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第二十八話 「指導」

 先日、今年最初の雪を観測したロッズの街。

 秋も終わり間もなく冬が始まるころに彼女がドラゴンロッド家の扉を叩いた。


 水色の龍膜のローブ。

 宵闇のような紫の髪と同じ色の瞳。

 細身の体に縛り付けたような軽装鎧。

 そして穂先を隠した銀の槍。


 ロレスであった。


「ロレスさん!」


 しかし俺が出迎えるのは玄関からでなく中庭からだ。

 先ほどまで剣術の稽古をしていたのだ。

 もはや的程度にしかなれないが…。


「来てくれると思ってました。」

「…まだ仕事を受けると決めたわけでは無い。」

「そういうとも思ってましたよ。」


 冗談めかして言うが、彼女の表情は硬いままだ。

 もしかして表情筋も鍛えているのだろうか。

 フードも降ろさないままだし。


「ひとまずこちらへ。まずはシエナ会って下さい。」


 俺が促すと彼女は付いてきて来てくれた。

 まぁここで顔だけ出してさよならするような変なことはしないだろう。


 彼女は中庭までの短い道をキョロキョロと見回していた。

 ここがあの貴族のハウスねとでも言いたげだ。


「…ここに住んでいるのか?」

「部屋を借りているだけです。シエナの指導が終わったらコガクゥの村に戻ります。」

「師匠の所か。」

「詳しいですね。」

「それなりに調べたからな。」


 何?俺に興味があるの?

 いいよー?

