表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
31/336

第二十七話 「亡者の列挙(後編)」

 亡者の列挙(ゴーストパーティ)

 それは満月の夜この世に彷徨う亡者たちが天へ上る祭典。

 亡者の列挙(ゴーストパーティ)

 それは生者が死者と暗闇に怯える一夜の悪夢。


 まぁ言い方は様々。

 日本にも百鬼夜行なんて言葉がある。

 どんな世界にも生きる者あれば死んだ者があるのだ。


 魔力なんてものを使っている身であるなら、当然霊力を否定するようなことはできない。

 そもそも亡者だのお化けだのを昔から信じている身の上だ。

 むしろ待ってましたなんて思う節もある。

 一度でいいからはっきりと肉眼でとらえて見たかった。

 何なら触ってみたい。


 本当に足がしびれたときのピリピリした感覚なのだろうか。

 お化けになると女性はみな黒髪になるのだろうか。

 男性の幽霊はどうして落ち武者姿で居たがるのか。

 疑問が尽きない。


 そんな話題はさておき、屋敷の状況に目を向けてみよう。

 この日屋敷に居るのはほんの数名。

 ドミトル。シエナ。ベンジャミン。シェリー。俺。

 たったの5人。

 他に家を持つ従者はそれぞれ帰宅し、住み込みの従者はすでに部屋へと戻ってしまっている。


 夕飯時の今、ベンジャミンはドミトルへ夕飯を運びに行っている。

 ドミトルは現在書斎で仕事と格闘中。

「亡者ごときがなんだというのだ。金持ち連中の嫌味の方がまだ恐ろしいわ。」

 とのことだ。


 それには同意する。

 眼に見えない恐怖よりも目に見え、襲い掛かってくる生きた人間の方が何倍も怖い。


 シェリーは今日の夕飯に舌鼓を打っている最中だ。

 今日のご飯はハンバーグ。

 先日、玉ねぎそっくりの食材がリュドミラからギルド便で送られてきた。

 玉ねぎと言っても色が最初から飴色であるし、葉っぱは紫で血走ったような葉脈が毒々しかった。

 まぁ刻んだ段階でほぼ変わらなかったので、あとは屋敷にあるもので勝負した。

 野犬の肉をあらびきにして…。

 まぁあとは普通のハンバーグの作り方だ。

「お肉がこんなに柔らかに…!」

 と味見係シェリーが感動していたメニューがそのまま採用されている。


「シエナ様?食べないんですか?美味しいですよ。」


 マナーもへったくれもなくモゴモゴと口に食事が入った状態で話すシェリー。

 シエナは対照的にあまり食が進んでいないようであった。


「…うるさいわね。」


 ついでに機嫌が悪い。

 月一だろうか。


「駄目ですよシエナ様。ちゃんと食べないとお胸が大きくなりません。」

「シェリーみたいになると動きづらいわ。今のままで十分よ。」


 たしかに過ぎたるは及ばざるがごとし。

 むしろ大きい方がデメリットがあるともいうではないか。

 垂れるとか、肩がこるとか、太って見えるとか、思ったより気持ち良くないとか。

 …まぁ、触ったりとかしたことないから知らんけど。


 そんな事を思いつつ会話を目で追いかけ、合間を見ては食事を進める。

 うん、我ながら良い出来だ。

 白米が無いのが心から惜しい…。

 出来れば味噌汁も欲しい。

 あぁ、懐かしき日本の食事よ、ユリウスの中の人はいつも想っていますよ。


「そうですよね!ユリウス様!」


 突然シェリーに話を振られる。

 シエナもこちらにいつものツンとした目で視線を送る。


 …しまった、全然聞いてなかった。

 なんだっけ、胸の話だったか?


