閑話 「酒場にて」
酒場にいる2人の人物視点のお話。
双方、同日に起こった出来事です。
《ヴェードゥ視点》
亡者の列挙も過ぎて数日。
冬の訪れが近くなるころにもなれば酒場の客足はぐんと増えた。
昼間だというのにほぼ満席だ。
これから寒くなるということは、ローブやコートが売れ始める。
ということはその材料になる毛皮が足りなくなる。
多少金を出すことになっても毛皮の収集依頼が回ってくるようになるのだ。
依頼を受けるのは衛兵や冒険者。
飯と酒を頼む連中がひっきりなしにやってくる。
「あいよお待ちどう!」
そんな陽気な声のヴェードゥは今日は久しぶりに給仕にかかりきりだ。
ガチャンと両手で持てるだけ持った泡酒を丸机に乱暴に置く。
「女将さーん。まだソーダが来てないんだけどー。」
最近仕入れたドラゴンロッド印のソーダも快調な売れ行きだ。
もう少し多く仕入れても良いかもしれないね。
「あいあいごめんねぇ。リゼッタ!衛兵さんとこ!大至急!」
「はいただいまぁ!!」
入ったっばかりの若い給仕に指示を飛ばしながら店を切り盛りする。
(これだよこれ!やっぱり酒場はこうでなくっちゃねぇ。)
「女将ぃ!料理上がったぞ!!」
厨房の男衆からの声に「あいよ!」と威勢よく返事をし、大皿を運ぶ。
これで一先ずはさばき終わったか。
「お待ちどうさん!」
冒険者風の一行が座る丸皿のど真ん中にその大皿を置く。
本来は10人前くらい入った大皿だが、冒険者にかかれば3人ほどで食べきられてしまう。
あたしとしてもそれは見ていて心地よい。
冒険者というのは、良く喰い、よく飲み。そして良く笑う。
そういう豪快な奴らがあたしゃ好きなんだ。
おお来た来た!と3人組の冒険者は我先にと大皿から肉を奪い合う。
「女将さん、ちょっと聞いてみるんだけどよ。《銀の勇者》ってここに来たかい?」
そのうちの1人が手を止めて話し掛けてくる。
剣を背負ったガタイのいい若い男だ。
「俺たちそいつを追ってるんだ。勇者と聞いちゃ黙ってられねぇよ。」
「勇者ぁ?」
聞いたことが無いなと思いかえす。
「髪も鎧も銀色の若造らしいんだがめっぽう強いって噂だぜ。」
「しかもそいつは救世の命を授かってるんだとよ!うまく仲間になれれば俺たちも英雄になれるってもんよ!」
「そうなりゃ酒も女も好き放題だぜ」
ぐへへへと品の無い笑いが冒険者たちから洩れる。
そういうデカい夢を持つ奴らもいるのが冒険者だ。あたしゃ否定はしない。
大概は足元掬われてくたばるのが世の常というものさ。
「悪いねぇ、そんな目立つ奴がいたらあたしも名前くらい聞いとくんだが、さっぱりさ。」
「なぁんだ。まぁそんなもんだよなぁ。」
「とりあえず冷めないうちに喰っちまいな。飲み物がいるならソーダって新商品がおすすめさ。」
「なんだいそりゃ?」
「ドラゴンロッドのお嬢様がお気に召したっていう新しい飲み物さね。泡酒みたいにシュワシュワする水だが、飲んでみりゃわかる。」
「へぇ。面白そうだな。とりあえず3つ頼むわ。」
「あいよ!ちょっと待っておくんなよ。」
厨房にオーダーを通しながら彼女は考える。
銀の勇者。銀髪、鎧…うーん。
やっぱり思いつかない。
顔を見た覚えがない。
酒場に来た人間であれば大体は覚えられる。
有名どころであれば《剣豪》アレキサンドルス。
もっと前には《剣鬼》シドーも一度だけ見たことがある。
どちらも凄腕の剣士で大陸中に名を轟かせている。
冒険者にとっては生きる目標のような人物。
ドラゴンを1人で倒すほどの有名人だ。
魔術師であれば《沈黙》のユースティス。
彼は見目麗しい耳長族の青年であった。
まったく喋らないわけでもなければ愛想が無いわけでもない人物だった。
いたって普通。そんな印象だ。
他にも《両魔眼》のエフレイル。
両目に眼帯をして不自由そうな獣人族の女。
この辺で純然な獣人族はあまり見ない。
獣の耳と獣の尻尾。そして褐色の肌。
従者の女性と占いの旅をしている最中だったか。
人だかりのせいで話せなかったのがいまだに残念でならない。
《微笑》のガブリエラ。
彼女は今も時折笑い話になる。
噂では思わず声をかけたくなる美人だと聞いていたが、正体はでっぷりと太った魔人族の女。
