった。

 …ちょっと興奮する。


「いやらしい眼つきをしてましてよ?男前が台無しですわ。」

「そ、そんなことは有ったり無かったりですよ。ははは…。」


 誤魔化しながらポケットから財布を取り出す。

 酔っ払いの海賊ドルドと、アッシュ少年から失敬した財布。

 殺すつもりなどは無かったが、2人とも海の藻屑と消えてしまった。

 名前くらいは胸に刻んでおこう。


 彼らの冥福をお祈りしながら中身をひっくり返す。

 ドルドの財布には形がばらばらの硬貨が乱雑に入っていた。

 俺がわかるのはアリアー通貨だ。

 銀貨が2枚と銅貨が6枚ほど入っているのはわかったが、それ以外はさっぱりだ。


「これはディティス通貨ですわね。こっちはテルス通貨。」


 エラは地面に散らばった硬貨を指でつついて分けながら言う。


 ディティスの通貨は黒っぽい金属が使われていた。

 前世のベイゴマのようなそれは大きさが異なったり、円形だったり8角形だったりと記号的だ。

 パッと見ではどれが高価なものなのかがわからない。


 テルス通貨は、一見お金なのかわからない。

 磨かれた乳白色の細い棒状のそれは麻雀のリー棒に近い。

 おそらくは動物の牙か骨が材料なのだろう。

 …やはりどれが高価なのかはわからない。


「これはベルガー通貨ですわ。華貨(かか)と言いますの。」


 花の模様が刻印された鈍い銀色の通貨を拾い上げて言う。


「アリアーでの銅貨に相当しますわ。アリアーの銅貨とはほぼ同価値であるかと。」

「なるほど。でそれが何枚あります?」

「…これだけですわ。」


 これだけ何種類も硬貨がはいっててそれ1枚だけとは…。

 先行きが怪しい。


「残るはアッシュの財布か。」


 外から触っただけでもわかる。

 中身は硬貨数枚しか入っていない。


 あまり期待せずに中身を返せば、やはりコロコロリと3枚の硬貨が出てきただけだった。

 金色の硬貨が2枚と銀色の硬貨が1枚。

 どちらもアリアーの通貨ではないようだが、やはり量が少ない。


「まぁ!!」


 しかしエラはその硬貨の内1枚をすぐにつまみ上げた。

 真珠のような不思議な反射のあるそれには冠の模様が刻まれていた。


白金王貨(しろがねおうか)ですわ!!」

「高いんですか?」

「ベルガー通貨で一番高価なものですの!これ1枚で2頭立ての馬車と御者が丸ごと買えてしまいますわ!」

「そんなに!?」


 馬1頭が金貨5枚。馬車一台が金貨8枚。それに加えて御者分の給料。

 つまりザックリと金貨20枚分の価値がある硬貨だ。

 アッシュという少年は相当ため込んでいたらしい。


「ギルドに行けば換金が出来ますわ!金王貨も2枚ありますし。当面は何とかなりそうですわね!」

「これで一安心ですね。」

「さっそく村で買い物をしましょう。それになにか食べませんと。」


 そうやってやっと俺たちは漁村へと足を踏み入れた。

 …すでに村人数名が「なんだあいつら。」と遠巻きにこちらに目線を投げているところだった。


 ---


「…ギルドが無いだなんて…。」

「まぁ、田舎っぽいですから。」


 この村にはギルドがなかった。

 イングリットの村にもなかったし、そういうこともある。

 というか、こんな小さな村にあったら逆に不思議に思う。


 俺たちはまずは腹ごしらえにと村唯一の飯屋に居た。

 まさに海の家といった内装…。内装では無いか少なくとも屋内とは言い難い。

 軒先の地面に直接長椅子と机が置いてあるシンプルなつくりだ。

 出店と言ってもいい。

 厚手のタープが張られているので雨風は問題ないだろうが、少々簡素が過ぎる。


 しかもこの村には服屋も武器屋もない。

 今日はたまたま月に一度の行商人が来る日だったからよかったようなものだ。

 下手をしたら彼女の下着も手に入らなかったかもしれない。


「とりあえず服が手に入っただけでも良しとしましょう、ね?」

「…むぅ。」


 麻袋越しでもむくれ顔なのが想像ついた。

 まったく表情がわからないのに、彼女は表情豊かだ。


 ボロボロでどれだけ洗濯しても臭い海賊着を処分した彼女。

 今は紺色のアロハシャツのような柄の服と茶色の7分丈のズボンを履いている。

 旅に向いた靴は無く、ひとまず漁師が履くサンダルを買った。

 海辺の町にはとても相応しいとおもうが、頭装備との化学反応でかなり浮いて見える。

 …まぁ。旅先で急遽手に入れた服とは大概そういうものか。


「それに次の行先も決まりましたし。順調ですよ?」

「わかってますわ。ギルドに行くのが少し楽しみだっただけです。」


 そう言って彼女は机に伏せった。


「それも次の村で叶いますって。」


 幸いなことに、俺の予測は当たっていた。

 ここはベルガー大陸の南東部。リーマム漁村。

 行商人の話では、近くにはいくつか村がありそれらを経由すれば南東側の首都"ソーディア"に着く。


 ひとまずの目的地は隣村であるミーレの村。

 そこにはギルドの出張所があり、武器屋も装備屋もあるそうだ。

 歩いて3日ほどの距離だそうだが、道中は魔物もでるらしい。

 それなりに備えなくてはならない。


「あーい、おまちどー。」


 上半身裸の魔族の男性が料理を運んでくる。

 左肩に大きくタトゥを入れた彼も魔族だ。