「…控えめな胸も好きですよ?」


 個人の意見です。


 しかし、適当に打った相槌は大きく外れていたようだ。

 ピシャリとシエナにナプキンを投げつけられた。

 彼女は顔を赤らめながら食堂の扉を乱暴に開けて出て行ってしまった。


「…僕何かしましたかね。」

「ユリウス様…。今のは亡者は怖くないですよという話でした…。」


 おおう…。

 会話の展開早すぎるな。

 女子トークおそるべし…。


 ---


 自室にて、机について俺は穴の開いたローブとにらめっこをしていた。

 肩口からは黒く変色した血糊の跡が残り、だいぶくたびれている。

 ここに持ってきた荷物も、もはやほんのわずかとなった。


 灰色三角帽子。

 翡翠石の杖。

 自前の輝照石。

 盗賊のナイフ。

 落葉の首飾り。


 そしてこの破れた野犬のローブだ。

 衣類なんかは報酬代わりに全てドラゴンロッド家が工面してくれているし、

 食事も一緒に取らせてもらっているから困ってはいない。

 時折リュミドラが「あの子と出かけるときは使ってね。」と銀貨をくれたこともあった。


「…売るか…。」


 正直なところ金欠だ。

 今手元にある財布にお金はなく、財産は帰り分の馬車賃と念のためのに取ってある銀貨が1枚。

 随分前からネィダにも家族にも手紙を出せていない。


 あの皮切れの相場が金貨3枚であるならば、このローブは破れていても金貨15枚ほどには価値があるはず。

 くたびれている部分もあるにはあるが、それでもなお手触りも良いし羽織れば温かい。

 何よりこの純白の毛皮は非常に綺麗で、解けぬ雪がそこにあるようだ。

 汚れに強く。毛皮に着いたものであれば泥水だろうが返り血だろうが身震い一つでさらりと落ちる。

 人気の素材なのだ。


 しかしご存じの通り、母サーシャが作ったものだ。

 せっせと夜なべして、丁寧に縫い上げたローブ。

 5年ほど着ていたが解れたりすることはおろか、ボタンすらひとつも落ちていない。

 それをパッと売るのはあまり乗り気になれない。

 出来れば直したいが素材も無ければここまで本格的な補修は俺では無理だ。


「んー…。」


 唸りながら椅子に寄りかかって後ろに傾ける。

 感情抜きにしたらサイズも合わなくなってきたし、もう着れないローブ。

 ここはサクッと売ってしまうか。


 そう思った時に扉がノックされた。


「お邪魔しますー。予備の輝照石お持ちしましたー。」


 扉をお尻で開けながら、大変緩い口調で彼女は入ってくる。

 ドラゴンロッド家の人にはかなりしっかりとした礼節の彼女。

 逆に言うとそれ以外には敬語こそ使ってはいるもののおざなりだ。


 俺としてはそこまで気にすることではない。

 シエナではないが、様をつけられる必要もないと思っている。

 むしろ肩肘張った礼節をいつもしてるのは肩がこるものだ。


「ありがとうございます。こちらに。」


 ローブをいったん抱えて机を開けると彼女はよいしょと輝照石のランプを置いた。


「そのローブ、まだ持ってたんですね。血もついてるし捨てたかと。」

「母の作ったものですからそう簡単に手放せませんよ。何やらいい素材を使っているようですし。」

「へぇー。意外と家族思いなんですね。」


 意外とはなんだ意外とは。

 このユリウス、常日頃とは言えないがふとした時に家族を思っている。

 俺は家族思いの男だ。

 家族に迎えたものならたとえ魔物でも大事にするとも。

 お前も家族にしてやろうか。


「ローブ、良かったら見せてもらっても?」

「え?良いですけども。」


 ローブを手渡すと彼女はいつになく真剣な顔で裾をめくったり縫い目を見たりとつぶさに観察する。


「これ、テルス大陸の縫物ですね。この辺では久しぶりに見ました。」

「テルス大陸の?」


 テルス大陸。北方に位置する雪深い大陸で人狼族アーネストの故郷だ。

 サーシャはテルスの出身だったか?