 生前の俺視点であればロレスは好みドンピシャだ。

 是非縦セーター姿を見てみたい。


「…シエナとやらはどんな奴だ。」

「あー。それは見てもらった方が早いです。」


 そういいながら角を曲がる。


「無理です!もう無理ですぅ!!」

「まだ始まったばっかりじゃない!!」


 来客対応のためにシェリーに稽古の相手を変わってもらったのだが、かなりのへっぴり腰だ。

 すでに数発受けてもらったが、木剣は中ほどからぽっきり折れていた。

 まぁ、いまのシエナの剣筋を素人が受けれるものではない。

 俺ですら彼女の猛攻には防戦一方だ。

 魔法を使っても勝てる見込みは薄い。


「あんな感じです。」

「…。」


 大変怪訝そうな顔で彼女はシエナを見ていた。


「シエナ。お客さんですよ。」


 そう声をかけると、シエナは模擬剣を一振りしてから降ろした。

 まるで血振りでもするような所作である。

 後ろでシェリーがへたり込む。


「…それが新しい指導係?」


 若干不満げな彼女は腰に手を当てて言う。

 背の高いロレスを見上げてはいるものの、口調は完全に上からだ。


「勝手に決めるな。」


 腕を組んでロレスは良い返した。

 生意気なガキだと言わないでくれたのはありがたい。


「そうね。私より弱かったら指導係として務まらないもの。」

「口だけは達者だな。腕も同じだけあれば良いが…?」


 おっと。

 早速火花が散る展開ですか…。

 俺はもうちょっと穏やかなのが良いなぁ。


「ま、まずは顔合わせですし…。穏便に自己紹介でも─」

「要らないわ!」


 シエナはロレスに模擬剣を投げつけた。

 しかしそれは何の先制攻撃にもならず、模擬剣はロレスの手に収まった。

 乱暴な受け渡しである。


「ユリウス。」


 剣を放った端から彼女は次の剣を寄越せとこちらに手を出す。

 ため息ひとつ吐いてから彼女用に土魔法で模擬剣を生成する。

 思えば土魔法に硬度を持たせるための圧縮も手慣れたものだ。


「器用だな。」

「こういうのは得意ですね。魔術の代わりです。」

「はやく!」


 ロレスと話すのが気に入らないのか、いつもより強めに急かされる。

 おやおや、嫉妬ですかな?お嬢様。

 そんなあなたも可愛いですよ。


 そう思いながら恭しく両手で剣を献上すると、シエナはブンと一振りする。


「…まぁまぁね!」


 良い出来のようだ。

 ちなみに本当にまぁまぁの時はもう少し不満げに言う。

 気に入らないときはその辺に転がしてもういちど手を出してくるのだ。


「こういうことは剣を交えたほうが早いわ!でしょ?」

「…浅はかな奴だ。」


 そういいながらもロレスは槍と荷物を壁に預けてから模擬剣を構える。


 2人の構え方は対照的であった。

 真正面中段に構えたシエナ。

 下段腰溜めに構えるロレス。


 本当に一瞬だけ間を置いた後に、シエナが俺の視界から消えた。

 そしてガツンと硬質な衝突音が響き、すでにロレスと組み合っていた。


 シエナの本気の踏み込みはもはや俺の眼では追えない。

 しかしロレスはその踏み込みに対応し、しかも片手で剣を止めていた。


「…ほう。」


 そう声を漏らした後に彼女はグンと剣を押してシエナを下がらせる。

 しかしシエナはそれを読んでいた。


 手首の力を抜いて、剣をしならせて力を受け流す。

 懐に飛び込んだまま、彼女は次の一撃を叩き込む。

 下段から顎下への突き上げ。


 ロレスはそれを首だけ捻って避けた。

 フードに剣がかすめて彼女の顔があらわになる。


 シエナの猛攻は止まらない。

 そのままロレスの脚を踏みつけて動きを鈍らせ、胴体を袈裟斬りにする。

 ロレスはその攻撃にも対応した。突き出した右手の先で剣を逆手に持ち替える。

 そしてシエナの剣撃を手首の力だけで受け止めるのだ。


「やああああ!!!」


 上に下に。打点を分散させながら前へ前へとシエナは打ち込みをかける。

 しかしロレスはその一手一手を的確に止めるのだ。

 シエナの踏み込みに対してわずかに下がりながら、ロレスは立ちまわる。


「─ッ!!」


 何度も必殺の一撃を止められてシエナは力んだ。

 大上段から大きく剣を振り下ろす。

 彼女の悪い癖が出た。


 途端にロレスは腰を低く落とすと、左手でシエナの剣を持った手を掴んだ。

 そのままの勢いで体を入れ替えて背中でシエナを投げ飛ばす。


 空中でクルリと猫のように体をひねるとシエナはいったん距離を置いた。

 額に汗が滲み、肩で息をしている。


「…やるじゃない。」


 攻めきれないでいる彼女は悔しそうにつぶやいた。

 一方のロレスは顔色一つ変えないでいる。


「大体わかった。次で仕留める。」


 ロレスはそういうと模擬剣を腰だめに構えて、自らの体で隠すように後ろへ回す。


 おお!

 あれぞジャパニーズ居合!!

 この世界にもそういうのがあるのか!