脂汗でテカった肌をした彼女は露出の多い金色のドレスを着ていた。
「誰しもと恋人となる運命なのよ。美しいって罪ね。」
と野次馬に話していたか。
全員が口をそろえてあれは苦笑とか失笑と名がつくべきと言い合ったものだ。
しかし二つ名というのは正直なもので。
誰かが名付けたとか誰かが名乗ったに関係なく決まって酒場などで噂が広まる。
この世界の小さな法則のようなものだ。
《微笑》と名がつく彼女は魅了魔術のスペシャリストなのだとか。
であれば《銀の勇者》など名がつくものは相当の大物ということになる。
勇者なんて伝説上の名前を持つのだ。さぞ立派な人物だろう。
(いったいどんなやつなんだろうね)
ソーダを運んでいくリゼッタを見送りながら考える。
と、酒場のスイングドアがキイと小さく音を立てた。
周りの客は気づいていないようだが、そこは現役70年越えの耳長。
しっかりと聞き取った。
「あら!いらっしゃい!」
水色フードをすっぽりかぶった細身の女性。
ロレスであった。
彼女はサッと店を見渡し、店の端にある客から一番遠い席を陣取った。
足を組み頬づえをついてそのままピタりと動きを止める。
ローブを取らないのは周りの客避けだろう。
彼女は美人だ。
愁いを帯びたその瞳は愛するものを失った未亡人のよう。
酒場の男たちは放っておかないだろう。
「元気にしてたかぃ?会えてうれしいよ。」
「…つい先日顔を出しただろう。」
出向いて注文を取るついでに声をかけた。
彼女は前回と変わらず「火酒と適当な食事。味濃いめ。」と短く言う。
その注文を厨房に通した後、ヴェードゥはある依頼盤をもってロレスの所に来た。
「はいよ。あんたにご指名だよ。」
「…仕事は受けていない。」
「いいのかぃ?ユリウスの坊っちゃんからなのに。」
「…何?」
ギロリとロレスの瞳がヴェードゥを捉える。
さっきの興味ないねみたいな態度が一変した。
「またそんな顔して。せっかくの美人が台無しだよ。」
「…。」
無言のままのロレスにヴェードゥは依頼盤の概要を聞かせる。
「依頼主はドラゴンロッド家の指導係ユリウス。依頼の中身はドラゴンロッド家のシエナお嬢様への剣術の指導、並びに魔術の指導。期間定めず。当面の衣食住と賃金を保証。要相談。だってさ。」
ロレスと机を挟んで向かい側の椅子に腰を下ろす。
流石に女将ヴェードゥといえども休憩するときはする。
できる給仕はサボれる時にサボるものさ。
「ドラゴンロッド家か。」
「貴族と顔見知りになるチャンスじゃないか。」
「お断りだな。」
そう言葉を交わすなかでリゼッタが慎重に食事を運んできた。
「おい。」
ロレスはリゼッタを呼び止める。
低く、芯のある声にリゼッタはビクリと肩を震わせた。
「頼んでないぞ。」
持ってこられたのは火酒。キノコの串焼き。川魚の炭焼き。そしてソーダが2つだ。
確かにソーダは頼んでいなかったのだが。
「あたしが頼んどいた。」
リゼッタに下がるように目配せをしてヴェードゥはあっけらかんと語る。
「女将…。」
「いいじゃないさ!たまには誰かと食事してみなよぉ!気分が解れるってもんさね。」
そして火酒を失敬してソーダで薄め、魚についているリムルの果実を絞る。
グラスに注がれたソーダがうっすらと琥珀色に染まって細やかな泡を立てる。
「飲んでみなよ。坊っちゃんが作ったハイボールって飲み物だ。まだ店に出しちゃない。」
そう言って渡されたグラスをロレスは見つめ、一口あおる。
「…ほぅ。」
「な?うまいもんだろ?」
凝り固まっていたロレスの表情が幾分か解れる。
それににんまりとしながら自分の分のもしれっと作る。
「本当は氷があればもっとうまいんだが、あたしゃ魔術はさっぱりでねぇ。」
なんて言った端からグラスがカランと音を立てる。
眼を落とせば石ころサイズの氷がハイボールに浮いていた。
「…。」
ロレスが魔法を使ったのだ。
突き出された細い指先からほのかに冷気が漂っている。
彼女の分にも氷が足され、彼女はそれをグイとあおり小さく息を吐いた。
「…ふむ。」
気に入ったようで、自分でおかわりを作るロレスを見てヴェードゥもまたグラスを傾けた。