 冒険者だったというからもしかしたらそこで覚えたのかもしれないな。


「こことここに重なった縫い目がありますよね。かなり丈夫な縫い目ですが決まった順番で糸を切ると綺麗にほどけるようになってるんですよ。毛皮を大切にするテルスの狩人に伝わる縫い方です。」


 ほかにも縫い代の作り方がどうこうとか、型取りの仕方が云々とか。

 とても詳しく彼女は語った。

 家庭科の通信簿が2だった俺でも何となく飲み込めるほどにわかりやすい説明だった。


「シェリーは詳しいんですね。誰かに教わったんですか?」

「ディーヌ孤児院に居る時にエルという子に教わりました。彼はなんでも詳しくて、孤児院の外にでたらなにか特技があった方がいいからと裁縫を教えてくれたんです。一番最初に教わったのがこの縫い方でよく覚えてます。」


 懐かしむような表情のシェリー。

 ほのかに頬が赤い。


 …ははーん…。


「恋人ですか?」

「んな!!??」


 明らかな動揺を見せるシェリー。

 当たりのようだ。

 思わずニンマリしてしまう。

 他人の色恋沙汰は大好きなのよねアタイ…。


「ち、違いますよ!彼とは幼馴染なだけで!そりゃ、かっこいいし強いし優しいし何でも出来て頭も良いし。じゃなくて!ただの憧れというか片思いというか─。」


 その後もしどろもどろに褒めたり言い訳したりを繰り返す。

 それだけべた褒めで違うと否定するのはどうなの?

 話すたびに顔の赤みが増している。

 なんだか悪いことをした気分だ。

 今後ともいじっていきたいが、秘め事ならばそっとしておいてあげよう。

 人の恋路を邪魔する奴には天罰が下るものだ。


「とにかく!このローブはバラバラにしてもう一度仕立て直せるようにできてます!その際には別の素材と組み合わせて改良できますので!ご参考までに!」


 ボンと押し付ける様にローブを俺に返し、彼女は赤くなった頬を手で冷やす。


 その様子に少しだけ口元を緩めながら俺はローブに目を落とす。

 …想い人か…。

 シエナの顔がふとよぎる。

 もし彼女に仕立て直したローブを送ったらどう思うだろうか。

 やはり中古だし、気持ち悪がるだろうか。

 それとも素材自体は良いものだし喜んでくれるだろうか。

 確信できる要素が無く、彼女ならなんというか頭の隅で考えを巡らせる。


「シエナ様の事を考えておられますね?」


 シェリーの一言にギクリと肩を震わす。

 まさか言い当てられると思わなかった。


「冗談です。さっきのお返しですよ。」


 ふふんと笑うシェリー。

 味な真似をするメイドだことで。

 …顔が赤いのバレないだろうか。

 最近シエナの事を思うと思わず頬が緩む。

 なんだか温かく、そしてこそばゆい気持ちになるのだ。


「もし仮に仕立て直すのでしたら私にお任せ下さい。シエナ様にピッタリのローブに仕立て直してみせますので!」


 彼女はそう言って部屋を後にする。


 …そうだな。

 もしそうするなら彼女に頼もう。

 彼女の服のセンスがピカイチだ。

 きっと素晴らしいローブに仕立て直してくれるだろう。

 あとは、それをシエナがどう思うかだ。


 …まぁ、今日はおとなしく寝よう。

 明日だ。明日。


 ベッドに抱えていたローブを放り投げて寝る準備に入る。


「汝、帳を下ろせ。」


 部屋の輝照石が光を失う。

 暗くなった部屋に窓からカーテン越しにでもはっきりわかるほどの強い月光が差し込んでいる。


 ふと外を見たくなって窓辺に立ち、カーテンを開ければ空には大きな月があった。

 前世で言うと今宵はスーパームーン。

 最も大きく映る満月の夜だ。


 この世界には月と呼ばれるものは二つある。

 ひとつは今見上げている巡る天体の月。

 もう1つは遥か北西の空にある"常月(とこつき)"と呼ばれる浮遊する岩だ。


 両方ともこの世界に最初からあるものとして認識しているので誰も疑問に思わない。

 前世の知識がある俺としては違和感があるわけだが…。

 まぁ、あまり関係ない話か。

 一先ずは今見上げている月について語ろう。


 簡潔に言えば月も空も青い。

 昼間とさほど変わらぬほどに月ははっきりと光を返していた。

 落ちてくるのではないかと思うほどに大きく見えるそれは魔力に近い波長の光を放つ。


 こうしてみているだけだと、ただのお月見日和だよなぁ…。


 と思い始めたところだ。

 花火がゆっくりと登っていく。

 空とよく似た青色の、ゆらゆらと揺れる火の玉。


 おお!?