 思わず見入ってしまう。


 シエナはフンと鼻を鳴らすと、再び正面構えに直る。

 ジャリと足元で砂が鳴る。

 踏み込みのタイミングを計っている。


 しかし、様子がおかしい。

 いつもの彼女ならすでに飛び込んで切りかかっているはず。

 シエナは苦虫でもかみつぶしたような顔でロレスを睨んだ。


 シエナがわずかに体を右に傾ける。

 するとロレスは右足をわずかに引いた。

 途端にシエナが唸り、元の態勢に戻る。

 シエナが剣を少しだけ寝かせれば、ロレスがわずかに前へ出る。

 本当に細やかな体の動き1つでロレスはシエナをけん制していた。


「…来ないのか?」

「うるさい!」


 そんな声がした瞬間に勝負は決した。

 ロレスは音もなく踏み込んで、剣を横一文字に薙いでいた。

 シエナの首にピタリと当てられた剣は実剣であれば首を刎ねていただろう。

 シエナはまったく反応できず、正面構えのまま固まっていた。


「…悪くはなかった。」


 そう声をかけるとロレスは剣を下ろした。

 今度はシエナがその場にヘタンと腰を下ろす。

 呼吸困難直前のような息をし、汗が頬を伝っていく。

 そして左手で首を何度も触っていた。


「シエナ…?」


 思わず駆け寄って傷がないか調べた。

 当然、痣も何もない。

 シエナは俺の服の裾を掴んだ、震えている。


「く、首…。繋がってるわよね…?」

「大丈夫です。傷ひとつありません。」

「…死んだかと思った…。」


 完全に腰が抜けてしまった彼女に肩を貸して立ち上がらせる。


「気絶しなかっただけ立派だ。」


 ロレスはフードを被り直し、模擬剣を壁にかけながら言う。


「切られる直前まで目を開けていた。素質はある。」

「…どういうことよ。」

「大抵の者は死を見まいと眼を瞑るものだ。」


 シエナはそれでもロレスを睨みながら話した。


「…私もあんたみたいになれる…?」

「素質はあると言った。」


 短く彼女は言う。


「そう、なら、良いわ。ユリウス。」


 シエナは俺から体を離す。

 そして、少しよろつきながら貴族礼節の簡易礼を見せた。


「シエナ・ゼルジア・ドラゴンロッド。私は貴女を師と仰ぎます。」

「ロレスだ。…形式ばったことだな。」

「礼節も勉強中よ。もうすぐ王様にだって会いに行けるんだから。」

「そうか、精々国王に切りかからんようにな。」


 なにやら打ち解けたように彼女たちは嫌味を言い合う。


「まずは屋敷を案内するわ。」


 彼女はそう言って先に屋敷に入る。

 ロレスも荷物を持ってそれに続いた。


 シエナが模擬剣を離さないでいる。

 きっと悔しさで握った拳が固まっているのだ。

 ここ数日はキース衛兵長からも1本取れたと喜んでいた。

 だというのに、この負け方は少々酷だ。


 急ぎすぎただろうか。


 ロレスが強いことは何となくわかっていた。

 しかし、今の俺たちとここまでの差があるとは考えもしなかった。

 シエナにばかりその気持ちを背負わせるわけにもいかない。

 指導係として、同じ釜で焼いたパンを食べる隣人として。

 シエナを思う人間の1人として。


「ロレスさん!」


 俺は先を歩く背中に声を投げた。

 いつかと同じように彼女は肩越しに振り替える。


「僕にも稽古をつけてください!」


 報酬もないし素質もない。

 ないものだらけの俺が何とかシエナと同じ立場にあるための手段だった。

 傍観者であるのは、あまりにも無責任だ。


「…。」


 ロレスは前を歩くシエナに視線を投げた。


「何改まってんのよ。あんたもやるに決まってるでしょ!」


 そんな彼女の一言で、俺の弟子入りはすんなりと決まった。

 コガクゥの村に帰るのはもう少し先になりそうだ。


 ---


 そんなわけでシエナの指導体制は3人がかりとなった。

 礼節はベンジャミン。

 剣術はロレス。

 魔術は俺だ。

 算数は分数の計算までやってもらったが、もう十分だろう。

 すでに一人で買い物もできるし、なんなら値引き交渉のほうがこの世界では急務だ。


 ククゥが居れば上手に教えられただろう。

 彼女は今何をしているだろうか。

 無事にテルスで弟の治療を受けられていると良いが…。


 話がそれた。


 ロレスの件にドミトルは口を挟まなかった。

 まぁ見た感じだと彼女の気迫というか、歴戦のオーラに当てられたような感じもしたが。

 それでもただ一言。

「娘にケガはさせるな。」

 とだけはきちんと伝えていた。

 そういうところを一貫して主張できる彼を俺は尊敬している。

 …ほんの少しだけね?