「…それで、ドラゴンロッドが何故私に仕事を?」
「さぁね?聡い子だからピンときたことでもあるんじゃないのかい?あぁ。それと。あの子はドラゴンロッドの家の子じゃないよ。エバーラウンズって言ったかねぇ。」
ロレスが一瞬動きを止めた。
フォークを持ち上げた手も、料理に噛り付こうと開かれた口もピタリと動かない。
「…そうか。」
少しの間を開けてそう呟いたのちに彼女は食事に戻る。
味わうというよりは、腹に詰め込むような食べ方。
しかしどこで習ったのか、礼儀作法はあるように見えた。
ナイフとフォークで器用に魚をさばいて口に運ぶ。
「この街じゃ結構有名だよ?アレキサンドルスの孫だとか、魔術師ネィダの弟子だとか。」
「そうか。」
食事の合間に相槌を打ちながらロレスはそう言った。
(なんだい、あんまし喰いつかないねぇ…。)
ヴェードゥはそう思いながらグラスに口をつける。
暫しの沈黙があった後に口を開いたのはロレスだった。
「他には?」
短くそういいながらハイボールをあおる。
「興味あるかい?」
「依頼主の事を知るのは冒険者の基礎だろう。」
もう一杯ハイボールを作り、あっという間に空になったソーダの瓶をロレスは机に置く。
なにやら名残惜しそうにも見えた。
「聞かせろ。ユリウス・エバーラウンズという少年について。」
本当にわずかにだけ彼女が前のめりになって話す。
「そう来なくっちゃねぇ。でもその前に。」
ヴェードゥは座ったまま体を厨房に向けた。
「リゼッタ!ソーダのおかわりもってきとくれ!」
はぁいと可愛いらしい返事を聞きながら体を戻してロレスに向き直る。
さて、何から話そうか。
シエナお嬢様と仲が良くてしょっちゅう街を見回りデートしてること?
実はいろんな女の子から声をかけられてはニマニマしている事?
料理上手でこのハイボールの他にも何個か酒場で出すメニューを考えている事?
魔法が得意で魔術も使わずに衛兵を叩きのめせること?
「まぁ外せないのは"誕生会逆指名事件"だろうねぇ。」
「…なんだそれは…。」
ヴェードゥはお誕生会の事も含めてユリウスの人となりをロレスに伝えた。
多少は脚色が入るが、嘘は言わないのが女将の話術。
笑い話になるように伝える。
しかし彼女は笑わずにハイボール片手に聞き入った。
相変わらずの仏頂面だったが、ずっと話を聞いた。
当然ヴェードゥも彼女の相槌にひたすら話した。
気付けば机の上には大量にソーダの空瓶が転がり、火酒も3本空になっていた。
ほとんどロレス1人で空けたものだ。
そして最後に、彼女はユリウスからの依頼盤に自分の冒険者手形を添えてヴェードゥに渡す。
「…今日の飲み代くらいは稼ぐ。」
ほろ酔い気分でヴェードゥはそれらを受け取って登録をする。
(あら、やっぱり二つ名持ちか。)
冒険者手形には噂に流れる二つ名が記載されることもある。
ギルドが管理し、把握していればそれが手形に転写される仕組みになっていた。
そしてその手形に書かれていた彼女の二つ名を見た瞬間、ヴェードゥの酔いは冷めた。
「あ、あんた…。」
彼女は冒険者手形を手に取ると、また来る。とだけ言って足早に酒場を後にする。
書かれていた二つ名は《魔葬》。
かつて貴族の治める大都市を滅ぼした大罪人の二つ名であった。
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《エルディン視点》
ベルガー大陸北部に位置する雪深い港街。
テルス大陸とベルガー大陸の橋渡しとなる"国港"ベルテールに彼は居た。
大きな荷物を背負った銀髪の少年。
マフラーとコートを着込んだ彼もまた冒険者だ。
灰色のマフラーに灰色のコートはどちらも銀翼の牙狼というAランク魔物の素材を使用した上等なものだ。
その下には魔法で編まれた金属を使用した銀色の軽鎧を身に着けている。
腰には2本の剣。
片方は何の変哲もないロングソードであるが、もう片方は透き通った翡翠石でできた装飾が彩っている。
彼の名前はエルディン・リバーテール。
巷では《銀の勇者》とちらほら聞こえ始めた人物であった。
彼が居る"国港"ベルテールは港町と言っても冬が近い今はほとんど機能していない。