 思わず身を乗り出す。

 それは1つ。また1つと数を増やしていく。

 人魂だ。

 ふわりふわりと浮かび上がり、街のそこかしこから空へ上がっていく。

 いや、レッド平原全体からだ。

 空が青いのは月の光じゃない。

 全て人魂だ。


「これが亡者の列挙(ゴーストパーティ)…。」


 そう認識したとたんに人魂は形を変える。

 やせ細った手足を持つ、黒いフードで顔を隠した亡霊の姿になっていく。

 ぼんやりと青く光るその姿は魔物と大差はない。


 しかし目を凝らせば時折人の姿をした魂もあった。


 古臭い貴族の服を着た姿だったり。

 今ではあまり見ないフルプレートメイルの騎士だったり。

 旅人の姿をしていたり。


 みな一様に表情のない顔をしている

 様々な時代の装いをした魂たちが空へと召されていく。


 恐ろしさと不気味さに美しさが合わさる光景に目を奪われる。


 …窓を開け放てばもっと素敵な景色が見れるのではないだろうか。

 いや、いっそ外に出てしまえば…。


 ─連れていかれる。


「やっば!?」


 ロレスの一言が思い出されて慌ててカーテンを閉める。

 急いで部屋の明かりをつけようと振り返ると、部屋の中にも人魂が浮いていた。

 ひっ。と口が勝手に声を上げる。


「な、汝!道を照らせ!」


 呪文を唱えて輝照石に光を灯す。

 パッと明るくなった部屋には人魂は見当たらない。


 気付けば荒い息をし、冷や汗が額に浮いていた。

 …これが連れていかれるってやつか…。


 やっと一息ついて、じっとりとかいた汗をぬぐう。

 魂が引っ張られるとかそういうのではなく、意識が同一化する。

 そんな感覚だった。

 危うく外に飛び出してそのまま亡霊たちの仲間になるところだった。


 やんわりと優しい光を放つ輝照石の作る影が、今はとても不気味に見える。

 何か潜んでいるのではないか。

 カタカタと音を立てる窓から思わず距離を置く。

 もしや亡霊が中に入ろうとしているのではないか。

 カーテンを開ける勇気もすっかりしぼんでしまった。

 サーシャからもらった落葉のお守りを握りしめる。


 …大丈夫、サーシャがついてる。お化けは来ない。お化けは手を出してこない。


 初めてお化けが怖いと思った。

 灯りの無い部屋で一晩中ホラー映画を見ていても。

 興味本位で深夜に廃墟をぶらついても何も思わなかった。

 手を出してくる人間の方が怖いと。

 心を傷つけてくる同僚上司のほうがあれほど怖いと思っていたのに。


 ペタリ。


 扉の向こう。

 廊下でそんな音がした気がした。

 気のせいだ。きっとそうだ。そう思いたい。


 ペタリ、ペタリ。


 気のせいじゃない!?

 シェリーの持ってきた輝照石のランプを抱えながら部屋の真ん中あたりへ後ずさる。


 ペタリ。


 ペタリ。


 間隔の広い裸足の足音。

 廊下を歩く者は誰しもが靴を履いている。

 ならば何故明らかに裸足の音がする?