 ロレスの指導は非常に実践に即したものであった。

 例えば人間の目線をどのように読むのかとか。その誘い方だとか。

 速さではなく、相手の盲点を突くことで懐に飛び込む術だとか。

 言葉ではなく、彼女は体で語る。

 当然何度も手合わせをし、そのたびに傷を作った。

 気が付けば再起(リブート)の魔術に頼らなくても外傷くらいは直せるようになっていた。


「真似るな。見抜け。武術とは常に、ただ一点に活路を得るものだ。」


 とはロレスの言葉だ。

 俺には何のことかさっぱりであったが、シエナは何やら深くうなずいていた。


 その後はさらに剣術の腕に如実な差が出た。

 もう俺ではシエナの相手にすらならない。

 模擬剣を作る腕ばかりが上がり、今では金属と同等の強度を持たせつつ木材と同じほど軽い剣が作れるようになった。


 …鍛冶師にでもなろうかしら。魔法鍛造とかって出来そうね…。


 そういう日々を過ごして数か月。


 ロッズはすっかり冬模様になった。

 雪はうっすらとしか積もらないものの、街を行く人々は皆真ん丸に着ぶくれしていた。

 平野の冬は冷えるのだ。

 子供たちが元気に走っていく姿がほほえましい。

 俺はというとドラゴンロッド家の従者に支給されるコートを身に着けていた。

 野犬のローブが着れなくなってからはこのコートを着ているが、全然違う。

 圧倒的にローブの方が着心地が良い。そして温かいし軽い。

 惜しいことをしたと我ながら思う。


 今日は街を歩いていた。

 朝からいろんな人に出かけてこいと言われたのだ。

「今日はお部屋の大掃除がありますので、お出かけなされてはいかがです?」とはベンジャミン。

「ローブの修理にいる物をまとめましたので買ってきていただけますか?」とはシェリー。

「稽古ばかりでは息が詰まるだろう。駄賃をやるから遊んで来い。」とはドミトル。

「き、今日はあんたの顔しばらく見たくないわ!どっかいって!」とはシエナ。


 他にも従者数名からいってらしゃいと声をかけられた。


 …いや、シエナの言葉は本当に胸に刺さった。

 こっそりと下着でエンジョイしてたのがバレただろうか…。

 そんなことを考えている時だ。


「ユリウス・エバーラウンズ!」


 切羽詰まったような声で呼びかける人物がいた。

 アレックスだった。


 いつも固めている髪の毛を乱しながら息を切らせて彼はこちらに走ってくる。

 内心関わりたくないと思ったものの、彼はしがみ付いてきたのだから避けようがない。


「た、助けてくれ!殺される!」


 何を大げさな。

 しかし、彼の後ろから走ってくる人物たちを見て気が変わった。

 もう見るからにコテコテの山賊が3人。剣を抜いて走ってきたのだ


「いたぞ!!!」


 そう言いながらこちらに突撃してくる。


「…何をやらかしたんです?」

「俺じゃない!父上が!!」


 呆れてため息をついたものの、助けを求めてくる人間を無視できるほど俺は冷酷じゃない。

 幸いなことにすぐに横に裏路地の入口がある。


「こっちです。」


 アレックスをドンと追いやって、俺は裏路地に体を隠して入口を土魔法で塞いだ。

 周りの建物そっくりの壁を作ったのだ。少しの間は時間が稼げる。


「た、助かった…。」

「助かってません。すぐに気が付きますよ。」


 ホッと一息といった表情のアレックスに冷たく言い放った。

 案の定山賊たちは裏路地の存在に気が付いた。

 まぁ回り込む程度の時間があれば衛兵の所に逃げ込むことはできるだろう。


 息を整えながら立ち上がるアレックスは気まずそうに苦笑いをしている。


 俺は正直コイツの事が嫌いだ。

 シエナの誕生会での一件もそうだが、散々いびられたのを根に持っている。

 俺はそういう意味合いでは執念深い男だ。


 そしてアレックスがそのことを全く気に留めていないのも腹が立つ。

 本当にかかわりたくないタイプの人間だ。


「衛兵の所に向かいましょう。キース衛兵長も居ますから安心でしょう。」

「あぁ。それなら近道を知ってる。こっちだ。」


 そう言ってアレックスは先導する。


「こう見えても裏路地には詳しいんだ。」

「そーですか。」


 だったらさっさと裏路地に逃げ込んで追っ手をまけばよかったのに。

 アレックスの後に続きながら俺はあくびをひとつした。


「なんであんなわかりやすい奴らに追われてたんですか。」

「父上の私兵だ。少し前に父上と意見を違えてね。それで家を飛び出したところだ。」

「殺されるなんて大げさでは?」

「そうでも言わないとお前は助けてくれないだろう。」


 わかってて演技をしてたのか。

 まんまと引っかかってしまったのが尚更腹立たしい。

 いっそ喜劇師にでもなりゃいいんだ。


 アレックスと歩く裏路地はひどく入り組んでいた。

 日の光が遠いほどに建物が高くそびえ立っている。

 足元には時折ネズミが這いまわり、店の裏からでた残飯には例の黒い虫がたかっている。


「ひどいもんだろう?表通りと比べればここは掃き溜めだ。」


 アレックスは嘲笑する。


「昔から家の監視が厳しくてね。こっそり外に出るためによくここを使ったもんさ。」

「お金持ちのお家はわからないですね。僕は平民の出なので。」

「…お前にはお前の、俺には俺の悩みがあるものさ。共感なんて望んでないよ。」


 互いに一切顔を合わせぬままの会話。

 そんな中で彼は「ここだ。」と足を止めた。

 木材や樽が乱雑に置かれたその奥に小さな扉がある。


「ここから表へ出られる。暗いから足元に注意してくれよ。」


 鍵のかかっていない扉は静かに開き、その中に入っていく。

 中は本当に真っ暗だし、何やら臭う。


「ユリウス。こっちだ。」


 彼の声を頼りに歩くが次第に方向が分からなくなる。


「アレックス、どこですか?」


 …と、そうだ。

 灯りを付ければいいじゃないか。


 ポケットから輝照石を取り出す。


「汝、道を照らせ。」


 石は柔らかい光を灯し、辺りを薄明りで照らす。

 そして周囲の状況が分かった。


 …先ほどの山賊たちに囲まれていた。

 こん棒が高々と振り上げられている。


「え?」


 そしてそのまま振り下ろされた。


 ---


 ─ハハハハハ!!