海は分厚い氷におおわれて、この海を渡れるのは国が保有している覇氷船"雄々しき一本角号"だけだ。
運賃が異様に高く、氷を砕きながら進むその船はとても足が遅い。
タイミングを逃した彼はこの街ですでに2か月足止めを食らっていた。
氷上を歩いて渡る冒険者も居ないわけでは無いが、彼はそういういう命知らずなことはしない。
海には魔物もいるし、海に落ちたら二度と上がって来れない。
冷酷な深海の闇へと引きずり込まれるのだ。
荷物を背負いなおしながら彼は思う。
氷上を歩かなければ渡るのは容易いと考えるのだ。
『あのさー。エルー。』
何者かが彼に話し掛ける。
人語とも魔族語ともとれない言語であったが、彼には聞き取れていた。
『私らも万能じゃないから。空飛ぶとか無理だからね?』
「わかってるよシルビア。考えてみただけじゃないか。」
ポンポンと声の主である腰の剣に手をやる。
「せめてもう1柱、精霊が居ればなぁ…。」
『ジアビスはテルス大陸のど真ん中。まだまだ先だっての。』
「…わかってるよ。」
そう呟きながら彼は船着き場に一番近いギルドの酒場の扉をあけた。
分厚い扉の向こうには大きな暖炉がゴウゴウと燃えており温かい。
オレンジ色の光を受ける酒場には仕事の無い漁師たちや暖を求めた近所の子供たちがたむろしていた。
「あ!エルだ!!」
「エルー!今日はどうだった?ドラゴン居た?」
「ドラゴンは居なかったよ。居たら大変だ。」
今日の獲物はドラゴンではないが、それなりに大物だ。
彼の背負っている大荷物はその魔物の首でもある。
いま彼は仕事帰りであった。
見せて見せてと周りをウロチョロする子供たちをかき分けてカウンターに向かう。
カウンターには髪の短い女性給仕。
そしてその脇にはノッキングチェアに揺られる枯れ木のような老人が居た。
「おぉ、勇者よ。帰られたか。」
「ただいま戻りました。依頼はこの通り。」
床に荷物を置いて被せていた布を取り払う。
そこには大きな1つ目の首級があった。
単眼の巨鬼。
ドラゴンと同じくAランク相当の危険な魔物だ。
鍛え抜かれた巨躯を持ち、知力も魔物としては高く集団で襲ってくる。
そして人間も家畜も根こそぎ奪って食べるのだ。
「群れは残らず潰しました。根城の洞窟も塞いだのでしばらくは大丈夫だと思います。」
「おぉ…流石ですじゃ。一時はどうなるかと…。」
胸を撫でおろす老人。
彼はこの辺りの元領主だ。
キングソード家に名を連ねている人物だが、従者ともどもここで隠居生活を送っている。
ギルドから看板分けしてもらってこの酒場で生計を立てているのだとか。
「この時期に彼奴等が出ることなど今までなかったことですが…。やはり周期災害ですかのぅ。」
「それはどうでしょうかね。ところで報酬の件はお忘れでないですよね?」
「もちろんですとも。」
老人はそう言って懐から封筒を出した。
「"雄々しき一本角号"の乗船券。たしかに渡しましたよ。」
「確認します。」
エルディンはビリビリと封筒を破って中身を取り出す。
金箔押しの羊皮紙が中に入っていた。
「…間違いなく。」
「ほっほっほ。疑り深い方だ。」
「何度も詐欺にあってますので。」
お前にな。と小さくエルディンは口の中で呟く。
「何か言いましたかな?」
「いえ何も。」
老人の癖にこういうところだけは耳が良い。
「そういえば何やらアリアーから荷物が届いておりましたよ。ミケィラ。」
「こちらです。」
給仕のミケィラが手紙を手渡す。
ギルド印の専用長距離便で届いた手紙。
1年以上前に出されたであろう手紙の封筒はくたびれていた。
封印の蝋にはSの文字が打たれている。
(シトリーか。)
そして小さな木箱。
厳重に閉じられたそれは氷の魔術が使用された形跡があった。
「ありがとうございます。」
「お食事はいつものでよろしいですか?」
「はい。お願いします。」
短くやり取りしてカウンターの一番端に腰かける。
彼の指定席だった。
そこに座って手紙に目を通す。
複数枚の手紙が入っている。
─
調査報告書
首都ロッズにおける調査の報告。
報告
ユリウス・エバーラウンズという人物について調査を進めた。