 こんな時ばかり頭が冷静で嫌な方向へと考えを導く。


 ペタ。ペタ。ペタ。

 ペタペタペタペタペタ。


 徐々に速足になる足音にたまらず杖を手に取った。

 そのまま扉に向ける。


「…汝、道を照らせ…。」


 すでに灯っている輝照石にもう一度呪文を唱えておく。

 意味がなくはない。念のためだ。


 ペタペタペタ。ペタリ。


 …足音は俺の部屋の前で止まった。

 息をのむ。

 ごくりと喉が鳴る。

 恐ろしく静かな時間がゆっくりと過ぎていく。


 ─コン。


 何かが扉に当たる音。


 コンコン。


 ノックだ。

 何者かが部屋に入る意思を示す。


「…ど、どう…ぞ…。」


 震える声で返事をする。

 ドアノブが何度か降りきらぬほどに弱弱しい力で捻られて、扉がゆっくりと開く。


「こ、こんばんわ。ユリウス。」


 絞り出したような小さな声。

 俺と同じように顔面蒼白の赤髪の少女が立っていた。

 シエナだった。

 何故か、裸足で。


 引きつった顔で彼女は言葉を続ける。

 うっすら涙が浮かんでいる。


「さ、さっき。トイレで見ちゃったの…。へ、部屋に帰れないから、こ、ここ、今夜だけ一緒に居てあげても良い…わよ。」


 頭から足先までガタガタと震えながら彼女は言う。


「見ちゃった…ですか…。」

「見ちゃったの…。」


 ワンピースパジャマの裾を下に引っ張りながら立ちすくむ彼女。

 用を足している最中に見てしまったのか。

 悲鳴も上げずに逃げてきたのだろう。

 靴も下着もきっと廊下に転がっている。


「き、奇遇ですね…。」


 俺も震えながら声を出す。


「さっき、ちょっと窓を見てたら、くらっとしそうになって。今夜は、誰かと話しながら過ごしたいなぁなんて、思ってたとこです。ははは…。」


 緊張がほどけてきたのか、杖を持った手がカタカタと震え、膝が笑い始める。


「そ、そう。私たち気が合う。わね…。」

「そう…ですね。」


 はははと2人で乾いた笑いを上げていると、廊下でガタンと音がした。

 2人揃ってぴっ。と悲鳴を上げる。


「「…。」」


 しばらくの間の後。

 俺とシエナはほぼ同時に動いた。

 シエナは素早く扉を閉めて鍵をかける。

 俺は輝照石をベッドのすぐそばに移動させる。

 そして示し合わせたようにベッドの下に潜り込んだ。


 2人無言のまま暫し扉を睨む。


「だ、大丈夫よ。ユリウス。お化けは明るいところには来ないわ。」

「そ、そうですよね!常識ですよ常識…。」


 ひそひそ声で会話をする。

 目線は扉から離れない。


「シエナ、は。お化け怖いですか…?」


 緊迫感に耐えきれずに話し掛ける。


「こ、怖くなんかないわ!亡霊系の魔物は剣が効かないから苦手なだけよ!」


 彼女は大真面目にそう言った。

 きょとんと彼女を見てしまう。


「だいたい、おかしいじゃない。死んでるくせに襲ってくるなんて。こっちからは殴れないし不公平だわ…。」


 むすっと唇を尖らせた。

 シエナは亡霊を殴ることを考えている。


 いや、怖がるところはそうじゃないだろう。


「それに見た目が気持ち悪い。なんであいつらうっすら青いのよ。わけわかんない。」


 痛烈に亡霊をディスるシエナ。


 …なんだか、普通に怯えていたのがバカバカしくなる。


「…なによ。」

「いいえ、シエナは頼もしいなと。」

「…それは褒めてるのよね?」

「もちろんです。」


 じゃあいいわと彼女は再び扉を睨む。


 気付けば部屋の暗がりが薄れ、緊迫感もなりを潜めていた。

 怖くなくなった。もう大丈夫だ。


 俺は先にベッド下から這い出した。


「もう居ませんよ。シエナも出てきてください。」

「…本当に大丈夫なんでしょうね。」

「いつまでもそこに入ってるわけにもいかないでしょう。」


 そういうと彼女は素直にベッド下から出てきた。

 めくれ上がったパジャマの裾からおみ足が顔を出している。

 それに気づいた彼女はすぐに裾を直した。

 そしてくしゃみをひとつ。

 秋の夜更けにその恰好なら確かに寒いか。


「寒い…。ローブ借りるわね。」


 彼女はベッドに投げていた野犬のローブに袖を通した。