 朦朧とする意識から目覚めたら世界は逆さになっていた。

 逆さづりに吊るされているのはすぐに気が付いた

 手も足も縛られている。

 ついでに上半身が裸だ。

 頭がズキズキと痛む。


 不快な笑い声が薄暗く照らされた石造りの部屋に響く。

 氷室を改造した拷問部屋といったふうだ、そこら中に赤黒い染みが飛んでいる。

 窓もなく、正面に扉があるだけの部屋には俺の他にも3名いた。

 2人は先ほどアレックスを追いかけてい居た山賊だ。

 1人は樽に腰かけてナイフで爪をいじり、もう1人は俺のコートを漁っていた。


「ようこそ。俺の秘密基地へ。気分はどうだい?吊られた男。」


 そしてアレックス。

 椅子に足を組んで腰かけて気持ちの悪い笑顔を張り付けている。


「騙されたとも知らずに呑気についてくるとはなぁ。偉大なお爺様も泣いてるぞ。」


 立ち上がって逆さづりの俺の顔を覗き込む。

 とても愉快そうだ。


「まぁ、仮に騙されても勝てるかなと踏んでいたので。」


 そういうと彼は俺の鳩尾に拳を叩き込んだ。

 息が詰まる。グワンと景色が揺れる。

 おかしい。防御用に展開した石柱が出てこない。

 ノーガードで殴られた腹の痛みに堪えつつ、平然を装う。


「状況がわかってないのかなぁ。指導係君。頭の上を見てごらんよ。」


 俺の頭の上、彼の脚元には魔法陣が描かれていた。


「…魔封じの結界ですか。」

「流石は天下の魔術師!話が早い!」


 魔封じの結界。

 魔法陣を使用して魔力の流れを遮断することで魔法も魔術も使用できなくなる。

 本来は魔物を捕獲するときに使用されるものだが、当然魔術師にも効果がある。

 魔道士の俺も例外ではない。


「この1年コツコツ用意したかいがあったな!効果てきめんじゃないか!」

「そうですね。姑息な魔術と親の私兵で高笑い。三流にはお似合いですよ。」


 今度はアレックスの膝が顔面に叩き込まれた。

 寸前に顔をひねったから骨は折れていないだろうが、痛いし鼻血もでる。

 ガハゴホとせき込む俺の前髪を掴んでアレックスは顔を寄せる。


「勘違いするなよユリウス。俺の私兵だ。俺の用意した金で雇った俺の部下だ。」


 俺の。という言葉を強調して彼は続ける。


「キースの眼を掻い潜るのに苦労したが、それでも10人の腕利き達だ。外にも控えさせている。生きて出られると思うなよ。」

「たかが子供1人相手に随分用意周到ですね。そんなに怖かったんですか?」


 そういうとアレックスは一息ついて体を伸ばすと、俺の脇腹を殴る。

 左右からラッシュに、呻き声を抑えられない。


「怖いんじゃない。憎いんだ。あの日以来俺の人生は滅茶苦茶だ。お前のせいで。」


 用意していた濡れ布巾で手を冷やす。

 ずいぶん手慣れている。

 こういう風にいたぶってるのは1人や2人じゃないな。


「良く鍛えてあるじゃないかユリウス。えぇ?」


 手のひらで腹辺りをさすられる。

 薄気味悪い手つきで、殴られた方がまだ精神衛生に良い。

 背中におぞけが走る。


「お前がそうやって稽古に打ち込んでいる間に俺はどれだけ苦労したと思う?父上は次期当主を妹に譲ると言い始め、俺はあっという間に蚊帳の外。もう口もきいてもらえないどころか同じ姓を名乗ることすら許されていない!!」