 青白い肌に3つ眼、そして尻尾がある種族。

 クアトゥ商会でバイトした時に退治した万引き犯を思い出した。

 あの時見たのはやせ細ったかんじだったが、店員は筋肉隆々だった。


「おたくら旅人かい?どっからきた?」

「アリアーから来ました。旅人…といえばそうですね。」

「へぇー。この村じゃ旅人は珍しくてな。」


 彼が顔を上げた先には村民が集まって物見の衆となっていた。

 適当に話を合わせるつもりだったのだが、注目の的である。


「しかし変な恰好してるな、とくにあんた。」


 店員はそう言ってエラを見た。


「顔に傷でもあんのかい?誰も気にしないから取っちまいなよ。」

「お気になさらず。これは私の趣味ですわ。元奴隷の癖が抜けきりませんの。」

「「は?」」


 俺と店員は同時に声を発した。


「今の主はそこのユリウスですわ。私がこれを取るのは彼が夜伽を求めるときだけですの。」

「へ、へぇ…それはまた…。」


 顔を引きつらせながら店員は俺を見る。

 いやいや、そんな目で俺を見るな。

 俺だって初耳だ。

 なんで俺がご主人様なんだ。

 でも悪い気はしない。

 …あとヨトギってなんだ?


「ま、まぁゆっくりしていきなよ。用があったら呼んでくれ。」


 そう言って彼はそそくさと席を後にした。

 物見の衆も好奇の目を向けながらも、ヒソヒソと話しながら散っていく。


「…いったい何を言いだすんです!?」


 声を抑えながらもエラを問いただす。


「そういうことにしておいた方が楽だと思いましたの。何故袋を被ってるんだ?元奴隷だからです。面倒な追及を一発で黙らせることが出来ますわ。奴隷制度はこの大陸では忌事ですもの。」


 …なんとも効率重視なことで。


 彼女はフォークで料理を麻袋の下から差し込んで器用に食べている。


「…あと、ヨトギってなんです?」

「男女の交わりの事ですわ。」

「は!!??」

「男性の求めに女性が奉仕を行うことですのよ。貴族の屋敷では─。」

「ももも、もういいです!!詳しく説明しないでください!冗談でもそういう事してますって女の人が言ったら駄目ですよ!」


 さも当然な風で彼女が語りだしそうになるのを止めた。

 10歳のユリウスに何を言いだすのかこの麻被り姫は。


「…私、本気であなたに抱かれても良いと思ってますのよ?」


 しかし、彼女は急に声のトーンを落として続ける。


「私には使命がありますの。どんな手を使ってもやり遂げるべき使命が。とても困難な道のりで、それでも多くの人々からの期待を背負ってきました。でも仲間を殺され、悪党に攫われてしまった。慰み者にされて嬲られて飽きられたら海へ捨てられる。そういう運命だと諦めていましたわ。でも。」


 彼女はそっとフォークを置き、背筋を伸ばして俺に向きなった。


「そこにあなたが現れた。」


 麻袋越しでも彼女の目線を感じる。

 思わず目を逸らす。

 未だに強く見つめられるのは怖い。


「…たまたま居合わせただけです。俺はエラがそこまで心酔するほどの人間じゃない。」

「命の恩人であることは事実ですわ。遅かれ早かれあのままでは紺碧龍(レヴィ・アタン)に襲われて死んでいましたもの。あなたは私にとっての縋るべき希望の光なのです。」


 だからお願い。と彼女は俺の手に手を重ねる。


「ユリウス。あなたが故郷に帰りたいと思っていることは百も承知です。その上であなたに改めてお願いしたいのです。どうか、私を首都ベルティスまで送り届けてくださいまし。私にはあなたしかいないのです。」


 殺し文句のオンパレードだ。

 ここまで言われて彼女の頼みに首を振る男はいないだろう。

 …俺も首を横に振ることはできない。


「…わかりました。その仕事受けましょう。あなたを首都ベルティスまで護衛します。無事に着ける確証はありませんが、尽力します。」


 一大決心、とまでは言わないが俺も覚悟を決めた。

 まぁ、どちらにしても彼女を安全地帯まで送るつもりでいた。

 それが近いか遠いかの差だ。


 …しかし。


「ウフフ。あなたならきっとそう言ってくれると信じてましたわ!」


 先ほどの神妙な口調ががらりと変わり、エラは明るく語る。


「さぁ!食事に戻りましょう!これから忙しくなりますわ!」


 モリモリと食事を口に運ぶエラ。


 …おい、なんだその変わりようは。

 俺これでも結構悩んだんだぞ。


「…約束してしまったので反故にはしませんが、嘘をついていたら俺も考えなおしますからね。」

「嘘などついてないわ。言っていないことはたくさんあるけれども。」


 ウフフとまた笑うエラ。


 …これは、本当に厄介なことに巻き込まれてしまった。

 俺はそう思いながら食事をとる。


 首都ベルティスまでの道のり。

 いかほどかは不明だが、とても長い旅になりそうだ。


 デニス。サーシャ。イリス。

 ユリウスはまだしばらく帰れそうにありません…。

人物紹介


エラ 種族等の素性不明 女性

ユリウスと時を同じくして人攫いにあった女性。

口調や佇まいは貴族のようだが、行動力は冒険者のソレ。

首都ベルティスへ向かう使命を帯びている。

麻袋を睡眠時も外さない。

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