 そしてそのままベッドに座り込む。


「このローブ良いわ。軽いし温かい。」


 何やらお気に召したよう。

 それも俺としては意外なことだった。


 破れているし血糊だってついている。


「…さっきから何よ。」

「いえ、その。気持ち悪くないかなと。」


 彼女は肩眉を上げてその理由を俺に問うた。


「破けてるし、血だってついてるし。僕が着てたものですので、もしかしたら臭いかも…。」

「そう思ったら借りたりしないわよ。」


 彼女はそう言って腕を組んだ。


「血がついててもあんたのだもの。匂いも─」


 スンスンと襟当たりを引っ張って匂いを嗅ぐシエナ。


「うん。気にならないから大丈夫よ!」


 何やら顔を真っ赤にしながら彼女は言って再び襟の匂いを嗅ぐ。

 そしてローブに首をうずめる様に着なおした。

 顔のにんまりが隠せていない。


「ベッドも借りるわ!」


 バサリと毛布をめくりあげ、ローブを羽織ったままシエナはベッドにもぐりこんだ。

 そしてしばらく頭から潜ったまま出てこない。


「…あの…?」


 布越しでもわかる。

 彼女は俺の枕に顔をグリグリと押し付けながら匂いを嗅いでいる。


「ぷはぁ!」


 そして満足げに顔を出しながら息を吐く。


「ユリウスの匂いがする!!」


 そりゃそうでしょうよ。俺のベッドなのだもの。

 既にこの館にきて3年がたとうかという頃だ。

 シーツや枕は定期的に変えられていても臭いは付く。


「嫌じゃないんですか?」

「全然。私ここで寝るわ。」


 再び彼女は毛布に包まる。


 いや、それは良いけど俺はどうすりゃいいんだよ…。

 …床で寝るか。


 そう思って床で胡坐をかいた。

 シエナをベッドから追い出すくらいなら俺が床で寝よう。


「何してんのよ。」


 その声で顔を上げる。

 彼女は体ごとこちらに向き、右手で毛布を持ち上げてい待っていた。


 そして左手でポンポンと自らの隣を叩く。


 え。


 その光景を前に固まる。

 彼女の顔を見る。いつも通りのツンとした眼つきのままに彼女は俺を見る。

 薄暗く暖かそうな毛布の中には彼女の太ももが見えている。

 もう一度顔を見て、もう一度太ももを見る。


 お嬢様。

 それはつまりOKということなのでしょうか?

 しかし俺たちはまだ10歳そこそこ。

 そういうのは良くないと思います。かっこ建前かっこ閉じ。

 でも実際どうなんだろう。

 この年齢の子供たちの距離感的には如何なものなのか。

 この世界では実は普通の事なのか。

 俺はすでに精神年齢なら40歳のおっさん。

 倫理観とかそういうものを携えた紳士でありたく思う。

 しかし、しかしだよ。

 彼女はの誘いを無碍にするのか。

 別に拒絶されているわけでもないじゃないか。

 嫌なら嫌って言うんじゃないのか。

 普通に添い寝するだけならありじゃないか

 ありだろう。

 ありだよな。


「…寒い。はやく。」


 忙しく考えを巡らせる俺を彼女が急かす。


「お、お邪魔します…。」


 意を決してそのままベッドに体を滑り込ませる。

 普段よりも数段暖かな毛布、そしてシエナの匂いが俺を迎える。


 理性頑張れ。超頑張れ。今夜お前は眠れないぞ!


「背中出てるじゃない。」


 彼女が毛布を俺の背中側まで引っ張る。

 ダンスの時のように腰に手を回された状態になる。

 毛布だけでなく、俺の懐にまで潜り込んでしまうのかシエナ。

 が、彼女もそれに気が付いた。

 シャッと手を引っ込める。


「こ、これくらい自分でやりなさいよ。」

「その、触ったら殴られるかなと…。」

「…良いわよ。ちょっとくらいなら。」

「良いんですか!?」


 いかん声に出た。


「手とか足とかね!変なとこ触ったら蹴り出すから!!」


 顔を真っ赤にしながら彼女が言う。

 彼女も彼女で意識しているのだと考えると、こちらも顔が赤くなる。


 吐息がかかるほどに接近した場所に彼女の眼が、唇がある。

 伏目がちな赤色の瞳は時折俺と目を合わせたあとにいじらしく視線を逸らす。


 理性負けるな!俺は硬派な男だ!そうだろう!