 忌々とした感情を露にしながら、彼は何度も拳や蹴りを見舞う。

 本当に魔封じが厄介だ。

 それさえなければこんな程度の奴に好き勝手にさせたりはしない。


「…だが、まだ希望はある。そうだろう、ユリウス。」


 息を荒げながら彼は言う。


「シエナだよ。彼女が俺の希望だ。」


 反吐が出るような言葉が聞こえた。


「俺がシエナと子を設ければ、自動的に俺がドラゴンロッド家の嫡男だ!もう父上も俺に口出しできなくなる!!この街は俺のものだ!ヒハハハハハハ!!」


 余りにも短絡的で、そして下卑た考えだった。

 その殴りたくなる顔のまま彼は再び耳元でささやく。


「どうせまだ抱いてないんだろ?ありがとうなぁユリウス。譲ってくれて。お前を殺した後に総出で屋敷に押し入って、一晩中犯してやるさ!!」


 彼がまた高笑いをする。

 後ろの盗賊たちも同じように品の無い笑い声を漏らした。


 シエナは強い、しかし従者たちはそうもいかない。

 もし山賊がなだれ込めば、男は殺されて女は犯される。

 人質にでも取られれば、シエナはきっと身動きも取れず蹂躙されるだろう。


 あぁ…。

 本当に。

 俺、コイツ嫌いだわ…。


 シエナの事を物のように扱うことも。

 陰湿な暴力で鬱憤を晴らそうとするとこも。

 結局自身は他人の力を誇示するだけなとこも。

 その耳障りな声も。


「──…。」

「あ?聞こえねぇなぁ?」

「───…。」


 俺は消え入るような声で続けた。


「ほら、きいてやるからさ。はっきり喋れよユリウス。」


 彼がわざとらしく耳をこちらに向けた。


「想像力が足りないんだよ。」

「何を─」


 その瞬間にアレックスは悲鳴を上げた。

 山賊たちが何事かと身構える。


 俺は奴の向けた耳に食らいつき、そのまま噛み千切った。

 小指の先ほどの肉片をプッと吐き出す。


 アレックスは情けない悲鳴を上げながら耳を抑えている。


 ざまぁみろだ。

 魔法が無くてもこれぐらいはやってやる。

 俺はユリウス・エバーラウンズ。

 外道でも下衆でも必要とあればやってのける男だ。


「シエナを抱くならこんなもんじゃないぞ!!」


 自分でもよくわからんことを言ったと思った。

 まぁ人の耳を噛み千切るような体験、初めてだったし。


「こ、殺せ!!!殺してしまえ!!!!」

「自分で殺す勇気もないのかこの臆病者!!」


 堰を切ったように俺は悪態をついていく。

 視界の隅では山賊が剣を抜き放つ。


「シエナに手は出させない!ここで死んだって魔物になってでも必ずお前たちを街から追い出してやる!」

「逆さづりで何もできないくせに良く吠える!!」


 不意打ちでビビったのかアレックスは近づいてこない。

 代わりにやれやれと山賊たちが間合いを詰めた。

 しかし、俺の目線はアレックスを射抜く。


「だからなんだ!僕はお前を軽蔑する!!家の力も自分の力も信じずに他人を恨むだけのお前が僕に勝てるものか!!今すぐにでも縄を抜け出してその根性叩きなおしてやるぞ!!」


 どうした!かかってこいオラァ!