結論から述べれば、彼がイングリットの村で発生した魔術的災害への関与は認められない。
ユリウスという人物は魔術を行使できない体質であるということが判明した。
故に彼は現在魔道士と名乗り、魔法のみを使用して生活している模様。
現在彼はドラゴンロッド家にて令嬢シエナの指導係に当たっている。
周囲の住人からも評判が良く、指導も的確なのだと頻繁に耳にする。
本人との直接の尋問は現在、彼が野犬に襲われたこともあり保留中。
傷の回復を待つ。
─
そこで一枚目が終わった。
(…彼も白。か…)
イングリットの村という名称も。
エバーラウンズという姓も。
本来ならこの世に存在しない。
少なくともボクが生まれて少しした頃にこの世から消えているはずだった。
何らかの原因で、どこかで歯車が狂っている。
そう感じていた。
(コガクゥの村で会った彼がそうなら声をかけておけばよかった。)
そう思いながら二枚目に目を向ける。
─
調査報告書
報告
ユリウス・エバーラウンズとの面会をドラゴンロッド家から断られる事態となった。
こちらが嗅ぎまわりすぎたのか、それとも周りがお誕生会事件と称す事件の影響か。
どちらにしてもまたしばらく傍観の立場となる。
おそらくは冬に彼の誕生会が開かれるはずなのでその気に便乗して接触を図る。
それまでは待機せざるを得ない。
しかしながら収穫もあった。
記述するよりも実物を送った方が良いと判断したので同梱して送る。
万が一品質に変化があってもいけないと思い一番高価な梱包を選んだ。
ギルドにまた借りを作ることとなったが、容赦いただきたい。
その飲み物はユリウス・エバーラウンズが作成したという精製水である。
おそらくは貴殿が求めているであろう答えだ。
確認いただきたい。
また彼についての調査が進み次第報告する。
調査団団長 シトリー・ポーンズ
─
またすっぽかされたか…。
と思いながらエルディンは手紙をしまう。
不思議とシトリーはユリウスに直接会えないでいる。
そういう間の悪い男なのだ。彼は。
木箱を開けると藁で包まれたボトルが1本入っていた。
外の気温もあって、霜が降りるほどに冷えている。
(キンキンに冷えてやがる…。なんちって。)
そう思いながらボトルのコルクを捻る。
ポンと音を立ててコルクは飛んでいき、白く泡立つ液体が飲み口から噴き出す。
「おあとっとっと…。」
すぐにそれを口で受け止める。
冷えた精製水は舌の上で泡立ち。
くすぐるような軽い刺激とともに喉を滑り落ちて行く。
ゴクリゴクリと喉を鳴らしながら飲んだ。
「…あ”ー。美味しい!」
『何それ泡酒?』
「炭酸水だよ。いやー久しぶりに飲ん─。」
そこまで言ってハタと彼は手を止めた。
「あ!!!!!」
椅子を跳ね飛ばす勢いで立ち上がるエルディン。
酒場の人々が一斉に目を向けるが、彼はそんなことに構ってられない。
わなわなと震えながらボトルに目を向ける
『なに?なんかあった?また毒のんじゃったの?』
「違うんだシルビア!炭酸水なんだよこれ!」
『さっきからそのタンサンスイってなに?』
シルビアの問いにも答えずにエルディンは足を動かす。
食事など待ってる場合じゃない。
老人の前に立ち、金貨を数枚ポケットから出した。
「どうされましたかね。」
「馬をお譲りください。今すぐに。できるだけ早い馬を。」
手のひらから金貨を2枚つまみ上げると老人は懐にしまう。
「それは構いませんが、どちらに?」
「アリアーに向かいます。首都ロッズに向かう用事が出来ました。」
「左様ですか。ですが船は待ってはくれませんよ?」
「構いません。すぐにここを発ちます。」
「わかりました。ミケィラ。」
そう言われてミケィラはコートを羽織って出立の支度をする。
その後ろに続いてエルディンもマフラーを巻きなおす。
『ねぇ!タンサンスイって何!ねぇってば!エル!』
無視しているわけでは無い。
しかし声を出せば彼はきっと歓喜で叫びだす。
ありえないことが起こった。
この現状の鍵は間違えなくユリウス・エバーラウンズという少年だ。
早く会いたい。
会って話をしたい。
きっと彼は、ボクと同じだ。
抑えきれない期待を胸にエルディンは極寒のベルガー大陸を縦断することを決めた。