 頭の中で自分を奮い立たせるが、息子が奮い立ちそうになる。

 落ち着かねば落ち着かねば…!


 しかしその機会はふいに訪れた。


 パキン!


 と家鳴りがした。心霊的に言えばラップ音か。

 2人同じタイミングで肩を震わせた。


 …いやはや情けない。

 ここまで怯える様になってしまうとは。

 我ながら胆力が足りないな。

 今度お化け用の魔法が無いか調べておこう…。


 そう思った時だった。


「…怖くない、怖くない怖くない怖くない…。」


 消え入りそうな声で彼女は自分に何度も言い聞かせていた。

 祈るように両手を重ねて、小さく震えている。


 …俺よりも、彼女の方がこれが必要だろうな。

 俺はサーシャからもらった落葉の首飾りを外した。


「シエナ。これを。」


 彼女の震える手を開かせて、それを手渡す。


「我が家に伝わるお守りです。お化けから身を守ってくれると言われています。差し上げます。」

「…いいの?ユリウス。あんたも怖いんじゃ…。」

「僕は大丈夫です。シエナが居てくれれば平気です。」


 そういうと彼女はお守りを指でつまんで眺める。

 落ち葉のレリーフに埋め込まれた赤い石が部屋の淡い光を反射して煌めく。


「綺麗…。」


 彼女はそう呟くと大事そうにいそいそと首飾りをつける。


「大切にするわ!」

「えぇ。お願いします。」


 彼女も安堵したような表情を見せる。

 こちらもホッと一息だ。

 サーシャも怒りはすまい。

 むしろ首飾りの方も美少女の胸に収まっていた方が幸せというものだ。


「そうだユリウス。良いおまじないがあるわ!」


 何か思い出したように彼女は言う。


「おまじないですか?」

亡者の列挙(ゴーストパーティ)の日はお母様がベッドでお話をしてくれたわ。どんなに怖い夜でもよく眠れるおまじないなの。」

「なるほど…。」

「だから何かお話を聞かせてくれない?」


 そう言われて、俺は考えを巡らせる。

 何か面白い話などあっただろうか。


「…では、モンモの実から生まれた勇者のお話をしましょう。」

「なにそれ!?」


 彼女の喰いつきは上々だった。


「おとぎ話ですよ。物語は山奥に住むある老夫婦から始まります─。」


 なんてことはない。

 ようは桃太郎だ。


 ─昔々あるところに、タウロス夫妻という老夫婦が居ました。

 ある日、お爺さんは山へ薪を取りに。お婆さんは川で洗濯をしに出掛けました。

 お婆さんは川で洗濯をしていると川の上流からドンブラコドンブラコと、抱えるほど大きなモンモの実が流れてきました。


「ドンブラコってなに?」

「遠い島国の古い擬音です。ものが水に浮かびゆっくりと流れてくる様を言います。」

「異国のお話なのね!」


 そんな語り始めから物語を紡ぐ。

 シエナは目を輝かせながら話に聞き入った。


 モンモの実から生まれた勇者モンモ・タウロスのお話。

 国を騒がせる悪い有角族の魔物を退治しに行く物語。


 話をこちらの世界に合わせ、細々わかりやすい名詞に変えたり。

 仲間になる犬猿雉をよく似た魔物に変えたり。

 まっすぐに鬼ヶ島に行くのでなく、街を経由して幾つか小話を挟んだり。

 鬼も有角族が死霊魔物となった姿の成れの果てという設定にした。


 食い入るように物語の続きを楽しむ彼女に、俺は時間を忘れて語った。

 シエナのおとぎ話好きは母親の影響であったか。

 まぁ、ここまで熱心に聞いてくれるならリュミドラもさぞノリノリだっただろう。


 どこまで話したか定かではないが、気づけば俺もシエナも眠りに落ちた。

 まるで兄妹のように寄り添って。


 ---


「…ん。」


 いけない、寝落ちしたか。

 そう思いながら目が覚めた。


 カーテンから洩れる日の光が朝になったことを告げる。


 亡者の列挙(ゴーストパーティ)