 グルングルンと体を揺らす。

 みじめだが、今できる精いっぱいの威嚇だ。


 そうは言ったものの、山賊たちの剣が振り上げられた。

 年貢の納め時だ。

 だが、最後まで命乞いなどはしない。

 それが俺の死だというのなら、最後まで見届けねばならない。

 たとえ俺がここで殺されても。彼らはドラゴンロッドの勢力を大きく読み違えている。

 衛兵でも。私兵でもない。彼女が屋敷に居るのだ。


「早く殺せ!!」

「うるさい!僕はあと千年生きるぞ!!エバーラウンズ家の人間を舐めるな!!!」

「─よく言った。」


 刃がついに振り落とされそうになったとき、凛としたその声が響いた。

 誰しもがその声の方に振り替えると、扉の鍵がひゅんと一閃の内に切り落とされた。

 古ぼけた扉がゆっくりと開く。


 べちゃりと湿った足音がした。

 おびただし量の返り血を浴びた女がそこに立っていた。

 赤く染まってしまった水色のローブ。

 抜き放たれた銀の長槍。

 穂先には3つのサイズの違う魔石が連なって埋め込まれている。

 彼女の瞳と同じ紫色の魔石。

 あれは槍であり、魔術の杖であった。


「…ロレスさん…!」


 最高のタイミングで現れた救援に思わず目頭が熱くなる。


「な、なんだお前。見張りはどうした!?」

「…さぁな?」


 普段表情が変わらない彼女の顔が不気味に歪む。

 口の端が吊り上がる。

 見張り達の生末は彼女の返り血が雄弁に語っていた。


 アレックスの命令を待たずして山賊の1人が彼女に躍りかかった。

 しかし本当に一瞬で彼の命は尽きる。

 槍の一振りで手首が落ち、二振りで首が転がる。

 血を噴き出して床に赤黒い水たまりが出来る。

 おそらく本人は切られたことにすら気付かぬまま絶命した。


「─その赤き牙で我が敵を屠りされ!猛る炎槍(フレイムランス)!」


 その隙をついてもう1人の山賊が魔術を放つ。

 炎魔術の中級魔術。

 この狭い部屋であれば火力は申し分ない。


「─水盾(アクアウォール)


 詠唱もないままに槍の穂先が煌めけば、ドボンと彼女の前に大量の水が展開される。

 猛る炎槍(フレイムランス)がそこに突っ込み部屋を埋め尽くすほどの水蒸気が上がる。


「─裁きの水槍(トライデント)


 彼女の声だけが響き、俺の横を山賊が吹き飛ばされて壁に叩きつけられる。

 岩を切断するほどの威力で放たれた水は容易に山賊の肩を吹き飛ばした。


「─慈悲無き水の檻(ジェリージェイル)


 悲鳴を上げることも出来ぬままに山賊の頭部をすっぽりと水が覆う。

 ゴボゴボと音を立て、空気を求めてもがく。

 しかし魔法で編まれた水は手で避けたところで無くならず。

 詠唱が出来なければ対抗魔術も使えない。

 ほどなくして山賊はだらんと腕をたらし、動かなくなった。


 立ち上った湯気が晴れれば、そこに立っているのはロレスだけとなっていた。


 圧倒的なほどに卓越した槍術。そして無詠唱で放たれる多彩な魔術。

 ロレスは戦士としても魔術師としても超一流であった。

 俺の見る目は正しかった。


「ば、馬鹿な!?Bランク以上の冒険者ばかりなんだぞ!?」

「だから何だ。ギルドの評価など役に立たん。」


 腰を抜かしてその場で動けなくなっているアレックスは狼狽えた。


 ロレスは俺をそっと抱えると、槍で縄をほどいた。

 スパッと切られて地面にドサッと落とされるかと思っていたから、この丁寧な扱いは嬉しい。


「ありがとうございます。」

「シエナに言え。迎えに出したのはあの子だ。人探しの魔術を使えば子供の使いのようなものだ。」


 そう言われながら俺は鼻血を拭った。

 手足も自由になったし、考えることは1つだ。


 ギロリとアレックスに視線を向ければ、彼は上ずった悲鳴を漏らした。


 そして俺は周囲を見渡す。

 なるべく直視はしないが、息絶えた人間が転がっているのは少々居たたまれない。


「…確認ですが、生き残りは?」

「こいつだけだ。」


 ヒュンと振られた槍の穂先はピタリとアレックスの喉仏に向けられた。

 後ずさりしようにもすでに壁に背中を押し付けている彼は泣き叫ぶ。


「こんなはずじゃ!こんなはずじゃなかった!!」


 元気なことだ。


「さて、どうしてくれよう。」


 俺の代わりにロレスが言う。


「生かしておいても価値はないぞ。この手合いは何度でも牙を剥く。覚えの悪い駄犬だ。」


 低く、ゆっくりと彼女は告げる。

 死刑宣告だ。

 彼女の手にかかれば、おそらく苦しまずに死ねるだろう。

 逆に存分に苦しめて殺すことも、だ。


「嫌ならば眼を瞑れ。お前の手は汚さんよ。」


 そう言って槍がスッと動いた時に、俺はロレスの手を掴んだ。


「殺す価値もありません。」


 俺は槍を下げさせて、アレックスの前に、震える足の間に分け入ってしゃがみ込んだ。

 乱暴に胸倉を掴んで逃げないようにメンチを切る。


「…()に手を出す分には良い。気が済むまで続ければ良いさ。」


 良い子ちゃんのユリウスは少しだけ休業だ。

 俺自身の言葉をアレックスに向ける。


「安心しろよ。春にはこの街を出て行ってやる。だが万が一、シエナに何かあってみろ。そこの死体が羨ましがるほどに残酷なやり方で必ず後悔させてやる。どこまで逃げても必ずだ。」


 アレックスは青ざめた顔でカチカチと歯を鳴らす。


「わかったか三下。自分のおもちゃくらい片付けろよな。」


 ショアアと足元で小さく音がする。


「…靴が汚れちまった。」


 左手にトプンと水玉を出す。

 すると彼は半狂乱になりながら外へと一目散に逃げた。

 俺もロレスも追わぬままに、彼の背中を見送った。


「…良い啖呵だ。」

「口から出まかせですよ。」


 水でさっと足元を流す。

 ついでにバシャリと顔を洗った。

 腫れた傷に冷たい水が少し染みる。


「傷を治しておけ。すぐに帰るぞ。」

「…いや、その恰好じゃ帰れないでしょ。」


 彼女は改めて自分の姿を見渡した。

 血みどろの美女はそのまま街を歩く気だったのだろうか。


 と思いきや彼女は水魔法で頭から水を被った。

 効率的な洗濯の仕方だことで…。


 水の滴るいい女だ。

 横顔にドキッとしてしまった。


 その後俺たちは屋敷へと戻った。

 当然ロレスは服を乾かしてからだし、俺もひん剥かれた服を着なおしてからだ。


 結局、死体も部屋もそのまま放置することにした。

 後処理はアレックスの仕事だ。

 自分で何とか死体を燃やして隠蔽するもよし。

 衛兵に自首して牢屋にぶち込まれるもよし。

 どんな形であれ、彼も勉強すべきだ。


 誰かを陥れる代償は意外と高くつくということを。

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― 新着の感想 ―
[一言] ストレスが酷すぎる。 作者さん的には例えば誕生会とか所々で発散させてるつもりなのかもしれませんが、読み手側からすると最初からストレスが溜まる一方で全く解消されてません。 村長の孫に奴隷根性を…
[気になる点] 主人公、早く強くならないかなー。
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