 恐ろしい夜だった…。


 体を起こそうとするが何やら右手が重い。

 毛布をめくり、サッと戻した。


 …今のは何だ。


 もう一度めくる。やはり同じ光景がある。

 シエナが俺の腕に抱き着いて寝息を立てている。

 ふんわりと広がった赤髪が毛布の端から顔を出した状態だ。

 腕から温かさとほのかな柔らかさが伝わってくる。


 胸が当たっている。


 いっそのこと当ててんのよと言ってほしい。

 もう理性は限界だ。

 辛い辛すぎる。

 せめて男性に訪れるモーニングスタンディングオベーションだということにしようそうしよう。


「…神様…。」


 小さく神に祈る。

 この幸せな時間をくださったことへの感謝と、もう1つ。

 彼女が目覚めたときに鉄拳が飛んできませんように…。と。


「んん…。」


 シエナがゆっくりと体を起こす。

 赤い髪がさらさらと着たままの白いローブを滑り降りて、巻き込まれた空気が彼女の香りを運んでくる。


「…。」


 半開きの眼が俺を捉える。


 やぁハニー。良く眠れたかい?

 夜の君は意外と子猫ちゃんだったね。


 とか言ってみたい。

 しかし、次の瞬間には意識を失うほど鋭い平手打ちを貰うこととなった。


 ---


 《同時刻、ベンジャミン視点》


(そんな、まさか…。)


 朝の見回り。

 どの従者よりも早く起きるベンジャミンは戦慄した。


 空きっぱなしの扉に主の居ないシエナの部屋。

 そして廊下に脱ぎ捨てられた彼女の靴とパジャマのズボンと下着。

 普段はかかっていないユリウスの部屋の鍵。


(まさかお二方に限ってそんな…。)


 信じたくなかったが、あまりにも状況が調っている。


 シエナとユリウスが互いに好き合っていることをベンジャミンは理解していた。

 とはいえ彼らは健全な付き合いであってほしかった。

 師と弟子。指導係と令嬢。

 それ以上の関係はまだ早すぎるし、身分というものもある。

 ユリウスの性格ではそんなことをしないとは思うが、彼も男児。

 人目が少なくなる昨晩を狙って意図的に。という可能性は捨てきれない。


 額に流れる冷や汗。

 このことがドミトル様に知れたら…。


 胃が痛くなる思いのまま、ベンジャミンは速やかに廊下の痕跡を消しにかかる。

 誰にも見られてはいけない。シェリーなどはもってのほかだ。


 しかし、彼の心配は見事に裏切られることになる。


 いやあああああああ!!!

 バシィイイン!!!

 いだああああああああ!!!??


 屋敷を揺らすほどに響く2人分の悲鳴と平手打ちの音色。

 なんだなんだと住み込みの従者たちが部屋から顔を出す。


「何事ですか!?執事長!」


 パジャマ姿のままシェリーが飛び出してくる。


「いやぁ…何事でしょうね。ハハハ…。」


 ベンジャミンもまた物語を頭の中で巡らせる。

 どうにかこの状況をうまくごまかせる物語を。

 何事もない一日を穏便に始めることの出来る言い訳を。


(あぁ、ユリウス様。あなたという人は…。)


 肩を落としながらベンジャミンは大きくため息を吐いた。

用語解説


落葉の首飾り

ユリウスの母サーシャが付けていた古ぼけた首飾り。

ディティス大陸にある"神樹"と呼ばれる樹木の枝から掘り出された祝福されしアイテム。

強力な魔除けの効果があり、魔物を含む死霊から視認されなくなる。

また、純度の高い魔石が埋め込まれており杖と同様に魔術を増幅する機能を持つ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